嵐の前に
◆♀◆ 1、嵐の前に ◆♂◆
この年の秋。ナダラカンには、大きな動乱が迫っていた。
反乱と、戦争と──海の魔王のもたらす、災いが。
ナダラカンの人々は、やがて来る嵐を知らぬまま、爽やかな秋を楽しんでおったんである・・・
「先輩! 来ました!」
ダークエルフの少女。
小さな荷物ひとつを手に、笑顔いっぱい。リーモにあいさつした。
「チャーネ。いらっしゃい」
リーモも笑顔になった。
チャーネ。本名はクエルデンチャーネ。12歳。茶色の肌。白い髪。リーモよりも、ちょい低い背丈。ダークエルフは、ふつうはハイエルフより大柄である。リーモより小さいのは、生まれたときから奴隷だったため──栄養不足、睡眠不足だったせいであろう。
それでも、チャーネは明るかった。
「しばらくお世話になります。よろしゅうお願いします」
「うん」
「よく来たね、チャーネ」レーネも顔を見せた。「元気そうだ」
「はい。・・・カルメーニャお嬢さまも、お変わりなく」
3人がいるのは、『ゼナルジーコの宿』。ここでは、女勇者ユリアーニェという名前は秘密なんである。
「そつのない子だ」
「俺とちがってね!」
「おまえ何回もバラしかけたもんな」
「へへへ」
リーモ笑う。我らが主人公、ハイエルフの美少女、ユークレニャー・ナッタレーニェ。愛称リーモ。なお、本名はオンサレーンだが、それはいまは忘れてよろしい。農家の長男であったということもね。いまは、巫女のリーモなのだ。
「代官になったんだって?」
「はい。内定で、時期が来たら発表っちゅうて。ウチ(私)が15歳になったら、正式に・・・て言われてます」
「北の領主は柔軟だな」
「ナダラカンの領主さまは、代々街を守ってはる(守っていらっしゃる)そうですね」
「そう。こっちは、家名がないと政治はできない」
チャーネ。12歳の娘にしては、かなり賢い。我らが主人公より賢いかもわからん。
リーモ、ちょっと置いてきぼりである。それでも世話役。がんばってタイミングを見計らい、こうまとめた。
「じゃ、荷物置いて、今日は散歩でもしよっか」
「はい!」
「ワフ」
「初めまして。シャケ殿。お噂は聞いてますよ」
「ク~ン」
レーネの愛犬、シャケ。灰色の毛したお爺ちゃん。チャーネに頭撫でられ、御機嫌の様子。
「ジジイ・・・」リーモあきれる。
「いま微妙な時期だから、私から離れないようにな」とレーネ。
「ミガシナンショのほうが騒がしいとか?」打てば響くようにチャーネ。
「うん。近いうちに反乱になるだろう。いまは、間諜(かんちょう)が行き来してる段階だね」
「ほな、ウチは都会にびびって人見知りしとる田舎モンのフリします」
チャーネ。リーモの腕に掴まってきた。「せんぱい・・・」
「大丈夫。俺に任せて!」
「おまえ道覚えてないだろ」
「あはは」
チャーネ、めっっっちゃ、注目を浴びた。
それもそのはず。この港町にたった1人しか居らんダークエルフと、たった1人しか居らんハイエルフが、くっついとるのだから。
レーネが蚊帳の外(かやのそと)になるほどである! レーネ、すごい目立つ美少女なのに。
行く先々でジロジロジロジロと・・・演技なしでもびびりますわ! あんなん! と、チャーネが言うほどであった。
「はい、麦ぺったん」
「頂きます」
屋台のおやつ。ナダラカン名物のひとつ。
薄~く広げて焼いた小麦に、魚の練り物と塩漬け野菜を挟んだもの。
かぶりつく。塩味と酸味。『海!』っちゅう味である。
「こっちは豚串でーす」
「いははきまふ」
ナダラカン名物その2。竹串に刺して炭火で焼いた豚肉。すんごく香ばしい。
「それは北国から伝わってきたやつらしいぜ」
「北より、味ふぁ、濃ひれす」
おやつをすませ、郊外へ。
古い城址(じょうし)に登る。
石垣だけが残る、寂れた高台であるが、景色は素晴らしい。
ナダラカンミナットの、石造・木造混在の街並みの向こうに、白くけぶる大海原が横たわる。
「すごい!」チャーネよろこぶ。「これが海ですか。・・・めっちゃ重たそう!」
「持ったら重いだろうね!」リーモ笑う。
「ク~ン」シャケ甘える。
「はいはい。なんですか? シャケ殿」
「ブラシかな」レーネがブラシ出した。「ほら、おいでシャケ」
「ウフ・・・」シャケ逃げる。
「なんだよ」
「じゃあ俺がやるよ」リーモが受け取った。
「・・・。」シャケ、無言で睨んでくる。
「なんなんだよ」
ブラシ、チャーネの手に渡る。
「ワフ~ン」シャケ喜ぶ。
「このクソじじい!」
「女に弱いからなぁ。・・・連れ合い見つけてやらないとな」
「そっか。歳だもんね。子供いないのは、さびしいよね」
シャケ、横目でこっち見てきた。
「なに?」
「・・・。」
シャケの首、がくんがくん揺れておる。チャーネ、ずいぶんしっかりブラシかけてくれとるようである。・・・なんか、機織りでもしとるみたいに、機械的動作でもって、ガッシガッシと。
シャケ。『これ、犬のブラッシングじゃないよね?』との目付きである。
レーネとリーモ。そっぽ向いて、笑った。
ピクニックを楽しんで、午後、宿に戻る。
すると、お茶呑んどった太腿ムチムチの美女が立ち上がった。
「お帰りなさい」
「サンキュー」
世にも珍しい、ピンクの髪した美女。
鮮やかな色合いの布でムチムチとカーブ描く下半身をひらりと挟み、ぷるんぷるん弾むおっぱいをゆるく包んだ美女である。
本名クレニーニャ・サミーニャ。・・・というのは偽りで、本当は、セイラッキルーネ・サンキュッシニーモ。なんと、魔王の側近! セイレーンの魔将である! バレたらヤバい! けどバレとらんので、平気でお茶呑んでおる。
「みなさん、夕方の予定はお決まりですか?」
「ないよ」とリーモ。
「私は領主館に顔出す予定だな」とレーネ。
「あら残念。お風呂に行きませんか? って誘うつもりだったんですが」
◆♀◆ 2、お風呂の前に、打ち明けるよ ◆♂◆
「お風呂?」リーモ、鋭く反応する。
「ええ」
「サンキュー、熱いの苦手じゃなかったっけ?」
「はい。水に潜るほうが好きですね。でも1回ぐらい行っときたいなと思いまして」
「ふむ」レーネはじーっと美女の目を見た。で、「行ってくれば?」
「いいの?」
リーモは聞き返した。レーネは、このピンク髪の美女を警戒しとったはずだが・・・?
「こいつ、腕の力ないからね。誘拐はできんだろ」やっぱり警戒しとった。
「ひどい!」サンキュー嘆く。
「まあまあ。じゃ、チャーネも連れて行ってくるよ」
「うん」
と、話がまとまったところで。
「・・・あ、その前に。俺、ちょっと、打ち明けたいことがあるんだ」
我らが主人公、勇気の女神の巫女ナッタレーニェ嬢は、あらたまってそう言ったのであった。
レーネの部屋で、さっきのメンバーを前に。
リーモは、打ち明けた。
「俺はさ、農家の、双子の子供だったんだ」
「ハイエルフの農家ですか?」とチャーネ。
「・・・あ、いや、人間。このへんの人と同じようなね」
「へえ」
「それが、なんでハイエルフになってるかって話なんだけど、」
「変身ですか?」とサンキュー。
「ええ? えーと?」
リーモ振り向く。
ふわ~ん。背後に浮かんでいらっしゃる御方、リーモを見下ろす。「なにえ」
「俺って、変身してんの?」
「ちゃうえ」背後の御方、言葉少なし。「いまはそれしか言えぬ」
「あ、そう」リーモ、元に戻る。「ちがうって。変身じゃないみたい」
「そうですか」
「それでね? えっと、ちょっとだけ長い話になるんだけど・・・」
リーモは、以前父母にした話を、もう一度した。
母には言えなかった致命傷の話も、レーネには打ち明けた。
「お腹を斬られて、妹のニモとはぐれてね。
そのあと、弓で撃たれた。それが致命傷だったみたいでさ。
ユークラネーさまの滝に落っこちて。
妹を助けてもらう代わりに、巫女をやることになった。
勇気の女神にオンナにされたんだ」
「俺の元の名前は、オンサレーン。農家の長男だよ」
リーモは話し終えた。
「・・・。」「・・・。」「・・・。」
誰も反応せぬ。
リーモ、ちょっと焦る。
「えっと・・・あの」
「なんと、なんと、なるほどねえ」サンキューが口を開いた。「大変でしたね。怪我は大丈夫ですか?」
「え? いや、ダメだけど」
「ダメなの?! 治療しますよ。どこです? 彼は」
「あ、いやいや、」あれ? 話が伝わってない?「俺が、そのオンサレーンなんだけど」
「はい。それは聞きました」伝わってる?「彼の、というか、あなたの、男の身体はどこに?」
「え?」リーモ振り向く。
「・・・。」背後の御方、無反応。
「えーと、わかんない」
「え!? じゃあ、いまごろはもう・・・?」
「それはえーと、」リーモ振り向く。
「心配無用。死ぬ直前で生きておる」背後の御方、これには答えを下さった。
「心配いらないって」
背後の御方の声は、サンキューには聞こえぬ。いちいち口伝て(くちづて)してやらねばならんのである。
「そうですか。よかった。治療するときは言ってくださいね」
「あ、うん。ありがと」
「・・・あの、」チャーネが手を上げた。「ほな(それなら)、先輩って・・・男なんですか?」
「うん」
「いやいや、カラダは女ですよ」とサンキュー。「この前ハダカ見ましたからね。間違いないです」
「あ、うん。身体はオンナ」
「ですよね。びっくりした・・・」
「黙っててごめんね。お風呂は、やめとこっか?」
「え? いえ? 身体が女なら別にええんちゃうかと・・・妊娠させられるわけやないし」
「そっか」
「私もいいですよ。そうかー、男のコだったんですね。じゃあ誘惑してあげましょう、ふふふ」
「お、おてやわらかに」
反応、終わりである。
「えっと・・・そんだけ?」
「そんだけとは?」サンキューのほうがきょとんとしておる。
「いや、他に何かないかなって」
なかった。
サンキューが「お風呂の準備して来ますね」と引き上げ、チャーネも部屋に引っ込む。
リーモも、「部屋ありがとう」とお礼を言って、立ち去ろうとした。
「待て」
「ん?」
「戸閉めろ」
「あい」
リーモ、ドア閉める。で、向き直ると・・・
レーネが、仁王立ちしておった。
◆♀◆ 3、出てけ! ◆♂◆
「おまえさ、」
「・・・はい」
「私のハダカ、ずーっと見てたよね? 領主館で。風呂入ったとき」
「すみませんでした!!!」
リーモ、土下座である。
「あのときはその、酔っぱらってて、レーネがすごく綺麗だったから、あのその」
「言い訳すんな」
「はい」
リーモひれ伏した。完全降服のポーズ。
しばらくそのままひれ伏しておると、隣に、ふわ~んと気配がした。
「私からも謝る。すまなんだ。許してたもう」
「女神さま・・・」
なんと!
リーモの隣に膝をついていらっしゃるのは、女神さま。
勇気の女神ユークラネーさまが、膝をついて許しを乞うておられる!
なんということであろうか。女神さまは、無関係だというのに!
ただ13歳の少年をオンナにして、彼が女体を見つめておるのを止めもせず、レーネにも言わんかっただけで──
あ、ダメですね。共犯と見られても仕方ありませんでした。
「おやめください」レーネが折れた。「お立ちください・・・女神さまは」
俺はダメなんだね! リーモ、心の中で叫ぶ。
まあいいか。ひれ伏したまんまだが、ハイエルフの美少女ナッタレーニェちゃんの身体はスマートでやわらかなので、苦しくはないし。レーネが怒ってるとき、なんか目がすごいギラギラして、恐いし。面と向かって睨まれるよりは、このほうがマシかもね。・・・などと考えておった。反省の足らん主人公である。
いっぽう、女神さまは真面目に謝っておられた。
「許してやってたもう。我に近い姿に『しぼり込む』ことしかできぬのえ」
「・・・。」
「これをせねば、オンサレーンは死んでおった。そなたと会うこともなかった」
「・・・・・・。」
「その方が良かった。リーモなどこの世から消えてまえ──というのでなければ、どうか、許してやってたもう」
「・・・・・・・・・。」
レーネは悩んどる様子である。
「もちろん、」と女神さま、付け加えた。「年頃の娘が肌を見られたこと、これは、怒って当然のこと。許せとは言わぬ」
「・・・ですよね」
「うむ。ハダカを見る、抱きつく、吸いつく、夜の秘め事をするなどは、『許せ』では済まぬことやと思うえ」
「・・・。」
「まして、太陽の神殿にその名も高き、ヨスベリューサニェーともあろう御方なら──」
「待て。こら女神」
「なにえ」
「顔見せろ」
「我が顔がどうしたかに?」
「──いつ入れ替わったァ!!!」レーネ叫ぶ。
リーモ、思わず顔を上げた。
女神さまを見る。
茶色。
女神さま、肌、茶色になっておる。して、ペロンと舌を出していらっしゃる。
──チェンジしておる!
白い肌したハイエルフみたいな女神から、茶色の肌したダークエルフみたいな女神さまに!
「はて? 入れ替わるとな? 我もユークラネーやが?」
「サクラーネさま」
「うむ。よっこらしょ」
『策略』のユークラネーさま。愛称、サクラーネさま。
お立ちになられた。ゆさり、ゆさり。おっぱい、お揺らしになられた。うーむ・・・すごい!
「でっかくなったんだ・・・」とリーモ。「あ、もしかして、信者が増えた?」
「それもある。そやに、じつのところ、見栄を張っておる」
「みえをはる」
「チャーネが会いに来るに、小っちゃい頼りない姿ではがっかりするやろと、本体が気ィ利かしてくれたのえ」
「良かったね!」
リーモも喜ぶ。レーネにジロッと睨まれたので、またひれ伏した。「すみませんでした」
「見た目だけは可愛いんだもんな。始末が悪い・・・」レーネがつぶやいておる。
「で、どうなんかに? ヨスベリューサニェーよ」
サクラーネさま、攻撃開始である。
「言うておくが、ユークラネーは、穢れなき処女を好む神やえ」
「変態ミタイニ言イナ!」肩のとこに小っちゃい女神が出現した。「心外ナリ」
「あ、小っちゃいユークラネーさま」
「うるさいえ。2人ともお黙り。いま勇者を攻略しておるに」
「はい。がんばって!」リーモ応援する。太腿をレーネに蹴られた。「いてっ」
「──ユークラネーの巫女は、結婚すれば引退と決まっておる」
サクラーネさま、つづけた。
「ところがリーモの場合、巫女をやめれば、男に戻ってまう。すなわち、死ぬる」
「えっ!?」リーモびびる。聞いてないよ!?
「きッ、聞いてないもん! そんな話」レーネも動揺した。「自分が男だと知ってて肌を見るのとはちがうでしょ? それに、私はちゃんと責任を取るつもりで──」
「責任。まさに。それが肝要(かんよう)」サクラーネさま、言質を取った。「巫女をベットに押し倒したこと、ちゃんと責任を取ってくれるわけやに? さすがは、ヨスベリューサニェー!」
「むぐっ」
「リーモよ、そなたも我が巫女として、勇者の肌を見た責任、ちゃんと取るべし」
「はい!」
「・・・。」レーネ、リーモを見る。真っ赤になった。すぐ目を逸らした。「出てけ!」
「ヤレヤレ!」
小っちゃいユークラネーさま、肩の上でため息つく。
「問題ヲ、ヤヤコシクシオッテ!」
ちなみに、リーモ。風呂には行きました。
「どうです? どうです?」
と、ぷりっぷりに弾む肉体で迫ってくるサンキューに真っ赤になり・・・
「先輩・・・最初からそういう目で・・・」
と、潤んだ目をして、意外とでっかいおっぱいを腕でキュッと押さえるチャーネにドキドキして・・・
ちゃっかり、鼻の下伸ばしてきたのである!
◆♀◆ 4、父母に会う ◆♂◆
翌日。
リーモは、父母に会いに行った。
目的は、チャーネの巫女修行である。よってチャーネは当然一緒である。
また、勇気の女神は魔王に敵視されておる。巫女(2人とも)を無防備にはできぬ。今日の警備担当はレーネであった。よってレーネも一緒である。ふくれっ面しとるけれども。
「いてっ。レーネ、ごめんってば。いてっ」
・・・リーモのふくらはぎをネチネチ蹴っとるけれども。
「謝れば済むって思ってる?」
「思ってない」リーモ、きりっとした。「俺、責任取るから──いてっ」
チャーネが茶色の肌を染めて目を逸らした。レーネのキックがちょっと強くなった。
スメコットーとフタッカーニャの夫婦は、4階建ての3階に住んでおった。
2階までが石造。3階からは木造になって、階段もギシギシいいよる。そんな3階である。
「ごめんなさいね。汚いとこで」
「いえいえ。お母さま、どうぞ、おかまいなく」
フタッカーニャとチャーネがあいさつ。
スメコットーは勇者に頭を下げた。
「勇者さま、こんなところへ。うちの息子──いや、むすm──あのその、ナッタレーニェが、迷惑をかけておりますでしょう」
「いえ。私も、彼──女の、巫女としての力 に は 助けられてますので」
レーネが微妙な反応をした。
それを聞いたフタッカーニャが、キッとリーモを睨んでくる。おっ母の目である。怒られる! と首をすくめるリーモであったが、その姿を見たおっ母、当惑し、目を逸らした。
なので、リーモは自分で認めた。「うん。迷惑かけてる」
「ダメじゃないの!」「しっかりせんか」
「ごめん」
そんな親子の姿。親と不仲のレーネ、孤児のチャーネが見つめている。
「・・・あ、紹介しなきゃね。こちら、ヨスベリューサニェー・ユリアーニェ。またドラゴン倒したんだよ」
「ユリアーニェさま。いつぞや、山の中では、本当にありがとうございました」父母、頭を下げる。
「どういたしまして」
「すごいドラゴンだったそうですな」とおっ父。
「でかかったですね。オンサレーンにも助けられました」
「そう言えば、あんたも出てたわよ」とおっ母。
「え、俺?」
「勇者がドラゴンと戦ってる隙に、腹心の巫女ナッタレーニェ、魔弾に倒れる! って」
「そっかぁ! えへへ」
「あんた、大丈夫なの?」
「あ、うん。女神さまが治してくれた。跡形もないよ」
「そう・・・」
「──で、こっちが巫女の修行するクェルデンチャーネ。ついこの前まで奴隷だった。がんばって生き延びて、いまは自由の身」
「話は聞いたよ。よく生き延びた。よくその血を守ったな」
「うちの村の流儀になるけど、私が知ってることは全部教えたげる。持って帰って、あなたの子供に伝えてね」
「はい!」
こうして、チャーネの修行が始まった。
リーモのおっ母は、筋金入りの巫女である。おっ母も、おっ母のおっ母も、そのおっ母も、ユークラネーさまの巫女だった──っちゅう家系の女である。学はないが、しきたりにはうるさい。リーモもよく怒られた。
「チャーネ、修行がんばってね」
「あんたもやんのよ!」
「あい」
こんな感じである。
壁に掛けられた、小さな小さな神棚の前。リーモとチャーネが正座する。後ろにレーネ。
父母は結婚しとるので、間仕切りの向こうである。
「女神さま。変なお時間ですが、今日のあいさ──ごあいさつに来ました」とリーモ。
「本日は、ナッタレーニェとクェルデンチャーネがご一緒いたします。お水はいかがですか?」とチャーネ。
すると。
「うむ・・・」
サクラーネさま、御降臨である。
小っちゃな神棚の上、天井くっつきそうな狭い空間に・・・土下座したみたいなポーズになって。
「あ、ごめん。狭かったね」
リーモたち、あわてて下がった。レーネと並ぶ形で女神さまを迎える。
ふわ~ん。女神さま、降りてきて、「よっこらしょ」あぐら組む。水呑む。
「さて、チャーネに言うておく」
「はい」
「リーモは、しきたりとかはメチャクチャやが、『勇気』が認めた巫女。そのこと、よう考えてみるべし」
「はい」「すみません」
「いっぽう、そなたは巫女の長にしてアズダーションの代官となる。作法でもって、武装もせねばならぬ」
「はい。作法をしっかり身に着けて、ケチつけられんよう、身を固めます」
「うむ。隙のない立ち回りは、レーネからも学べよう。1日も無駄にせず、よく考えて生きるべし」
「はい!」
初回の修行は、1刻(約2時間)で終わり。
みんなでお昼を食べに行く。
人目を避けれる、高級店。レーネが予約してくれた。お代はリーモが全部持つ。
レーネが北国での話をして、チャーネやサクラーネさまのことを伝える。
そこから話が広がって、魔王や海賊の話題となる。
・・・すると、リーモのおっ父・スメコットー氏が、こんなことを言い出した。
「じつは、若い頃、“片目”と同じ船に乗ったことがあってな」
「え」リーモびっくりする。「おっ父・・・海賊だったの・・・!?」
「ちがうわ! そん時はまだ、ヤツは海賊じゃなかったんだ。片目でもなかった・・・」
おっ父の話はこうであった。
「ヤツは──ヒーウシナッキは、水夫として船に乗ってきた。
そして、手下を作り始めた。カネをチラつかせ、逆らう者は脅して、船員を抱き込んでいったんだ。
俺は断った。ヤバいヤツだと思ったんでな。船長にも忠告したよ。
ところが、船から下ろされたのは、俺のほうだった!
あの時はみじめだったな。
食うのにも困って、海の神殿に転がり込んで、下働きをさせてもらった。
俺がおかしいのか? と、ずっと悩んだよ。
船長が殺され、船が乗っ取られたと聞いた、その日まで、ずっとな」
「聞いたことがあります」とレーネ。「“片目”は、交易船を乗っ取って、海賊を始めたと」
「まさにその事です。“片目”は、手下を操るのが本当にうまかった・・・」
スメコットー氏は首を振った。
「片目ってより、“仲間の悪魔”とでも呼ぶべきヤツですよ、あいつは」
その帰り道のことであった。
レーネが、「私も親に会って来ようかな」と言い出したのは。
「ん?」
「チャーネには言ってなかったけど、私、親と仲良くないんだ。何年も会ってない」
「そうでしたか」
「そろそろ決着つけないとなと思ってさ」
「決着?」リーモは不穏に思った。「・・・どうする気だよ」
「え? ああ、ちがうちがう。ちゃんとするってことだよ。正式に親を保護するんだ」
レーネはリーモを見て、ちょっと赤くなって、前を向いた。
「リーモを見ててね。立派だなと思ったのさ」
「俺が?」
「両親にお昼奢ったじゃんか、今日」
「レーネのおかげだよ」
ナダラカンの領主さまからも、豚飼いの領主さまからも、金をもらった。女勇者が一緒でなければ、こうはいかない。
「いやいや。勇気の巫女には、それだけの価値がある。・・・、」
レーネはチャーネを見て、ちょっと言い淀んだ(いいよどんだ)。
・・・で、悪ふざけした。
「なんせ、魔王に名指しで『殺す』って言われるオトコだもんな!」
「うー・・・んむ」
リーモ唸る。レーネ肘打ちする。それから、ちょっと真面目な顔になって、
「チャーネ。あんたも気をつけなよ」
「はい」
茶色の手が、リーモの袖をギュッと握ってきた。肩をさすって落ち着かせてやる。それから、
「レーネ」
「えっ!?」レーネの声が裏返った。「な、なに?」
「俺で良ければ、一緒に行くよ」
「あ、そ、そうだね!? ・・・ええと、チャーネの護衛は、ガンバに出してもらうから。1泊で帰ってくる」
「ごめんねチャーネ」
「はい」チャーネは健気にうなずいた。「ちゃんと連絡を取るのは、ええことやと思いますから」
◆♀◆ 5、サンキュー、連絡を取る ◆♂◆
それから、少し日が経って。
ゼナルジーコの宿。朝である。
「おはようございます」サンキューが降りてきた。
「サミーニャお嬢さん。手紙を預かっとるよ」
「あら? ありがとうございます」
サンキュー、宿のあるじゼナルジーコから、手紙を受け取った。
「レモン茶頂けますか?」
「あいよ」
テーブルにつく。防水用の筒を開け、巻紙を取り出す。
ナダラカンでも売られている、羊皮紙であった。くるくると開けて、中身を読む。
「ふむふむ・・・」
「はいよ、レモン茶。そろそろ時間ですし、朝飯もご用意いたしますか?」
「そうですね。お願いします」
爽やかなレモンの香りを楽しみつつ、「えーと・・・」
『サンキューへ、手紙読んだぞ。招待はまだか?
手紙は時間がかかりすぎるので、そちらへ行く。
22日に、女勇者の故郷の岬の沖で待つ』
「・・・相変わらず御自分で動いちゃうんですね」
サンキューは首を振った。
「えーと、22日。え? あれ? ちょっと待ってくださいよ。ご主人! 今日は何日でしたっけ?」
「22日だが」
「今日じゃないですか!?」
飛び上がるサンキュー。
そこに、3人娘が降りてきた。
「ほな、行ってらっしゃいませ」とチャーネ。
「お土産買って来るからね」とリーモ。
「うちの村にそんなもんないよ」とレーネ。
「あらら? お出かけですか?」
「うん。ユークランベ行ってくる」
「ユークランベ・・・レーネさんとこの?」
「そうだが?」
「あー! ちょうどよかった! 私もそっちに行かなきゃいけなくて」
「うそつけ」
「いや本当に。故郷の船が、そっちの沖合を通るって手紙が来まして」
「うそつけ」
「ホントですってば」
「なら手紙見せろ」
「ダメです」
「な?」レーネ、リーモに『こういうヤツだ』のポーズする。
「やだなー! 『おまえはどうしようもなく有能だ』って褒めてくださったじゃないですかぁー」
「そんなこと言ってない」
「それはともかく、」サンキュー、受け流した。「すぐ用意しますんで! すぐ!」
◆♀◆ 6、海賊が来たよ ◆♂◆
結局、3人で行くことになった。
シャケは留守番である。誘拐同然に連れ出したから、見られるとこじれる。女勇者さま、こういう策略は平気であった。
昼前に、漁村を見下ろす岬の高台に到着する。風が止まって、少し蒸し暑いお昼になった。
この岬で弁当を食べてから、村に入る予定であった。
サンキューは「お魚捕ってきます!」と、小さな三叉槍手にして海に飛び込み、本当にでっかいの仕留めて帰ってきよった。しかも、捌くのもうまい。凸凹した石の上で、小っちゃいナイフ巧みに振るい、美しい白身を切り出してみせた。
「綺麗な身だね。おいしい!」
「これは鱸(すずき)。夏が食べ頃なんですよ」
「へえー」
「よく無事で戻って来たな」レーネ、切り身をもらい、お返しに団子を分けながら言った。「よそ者がモグモグ密漁したらモグモグ、タダじゃ済まんのだが」
「先にモグモグ言ってくださいよ、そういうのモグモグ」サンキューちょっと引く。「そう言えば、漁船は途中で一斉に帰っちゃいましたね」
「何かあったのかな」とリーモ。
「・・・そのようだ」レーネは立ち上がった。「火を消せ。海賊だ」
小型ガレーが2隻、快速でこちらに迫っておった。
「うわあー!」「ぎゃああ、海賊!」「死ぬ、死ぬ、助けてくれ」「お母ちゃーん!」
ガレー2隻は、快速のまま浜辺へ突っ込んで、乗り上げた。
武装した海賊どもが、蜘蛛の子のごとく、ぴょんこぴょんこと飛び降りる。砂浜を蹴立てて、村人に襲いかかる。
漁村ユークランベも無抵抗ではない。漁師どもが、魚捕りのごっつい網をブン回し、海賊に叩きつけ、ひるんだところを寄ってたかって突き刺しておる。サンキューが使っとったような槍や銛(もり)で、海賊を刺すんである。
だが海賊の勢いは止まらない。何より、防具がちがった。兜に鎖かたびらや青銅の胸当て着けとる海賊に対し、漁師はフンドシ一丁か、せいぜいが麻の着物を引っ掛けとるだけ。これでは分が悪すぎる。
そこに、レーネが飛び込んだ。
海賊を1人切り倒し、襲われていた漁師を助け起こす。銛を拾って投げつけ、いまにも捕まりそうになっとった若い娘を助け出す。娘は顔見知りなのか、「リーアーニャ?!」とびっくりしておった。その娘に「宿へ逃げ込め!」と言っておいて、
「ヨスベリューサニェーがやって来たぞ!」
海賊どもに宣言した。
「海賊よ、我が故郷を襲うというのなら、生命をなくす覚悟をせよ!」
《我らは守る! 故郷の道々!》
鳴り響く声。
レーネの足元が盛り上がって、城壁となる。
砂の城壁!
サラサラと崩れながらも不思議と堅固なその壁は、路地をふさぎ、海賊をはばんだ。
「・・・ナダラカンの小娘だァ!」「話がちがうぜェ!?」
海賊ども、悲鳴上げる。ケツをまくって、逃げ出した。
「逃げろ逃げろォ」「大王も敵わねえアマっこだァ」「やってらんねー!」
砂の城壁から、海賊どもの退却を見届けたレーネ。《声》で城壁を元に戻し、村を見て回る。
すると。
「助けて! 誰か、誰か、うちの人が」
黒髪をバラバラに振り乱す、中年の女と遭遇した。
レーネと出会い頭にぶつかって、お互いを見る。
「・・・誰を助けろって?」とレーネ。
「ひ、ひぃッ!? あんた!」
「レーネ!」リーモとサンキューが悲鳴に駆け寄ってきた。「その人は?」
「うちのおっ母」
「ひッ」
「おっ父がどうかしたのか」
「そ、それは、か、海賊に斬られて」
レーネの母に言われて、路地に入る。
「ハァハァ。ゲボゴボ」
中年の男が、血まみれで倒れておった。
血のあぶくを吐くその男。リーモは、見覚えがあった。
以前この村に来たとき。老犬シャケを杖で叩いた男だ。──レーネの父であった。
◆♀◆ 7、レーネ、けつべつす ◆♂◆
「どうします?」
「・・・。」
父が死にゆく姿に、レーネは立ち尽くしておる。サンキューの問いにも反応しない。
そんな女勇者を横から見て、リーモは──
「レーネ」
右手を、彼女の腕に、そっと乗せた。
白い光。『勇気を授ける』。
「・・・!」
レーネが目を覚ましたようにリーモを見る。
いつもの水色の輝きを取り戻した目で、うなずき、サンキューに顔を向けた。
「 そ の 男 を助けてやってくれ」
「かしこまりました」
漁村ユークランベは、海賊の襲撃を乗り切った。
勝ったのは女勇者のおかげだが、被害が少なかったのは、必死に抵抗した漁師どもの手柄であった。漁船が一斉に引き上げたのも、おらが村を守るため慌てて帰還したということであった。
リーモとサンキューはめっちゃ感謝され、ついでに口説かれ、ついでに乳だの尻だの撫で回されながら、宿屋で待っていた。痴漢は、サンキューが宿の外まで蹴っ飛ばした。なんかサンキュー、戦闘員ではないと言うとったはずだが、キック力はものすごかった。
しばらくして、レーネが合流する。
置いてきた荷物を取りにゆくため、いったん岬へ引き返す。その道すがら、レーネがこんな話をした。
「村長と、うちの両親と、話をつけてきたよ」
「そっか」
「意外と簡単だった。村長は、うちの親にうんざりしてたみたいでね。『太陽の神殿に申し訳ない』って言ってたよ」
レーネの両親は、娘が魔物だと思い込んで、海に流した。つまり殺人未遂犯である。
だが、裁かれる見込みはなかった。レーネにそのつもりがなかったし、ここの裁判権を握るナダラカンの領主さまも、この汚点を利用してユークランベを黙らせるほうを選んだからである。
「海に流されたことは忘れない。でも、親は親だから、養うつもりだ。って言ったら、村長ホッとしてたよ」
レーネは岬に置いて行った荷物を拾い上げ、砂をはたいた。
「来て良かったよ」
「そっか」
「ありがとうリーモ。サンキューも。おまえがいなければ、死人が何人も出ただろう」
「いえいえ!」
荷物を拾って、ふたたびユークランベに入る。
・・・ところがレーネがついて来ない。途中で立ち止まり、1人ぼーっと岬を眺めておる。
「何してんだろ?」
リーモ、首をひねる。その背中が、ぽんぽんと叩かれた。「1人にしちゃダメですよ」
「え?」
「行ってらっしゃい」サンキュー、ウインク。「私は、ちょっと泳いできます。夕方には戻りますので」
「あ、うん。気をつけてね」
レーネのとこへ登る。
何も言わないうちから、彼女は話し始めた。
「リーモ。・・・オレーって呼んだ方がいい?」
「リーモでいいよ。女神さまとレーネにもらった名前だから、愛着あるんだ」
「へへっ」彼女は笑った。赤くなって、目逸らす。「・・・私はさ、子供だったんだ」
「レーネが、子供?」
「そう。自分でもわかってなかったけど。どっかで、元に戻れるって思ってたみたいだ」
「もとにもどる」
「いつか、おっ父とおっ母に『よしよし、よく帰ってきたね』って言ってもらえるって」
「レーネ・・・」
「私は、訣別した」
彼女は振り向いた。
その瞳に、水色の光がギラギラと輝いている。
「もう子供じゃない。今度は、私がおっ母になるときだ」
「うん」
リーモはうなずいた。
「俺さ、レーネ」
「・・・なに?」
「俺は、レーネが好きだ。男に戻れたら、結婚してくれ」
「戻れたら、かぁ。それじゃなぁ・・・?」
「いやあの、えっと、」リーモ、真っ赤になる。「必ず、男に戻ってみせる。だから、俺と結婚してくれ」
「婚約を『ダメ』って言ったのはそれ?」
「うん。あのときは酔ってて、ごめん。でも、本気だから」
「わかった。考えとくよ」彼女は赤くなりながらほほえんだ。「・・・ハダカ見たのは許さないからな?」
「すみませんでした」
「許さないもんね!」
◆♀◆ 8、そのころサンキューは ◆♂◆
若い2人が人生の岐路(きろ)に立っておった、そのころ。
サンキューはどうしとったかと言うと、彼女もまた、重大な岐路に立たされておったんである。
「セイラッキルーネ・サンキュッシニーモ」
「はい」
どぷーん・・・とぷーん・・・。
波に揺られつつ。
胸から上を海面に出して、見事に立ち泳ぎするサンキュー。
その頭上にそびえ立つのは、黒い影。
足先だけ銀色の、巨大な黒馬。
波の上に立つ、超常の馬!
他ならぬ、魔王の乗騎であった!
そして、その馬上からサンキューを見下ろすのは、もちろん──
「そなたを送り出したのは、女勇者を招待するためであった」
「はい。陛下」
──魔王、クレッヂマネー! そのひとであった!
滄溟(そうめい)たる髪をなびかせて、青い瞳で冷たく見下ろす魔王。
あらゆる軍隊を打ち破り、何万人もの人間を殺してきた、殺戮の女王である。
その女魔王が、肩になんかでっかい・・・サンキューの身長よりもでっかい・・・絨毯(じゅうたん)? を、担いでおる。
いや・・・なんでですかね? 絨毯担いでるんですよね、魔王。なんでそんなもの担いで来たんでしょうかね。まあ、すぐにわかることなので、いまはいいとします。
とにかく、魔王そのひとであった!
炎も凍てつく氷の瞳。その瞳の主が、サンキューに浴びせた言葉は!
「そなたが女勇者といちゃつくところ、水晶玉で見せつけられる我の気持ちがわかるか?」
嫉妬の言葉であった。
「えー・・・、陛下。恐れながら、私に女色の趣味はございません」
「知っている」
「えーと、女勇者を、あっすみません、女勇者さまと親交を深めているのは、招待のためでして」
「わかっている」
「陛下に、少しでも女勇者に近付いて頂けるようにとの、必死の工作でございまして」
「それがどうした」
「え?」
「そんなことはわかっている」
「はい」
「だが黙ってはおれぬ。そなた、ずるいぞ」
「は・・・ごもっともです」
サンキューは顔を下げた。ばしゃあ。波が顔面に砕ける。ブクブク。
「わかればよい」
魔王陛下、肩に担いどった絨毯(?)を、ばっと空中に広げた。
「そこをどけ。絨毯をしく」
「はっ!」
広げてから『どけ』と言う。このへん、もうちょっとどうにかして欲しいんですけどねー・・・と思いつつ、サンキュー、素早く縦回転。とぷーん! 小っちゃな水柱だけを残し、水中へ。美しい足ヒレがグイグイっと動くのが見えた。
そこに、絨毯が着水!
──せんかった。
絨毯。水に漬かることなく、波の上に浮かんだ。水に漬かることも、濡れることもない。
海に浮かぶ魔法の絨毯なのであった。
魔王、そこに飛び降り、足伸ばして、座る。
ざばー。サンキューが波間に出て来た。
「乗れ」ぽんぽん。魔王、絨毯叩く。
「では失礼して」
滄溟たる髪持つ女魔王。魔法の絨毯にて、くつろぐ。
ピンクの髪(いまは濡れて紅色に見える)したセイレーン。足ヒレをしとやかに折り畳んで、隣に座る。
魔王の騎馬はどっか行った。会話に参加する気はないようである。
「時は来た」魔王、左手をめくってみせる。
「どれどれ? あら。傷も残ってませんね」
「うむ。完治した」
「では、また御自身で動かれるので?」
「うむ。今日は娼館に寄って、それで帰るが」
「はい?」
「娼館に寄ってゆく」
「ちょっと待ってください? 娼館? ナダラカンの?」
「うむ。我、お得意さんなれば」
「そんな・・・」
サンキュー、よろめく。
「『時が来た』とは、娼館に行く時のことで・・・?」
「ちがう」
「ですよね! では一体?」
──次に飛び出した一言に、サンキューは心臓が止まる思いをした。
「ナダラカンを滅ぼす時が来た」
「・・・え?」
「ナダラカンを滅ぼし、リーモを殺し、リーアーニャを手に入れる」
魔王はうっすらと笑った。
「そなたは沖に出ておれ。津波に巻かれれば、そなたでも死ぬ可能性が高い」
「津波・・・女勇者も死ぬ可能性がありますが」
「反乱が起こる。ナダラカンの東──つまり、向こうで」
魔王は、ユークランベとは逆、ナダラカンの向こう側を指した。
「また海戦になる。女勇者も迎撃に出るだろう。出なければ、私が釣り出す」
「・・・。」
サンキューは慎重に考えてから、意見を述べた。
「すべてがうまく行ったとして、女勇者さまは、陛下を殺そうとすると思いますが」
「サンキュー。そなたには愛情があり、力がない」
魔王は冷たい眼をしてほほえんだ。
「よって、そなたにはわからぬ。力を持ち、誰にも頼る必要のない者の考えは」
「それが・・・陛下の狙いだったのですか? 女勇者さま以外、すべてを滅ぼすというのが。そのために彼女を・・・?」
「いや? 素直に妻になってくれるならそれでよい。勇気の女神だけはダメだが」
「なるほど。ただ、リーモを殺してしまうと、レーネは──」
「レーネ」
「あ、女勇者さまの愛称で、」
「愛称」
「えっ・・・・・・とォ・・・、」
サンキュー、岐路に立つ!
女勇者以外、全部殺すわ。──などと宣う(のたまう)魔王の前で、女勇者を愛称呼びしてしもうた!
冷たい視線! 心臓にグサリ!
え、ちょっと待って。私も殺される側? もしかして陛下、私のこと邪魔になってきてる?!
──助けてレーネさん! 私、魔王に殺されてしまいます!
心の中で悲鳴上げるサンキューの耳に・・・
《♪~~~》
・・・救いのハミングが聞こえてきた!
「あ、勇者さまが何かやってますね」
「なに?」
「《声》が、かすかに。私たちが地形チェックするときみたいな感じの」
「──地形!」
魔王、ハッとする。
「いかん。サンキュー。いますぐ勇者を妨害しろ」
「かしこまりました。しかし、なぜ?」
「ここの岬に沈んでいるからだ。我が宿敵が。引き揚げさせてはならぬ。気付かせてもならぬ」
「了解しました! では、ついでに招待もします! 3日後に成果を持って戻りますので、楽しみにお待ちください!」
「え? あ、うん」
「それまでは、攻撃をお控えくださいますよう! それでは~」
とぷーん・・・!
サンキュー、魔王に一滴の水もかからぬ、見事な飛び込み。
「あ、いや、ちょっと待て」
魔王の声すら、もう聞こえない。聞こえませんからね! との意志、背中で表わして、速やかに泳ぎ去るのであった。
◆♀◆ 9、岬の声 ◆♂◆
《♪~~~「お魚が捕れましたよ!!!」》
レーネの《声》を打ち消すような大声で、サンキューが怒鳴った。
「うるさい!」レーネキレる。声も途切れた。「なんだおまえ、いきなり」
「お魚がですね! あっ!? ・・・逃がしちゃいました!」
「うそくさ」
「ホントですって、ホントホント。お魚だって必死で逃げるんですよ」
ざばー・・・。
びっしょり濡れて、ぺたんこに張りついた布一枚で、サンキューは海から上がってきた。
布はぺたんこだが身体はムチムチだ! うへへ! ──となったリーモの視界が、手でふさがれた。「あれ。見えない」
「あっち行け」リーモの目をふさぎながら、レーネ。「静かにしてろ」
「あっ、いえ、それがですね! 聞いてくださいよレーネさん!」
「うるさいな!」
そこは、岬の下であった。
断崖絶壁となった岬の、海面のあたりに広がる岩場である。
漁師の奥さんたちが海草や巻き貝を集めるところ。今日は海賊の襲撃があったので、誰も居らんけれども。
そんなところで、何をしとったかっちゅうと・・・
「なんか聞こえた気がしたんだよ」とリーモ。「たぶん、女神さまの声だった」
「・・・女神さまですか」
サンキューの背中を、冷や汗伝う。
この子、もしかして天才では?
「うん。それで、ここにも洞窟があるんじゃないかって」
「・・・なるほど、洞窟!」天才ではなかった。ちょうどいい。そう誘導しよう。「それはあるかも! うん、あるかも知れませんね!」
「うるさいよ。おまえ、おかしいぞ。なんかあったのか?」
「おかしいですかね! ・・・まあ、故郷の船が、影も形もないってのはありますね」
「それは心配だね」リーモ、簡単に信じた。「海賊を見て引き返したのかな?」
「だったらいいんですけどね」
《♪~~~》
「あっ、レーnむぐぐぐ!」「うわー」
「2人ともおとなしくしてろ」
右手でリーモの目を、左手でサンキューの口をふさいで、レーネはハミングを続ける。
その成果は?
「・・・うーん、ここはただの岩壁だな」
「そっか。なんか、声も聞こえなくなっちゃったよ」
「帰るか。そろそろ満ち潮だしな。大潮も近いし、ここは完全に沈むぞ」
「むぐぐ?」
「そうだよ。おまえが岩にでも打ち上げられて、くたばってたらな。私も警戒しなくて済むんだが」
「ひぐむ」
「レーネ、目放して。歩けない」
「じゃあ前を歩け。絶対に振り向くな。落っこちるとしても、前向いて落っこちろ」
「ひどい」
で、翌日。
そろそろ帰ろうか・・・と、宿を出たところで、一行は昨日と異なる風景を見た。
岬の上に、人が集まっとったんである。
「あー、今年はアレの年か」とレーネ。
「あれって?」
「慰霊祭。ずっと昔、魔王に沈められた船の。3年に1回、海の神殿が来てやってくれるんだよ」
「へえー」
「知りませんでした」
「小さなお祭りだからね。知らないのも無理はない。──あ、そうだ。海の神殿と言えば、リーモ」
「あい」
「小姓くんにまだお礼言ってないだろ? もしかしたら、来てるんじゃないか?」
「あー! オンサレーン・・・は俺だ。オンフレ・・・なんだっけ?」
「可愛い小姓くん? オンフルーンだよ」
「・・・じゃあ俺、ちょっと先に行ってくるよ。小姓くん来てたら、お礼言っとく」
テケテケテケ・・・。
坂道を駆け上るハイエルフの美少女。
その彼女に、いち早く気付いた少年(?)がいた。
「・・・あのエルフ!!?」
慰霊祭の準備でお手伝いをしておった、小姓くんである。
まさにリーモが会いに行こうとしとる、その彼(?)。リーモの姿に気付いて、あわてふためく。
「ちょちょちょ、ちょっとその、すみません、席外します!」
「あ? なんだ? なんかあったのか、オンフルーンよ」下働きども、不審がる。
「いやその、あのその、うんこ!」
「馬ァー鹿」下働きども、笑う。「ゆっくり行ってこい」
「ごめんね!」
小姓オンフルーン。短く刈った黒い髪をフワッフワッと波打たせて、街道沿いの木陰に消えた。
ハァハァ。息を切らせつつ、岬の様子を覗き見る。
ハイエルフの美少女がやって来た。なにか訊いて回っておる。下働きがこっちを指差したので、「ひっ!」となって隠れる。
「やっぱり僕だ。僕を探してる。どうしよう」
木に背中を預け、両手で顔をふさぐ。
「ここで会ったら・・・おしまいだ!」
小姓オンフルーン。正体は、女の子。
我らが主人公ナッタレーニェ嬢を、浜辺で助けた。そのお礼を言われる立場である。
なんで逃げ隠れするんかと言えば・・・
「会っちゃったら、ゼナルジーコの宿に行く理由がなくなる。ガンバットリャンニさまに会えなくなる」
・・・という理由であった。
「くそ、あのエルフ。なんでこんなとこに? 疫病神かなんかなの?」
葉っぱに隠れてチラッと覗く。
すると、なんとしたことか!
女勇者らしき人物に、ピンク色の髪した女まで、新たに加わっとるではないか!
「あのピンク! ガンバさまとイチャイチャしてたヤツ!」
騒ぎが大きくなってゆく。
ついに、司祭さまが対応する事態に。
「ああ、もうだめだ・・・司祭さまに呼ばれたら、さすがに出て行くしかない。ああ、ガンバットリャンニさま・・・」
へなへなと座り込む。
「あんな立派な方と知り合うなんて、やっぱり、無理だったんだ・・・」
「オンフルーン?」司祭さまの声がした。
「はい・・・」がっくりうなだれて出て行くオンフルーン。
「大丈夫ですか?」
「はい。すみません。お仕事中に」
「それはいいのですが。あなたに会いたいという人が来てますよ。例の、ナッタレーニェさん」
「あ、はい・・・」
とうとう、年貢の納め時・・・。
覚悟したオンフルーンに、予想外の声がかけられた。
「ニモ?」
◆♀◆ 10、お兄ちゃんだよ! ◆♂◆
「・・・はい?」
「ニモ。ニモだよね?」
ハイエルフの美少女が、こっちを覗き込むみたいにして見てきよる。
え? なんなのいきなり? 小姓オンフルーン、めっちゃ警戒する。「・・・ちがいます」
「え・・・。でも」
「ちがう。知らない。そんな人」
司祭さまの影に隠れる。司祭さまがかばってくれた。
「お礼という話だったのでは?」
「あ、いやその、」ハイエルフの可愛らしい声がする。「妹、あのその、知り合いの妹に似てたので。アネナニモーっていう」
「・・・はあ」司祭さまも警戒したようである。「この子はオンフルーンと言いまして、男の子なのですが」
「あ、そうですか。ごめんなさい」
ハイエルフが引き下がった。
「えっと、急にごめんね? 俺を助けてくれて、ありがとう。なかなかお礼言えなかったけど」
「いえ・・・」
もういいんだよ。お礼なんて。
おしまいだ。おまえのせいで! なにもかも!
なんだよ俺って。どっかのお兄みたいな言葉使いしやがって!
──と、心の中で罵りまくっとるオンフルーンに、ハイエルフはこう言うてきた。
「今日は偶然で、お礼、持って来てないんだ。今度、もしよかったら、一緒に食事でもどうかな」
なんと。
ハイエルフの美少女、海の神殿の美少年を、食事に誘うの巻!
「おおっと?」「こりゃいいや」下働きども、盛り上がる。「大胆だな」「さすが勇気の巫女。度胸あらァ」
「いいね。私もご一緒したいな」
と、女勇者さまの声。
「ゼナルジーコの宿で待ち合わせして、みんなで食べに行こう。予定が会えばフタッカーニャさんも呼んでね」
「・・・え?」オンフルーンくん、顔上げる。「いま、なんて?」
「ゼナルジーコの宿で待ち合わせ」と女勇者さま。「フタッカーニャさんも一緒に、できればね」
「フタッカーニャ・・・」
オンフルーンは、司祭さまと顔を見合わせた。
「うちの信者とお知り合いで?」と司祭さま。
「あ、うん」とハイエルフ。「ユーコビンラのスメコットーとは、昔からの・・・えっと、村の再建の相談で忙しくて、神殿に行けないって言ってた。そう言えば」
「あの、」オンフルーンくん、顔を出す。「オレーって知ってます?」
「オンサレーンね? うん」ハイエルフはうなずいた。「あいつのことは詳しいよ、俺」
オレーとしか言ってないのに、オンサレーンと当ててきた。
司祭さまと、また顔を見合わせる。
「・・・ニモだよね?」ハイエルフがもう一度確認してきた。
オンフルーンくん。
うなずいて、こう答えた。「うん」
「ニモ・・・!」
リーモは、もう、うれしくてたまらぬ。
久しぶりの妹の顔! それも、元気に生きた姿で!
思わずその場で「お兄だよ!」と言いかけたほど。場所を変え、人払いして事情を話すまでの、もどかしかったこと!
妹よひさしぶり! お兄だよ! そう言って抱きつきたいのをどんなにこらえたか・・・!
「良かったね、ホントに」レーネも笑顔であった。「どう? アネナニモー。これ、お兄ちゃん」
妹が放ったひと声は、
「きもちわるっ」
であった。
※このページの修正記録
2024/10/06
「サンキュー、連絡を取る」
地名まちがってました。女勇者の故郷はユークランベです。
> 「うん。ユーコビンラ行ってくる」
> 「ユーコビンラ・・・レーネさんとこの?」
2024/09/27
「父母に会う」
同じ箇所をもう一度修正。↓から8行。
> 「レーネのおかげだよ」
「父母に会う」
後半の、リーモとレーネの会話がわかりづらかったので、↓から8行、書き直しました。
> 「レーネのおかげだよ。領主さまに、いっぱいお金もらえてさ」
2024/09/23
「父母に会う」
打ち間違いしたところを少し変更して修正。
× 「そうなんえすよ。“片目”は、手下を操るのが本当にうまかった・・・」
○ 「まさにその事です。“片目”は、手下を操るのが本当にうまかった・・・」
2024/09/22
「そのころサンキューは」
文章の流れがおかしかったので、↓の下2行を削除、サンキューのセリフ1行に変更しました。
> 「『時が来た』とは、娼館に行く時のことで・・・?」
> 「ちがう」
> 魔王。言葉足らずであった。
> 頭はとてもいい人なのだが、あまりに強すぎて・・・