勇気の女神にオンナにされた   作:min(みならい)

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サンキュー、しっぽをあらわす

◆♀◆ 11、妹、帰還する ◆♂◆

 

「ニモ!」「おっ母・・・!」

 おっ母と妹が抱き合って泣く。

「やれやれ」

 おっ父が肩下ろす。くたびれた表情で、こっち見てきた。

「オンサレ・・・いや、ナッタレ・・・いやあの、とにかく! よくやってくれた」

「あい」

 リーモはうなずいた。

 どっちか決めてよ。こっちも困るだろ。

「お兄、なにも、してない」ニモが泣きながら言った。「ナンミヤッサンさまが、かくまってくれた」

「司祭さまにも、お礼を言いに行かんとな」

 おっ父。妹の背中をぽんぽんと叩きながら、

「だがな、この・・・その・・・こいつもがんばってくれたんだぞ。おっ父とおっ母を見つけてくれたんだ」

「見つけたの、犬でしょ」泣きながら、妹のニモ。「シャケって犬。勇者さまが言ってた」

 こいつむかつく。

 カチンと来たリーモ。その場を離れる。

 離れるっちゅうても、行き場はないのだが。チャーネの隣に逃げ込んだ。ダークエルフの少女は流し目でリーモを見て、笑った。

 

 妹のアネナニモーを発見したその日のうちに、リーモは妹を両親と再会させていた。

 海の神殿は漁村に1泊する予定だったが、ニモだけ抜けて帰ってきたんである。

 港町の門のところで、レーネは領主館の戦士に呼ばれて直行。サンキューは1人で『ゼナルジーコの宿』へ帰った。

 で、リーモとニモの兄妹は、両親のアパートへやって来た、というわけ。

 おっ父とおっ母の、びっくりしたことといったら!

 ハイエルフ♀の兄が、男装の妹を連れてきた!

 しかも、当の妹はずーっとこの街にいたというのだから・・・ホンマかいな! となって、当然であった。

 

「海賊が、」とニモ。「海賊が、私たち狙ってるって、司祭さまが。本名は名乗るなって」

「・・・どういうこと?」おっ母、青くなる。

「海賊が、私たちの名簿持ってるって・・・」

「名簿だと」

「うちの村と、キタリュードンラと、ユークランベと・・・若い娘の名簿を、作ってたんだって」

「なんてこった。くそっ!」おっ父、怒る。

「誰がそんなモノ・・・」リーモは考えた。「あ、間諜(かんちょう)か」

「いや。そんなんが村をうろついたら、すぐわかるだろ」

 おっ父は首を振った。

「噂だろう。嫁入りの話とか、『ユーコビンラのアネナニモーは美人だ』とか、そういう噂を集めれば、リストは作れる」

「おっ父が神殿に来るはずだから、それまで男のフリしとけって、司祭さまが」

「ごめんな。ニモ。司祭さまが正しい。神殿に行かなかった、おっ父が悪い」

「いつまで経っても来ないから、死んでると思って」

「すまん、すまん」

 父母と妹。3人でくっついて慰め合う。

 兄、放置。チャーネに視線だけで慰められながら、待つ。

 やがて。

「・・・これ、本当にお兄なの?」妹がこっちを指差してきた。

「そうよ」「・・・。」

 コレって。あと、おっ父。いま目逸らしたね?

「お兄ちゃんはね、勇気の女神さまにオンナにされたんだって」

「本当にオンナなの? 女装してるだけじゃないの」

 おまえとはちがうんだよ。

「みたいよ」

「きもちわるっ」

「またそれか・・・」リーモ、うんざりである。

 あんなに心配してやったのに。俺、死ぬ直前に、おまえのこと頼んでやったのに。それが、コレか。

 お兄ちゃんショック。兄のプライド。苦労の甲斐(かい)。

「だって、エルフじゃん。女勇者さまとイチャイチャしてたし・・・お兄のハズないもん」

「ニモ。そっち行ってなさい。チャーネの修行があるから」

「えー?」

「おっ父と話してなさい。修行が終わったらゆっくりね。はい、行った行った!」

 おっ母に追いやられるニモ。ざまあみろ。

 ・・・睨んできやがった。

 『いま、ざまあみろって思っただろ? ・・・あとで殺す』の眼である。リーモ、反射的にびびる。チャーネに気付かれる。先輩の面目丸つぶれである。

「さ、修行始めるわよ」

「はい」「あい」

「オレー。あんた礼儀作法がメチャクチャだから、しっかりやんのよ」

「・・・はい」

 面目丸つぶれである。

 

 修行終わり、全員でアパートを出る。

 父母と妹は海の神殿へ。リーモたちは『ゼナルジーコの宿』へ。

 別れる直前、リーモはおっ父にこっそり告げた。「俺さぁ。レーネに求婚したよ」

「・・・・・・・・・え? いやちょっと待て。ユリアーニェさまのことか!?」

「しーっ! 申し込んだだけだから。まだ秘密」

「え、あ、おう。おう」

 おっ父ショックである。

 息子がオンナにされただと!? からの 女勇者と結婚だと!!? である。おっ父、ついていけません。

「いやその、しかし、あのその、どうすんだ? つまり・・・オンナだろ? おまえ、いま」

「いまはね」リーモはうなずいた。「けど、絶対男に戻って見せる」

「そ、そうか」おっ父、ちょっと喜ぶ。「戻れるのか」

 戻ってくれ! 息子よ! との、必死の視線。リーモは感じた。

 おっ父には切実な問題なのだ。息子が居らんようになると、入り婿に田畑を任せねばならん。それが村長の息子だったりすると、家を支配されかねん。オンサレーンがよそから嫁取って来るのがいちばんなのだ。

「うん。いつかね」

 おっ父と2人、前を歩く母と妹(男装)を見る。

「ニモも帰って来たんだ。お兄も──とっとと帰って来い!」

 どん! 背中叩かれた。

 痛いよ。男の子叩く勢いで叩くんじゃない。

 戻るってば。レーネと結婚したいから。おっ父の立場はどうでもいいけど。

「じゃあな、オレー」

「またね」

 

「あの、」

 チャーネが茶色の頬っぺた赤くしながらチラチラ見てきた。

「ごめんなさい。いまの話、聞こえてもうたんですけど」

「あー。秘密にしといてね?」

「はい。はい」

 チャーネ、チラチラ目をこっち向けては照れてあっち向く。可愛い。

「先輩・・・勇気ありますね」

「そう?」

「だって、女勇者さまやないですか」

「しょうがないだろ。好きになっちゃったんだから」

「うッわ・・・ぁ!」

 チャーネに見つめられて、リーモは恥ずかしくなった。目を逸らす。

 宿につづく道の向こうには、暮れゆく海が広がっておった。

 

◆♀◆ 12、片目の海賊 ◆♂◆

 

「お頭ァ。すみません、失敗しちまいました」

「ほう?」

 

 夕陽の眩しい海の上。

 大型ガレー。3段に重なる漕ぎ座も高いその船の、船長席。据え付けの座席に、右目に眼帯した海賊が座っておる。

 膝ついた海賊から『失敗』との報告を受けて、その左目は冷静である。

 

「なんでだ? なんで、失敗した」

「いや、それがよォ・・・ナダラカンの小娘が、突然現われやがって。壁ェ立てて、邪魔しやがってよォ」

「おい」

「へい」

「何度も言わせんな。『ナダラカンの小娘』みてぇな言い方ァ、船の上ではナシだ。正確に言いやがれ」

「へ、へい。ユリアーニェ」

「そうだ。──ユリアーニェが出たか」

「へい。名乗ってましたし、《声》使っていきなり砂の城壁も造ったし・・・間違いはねえ」

「わかった。こっちの被害は」

「3人死んで、7人降りた。2隻とも、動かすのに問題はねえ。ただ、実入りがこれっぽっちも・・・」

「よくやった」

「・・・へ?」

「よくやった。ユリアーニェ相手に、その被害で退却してきたのは、上出来だ」

「へ、へい」

「いいか、」

 片目は立ち上がった。不自然でない程度に、声を大きくする。

「俺たちは、いままでは海賊だった。だが、この戦いからは、戦士になるんだ」

「はぁ・・・」

「戦士ってのは、海賊とはちがう。なにがちがうかわかるか」

「いえ」

「海賊は、カネが大事だ。奴隷、飯、酒、宝。小さくて軽いほどいい」

「へい」

「戦士はな、将棋をするんだ」

「しょうぎ」

「領地を守る将棋さ。自分の生命を駒にしてな」

「へぇ・・・」

「てめェはどういう手を指した? 言ってみな」

「えーっとォ・・・お頭に言われたのァ、『奴らの目を西に引き付けろ』ってことでした」

「そうだな」

「そんで、俺は調べたんだ。女勇者の村、慰霊祭に海の神殿の一行が来る、こりゃァ、チャンスだ! ってよ」

「よく調べたな」

「へへ。・・・で、漁師殺して食料奪って、トンズラするって作戦にした。海の司祭さまにゃ、手出しはできねえからよォ」

「そりゃそうだ。俺たちゃ船乗りだからな」

「あとは、死体見つけた司祭さまが騒いでくれる。ついでにユリアーニェが釣れりゃ御の字(おんのじ)──だったんだが、釣れる前に飛び込んできやがって、トビウオ女が・・・」

「ユリアーニェとカチ合ったのは、災難だったな」

 片目は男の肩を強く握った。

「だが、上出来だ。てめェらのおかげで、いまごろ領主館は大騒ぎだろうぜ」

「へい!」

 報告は終わった。男は舷側へ。密着している小型ガレーに飛び降りようとする。

 ──が、その前に振り向いて、「お頭ァ」

「なんだ」

「魔王ってなァ、俺らじゃ手も足も出ねえって・・・ホントですかい?」

「おう。この船だって木っ端微塵よ」

「どうすりゃいいんで・・・?」

「あァ? てめェ、『嵐にゃ勝てねえ』っつって、船乗りやめんのか」

「やめねえよ」

「だろ? 魔王も一緒だよ。──海ってなァ、そういうトコだぜ」

「へへっ。そう言われちゃァ!」

 

 男は、小型ガレーに飛び降りた。鉤(かぎ)つきロープを外し、片目の船から離れてゆく。

 片目は船長席に戻った。左右を見渡す。

 右舷に岬。左舷には大海原。

 上空には秋の夕空。ままたく明星。遥か遠洋には、雨雲も見えた。やって来るのは、もう少し先か。

 

「ちっ。左も霞んで(かすんで)きやがった」片目、ぼやく。「これが最後の喧嘩だな」

 

◆♀◆ 13、サンキュー、しっぽをあらわす ◆♂◆

 

 宵の口。リーモは、海辺に来ていた。

 サンキューが『大事な話がある』と言い出したんである。レーネは『リーモと一緒なら聞く』と答えたらしい。

「・・・なんで俺?」

「じきにわかる」レーネは穏やかな表情である。「・・・わからないほうが幸せかも?」

「なんのこっちゃ」

 市街から、堤防へ。階段降りて浜辺に出る。リーモとレーネは、ついてゆくだけである。

 サンキューは、波打ち際まで行って、振り向いた。

「いままでありがとうございました、友達」お辞儀。「私は、故郷に戻ります」

「え・・・」リーモ、不意を討たれる。「そうなんだ。寂しくなるね」

「・・・。」レーネは黙っている。

 ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ・・・。

 サンキュー、後ろ足に、海へ入ってゆく。

「あなたがたの、特にリーモ、あなたの友情に感謝します。そして、ごめんなさい」

 さぶ、ざぶ、ざぶーん! 水に入った。腰布を外した。

 ムチムチの太腿が見えたのは一瞬のこと。まばたきするよりも速く、そのハダカの足は、きらめくイルカの下半身に変わっておった。

「・・・え?」リーモ、目を疑う。

「しっぽを現わしたな? 魔物め」

「これはしっぽではない!」サンキュー、キレた。「足ヒレです!!!」

 ばしゃんばしゃんばしゃん!

 足ヒレ!!! を、アピールしてから・・・

「セイラッキルーネ・サンキュッシニーモ。これが私の真の姿です」

「セイレーンの女魔将・サンキュー・・・か」

「はい」

「意外と大物だったな。魔王の側近だろ? 魔将って」

「私は、魔王陛下の居城管理人ですね。ついでに相談役。治療役も、たまに」

「・・・ま、魔王? うそだろ?」

 リーモ、2人の話についていけない。

 サンキューとレーネを交互に見て、オロオロする。

「嘘・・・だって、サンキュー。俺のこと、治そうとしてくれたじゃん。・・・なんで?」

「・・・。」

 サンキューはほほえんだ。口を開き、何も言わずにまた閉じた。

「馬鹿め」レーネはため息をついた。「・・・で、話ってのは?」

「ヨスベリューサニェー・ユリアーニェさま。魔王は、あなたに求婚します。どうぞ、我らの宮殿にお越し下さいませ」

「ことわる」

「ダメですか」

「何度も断ってんだよな。魔王から聞いてない?」

「まあ、薄々」

「んじゃそういうことで」

「はい。・・・ところで、デートはいかがでしょう?」

「は?」

「デート。逢瀬(おうせ)。イチャイチャする」

「陛下と?」

「もちろん。『停戦交渉』としておけば、1日ぐらい。ね?」

「・・・。」レーネ、沈黙する。

「1日だけ! 魔王陛下の御機嫌は、間違いなく良くなります。停戦もできるでしょう。私が説得します」

「・・・。」

「陛下はですね、ナダラカンには、興味がないんです」

「興味がないだと?」

「ええ」

「ワイロンバをたぶらかし、船を沈め、死んだ海兵を骸骨にして酷使するが、興味はないとおっしゃる?」

「ワイロンバ?」

 サンキュー、首ひねる。連絡不行き届きの魔王軍である。

「海軍事務長。魔王が手駒にした。その罪で、先日、処刑された」

「あらら」

「あららじゃない。おかげで、ヤツの地元は離反した。間もなく反乱になる」

「そうですか」サンキュー、首を振る。「興味がないのは本当です。ナダラカンは生かしておいてもよい、と」

「リーモは?」

「殺すって言ってました」

「ぶん殴るぞおまえ」

「デートで話しましょう。あなたが要求し、私が妥協点を探る。これで行きましょう。ね?」

「・・・。」

 レーネは迷い始めた。そこで、リーモが口を開いた。「だめ!」

「あなたには訊いてないんですよ」サンキューはやんわりと言った。

「いや、だめ。絶対だめ。俺が許さない」

「私やあなたに、これを決める力はないんですってば」

「知るか! レーネは、俺のお嫁さんになってもらうんだ。だから、そんなのはだめ!」

「へ?」

 サンキューはきょとんとした。それから、笑いだす。「ぷはは!」

「わ、笑い事じゃないぞ!」

「いえ。いえ。・・・さすが勇気の巫女だなって、あはは!」

「サンキュー」レーネもリラックスした。「おまえは、魔王の御機嫌を取れと、私に命じるのか?」

「・・・私は、あなたに命令できるようなお魚じゃありませんね」

「借りはあるけどな?」

「・・・。」サンキュー、そっぽ向く。

「そういうとこ、嫌いじゃないぜ」

「レーネさんと陛下、ともに満足する形になればと」

「そんな形はない」

「でも、どこかに、もしかしたら」

「ない。甘い」

 レーネは切り捨てた。

「サンキュー。死者の恨みというもの、考えたことはあるか?」

「死者の恨み? さあ」

 

◆♀◆ 14、女勇者は、裏切れない ◆♂◆

 

「“カンムリウミスズメ”の艦長は、昔から、私に良くしてくれた」

 

 レーネはそう言って、海辺の岩に座った。

 サンキューの背後に広がる海を見つめる。夕暮れの海は、暗い。そこに沈んでいった者どもを、目で見ることはできない。

 

「その乗組員の奥さんに、『アンタのせいで!』って怒鳴られた」

「なぜ?」

「この前の海戦で、ウミスズメの乗組員は、何十人も死んだ。海賊と、魔王軍のせいでな」

「・・・なぜ、あなたが罵られるのです?」

「私が自分の手柄に夢中になって、僚艦(りょうかん)を守らなかったからだ──そうだ」

「八つ当たりじゃないですか」

「・・・。」レーネはため息をついた。「セイレーンはさ、船乗りを殺すそうだな」

「はい」

「歌で誘惑し、海に飛び込ませる。死に際にその精を搾り取って、タマゴにかけるとか」

「そんな感じですね。受精に使う以外に、遊びで殺したりもしますけど」

「サンk・・・!」

 リーモが絶句する。

 その手を、レーネが捕まえた。右手でハイエルフの華奢な肩を抱いて、自分の右隣に座らせる。

「サンキュー」

「はい?」

「リーモのおっ父は、元・船乗りだ」

「・・・。」

 沈黙するサンキュー。

 レーネ、見つめる。

「サンキュー」

「はい」

「私は、裏切れない」

「・・・ナダラカンは、そんなにいい土地ですか?」

「生者には、クズもいるさ。だが、祖国を守って戦死した方々は。──女勇者は、英霊を裏切れない」

 レーネ。

 水色にキラキラ光る瞳で、サンキューを見つめる。

「サンキュー?」

「はい」

「おまえが、裏切れよ」

「は?」

「魔王を裏切って、自由になれ。恐怖を払って、私たちのところへおいで」

「・・・。」

 

 しばらく、波の音がつづいた。

 

「以上かな」

「そうですね」サンキュー、うなずく。「──ところで、ひとつ、お訊きしたいのですが」

「なんだい?」

「魔王陛下は、ナダラカンが全滅すれば、あなたは自分のモノになる、とお考えです」

「は?」

「陛下いわく、『力を持ち、他人に頼る必要がない者は、そうなる』と」

「ならんが?」

「でしょうね。けど、あなたなら、陛下の言いたいこともわかるかも? と思いまして」

「・・・、・・・。」レーネは左右に首を傾げてから、「みんな殺してしまおうか、と思ったことはある」

「レーネ」「レーネさん」

「子供のときだよ? そしたらスッキリするのかな、ってね。子供は、幼稚だから」

「幼稚・・・」

「私からも、ひとついいか?」

「ええ」

「おまえ、なんで治癒術使えんの? ずっと不思議だったんだ」

「あ、それはですね。ちょっとしたお話があるんですよ」

 サンキューは、力強く立ち泳ぎをしつつ、こんな話をした・・・

 

 「あれは、私が成魚になる前のことでした。

  海を漂流する人間の子供を見つけて、拾ってきたのは。

 

  可愛い子でした。

  妖精の山羊のお乳をあげたら、ガブガブ呑んで。

 

  ・・・元気になったら、どっか行っちゃいましたけども。

 

  治癒術を授かったのは、その後のことでした。

  『よくぞ助けてくれた』と訊ねて来た、ハイエルフの女によって」

 

「なんだそりゃ。ハイエルフの女? 魔王の島に?」

「ええ」

「名は?」

「知りません。『秘密やえ』って」

「いつの話だ。子供はどうなった? 妖精の山羊ってなんだ?」

「そんな根掘り葉掘り訊かれたら、『ひとつ』って言えませんねえ」サンキューは笑った。「デートして頂ければ・・・」

 

 しばし、波の音。

 

「・・・じゃ、秘密のまんまですね」

 サンキューはぴたっと静止した。

 いままでぐいんぐいんと楽しそうに立ち泳ぎしとったのを、ほぼ静止に切り替えたんである。

「陛下には、拒否されましたと伝えます。では──」

「いや、伝えなくていいぞ?」

「はい?」

「というか、さ」レーネはニヤッと笑った。「逃がすと思ってんのか? 間諜を」

「!!!」

 サンキュー、銀魚のように翻った! 電光石火! 逃げる姿は海中の稲妻のごとし!

 ──だがレーネはさらに速い!

 

《我が手中なり!》

 

 ドッ・・・・・・・・・パアアアン!!!

 

 波打ち際が、爆発した。

 白い爆炎となって海水が立ち上り、礫(つぶて)となって砂が飛散した。

 リーモの顔にも、ビシバシ砂がブチ当たった。「いていて。いてっ」

 波が押し寄せ、リーモはかっさらわれる。レーネがびっくりするような力で引っ掴んで、引き戻してくれた。

「あっはっは! ついにとっちめてやったぞ、おサカナァ!」

 レーネの笑い声に、リーモはグッタリしながら顔をあげた。

 すると。

 

 ──波打ち際に、岩の牢が立ち上がっておるではないか!

 

 高さ3尋(3人分)はあろうかという、岩の柱! が、密集! もんのすごくぶっとい鉄格子──ならぬ、岩格子となる!

 その岩格子に囲まれた狭い狭い空間に、縦になった人魚が入っておる!

「キュー・・・」

 筒に入ったウナギのごとし! 縦長になって、目を回しておる!

 

「あーあ、サンキュー」

「かわいそうとか言うなよ?」レーネがリーモを立ち上がらせてくれた。「おまえだぞ? 完全に騙されてさ」

「・・・いや、俺は男だから」

「オンナのハダカには弱いもんね?」

「そういう意味じゃなくて!」

 弱いけどね! いまもちょっと、サンキューの胸布がズレて、白いおっぱいぷるーんっってなってんの、こっそり見て──

「さて、」

「うわー」目ふさがれた。なんも見えん。おっぱいがー。

「ガンバットリャンニさま! お願いします」

「ヨスベリューサニェーよ、承った(うけたまわった)!」

 レーネの声に、ガンバ率いる戦士どもがワラワラと浜辺に降りてきた。

 

 レーネとガンバは、サンキューの裏切りを予見しとったんである。

 

 ちなみに、セイレーンの美女が縄で縛られる姿は、なかなかエロチックだったという。

 ま、リーモは目ふさがれてて、何も見れなかったんだけどね!

 

「・・・。」

「・・・。」

 帰り道。

 無言で歩くレーネとリーモ。の背後から、声がした。「言わんで正解やったに」

 リーモ、振り向く。

 ふわ~ん・・・いつもの姿のユークラネーさま、浮かんでいらっしゃる。

「言わんでって、なにを?」

「リーモについて、真実を隠したに」

「?」

「なんで忘れとるんかに!」

「私の部屋でしゃべったときの?」とレーネ。「リーモが、正体しゃべったとき」

「いかにも」

「なんか隠したっけ」

「阿呆」

「ひど」

「あれですよね? あんたの男の身体はどこにあるの? とか。放っといて大丈夫なの? とか」

「いかにも」

「あー・・・」リーモ、思い出す。そして、落ち込む。「サンキュー・・・俺のこと、調べてたのか・・・」

「さあね」

「あ、サンキューって言えば、さっきの話のハイエルフって、女神さま?」

「なにがえ」

「なんで忘れたんかに!」リーモ、パクった。

「サンキューの昔話だよな? ハイエルフの女が、魔王の島に現われたっていう」

「そうそれ」

「私は治癒術使えんて言うたに」

「あ、そっか。じゃあ誰だろ?」

「わかんないよ。あの話だけじゃ」

「そっか」

「太陽の治癒術をポンと授けたのなら、人間ではなさそうだけどね」

「──さて、話を戻すが」

「あい」「はい」

「かつては言わんで良かったこと、いまは言うべし」

 勇気の女神さま、御告げになられる。

「リーモ。そなたには、重大な弱点があるのえ」

 

◆♀◆ 15、リーモの弱点 ◆♂◆

 

「俺の、弱点?」

「元に戻れば死ぬる、っちゅうのは、何度も言うたが、」

「うん」

「元の姿に戻ってまうきっかけ、3つあり」

「3つもあんの?」弱点多すぎない? リーモはびびった。

 

「──ひとつ。この私、ユークラネーが、そなたを元に戻す場合」

「戻さないでね。・・・いまは」

「当然え」

「なら大丈夫だ」とリーモ。

「これは弱点じゃないね」レーネもうなずく。

 

「──ふたつ。私とそなたの結びが解けた場合」

「むすびがとける」

「過日(かじつ)、サクラーネが言うたように、そなたが巫女でなくなるなど」

「処女でないとダメってことですか?」とレーネ。

「いや。結婚して、巫女を降りるっちゅうような場合やえ」

「・・・俺、結婚したいんだけど」

「ま、まあ、いますぐに弱点になるわけでは、ね?」レーネ、顔赤い。

「うむ。弱点は、最後にあり」

「ゴクリ」リーモは緊張した。

 

「──みっつ。《声》によって、強制的に解除される場合」

「《声》?」レーネが反応した。「・・・まさか、私にもできる?」

「うむ」

「あ、やめて、考えちゃう」レーネ、慌てる。「寝ぼけて唱えたら大変だ」

「寝ぼけないでよ!?」

「だって・・・」レーネ、赤くなる。「だって、さぁ。見たいじゃん。・・・オレーのこと」

 2人、見つめ合う。真っ赤になる。

「ごちそうさま」とユークラネーさま。「うっかり唱えた程度で成功はせぬ。ゆえに心配はしておらぬ──そなたについては」

「・・・あ、そうか。魔王!」リーモ、わかった。「サンキューから魔王に伝わったら、危なかったんだ」

「そういうことえ」

 女神さま、うなずく。

「彼の(かの)おサカナを逃がさなんだこと、まことお手柄(おてがら)。また、我も手柄と、自画自賛するものなり」

「我ノ手柄エ~!」小っちゃい茶色い女神さま、飛び出して御降臨。「我ガ言イナ言ウタニ! 我ヲ讃エヨ!」

「あ、サクラーネさま」

「勝手に出て来なえ」

「何エ! 本体ヤカラテ横暴ナリ!」

「やかましえ。聞き取りづらし。──はい」

「ワー・・・ーオ?」サクラーネさま、ふくらんだ。「ふう! 夜の星空!」

「ラモリマイ、そなたもお出で」

「はい。どーも、こんばんは」

 巻き毛のおっぱいでっかい女神さまも御降臨。ユークラネーさまの双肩に、2柱、並び立つ。

「リーモの弱点についてやが、」と『策略』のサクラーネさま。「囮として利用することを提案する」

「却下です」とレーネ。

「オンサレーンを治せばいいわけですよね?」巻き毛のラモリマイさま。「おサカナ娘に治癒をさせては」

「サンキューは、致命傷は手に負えないみたいですよ」

「うむ。私の知識から言うても、太陽の治癒術では間に合うまい」

「治す方法、なし──っちゅうことかに?」とサクラーネさま。

「いまのところは」

 

 沈黙。

 

「あー・・・」リーモ、ため息つく。「結婚したい」

「なんとしても、治しましょう! オンサレーンを!」

「ラモリマイ。えらい乗り気やに?」

「村の女神ですから、サクラーネさま。若い男女の結びつきこそ、村の生命です!」

「うむ。なんとかすべし」

「どうしたらいいの?」

「自分でなんとかすべし」

「わかんないんだ」

「やかましえ」

「なんとかしよう」レーネが言った。「なんとかする。してみせる」

「レーネがんばれ!」リーモ、ふざける。頭叩かれた。「あいて。いて。いて。いたっ。──ラモリマイさままで!?」

 

 弱点を抱えたまま、宿に戻るリーモであった。

 

◆♀◆ 16、ミガシナンショの反乱軍  ◆♂◆

 

 ──その夜から、しばらく経って。

 

「嵐の日は来たり!」

 

 明け方の、ミガシナンショ沖。暗雲迫る沿岸にて。

 集結したガレー艦に、1人の男が演説をぶっていた。

 彼の名は、カボンゴチデル・アワイランバ。

 処刑されたワイロンバの兄であり、ナダラカンの海軍大将である。──であった。

 弟の処刑が確定すると、アワイランバは即座に父の領地ミガシナンショへ逃げ戻った。そして、反乱の準備を進めてきたのだ。

 

「この嵐によって、

 ナダラカンの領主も魔王も消える!

 我が弟ワイロンバの屈辱は晴らされ、

 新たな王が現われるであろう!」

 

「新王!」「新王!」ガレー艦の戦士どもが喝采する。

「ゆくぞ!」

 新王を気取るアワイランバ。金の王笏を明けの空にかざして、吼えた(ほえた)。

「錨を上げよ! 櫂を取れ! この海に、ミガシナンショの名を叫べ!」

 

 大型ガレー3艦。小型ガレー7艦。

 ナダラカンを上回る規模の艦隊で、滑るように走り始める。

 

 ──だが、この反乱軍。

 その未来は、明るいものではなかったのだ。

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