「タニスさーん⋯⋯ありゃ、居ないんか」
ユーノ・ホスローの件で報告に来たのだが、生憎タニスさんは不在のようだった。
取りあえず自室に戻るが、部屋のレイアウトが微妙に違うことに気づく。
此処、俺の部屋じゃなくね?
「やっぱ、間違えたか。ていうか、鍵って共有なのか⋯⋯」
部屋の中を見ると、今更ながら壁際に佇む人影に気づく。
その子は、これまで何度か幻視した蛇人だった。
蛇というと胴体が滅茶苦茶長くてシャープなイメージがあるが、その子は尻尾の先から頭まで三メートル程度。
しかも、胴体がずんぐりむっくりしているのに比べて手足は小さく、頭をやや下げて立っているため尚更背が低く見える。
俺の勘が正しければ、この子、絶対ラーヤちゃんだろ。ラーヤちゃんを視ると必ず透けて見える、あの蛇人だもの。
「あ、褪せ人様。どうしてこんなところに? 褪せ人様のお部屋は、こちらではありませんが⋯⋯どうして、おかしな顔をなさるのですか?」
案の定、蛇人からラーヤちゃんの声が。
擬態が解けてると指摘すると、蛇人姿のラーヤちゃんは小さなお手々をわたわたさせる。
「まさか私、蛇の姿のままなのですか? ああ、なんてこと⋯⋯!」
「落ち着け。此処には俺たちしか居ないよ」
余程動揺しているのだろう。どうしようどうしよう、と焦燥感溢れる声で呟きながらオロオロするラーヤちゃん。
背中を撫でると変温動物特有の冷たさが伝わってきて、ラニ様の居城や飛竜たちの山嶺では、即冬眠からの餓死コンボになるだろうなぁ、と撫でながら思う。
それにしても、蛇人形態の時には緑の服を肩がけのように羽織るんだ。蛇の顔なのに声はラーヤちゃんだし、仕草も女の子っぽくて、これはこれでアリだな。
ハーレム王を目指す俺はそう思いました。
「⋯⋯すみません、取り乱しました。貴方は、蛇の姿の私に変わらず、優しく、接してくださったというのに」
いえいえそんな。
邪な想いをガッツリ抱いてて寧ろすまぬ。
「⋯⋯英雄たる褪せ人様。これが私の、真の姿です。真実の名は、ゾラーヤス。貴方を偽っていたことを、お詫びします」
ラーヤちゃん改めゾラーヤスちゃんね。あれ? でも母親はタニスさんなんだよね?
タニスさんの時はゾラーヤスちゃんのように蛇人姿を幻視することはなかったから、恐らく人間だと思うけど。
ゾラーヤスちゃんのお父さんが蛇人なのかな?
「⋯⋯はい、タニス様は私の母です。偉大な王の恩寵を受け、私が生まれたと聞いています。だから、この姿は母の喜びであると⋯⋯この身は私の誇りなのです」
ふむ。よく人と違う姿がコンプレックスだと思っている人も多いが、ゾラーヤスちゃんにとっては両親の愛の結晶である証。
だが、他の人にとって蛇人の姿は脅威に映るため、普段は人の姿でいるのだとか。
今回はたまたま気が抜けてしまい、そんな折にたまたま目撃されたのだと言う。たまたまが多いゾラーヤスちゃんの天然っぷりが炸裂しております。
「この蛇の身と、ゾラーヤスの名は、私とお母様だけの秘密なのです。⋯⋯そして今は、貴方との秘密にもなりました。どうか、他の方には伏せておいてください」
オッケー牧場。甘酸っぱい秘密ですネ。
それはそうと、こんなところでボーッと突っ立っててどうしたん?
「少し、考え事をしていたのです⋯⋯いえ、ここまで来たら、貴方にはお話ししましょう。私は見たのです。夜の闇、廊下で蠢く影を⋯⋯」
この部屋に入り、出てくることはなかった人影。その影は、ゾラーヤスちゃん曰く、彼女と同じ蛇の姿をしていたのだと言う。
近頃、壁の向こうから吐息と、ウロコの擦れるような音が聞こえて来ることもあり、火山館には彼女の知らない秘密があるのではと考えていたらしい。
「お母様は、私に何かを隠しているのでしょうか⋯⋯?」
不安気な声でそう呟くゾラーヤスちゃん。これはバッドエンドの臭いがしますねぇ。
年頃のゾラーヤスちゃんは不安よな。雷斗、動きます。
1
まずはタニスさんを見つけようということで、火山館の探索に乗り出した。
館の敷地面積に比べて居住区域は狭い。絶対隠し扉とかあるだろ、と見込んで部屋の中を隈無くチェック。俺の部屋は問題無し。
隣の部屋をノックするが、相変わらず人の気配がない。
ゾラーヤスちゃん曰く、此処には魔術師の褪せ人が住んでいて、いつも部屋に籠っているとのことだが。
「お?」
試しにドアノブを回してみると、開いた。
不用心だなぁと思いながら小声で「失礼しまぁす」と一言掛けて中を見る。
一度も見掛けたことのない部屋の主は留守にしているようだ、と想いきや。
「死んでる⋯⋯」
魔術師風の年配の男性が倒れていた。
彼の残したメッセージだろう、床には血文字で“壁”とだけ書かれているが、もしや。
付近の壁を隈無く調べると、やはり隠し通路が存在した。
「これは⋯⋯一応、ゾラーヤスちゃんに報告するか?」
「中を見てからのほうが良いんじゃない?」
「んー、そうするか」
メリナのアドバイスに従い、軽く見てこよう。
隠し通路に明かりはなく、完全な暗闇と化しているが、俺の解析眼は暗視ビジョン付きだから問題ない。
とはいえ、メリナたちには不便だろうから魔術で灯りを灯しておこう。
「⋯⋯カタツムリ?」
何故かこんな場所にカタツムリがいた。狭間の地仕様のため、大きさも子供の背丈ほどはある。
いや、よく視るとナメクジじゃない。コイツ、蛇だ。
カタツムリならぬ蛇ツムリは頭を上げると、毒液を吐き出してくる。
通路は狭いから素通りできない。致し方なく、脇差しで駆除しながら奥へ進んでいくと、酒蔵に辿り着いた。
「なるほど、ワインセラーか。確かにワインを保存するには丁度居い場所だな」
ミニラニ様の言葉に頷いておく。ワインの最適な保存条件なんて知らんけど。
「君、お酒は飲むのかい?」
「そういえば、あまり飲んでいるところ見たことないわね」
ミリセントちゃんの言葉にメリナも乗っかる。
ミニラニ様も気になるのかこちらを見てるし。
酒なぁ。そういや、日本にいた頃はそこそこ飲んでたけど、こっちに来てからはご無沙汰だな。
な、何だか飲みたくなってきたぞ⋯⋯。
「ま、まあまた今度な。それよりも先を行くぞ」
このまま此処にいたら無断で酒樽を拝借しそうだったため、先を急ぐ。
地下に続く階段があり、そっちも見てみるが、結構下りるな。
「おや、おかしなところで会うものだな」
降りた先は上の酒蔵と同じくらいの空き部屋。
湿気と埃臭に思わず眉を顰めてしまうが、まさかの女主人の声に思わず背筋が伸びた。
見れば、いつもの上品な格好をしたタニスさんと、その隣には低い唸り声を上げる猟犬騎士が居るではないか。
火山館に所属してから三カ月近く経つが、猟犬騎士なんて一度も見てないぞ。何でこんなところに居るんだ?
酒蔵の門番だろうか、と首を捻る俺に殺気を飛ばしてくる猟犬騎士。
躾けのなつてない犬っころに俺の中の辻斬りメーターも上がっていく。なお、メーターがマックスになるとムカつく奴は取りあえず「御免!」するので、宥めるには美少女によしよしされる必要があるという色々な意味で厄介なモードだ。
「あぁ、彼は私の客人だ。⋯⋯向こうを警戒してくれ」
タニスさんが声を掛けると壁際に移動する猟犬騎士。そのままジッとして警戒態勢に入るが、壁を警戒してどうすんねん。
タニスさんに視線を向けると、アレは気にするなとでも言うように手を振った。
「それで、このような所で何をしている」
「あー、火山館からの依頼にあったユーノ・ホスローの件で、報告をしようと思いまして」
御首の代わりに彼が使っていた”ホスローの花弁“を差し出すと、タニスさんは少しだけ態度を軟化させた。
「そうか、わざわざこんなところまでご苦労だった。⋯⋯もう、よい頃合いだろう。どうだ、我が王に見えてみないか? 我が王は、きっと貴公を歓迎するだろう。共に歩む英雄、新たなる家族として」
非常に興味がある話だが、今はゾラーヤスちゃんだ。
蛇人の姿を見たことを説明すると、タニスさんはこれまでの比ではないほど動揺する。
「──貴公、見たのか。あの娘の、ラーヤの真の姿を⋯⋯」
「あ、それも偽名だって聞きましたよ。本名はゾラーヤスちゃんですよね」
「⋯⋯いや、彼女が貴公にゾラーヤスの名を伝えたのなら、私が何を言うべきでもあるまい。だが、育ての母として願わせてくれ。ゾラーヤスにこれからも、よくしてやって欲しい」
その姿が何者であれ、あれはよい娘なのだ。私などには、勿体ないほどにな。
そう口にするタニスさんの表情は仮面に隠れて見えないが、解析眼には何かを憂うような、仄暗い色が透けて視えた。
ゾラーヤスちゃんが見た謎の蛇人の影や時々聞こえる物音、母が何か隠しているのではないかと不安に思っていることを伝える。
「あの娘がそんなことを⋯⋯。最近、少しおかしいと思っていたが、やはり悩んでいたのだな⋯⋯」
しばし黙考するタニスさん。
静かに口を開くと、固い意志を乗せて言う。
「⋯⋯ゾラーヤスは、貴公に心を開いている。だからこそ、分かって欲しい。⋯⋯知るべきでない真実もあることを。生まれなど、当人に何の責もないのだから。分かるだろう? 我らは黄金樹の律に弓引こうとしているのだ。生まれなど、くだらん話じゃないか」
知るべきではない真実。話の流れからして、それは出生に関わることのようだが、この様子では詳しい話は聞き出せそうにない。今は引き下がるべきか。
だが、一つだけ分かったことがある。
それは、ゾラーヤスちゃんのことを心の底から愛していること。
それが分かっただけでも良しとしよう。