勇気の女神にオンナにされた   作:min(みならい)

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サンキュー開眼! リーモ、死す?!

◆♀◆ 21、巫女の末裔 ◆♂◆

 

 クェルデンチャーネは、ダークエルフの少女である。

 年は12歳。愛称はチャーネ。母は去年、鞭打たれて死んだ。父も、妻を嘆いて、やせ衰えて死んだ。

 チャーネの手はいつもヒビ割れている。奴隷の仕事、糸紡ぎ(いとつむぎ)や機織り(はたおり)のせい。それでも、冬に水仕事をさせられる洗濯奴隷よりはマシ・・・。

 

「女神さま。無力なうちらアズダーションの末裔(まつえい)を、どうかお許しください」

 奴隷小屋。膝ついて祈るチャーネ。

 窓のない小屋から、アズダーションがあると言われる山々を見ることはできない。教典もなければ女神像もない。それでもチャーネはお祈りをした。毎日。

「いつか、女神さまの御許(みもと)に上がり、御身をお救いします。必ず・・・」

「おい! 奴隷巫女ォ! いるかァ?」

 ドンドンドン! ドアが叩かれた。

「出陣だァ。支度しやがれ。大王さまに、てめェらの洞穴ァ、案内する日が来たぞァ」

「はい。ただいま」

 チャーネは小さな背負い籠(しょいかご)ひとつを持って、外に出た。男に命じられるまま、表へ回る。奴隷小屋から、オセゾックの屋敷の塀を回り込んで、道路へ。夏の暑気を残した朝日が、チャーネの目を刺した。鈍い頭痛が広がる。ダークエルフは日光に弱いのだ。

「嫌そうなツラしてんじゃねえぞァ? 大王さまに特別扱いされてんだからよォ」

「はい」

 街のほうへと、道を下る。郊外に、大軍勢が集結していた。

 荷馬車が何十台も並んで、馬草(まぐさ)と樽を積み込んでいる。チャーネは、その荷物のひとつとなった。荷台に詰め込まれ、足枷(あしかせ)を掛けられる。短い鎖で繋がった足枷。歩くのにも邪魔なほど。

「てめェのおっ母みてえなマネすんじゃねえぞォ? 正直に案内しろやァ」

「はい」

 チャーネの母は、ある洞窟に連れてゆかれ、『ここがアズダーションです』と証言した。『女神さまの声がする』と。だが、その洞窟をいくら調べても、試掘しても、何も出て来ない。大王を騙したと判断され、鞭打たれて死んだ。

 私もああなるのだろうか。鞭打たれ、墓碑もない穴に埋められるのだろうか。

 この運命は、女神さまを放置しているダークエルフへの罰なのだろうか。

「よーし。おい、出発しろォ。この奴隷巫女ォ、大王ンとこ連れてけェ!」

「へい」

 荷馬車が動き出す。

 歩兵の大集団のあいだを抜けて、大王の一隊へと近付いてゆく。軍旗はためく本隊の元へ。

「ユークラネーさま」チャーネは口の中でつぶやいた。「うち、悔しいです。やらなアカンことできへんまま死ぬの、嫌や・・・」

 

◆♀◆ 22、戦闘1日目 若殿の帰還 ◆♂◆

 

 オセゾックの軍勢は、長い長い列となって、山越え谷越え、豚飼いの領地へと押し寄せた。

 一応、使者が行き来はする。しかし内容は、売り言葉に買い言葉であった──

 

『北国の大王が、反乱を企む豚飼いの領主に告げる。すべての食料と領主一族の首を差し出し、降服せよ』

『ブロノンティーシュ・ホルブダックが、オセゾック大王陛下に申す。当地は独立領である。反乱などと言われる筋合いはない』

『逆らうなら、皆殺しだ』

『ブロノンティーシュ・ホルブダックが、山賊の頭に宣す(せんす)。山賊を皆殺しにするほうが、民のためによろしい』

 

 ──こうして、オセゾック大王軍と、豚飼い領主ホルブダック軍は激突した。

 大王の軍は自称3万。実際の戦闘員は、おそらく7~8千人といったところ。

 豚飼いの軍は自称3千。こちらは戦闘員の比率が高く、2千人ほど。

 およそ4倍の侵略軍となる。

 豚飼いホルブダックは有能な領主であったから、最初の使者が来る前にさっさと出陣し、山間部で敵を待ち受けた。自分たちは南側の高地に陣取り、北に大王軍を見下ろす。東は山、西は深い森である。

 オセゾック軍は狭い街道にフン詰まり状態となり、数の優位を殺された。

 この状態で、戦が始まった。

 

 1日目、朝。

 木の柵で街道を封鎖した豚飼い軍に、オセゾック軍の弓兵が矢を浴びせる。豚飼い軍は投石で対抗した。

 次に、オセゾック軍歩兵が突撃。豚飼い軍は用意していた丸太を落として、歩兵を蹴散らした。大人の胴体ほどの丸太を、2人がかりで転がすのである。坂道を転がり落ちる丸太に歩兵は弾き飛ばされ、将棋倒しになった。

 2刻(約4時間)ほど揉み合って、戦線が動かないまま、戦闘は中断した。昼飯休憩である。

 

 オセゾック軍は、騎兵には肉・酒・パンを配り、歩兵には麦粒だけを配った。

「手柄ァ立てたヤツには、好きなだけ喰わせてやるぞァ!」

「お・・・おお!」

 怒鳴り散らす指揮官に、歩兵どもはとりあえず喚声を上げるが・・・その目は、空ろであった。

「騎兵どもは肉喰ってんのによォ」「こんな固ェ麦、どうしろってんだ」「薪もねえのかよ」「俺らが収めた薪はどこ行ったァ?」

 そこに、香ばしい匂いが届く。

「あンだこの匂いはァ?」「豚だ・・・豚の匂いだ・・・」「やべェ、豚飼いどものトンテキだ・・・」

 豚飼い領主が、トンテキを作り始めたのだ。

 じゅうじゅう。ばちばち。豚のステーキ。したたる脂と肉汁が、炭に弾けて、油煙となる。たまらん匂いのその煙、南風に運ばれて、オセゾック軍に流れ込む。あわれ歩兵、敵がトンテキかじるのを、ヨダレを垂らして見るしかない。

「やってらんねえぞァ・・・」士気、ダダ下がりである。

 

 午後、戦闘が再開される。

 内容は午前のくり返し。夕方までの戦闘で、豚飼い軍がやや優勢。飯の差、士気の差、表われた。

 夕陽が落ちて、戦闘終了。

 

 その夜のことであった。豚飼い軍の本陣に、若殿が帰還したのは。

 

「閣下! 若殿がお帰りですぜェ!」

「あァ?!」

 豚飼いの領主ホルブダックは、床几(しょうぎ)から飛び上がった。シンプルな木造の椅子が、壊れそうな音を立てる。ホルブダックの周囲にいた3匹の犬も、びっくりして立ち上がった。

「すまねえ、親父ィ。遅くなっちまったァ」

「あンだァ!? そのボロッボロの姿ァ。どこで悪さして来やがったァ!」

 領主の息子ハルダック。父に負けず劣らずの巨漢。

 兜凹み、鎖かたびらには土がつき、あまつさえ一部破れておる。鎧下にも穴があり、ズボンは片足、膝から下がなくなっとる。

 まさにボロボロであった。

「いや、飼い犬に手を噛まれてよォ」

「飼い犬ゥ? 嫁も来てねえガキの分際で、馬鹿言ってんじゃねえ! こンの、山羊息子めが!」

「痛ェ! やめろ親父ィ、話聞k──痛ェ!」

 巨漢の領主が巨漢の息子をぶん殴る。兜に新たな凹みができた。

「くそっ、殴る前に話聞けや!」

「やかましゃァ! お国の一大事に遅れるヤツァ、領主の資格はねェ!」

「面目ねえ。だが、死にかけてよォ、傷治すのに時間喰っちまったんだよ」

「死にかけたァ?」

「おう。後で説明すらァ。それより、恩人を紹介すんぜェ。──色男! 入って来いやァ」

「失礼します」

 現われたのは、1人の剣士であった。

 豚飼い領の男どもとくらべると、小柄でほっそりしておる。そして、すんごく、瑞々しい(みずみずしい)。頬っぺたなんぞ、すべっすべ! まるで若い娘のよう。だが、その態度は堂々としたもの。『ふてぶてしい』と言ってもよい。

「カクロジデーコ・カルメカーニ。ナダラカンから参りました。偶然、騒動に巻き込まれまして」

「こいつと、こいつの女がよォ、死にかけた俺を助けてくれたんだァ」

「ンで死にかけてんだ。戦の前によォ」

「そこァ、事情があってよ。とにかく、こいつは俺の生命の恩人だ」

「そうかァ・・・ま、豚肉でも喰ってけやァ、恩人どの」

 

 というわけで。

 我らが主人公リーモちゃん御一行、トンテキただ食い。

 ま、それだけのことはやった。トンテキ待遇は当然のこと。働いたのは主にサンキューだが。

「モグモグ・・・うまいですねこれ」

「んむ。好き」

 サンキューとリーモ、分厚いトンテキをモグモグする。

 そこに、豚飼いの1人が、トンテキの皿持ってやってきた。

「お代わりお持ちしましたぜェ! ・・・お? 南の旦那ァ。こいつァどうも、こんばんは」

「おや? あんたは」

 その男。カルメカーニとリーモがこの領地に入ったとき最初に出会った、あの豚飼いであった。

「奇遇だな。領主さまの勇気に──」

「乾杯ァい!」

 カルメカーニと豚飼い、ビールを呑み干した。

 うらやましい。リーモ生唾呑み込む。ビールは苦みがすごくて、あんま好きじゃないんだけどね? でもその土地の味ってもんがあるから。何事も経験だからね? などと自分に言い訳しながら、ビールくれる人は居らんかなーと、キョロキョロする。

「はい、リーモ。ジュースもらってきましたよ」

「あ・・・りがと」

 ジュース押しつけられた。しかも、サンキューもジュースだ。これでは『ひと口だけ交換しない?』の手も使えぬ。がっかりである。ジュースの味もほろ苦く──いや、実際苦いわ。

「なんだこれ」

「少し苦いですね」

「そいつァ、黒スグリの汁でさァ、お嬢さんがた」と豚飼い。「上等なモンですぜ。大盤振る舞いってやつだァ」

「景気がいいな」

「領主さまのおかげをもって! ウヘヘ」豚飼いは立ち去った。

「・・・そうでもねえんだよなァ」入れ代わりに、領主の息子ハルダックがやって来た。

「うん?」

「負けたときによォ、美味ェもんブン捕られんのァ、癪(しゃく)だろォ? だから放出してんのさァ」

「おいおい。外人に補給情報を洩らすんじゃないよ。そんなだから殴られんだぜ」

「うるせえ! わはは」ハルダックは頭を撫でた。「せっかく命拾いした頭ァ、まーたカチ割られっかと思ったぜェ」

 ハルダックはしばらく居座った。どうやら、カルメカーニとしゃべりたいらしい。

 トンテキとビールをやりつつ、2人はしばらくしゃべった。

「・・・で、勝てるかい?」

「さあなァ? ま、せっかく治してもらったしよォ、明日は、いっちょ派手にやってやんぜ」

「幸運を祈ってるよ」

「おう。ブローノンテッリのハルダックの槍を見てけやァ!」

 

◆♀◆ 23、戦闘2日目 ◆♂◆

 

 翌日は、形勢が二転した。

 午前中の戦いでは、豚飼い領ブローノンテッリが優勢。

 若殿ハルダックが出陣して、活躍したのだ。彼は、体格に優れた豚飼い軍の中でもひと回り大柄で、槍の扱いも優れていた。ひと突きするごとに敵1人の生命を失せしめ、盾で引っぱたけば敵3人を転ばせる。見事な若武者っぷりであった。

 しかし。

 午後の戦いでは、オセゾック軍が巻き返した。

 なんと! オセゾック大王その人が、ハルダックに対抗して現われたんである!

 常人にはとても振るえんような大槍を手にしたオセゾック。その大槍の威力たるや、若武者ハルダックが防戦一方となるほど。雑兵を薙ぎ倒してきたハルダックが、よろめき、あえぎ、汗をダラダラ流しながら後退してゆく。ついには、脇腹をグサリとひと刺しやられ、仲間に引きずられて退却した。

 オセゾック軍は快哉に沸いた。これで豚飼い軍はおしまいだァ! ざまあ見やがれ! と、盛り上がる。

「見たかァ、大王オセゾックさまの槍をォ!」

 オセゾックは勝ち誇った。

「キコリネの勇者オセゾック! ナダラカンの小娘勇者なんぞァ、屁でもねえぞァ!」

 まるで『わかっているぞ』とでも言うかのように、豚飼い軍の本陣を睨んで・・・

「いるんなら、出て来やがれ! この槍で腹ァブチ抜いてやらァ!」

 

「・・・。」

 リーモ怒る。

 我らが主人公一行は、本陣ではなく、ちょっと離れた高台にいた。つまり、オセゾックは見当違いのところを見ていたわけだが、その意図はよーく伝わってきた。大王が叫んだ内容を、取り巻きがくり返すので。

『ナダラカンの・・・小娘勇者ァ・・・!』

『キコリネの勇者さまの・・・槍がァ・・・てめェの腹ァ、ブチ抜くぞァ・・・』

 こんな感じである。不快極まりない。

 俺に力があったらなー! と、リーモは悔しがった。

 レーネを見る。レーネは、黒スグリのジュースをチビチビ呑んでいた。ボケーとした感じである。

「カルメカーニ?」と、偽名で呼んでみたら、

「・・・ん? ああ、俺か」反応が鈍い。偽名での演技を忘れとった様子。「なに?」

「どしたの?」

「なにが? どうもしないけど」

「あ、そうなんだ」

「なんだよ」

「いや・・・」

「はい、治療終わり!」サンキューがハルダックから手を離した。「幸運でしたね。内臓は無傷でした。動いても大丈夫ですよ」

「おう! 悪ィな、何度もよォ」若武者は本陣へ駆け戻った。

 サンキュー、こっち向く。

「オセゾックをぶった斬りに行かないんですか?」

「なんで俺が」とレーネ。

「あれだけ挑発されたら、『ぶった斬る!』ってなるのかと」

「私はなる。この剣はならない」レーネは鞘をポンポンと叩いた。

「剣?」

「この剣は、女神の祝福を授かってる。太陽の御子(みこ)の」

「はぁ」

「真っ当な人間に向ける剣じゃないのさ。魔王やドラゴンはともかく」

「あいつ真っ当かなぁ?」とリーモ。

「山賊よりゃマシだよ」

「・・・魔王なら、気軽に斬れると?」サンキュー、半目になる。

「馬鹿言え。あいつメッチャ強いんだぞ」

「ですよね!」サンキュー笑顔になる。

「じゃあ、何もしないんだ」とリーモ。

「私が決めることじゃないからね。こっちに勝ってほしいとは思うけど」

「うん」

「人を斬らずに、そういう風に収められたらいいんだけどな。ドラゴンでも出ないかね?」

「ええ?」

「いや、前に北国で暴れたときは、出たんだよn──」

 

 し ぎ ゃ ー ー ー !!!!!

 

 レーネの言葉を、もんのすごい咆哮が消し飛ばした。

 

◆♀◆ 24、《声》の怪物! ◆♂◆

 

 それはあたかも、万の絶叫がぶつかり合うがごとし。刃物と刃物をこすり合わせ、耳がキーンと痛くなり、背筋がゾッとするような音を出す。それを幾千幾万同時に鳴らし、叩きつけた──そのような咆哮であった。

 前線で、オセゾック大王がぐらりとバランスを崩すのが見えた。だが、その首を取りに行く者が居らぬ。敵も味方も、みな耳を押さえてフラついておったからである。

 ずーっと向こう、山の陰へと伸びるオセゾック軍の荷馬車隊は、さらにひどい。大混乱。馬が暴れて。あっちこっちへ暴走。道から転落するわ、荷馬車同士でぶつかるわ、歩兵をはね飛ばすわ、メチャクチャである。

 その、オセゾック軍後方の・・・頭上。

 山の、稜線(りょうせん)に。

 

 巨大な鉄のかたまりが、ぬーーーっ・・・と、突き出した。

 

「ひっ!?」

 リーモびびる。両耳押さえたまま(ハイエルフの耳には、いまの絶叫はきつかった)、尻もちつく。

 レーネも顔をしかめておる。サンキューに至っては、耳を押さえて卒倒しておる!

「こいつを見てやって」レーネは立ち上がった。

「え?!」リーモ聞こえない。

「サンキューを、見てやって。私は、ちょっと行ってくる」レーネ、手振りで説明。

「あ、うん。レーネはどうすんの!?」

 レーネは、自分と、山の上の巨大な頭を、交互に指差した。「私、あいつ、ぶった斬る」

 

 巨大な前足が、山を掴む。その前足は鉄の色。樹木がへし折れ、山肌が凹み、崩れた土砂が荷馬車を押し流す。

 翼が空を覆い隠す。その翼もまた、鉄の色。バサーリ・・・と打ち振る巨翼にあおられ、山が波打つ。

 あわれオセゾック軍、逃げ惑うだけの烏合の衆となる。いや、惑える者は幸運なほうであった。怪物の巨大な後ろ足が山を踏み崩し、ずるっと滑って街道を蹴り壊したときには、付近の荷馬車は全滅したのだから・・・。

 鉄色の怪物は、そんな人間どもの様子を、チラリと見て・・・。

 もう一度、咆哮した。

 その声はふたたび聴覚への打撃となって、戦場──

 

《おまえは我らを、威迫する(いはくする)ことはできぬ!》

 

 ──に届く前に、巨大な岩壁に阻まれた。

 山腹に突き上がった超自然の岩壁が、恐ろしい生き物の声をブロック! さらに追加の柱が生えて、怪物の頭部をカチ上げる! 岩石アッパー! 突然の反撃を喰らった巨大怪物は、

 

 ゴガァァァン・・・アァァン・・・ァァン・・・!!!

 

 と、こだまする爆音を響かせながら、大きくのけ反った。

 フラつきながら頭を戻す、その爬虫類の視線の先に、宙駆ける勇者の姿あり!

 

《我らは懸ける(かける)! 邪竜へ駆ける天の橋(あめのはし)!》

 

 走る女勇者ユリアーニェの足元に、岩の柱が突き上がる! 柱から柱へ、岩の橋が生えてゆく!

 地上から数十尋! 人間の身長の何十人分もあろうかという空の中、女勇者レーネが懸け橋を駆ける!

「ドラゴン!」

 怪物に呼ばわる。

「おまえの相手は、ヨスベリューサニェー・ユリアーニェがする!」

「・・・。」

 巨大怪物。

 黒鉄(くろがね)のドラゴン。レーネを、認識した。

 

《おまえか》

 

 世界に鳴り響く声で、女勇者に応じた。

 

《おまえか。その《声》。この竜王の領域を騒がす、《声》のヌシは》

 

 そして、短い咆哮を放つ。

 短く鋭いその叫びに、《声》で橋を造り続けるレーネは対応できない。まともに浴びて、よろける。

 リーモの腕の中で、サンキューがげえげえ吐き出した。手で耳を押さえとるが、それでも耐えれんようである。

 リーモは周囲を見回した。近くに大きな岩がある。怪物から身を隠す形が取れそうだ。レーネを見る。いまにも膝をつきそうになっておる。リーモは素早く策を立て、対処の順位を決定した。

(レーネがんばれ!)

 音が聞こえないまま叫び、右手を開く。白い輝き。『勇気を授ける』。レーネが背を伸ばし、ふたたび走り始めた。

 次に、サンキューを岩の陰に引きずり込む。また短い咆哮が飛んできたが、物陰だとだいぶマシだ。

 リーモは耳押さえながら顔出してレーネを見た。

 ドラゴンは──小さなレーネに、山と並ぶほどの顎で噛み付こうと──いや、呑み込もうとしておる!

 クジラが海の虫を呑み込むがごとし!

 危うしレーネ!

 ──と、レーネは岩の懸け橋から、飛んだ。ヒラリと空中に舞い落ちる。なんもない空中に!

 ドラゴンは空振りした。岩の柱を噛み砕く。砕けた岩が、先端の折れた橋が、ひらひら落ちるレーネを追う!

 ふたたび危うしレーネ!

 ──と、レーネが何か《声》で唱えた。それに応じて、砕けた岩が、つながった。ふたたび岩の柱となり、グルーン・・・と大きく弧を描く。空舞う勇者の下に回り込み・・・レーネが、花びらに止まる蝶のように、その柱に立った。柱はさらに、グルーン・・・・・・・・・と回って、ドラゴンの頭上へ回り込み・・・レーネが、飛び立つ鷹のように、その柱を蹴った。

 長い詠唱が、リーモの耳に届いた。

 

《剣の名はグレイス!

 日の御手(みて)、

 すべてを断つ

 事切る女神の名において、》

 

 レーネは舞い降りた。巨大な怪物の後頭部に。

 

《──我、邪竜を、断つ!》

 

 剣がひらめく。絹の布を垂らすがごとく。

 その一発で、レーネはドラゴンの首を断った。

 ドラゴンの首。ゆっくりと、落下。

 山腹に、めり込む。

 樹木と土砂を噴き上げ、小さく跳ね、オセゾック軍へと、雪崩かかる──寸前に、道の両脇から分厚い岩壁が生えて、軍勢の頭上でがっちりと手を組んだ。レーネの《声》だ。街道を包み込む岩のトンネル。

 ドラゴンの胴体。屈服する。山にひれ伏し、地形を押し潰す。地下水が噴き出し、ドラゴンの血と混じり、濁流となって駆け下る。

「勝った・・・」

 リーモ、岩陰から走り出し、両手を突き上げた。

「わはは! すごい! レーネすごい。勝っちゃった!」

 

◆♀◆ 25、暗殺者の矢 ◆♂◆

 

 レーネが造ったトンネルの中。

 頭上に叩きつけられる轟音に、誰も彼もが腰砕けになり、か細い悲鳴を上げるだけ。そんな中に、2人の人物がいた。

 1人はダークエルフの奴隷巫女、クェルデンチャーネ。

 最初のドラゴンの絶叫で失神してしまい、いまも荷台の上で倒れたまんまである。

 いま1人は、弓兵隊長。

「動ける者は立て。いまが好機だ。獲物を仕留める」

「お・・・おう」「はい・・・」「耳が・・・耳が聞こえません」

「上にいるのは、私がやる」

 奇しくも(くしくも)レーネと同じように、男は身振りで『上にいるのを』『自分が』『やる』と伝えた。

「あっちは、おまえたちが、やれ」

 

「はー・・・、はー・・・」

 レーネは岩の柱に膝をついていた。しばらく呼吸を整えて、ようやく立ち上がる。

 そのとき。遥か下界から、呼ばわる声がした。

「見つけたぞァ。ナダラカンの、小娘ェ!」

「ほう?」

「勝負しろォ! てめェが名前だけの小娘だってこと、証明してやらァ!」

 オセゾックであった。

 鼻血を垂らしながら、レーネに挑んできおる。

 その挑戦に対して、

「人を斬る剣ではない」女勇者は剣を収め、立ち去った。

「逃げる気かァ!」

 オセゾックはトンネルの外壁をよじ登った。

 樹木を蹴り落とし、水と血の汚泥となった土を踏みつけ、トンネルの屋上へ。

 転がっとるドラゴンの、頭に、駆け上がる。

 まだ血を垂らし、熱の残る生首である。そこに平気で駆け上がるのだから、尋常な男ではない。

「逃げるかァ! ナダラカンの小娘ェ!」

 真っ赤になって怒鳴った。

 女勇者は反応しない。

 オセゾックは憤怒(ふんぬ)の表情で女勇者の背中を睨んだが、ふと力を抜いて、下を見た。

 兵士どもが、自分を見ている。

「・・・。」

 オセゾックは、ドラゴンの頭の上で、槍を天に突き上げた。

「見たかァ! 俺を見ただけで、逃げ出しやがったぞァ!」

 即興の演説をぶち上げる。

「ナダラカンの小娘ァ、口だけだ。俺を見て、逃げたァ! オセゾックの勝ちだァ!」

 

「レーネ、レーネ!」

 両手をいっぱいに上げて、帰ってくる女勇者を歓迎するリーモ。

 ──に、矢が立った。

 地面に。荷物に。さっきレーネがジュースを呑んでいたテーブルに。

 リーモの胸に。

 矢が突き立った!

「ウォッフ! オンオンオンオン!」シャケが飛び出す。

「・・・リーモ?」サンキューがよたよたと岩陰から出て来た。「リーモ!?」

 レーネも異変に気付いた。

 ダッシュする。それが、女勇者の生命を救った。

 斜め下、死角から飛んで来た矢が、背中に巻いていた小さな荷物袋に当たったのだ。矢は荷物袋に突き刺さったが、レーネの着ていた革のジャケットを貫くことはなかった。もしもダッシュしていなければ、脇腹を下から刺し貫かれていたであろう。

「!」

 レーネは怒った。自分が攻撃されたことにではなく、走るのを邪魔されたことに。

 振り向き、直観的に射手を発見して、

 

《我らはおまえを、立たせてはおかぬ!》

 

 岩のパンチで、弓兵を殴り倒した。

「おまえか!」レーネは怒鳴った。「おまえか、キタリュードンラの暗殺者!」

「・・・ああ、そうよ」倒れた男はつぶやいた。「仕事をしくじった暗殺者よ」

「そいつを捕らえろ!」

 若殿ハルダックがレーネを援護した。

 豚飼い領の兵士どもが殺到。暗殺者を殴り倒す。

 レーネはその結果を見もせずに、リーモの元へ駆け出した。

 

◆♀◆ 26、サンキュー開眼! リーモ、死す?!  ◆♂◆

 

 サンキューは、取り乱した。

 倒れたリーモに飛びつき、上着をはだける。シャツは・・・脱がせる余裕がない。ナイフで傷口周辺を切り裂く。

「リーモ、リーモ」

 華奢な(きゃしゃな)胸に、矢が深々と刺さっている。

 肺に穴が。下手をすると、心臓付近の血管にも。

「ああ、そんな。私の術では、これは」

「サンキュー・・・げぼっ」リーモが喘いだ。「だい・・・じょうぶ・・・ごぼごぼ」

「何を言って」

「そこの・・・いわの・・・かげに・・・」

 サンキューは涙をこぼしながら、リーモを抱き上げ、木陰に寝かせた。

 なぜ物陰を希望したのか? サンキューにはわからない。動かすべきでもなかった。だが、最期の望みだから。

 女勇者は誰かに襲われたようで、少し手間取っている。間に合うだろうか。リーモにはあと、どれだけ時間があるだろうか。

「リーモ。言い遺すことは?」

「ふ・・・げぼごぼ・・・ふふっ」

「なに笑ってるの?!」

「それ、いわれたの、2かいめ・・・」

「ええ?」

「めがみさま、ついてるから、だいじょ・・・ごぼっ」

「女神さま」

 サンキュー、ハッとする。

「そうか。勇気の女神の巫女だ、リーモは」

 

 サンキュー。氷の爪に、心臓を掴まれた。

 リーモは、魔王陛下の、敵なのだ。

 いままでは、意識していなかった。サンキューの任務は『女勇者を招待せよ』だから。リーモに手出しして女勇者を怒らせては本末転倒。むしろ、警戒心の薄いリーモは生かしておくほうが好都合。よろしい、利用してあげましょう。

 ──そんな認識であった。

 なのに。

 セイレーンの魔将、サンキュッシニーモは、いま、リーモを本気で助けようとした。取り乱し、涙までこぼして、彼女に尽くそうとした。

 いまの私を、陛下が見たら・・・。

 サンキューの心臓に喰い込んだ氷は、魔王の爪であった。

 

「だから・・・、」リーモが、ふらふらと手を上げている。「げんき・・・だして・・・」

 リーモの手に、白い輝きが花開いた。

 サンキューの心に、その光が染み通る。

 氷の爪が、溶けた。

 心臓が、自由を取り戻した。

「そう・・・そうですね。そうだ。友達を助けて、何が悪い? できることをして、何が悪いんですか。私はやりますよ!」

 サンキューはリーモに覆い被さった。「口開けて!」

 血まみれの唇に、唇をかぶせる。

 血を吸い出す。吐き捨てる。

 突き刺さった矢を、横目で見ながら。

 矢を抜くか? いや、激痛でリーモが死ぬ恐れがある。

 では、矢が刺さったまま穴だけふさぐか? 生命を引き延ばすことはできるが、治療が困難になる・・・。

 どうする? どうする?

 考えながら、リーモの唇から血を吸い出し、代わりに空気を吹き込む。

 ゴボゴボ言っていたリーモが、もう一言しゃべれるようになった。

「ありがと・・・」

「いまレーネが来ます。がんばって」

「リーモ!」レーネが飛び込んで来た。「女神ィ! なにモタモタして──」宙に向かって叫ぶ。「なに? ええい、どうでも!」

 

《おまえは私を、覗き見ることはできぬ!》

 

 レーネの《声》。間近で聞いたサンキューはドキッとした。

 昔、まだ成魚になる前に、こうしてすぐ近くで《声》を聞いた記憶が・・・だがその記憶は、すぐに消えてしまった。

 メキメキ・・・!

 土が盛り上がり、かまくらのような半球の屋根となって、サンキューたち3人を覆った。

 なぜこんなことを? 疑問に思いつつ、サンキューは説明する。「矢は抜かず、このまま傷口をふさいで──」

「サンキュー、離れろ」

「は?」

「リーモに触れるな」

「な──ちがいます、私はそんな!」

「女神さまが治療なさるんだ。私もおまえも、邪魔だ!」

 レーネが回り込んできた。ガバッと、抱き締められる。

 後ろめたいところのあるサンキューは、ゾッとした。魔王の手下で、この娘の手を恐れない者がいようか? だが逆らったところで勝ち目はない。バレてもまずい。心臓ドッキドキさせながら、仲間のフリをするしかない。

「・・・どういう意味です? 勇気の女神さまが、治療?」

「わからん。リーモだけは治せるらしい」

「はぁ?」

 見ているうちに。

 リーモの身体が、ぼんやりとし、その顔かたちがわかりづらいものとなり・・・

 光に包まれて──いや、光になって・・・

 ぽとり。矢が地面に落ちた。

 ぱさり。服が地面に広がった。

 レーネが矢を拾って捨て、服をなるべく平らに伸ばした。

「な、なにを!? リーモはどこに???」

「手を出すな!」

 レーネが本気で怒った。サンキューを締め上げ、リーモ(のいた場所)から引き剥がす。

「キュー!?」サンキュー、釣られた魚みたいにピチピチする。

「じっとしてろ」

 

 光が薄れてゆく。

 いつの間にか、そこに、白い裸体が横たわっていた。

 

 細い胴体。ほとんど女らしさのない、少年のような腰。つるんとした肌。

 わずかに青みがかった黒髪は、静かに流れる水のよう。そして、仔猫みたいに愛らしい鼻先と唇。エルフの耳。

 その少女が目を開いた。

 レーネとサンキューを見て、笑った。「なにしてんの?」

「こいつがいらんことをしようとした」とレーネ。

「た・・・助けようと、しただけです・・・」

 ヌードのまま、リーモは立ち上がった。サンキューの手をさすってきた。

「もう大丈夫だから。ありがと。サンキュー」

 レーネの手がゆるんだ。サンキューはリーモに抱きついた。儚い(はかない)裸体を抱き締める。「もうダメかと・・・」

「ごめんね。すぐ起き上がったら、また撃たれるから。レーネが戻るまで、死んだフリしたんだ」

「策略か」とレーネ。

「策略だね」

 

 サンキューは、リーモの身体を調べさせてもらった。

 どう見ても、全快している。と言うより、傷を受けた痕がない。土の汚れすら、ついていない。

「まるで、生まれ変わったみたい・・・」

「女神さまが『正解』だって」とリーモ。「ほぐして、絞り直す? んだって」

「──そうか。変身!」

 サンキューはひらめいた。

 彼女は、変身ができる。足ヒレを足にする程度だが。それで、リーモの身に起こったことが直観的にわかった。

 変身とよく似た・・・存在しているものを、造り直す・・・

 

「リーモ、私は、開眼しましたよ」涙を拭いながら、サンキューは言った。

「なんに?」「なんにだよ」

 同時に訊いてくる2人に、サンキューはにっこり笑って、「秘密です! いまはまだ!」

 

◆♀◆ 27、オセゾックとドードーミャーネ ◆♂◆

 

 オセゾック軍は、退却した。

 

 『俺の勝ちだ』と宣言したオセゾックであったが、被害は甚大(じんだい)であった。

 いっぽう、豚飼い軍の兵は健在である。しかも『俺たちにァ、女勇者がついている』と、士気も絶頂にある。

 これではどうにもならぬ。『勝った』という嘘を維持するには、退却せざるを得んかったんである。

「勝った、勝ったぞァ!」「大王にふさわしい凱旋(がいせん)だァ!」

 側近どもは口を合わせたが、それが嘘だということを知らない兵士はいなかった。

 大王は。

 予想外の行動を取った。

「俺ァ、やることがある」

 と言い残すと、精鋭の歩兵1部隊と、ダークエルフの女奴隷だけを引き連れて、姿を消してしもうたんである。

 

「どうだァ?」

「・・・この部屋には、大きな岩の柱が、3つあります」

 暗闇に、男女の声。

 オセゾックと、奴隷巫女クェルデンチャーネである。

 場所は、あの洞窟──我らが主人公一行が『策略』のユークラネーを救出した、あの。すなわち、アズダーション裏口である。

 たいまつの明かりが、2人の姿を浮かび上がらせる。

 他に人影はない。歩兵どもは入り口で待たせてある。“騙し討ちの王”は、秘密を共有することを好まんのだ。

 

 私は・・・口封じされるんだろうか? と、チャーネは感じていた。

 そうなってもおかしくはない。父母のいない奴隷の娘だ。誰も復讐はしてくれない。

 自分はどうすべきか考えて、チャーネは『素直に大王に従おう』と決めた。なぜなら、オセゾックはすでに、母を連れて洞窟探索をしたことがあるからだ。下手に策を巡らせて、母と食い違うことを言うのはまずい。

 どうすれば助かるのかは、わからない。でも、できるだけ、自分の生命を引き延ばしてみよう。そう決心した。

 

「3つの柱──アズダーションかァ?」

「はい。そうやないかと思います。聞いた話では、裏口の目印やとか」

「ほゥ・・・?」

 オセゾックは感心したようだった。しばらくチャーネを眺め、ニヤリと笑い、それから、たいまつで部屋を照らした。

 足元に大きな縦穴がある。壁には、崩れたような痕があった。

「このへんの岩ァ、崩れて間もねえようだが・・・裏口ってなァ、どこにあんだァ?」

「3つの岩のどれかが、裏口の位置を示しとるっちゅう話です。そやけど、崩れて埋まってもうて、簡単には掘り出せんとか」

「そういうことにしときゃァ、簡単には答えがでねえもんなァ?」

「本当です。私はそう聞いて育ちました」

「ならよォ」オセゾックはチャーネの首を引っ掴んだ。「扉が出てくるまで、掘り続けろやァ」

「ぐ・・・!?」

「いいなァ? 扉が見つかるまで、一歩も外に出るんじゃねえぞァ」

「・・・はい。わかりました」

 道具もなく、食料も水もなく、足枷で自由を奪われたままのダークエルフの少女を、1人残して。

 オセゾックは、暗闇の部屋を出ようとした。

 どすり。その喉に、矢が突き立った。「ぐッえ!?」

 チャーネの前に、オセゾックが倒れる。鎖かたびらが固い地面に叩きつけられ、宝箱をひっくり返したみたいな音を立てた。

「大王!?」

「や・・・やった! やったで! ざまぁみろ! オセゾックやったった、うち!」

 興奮に叫びながら入って来たのは、ダークエルフの女。逃亡奴隷のドードーミャーネであった。

 弓に次の矢をつがえながら入って来て、チャーネにその矢を向けてくる。

「おとなしくしぃ! 声立てたら、ブッ殺すで!」

「・・・!」

「はー、はー・・・。なんや? よう見たら子供やんか。オセゾックのオンナかなんか?」

「・・・ちがいます」

「ほな、何で2人っきりで入って来たんよ」

「それは、大王にお訊きください。私は大王の奴隷なので」

「はぁ? もう死んだっちゅうねん。このクソ野郎は」ドードーミャーネはオセゾックを蹴った。「言えや。兵士引き連れて、何しに来たんか」

 この女はどこから出て来たのだろう? チャーネは考えた。

 この洞窟は2階に分かれている。1階を探索してから2階に上がってきたのだが・・・どこか知らない隠し扉でもあったのだろうか。

「何や。どっから湧いて出たんかって?」女はニヤリとした。「うちら、アズダーションの亡霊やからな。神出鬼没やねん」

「アズダーションの亡霊・・・」

「冗談や。1階に隠し部屋があんねん。あんたら、探索は素人みたいやな」

「・・・。」

 この女も、私を殺す気だ、とチャーネは悟った。

 だがオセゾックとはちがう。オセゾックなら『殺す』と決めたらすぐ殺すはずだ。

 まだもう少し引き延ばせそうです、女神さま。と心の中で唱えて、チャーネはちょっと面白くなってきた。

「私は、奴隷ですから」ゆっくりしゃべる。

「それがなんや」

「ご主人さまのお考えは、わからへんのです。代弁もできへんし・・・」

「は?」女は不機嫌になった。「なんやおまえ。このクソガキ。舐めとるやろ」

「ごめんなさい。そやけど、うち・・・大王を裏切るようなこと、する勇気ないから・・・」

 チャーネは、倒れとるオセゾックをちらっと見た。そして女を見た。また大王を見て、女を見る。

 大王の手が動いた。

「あッ!?」ドードーミャーネが尻もちをつく。「ぎゃッ、ぎゃああ! しッ、死んでへん!? 死んでへんのアンタ?」

「てめェ、戦士じゃねえな・・・」

 オセゾックは女を引きずった。逃げようとする女の足を両手で掴んで──ブン投げた。

「戦士はよォ・・・倒れた相手が、いちばん恐ェって知ってるからよォ!!!」

「ひっぃぃッ!?」

 ドードーミャーネは、縦穴に消えた。

 壁にぶつかる音。壁にぶつかる音。穴の底に激突する音。それで、逃亡奴隷ドードーミャーネの人生は終わった。

「・・・。」

 ゆらり・・・。

 まるで亡霊のように立つオセゾックが、チャーネを見た。

「てめェ・・・なかなか、知恵が回るじゃねえか・・・」

「ありがとうございます」

 チャーネが大王と女を交互に見たのは、大王がまだ生きていたから。女の位置を、目で大王に教えたんである。

「帰ったら・・・褒美をやろう・・・」

「大王・・・」

 喉に矢が突き刺さったままのオセゾックがしゃべれるのは、ちょっとした奇跡であった。矢が、気管には当たっていなかったのだ。とはいえ、ドロドロと流れ続ける血は、大王の生命が残り少ないことを示しておった。

「巫女ォ・・・」

「はい」そのとき、チャーネのダークエルフの感覚が危機を捉えた。「後ろ!」

「あァ?」

 ドスン。

 何かがオセゾックにぶつかった。

 オセゾックが振り向く。その背中に、木の槍が生えていた。原始的な狩猟槍である。

「つ・・・妻の、仇・・・!」

 突いたのは、ダークエルフの男。ドードーミャーネの夫であった。

「じょ・・・冗談じゃ、ねえぞォ!」

 オセゾックは男を殴り飛ばした。男は吹っ飛び、部屋から転がり出て、そのまま坂道を転がり落ちてゆく。

 歩兵どもが騒ぐ声が聞こえた。「大王!」「大王はご無事か!」

 だがもう手遅れだ。

 オセゾックは大きく傾き、元に戻らない。目から光が失せてゆく。

「俺ァ、オセゾックだ。大王だ。向かうところ敵なしの、勇者だァ」

 ブツブツと、呪文でも唱えるように、オセゾックはしゃべった。

「アズダーションを見つけて、宝ァ・・・女勇者、殺して、魔王も・・・殺して・・・」

 斜めに傾いたまま、ヨタヨタと。

 おそらくは、幻の女勇者を追いかけて。

 オセゾックは歩き、3つの岩のひとつにぶつかり、転倒した。その先に地面はない。縦穴が、口を開けて大王を待っていた。

「冗談じゃ・・・ねえ・・・ぞァ・・・」

 

 北国の大王は、ダークエルフの逃亡奴隷と同じ結末を迎えたのである。

 

◆♀◆ 28、再会 ◆♂◆

 

「ヨスベリューサニェーさんよ、お言葉の通りだったぜェ」

 領主の息子ハルダックは、捜索から戻って来ると、そう告げた。

「これは若殿」

 部屋でくつろいでいたレーネは立ち上がり、彼を迎えた。

 男装は解いている。ドラゴン戦で、正体は完全にバレてしもうたからである。

「私じゃなくて、女神さまのお告げだがな。当たりだったか」

「おう。オセゾックの野郎、洞窟で死んでやがったァ。あのダークエルフどもがやらかしたらしいぜェ」

「オセゾックをか?」

「そうよ。この娘によるとなァ」

 ダークエルフの少女を、若殿は示した。

 少女は手枷を掛けられておる。鎖はハルダックが握っていた。

「また拾ってきたのか」

「しょうがねえだろォ? こいつ、大王の兵士どもに殺されかけててよォ」

 ハルダック、頭を掻く。

「それによォ・・・アズダーションの女神の巫女なんだろォ? てめェの女はよォ」

「配慮してくれたのか。あ、それとな、私の女じゃないぞ。私は、女色の趣味はないからな。演技だから」

「そうかァ! へへへっ」

「なに笑ってんだよ。──その子に質問していいか?」

「いいぜェ。こっちは訊くこと訊いたしよォ」

「じゃあ、私の仲間を連れてくる」

 リーモとサンキューと犬のシャケが、部屋に入って来た。

 すると、ダークエルフの少女は目をまん丸にした。リーモの背後を見て、「・・・!」と口をぱくぱくしておる。

「どうした?」とレーネ。

「す・・・すみません。あの、その、浮かんどる御方、もしや・・・」

「・・・。」

 冠かぶったユークラネーさまが首をひねる。して、「出でよ、サクラーネ」とおっしゃった。

「なにえ。洞窟でのこと、解決したんかに?」

 ダークエルフっぽい女神さま、御降臨である。

 このサクラーネさまが、『アズダーションに異変あり』と知らせてくれたんである。

 リーモからレーネに、レーネから若殿ハルダックに情報が伝わり、早い段階で洞窟制圧ができたっちゅうわけである。

「そこなダークエルフ、知り合いかに?」

「うん?」

 サクラーネさま。ダークエルフの少女を見た。

 ダークエルフの少女。サクラーネさまを見た。

「何だァ?」神の見えん若殿には、状況がわからぬ。

「しー」とレーネ。

 見つめ合う女神と少女。やがて、女神がほほえんだ。「なにえ。言うてみよ」

「め・・・女神さま? ユークラネーさまやないですか?」

「うむ。アズ・サクリュークリャーネとも呼ばれ、古くは『策略』のユークラネーと崇められた(あがめられた)神とは、私のこと」

「ああ・・・!」

「クェルデンチャーネ。巫女の一族よ」

「は、はい!」

「なにか私に言うことはあるかに?」

「ああ。・・・ごめんなさい!」少女はその場にひれ伏した。「うちら、何もできへんで。御身が救い出されたのも知らんと・・・」

「うむ」サクラーネさま、少々苦い顔をした。「ダークエルフには、いささか失望したえ」

「・・・はい」

「そやに、そなたの一族には、私も救われた面あり」

「・・・?」

「あの──暗闇の百年、」

「78年」とユークラネー(本体)さま。

「うるさいえ。腰折りな。・・・まあその78年、そなたの一族の声を聞くのが、楽しみであった」

「女神さま!」

「『いつか』『いつか』言うばっかりで実行せぬヘタレっぷりにはうんざりやが」

「・・・はい」

「ま、先輩の巫女を見習い、修行をやり直すがよかろう」

 ペシッ。小っちゃい手でリーモをはたいて、サクラーネさま、引っ込んだ。

「え、俺?」

「本殿の巫女やからに」とユークラネー(本体)さま。「一応」

「一応?」

 

◆♀◆ 29、月見の宴 ◆♂◆

 

 時は過ぎて、すっかり、秋。

 月の美しい季節が巡ってきた。

 場所も変わって、ナダラカンミナット、『ゼナルジーコの宿』。

 我らが主人公御一行さまは、晴れて定宿(じょうやど)に帰還をし、月見の酒盛りをしておった。

 宴の参加者は・・・

 

「久しぶりら! お酒! えへへ」開幕でダメになっとるリーモ。

「クェルデンチャーネ、アズダーションの代官に内定。・・・だとさ」手紙を読んどるレーネ。

「あの子、12歳でしたよね?」サンキュー。

「子供のほうが都合がいいんだろうさ」ガンバ。ナダラカンの若殿、久しぶりの合流。

「フ」適当に相槌打つ犬のシャケ。

「いやァ、ダークエルフども、生き延びやがったかァ!」小っちゃい槍の女神、キコラカーネさま。

「私のおかげ」威張るサクラーネさま。

「チャーネは本当に感謝してましたね」小っちゃいおっぱいでっかい女神、ラモリマイさまと、

「なんもしとらんのに感謝感激され、うらやましい限り」勇気の女神、ユークラネーさま。

 

 以上の9(人・柱・匹)である!

 

「俺も感謝しれます! ありがとう! 女神さま。俺に何回も生命をくりぇて!」

「はいはい」

「あんまアレに頼るなよ」レーネ、苦る(にがる)。

「頼っれにゃ!」

「ならいいけどさ。心臓に悪いから」

「ほんとですよ・・・」

「チャーネ本人は『リーモのとこで修行したい』って言ってるって。好かれてるなぁ」

「うーん。俺、巫女のことわかんないけろ」

 あのあとリーモは、ほんの数日だけ、チャーネと一緒に生活したのだ。

 チャーネはそれがうれしかったらしい。リーモからすると、ドードーミャーネのせいで印象最悪のダークエルフなのだが。でも、慕われれば悪い気はしなかった。一緒にお風呂にも入れたし。意外とおっぱいあった。うへへ。

「・・・それにしても、北国は大丈夫なんでしょうか?」

 サンキューの疑問に、ガンバが答える。

「いやダメだな。大王が強引にまとめていたものがバラバラになった。山賊団が乱立して、メチャクチャになっとるようだ」

「ハルダックのとこも大変らしいぜ。人が集まって来て、事件が絶えないってさ」

「ハルダックがんばれ!」リーモ、夜空に『勇気を授ける』。

「無駄撃ちをすな」

「いてっ」

「ドラゴンの後始末も苦労してるみたいだな。『ものすごい置き土産、感謝の言葉もない』とか言ってら」

「あれだけのお肉、腐ったら大変でしょうからねえ・・・」

「だいぶ喰ったみたいだけどな。ゴンテキにして」

「ごんてき」

「ドラゴンステーキ」

「2年前のよりデカかったそうだな?」とガンバ。

「ああ。デカかった」

「おめー、ホントに勇者だなァ! 天晴れ天晴れ!」

「光栄です。《声》、剣の女神、それにリーモのおかげですよ」

「俺、なんもしてにゃ」

「『勇気を授ける』してくれただろ。あんとき、ちょっと足に来てたからね」

「あし・・・」

「正面から吠えられてさぁ、さすがに身体がすくんじゃってね」

「レーネもビビるんら?」

「そりゃそうだろ」

「そうは見えませんもんねぇ」

「らよね!」

「しかし、北に行くたびにドラゴンに会ってるよ、私」

「北はドラゴン多いからなァ」とキコラカーネさま。「あっちこっちに寝てんだァ。何十年もよォ」

「へぇ!」

「寝すぎて身体に木が生えてよ、山かと思ったらドラゴンとか、谷かと思ったらドラゴンってこともあんだぜ」

「けらけら」リーモ大喜びである。

「初めて知りました。・・・ドラゴンが《声》を使うってのも、初めて知ったな」

「思うに、耳がいいんじゃないでしょうか?」とサンキュー。「《声》に釣られて出て来たのでは」

「そーゆー魔物もいるんらっれね!」

「・・・魔物。ええ、まあはい、そうですね」

「敏感ってか、《声》ぐらいしか気にしねえんだろうよ。いちいち起きてっと、腹ァ減るみてェだしよ」

「なるほど・・・」

 さすがは北国出身の女神さま。ドラゴン通である。

「・・・お、女神像の運び出し、もうすぐ完了だってさ」

「良かっらね!」

「うむ」とサクラーネさま。

「私も見てみたかったです。女神さまの御姿」

「俺たちも見てないんだよな」

「またレーニェが俺っれ言っら!」

「リーモのがうつったんだよ」

「俺?」

「おまえ」

「俺かぁ・・・!」

「ウフ・・・」

「レーネさんたちも、女神さまの像、見てないんですか?」

「うん。女神像は・・・あー、うん。見てない」

「埋まっれたんらよね!」リーモ、言っちゃいかんことを言う。

「うううう!」あわれサクラーネさま、心の傷クリーンヒットである。

「あ、ごめんなしゃ・・・」

「なあリーモ。あれやってみたら?」

「あれ?」

「これ」レーネ、手をぱっと開く。

「あー!」リーモ、手を開いて、「えい! サクラーネさまごめんなさい。元気出して!」

「うううう・・・う・・・?」サクラーネさま、顔上げる。「はて? 私は何を恐れておったのやら?」

「治っら?」

「うん?」

「生き埋め恐い恐いクセ」

「そなクセ持っておらぬ! っちゅうより、埋まるん恐がらぬ者がどこに居るのえ」

「けらけら」

「笑い事やないえ。まったく、酒乱めが」

「ははは」笑いながら手紙読んどったレーネが、ふと真顔になった。「・・・。」

「どしらの?」

「いや・・・、『婚約を申し込む』だと」

「はぇ?」

「えー・・・『ホルビデーゴ・ハルダックは、太陽のごとき美女ヨスベリューサニェー・ユリアーニェに、婚約を申し込む』」

「おーおー!」「うわぁー!」ガンバとサンキュー、冷やかした。「よ、太陽のごとき美女」「おまえもそんな歳か」

「うるさいな・・・」

 レーネ赤くなる。それ見たリーモ、あわてだす。「だめ!」

「なんでおまえが決めるんだよ」レーネ笑う。

「だって、俺・・・とにかくだめ。待って」

「なにを?」

「う・・・」

「なんだよもう、酔っぱらって」

「酔ってにゃ!」リーモはムキになり、「えっと・・・後で。後で話しゅ。この前言いかけた・・・」

「ああ、行きに言いかけた話? わかった、後でね」

 

 楽しい月見を終えて。

 キコラカーネさまをお見送りして。

 レーネを、自分の部屋に招いて。

 

 とうとうこの時が来てしまった。でもちゃんと言わなきゃ。そう決意をして。

 

「俺、ずっと言わなきゃと思ってたことがあって、」

「あ、ちょっと待って」とレーネ。「お水もらってくる」

「あ、はい・・・」

 ・・・という感じで、しばらく待たされて。

「お待たせ。レモン絞ってくれるって言うからさ、ちょっと遅くなっ──」

「くー・・・」

 レーネが戻ってくるころには、リーモは小さなテーブルに突っ伏しておった。

「リーモ?」

「んぐー」熟睡である。

「やれやれ」レーネは妹分をベットに寝かせ、コップにレモン水を4人分注いだ。「どうぞ」

「頂くえ」

 女神さま3柱。ユークラネーさま、サクラーネさま、ラモリマイさま。レモン水を呑む。

 レーネもコップを手にした。酸っぱい水を唇すぼめて呑む。

「何の話だったんだろ。ご存知ですか?」

「うむ。本人が伝えたいことやと思うえ」

「そうですか・・・」

 レーネはリーモの髪を撫でた。

「ま、今回は大変だったからね。ゆっくりおやすみ」

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