勇気の女神にオンナにされた   作:min(みならい)

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最後の戦い、『仲間』のユークラネー

◆♀◆ 22、サンキュー、避難する ◆♂◆

 

《集まれ、集まれ、集まれ・・・》

 

「むむ?」

 塔の中y。

 幽閉中のピンク髪の美女。

 セイレーンの女魔将、サンキュッシニーモさん。《声》に敏感な才能を持つ。

 いち早く聞きつけ、異変を悟る。

「陛下? 一体、なにを?」

 

 カンカンカンカン・・・! 早鐘(はやがね)の音。

 

「津波だー」「津波が来るぞァ」「逃げろー」「うわー」

 人間たちの悲鳴。

「なんだ、あれは!?」「山だ」「海だ」「高波だ」「いや、あれは、海の山!」

 

「なんですって! 津波? 海の山?」

 サンキュー、跳び上がる。

「ナダラカンを滅ぼすおつもりだ! どうしよう?」

 で、座り直す。

「・・・いや、どうしようもないですね。私では」

「閣下。セイラッキルーネ・サンキュッシニーモ閣下!」

 どんどんどん! 入り口がノックされた。

「あ、はい。はーい」

「高波の恐れがございます。避難の案内にまいりました。開けてもよろしいですか?」

「はいはい。どうぞ」

 外で閂外す音がして、ギィー・・・。扉が開いた。

 水浴び担当してくれた女中と、護衛らしき戦士が2人。「さあ、お早く!」とサンキューをうながす。

「はい。──あっと、お茶!」

 リーモの差し入れを掴んで、サンキューは塔を出た。

「荷物はお預かりします」と護衛。

「あ、はい」サンキュー、お茶を手渡した。

 女中の案内で──なんと、領主館の中に、駆け込むことになる。

「入ってもよろしいので?」

「はい。領主の指示です。それに、ヨスベリューサニェーさまからも、貴人の捕虜として扱って頂きたいと」

「レーネさんが・・・」

 螺旋階段(らせんかいだん)で、3階へ。そこからは、はしごを登って、屋上へ出る。

 屋上。戦士と女中に囲まれて、ナダラカン領主の姿があった。

「セイラッキルーネ閣下」

「御高配(ごこうはい)感謝いたします。ナダラカンミナッチョメル・マジリャントコ閣下」

「うむ」と領主閣下。「取り急ぎ、お伺いしたい。──あれをどう思われる」

 

 指差されたのは、青い海──にそびえ立つ、山であった。

 陽光に照り映え、キラキラと輝くそれは、まさに、海の山。

 ナダラカンミナットの背後にそびえる小さな山々よりも高く、裾野も広い、堂々たる山であった。

 

《集まれ、集まれ、集まれ・・・》

 

「・・・魔王陛下の《声》ですね」

「津波を起こすつもりか」

「はい。おそらくは」

 領主は首を振り、戦士たちと相談を始めた。

 サンキューは周囲を見回す。市内は、大混乱であった。

 

「もうだめだー!」「ナダラカンは、おしまいだ」「誰だよ! 魔王を怒らせたのは」

 

「私ですかねー・・・?」

 サンキューは、ぺちん、ぱちん、と自分の太腿を叩いた。

「3日後って、お願いしたじゃないですか? 今日まだ2日目ですよ。勘弁してくださいよ、陛下・・・」

 

 自分が楽しく水浴びしとったせいで魔王がキレたとは、つゆ知らぬサンキューであった。

 

◆♀◆ 23、ガンバ危機一髪! 黄金マント、助太刀す ◆♂◆

 

《集まれ、高まれ。偉大なるもの、大海よ。陸(おか)を丸呑み、生まれたままの姿となれ・・・》

 

 リーモたちは、その様子を間近で見ていた。

 高い頂きの影が、いま、旗艦“アホウドリ”を呑み込むところだ──はい、呑み込まれました。

 『海の山』の不気味な影に、アホウドリがすっぽりと入ってしもうたのだ。午後高い陽光がさえぎられ、フッ・・・と、周囲が涼しくなる。

 リーモは、ハイエルフの瞳で、じーっと波の頂点を見つめた。「・・・なんかいる」

「船だな。巫女さん、パンツはきな」

「あ、うん」

 リーモ、手に持っとったパンツはく。船が揺れてうまくはけん。

 改めて海の山の頂きを見る。確かに船も浮かんでおるが・・・

「ちがう。船じゃない。その手前。黒いやつ」

「手前ですか?」「なんも見えんが」「おい見張り、わかるか」「わかりません」「エルフは目がいいな」

「えっと」

 パンツはいたリーモ。シャツとパンツだけの、寝起きの子供みたいな姿のまま、目をこらして・・・

「見たことある。馬だ。──魔王の馬だ!」

「なんだと?」

「魔王だ! 魔王がいる。ガンバ! ガンバを呼び戻して!」

 

「なかなかやるな、ガンバットリャンニ殿下!」

「そちらこそ、アワイランバ閣下!」

 ガンバは、戦闘中であった。

 揺れる“エトピリカⅡ世”の甲板で、反乱軍首領アワイランバと、槍で刺し合っておる。

 ガンバは右肩の鎧を破られ、腕に血を垂らしていた。

 アワイランバには、怪我はない。だが、槍を失っていた。ガンバに盾を合わされて、へし折れたのだ。いまは剣を抜いておるが、攻めあぐねておる。リーチで槍に負けるためである。

「急がねば、失血死なさいますぞ?」とアワイランバ。

「ご丁寧に。かすり傷だよ」とガンバ。

 彼らの隣では、ジナグンコ艦長が年老いた副官クドコットーを殺し、老人の頭から兜を奪っておった。が、ふと顔を起こし、周囲を見て、あっと叫び声を上げた。

「若殿! 海に異変あり。船にお戻り下され!」

「なに?」

 ガンバ、一瞬だけ周囲を見る。海の山が、やっと視界に入った。

「魔王か!?」

「気付いておらんかったのか?」アワイランバが笑った。「やけに勇敢だと思ったら、周囲が見えとらんだけか」

「・・・そうおっしゃる閣下は、退却せんのかね?」

「せん。できぬ」アワイランバは剣を振りかぶった。「ナダラカン王の首を取らぬ限り、我が軍に明日はない!」

「──よくわかっていらっしゃる!」

 両雄は激突した。

 ガンバは槍でアワイランバの腹を貫いた。だが、アワイランバは死に物狂いで一歩踏み込み、剣で激しくガンバの頭を叩いた。兜が凹み、ガンバはのけぞる。

「首を・・・取れィ!!!」

 アワイランバの叫びに、ミガシナンショの戦士が動く。ガンバを取り囲み、槍で刺し殺そうとする。

 ジナグンコ艦長が、慌てて守りに入った。近くにいたナダラカン海兵も駆け寄ってきた。立ったまま意識を失っとるらしいガンバを、敵の槍から守る。だが、次々に敵が集まってくる。囲みが二重、三重と厚くなってゆく・・・。

「これはしたり。艦に戻るどころではない!」ジナグンコ艦長、悔しがる。「なんでまた、私は敵艦に飛び乗ったりしたのだ」

「巫女さまの力でしょう」戦士の1人が言った。「私も、つい今まで、敵しか目に入らなんだ」

「おお! なんたる力か。おかげでまずいことになった」

 ジナグンコ艦長が、手に持つ槍でなんとか敵の槍をさばいた、そのときであった。

 陽色(ひいろ)のマント着けた戦士たちが、エトピリカⅡ世に飛び込んで来たのは。

「ガンバットリャンニさま! 我ら太陽の兄弟、助太刀いたす!」

「ヤマガラスか。助かる!」ジナグンコ艦長、叫ぶ。「若殿を! 頭を打たれ、危険な状態だ」

「かしこまりました! ──兄弟、依頼主をお守りせよ!」

 

 陽色のマントの戦士たち。

 太陽神殿の、修道騎士である。

 修道僧にして騎士。神殿と信者の守り手。今日は、小型ガレー“ヤマガラス”の戦闘要員である。

 ヤマガラスは、太陽の神殿が所有するガレーであった。ふだんは商船の護衛をやっておるが、太陽神殿の信者であれば、誰でもヤマガラスに護衛を依頼することができた。もちろん、金はかかるけれども。

 ガンバは太陽の信者である。私財を投入して、ヤマガラスを雇ったのだ。

 『雇ってよかった・・・』とは、後日、ガンバのつぶやきであった。

 

 黄金に輝くマントをひるがえし、太陽の騎士が囲みに突っ込む。

 装備の軽い水兵を弾き飛ばす。同格の重装した敵には、盾をぶつけて接近戦を挑む。

 黄金マントの武器は、長剣と、予備の小剣である。まずは長剣で戦い、盾同士がぶつかる接近戦になったら小剣を抜く。そして、至近距離でもつれながら、小剣で突き刺す──という戦法である。なんにせよ、後ろには下がらぬ。前進あるのみの攻撃的な歩兵である。

 黄金マントが、ズンズン前進する。

 囲みが破れた。

 陽色の幕がガンバとジナグンコ艦長を包み、アホウドリの翼の下へと、連れ戻す。

「待てィ・・・! ナダラカンの、首・・・置いてゆけ!」アワイランバが叫ぶが、

「置くは、そなたの首じゃ!」

 黄金マントの隊長が、一反の絹のごとくなめらかな斬撃を放った。

 

 ──反乱軍の首が落ちる。

 ミガシナンショの反乱は、ここに潰えた(ついえた)。

 

「ガンバ!」

 フラフラになって戻ってきたガンバを見て、リーモはびっくりした。

 黄金マントが手のひらをかざし、陽光のような輝きを発して、ガンバを癒やす。傷口がふさがり、血が止まった。──だが、リーモの胸は嫌な感じにドキドキしたままであった。

「もう大丈夫ですぞ。勇気の巫女よ」

「う、うん」

「・・・どうなっている?」

 甲板に寝かされたガンバ。リーモを見て訊ねてくる。

「えっと、」リーモ、ためらう。

「考えなくていい。知ってることを全部言ってくれ」

「あい。あの海の山、てっぺんに、魔王が見える」

「なんだと・・・!」

 

《集まれ、集まれ、集まれ・・・》

 

「ああ。聞こえた。魔王の声だ」ガンバがうめいた。「いかん! レーネは、女勇者はまだか?」

「・・・。」西の海を見張る水兵は、何も答えない。

「ナダラカンを消すつもりなのか、魔王は」

「・・・。」

 リーモは何も言えなかった。あの海の山がナダラカンを呑み込んだら、おっ父は、おっ母は、ニモは・・・。

 戦士たちも同じであったろう。誰も、答えることはできなんだ。

 

 海戦は止まった。

 反乱軍は抵抗をやめ、ミガシナンショへ退却を始める。海賊の大型ガレー“マダラエイ”も、片目の船長を失って逃げに転じている。

 停船を命じる立場のナダラカンには、追いかける余力がない。

 

「一体、どうすればよいのだ・・・」

 ガンバがそうつぶやいた。

 まるで、それに答えるように。

 

《集まりはせぬ! 海は、魔王の仲間にあらず!》

 

 勇者の《声》が、響き渡ったのであった。

 

◆♀◆ 24、山に挑む ◆♂◆

 

「西に、カンムリウミスズメ!」

 西の海に、小型ガレーの船影あり。

 船首に首をもたげる像は、可愛らしい頭した──カンムリウミスズメ!

 その像のそばに立つ女の姿を、リーモは見たと思った。実際には、水平線にかすむほどの距離であったが──

「レーネ!」

 

《集まれ、集まれ・・・》

《集まりはせぬ。海は、なだらかなり》

 

 大きな山の頂上に小さく立つ女魔王。水平線の彼方に小さく立つ女勇者。

 いずれも豆粒ほどの大きさなのに、その《声》は鳴り響く。

 レーネは何をしとるのか?

 リーモは、勇者の意図を理解しようとした。

 愛しの勇者が、やりそうなこと。当然、津波の対処だろう!

 ──では、岩を出してナダラカンを守らないのは、なぜか?

『できたら、やっている!』というレーネの声が聞こえたような気がした。

 そうだ。それが答えだろう。

 いまのレーネの位置からでは、これしかできないのだ。

 ふつうの声では届かない。だが鳴り響く《声》ならば、なんとか届くので・・・

 

「がんばれってことだ」リーモは結論を出した。「レーネ、『私が行くまでがんばれ』って言ってる」

「いや、だが、」ガンバは冷や汗をかいておる。「どうやって?」

「──できることをするんだ!」

 リーモは立ち上がった。恐ろしい海の山に背中を向け、海の戦士たちを見て、両手を上げた。

 

《やれることをする!》

 

 なんかよくわからん言葉を唱える。

 これまた、鳴り響く声となって、波の上を駆け抜けた。

 なぜ自分に《声》が使えるのか。リーモにもよくわからん。だがいいじゃないか! 使えるんだから、使ってやろう!

 レーネにも届いたのであろう。打ち返すようにレーネの声が聞こえてきた。

 

《我らの海は、なだらかなり。魔王の支配に屈しはせぬ》

《集まれ、集まれ、集まれ・・・》

《みんな、やろう!》

 

 3者の声が響き渡る。

 海の山は・・・盛り上がる速度が、低下したようであった。相変わらず、大きくはなっておる。だがその速度はジワジワとしたものに変わり、急速なものではなくなった。海を渡る影の速度からも、そのことがわかった。影の足が、遅くなっておるのだ。

「そうだ。いま、ここには、我らしか居らぬ。我らがやるのだ」

 ガンバが立ち上がった。艦長席に掴まって立ち、リーモに支えられながら、指示を出す。

「艦長。時間を稼ぎたい。ナダラカンのために」

「はい」

「この艦で、魔王に接近してもらえまいか」

「強く反対いたします」ジナグンコ艦長はきっぱりと言った。「御身を乗せた艦に、特攻的な戦術を取らせることは、できませぬ」

「私が行けば、ヤマガラスも来てくれるからだ」

「若殿は負傷しておられる。退避してください。さすれば、アホウドリは期待に応えましょう」

「司令官として命じてもか?」

「そうなさるなら、こちらは負傷者の後送を命じるまでです」

「む!」

 ガンバと艦長が睨み合う。

 そこに、小型艦から黄金マントの隊長が飛び乗ってきた。「献策(けんさく)がござる!」

「聞こう。レッケンサーニ兄者」とガンバ。

「はい」黄金マント隊長は頭を下げた。

「・・・お兄なの?」小声でリーモ。

「・・・レッケンサーニ殿は、若殿と勇者の師匠ですよ。剣術のね」小声で漕ぎ手。

「若殿は退避なさり、我らはアホウドリに乗せて頂く。これでいかがか」

「護衛任務の範囲ではなかろう」

「問題ござらん。依頼主が安全に退却するための、妥当な作戦でござる」

 黄金マントのレッケンサーニは、兜を取った。ツルピカの頭がまぶしく光った。黒々とした髭とまことに対照的である。

「御身は、我らが姉者・ヨスベリューサニェーと連絡をし、指揮を継続されたし」

「・・・姉者」

「・・・太陽の勇者ですからね」

「わかった」

 ガンバは決断した。

「お二人が正しい。私は、勇者の元へ急ぐとしよう」

「かしこまりました。──ウミネコを呼べ! 現状、あれがいちばん速いはず」

 

 人員が移動し、ナダラカン艦隊は西へ漕ぎ出した。カンムリウミスズメと合流するためである。

 リーモは残った。『勇気を授ける』必要があると思ったからだ。

 

「巫女さん、浮き、つけときな」力強く漕ぎながら、水兵が言うてくれた。

「それが、壊れちゃってね」リーモは“片目”に斬られた竹筒アーマーを見せる。「一応泳げるから、大丈夫」

「山へ登れ!」艦長が指示を出した。「目標は、魔王である!」

 アホウドリは翼を広げた。

「どのへんまで登れますかな」と、黄金マントのレッケンサーニ。「距離によっては、我ら、飛び込みまするが」

「さて・・・」とジナグンコ艦長。「見た目よりは登れると、踏んでおりますが」

「ほう?」

「何しろ、魔王陛下が吸い寄せておいでですので」

 艦長は海面を示した。

 たしかに。

 海全体が、魔王のほうへ、山の頂へと、流れておる。重力に逆らって! 水が逆流しておるのだ!

 船も動いておるため、リーモにはわからなんだが、海の男には感覚的にわかったんであろう。この海は、自然ではないと。

 

 やがて海の山の麓にたどり着いたとき、海の男の勘は証明された。

 アホウドリは、まるで本当の海鳥のように、するすると山肌を登り始めたんである。

 

◆♀◆ 25、リーモ、孤立する ◆♂◆

 

<生意気な>

 シャチの魔将──シャチマキラーニ・ゴロックロッジが、不協和音を鳴らした。

<奴ら、ここまで来るつもりだぞ>

「・・・うむ」

 魔王クレッヂマネーは、詠唱を一時中断し、魔将に答えた。

「中腹までは来れよう。だが、脅威ではない」

<例の巫女が乗っておるが>

「幽霊艦を当てる。ゴロックロッジ。そなたらには、リーモをさらってもらいたい」

<よかろう>

「殺すなよ」

<・・・よかろう。部下にやらす>

「誰でもよい。だが殺すな。リーモを殺した者は、その場で殺す」

<ふん。気まぐれなことだ>

 魔王は下界を見下ろし、詠唱に戻る──前に、こうつぶやいた。

「詠唱相殺か。リーアーニャ。成長したな」

 

《集まれ、集まれ、集まれ・・・》

 

 シャチどもが、幽霊艦“エトピリカ”が、動き始めた。

 海の山の頂上から、スロープへ・・・船首を落とした、その途端、加速がついて、滑り始める。

 頂上へと向かい来る上がり波。その波頭を蹴散らして、エトピリカとシャチは滑り下りる。その姿は、まるで春の日の雪崩(なだれ)のごとし! あたたかい日差しにゆるんだ雪が大きな塊となって斜面を落下してゆく、あたかもそのように、魔王の手先は滑降する!

 大きな大きな海の山も、あっちゅう間である!

 いま山頂にいたかと思うと、すーっと加速しながら九合目あたりを駆け抜けて、さらに加速しながら八合目──と思えば、もう七、六、五・・・風のごとし! 山腹を、舞い降りる!

 四、三、二、アホウドリ!

 

「来るぞ!」

「馬鹿な、正面からぶつける気か!?」

「ひるむな」ジナグンコ艦長が叫んだ。「突撃せよ!」

 

《みんながんばれ!》

 

 リーモの叫びを腹に受け、漕ぎ手は最後の力を振り絞る。圧倒的に速い敵艦に、ただ船首を、アホウドリ像と衝角だけを突きつけようと、最後の瞬間まで左右漕ぎ手の調整をし、真っ直ぐに、突っ込んだ!

 

 アホウドリの衝角は、エトピリカの顔面を捉えた。突撃成功である。

 エトピリカは、失敗した。速度に乗りすぎ、スキップするように船がバウンドしておったせいである。船首が沈んだときに接触してしまい、衝角が空振りしたのだ。

 だが、速度では圧倒的にエトピリカが上である。

 アホウドリは押し戻された。船尾が宙に浮き、漕ぎ手も戦闘要員も、ハネ上げられた・・・

 

 リーモには、なにが起こったのかわからなんだ。

 激突直後、アホウドリが後ろへすっ飛んでゆき、自分は空を飛んでおった──そんな感じである。

 どうやら自分の船を飛び越して、敵船に突っ込んだらしい。気付くと、裸になっておった。

「ありゃ。また素っパダカだ」

「うむ。重傷やったえ」ふわ~ん。背後に浮かぶ、勇気の女神ユークラネーさま。

「いつもありがと」

「かまわぬ。早う立ちゃれ。ここ、敵艦え」

「え?」

 立ち上がるリーモ。ハダカの股間を、海の風が駆け抜ける。寒。オンナの股間、風通し良すぎである。

 前方に骸骨兵。棍棒を構えておる。後方に骸骨兵。槍を構えておる。左に骸骨兵・・・

「・・・なんでこいつら、死んでないの?」

「さて? 針金でも入っとるんちゃうかに?」

 前に骸骨兵。後ろに骸骨兵。左に骸骨兵。右には舷側。

「えっと・・・服着るまで、待ってもらえないかな?」

 頼んでみる。

「ガンバに聞いたんだけどね。エトピリカって、元はナダラカンの──ミガシナンショの船なんでしょ? 元仲間ってことで」

 骸骨兵、反応せぬ。リーモに武器を突きつけておる。

「言うこと聞いてくれないんだけど!」

「こやつらに、説得は利かぬ」と、ユークラネーさま。

「なんで?」

「魔王の恐怖の術に縛られておるゆえ」

「恐怖の術・・・あ、じゃあ、もしかして、」

 リーモ。思いついて、やってみた。

 

《魔王に負けるな! 骸骨兵、がんばれ!》

 

 すると。

 骸骨兵たちの背筋が、すうっ・・・と、伸びた。

「利いた?」

 リーモ、希望を感じる。

 なんか、骸骨兵の雰囲気が変わった。武器を下げてくれた。リーモが動いても、手出しして来ぬ。見送ってくれる感じ!

 アホウドリに戻れるかもわからん!

 ──ところがである。

 ここでエトピリカが、また、バウン・・・! と、バウンドした。

「うっ?」

 

 舷側ギリギリに立っとったリーモ。

 ぽーんとハネ上げられ、白くて柔らかなお尻を舷側にぶつけ、引っくり返って、落っこちた!

 

 どぼーん!

 

<落ちたぞ>

<俺がもらった>

 2頭のシャチがリーモに迫る。

<殺すなと言われたぞ>

<任せておけ。遊ぶのは得意だ>

 流れる海を泳ぎ下り、リーモの白い両足を、呑み込むように、ぱくっと咥えた。水中で振り向いたリーモが、恐怖に凍りつく。

 シャチは笑った。舌でリーモの下半身を舐め回す。獲物はガボッと空気を吐き出して、死に物狂いで暴れ始めた。

<おっと、いかん。歯が刺さる>

<溺れ死ぬぞ>

<大丈夫だ。人間はな、腹を殴ってやれば蘇生する。何度か試したので、間違いない>

<人間を助けたのか>

<ちゃんと殺したとも>

 2頭のシャチは会話しながら、魔王の元へ、リーモを連れ帰った。

 

<まずい。手出しできぬ>

<これはまずいですね>

 勇気の女神と村の女神。ユークラネーさまと、ラモリマイさま。

 シャチを追って空中を飛ぶ。

 ユークラネーさまの黒髪がたなびく。ラモリマイさまの茶色の巻き毛がフワンフワンする。それほどの速度であった。

 ついては行けるのだが──

<ユークラネーさまの秘術でも・・・>

<他の生き物が重なっておると、予期せぬ事態になりかねぬ。シャチが居っては>

 ──打つ手がない。

<ラモリマイ、そなたは村に戻っておれ>

<村に?>

<うむ。ラモリモンラの神像に。魔王の前で、そなたを守る余裕はない>

<・・・かしこまりました。ユークラネーさま。我が姉とも慕う御身が、リーモとともに勝利を収められますよう>

<うむ。我はともかく、オレーには勝利を掴ませる>

 ラモリマイさま、消える。

<実に困った>ユークラネーさま、眉寄せる。<こなときに、あのうるさい『策略』が居らぬ。ままならぬものやえ!>

 

 アホウドリは、エトピリカもろとも、後方へ。海の山を滑り落ちてゆく。

 リーモは、完全に孤立したのであった。

 

◆♀◆ 26、リーモ、魔王に捕まる ◆♂◆

 

「だめか!」

 アホウドリが滑り落ちる光景を見て、ガンバが悔しがった。

「いや、だめじゃない!」レーネが励ます。「幽霊艦という手札を切らせた」

 小型艦“ウミネコ”と“カンムリウミガラス”。

 互いの櫂が触れるほどの距離で並走しながら、素早く作戦を立て直しておる。

 ウミネコには、ガンバ。カンムリウミガラスには、レーネと、ダークエルフの巫女・チャーネが乗っておる。

「このまま行く!」

「津波は消せんのだな!」

「無理! 魔王は、私の《声》を知っているから・・・」

「我に策あり」チャーネの背後に、『策略』のサクラーネさま、御降臨である。「《声》を乗っとる。そなたならば、できるはず」

「・・・やってみる! 期待はするな!」

「わかった!」ガンバは、舷側を強く掴んだ。「レーネ。私の親友よ。魔王は任せたぞ!」

「ああ!」レーネはうなずく。手を振った。「勇者の仕事だ」

 ウミネコは航路を変え、左手に見えるナダラカンミナットへ。

 カンムリウミスズメは、黙々と漕いで、海の山を目指す。その速度に、かつてのキレはない。乗り手が大量に死んだため、練度が落ちておるのだ。また、船尾に大きなものを乗せておるせいでもあった。

 船尾。帆布に包まれた、幅・高さ2尋(ひろ)ほどの、なにか。その重量が船を沈ませ、船足を落としておる。

「・・・先輩は、大丈夫でしょうか」チャーネが心配した。

「リーモは大丈夫さ」レーネがほほえむ。「チャーネはどう?」

「あ、はい。ウチは。船酔いしたらアカンからって、先輩が『勇気を授ける』してくれて」

「そうか。ふふ」レーネはほほえんだ。「早く合流しよう。3人揃えば、魔王にひと泡ふかせてやれる」

「はい!」

 

 ──だが。リーモと2人の合流は、もはや叶わぬ(かなわぬ)運命だったのだ。

 

<連れて来たぞ>

 2頭のシャチが、魔王の足元──魔王の乗る黒馬の足元に浮かび上がった。

 魔王はそちらを見て、イラゥとした顔になる。「殺したら、殺すと言ったぞ」

<腹を殴れば蘇生する>

「しなければ、おまえを殺す」

<やってみろ。ハハハ>

 魔王は馬を降り、リーモを受け取った。腹に腕を回し、強く絞り上げる。

「げぼげぼ」リーモが水を吐いた。「ごぼごぼごぼ」

<どうだ。言った通りだろう>

「・・・よかろう」

 魔王はリーモを馬に乗せた。自分もヒラリとまたがる。

 うつ伏せにされたリーモ。その白い裸身を、女魔王はニンマリと眺めた。欲望を抑えられんのは魔王の悪癖である。小さなお尻を撫で回し、瑞々しい肌の感触にさらにニンマリする。

「うう・・・」リーモが目を覚ました。魔王を見上げる。「・・・うわ」

「久しぶりだな。リーモ。勇気の女神を捨てる気になったか?」

「ならないぞ」

 リーモは素っパダカで、お尻を撫で回されながら、答えた。

「俺は、レーネの仲間だから。レーネをひとりにはしない」

「ほう?」

「撫でるの、やめてくれない?」

「やめぬ。・・・そうか、なるほど。そなたであったか。リーアーニャを勇者にしたのは」

「は?」

 リーモ、お尻をよじる。魔王の手はついてくる。気持ち悪い・・・。

「レーネは、初めから勇者だよ」

「いいや。あの子は、勇者と魔王の狭間にいた」

「はざま」

「止まりかけのコマのようなもの。いつ止まり、どこへ転がるとも知れぬ・・・」

 ぺち、ぺち。魔王、リーモのお尻を叩く。真面目な会話してるときに痴漢すんのやめてくれないかなぁ、とリーモは思った。

「そのコマに、勢いを与えたのは、そなただ。リーモ」

「レーネはそんなんじゃない」

「いや、そんなんだ」

 魔王は手を止めた。

「あの子の《声》は、我の《声》」

「え?」

「そなたも《声》を使ったであろう。《声》は、伝染するのだ。繋がりがあれば」

「うそだ・・・」

「嘘ではない」

「レーネは、あんたなんかと、繋がってない」

「いいや。繋がっておる。14年前──」

 魔王はリーモの耳元に唇を寄せて、ささやいた。

「あの子が、海を流されて来たときに。我の《声》が、あの子に伝染したのだ」

 

 カンムリウミスズメが、山の麓にたどり着いた。

 アホウドリとエトピリカが、キスするみたいに船首くっつけて浮かんでおる。ただ、なんか様子がおかしい。

 戦闘の気配がないのだ。

 黄金マントも、海兵も、骸骨兵も──みな、武器を下げて立ち尽くしておる。

「これは一体、どうしたことです?」

「わからぬ」アホウドリのジナグンコ艦長が答えた。「骸骨兵が、停戦(?)したのだ」

「・・・艦長」レーネは、リーモの姿がないことに気付いていた。「勇気の巫女は、いずこ?」

「リーモなら、ここにいる」

 

 魔王の黒馬が現われた。

 爪先だけが銀色の、巨大な黒馬。

 またがる魔王。

 抱きすくめられた、白いヌードのハイエルフ。

 

「リーモを・・・どうするつもりだ」

 リーモの裸体に傷はない。だが、抱き締める魔王の爪は、いつでもその柔肌を切り裂けるのだ。

「そろそろ、宣言したことを実行する頃合いだ」と魔王。

「・・・何の話かな」レーネはとぼけた。

「リーモに確認したが、勇気の女神を捨てる気はないという」

「ないぞ」リーモは青い顔をしつつ、はっきり断った。「俺は、レーネの味方だからな」

「リーモ」

「そこで、勇者よ。そなたに選ばせてやろう」

「なにを」

「そなたが我に屈服するか──ナダラカンもリーモも何もかも失って、我と戦うか」

 魔王は、爪をリーモの首に当てた。

「選べ。いますぐに」

「だめ!」リーモが叫んだ。「こんなヤツと、取引しちゃだめだ!」

「そなたは黙っておれ」

「むぐぐ!」

「・・・ひとつだけ、陛下に見せておきたいものがある」

「時間稼ぎなら付き合わぬ」

「いや、この取引に関わる、重要なことだ」

「この取引に・・・?」

「そうだ。──艦長、像を!」

「幕をお取りせよ!」

「おう!」

 カンムリウミスズメの乗組員が、船尾に乗せたものから、帆布をはがした。

 そこにおわしたのは──全身に海草をまとった、石像であった。

 

 石像!

 ワカメまみれ! 顔も身体も、見分けがつかぬ!

 だが、両手を広げたポーズだけは、はっきりとわかった!

 

「こちらにおわすは、尊い(とうとい)女神の、第三の像!」

 

 レーネの声が、波の上に響き渡る。

 

「『仲間』のユークラネーさま!

 太陽の勇者、『仲間』の巫女、ユリアーニェが、故郷の女神を、ご案内いたした!」

 

◆♀◆ 27、『仲間』のユークラネー ◆♂◆

 

「『仲間』!」魔王が顔を歪めた。「見つけていたのか」

「私の故郷は、この女神さまの御名(みな)を、忘れていた・・・」

 レーネはニヤリとした。

「だが、リーモが見つけてくれたのさ」

 

 あのとき。レーネの故郷ユークランベの岬で、《♪~~~》をやったとき。

 レーネは気付いていたのだ。海底に沈んだ石像に。

 だが、サンキューを疑って、あそこでは何も見つからなかったフリをしたのだ・・・。

 

「長い海水浴やったえ」ワカメまみれの女神さま、ぼやく。

「しぶといやつだ」魔王もぼやく。

「クレッヂマネー。孤独なる魔王よ。まだ生きておったか」

「我もしぶといのでな」

「ふん」ワカメまみれの女神さま、ニヤリとする。「──レーネ」

「はい」

「そなたに任す。好きにやりなえ」

「お任せを」

 レーネ。青い黒髪の若き女勇者。瞳に水色の光を輝かせ、両手を広げて、唱えた。

 

《死を超えて! 我らの感謝を奉る(たてまつる)!

 我ら、あなたの愛しむ子、あなたの死に立つ生者ども!

 御身(おんみ)の守りによって立ち、我らの血筋は弥栄えん(いやさかえん)!》

 

 鳴り響く声に、海が泡立つ。『仲間』のユークラネーの周囲に──

 

《死を超えて! 我らは、祖国の仲間なり!》

 

 ──亡霊たちが、浮かび上がった!

 

 折れた槍、へこんだ兜も痛ましい、ハイエルフの戦士が!

 破れたローブをぶら下げた、ハイエルフの魔術博士が!

 櫂・曲刀、手に持った、船漕ぐ海の男らが!

 

 『仲間』の巫女、ユリアーニェの《声》に、帰ってきた!

 

「ほう?」魔王が感心する。「そなたも、死者を操れるようになったか」

「おまえと一緒にするな」レーネは冷たく応じる。「彼らは英霊。私は勇者──英霊を決して裏切らぬもの」

 

 さらに、幽霊艦エトピリカの骸骨兵が・・・降参(?)という、奇妙な反応を見せておった、骸骨兵が。

 魔王に、武器を向けた!

 

 骸骨兵が裏切った! リーモ、びっくりする。

「リーモが、《勇気を授ける》をやったろ?」

「・・・!」リーモ、しゃべれんが、うなずく。

「あれで、魔王の恐怖の術が解けた。だから、私の《仲間にする》に応えてくれたんだ」

「──この『策略』の巫女が考えたのえ!」チャーネの背後に飛び出すサクラーネさま。

「ほう? そのダークエルフも、巫女か」魔王がマーク。

「こら! 秘密にするって言ったろ!」レーネ怒る。

「我が功績、他人のものにされるのは、我慢ならぬ」

「どっちみち聞こえてないよ! みんなには!」

 レーネの言葉に、生者たちは「?」との表情である。

 ナダラカンの海兵や黄金マントには、神さまの姿は見えとらん。声も聞こえとらんのだ。『策略』さまの自己主張、意味がなかった。

「我が巫女も、『勇気』の仲間やえ」とサクラーネさま。「1人コソコソ隠れたりはせぬ」

 チャーネ。リーモを見つめて、うなずいた。ちょっと震えておるが・・・

「ウチも、お役に立ちます」

 リーモも、うなずいた。チャーネ、えらい! ・・・けど、12歳の女の子を戦場に連れ出すのはどうかと思うんだよね。と、13歳の女の子は思うのであった。

 

「これだから放置できんのだ。ユークラネー」

 魔王はちょっと苛立ちを見せた。

「リーアーニャ、それが答えか。巫女は増えた。リーモだけを殺しても、無駄だと?」

「そうだ」

「確かに。そなたが巫女になってしまってはな」

 魔王、胸元に抱き締めたリーモを見下ろす。

 リーモ、ギョッとして魔王を見上げる。

「では──殺すかわりに、真の姿を見せてもらおうか」

「・・・・・・・・・、」

 リーモはしばし考えて、

「んぐんぐ! んむむむむ!」

 

《しっぽをあらわせ!》

 

 光が、リーモを包み込んだ。

 

◆♀◆ 28、リーモが(ほんとに)死ぬ! ◆♂◆

 

「いかん!」ユークラネーさま(本体)、魔王の背後に現われて叫ぶ。「レーネ、リーモが死ぬ!」

「ユークラネー」魔王が振り向いた。「うかつだな? ──去れ」

 魔王、爪を振る。

 勇気の女神、粉々になって、散った。

「リーモ!」

 レーネが飛ぶ。海に舞い降りる。そして、いままでにやったことがないことをやった──

 

《我は海神(わだつみ)駆けるもの!》

 

 ──それは、飛び石の術!

 平らな石を水面に投げつけると、水を切って跳ね上がり、沈むことなく次へ次へと跳んでゆく。あたかもそのように、レーネは水面を跳ね、跳ね、跳ねた!

 魔王の黒馬に、飛びかかる!

「ブッヒロロッ!!」

 レーネを恐れて、黒馬が棹立ちになる。魔王が振り落とされた。

 光に包まれたリーモの身体も──いや。それはもう、リーモの身体ではなかった。

 少年の身体。

 腹部に深い傷を負った、少年オンサレーンの身体であった。馬から海へと、落下したのは。

 レーネが魔王を斬る。魔王が爪で迎え撃つ。一合(いちごう)のみ! レーネはクルッと回って魔王をかわし、海に落ちたオンサレーンをかっさらった。それはまるで、獲物を掴む鷲のよう! 少年の裸体を引っさげて、カンムリウミスズメへ駆け戻る。

 魔王は、追わなかった。

「男だったのか・・・」

 ものすごく不満そうに言って、手を服で拭った。

 それから一転して、船上のレーネにほほえむ。「リーアーニャ。また一歩、我に近付いたな」

 レーネの反応は、怒号であった。

「よくも、リーモを殺してくれたな!」

「は?」

 魔王、首をひねる。

 元に戻したら死ぬなんて、魔王は知らんのである。サンキューが報告しとらんので。またしても、連絡不行き届きの魔王軍であった。

 殺したつもりはないのだが?

 ──とは、魔王クレッヂマネー、言い訳せぬ。代わりに逆ギレした。

「それがどうした!」

「我が未来! 断ったおまえも、ここで断つ!」

 船上で剣を構え、レーネは剣に祈りを捧げる。

 

《剣の名はグレイス!

 日の御手、

 すべてを断つ《つるぎなど、存在せぬ》

 

「ぬ!」

 レーネひるむ。

 詠唱を、魔王に乗っ取られた!

 ドラゴンの首すら断つ剣の祝福、不発! 否定されてしもうた!

「その神は、ちょっと困る」魔王が笑う。「お返しだ」

 今度は魔王が海に命じる。

 

《ゆけ、原初の支配者よ。陸(おか)を呑み込《むだけでなく、あらゆる方向へ!》

 

「む!」

 魔王ひるむ。

 詠唱を、レーネに乗っ取られた!

 陸へ──ナダラカンだけに襲いかかるはずであった、海の山が! 全方向に、広がってしまう!

「おまえがやるなら、私だってやる!」レーネは怒鳴った。

「勇者に『策略』あり」サクラーネさまが出しゃばった。「孤王は『仲間』に勝てぬと知れ」

 海の山が。

 それはまるで、柔らかすぎるプリン! さあ食べようとひっくり返したら、ベチャッとなり、皿からあふれ、大惨事となる──あたかもそのように、四方八方に、海の山、ベチャッとなる!

 恐ろしい高波が、押し寄せて来た!

「うわー」「船が!」「先輩!」

 人間たちを乗せた船は、恐ろしい勢いで上昇する海面に持ち上げられ、遥か高みへすっ飛んでゆく。何十尋も一気に持ち上げられて・・・・・・・・・そこから、転落!

 断崖絶壁から、船ごと投げ出されるかのごとく!

「クソ魔王に、勝利はやらぬ!」

 レーネは罵って、《声》を使った。

 

《海はなだらかなり! 我らを滑らせ、受け止める!》

 

 海面がスロープを描く。アホウドリとエトピリカを、カンムリウミスズメを、あと望んだことではないが魔王と黒馬を、優しい曲面で受け止めて、ツルーンと受け流すようにして、無事に本来の海面まで降下させてくれた。

 ふたたび、近距離に固まった両軍。

 まあ両軍というか、いまや『ユークラネー軍』と魔王、と言ったほうが良かったが──

 

 ──その、最後の戦いが、始まった!

 

◆♀◆ 29、最後の戦い ◆♂◆

 

 最後の戦い。

 その渦の中心は、魔王であった。

 たった1騎、海に立つ黒馬と魔王。

 そこを目掛けて、女勇者が、亡霊の軍団が、十重二十重(とえはたえ)に流れ込む。

 ハイエルフの亡霊が槍を突く。『魔弾!』と唱えて、紫の光弾を放つ。海の男が櫂で魔王をブン殴る。

 魔王の爪が閃いた。骸骨兵が宙に散る。

 魔王が紫の魔弾を放った。ハイエルフの霊が波頭に呑まれる。

 だが、魔王の美しい髪も切られて散り、纏う(まとう)衣も裂かれて呑まれた。

 レーネ以外、誰も傷をつけたことのなかった魔王の肌に、亡霊の槍が血の筋を刻む。

 波駆ける黒馬がいなないた。後ろ足をはね上げる。骸骨兵がバラバラになった。だが彼の槍は、馬の尻に刺さっておった。黒馬ツノックローヒギン、悲鳴を上げて波間に潜る。

 シャチ軍団が飛び出した。猛烈なキックで、骸骨と亡霊をまとめて蹴散らした。だが船乗りがシャチの目を叩いてひるませ、エルフが紫の魔弾と槍でもって、その巨体を追い払った。

「師匠!」とレーネ。

「続けィ!!!」

 レッケンサーニ殿が怒鳴って、跳んだ。海へダイブ! その足──沈まぬ! レーネの《声》に支えられて!

 黄金マントの一隊が、煌めく川のごとくに、魔王へ突撃!

 魔王は爪で剣を弾く。だが、その息は切れておる。魔王クレッヂマネーが、ついに、追い詰められておる!

 状況を打開すべく、《声》を鳴り響かすが──

 

《藻屑(もくず)と、なれ!》

 

「それを待っていた!」

 ──若き勇者は待っていた! その時を! 魔王が《声》を使う瞬間を!

 魔王の《声》によって盛り上がった、その海面を蹴って! 勇者は跳んだ。跳んで跳んで跳んで、駆け上った。

「剣の名は、」

「甘い!」

 だが魔王は、《声》の主! その反応は、勇者よりなお速い!

 

《偉大なる海神(わだつみ)! ウミスベラーニ!《グレイスではない!》

 

「んむ?!」

 予想とちがう詠唱! 乗っ取り失敗! 魔王、取り乱す!

「しまった、そちらが狙いか──」

 

《御身を操る不届き者の、穢れた口を封じたまえ!》

 

 魔王が動かした海が。

 船を藻屑とするため盛り上げた海が。

 レーネの《声》によって、砕けた。海神ウミスベラーニの怒りをもって、魔王の上に、落ちた。

 

 どんばっしゃあーーーーん!!!

 

 魔王を呑み込んで、瀑布が落ちる。

 さすがの魔王も、これにはたまらぬ! 海水に包み込まれ、白い泡の中でグルングルンと振り回される。

 小魚のごとく翻弄される(ほんろうされる)魔王を見下ろして、レーネは──

 

《剣の名はグレイス!》

 

 あらためて、必殺の祈りの《声》を捧げた。

 

《日の御手(みて)、

 すべてを断つ

 事切る女神の名において、》

 

 落下する勇者、ユリアーニェ。

 浮上する魔王、クレッヂマネー。

 タイミングをぴったり合わせて──

 

《我、魔王を、断つ!》

 

 夕陽の輝き。

 絹のごとく波打って、宙を断ち、水を断ち、魔王の胸を断つ。

 

 ──レーネはそのまま、魔王の胸元へ飛び込んだ。

 魔王は、レーネを胸元に抱くような姿勢で、沈んだ。赤い血潮の花咲かせ、わだつみの底に呑み込まれた。

 

 シャチが逃げた。

 幽霊艦“エトピリカ”が・・・時間をかけて・・・沈没した。

 ハイエルフの亡霊が拳を突き上げた。船乗りの亡霊と抱き合った。骸骨兵が敬礼した。そして彼らも、波間に消えた。

 

 ばしゃー・・・!

 

 レーネが、海面に顔を出した。立ち泳ぎしつつ、左右を見る。

 小型ガレー“カンムリウミスズメ”が、ゆっくりと彼女に近付いた。

 艦長が伸ばした手を、レーネは握った。勇者は、船上に復帰した。

 

◆♀◆ 30、オンサレーン、心音なし ◆♂◆

 

「先輩! 先輩!」

 チャーネが叫んでいる。ダークエルフの少女の茶色の手が、人間の少年の手をさすっている。

「しっかり! ほら、レーネさん来ましたで! がんばって、目ェ開けてください! 先輩!」

「・・・。」

 近付くレーネの表情は、穏やかだった。

 チャーネの肩に手を置き、仰向けに倒れたオンサレーンの胸に耳をつける。そして、顔を起こした。

「チャーネ。オレーは、死んだよ」

「・・・!」

 呆然とするチャーネ。

 レーネは少年の顔を見た。

 黒い髪。リーモの黒髪より、ちょっと硬そう。あまり筋肉のついてない身体。背は、低くはない。ひょろっとしている。

「初めまして、オレー」レーネは語りかけた。「きみ、結構・・・かっこいいね」

 オレーは答えない。彼の心臓は止まっている。

「・・・女神さま?」

「すまぬ。私では、本体の秘術は真似できぬ」と、ワカメまみれのユークラネーさま。

「私からも・・・力になれぬこと、悔しく思うえ」と、サクラーネさま。

 本体の女神さまは、姿がない。

 レーネは困ったような顔をした。オレーに優しくおおいかぶさって、その唇に、唇を近づけた。

「せっかく会えたのに。オレー。・・・もう、さようならだ」

 

 ──そのときであった!

 

「はい! いまのナシ!!!」

 

 ばっしゃーーーん!!!

 海面に、人魚が1匹、はね上がったのは!

 

 紅色の髪をべっとりくっつけた、セイレーンの美女。

 船の舷側に飛びつき、這い上がろうとする。

「セイレーンだ!」水兵ども。血相変えて殺到した。「殺せ!」「歌わせるな!」「うおお!」

「・・・あ、待った待った! 待った!!」

 レーネ、あわてて止めに入る。

 いまにもサンキューをぶった斬りそうになっとった剣を、掴んで止めた。「やめ! やめ!」

 サンキュー。ビタンビタン足ヒレ鳴らして、這い上がった。水兵・海兵の殺意を、ものともせぬ。

「レーネさん!」

「うわ」

 サンキューに引っ掴まれ、レーネは引きずり倒された。美女がくっついてくる。潮臭い! 服が濡れて、冷たい!

「私が治癒します。《声》で支援を」

「いや、でも、サンキュー。オレーはもう死んでて」

「ンなこたァ見りゃわかるんですよ!!!」サンキュー、キレた。

「あ、はい」

「いいから、《声》の準備して!」

「・・・助かるのか?」レーネの目に、光が戻ってきた。水色の。キラキラした輝きが。

「可能性はあります。時間はありません」

「どうすればいい?」

「変身しながら治癒します。しかし、私の変身術は自分自身にしか使えない。そこを《声》でいじってください」

「できるのか? そんなことが」

「え? できないんですか?」

 レーネとサンキュー、顔を見合わせる。

 そのとき。

<できるぞ>海の中から、声が響いた。

「魔王!?」「ひっ!? 陛下」

 

 なんと。

 それは、魔王の声。

 姿はない。だが確かに、死んだはずの魔王の声であった。

 

「生きていたのか!?」

<いや死んだ。そなたが我を『仲間』にしたので、こんなことになっておる>

「しとらんが?」

<後で話す。やれ>

「だが・・・」

<『声』は、この世の理(ことわり)に響く力。できぬことなど、ない。──とっととやれ>

「・・・わかった」

 レーネはうなずいた。勇者の顔で、オレーを見下ろす。

「やってみせる!」

「私を支えてください。足ヒレが消えるので」

「ウチが」チャーネがサンキューを後ろから抱き締めた。

 レーネも、肩に手を回す。抱き寄せた。3人はぴったりくっついた。

 サンキュー。オンサレーンの胸に両手を当てた。「3つ数えます。準備は?」

「いいぞ。すぐやろう」

「3、2、1、始め!」

 

 サンキューの両手から、陽光のような輝きが放たれる。

 オンサレーンの傷口がゆっくりふさがり始めた。だが、ゆっくりすぎる! そもそも、血はすでに大量に失われている!

 その彼の頭に手をやって、レーネは優しく持ち上げた。

 

《我らの血潮は、そなたのもの──我ら、仲間なれば》

 

 サンキューの足ヒレが溶けるように消えて、日に焼けた女の肌が現われる。

 オンサレーンの傷口も溶けるように消えて、新たな血をあふれさせながら、見る見るうちにふさがっていった。

 

「──治癒終わり。刺激します」

 サンキューが言って、オンサレーンの胸を強く押さえた。心臓マッサージである。

「レーネさん、息を、吹き込んで!」

「い、息?」

「口づけ、して! さっき、みたいに、ぶちゅーっ、と!」

「いや、さっきはそんな・・・」

「とっとと、やれ!」

 レーネは若干イラッとしつつ、少年の唇に唇をかぶせた。

 温かみのもどった彼の唇を感じつつ、ひと息、吹き込む。

「げほ」

 その少年の唇が、咳き込んだ。

「げっほ! げほげほ!」

「!」

 レーネ、びっくりした猫みたいに、首すくめる。

 やがて。

 少年の目が開いた。

 焦げ茶色の綺麗な目で、レーネを・・・・・・・・・ちょっと戸惑ったらしい。ぱちくりした。

「レーネ?」と、男の子の声で言った。

「は、はい」

「えっと、何してんの?」

「息」

「いき」

「息、吹き込んでて、ね?」

「あー・・・?」

 レーネは真っ赤になって、サンキューを見る。

 少年も見た。美女は彼の胸を撫で回してニヤニヤしておる。

「・・・何してんの、サンキュー」

「大丈夫ですか?」

「ん?」

 そこで、少年オンサレーンは、自分の裸の胸に気付いた。

「あ! 俺、男に戻ってる」あわてる。「たいへんだ! 俺、男に戻ったら、死んじゃうんだよ」

「うん。死んでた」とレーネ。

「治しました!」サンキュー、威張る。

「え・・・?」

 レーネが頭を起こしてやると、少年は自分のお腹をしげしげと見た。

「治ってる」

「うん」

「・・・あと俺、素っパダカなんだけど」

「おまえ、裸になるの好きだろ」

「好きじゃないよ!」

「はいはい。確認しますよ」とサンキュー。「なにがあったか、覚えてます? 自分の名前は?」

「覚えてる。魔王と戦ってて・・・あ、名前はリーモ」

「ん、ん」レーネが『ちがうよ』と言うように、優しく首を傾げた(かしげた)。「お帰り。オレー」

「あ・・・、そっか。うん。俺の名前は、オンサレーン」

「私の名前は?」

「サンキュー。さっき言ったよね? レモン茶が好き」

「この子は?」

「チャーネ、クェルデンチャーネ。サクラーネさまの巫女」

「では、奥さんの名前は」

「奥さん!?」

 

 オンサレーン。レーネを見つめる。赤くなった。キリッとした顔、作ろうとする。

 

「た、ただいま? お・・・おまえ」

「まだだよ!」

 レーネはオレーを抱き締めた。

 

◆♀◆ 31、サンキュー、やられる ◆♂◆

 

「やられました」サンキューがぼやく。

「なにがだよ」レーネ、舷側にもたれて、ボーッとしておる。

「オンサレーン、めっちゃ美少年じゃないですか。しかも船乗りの息子で、」

「・・・ぶった斬るよ?」

 レーネは、お腹に抱えた少年の頭を抱き締めた。

 少年。オンサレーン。毛布をかけられ、横になって、目を閉じておる。

 

 船は──カンムリウミスズメは、ナダラカンミナットへ引き返すところであった。

 

「いや、最後まで聞いてもらえます? 私ですね、男を死なせることなく、精を搾り取る方法を思いついたんですよ」

「聞いてもいいが、いまの時点でもうダメだかんな?」

「そんなー」

「おまえ、人間のこと詳しいのか無知なのかわからんな・・・」

「人間の生態が複雑すぎるだけですよ。生殖は単純であるべき」

「人のせいにすんな」と言ってから、ふと、レーネは言い直した。「人のせいになさらないで」

「・・・なんです、その口調」

「練習ですわ」レーネ、澄ましておる。「淑女(しゅくじょ)になる練習をしようかと思いまして」

「・・・。」

「カラスの日光浴みたいな顔するんじゃないよ」

「あの・・・」

「なに? チャーネ」

「よかったら、ウチと一緒に練習しません? レーネさま」

「あ、巫女の特訓? いいね! 先生に訊いといてよ」

「はい!」

「レーネさんも非常識な人ですからねー」

「失礼なお魚ですわ」

「・・・ふふふ」

 レーネの胸元で、オンサレーンが笑い出した。

「お、起きたか」

「うん」

 

 オンサレーン君。

 起きてみたらば、メッチャ幸せな状態であった。

 大好きなレーネに頭を抱かれて、甲板に横になっているのだ。

 かけてもらった毛布は暖かい。

 レーネが水呑ませてくれた。おいしい。

 サンキューに『美少年』とか言われたのも(そこから聞いとった)、うれしい──

 

 なによりも!

 頬っぺたスレスレに! レーネのおっぱいがあるんですよ!!!

 さっき抱き締められたときなんか、濡れた服越しにレーネのおっぱいが・・・

 

 なんと幸せな姿勢であろうか・・・

 

「ふふふ」幸せすぎて、笑ってしもうた。

「おい。私を笑ってんのか? がんばってんだぞ? おわかりですかしら? オレーさま」

「いや違っ、ふはは!」オレー笑う。「あはは、痛www痛いwww」笑いながら痛がる。

「お手柔らかに」とサンキュー。「まあ、もう大丈夫なはずですけどね。今夜にでも、搾ろうと思えば?」

「う、うるさい」レーネ真っ赤になる。オレーの首にギュッと力が入った。おっぱいくっつく。

「・・・!」オレー、身悶えた。

「と、ところで、おたくの陛下なんだが」

「あ、はい」

「・・・いるか?」

<我に話しかけておるのか?>

「そうだが」

<ならば、せめて名前ぐらい呼べ>

「はぁ。じゃあ、まあ、陛下?」

<名前>

「・・・クレッヂマネー陛下?」

<うむ。なんだ、リーアーニャ>

「御身は、死んだんだよな?」

<死んだ>

「まだナダラカンを襲うつもりか?」

<いや>

「ならいい。また話そう」

<そうだな。我、今日はもうしんどい。死んだし>

「そうか。起こしてすまなかった。おやすみ」

<・・・うむ!>

 魔王の声、消えた。

「いま、すごく満足そうなお声でしたよ」とサンキュー。

「気持ち悪いやつだ」レーネはオレーの頭を撫でた。

「ところでさ、」とオレー。「うちの女神さまは、大丈夫かな?」

「たぶん」チャーネの背後で、『策略』のサクラーネさま。

「粉々になってたけど」とレーネ。

「えっ!?」オレー、びびる。

「あれは、月神の幻術」レーネの背後から、『仲間』のユークラネーさま。「やられたように見えて、無傷という術やえ」

「うむ。あれ使うたっちゅうことは、攻撃を予想して出てきたっちゅうこと」サクラーネさま、うなずく。「よって、生きとるはず」

「良かった・・・」オレー、ぐったりする。「でも、じゃあ、なんで出て来てくれないんだろ?」

「そなたが巫女でなくなったため」とサクラーネさま。「おそらく、本拠か神像のある位置で『動けぬ!』となっておる」

「サクラーネさまみたいに?」

「うううう!」

「あ、ごめん」オレー、あわてる。『勇気を授ける』しようとした。

 

《サクラーネさま、がんb──》

 

「ダメダメ」「あソレだめです」レーネとサンキューが口押さえる。

「んぐむむ!」

「うかつに《声》使うな」とレーネ。「魔物が寄って来るって言ったろ? こいつみたいな」

「ひどい!」サンキュー憤慨する。「・・・でも実際、リーモの《声》は効きましたね」

「やっぱり、おまえは《声》に敏感なんだな? サンキュー」

「はい。『私は無敵だ!!!』みたいになってました」

「おまえが行く先々に現われたのもそれだろ」

「そうですね。いつ気付きました?」

「北国だな。『夜の水浴びです』はないだろ。あと、ドラゴンの声で悶絶してた」

「うーむ。鋭い」

「・・・でも、おかげでウチの若殿は助かったんですよね」チャーネが言った。

「そうですよ! 感謝して頂きたい」

「調子に乗んな」

 

 夕陽が沈んでゆく。

 カンムリウミズスメの船首方向。

 高波をかぶったナダラカンミナットが、夕闇の中に浮かび上がった。

 

「そっか」オレーはつぶやく。「俺、巫女じゃなくなったんだな」

 

 港町は、びしょ濡れであった。2階あたりまで海草やゴミがへばりついておる。

 通りには瓦礫(がれき)が散乱し、魚の死体が転がっておる。

 ──だが、人間は元気であった!

 市内の城壁の上に、黒山の人だかりができておる。海戦が起きたとき野次馬が上がる、あの城壁である。なんと、屋台まで出ておる。たいまつが灯され、料理の煙が立ち上り、酒盛りの声が遠く聞こえてきた。たくましいことである。

 港へ入る。

 傷ついたガレーたちが、翼を休めておる。ウミネコの隣に、カンムリウミガラスも舞い降りた。

 乗組員の家族が、わーっと声を上げた。港で帰りを待っておったのだ。

 もやい綱でカンムリウミガラスが繋がれた。戦士たちが飛び降りて、家族に揉みくちゃにされた。

「うーむ、やられましたねえ」サンキューは取り押さえられておる。

「脱走なんぞ、なさるからですぞ」と、領主館の戦士。「お荷物は私が預かっております。後ほどお返しいたしますので」

「はーい。じゃあみなさん、またー」

 サンキュー、連行されてゆく。

「オレー」レーネが優しい声で呼びかけた。「起きれるか?」

「たぶん。・・・なに?」

「おまえの家族だよ」

 オレーは起き上がった。下半身にはマントを巻き、上半身には毛布をかけ、レーネに支えられて。

「──お兄だ!?」ニモの悲鳴が聞こえた。

「お、ニモ」

 真っ先に見つけてくれたね? よしよし。お兄ちゃんうれしいよ。

 と思って、そっちを見たら・・・

「・・・ニモのやつ」

「・・・ガンバめ」

 

 なんと。妹のニモ。

 若殿ガンバットリャンニさまの腕に、しがみついておるではないか。

 

「何しに来たんだよ、あいつ」

「ガンバはさぁ・・・」

「なに?」

「娼館通いのクセがあんだよね」

 レーネ。こっちを見た。ニヤッとする。

「言ってやらないとね? 妹に」

「・・・そうだね!」

 

 レーネに支えられて、オレーは、家族のところへ戻るのであった。




※このページの修正記録
2024/10/14
「オンサレーン、心音なし」
 編集ミスで文章がおかしくなっていた部分を修正しました
  × レーネは真っ赤になって、サンキューを見た。少年も彼女を見た。
    頭を起こし、少年の胸に両手当てたポーズのサンキュー。ニヤニヤしておった。
  ↓
  ○ レーネは真っ赤になって、サンキューを見る。
    少年も見た。美女は、彼の胸を撫で回して、ニヤニヤしておる。
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