勇気の女神にオンナにされた   作:min(みならい)

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勇気の女神にオンナにされた
勇気の女神ユークラネー


◆♀◆ 1、オンサレーン、死にかける ◆♂◆

 

 オンサレーンは、死にかけであった。

「はぁ、はぁ・・・」

 コケむした樹木に手をつき、もう一方の手で腹を抱え──汗のようにボタボタとしたたる血を抑えて、足を出す。 

 足元も、コケだらけで、すべる。凸凹もすごい。古い、人の手のほとんど入っていない森。倒れた樹木がそのまま腐って、うつろな丘となっている。いまも、踏み込んだ足元がぐじゃっとつぶれて、めり込んだ。

 オンサレーンが13歳の少年でなかったら、とっくに歩けなくなっておったろう。つまり、もうちょっと歳をとって、男らしい筋肉がつく年頃になっておったら、湿気た森の天然自然の罠に足止めされておったはずだ。そして・・・

「いた! ガキがいたぞ!」

「待てコラァ!」

 ・・・怒鳴り散らす賊どもに、とどめを刺されておったろう。

「止まれ!」猛獣のような吠え声が、少年の背中を叩く。「逃げるヤツぁ、痛い思いをさせるぞ!」

「う、うっ・・・」

 オンサレーンは砕けた樹木に血を垂らしながら、なんとかそこを乗り越えた。

 ゴオオオオ・・・と、地響きのような音が前方から聞こえてくる。倒木の向こうに降りて、水たまりを渡り、大きな岩を迂回して、小さな岩を乗り越える。音が一気に大きくなった。

 音の正体が、目の前に現れた。

 滝。

 目の前すぐのところで、地面がなくなっている。大きな縦穴が、口を開いているのだ。その穴の向こうに滝がある。

 天然の穴蔵に落ちてゆく滝だ。下まで5尋(ひろ)はある。大人の背丈5人分だ!

 下には、白い水煙を立てる池があった。

 滝壺(たきつぼ)だ。

 太陽の光が、キラキラと水面に反射している。ここまで薄暗かった森が、ここだけは神聖に明るい。

 オンサレーンは知っていた。ここは、

「女神の滝壺だ・・・」

「捕まえたァ!!」

「あっ!?」

 立ち止まったのがまずかった!

 いや、出血のせいか。自分で感じているより長く立ち止まっていたのだ。身体も頭もにぶくなって、ほんの少し立ち止まっただけのつもりが、追手には十分な時間だったというわけだ。

「手間ァ取らせやがって。暴れんなコラ。売り飛ばすだけだからよ、へへへ」

「ひぃっ・・・!」

 オンサレーンは反射的に逃げた。男の手に襟(えり)を掴まれているのを、振りほどこうとした。

 麻のシャツが首に食い込む。腹の傷から新たな血があふれた。胸元を締める紐がちぎれた。

 ガクン! 衝撃で一瞬目が眩む(くらむ)。

 

 気付いたら、空中にいた。

 天然の穴蔵の上空に──上空から──滝と同じスピードで、落下していた。

 

「あ、ちくしょう」

 麻のシャツの切れ端を握った、賊の男。恐る恐る、崖っぷちを覗き込んだ。

 ドドドドドド・・・滝の音が連なって腹を揺すぶる。

 5尋も落ち込んだ穴蔵の底。白い水煙──の中に、揺れ動く少年の身体が見えた。シャツがなくなり、裸の胸を晒して。平らな胸だ。脂肪も筋肉もない。近ごろの田舎の少年はみんなそうだった。食料が足りないので、背が伸びず、胸板も薄いのだ。

 上半身裸の少年は、仰向けに浮かんでぐるぐる回っていた。かと思うと、滝に吸いよせられ、白い水煙の中へと、引きずり込まれた。

 賊はそれを見届けて、がっくりした。

「あーあ・・・」

「何やってんだ!」背後から胴間声(どうまごえ)がした。「追わねえか、くずめが!」

 現れたのは、黒い髭面(ひげづら)の男だ。

「お頭(おかしら)」賊は頭を下げる。「あのガキ、こっから落っこちたんでさぁ」

「だったら確認しに行かねえか」

「いや、死んでますって。時間のムダだ」

「なら証拠持って来い。てめぇの耳でもいいぞ!」

「ひい!? い、行きます、行きますって・・・」

 賊が返事をすると、髭面はさっさと引き返していった。

「くそ」

 賊はシャツを投げ捨てた。ぺっ。穴蔵めがけてツバを吐く。ブツブツ文句を言いながら、滝壺へ降りる道を探し始めた。

 

 ・・・滝壺に吸い込まれた少年。死んでしもうたんであろうか?

 いや。死んではおらなんだ。オンサレーンは、まだ、ここで死ぬ運命ではなかったんである。

 

「おやおや?」

 上品な女の声を、オンサレーンは聞いた。

「処女しか入れぬ我が滝に、かかる少年が流れ込むとは・・・」

 

◆♀◆ 2、勇気の女神ユークラネー ◆♂◆

 

 滝の音がする。

 水中では、その音は耳がつぶれるほどの轟音であった。

 白い手によって、優しく頭を引き揚げられても、その音は背中にズンズンと響いてくる。

 オンサレーンを抱き上げる女。白い肌に、白い服。髪は黒い。目の色は、暗いのでよくわからぬ。

 暗いのだ。ここは。洞窟の中なので。滝の裏側なのであろうか? オンサレーンには自分がどうなったのか、どこにいるのかわからない。わかるのは、水中に半分沈んでおったところを、この女に助けてもらった、ということだけである。

 女。村の女と見た目は似ておる。肌がとても綺麗で白いことをのぞけば。

 ただ、耳がちがう。

 白い耳が、ピーンと、黒い髪から突き出しておる。長い耳である。オンサレーンの手首から人指し指の先っちょぐらいまである。明らかに、人間の耳ではなかった。

「エルフ・・・?」

「はずれ」

「・・・女神さま?」

「あたり」

 女はほほえんだ。

「我が名はユークラネー。そなたらが『勇気の女神さま』と呼ぶ者なり」

 

 勇気の女神、ユークラネー。

 それは、オンサレーンの村で信仰されている女神の名であった。

『勇気の女神さまは、魔王に敗れて、この土地へ落ち延びていらっしゃいました。

 先祖代々お世話になっている、とても厳しい、勇敢な女神さまです。

 ですから、決して失礼をしてはなりません。

 特にオンサレーン、おまえは男の子なのだから、滝壺には近付いてはいけません』

 ・・・と、母に何度も聞かされたものだ。

 

「ああ」

 その滝壺に飛び込んでしもうた。しかも・・・

 自分を抱き上げてくれる女神を見れば、白い衣にドロドロと血の色が染み込んでいっておる。

 オンサレーンの血だ。村を襲った山賊どもの矢で傷ついた腹から流れ出る血の色だ。

「ごめんなさい」

「かまわぬ」

 女神が首を振ると、頭上の飾り羽(かざりはね)が揺れた。

 冠についている飾り羽である。冠は陽色(ひいろ)の金属で、ツノみたいに左右がとんがっておる。そしてその背後に、日暈(ひがさ)の広がるごとく、純白の羽が広がっとるんである。

「気にしな。血には慣れておる。それより、言い遺す(いいのこす)ことはあるか」

「いいのこす・・・」

「遺言(ゆいごん)」

「僕、死ぬの?」

「うむ。その刺し傷、致命傷やえ」

「死ぬんだ」

 滝の轟音。揺れる水面。女神の白い腕。白い服。血が染み込んでゆく・・・。

「妹を・・・妹を助けてください」

「いもうと」

「双子の妹。村に、」オンサレーンは女神の袖を掴んだ。「逃げるとき、はぐれて」

「ふむ。して、代償は」

「だいしょう・・・」

 女神はチラッと滝の外を気にしてから、訊いた。「そなたは、何を差し出せるんかに?」

 オンサレーンはちょっと考えて、こう言うた。「何でも」

「何でも?」

「何でも・・・僕に、出せるものなら」

 それが限界であった。もう、声を出す力もない。オンサレーンの世界は真っ暗になった。

 

「よかろう」

 暗闇に女の声が響いた。

「そなたのカラダ、私が預かる。──巫女となれ!」

 

 次に気付いたときには、乳があった。

 

◆♀◆ 3、反撃 ◆♂◆

 

「・・・。」

 乳である。

 乳房である。

 おっぱいである。

 自分の小さな、白いこぶしよりひと回り小さい、お皿みたいな・・・。

 あれ? そういえば、手だってこんなに小さくはなかったような・・・。

「おはよう」

 白い衣の女神が近付いて来た。

 見上げたら、女神。血の染み込んだ白い長衣のまま、女神がこちらを見下ろしている。

「女神さま」

 声を出す。その声もなんか、響きがちがう。どこかで聞いたような・・・だが自分の声ではない。

「うむ」

 女神さま、うなずく。

「うまくほぐせたようやに。これほどの美少女になるとは。そなたの母も、美少女やったにちがいなし」

「少女」

「美少女」女神さま、言い直す。「ときにそなた、母の名は?」

「あ、ええと、僕のおっ母は、フタッカーニャ」

「なるほど。あの娘」

「知ってるの?」

「むろん。生娘(きむすめ)であったころ、この滝壺の世話係──」

「オイ!」

 女神さまとの会話を、怒鳴り声がぶった斬った。

「いるのはわかってんだ! おとなしく出て来やがれ!」

「・・・さっきのやつだ」

「山賊か」

「はい」

「そうか。では武器を授けるゆえ、何とかせよ」

「・・・はい?」

 女神さま、こっちに尻向け、しゃがみ込んだ。

 ギイ。大きな櫃(ひつ)、押し開ける。 

 ガチャガチャ。中身、引っかき回す。

「えーと・・・あれ? 確かこのあたりに・・・」

 

「おい、コラ! 生きてるならおとなしく出て来やがれ!」

 こちらは、賊の男。

 剣を抜き、キョロキョロしながら、洞窟に侵入してくる。

「くそっ。暗ェ。なんも見えねえ。あっ!」

 ぼちゃーん! 足をすべらせ、水の中に落っこちる。

「ええい。くそ。オイ! 男なら出て来やがれ! 女みてぇにコソコソしてねぇで」

 そこまで言ったとき。

 賊の目の前に、少女が現れた。

 乳丸出しで。

「オ、オンナ? の、エルフ?」

 上半身──まっ白に、ほのかに光り輝くような肌、丸出し。

 おっぱい丸出しの美少女。

 びしょ濡れの髪を、可愛らしい、柔らかそうな頬っぺたに貼り付かせて。その髪の隙間から、ピーンと白い耳を尖らせて。

 淡い色の乳首を丸出しにして。両手を突き出し右手には剣を握って。

 おっぱい丸出しの美少女が、賊の目の前に現れた。

 ゴクリ。

 唾を呑み込んだ賊。の胸元に、少女が飛び込んできた。

 賊の胸を、輝く刃が貫いた。刃は心臓に達した。致命傷であった。だが死ぬまでにあと少し時間があった。

「ぐっ!? てめえ・・・!」

 呻きながら剣を振り回す。剣は少女の背中に当たった。逆の手で少女を掴む。爪が少女の肩を引っ掻いた。

 時間切れ。男は倒れ、水中に転落した。

 

「ハァ、ハァ」

 ざば・・・。

 少女が水中から起き上がった。

 倒れた男に抱き着かれ、水中に引きずり込まれたのだ。

 少女の白い背中には、ざっくりと切り傷が走っている。そこから、血がカーテンのように流れておる。

 肩にも引っ掻き傷があって、じわじわと血がにじみ始めていた。

 それらの傷を、陽光のごとき光が照らす。

「ようやった」

 少女が振り向く。濡れた上半身は、卵から孵る(かえる)蛇のよう。その肌を損なっていた傷が──消え始めた。

 肩の引っ掻き傷が消えた。背中を流れる血が止まった。切り傷も、やがて、消えてなくなった。

 痛みもなくなったか。少女の呼吸が落ち着いた。不思議そうな顔をして、女神を見上げる。

「傷なら、なんぼでも癒やして(いやして)やるゆえ、」

 勇気の女神ユークラネー。

 かざしていた手を──治癒(ちゆ)の光に輝いていた手を──下ろして、こう言うた。

「そなたの勇気を、見せてみよ」

 

◆♀◆ 4、少年(ハイエルフ♀)、娘を救う ◆♂◆

 

「裸のままにして、すまぬ」

「いえ」

 勇気の女神と、生き返った少年(♀)。森を歩く。 

 少年──いや、エルフの美少女は、マントを羽織って(はおって)いた。ズボンは滝壺に落ちたときのまま。麻の、膝丈のもの。いまはスネの半ばまで来ている。足はサンダル。これもそのまま。

 マントは、殺した山賊から奪った。羊毛を織った古いマント。虫がついていたようで、背中がかゆい。だが、乾くのが早いのは助かる。さっきびしょ濡れになったのに、もうそんなに冷たくない。

 服は高級品だ。特に羊毛は、このあたりでは。

 森の中は夏でも涼しい。羊毛のマントはありがたかった。

 ──上半身裸の少女にとっては。いや、だって、シャツの代わりがないんである・・・。

「私の服は、そなたには意味がないゆえ」

 女神はそう言うと、手首に着けておった腕輪を、少女の手にはめた。腕輪は、いったん少女の手首に収まった。が・・・女神が手を離したとたん、すーっと消えて、なくなってしもうた! そうして、いつの間にやら女神の手首に戻っておる。

「こういうわけで、我が服をくれてやることもできぬ」

「うん。大丈夫です」

 少女はうなずいた。ぴたん。頭の後ろで、半乾きの髪跳ねる。ポニーテイルであった。服はないけどリボンはあったのだ。

「そんなに寒くない」

「ハイエルフは、寒さには強いからに」

「ハイエルフ・・・」

「その姿。そなたらの祖先からしても、そう見るのが自然」

「ご先祖さまが、ハイエルフ?」

「うむ。私が都に居ったころには、まだこういう耳をしておった」

 女神さま、自分の耳をさすってみせる。少年──美少女も、自分の耳をさすった。長い耳。

「せめて、甘いもんでも」

 女神さま、手に持っておった袋をゴソゴソした。なんか取り出す。手のひら見せてくる。丸いもんが2つ乗っておる。

「飴ちゃん食べるかに?」

「え? いえ」

「腹ごしらえはせなアカンに、遠慮しな」

「お腹・・・空いてない」

「そうか」女神さま、うなずく。「では私だけ」口に放り込む。ガリガリ。かじる。

 そのときであった。

 キャー!

 森の中に、悲鳴が響いたのは。

 少年──エルフの美少女は、その声を聞いた瞬間、カッと目を見開いた。マントの中から、剣を握った手を突き出す。女神に何か言われるまでもなく、走り始めた。

 

「暴れんじゃねえ」「殺されたくなきゃ、静かにしろ」

「ひぃぃ」

 山賊が2人、娘を捕まえて引きずっている。剣を振りかざし、怒鳴って、脅しをかけているようだ。

 見覚えのない娘だったが、エルフの美少女は、迷いはしなかった。

「うわあああ!」

 叫びながら剣を振りかざし、山賊に駆け寄る。背中から飛び掛かって、2人を相手に暴れ始めた。

 不意を打たれた山賊は取り乱し、1人がすぐに首を斬られて転がった。もう1人も、相討ち気味ではあったが少女の剣が致命傷となる。2つの穢れた生命がこの世を飛び去った。

「ハァハァ」

「あ・・・ありがとうございます。えっと・・・エルフさま?」

 助けた娘にお礼を言われ、エルフの少女は振り向いた。リボンにくくられた髪が跳ねる。ズボンがずり落ちた。

「だ・・・大丈夫? ハァハァ」

「あ、はい。あの、エルフさま」

「なに!?」

「お尻、見えてます」

「!?」エルフの美少女、真っ赤になってズボンを押さえる。

「あはは」

 

◆♀◆ 5、言ってくださいよ、女神さま! ◆♂◆

 

「ラモリモンラのナオスニャーです。エルフさま、おケガは・・・」

 娘が、そう言って心配してくれた。

「大丈夫」

 うなずく。

 女神さまが治してくれたから。

「あれも致命傷やったえ。そなた、修練が必要やに」と女神さま。

「あれも」

 女神さまを見る。こっちよりちょっと背の高い女神さま、こっちを見下ろして、

「うむ。刺し傷は簡単に致命傷となる。治癒の術なくば」

「ありがとうございます」

「うむ。して、その娘は、よその子か?」

「うん。ラモリモンラは、隣の村・・・どうしよう?」

「送り届けてやるがよい」

「いいのですか?」

「何がえ」

「洞窟を出たの、行くとこがあるんだと思って」

「特にない」

「ないの?」

「行き先はない。やることはある」

「やること・・・」

「神の力を、合わす。して、魔王に対抗する」

「まおう」

「うむ」

「魔王なんて、見たこともなくて・・・」

 

 魔王。話に聞いたことはある。

 いまから百年も前に生まれて、ずっと人間を苦しめていると。

 山賊が暴れるのも海賊が暴れるのも、魔王のせい。何十年か前には、大地震も起こした。女神さまの滝壺があんなに深い穴になったのもそのせい。

 でも、つい最近、美しい女勇者がこの世に現れた。女勇者はものすごく強くて、竜だって1人で倒してしまう。そんな人が魔王と戦ってくれている。だから、もう大丈夫だ・・・と、父が言っていた。

 ああ、良かった。と思っていたら、村が山賊に襲われたわけだが。

 

「どうしたらいいのか」

「そなたは、我が巫女。勇気の女神の巫女やえ」

「はい」

「勇気を振るえ。して、うまく行ったならば、それとなーく、我が名を広めよ」

「・・・あの、エルフさま」

「それとなーく」

「うむ」女神さま、ほほえむ。「後は好きにせよ。何かあれば、その都度言うて聞かす」

「はあ。・・・はい。わかりました」

「あの! エルフさま!」

 娘が大きな声を出してきた。びっくりして振り向く。「はい!?」

「エルフさまは、さっきから・・・その、どなたとしゃべっておられるので?」

「えっ?」

 娘を見る。娘、こちらを見ておる。

 女神さまを見る。女神さま、こちらを見ておる。

 も一度娘を見る。娘、きょとんとしておる。

「あれ?」

「くすくす」女神さま、笑う。「その娘には、私の姿は見えておらぬ。声も聞こえておらぬ」

「え・・・」

「そなたが1人でブツブツ言うとるように見えておるはずやえ」

「えー?」

 言ってくださいよ、女神さま! と思う少年──エルフの美少女であった。

 

◆♀◆ 6、エルフの少女、レーニャ ◆♂◆

 

 村は、焼け落ちていた。

 助けた娘、ナオスニャーと2人で──女神さまは別枠で。1柱(はしら)として──村まで戻ってみたのだが。

 村は、黒く焦げた炭の山となって、動くものといえば熱く濁った煙だけであった。

「ここが・・・エルフさまの村?」

「うん」

「ここ、ユーコビンラですよね」

 村の名前である。「うん」

 ナオスニャーがこっちをじっと見下ろしてきた。「・・・エルフさまがいるなんて、初耳です」

「あ、」

 エルフの美少女は、自己紹介をまったくしていなかったことを、いまさら思い出した。

「ああごめん。俺、エルフじゃないんだ」

「えっ!?」

「元は人間で・・・この村の。オンサレーン。スメコチデーコ・オンサレーン」

「ええっ?」

 ナオスニャーは目をまん丸にした。

「オンサレーンって、男の名前ですよ!?」

「う、うん」

「おっぱいありましたよね?」

 ナオスニャー。

 なんか興奮したのか、突然掴みかかってきた。マントに。がばっ! 前を開かれる。

「ほら! ある! おっぱい!」

「え、それは・・・」

「そやに。確かに、その名は不自然かも知れぬ」

 女神さまがすーっと近付いて来て、耳元で囁いた。

「いまのそなた、誰が見ても、可愛らしい処女。どこからどう見ても、手つかずの生娘」

「・・・。」

「その姿でオンサレーンなどと男の名を名乗っては、疑いを招く。ましてや当のオンサレーンが居らぬのやから」

「それは・・・うわっ」

 腰のあたりを撫で回された。見れば、ナオスニャーがしゃがみ込んで、脇腹をじっと見ている。

「こんなに汚れて。私のせいで。エルフさま。おケガ、見せてもらいますね。心得はありませんが、確認だけでも」

「あ、うん」

 マントを剥かれ、白い乳房を青空の下に丸出しにされてしまう。

 ナオスニャーには悪気はないらしい。まあ、ほとんど相討ちのように突き刺し合っているのを見たのだから。女神さまが「致命傷」と診断するほどの傷を受けたわけだから。いつまでも治療する様子がないのを見て、「じゃあ私が」と思うのは当然かも知らん。

「え、うそ。傷がない・・・」

 うん。傷はもう、すっかり治っておる。女神さまのおかげで。

「というわけで」

 その女神さま。こんなことを言い出した。

「乙女にふさわしい名を授けよう。そやに・・・うむ、よし。では、ナッタレーニェ」

「ナッタレーニェ」

「うむ。また、ユークレニャーと名乗ることを許す」

「・・・。」

「ユークレニャー・ナッタレーニェ。これを、今日からしばらくの、そなたの名とせよ」

「お、オンナの名前・・・!?」

「当然やえ」

「いまの、お名前ですか?」聞きつけたナオスニャーが立ち上がった。見下ろしてくる。「ナッタレーニェさま?」

「愛称はレーニャ」

「う・・・うん」

 少年オンサレーンあらため少女ナッタレーニェは、真っ赤になって、さんざんもじもじした挙句、こう言った。

「レーニャと・・・呼んでください」

 

◆♀◆ 7、レーニャさま、真っ赤になる ◆♂◆

 

「というわけで! 私の生命の恩人、ユークレニャー・ナッタレーニェさまです!」

 ナオスニャーが大声で言うと、村人がどよめいた。

「おお!」「エルフさまは、ナッタレーニェとおっしゃるのか」「ユークレニャーとな?」「隣村の、女神さま?」

「はいそうです! エルフさまは、勇気の女神の巫女──」

 ナオスニャー。若い娘なのだが、しっかり者であった。

 道々あれやこれやと質問され、根掘り葉掘り訊きまくられて、掘り起こされた事柄を、すべて把握されておる。

「──勇気の女神ユークラネーさまに名を授けられた、寵愛(ちょうあい)の巫女なのです!」

「なんと」「『ユークラネーの子』という意味か」「女神の御名を頂くとは!」

「そうです。そんな御方が、山賊を倒し、私たちを救ってくださったのです」

「これは大変じゃ! 歓待せねば!」

 大騒ぎである。

 当の本人は顔真っ赤で、台の上に立たされておる。

 ナオスニャーの一張羅(いっちょうら)のドレスを着せてもらい──ダボダボであったが、髪と同じようにあちこちリボンで締めてそれっぽくして──もはや半裸の女戦士ではなくなっておる。村人の前に引き出される前に、ナオスニャーの母が大急ぎで整えてくれたんである。ぱりっとした服やスカートは、ナオスニャーがほとんど着たことがないのは明らかで、ありがたいやら恥ずかしいやらであった。

 背後には勇気の女神ユークラネーさまがふわ~んと浮かんでおるが、これは村人には見えておらぬ。

 その女神さまをチラッと見る。

 巫女、ユークレニャー・ナッタレーニェは、息を吸って、こう言った。

「女神さまの・・・ユークラネーさまのおかげです!」

 

「お湯、かけますね」

 ざばー。

「お肌流しますよ。かゆいとこあったら言ってね」

「なんて綺麗なお肌なんでしょうね!」

「ほんとに。村の娘だったら、男どもみーんな狂っちまうよ」

「わははは」

「・・・。」

 おっぱいに囲まれ、エルフの少女は口も利けずにいた。

 ここは、お風呂。村の共用のお風呂場である。木材で組まれた窓のない小屋で、部屋の中央でボンボン火を炊いて湯を沸かして入る。サウナみたいなもんだが、そこまで暑くはない。全身に水滴がついて、ポカポカする程度。沸騰したお湯は水桶に入れ、ちょうどよい温度にして身体を流す。と言うても、水は川から汲んで来ねばならんので、そんなジャブジャブ使えるもんではない。オンサレーンの村にも似たような共同風呂はあったが、桶ひとつを父と一緒に使い、タオルを浸して拭うだけであった。

 いまは、ジャブジャブ湯をかけられ、女たちが素手で丁寧に肌をさすってくれておる。

 もんのすごい特別待遇──っちゅうことである。

 村で生まれ、何事にも我慢するのが当然であったオンサレーン少年が戸惑うのは当然であった。

 ナッタレーニェ嬢は、まるでお姫さまのように、あるいは人形のように、大切にされているのだから。

 ・・・まあ真っ赤になって口も利けんのは、別な理由によるもんであったが。

「こんな細っそい身体で、山賊を10人も斬り倒したなんてね!」

 3人です。

「ほんと物語の女神さまみたいだね!」

 女神さまは背後に浮かんでます。

「レーニャさまはほんとに強いのよ。ね?」

 ぶるるん。

 おっぱいを揺らしながら、ナオスニャーが目の前にかがみ込んできた。

 おっぱいである。

 乳房である。

 乳である。

 上半身裸の女たちである!

 前にも横にも後ろにも! しかも、優しい手で(まあ肌はガサガサしとるが、これは当然である。家族を守る大人の手である)首筋から背中から脇腹から太腿から、全身をすべすべに撫でてくれるんである!

 そりゃ、今朝まで男の子であった彼女であれば、口も利けんようになるっちゅうもんである。

「あ、あ、あ、あの・・・」

 真っ赤っかのナッタレーニェちゃん。それでも頑張って口を開いた。ナオスニャーが気をつかってうながしてくれたのはわかったから。ここはさすがにダンマリではダメだと思って。勇気を振るって。──目はそらしたけども!

「ユークラネーさまが、ケガを治してくれて・・・ずっとそばにいてくれたから。女神さまのおかげです」

 

◆♀◆ 8、勇気の女神、吸収する ◆♂◆

 

 村では、3日ほどお世話になった。

 気になる故郷のことは、村の方々がある程度教えてくれた。

「隣の村から逃げてゆく者に出会いました。何人か生きとることは間違いありませんぞ」

「そうじゃそうじゃ。『山賊のことを報告せねばならんので、港まで走る』と言うて、走っていった」

「生き延びた者は、少しずつ戻ってくるはずじゃ」

 しかし、家族の情報はなかった。これは仕方がなかった。隣の村と言うても、ほとんど行き来がないから、顔と名前が一致せんのである。行き来がないっちゅうのは、歩いて半日もかからん距離でも、獣に襲われれば生命を落とすし、雨が降れば濃霧が出て道に迷うからである。そんな危険を承知で旅に出たところで、することがない。村には店なんぞないし、宿もない。町まで行くならともかく・・・。

 ただ、妹は・・・。妹は、村で評判の美少女だった。嫁候補として、顔と名前を知っている人が多かったのだ。それなのに情報がないというのでは、暗い予想をせざるを得んかった。

 気分の落ち込む話だったが、よいこともあった。

 勇気の女神の神像を、この村に置いてもらえることになったのだ。

「助けてもらったのだから、お世話をさせてもらいたい」と村人が申し出て、

「ならば、しばらくのあいだ、神像をこちらに置かせてもらいたい」と、女神さまがおっしゃったんである。

 ナッタレーニェは複雑であったが。

 女神さまは、もう俺の村を見捨てたんですか? ・・・とは、訊けなんだが。それでも、

「港へ逃げた者が居るそうやに?」

「うん・・・」

「それでは、港へ向かうとしようかに? そなたの家族に会えるかも知れぬ」

 と、気づかってくれたので、ちょっとホッとしたのであった。

 

「また来てね、レーニャさまー!」

 手を振る村娘、ナオスニャー。

 手を振り返すエルフさま、ナッタレーニェ。

 ふくれっ面で先をゆく勇気の女神さま、ユークラネー。

 旅立ちの光景であった。

「・・・あの、女神さま」

「なにえ」

「なんか、怒ってます?」

「べつに」

 ふくれっ面の女神さま。覗き込むナッタレーニェから目をそらす。

 して、こう言うた。

「我が巫女が健康な女体を前になんの勇気も振るわなんだこと、ふと思い返しておっただけやえ」

「・・・健康な女体」

 ナッタレーニェは経験のない少年の脳みそで頑張って考えて、こう言うた。

 この3日間ずーっとお風呂場でぷるんぷるんしていた、おっぱいのことかな・・・と。

「えーと・・・でも俺、その、女の人の口説き方なんてわかんないし・・・」

「ふん」

 真っ赤になって頭をぼりぼりかく少女を放っておいて、女神さまはふわ~んと先を行く。

「あ、ご、ごめんなさい。けどほら、神像は運んでもらったし、信者も増えそうだし」

「うむ。その点は、褒めてつかわす」

「よかった」

 実際頑張ったのだ。何かと言えば「ユークラネーさま」「勇気の女神さま」と口にしたし。朝から晩まで村人に見つめられているので、男だったときみたいに開けっ広げな態度にならないよう、自分の知ってる限りでお上品な態度(母親と、あとは女神さまのマネ)を取るようにしたし・・・

 

 ・・・と、ナッタレーニェ嬢があれこれ考えておるあいだに。

 勇気の女神さまの前に、ふわりと。

 別な女神さまが現れた。

 豊満な身体をした、黒い巻き毛の女神さまである。こちらは人間の女の姿をしておる。エルフではない。

「おや? そなたは」

「初めまして」その女神さまは、あいさつをした。「ラモリーモと申します。あの村の女神であった者です」

「おお。あいさつにいらっしゃったということは・・・」

「お察しの通り・・・」

 村の女神ラモリーモは頭を下げて、こう言うた。

「あの村のこと、どうぞよろしくお願いいたします」

 そして・・・

 勇気の女神の身体に、すーっと吸いよせられたかと思うと・・・

 お腹のあたりに吸い込まれて、消えてしもうた!

「うむ」

 勇気の女神さま。とても満足そうに、うなずいた。

「今後、この村に来るときは、そなたの名を冠するとしよう」

「え? なんです?」

 ナッタレーニェ嬢が走って追いついてきた。

 勇気の女神さまは、簡潔にこう言うた。「あな(あちらの)村の女神を吸収した」

「はい?」

「次、この村に来るときは、ラモリマイ・ユークラネーと名乗ることにする」

「・・・はい? すみません、どういう意味か」

「そのうちわかる」

「もしかして、まだ怒ってる?」

「べつに」

 

「・・・あいつか。エルフってのは」

 歩み去る、ナッタレーニェ嬢(と女神さま)。

 その後ろ姿を、森に隠れて睨みつける、山賊どもの姿があった。

 黒い髭面の山賊と、その部下どもである。

「あんなヒョロっちいオンナにやられたのか」

「へえ、たぶん・・・」「他にそれらしいヤツもいねえんで」

「そうか。港町へ下りるようだな」

「へい。あの道ァ、ナダラカンミナットまで一本道でさ」

「1人旅とは勇気のあるやつだ。待てよ、もしかしたら、魔術師かも知れんな・・・」

 黒い髭面は、うなずいた。

「よし。先回りすんぞ。海賊どもに話を通す。──あのオンナ、絶対ェに捕まえてやる」

 





【挿絵表示】

(絵・リーモと勇気)

※このページの修正記録
2024/12/08
 絵描いたのであとがきに載せてみました。

2024/07/21
「レーニャさま、真っ赤になる」
 変換ミスを修正しました。油を沸かすって・・・
 > 部屋の中央でボンボン火を炊いて油を沸かして入る。
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