もう戻れと言われ、すごすご引き下がった俺だがゾラーヤスちゃんにも報告しておく。
タニスさんの娘を案じる言葉にホッとした様子だったゾラーヤスちゃんだが、隠し通路や酒蔵の存在を知ると「そんな所が⋯⋯」と驚いていた。
あの様子からして、まだまだ火山館には秘密がありそうだが。
「⋯⋯お母様は、何か隠している様子でしたか?」
その質問に一瞬言葉を詰まらせる。
隠しているかと問われれば間違いなく、なのだが、それがゾラーヤスちゃんを想っての善意からの隠し事である可能性が大。
第三者である俺が軽々しく答えていいものでないのは、タニスさんのあの様子からして一目瞭然だが、ゾラーヤスちゃんも滅茶苦茶不安だろうし。何て答えるべきか⋯⋯。
その逡巡する間が悪かったのだろう。これは何かあるとゾラーヤスちゃんに勘づかれた結果「私をその場所に連れて行って下さい」とお願いされてしまった。
「いや、それは」
「お願いします、褪せ人様。何も知らないまま過ごすなんて、私には出来ません」
ゾラーヤスちゃんの意志は固いようだ。
まあ、タニスさんの意向が善意によるものだとしても、知る権利はゾラーヤスちゃんにもある。
なんかヤバくなりそうなら、その都度フォローすればいいか。
そんな結論に達した俺は、ゾラーヤスちゃんを地下の酒蔵へ連れて行くことにするのだった。
1
善は急げということで。
その日は火山館に泊まり、皆が寝静まる頃にゾラーヤスちゃんと一緒に地下へ向かう。
昼間と同じく緑の服を羽織った蛇人姿のゾラーヤスちゃんは、目に不安と一抹の好奇心を宿して俺の後に続いた。
「この先に猟犬騎士が居るから、取りあえずこれ持っておいて」
「これは?」
「足音を消してくれるやつ。これがあれば後ろを走り抜けても気付かれないよ」
取り出したるは【クレプスの小瓶】。
足音を消してくれる優れもので、俺も度々お世話になっているアクセサリーだ。
だが、足音が消えるだけで透明になるわけではないから、視認されると普通にバレる。
俺とミリセントちゃん、ボックも同じく【クレプスの小瓶】を装備したら、いよいよ地下へ向かう。
(猟犬騎士は、居た⋯⋯。ていうか、アレからずっとああなのか?)
タニスさんに遭遇してから五時間近くは経っているのに、未だ猟犬騎士は壁の方を向いて警戒に当たっていた。
言われたことを言われた通りにしか出来ない不器用アルバイトですか?
俺が上司なら報連相はどうしたと怒鳴るところだが、今はありがたい。
壁を向いたまま動かない猟犬騎士を指差して、あの人良いんですか? と目で訴えてくるゾラーヤスちゃんに頷き返し、その先にある通路を抜けた。
「此処は、教会⋯⋯?」
通路の先は小さな教会に繋がっていた。長椅子が六つに台座が一つだけのこぢんまりとした教会だ。
人はおらず入口の扉は閉まっている。部屋の中央には祝福があることから、ここも散策ルートの一つなのだろうか。
ゾラーヤスちゃんにとっては物珍しいようで、興味深そうに教会の中を見て回っているが、特に目を引くものはないためさっさと入り口の扉を開いた。
「おぉ、これはすげぇな⋯⋯」
入口を開けると、これまた凄まじい光景が目に飛び込んで来た。
火山の険しい地形を利用した中世ヨーロッパ風の街並み、その一角が溶岩に呑み込まれているのだ。
倒壊した家々はレンガで出来た石造りのため燃え広がらず、そのまま溶岩の中に呑まれている。
遠目には新鮮な溶岩が滝のように流れているため、眼下の溶岩溜まりも常に流動し、冷え固まっているのは外縁部のみ。
そんな街を囲む形で岩盤が迫り上がり、その上に火山館が建っているという構造だ。
火山館に初めて来た時も思ったが、なんで活性火山の山頂に街を作ろうと思ったんだろうな。
「火山館にこんなところが⋯⋯」
館の裏手にこれほど広大な空間が広がっているとは思ってもみなかったのだろう。
溶岩に呑まれた街並みを見下ろしながら絶句しているゾラーヤスちゃんだが、ふと見えた人影に慌てて姿を隠す。
俺も身を屈めて壁沿いまで移動し、人の気配がする方角を注視した。
「あれか。ゾラーヤスちゃんの言っていた蛇ってのは」
「は、はい。そうだと思います」
少し離れた場所から街並みを見下ろすのは、ゾラーヤスちゃんと同じ蛇人。
手にはバックラーと、ゲルミアの溶岩を刃に宿した曲剣【溶岩刀】。
兵士のような身なりをしたその蛇人は、周囲を見回していたかと思うと、徐に胴体を伸ばした。
「──!?」
ニョキっ、なんて効果音が聞こえてきそうな仕草で胴体を伸ばした蛇人は、高所から街並みを見下ろし、再び胴体を縮める。
ゾラーヤスちゃんくらいの背丈が一気に三倍近く伸びたぞ⋯⋯。
ずんぐりむっくりした体型は、胴体を縮めていたからか⋯⋯。
「⋯⋯ビックリした。彼女たちって伸びるのね」
メリナの言葉に大きく頷く。
場所が場所なら軽くホラーだと思う。
「ゾラーヤスちゃんも出来んの、あれ」
「え? あ、はい。やろうと思えば」
「マジか」
今度お願いしてみよう。
「あ、あの!」
「⋯⋯?」
同胞のエンカウントにテンションが上がっているのか、突然蛇人に声を掛けるゾラーヤスちゃん。
ちょっ、まっ、勝手な真似はしないでぇえええ!
気付かれる前に彼女を回収したかったが、蛇人さんはガッツリゾラーヤスちゃんを視認してしまっている。こうなっては出るに出られない。
穏便に事が進むのを祈りつつ、ハラハラドキドキしながら成り行きを見守る。
「あの、貴女もタニス様の子供なのでしょうか?」
「⋯⋯」
胸の前で手を合わせたその姿は、ドキドキ、なんて心の声が聞こえて来そう。
声を掛けられた蛇人は、ゾラーヤスちゃんの周りの空間を舐めるように舌をチロチロさせる。
その様子を見て、以前テレビで見た話を思い出した。
(確か蛇が舌をチロチロしてるのって、空気中の匂いや化学物質を舌で集めて、口の中にあるヤコブソン器官で分析するって話だけど⋯⋯あれ? これってマズくね?)
懸念が当たってしまった。
仲間ではないと識別したのか徐に火山刀で攻撃して来る蛇人さん。
争い事に慣れていないゾラーヤスちゃんは身を固くして攻撃に備えるが、間一髪で割り込むことに成功した。
「下がるんだっ」
「シャァァァァ!」
胴体を伸ばして体ごと鞭のように振るう、独特の剣戟。いなす手に微かな痺れを感じる。蛇人ならではの攻撃だ。
反射的に返す太刀で斬り捨てようとするが、ゾラーヤスちゃんの視線にハッとする。
今の彼女に同胞の血を見せるのは酷だろう。
「ちっ!」
仲間を呼ばれるかもしれないが、致し方ない。
蛇人さんの腹に横蹴りを入れて高所から突き落とした俺は、すぐさまゾラーヤスちゃんの手を引き、その場を離れた。
「勝手な真似はするなと言っただろうっ」
「も、申し訳ありません」
美少女が相手だろうと叱るべき時は叱ります。
申し訳なさそうな顔で、頭を垂れるゾラーヤスちゃん。段々ゾラーヤスちゃんの表情が分かってきた俺は小さく息を吐いた。
「はぁ⋯⋯反省してるならいい」
しかし、あの蛇人の反応を見るに、敵味方の区別も付いてるみたいだし対話は難しそうだ。
ゾラーヤスちゃんには悪いが、安全第一ということで戦闘もやむ無しと考えた方がいいだろう。
「どうやらあの蛇人たちは兵士のようだ。あの様子からして、話し合いは難しいだろう。最悪、斬り合うことになるが⋯⋯」
「はい⋯⋯」
「⋯⋯まあ、極力そうならないように努めるが、もしもの時に備えて覚悟だけはしてくれ」
久々に隠密スタイルでの行動になりそうだ。
街は崖や斜面に合わせて建物を配置してあるため、屋根の高さはバラバラ。高低差がそのまま通路になっており、所々の屋根の上には市民と思わしきくたびれた人が立ち、監視するように街を見下ろしている。
術者の姿を見え難くする魔術【見えざる姿】を全員に掛ける。光学迷彩のように姿を透明にする魔術だが、持続時間は十秒と短いため探索ではあまり使わなかったりする。
「私と同じ蛇人がこんなに⋯⋯。皆、お母様の子供なのでしょうか⋯⋯」
屋根の上を伝って進んでいくと、先程の蛇人さんと似た装備を付けた兵士たちを見掛けた。
母の子供が自分だけではない可能性が浮上し、不安気な面持ちのゾラーヤスちゃん。フォローしたいが掛けるべき言葉が見つからないため、自然と閉口してしまう。
「⋯⋯雷斗、あれ」
邪魔な監視役の市民たちを蹴落としていると、メリナがある方角を指差した。そこには一体のアイアンメイデンが通路を巡回している。
街の至る所で見掛けた廃棄されたアイアンメイデンの残骸といい、どうやら火山館出身の作品らしい。
「あの建物の中に入るぞ」
【見えざる姿】の効果が切れる度に物陰に隠れて掛け直し、屋根からとある建物の中へ潜入する。
灯りがないため【星明り】の魔術で光源を確保すると、ゾラーヤスちゃんたちの息を呑む音が聞こえた。
「な、なんですか、これは⋯⋯」
しろがね人が、天井から吊るされている。
それもただ吊るされているのではない。正座させられた足を万力で締めながら、アーチ状の鉄板の下に体を潜らせて身動きが取れないようにしてある。
江戸時代に石抱きという、鋭角の波板に正座させられた上で足に重石を置き、脛を破壊する拷問があったが、それの亜種に近い。
そんな拷問を受けているしろがね人が、器具ごと吊り下げられているのだ。
その他にもギロチン台や、手足を引っ張る台に固定されているしろがね人もいて、皆苦悶の表情で呻いている。
「この仕打ちは⋯⋯しろがね人が相手とはいえ、これは予酷いな⋯⋯」
「お母様は、この事を知っているのでしょうか⋯⋯」
顰め面で拷問を受けているしろがね人を見上げるミリセントちゃん。
ゾラーヤスちゃんもしろがね人を見上げては不安気に尻尾を揺らす。
『──ッ!』
遺灰から飛び出た”しろがね人“たちが、同胞たちの無残な姿に強い憤りを露わにする。
火山館からの依頼で入手した”しろがね人“の遺灰たち。
拷問されているしろがね人は、アルバス老と同じくお爺ちゃんタイプの第一世代だが、遺灰組の”しろがね人“はカエルのような潰れた頭が特徴の第二世代。足腰の弱い第一世代と比べて健全な肉体を持っている。カエル頭だが。
『──ッ! ──ッ!』
手にした武器【波紋の剣】を振り回したり、地団駄を踏んだり、側転したりして、その怒りを表現している。
彼らの『火山館絶許ッ!』という声ならぬ声を聞き届けた俺は黙って脇差しを抜き、一人一人天井からしろがね人を降ろしながら、苦痛を与えぬよう手早く介錯していった。
解放してあげたいが、視たところ全員発狂している。介錯するのが彼らのためだろう。
とはいえ、何の罪もない人を手に掛けるのは、やはり堪えるものがあるなぁ。
「⋯⋯The 拷問部屋って感じだったな」
壁に繋がられた数々の手枷や足枷。天井から吊り下げられた円柱状の檻には息絶えたしろがね人が力無く座り、強い怨嗟の念が部屋の中に蔓延っていた。現代なら伝説級のホラースポットと化すだろう。
自然と口数が少なくなった俺たちだが、その後も道なりに進み火山館の裏側を探っていく。
「あぁ⋯⋯お母様は、タニス様は、私を偽っていた⋯⋯。それでは、私は本当に、恩寵と共に生まれたのでしょうか⋯⋯?」
気落ちしたゾラーヤスちゃんの呟きに、何も返せない。
翼を生やした蛇人の像をあちこちで見掛けたり、蛇人の兵士が厳重に警備していたり。黄金樹に弓を引くと謳う傍らで、火山館は何をしているのか。
今一つ分からなかったが、とある建物の中で見つけたヒントが、危うい均衡の上で成り立っていた彼女たちの関係を崩すのを、まだ誰も知らない。
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そりゃ来ないわ!