「ゾラーヤス!」
ゾラーヤスちゃんの姿を認めたタニスさんは勢いよく立ち上がると、彼女を抱き締めた。
その豊満な胸に顔を埋める形となるゾラーヤスちゃんは、目を白黒させている。
「あぁ、ゾラーヤス⋯⋯! 無事で、無事で良かった⋯⋯!」
感極まった声でゾラーヤスちゃんを強く抱き締めるタニスさんは、何度も何度もその背中を優しく撫でた。まるで、彼女の存在を実感するように。
胸の中でモゴモゴ言っている娘には気付かず、至極当然の質問を投げ掛けてくる。
「貴公、これはどういう──」
「サーセンしたっ!」
こうなっては仕方ない、予定を大幅に修整する必要がある。
頭の片隅で冷静に判断する一方で、俺の体は条件反射で土下座の姿勢を取った。
まあ、此処までくれば釈明も何もない。
ゾラーヤスちゃんに行なったヒアリングにより、母からの愛を疑い始めた彼女になんとか自信をつけさせたくて。
タニスさんから託された秘薬の存在を思い出して、今回の計画が浮かんだ。
──記憶喪失どころか死んだことにすれば、タニスさんメッチャショック受けるじゃね?
本来なら家族愛を弄ぶような行為のため悪手も悪手。
だが、すでに両者の関係には亀裂が入っており、不可逆的な致命を負う一歩手前まで来ている。
荒療治が必要だったのだ。
娘が亡くなったと知り悲しみに暮れる母の姿を見れば、ゾラーヤスちゃんもどれほど愛されていたか分かるだろう。タニスさんも、もっとこうすれば良かった、ああすれば良かったと後悔に濡れるに違いない。
この計画の全容を打ち明て理解を得た俺は、ゾラーヤスちゃんに【擬態のヴェール】を渡し、調度品に擬態して成り行きを見守ってもらった。
その後は、見ての通りである。
概ね計画通りに進んだが、唯一の誤算は勝手にゾラーヤスちゃんがネタバレしてしまったことか。
然るべき時に打ち明け、感動を演出する予定だったのに、まあ結果オーライならいっか。
「そう、だったのか⋯⋯」
「申し訳ございません、お母様」
「いや、いいんだ。お前が無事ならそれで。⋯⋯雷斗殿から指摘され、気付いた。気付かされたと言うべきか。あぁ、私はなんて母親なのだろう、と。雷斗殿の言う通りだ。私は、母親として、やって当然のことさえ出来ていなかったのだな」
もう一度ゾラーヤスちゃんを抱き締めたタニスさんは、正面から娘を見つめると、目の色を和らげ、慈しむように言う。
「私の可愛いゾラーヤス⋯⋯生まれて来てくれて、ありがとう。私を母と呼んでくれて、ありがとう」
「──う、うぅ、お母様ぁあああ⋯⋯!」
涙を流して抱擁する母娘。
その頬に流れる透明の雫は、この世の何よりも美しく尊いものだと、心からそう思う。
親と確執があったメリナたちも貰い泣き、ボックは自前のハンカチで鼻水をかぐ。
いつも直立不動で佇む黒騎士ですら、甲冑をカタカタさせるほど感動的な光景の中。
それでも俺は、言わなければならなかった。
「第一回、ゾラーヤスちゃん自己肯定感爆上げ大計画、開催ィィィ──ッ!」
『⋯⋯!?』
1
「感動的な光景をどうしてそう茶化すのかしら。そういう病気なの?」
「そういうお茶目な一面は我が王の可愛いところだが、時と場合によるのを理解した方がいい」
「ちょっと、アレは良くなかったかな⋯⋯」
「あの、ちゃんと理由を説明するんで、取りあえずお助けぇえええッ!」
折角の親子仲に水を差すような発言をしたことで、ガチギレしたメリナたちにシバかれた俺は、何処から調達したのかアイアンメイデン──人攫いの乙女人形に拘束された。
先端の振り子鎌を取っ払い、チェーンの先に俺を括りつけると、グルングルン大旋回。危ないからと遠ざけられたゾラーヤスちゃんだが、何故かお目目をキラキラさせていらっしゃる。
驚異的な三半規管のお陰で目を回すことはないけど、いい加減大計画の概要説明をしたいから降ろしてほしい⋯⋯。
「⋯⋯貴公、大丈夫か?」
「うっす、全然余裕っす」
あれから十分。ようやく解放された俺はリビングに通された。
タニスさんは、いつもの暖炉脇のスペースにある椅子に座っているのだが、その横には一回り小さな椅子が。
タニスさんと並ぶようにチョコンと腰掛けているのはゾラーヤスちゃん。早速、目に見える形で親子仲が修復されていてなによりだが、俺はそんな簡単に終わる問題ではないと考えている。
「というと?」
「タニスさんも知って通り、ゾラーヤスちゃんは自己肯定感が低いところがあります。一度決めたことは頑なに貫こうとする頑固な一面もありますが、基本的に彼女は自己肯定感が低いです」
「じここうていかん?」
難しい漢字が出てきて可愛らしく首を傾げるゾラーヤスちゃん。
彼女に微笑み返した俺は、視線をズラし説明の続きをする。
「タニスさんの愛が伝わっていなかったから、今回の一件に繋がった。自己肯定感が強ければ、出自がどうあれ己が揺らぐことはなかったでしょう」
「確かに⋯⋯」
神妙に頷くタニスさんに俺も頷き返す。
幸い、決定的に拗れる前にある程度関係を修復出来たとはいえ、これだけでゾラーヤスちゃんの自己肯定感が上がったと判断するのは早計だ。
長い年月を掛けて形成された性格が、そう簡単に変わらないように。
「何かの拍子でボタンが掛け違って、再び親子仲に亀裂が、なんてこともあり得ます」
「⋯⋯では、どうすれば良いのだ」
思い切り頭を抱えて悩み出すタニスさんに、突然母が苦しみ出して慌てふためくゾラーヤスちゃん。
ゾラーヤスちゃんの反応を見るに、これまでの話の流れを理解していないように見える。残念属性が光って可愛いね。
「そうならないために、ゾラーヤスちゃんを褒めるんです」
しかもただ褒めるのではなく、細かな、そして小さな目標を超える度に褒めるのが重要だ。
なるほど、と感じ入ったように頷いたタニスさんはゾラーヤスちゃんを見た。
俺もゾラーヤスちゃんに視線を向ける。
何も分かってない顔で首を傾げる彼女を見て、改めてタニスさんに提案した。
「取りあえず、お勉強ですかね」
「⋯⋯それが良さそうだ」
こうして、ゾラーヤスちゃん自己肯定感爆上げ大計画が始動したのだった。
2
あれから三カ月。計画の発案者の手前「じゃ、後はよろしく」と丸投げする気になれず、親子の行く末も気掛かりだったので火山館に籠る日々を送っていた。
専ら、やることと言えばゾラーヤスちゃんの先生役。実質的に家庭教師である。
タニスさんも時折、時間を作ってはゾラーヤスちゃんの勉強を見ているが、割合的には俺の方が多いだろう。
勉強の内容は文字の読み書きに、狭間の地における歴史、魔術の基礎理論、掛け算や割り算など幅広い。
正直、現代の日本で言うなら小学一年生レベルの問題だが、意外や意外。テストしたところ点数は十点以下だった。もちろん百点満点中、である。
娘の目も当てられない成績に違う意味で絶句していたタニスさんだが、叱るような真似は決してせず。なぜ間違えてたのか、本人が理解するまで懇切丁寧に教え、ゾラーヤスちゃんも母の期待に応えて勉学に励んだ。
元々、地頭も悪くないのだろう。テストを重ねる事に成績も伸びていき、その度に「良くやった、流石は私の娘だ」と褒めるタニスさん。
俺もタニスさんに続き、テストで点数が上がる度に「よーしよしよしよしよし」と頭を撫で回し。
そんなことを繰り返した結果。
「出自とか色々ありましたけど、別にいいです! 私はお母様の娘ですから!」
今では輝かしい笑顔でタニスさんに抱き着き甘える、ツヨツヨゾラーヤスちゃんに大成長を遂げたのだ。
当初の目的であった、ゾラーヤスちゃん自己肯定感爆上げ大計画が、たったの三カ月で完遂してしまうとは。
これも、親子の絆が生み出した結果なのだろう。
そんな、ある日のこと。
「私の可愛いゾラーヤス。今日はお前の誕生日だ。取っておきのプレゼントを用意したぞ」
なんとその日はゾラーヤスちゃんの誕生日ということで、俺特製のバースデーケーキを振るった。
狭間の地に来てから料理の腕前がメキメキ上達している現状に釈然としないものを感じつつ、イチゴの代わりにスイートレーズンを使用した、なんちゃってレーズンケーキ。
口の周りにクリームを付ける勢いで食べていたから気に入ってもらえたと思うが、そんな時にタニスさんから贈られたプレゼントが、また予想外で。
「これは、乙女人形ですか?」
そう、プレゼントは人攫いの乙女人形(振り子鎌ver)だった。それも従来のそれと違い一周り大きく、キャタピラーが付いている。
そういえば、ゾラーヤスちゃん妙に乙女人形のことを気に入ってたな、と思い返していると、不敵な笑い声を上げたタニスさんが何やら人形の背面を弄る。
「ふふ、ただの乙女人形ではない。ここをこうすると⋯⋯」
「わぁ!」
ガシャン、と小気味よい音を鳴らしながら前面の扉の一部が開き、ハシゴが降りたのだ。
目を輝かせるゾラーヤスちゃん。ウキウキしながらハシゴを上ると、さらに高揚した声で叫ぶ。
「コックピットだ!」
まさかの乙女人形ロボットである。
唖然とする俺たちを他所にゾラーヤスちゃんが乙女人形に乗り込むと、ハッチの扉が閉まり、慈しむ表情を浮かべている乙女の目が緑色に輝く。
そして、背面の噴射口からバーナーを噴き出し、急発進したのだ。
『すごいすごい!』
スピーカーまで内蔵されており、ゾラーヤスちゃんの高揚した声がオープンチャンネルで聞こえる。
ブースターを吹かせた乙女人形が縦横無尽に走り回ったかと思うと、今度は側面に取り付けられた噴射口から火を噴き出し、鋭利な角度で移動する。
(まさかのクイックブーストにクイックターン⋯⋯アサルトブーストがあっても可笑しくないぞ)
こうして産声を上げた、ゾラーヤスちゃん命名、乙女人形Mrk.Ⅱは彼女専用機体となり、褪せ人たちの間でも「一体だけヤバい乙女人形がいる」と話題になるのだった。
火山館にはアーキバス出身の技術者でもいるのかな?
取りあえずここまで。