◆♀◆ 9、レーニャと呼んでください ◆♂◆
「レーニャと呼んでください」
・・・と言われて、
「え? レーニャ?」エルフの少女はきょとんとした。
「うん。レーニャ」
「いや・・・」
我らが主人公。13歳の少年だったが勇気の女神にオンナにされたナッタレーニェ嬢。ちょっと、うろたえる。
相手は、背の高い娘であった。黒い髪に黒い目。ただし、青みがかっている。部屋の中でもわかるぐらい、髪は青っぽい色合いだし、目はもっとはっきり水色の光をキラキラと放っておる。不思議な目であった。
その背の高い、目キラキラの娘が、首を傾げた。「・・・なにか?」
「あ、いえ!」
エルフの美少女ナッタレーニェ嬢。あわてて手を振る。小さめの乳がぷるんぷるん揺れる。村娘の服は、彼(エルフ♀)の小さな乳房にはゆるすぎるんである。──頬っぺた赤くして、早口に説明した。
「いやあの、俺も、レーニャって名乗ってて」
「・・・ああ、愛称がおんなじなんだ?」
「うん。そう」
「そっか。ふふっ」背の高い娘、笑う。「レーニャです。よろしく、レーニャ」
「う、うん。よろしく、レーニャさん」
2人のレーニャが出会ったのは、宿の1階であった。
食堂である。もうちょいくわしく言うと、食堂であり酒場であり木賃宿(きちんやど)の雑魚寝スペースでもある、なんでも広間である。
正面に、年代ものの暖炉がある。ただし初夏なので火は入っとらん。
右手には、カウンター。初老の男が食器の手入れ中。宿の主である。そのカウンターの脇に狭い階段。2階へとつづく。その階段の下に狭苦しい小さなドア。まあ、食料庫とか、主人の住居とか、そういうもんがあるんであろう。
レーニャは、この宿のドアを開けて中に入ったところで、レーニャとぶつかりそうになったのだ。
レーニャは、女にしては背が高かった。髪の色は、墨の混ざった紺色みたいな感じ。黒髪はごくふつうだが、青みがかっとるのは珍しい。その珍しい色合いの髪をショートカットにしていて、それが日焼けした肌に、またキリッとした顔に、とても似合っておる。
腰には剣がある。本格的な長剣である。町中で長剣を佩く(はく)ということは、貴族であろうか? そう思って見れば、服の仕立てもいいようだ。
他方、レーニャはエルフのお嬢さんである。じつは、この娘の髪もわずかに青みがかっておる。本人は気付いておらんが。いや、なにしろ、オンナにされてから、まだ鏡を見る機会がないので。鏡は貴重品なので。レーニャとちがって、そんなにはっきり青くはない。宿の中では黒一色に見える。肌は白く、指は細く、乳は小ぶりで、いや乳だけでなく身体全体がバランスよく小さめで、いかにもハイエルフのお嬢さんといった感じである。まあ、元は人間の少年なのだが。ふっくらした顔にポニーテイルで、まるで子猫がじーっとこちらを見上げるよう。じつに愛らしい。唇をちょっと開けるクセがあって、それがまた、とんでもなく愛くるしい。元は少年なのだが。
「レーニャか・・・」エルフのレーニャはつぶやいた。
「なに? レーニャ」輝く瞳のレーニャは笑った。
「あ、いや、そのあの、愛称がかぶるなんてあるんだなって」
「ん?」レーニャは首をひねる。「この街ではよくあるよ。他にもレーニャが何人かいる」
「あ、そっか。都だもんな、ここ」
「都かなぁ? うーん。まあ、領主閣下がいらっしゃる街だから、都か」
「いや、人が多いから、名前もかぶるんだなって。村とちがって」
「ああ」輝く目のレーニャ、うなずく。「そうだね。私も、地元ではなかったな」
と、ここで。
「おーい、レーニャ」
ややこしいことに、愛称を呼びながら若い男がやってきた。
ギッシ、ギッシ、ギッシ・・・木造の階段を鳴らしながら、2階から降りて来たんである。
レーニャとレーニャはそっちを見た。レーニャが返事をする。「なに? ガンバ」
「おっと? これはすまぬ。お客さんであったか」
若い男は会釈して、背を伸ばして歩いてきた。
「彼はガンバ」と輝く目のレーニャ。「マジリャントキデコ・ガンバットリャンニ──この街の、領主閣下の御長男」
「え?」
「領主さまの跡取りだよ」
「ええっ!?」
「ガンバ、こちらはレーニャ。いま初めて会ったとこ」
「レーニャか。珍しいな! ──エルフのレーニャは、という意味だがね。初めまして、レーニャ」
「は、はい。初めまして! 俺は、えーっと、ユークラ・・・ユークレニャー・ナッタレーニェ」
エルフのレーニャ、カチンコチンになって礼をする。貴族への礼なんか全然わからん。見るのも初めて。
そんな彼(エルフ♀)を見て、輝く目のレーニャがニヤッと笑った。こんな風に一言付け加える。
「愛称しか言ってなかったね。私はユリアーニェ。女勇者って呼ばれてます」
「ええ?」
「これ秘密ね。じゃ、またね、レーニャ」
◆♀◆ 10、戻せば死ぬ ◆♂◆
「・・・。」
レーニャ嬢。ものも言わずに、ベット(ベッドのことですよ)に倒れ込む。
ふわ~ん・・・そこへ、漂ってくるものあり。
「どないしたのえ?」
「女神さま・・・」
浮かんでおったのは、女神さま。勇気の女神ユークラネーさまであった。
白い服に、白い肌。黒い髪から突き出すエルフの耳。レーニャにちょっと似ておる・・・かも知れぬ。母猫と仔猫が似ておる程度には。女神さまは、冠をかぶっておられる。冠には、額の左右にツノがあり、後頭部には輝く羽毛がふわふわと広がっておる。ここなる女神さまこそ、少年をオンナにした御方であった。
「なにえ。どないした」女神さま、覗き込む。「不調かに?」
「いや。ちがう。大丈夫」レーニャは顔を上げて、首を振った。くしゃっとなっとった前髪が、ふわふわ揺れる。「疲れただけ」
「ばったり出会うたんが貴族と女勇者で、ビビってしもうた・・・っちゅうとこかに?」
「・・・ビビってない」
「フーン」
「ホントだって!」
「フーン」
女神さまは追及をやめて、部屋を見回した。
小さな部屋である。ベットがひとつ。小さなテーブルにランプがひとつ。窓ひとつ。外は、赤くなりゆく夕方の空。
「ええ宿やに。よう手入れされておる」
「うん」
レーニャも起き上がった。耳をパタパタさせる(髪がかかると、勝手にパタパタするのだ)。
「ゼナルジーコの宿にしろ! ・・・って、おっ父が言ってたんだ」
「ほう。それで一直線にこの宿に来たんかに?」
「うん」
「おっ父は、この港のこと、詳しいんかに?」
「うん!」
レーニャは元気になった。
「おっ父、若いころ、港で働いてたんだって」
「ほう?」
「頑張って働いて、海の神の司祭さまに褒められて(ほめられて)・・・あ、おっ父は海の神の信者だったんだ。ごめんなさい」
「なにえ。ごめんとは」
「いや、勇気の女神さまじゃなくて」
「かまわぬ。人に歴史あり。海の神は偉大なる神のひと柱やし、我が敵でもなし」
「そう?」
「そなたが海の神に走ったら『ちょっと?』となるが」
「・・・はい」
「ここまで来た私はどないしたらええのえ? と」
「けらけら」
レーニャ笑う。少年だったころとはちがう、軽やかな可愛らしい声であった。
「おっ父は、なにゆえ、うちの村に来たんかに?」
「おっ母が港に来たんだよ」
「・・・ん? フタッカーニャは、私の巫女やったはずやが」
「あ、うん。よく言われた。巫女だったって。『おまえは男だから、滝壺へは行くな』とか。・・・ごめんなさい」
「やたらに謝りな。して、フタッカーニャは、なんでこの港に来たのえ?」
「婿探し」
「むこさがし」
「村長が行くとき、ついてった」
「・・・。」
言葉足らずの少年(エルフ♀)の話を、女神さまは無言で噛み砕いた。
「村長が、税の報告かなんかで、この港へ来ることがあるわけやに?」
「うん」
「そのついでに、縁談を求める若者を連れて来ると」
「そうそう! 1回だけ連れてってくれるんだ。俺も、もうすぐのはずだったんだけど・・・」
「そうか」
「・・・。」レーニャは元気がなくなった。
「どないしたのえ」
「・・・いえ、なんでも」
「なにえ。言うてみよ」
「女神さま。俺・・・もう、元に戻れないの?」
「いや。いつでも戻せる。そやに、」
「えっ!?」
「そやに、戻せば死ぬ羽目となる」
「え?」
「そなたは、内臓を傷つけられておった。致命傷で、死ぬ寸前で、私にオンナにされたのえ」
「・・・うん」
「元に戻せば、すなわち死ぬ」
「治せないの? パーッって!」
レーニャは手を突き出して、ぱっと手のひらを広げた。
するとなんとしたことか。突き出した彼(エルフ♀)の小さな手が、ぼんやりと光を放つではないか。
──しかし、本人は気付いとらん。『もう元に戻れないのか』という話に必死のようである。
「山賊と戦ったとき、治してくれたみたいに」
「治せぬ」
「なんで!?」
「いまのそなたの身体であれば、なんぼでも治せる。神霊の類ゆえ」
「しんれいのたぐい」
「その肉体はハイエルフの娘のものやが、そのようにあらしめたのはこの私。ゆえに、私ならなんぼでも治せる」
「・・・人間は、治せないの?」
「治せぬ。私は医術の神ではないゆえ」
「そっか」
レーニャはうつむいた。
窓の光が薄れてゆく。夕焼けも、もう終わる。
「・・・そろそろ、晩飯の時間やえ。降りるとしよう」
女神さまにふわ~んと見守られながら、トボトボと階下へ下りたレーニャ。
彼(エルフ♀)はそこで、あらためて女勇者さまと同席することになった。
◆♀◆ 11、女勇者ユリアーニェ ◆♂◆
「レーニャ。相席いいですか?」
満席になった食堂の中。女勇者ユリアーニェが歩いてきた。
レーニャは跳び上がった。「あ、はい! あの、女勇sh──」
女勇者。唇に指を当てて『しゃべるな』のポーズ。
「・・・。」
女勇者。その唇を、レーニャの耳に近付けてくる。エルフの敏感な耳に、若い娘の吐息が触れた。
「この宿にいるときは、勇者なのは秘密」
「あ、ごめんなさい」
女勇者はうなずいた。「席、いい?」
「うん。どうぞ」
女勇者はにっこり笑って、左隣の席に座った。
「ところで、私とレーニャって、どっちが年上かな?」
「え? 俺は、13歳だけど・・・」
「じゃ、私が上だね。17歳」
「はぁ」
「なら、私のことはレーネって呼んで」
「レーネ?」
『レーニャ』という名に『姉』の意味を足すと、『レーネ』になるんである。語尾変化である。
それはレーニャにもわかる。わかるのだが、
「なんで姉ちゃんなの?」
「年上だから」
「・・・。」
「レーニャのことは、リーモって呼ぶことにしない?」
これは『レーニャ(妹)』である。
「・・・うう」
「ダメ? あれ、怒ってる?」
女勇者が、ごく自然に手を重ねてきた。
特に変な動作ではない。母と妹がよくやっていたような動作である。
しかし彼(エルフ♀)はドキドキした。
女勇者ユリアーニェは・・・
なんというか・・・
好みのタイプなんである! 彼(エルフ♀)の!
初めて見たときから、この世にこんなひとがいたのか、と思うほど・・・好みのタイプなのだ!
その人のほうから、こんなに接近されたら!
ドキドキするでしょう!
彼(エルフ♀)だって、若い男(エルフ♀)なのだから!
「い、いや。お、怒ってはいないけど」
「リーモ?」
「・・・はい」
彼(エルフ♀)は顔を上げた。間近に、女勇者。綺麗な目。ランプの明かりで、青く輝いて・・・。
彼、リーモは、真っ赤になった。
「えっと・・・よろしく、レーネ」
「うん!」女勇者、満面の笑みである。「ごめんごめん、食べるの邪魔しちゃったね」
「いや」
話がついたタイミングで、領主の長男だというガンバもやって来た。
「では、お邪魔するよ」右隣の席に座ろうとする。
「あ」
アカン。その席は、女神さまの席である。勇気の女神さまが、ふわ~んと浮いとる(座っとる?)んである。ガンバには見えとらんのだろうが、そこに座ろうとしたもんだから、女神さまを尻の下に敷きそうになっておる! 女神さまイラッとする! 顔に出ておる!
──と、そのとき。
「そこはダメ」女勇者がガンバに命じた。「ガンバ、こっち」
「ん?」
「その席はダメ」
ガンバは首をひねったが、女勇者に従った。正面の席に座る。
いったいどういうことなのか。人間には女神さまは見えんはずではなかったのか?
思わず女勇者を見る。
「リーモにも、秘密があるみたいだね」女勇者は、ほほえんだ。
◆♀◆ 12、役場にて ◆♂◆
一夜明けて、翌朝。
港町を歩く3人の姿があった。
リーモ。エルフの美少女。我らが主人公。
レーネ。女勇者(秘密)。
ガンバ。領主の長男。
この3人である。
勇気の女神さまは、御不在。「女勇者と一緒なら心配はあるまい」「何事も経験え。行っておいで」と言うて、お留守番である。
正直心細かったが、「ボクは勇気がないので来てください」と勇気の女神さまに泣きつくことはできぬ。一応、巫女ってことになっておるし・・・まあ、巫女らしいことは何もしとらんが・・・っちゅうか、なにをしたらええんかもわからんが・・・滝壺は男子禁制だったし・・・女神さまは「勇気を振るえ」しか言わんし・・・。
まあとにかく。
女神さまにそう言われたんで、ドキドキしながら外出中というわけ。
港町は、目まぐるしかった。
ちょっと歩くたびに風景が変わる。
あるときは、右手に山が、左手に海が見える。
かと思うと、3階建て4階建ての高層建築に挟まれた路地に入ってしまい、壁しか見えんようになる。空がとても狭い!
路地を抜けると目の前に川が横たわり、盛り上がった橋を登って、下ることになる・・・。
「こんな建物、見たことないや・・・」
「アパートだね」
「あぱーと」
1階は石造なのに、2階からだんだん木造に変化していくっちゅう、ヘンテコな建物である。基本的に木造家屋しか知らんリーモには、人間の住む建物には思えんかった。なんか・・・岩の上に鳥の巣がポンと乗っとるようなチグハグさである。
「下は高くて上は安いの」
「高い?」
「部屋代がね。上に行くほど不便になるし、壁も薄いから、安いんだ」
「へえ・・・」
「リーモは、町に来るの初めて?」
「うん・・・」
我らが主人公(エルフ♀)は、目が回るような気分であった。
港町も目まぐるしいし、自分は身体も愛称もコロコロ変わるしで、もう・・・ついていけない! そんな気分である。
それで、ちょっとフラッとした。気が付くと、「大丈夫?」と女勇者に手を握られておった。またしても女同士のベタベタである。
「あ、うん。ごめん。大丈夫」
リーモは、ついスッと手を引っこ抜いてしもうた。で、女勇者の顔を見ると、彼女はおびえたような表情をしておった。傷ついたのか? 手を引っこ抜いただけなのに、ずいぶん深刻な表情だ・・・。
あわてて、説明した。
「ありがとう。レーネ。びっくりしただけだから」
「そう」
レーネと呼んだのが良かったか。女勇者はにっこりと笑った。
「もうすぐ役場だから。探してる人のこと、訊けるからね」
「うん」
この人はいい人だと、リーモは思った。
役場にて。
家族の消息を尋ねようとしたリーモは、困難に直面した。
「ユーコビンラのスメコットー? ・・・エルフの男性ですか?」
「い、いえ。人間です」
「エルフのあなたが、なぜ、人間の男性を探しているのです?」
「えっと、それは・・・」
「どういった御関係ですか?」
「え、えーっと・・・」
「続柄は」
「それは・・・」
「関係のない方からの照会には応じられません」
窓口の担当官。そっぽ向いて、手元の書類の整理を始めよった。『帰れ』っちゅう態度である。
リーモは圧倒されてしもうた。
冷淡すぎる役人の態度にショックを受けたのだ。村では、こんな態度をとる人間はいないので。
『スメコットーの息子です』と名乗り出れんのも、事を難しくしておった。ハイエルフの美少女であるリーモが『私は人間の息子です』などと名乗るわけにはいかん。それぐらい、田舎モンだってわかる。じゃあどう名乗ればええのか。それがわからぬ。
助け舟を出してくれたのは、ガンバであった。
「私から説明をしたいのだが」
「・・・。」役人は嫌そうに横目でこっちを見た。
「このエルフのお嬢さんは、村──ユーコビンラだな──が、山賊に襲われるところを見たというのだ。
その報告と、ついでに知人が無事かどうかの確認で、この窓口を案内したわけだが」
「はぁ」
「被害の報告は不要かな」
「はぁ。なぜエルフが、人間の村のことを?」
「通りがかりだ。ここではダメだと言うなら、領主館へ案内するが」
「・・・領主館?」
「ユーコビンラから3人、領主館に被害を伝えに来た。3日前のことだ。スメコットーなる人物の話は出ておらん。
その後、こちらのエルフのお嬢さんが町に来て、同様の被害の話をされた。信頼できると判断して、ここを紹介したのだが。
ダメならやむを得ん。領主閣下のお手をわずらわせることになるが・・・」
「少々お待ちを!」
役人は上官のところへ飛んでった。上官はこちらを見て、びっくりした様子である。ガンバの顔を知っとるらしい。
役人、小走りで戻って来て、頭を下げた。
「お待たせいたしました。申し訳ございませんが、スメコットーという方について、こちらに情報は来ておりません」
「そうか」
「・・・。」
リーモは役場を出て、広場に座り込んでいた。その背中をレーネが撫でている。
ガンバは居らん。彼は役場に残って尋ね人の手続きを代理してくれている。
当然、リーモも一緒に手続きすべきところであったが──
「さっきは顔色悪かったけど、だいぶ良くなったね」
「ごめん」
──リーモの顔色に気付いた女勇者が、外に連れ出してくれたんである。
実際、ちょっと気が遠くなったのだ。役場は人が多いし、雰囲気にも馴染めないし・・・
「おっ父もおっ母も・・・妹も。もう・・・死んだんだ」
リーモはつぶやく。
自分がエルフの美少女になっとることは、すっかり忘れて。
女勇者──レーネは、そのつぶやきを黙って聞いた。それから、こう言うた。
「探すのをやめたら、会えないよ」
「死んでたら、探したって無駄だ」
「生きてても会えなくなっちゃうよ」
「・・・。」
「探しちゃダメってことはないよ。なにかそんな理由がある?」
「だって、俺、オンナに・・・」
そこでリーモは顔を上げた。ハッと気が付いて、逃げ出そうとする。
その手を女勇者が捕まえた。
「私、神さまが見えるんだよね」
「・・・。」
「リーモの女神さま。悪い神さまじゃないよね?」
「ちがう! ・・・女神さまは、俺が死にかけてるとこ、助けてくれたんだ」
「そう」
レーネはうなずく。
「リーモの秘密を、無理に訊いたりはしないよ。でも、探すのをやめるのは早すぎる。これは言わせてもらうよ」
「・・・。」
「ちょっとここで待っててね? あれ買ったげる」
「あれ?」
「麦ぺったん」
「むぎぺったん?」
それは屋台の鉄板焼き。
小麦粉を溶いて、鉄板に薄~く広げて、2枚焼く。
焼き上がったら、魚の練り物と塩漬け野菜を挟み込んで、軽く押さえて──手のひらより薄い『麦ぺったん』のできあがり。
衣はカリッと、中は魚の旨みと塩味と、野菜の酸味苦みが軽く効いて、ひと口食べれば食欲倍増。これ、うけあい。
「・・・。」リーモは無言で食べた。
「ここは、小麦が安いんだよね。船でいっぱい運び込まれてくるから」
「・・・?」リーモは首をひねった。
「ああいう船」
レーネが、日焼けした手で指差す。その先には、港があった。大きな船が並んでおる。
「ふね・・・」
「いま出て行ったのは帆船。たぶん商人の船だね。ああいうのが小麦を運んでくる」
「あっちは?」
「櫂がズラッと突き出してるヤツ? あれはガレー。右のは、この港の軍艦だね。左のは・・・片目だな」
「かため?」
「海賊。海賊『片目』、名はヒーウシナッキ」
「海賊!?」
「リーモも気をつけてね。片目は、人さらいをやってるから」
「・・・捕まえないの?」
「1隻捕まえたら、2隻で復讐に来るからね」
「・・・。」
「大丈夫。ここの領主は真面目な御方だから。でも、半端に手出ししちゃダメなの。やるときは、一発でつぶさないと」
「レーネ・・・」
「なに?」
「レーネも、軍艦に乗るの?」
「さあ? 私は軍人じゃないから、乗れって命令されることはないからね。軍艦、乗り心地良くないし」
「乗ったことはあるんだ」
「ある。けど、酔っちゃった。へへへ」
「酔う?」
「船酔い。船に慣れてないとかかる病気だよ。・・・私、漁師の娘なんだけどね」
「えっ?」
「こんな身分になる前ね。ユークランベの漁師の、ひとり娘だった」
レーネの瞳から水色の反射光が消えた。彼女が目を伏せたせいである。光が入らんようになると、黒くなるようだ。
故郷で嫌な思いをしたんだな、とリーモは思った。
「レーネ」
「・・・なに?」
「ありがと」
「どういたしまして」
レーネが手を握ってきた。リーモは握り返した。
しばらく沈黙したあと、レーネが言った。「・・・ガンバってさ、いい人でしょ」
「そうだね」
「私が村を出たの、ガンバが誘ってくれたからなんだ」
「へー」
「だから、彼が女勇者ユリアーニェの生みの親みたいなもんだよ」
「そうなんだ。なんか、従者みたいだよね。偉い人なのに」
「そう。面白い人でしょ? 領主さまには、私を嫁にするつもりだと思われてるみたいだよ」
「・・・まあ、そうなるだろうね」
「リーモの村でもそうだった?」
「うん」
「うちもそうだったなー・・・」
男女が一緒に歩いてる = あいつらヤッてる! が、村の常識であった。漁師の村も同じらしい。
「私さ、ドラゴン殺したことあるんだよ」
「あ、それは知ってる」
「知ってるか。歌にされちゃったからなぁ・・・」
「すごいよね」
「すごくないよ」
「1人で倒したんでしょ?」
「1人じゃないよ。ガンバが手伝ってくれた」
「ガンバも強いんだね」
「いや、強くはない。ドラゴンが出たら、すっ飛んで逃げた」
「なーんだ」
「ガンバさぁ・・・すごく助かってるんだけどね。政治が上手でね。根回しがうまくて」
「うん」
「でもさぁ・・・私が逃げてって言ったら『もちろん!』って一目散に逃げるんだよ」
「いちもくさんに?」
「そう。ひどくない?」
「ひどいね」
「逃げてほしかったんだけどさぁ・・・ひどいよね」
「けらけら」
リーモは笑った。
そこに、話の種にされたガンバが合流した。
「手続きは終わったよ」
「ありがとう」
「『ユーコビンラのスメコットーへ。御子息にお勧めの宿にて連絡を待つ。エルフのナッタレーニェ』──これでいいな?」
「うん。それでわかるはず」
「じゃ、ご飯にしよっか」
レーネさん、昼飯食う気満々である。
しかし、リーモはもうそんなに入りそうにない。「ごめん、俺、帰る。女神さまに麦ぺったん持って行きたい」
「買ったげよっか?」
「大丈夫」お金は女神さまから持たされている。「レーネ、ガンバ、今日はありがとう」
「うん。私たち、もう何日かは宿でゆっくりする予定だから」
「またね、レーネ」
「またね、リーモ」
◆♀◆ 13、リーモの行方不明事件 ◆♂◆
「お頭(おかしら)! いましたぜ! あのエルフだ、間違いねえ!」
ちんぴらが、アパート3階の部屋に駆け上がってきた。
窓のないジメジメした部屋である。じっとりと汗をかきながら座っていた黒髭の男は、すぐさま立ち上がった。
「どこにいる? いま何してる」
「1人で宿に戻るとこでさぁ。身分の高そうな兄妹と一緒に歩いてたが、ついさっき別れて、1人になった」
「でかした! これ取っとけ」
黒髭は金貨を1枚取り出して、ちんぴらの手に叩きつけた。
「ありがてぇ!」
「てめぇら。相手は小娘だが、仲間を3人殺したヤツだ。油断はするな」
「うっす」
男が6人、暗がりから立ち上がった。どいつもこいつも凶悪なツラをしておる。
──山賊である。村を襲った、あの山賊どもであった。
「段取りはわかってんな?」
「傷をつけずに、船へ引きずり込んで・・・」「殺さず壊さず、楽しんでから・・・」「片目のダンナに、売り渡す」
「そうだ。行くぞ」
日没。ゼナルジーコの宿にて。
女勇者ユリアーニェが、リーモの部屋をノックした。
返事、なし。
「・・・リーモいる? レーネだけど。晩御飯、まだだって聞いたから。一緒にどうかなって」
すると。
がちゃりと、ドアが開いた。
出て来たのは、勇気の女神ユークラネーであった。
「・・・レーニャはどこに居る?」
室内にリーモの姿はなかった。それを一瞬で見て取った女勇者、表情が変わる。
「昼前に広場で別れました。1人で帰ると」
「帰っておらぬ」
「私が出ます。女神さまは?」
「私もゆく。あの子のケガは、私がもっともよく癒やせる」
「案内は必要ですか」
「うむ。この町はまったくわからぬ」
「失礼ですが、走れますか?」
「人の3倍は速く、長く」
「では私が御案内します。──ガンバ!」
「どうした」
「リーモが行方不明。私は出る。あとお願い。この部屋の鍵も」
「わかった。ゼナルジーコに伝える」
ガンバは打てば響くように応え、部屋に取って返し、鞘を投げてきた。女勇者ユリアーニェがそれをキャッチ。流れるような動作で剣帯を身体に巻き付ける。
「ヨスベリューサニェー・ユリアーニェです。レーネとお呼びください」
「ラモリマイ・ユークラネー。勇気の女神。流浪(るろう)の身」
「ユークラネーさま。レーネが御案内いたします」
「頼む」
──そのころ。
行方不明のリーモは、暗がりにいた。
木造の・・・なんか、妙に壁の曲がった部屋である。ぎぃこ・・・ぎぃこ・・・と、部屋全体が揺れておる。酸っぱい匂いがする。湿度もひどい。どうやってここに入ったのか、思い出せない。路地を曲がったところで記憶が途切れて・・・。
ジャラリ。鎖が鳴った。リーモの手足をつなぐ鎖が。鎖は壁へと伸びて、重々しい金具で留められている。リーモの両手は鍵付きの枷(かせ)で短くまとめられ、右足首にも似たような枷が掛かっている。まるで罪人のように。
逃げることは不可能であった。
だというのに、リーモは押さえ込まれている。手枷足枷の上から、さらに男どもに押さえ込まれているのだ。
そして──服の上から、身体を撫で回されている。
黒髭の男に。
「上玉だな」黒髭はニタリと笑った。「こいつァ、高く売れるぞ」
「復讐はしねえんで?」手を押さえつけている巨漢がボソッと言った。
「まあ待て。──おいエルフ。おまえ、俺らの仲間をヤッたな? 山ン中の村でよ」
「・・・!?」リーモは息を呑んだ。「山賊・・・!」
「やっぱりてめぇか。じゃあしょうがねえ。値段は下がるが、復讐はしねえとな」
黒髭は、襟に手を伸ばしてきた。襟を合わせている紐をほどいて、力任せに襟を左右に引っ張る。リーモの身体が浮き上がった。音を立ててシャツが裂けた。白い肌が剥き出しになる。小さな乳房が無防備に揺れた。
「お・・・げえっ・・・!」
限界だった。リーモはこみ上げるものを吐こうとした。
そのとき、山賊どもの背後で、1人の女が立ち上がった。「──おい、人間ども」
「ア?」黒髭が振り向く。「・・・立つんじゃねえ。黙って座ってろ」
「いや、そうはゆかぬ」
ジャラ、ジャラ・・・。
女は、手足をつなぐ鎖を鳴らしながら、歩み寄って来る。数歩で鎖が突っ張った。手が届く距離ではない。
「その娘は、我が頂いて帰るつもりなのだ。よって、手出しは許さぬ」
「座ってろっつってんだ」
「そうしてやってもよい」女は座らない。「その娘に手出しをせぬのなら」
「馬鹿か」
黒髭は、女に興味を失った。リーモの乳房に手を伸ばす。
「話のわからぬ人間だ」女は、ため息をついて・・・
鎖を、引っこ抜いた。
ベキベキバキバキ! もんのすごい音立てて、壁板がへし折れる。
がっちり固定されとった鎖が・・・壁板もろとも、金具ごと、引っこ抜けた!
「・・・は?」「え?」「て、てめぇ」「おいコラッ!」
女は無造作に鎖を回して、黒髭の首を吊り上げた。山賊のお頭・黒髭は、すぐ死んだ。
次に、女は鎖を鞭(むち)にした。ゴウゴウと振り回した。山賊どもも、すぐ死んだ。
一瞬の殺戮(さつりく)であった。山賊の生き残り7人、全員が、あっちゅう間に死んでしもうたのだ。
「さて、」
女はリーモに近付いてきた──血まみれの鎖を引きずって。
「我は魔王クレッヂマネー。神と人の混ざった娘よ、そなたの名は?」
「?????」
リーモは口をぱくぱくするだけで、声が出せない。
「よかろう。持ち帰ってから、ゆっくり訊くことにしよう」
そう言って、女は。
リーモの鎖を、爪でガリッと断ち切るのであった。