無事に三本指を屠ることが出来たので、これ以上、忌み捨て村に滞在する理由はない。
滂沱の涙を流して別れを惜しむ忌み鬼たちに、俺も来るものを感じながら笑顔で手を振り、いよいよ火の釜が安置されている“飛竜たちの山嶺”へ向かうことに。
その名の通り、この地は飛竜たちの縄張りであり、山の主は“凍てつく霧”の二つ名を持つ古竜、ボレアリス爺。他の地域に比べて安全な旅が望めると思う。
山嶺に向かうには、ロルドの大昇降機を経由しなければならず、そのための割符はすでに入手済み。どこから持ってきたのか分からないが、メリナが割符をくれたのだ。
大昇降機は王都の先にある“禁域”を抜けると見えてくるとのこと。
ユース大司教から“禁域”への道を教えてもらった俺たちは、王都東城壁まで戻り、まだ未探索だった大通りの東門へ。
何故か辺り一面は砂に埋もれており、生息しているのは混種と呼ばれるキメラ人間たちのみ。場内を巡回警備していたローデイル兵たちの姿もなく、門が閉まっていたことから立ち入り禁止区域に指定されていたのかもしれない。
人間と獣の中間である亜人とは違い、混種は獅子のような頭部、爬虫類のような尻尾、小さな翼、赤毛などが特徴の原始的な姿をした、【諸相】を有した亜人とのこと。
狂い火案件で度々耳にした【坩堝】の系譜で、その背景から迫害や奴隷のような扱いを受けてきた歴史があるらしい。だから立ち入り禁止区域にして隔離していたのかな。
熱心に祈りを捧げているのを邪魔する気はないし、そんな背景を知ってしまったら敵として排除するのも気が引ける。
向こうはヤる気満々で襲い掛かってくるが、逃げに徹して奥にある昇降機で王都外郭の大橋へ向かった。
禁域に続く大橋だからか警備が薄く、歩哨に立っているのは金ピカの騎士様ことツリーガードと、歩兵三名。
騎士様が竜サイドなら通してくれたかもしれないが、飛竜ではなく軍馬に騎乗している時点で黄金樹サイドだと一目で分かる。
仕方ないからサクッと排除し、禁域に足を踏み入れる。
「ここが禁域か」
禁域は霧に包まれた断崖の道で、雪が積もっている。
地図を見る限り、飛竜の山嶺までの道のりは短いようだ。
「結構、霧が深いわね」
メリナの言葉に軽く頷く。
周囲は霧が立ち込めており、奥が見え難くなっている。俺には解析眼があるから問題ないが、ミリセントちゃんたちには三メートル先の距離も見えないかもしれない。
道幅も狭いため、気を付けて移動しないと。足を滑らせ滑落死、なんてこともあり得る。
「ヒャァっ、久々の獲物だぎゃー!」
「ヒッヒヒヒ! 身包み置いていくぎゃー!」
道を塞ぐ木々などを搔い潜りながら進んでいると、何者かが頭上から襲い掛かってきた。
咄嗟にバックステップで躱すと、今し方立っていた場所に降り立つ、二つの影。
卑兵と呼ばれる、ここ狭間の地では小人とでも言うべき、小さな体格の者たちだ。
柄の長いノコギリを振り回しながら、走り寄ってくる。
「この世は焼肉定食、オレたちの餌になるだぎゃー!」
「それを言うなら弱肉強食だろ!?」
その目は完全にイッており、涎を垂らしながら武器を振り回す姿は控えめに言って怖い。
だが、小柄な体格のため走る速度は遅い。これなら普通に振り切れる!
「肉ぅううう!」
木の茂みから飛び出して来る伏兵。
血で錆びついたノコギリを長牙で弾き返し、横っ腹に蹴りを見舞いながら先へ進むが。
「うぉっ!」
「罠が仕掛けられている! 気を付けるんだっ」
どうやら雪の中にトラップが仕掛けられていたようで、尖った杭がついた丸太が振り子のようにぶつかってきた。間一髪で回避に成功する。
ミリセントちゃんの言葉通り、卑兵たちのトラップがそこらかしこに仕掛けられているようだな……。
「一気に駆けるぞ! ちょいと失礼!」
「ちょっ、君!?」
ミリセントちゃんをお姫様抱っこしながらトレントを呼ぶと、阿吽の呼吸でボックも騎乗する。
霊体のメリナが背中に抱き着き、ミニラニ様が頭の上に移動したのを確認すると、トレントを走らせた。
あっという間に卑兵たちを置き去りにし、道中踏み抜いたトラップも意味をなさず、駆け抜けるトレント。
やがて、神殿のような厳かな建物が見えてくると、門番のように佇んでいるガーゴイルが動き出した。
通常のガーゴイルと違い全身が黒みがかった個体。その手には青銅で出来た巨大な大斧が握られている。
踏み潰せるほどの巨躯を誇るガーゴイルが、大きく大斧を振り被った。それに合わせ、俺も手綱越しにトレントへ指示を出し、メリナに降りてもらってからミニラニ様をボックに託す。
スピードを落とさず、それどころか加速するトレント。
間合いに入り、大斧を振り下ろすガーゴイル。
俺が鐙を蹴って跳躍すると同時に、トレントが僅かに軌道を逸らしてガーゴイルの横を通り抜けた。
大きく跳躍して大斧の一撃を回避した俺は、前傾姿勢になっているガーゴイルの頭に飛び乗ると、すかさず後頭部へ回り込み、抜いた脇差しでメッタ刺しに。
激しく頭を振って振るい落とそうとするガーゴイルだが、首に巻き付けた脚に力を込めると、あっけなく首筋の表面にヒビが入り。
十度、刃を通すとようやく、巨体が沈むのだった。
「うっし、後は大昇降機を起動させるだけだが⋯⋯」
ダンジョンや遺跡などで度々見かける昇降機は、どれもスイッチを踏むことで起動するタイプだが、この大昇降機に限ってはスイッチらしきものがない。そもそも、見たからして全然違うし。
ローマのパンテオン神殿のような、豪奢で厳かな建物。
両脇には巨大な神官の像が向かい合う形で立っており、手にした杖を交差させていた。
キーアイテムである割符を使おうにも、どうやって使えばいいんだ?
「それは、こう使うんだ」
ミリセントちゃんのアドバイスに従い、神官像の前に立って割符を掲げる。丁度、神官像に見えるように。
すると──。
「おぉ」
割符に埋め込まれたルビーチックな鉱石が輝くと、神官像の目に赤い光が灯り。
重々しい音を立てて像がゆっくりと回ると、地響きとともに建物そのものが上昇していく。
まさか、この巨大な神殿そのものが昇降機だったとは!
「──大昇降機を起動してくれてありがとう」
何処からともなく男の声が聞こえてきた。
振り返ると、神官像の影から奇妙な男が現れる。
羊のような角を生やしたヘルムに、薔薇を彷彿とさせる装飾を施した鎧。手には花弁の鞭。
優雅に一礼したその男は、花弁の鞭で地面を叩いた。
「私の名はユーノ・ホスロー。故あって、ロルドの割符を貰い受ける」
「ユーノ・ホスロー!?」
まさかの人物に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
ユーノ・ホスローといえば、火山館から依頼されていたターゲットじゃんか。
飛竜の山嶺に居るとされていた人物が、まさか大昇降機で待ち伏せていたとは!
「参る──」
「あ」
「あ」
後から振り返っても、その時の下りはまるでコントのようだった。
丁度、名乗り出たタイミングで飛竜たちの山嶺に到着し、わざわざ出迎えに来たボレアリス爺が出待ちしていて。
襲われている俺の姿を目の当たりにした爺、大激怒。
パクッとユーノさんを咥えるや否や明後日の方向へ投げ飛ばし、そこからは凍てつく霧の異名をこれでもかと見せつけ。
最後は全身冷凍状態のユーノさんを踏み砕き、肉片の一つ残さず山嶺から下へ吹き飛ばした。
ユーノさんも果敢に反撃してたけど、全く歯牙にもかけなかったなぁ。
花弁の鞭は出血仕様の上、戦技は猟犬ステップだったのにボレアリス爺にとっては「愚鈍」の一言で片付けられてしまう始末。
竜にとっては死角になる足元や尻尾側に回っても、全身に氷の棘を生やしてのジャンプ&背面プレスやローリング、尻尾の薙ぎ祓いが来る。
経験豊富なお爺ちゃんだからこそ対策もバッチリで、一人の褪せ人として同情を禁じ得なかったわ。
その後、改めてボレアリス爺に歓迎された俺だが、ユーノさんが死亡したとなると火山館に報告しなければならない。
山嶺にはその後訪れようということで、近くの祝福に触れてから火山館へ戻るのだった。