その後も【見えざる姿】と【クレプスの小瓶】の恩恵により、一度も誰何されることなく火山館の探索を進めた。
グルっと円を描くように進んでいったのだが、なんか途中からテーマパークに思えてきたね。
しろがね人の拷問など洒落にならない一面はあるものの、溶岩地帯に建てられた街に、あちこちに散らばるアイアンメイデンの残骸。街の住民と思われる白骨化した死骸の山。拷問器具の数々や無機質な檻、などなど。
火山館の実態を知らなければ「ディ○ニーかな(笑)」で済ませられそうな感じがして怖い。
道中、見つけた忌み潰しを溶岩に突き落とし、溶岩の中から現れた蛇人に驚かされ、檻の形をした昇降機にテンションが上がり。溶岩土竜は絶許ということで最下層のマグマ溜まりにいた土竜をブチ殺した。仕方ないよね、だってアイツら竜餐した褪せ人の成れの果てだし。
そんなこんなで、順調に火山館の裏手を探索していると、これまた教会のような場所に辿り着いた。
そこには大蛇の抜け殻が祀られており、祭壇には蛇の羊膜というキモい物が安置されていた。
羊膜は湿っていて、近頃取り出したような生々しさがある。
(祀られている大蛇の抜け殻といい、この羊膜といい、もしかしなくても火山館は蛇を信仰してるのか?)
至る所に蛇があるもんな。翼が生えた蛇人の像とか見るに、蛇は神聖な生き物として崇められているのかもしれない。
もしくは祟り神か。日本でも一部地域では神の化身として崇められてるけど、同時に祟り神としての側面もあるため畏れられている存在でもある。
それにしてもデカい抜け殻やな、と祀られている大蛇を見上げていると、ゾラーヤスちゃんの様子が可笑しいことに気付いた。
「これは、なんでしょうか? とても、懐かしい匂いがします⋯⋯」
「ゾラーヤスちゃん?」
「──ああ、不思議なものですね。分かるのです。これは、私の生まれたところ⋯⋯産みの母の一部であると」
静々と羊膜に近づき、その手に取るゾラーヤスちゃん。
表面を優しく撫でると、静かなとした声で呟いた。
「⋯⋯感謝します。褪せ人様のおかげで、やっと覚悟ができました。私は知りたい。私がどのように生まれ、タニス様と出会ったのか⋯⋯⋯そしてもう一度、心から、あの方をお母様と呼びたいのです」
自分と同じ蛇人、虐げられるしろがね人、屍の山を築く市民たち。
自分の知らない火山館の姿に強い不安を抱いていたゾラーヤスちゃんだったが、此処に来て腹が据わったようだ。
その後、確かな足取りで館に戻ったゾラーヤスちゃんは、翌朝タニスさんの元へ直撃。
己が目にした数々を問い正すと、顔色を変えたタニスさんに連れられ私室へと移動した。
中で何を話したのかは分からない。
分からないが、部屋から飛び出したゾラーヤスちゃんは、そのまま自室へと走り去り。
目から透明な雫が滴り落ちていたのを、俺は見逃さなかった。
1
「ああ、ゾラーヤス⋯⋯どうして、分かってくれないのだ⋯⋯」
部屋に入ると、椅子に腰掛けたタニスさんが項垂れていた。
俺の姿を認めるや、剣呑な視線を向けてくる。
「貴公か⋯⋯よくも、よくもいらぬ世話を焼いてくれたな⋯⋯」
ゾラーヤスちゃんに火山館の秘密を知られたのは、余程のことだったらしい。でも、元はといえば秘密にしていたのが悪いと思います。
秘め事はいつかはバレるものだと考えている俺としては、なるべくしてなったとしか言えない。そりゃ、タニスさんからすれば余計な世話だっただろうけど、ゾラーヤスちゃんは真剣に悩んでいたんだし。
そんな言い分を胸の内でぐだぐだ呟く。
えっ? 実際に口にしろって? 無理だよ今のタニスさんメッチャ怖いし⋯⋯。
「⋯⋯いや、すべて我が身に返ってきた業、か。⋯⋯すまない、貴公が悪いのではないのだ」
頭を振って調子を戻したタニスさんは椅子から立ち上がると、懐から小さな小瓶を取り出した。
「貴公、頼みがある。火山館の主としてでなく、ゾラーヤスの母として。もし彼女が、自らの真実に打ちのめされていたら、この薬を、彼女に飲ませてあげて欲しい⋯⋯辛いことは、すべて忘れてしまうように」
銅の小瓶に入った琥珀色の液体。辛い苦悩を、すべて忘れさせる【忘却の秘薬】。
タニスさんの真意を悟った俺は、思わず彼女の顔を見た。
「ああ、分かっているさ。私の願いは、ゾラーヤスの尊厳を愚弄している。黄金樹が、我らにするのと同じように。だが、だが私は⋯⋯そう願わざるを得ないのだ」
仮面で隠された顔は苦渋で満ちており、タニスさんにしても苦肉の差なのだと分かる。
手の平に収められた小瓶に視線を落とした俺は、ただ黙って一礼した。
ゾラーヤスちゃんの部屋に向かった俺。扉をノックすると、鼻を鳴らす音とともに、返事が返ってきた。
「あぁ、褪せ人様⋯⋯」
ベッドに腰を下ろした人間形態のゾラーヤスちゃん。その目は赤く、頬には涙の跡。
余程、衝撃的な話だったのは想像するに難くない。
ゾラーヤスちゃんを挟む形で顕現したメリナとミリセントちゃんが座り、労るように優しく背中を擦り、手を握って気遣う。
椅子に腰掛けた俺は決して急かさず、静かにゾラーヤスちゃんを見守った。
「そう、ですね⋯⋯。貴方たちには、お伝えしておくべきでしょう」
項垂れたまま忙しなく手や足を動かしていたゾラーヤスちゃんは、やがて小さく口を開いた。
「私は、落とし子でした。恩寵などとは無縁の、おぞましい儀式の子だったのです。それは、人からも、蛇からも、到底許されない⋯⋯タニス様にも、許されるべきではないものです」
詳しく話を聞いたところ、火山館は昔、終焉をもたらす存在として蛇を神聖視しており、蛇神を信仰していた。
蛇人は普通の営みで生まれる存在ではなく、秘匿された儀式を行うことで授かる事が出来る。その出自から忌み嫌われる存在だった蛇人だが、蛇を信仰する火山館では神の使者として崇められ、大切に迎え入れたらしい。
その後も火山館で独自に開発した儀式により、新たな世代の蛇人が生まれ続けたのだが、火山館がライカードを迎え入れてから全てが狂った。
蛇神がその本性を明かしたことで、それまで神聖な存在だった蛇人は忌むべき存在とされ幽閉されたのだ。
そして、ライカードとタニスの間に出来た子供、と言い聞かされていたゾラーヤスは、本当は彼女の子供ではなく。
とある実験の一旦で産み落とされた、唯一人の成功例。
蛇神──宵眼の女王の抜け殻を触媒として誕生した、ライカードの最高傑作。
それが、ゾラーヤスちゃんらしい。
「貴方には、何度も我儘を言いました。でも、最後にひとつだけ、お願いします。どうか、私を殺してください。覚悟していたつもりでした。でももう⋯⋯呪われたこの身から、自由になりたいのです」
彼女の話を聞き終えた俺は神妙な面持ちで口を開いた。
「タイム」
「……え?」
キョトンとした顔のゾラーヤスちゃんを尻目にメリナたちを手招き、彼女に聞こえない距離まで移動する。
俺と同じく神妙な面持ちのメリナたち。ゾラーヤスちゃんに聞こえないように声を落とした俺の第一声は「重すぎ」だった。
「てっきり、タニスさんと血縁じゃないくらいの話だと思ってたけど、実験の成功例とか⋯⋯予想外過ぎる」
「私たちも母娘の関係が上手くいってるとは言えないけど、あの子の話はまた別ベクトルで重いわね」
メリナの言葉に「分かる」と頷くミリセントちゃんとミニラニ様。そういえばこの三人も親子関係が拗れている組でしたね。
幸い、俺ちゃんの介入でラニ様とミリセントちゃんは親子関係を修復出来たが、下手すれば今も拗れたまんまだったんだよなぁ。
そんなことを考えていると、メリナたちの視線が俺に向けられているのに気付く。えっ、なに?
「ここは雷斗の出番ね」
メリナの言葉に一斉に頷くミリセントちゃんたち。
「君なら問題なく彼女たちを救えると思う」
「我が王は親子仲の修復の達人だからな。どうせ今回も救ってしまうんだろう?」
「うーん伸し掛かる期待感。まあ首突っ込むけど」
やはり美少女には笑顔でいてもらわないと。
ヒロインの可哀想ではヌけないのだ。
「ゾラーヤスちゃん、ちょっと⋯⋯」
2
「話があるとのことだが」
俺の部屋に護衛の黒騎士を引き連れたタニスさんが顔を見せる。
彼女を椅子に座らせた俺は対面に腰掛けると、神妙な面持ちで懐から小瓶を取り出した。
「それは、貴公に渡した⋯⋯」
「この忘却の秘薬ですが、お返しします。残念ながら、必要なくなりました」
小瓶を受け取ったタニスさんが勢いよく顔を上げた。
立ち上がり詰問するような口調で「あの子は、ゾラーヤスはどうした」と訪ねてくるタニスさんに、彼女が羽織っていた緑の服を差し出す。
「ゾラーヤスちゃんは、命を絶ちました。貴女の娘ではないことに耐えきれず⋯⋯俺が、向かったときにはもう」
「──そう、か」
その言葉が、彼女の中の何かを打ち砕いたのだろう。
ストンと椅子に腰を落としたタニスさんは、独白するように呟く。
「そうか、命を失くしたのか。伝えてくれて感謝する⋯⋯」
だが、しばらく一人にしておいてくれないか⋯⋯。
項垂れながら消え入りそうな声で呟くタニスさん。
一瞬、壁際の調度品が動いた気がしたが、気を取り直して、力無く頭を垂れるタニスさんに声を掛けた。
「そこまでショックを受けるのは、やはり彼女が唯一の成功例だからですか? それとも──」
「愚弄するなッ! ライカードの実験など、どうでも良い! 生まれなどどうでも良いのだ! 私は、あの子の母親になれただけで、それで──ッ!」
私とあの子の、親子の絆を愚弄するのは許さぬ!
肩を怒らせながら怒鳴るタニスさんだが、その言葉を聞いた俺は思わず笑ってしまった。
やべぇ、スイッチが入っちまった。と冷静な自分が頭の中であたふたしている中、感情的な言葉が吐き出される。
「親子の絆? そんなものあるんですか? あるのなら、何で一度も彼女のことを認めなかったんですか」
「何を言って──」
「ゾラーヤスちゃん言ってましたよ。お母様の役に立つために招き手をしているって。タニスさん、ゾラーヤスちゃんのことをちゃんと褒めたことあります?」
「馬鹿な、私は──ッ、ゾラーヤスの、ことを、褒める⋯⋯のは⋯⋯」
思い返して心当たりが出てきたのだろう。言葉尻が弱くなっていくタニスさんを見据えた俺は、テーブルに置いた指でリズムを刻む。
「よくやった、でかした。そういう軽い褒め言葉は使っていたみたいですが、母親として彼女を真剣に褒めたことはありますか?」
トン、トン、トン。
「ライカードにどのような思惑があったのか知りませんし、知ろうとも思いません。が、ゾラーヤスちゃんの貴女に対する愛情は本物。その根底が覆され、大好きな貴女に縋りついた、助けを求めた」
トン、トン、トン。
「自分という存在が揺らぐ、そんな恐ろしい思いをしているゾラーヤスちゃんに。貴女はなんて言った?」
トン、トン⋯⋯ドンッ!
「なんて言えば、ゾラーヤスちゃんが泣きながら出ていくんだよ。あぁ!?」
「⋯⋯っ」
おっと、いけねぇ。つい頭に血が上って汚い言葉が出てしまった。
深呼吸を数回して、歯噛みするタニスさんを見据え直した俺は、意識的に冷たい表情を作り吐き捨てるように言った。
「⋯⋯あんた、最低な母親だよ」
これじゃあ、ゾラーヤスちゃんが浮かばれないぜ。勢いに任せて思わずそんな言葉が口走ってしまった時だった。
あれほど動くなと言っていた調度品姿のゾラーヤスちゃんが、タニスさんを庇うように飛び出し。
「これ以上、お母様を悪く言うのは止めてくださいっ!」
涙に濡れた目で、そう訴えて来るのだった。
感想いっぱい来て嬉しい。
頑張ります!