勇気の女神にオンナにされた   作:min(みならい)

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魔王クレッヂマネー

◆♀◆ 14、魔王と片目 ◆♂◆

 

「出るぞ」

「ぐぇ」

 リーモは引きずられる。

 仔猫みたいに首根っこ掴まれて。木造の、ぎぃこぎぃこと揺れる部屋を・・・階段へ。階段も木造で、狭い。すれ違うのも難しいぐらい。そこを、背の高い女に掴まれて、上がる。

 背の高い女──自称・魔王。山賊を7人、あっちゅう間に皆殺しにした。恐るべき女である。鎖を爪で断ち切ったりもした。到底、人間わざではない。・・・あと、おっぱいが大きい。リーモの頬っぺたにおっぱいがぐにっと押しつけられておる。女勇者よりひと回りでかい。リーモの脳内は「おっぱいでっかいな」に傾きつつあったが・・・そのおっぱいから、なんとか顔を上げる。泳ぐとき、息継ぎするみたいな感じで。

「ま・・・魔王?」

「うむ」おっぱいが答えた。「我は魔王。クレッヂマネー」

「魔王」

「自分は」

「え?」

「我に名乗らせて、」女はジロッとこちらを睨んできた。眼が暗く光っておる。「自分は名乗らぬのか」

「ひっ」リーモはびびった。「リ、リーモです。ナッタレーニェです」

「・・・どっちじゃ」

「ナッタレーニェ。リーモと呼ばれてます」

「そうか」女の雰囲気がゆるんだ。「リーモ、おまえは妾(めかけ)だ」

「・・・は?」

「妾だ」女は階段を上がった。「正妻は決めておる」

 階段の上は、はね上げ戸になっておった。女がそこを開けようとする。ガチャ。開かぬ。鎖で閉ざされとるらしい。「ふん・・・」女はちょっとイラッとした顔をし、リーモを片手で抱き寄せておいて、空いた手で、はね上げ戸をぶん殴った。

 バキャア! ものすごい音がして、戸が吹っ飛んだ。「ぐえっ!」男の悲鳴。戸が当たったらしい。

 自称魔王・クレッヂマネーと、オンナにされた少年・ナッタレーニェは、空いた穴から上を見た。

「なんだ?」薄汚い水夫どもが、こちらを見下ろしてきた。「どうやって鎖を外した?」

「殴った」

「は?」

 明るい月が、頭上にある。

 バタバタ・・・。頭の上で、帆のはためく音がする。

 ざあぁん・・・ざあぁん・・・。左右から、波を切る音がする。

 はね上げ戸から顔を出したクレッヂマネーとリーモは、キョロキョロと周囲を見回した。が、男どもの足元からでは、周囲はようわからぬ。リーモは、あらためて女を見た。

 自称魔王。美女であった。さっきまでは暗くてわからんかったが・・・絶世の美女である! 滄溟(そうめい)のごとき髪、黒々と輝く目、青白い肌──リーモはキョロキョロするのをやめた。見惚れて(みとれて)しもうたんである。

 クレッヂマネーのほうはそんなリーモにかまわず、玲瓏な(れいろうな)瞳で周囲を見ておる。

 カツン、カツン。

 硬い革靴のかかとを響かせて、1人の男が現れた。仲間をかき分け、クレッヂマネーの頭上に立つ。

 片目の男であった。右目が黒いアイパッチに覆われておる。腰には短剣。

「・・・おいおい、どういうこった?」片目の男はたずねる。「なんで、獲物が歩いてんだ」

「さあ?」男どもが答える。「山賊どもに任せろって言ったじゃねえですかい」

「ちッ。おい! ムッサゲゾック! 何やってんだ!」

 片目が怒鳴る。

 ・・・返事はない。リーモの背後には、もう死体しか居らぬ。返事などあるはずもなかった。

「てめぇ、何しやがった」

「ふん」絶世の美女クレッヂマネーは、リーモを抱き寄せながら、階段を上がった。「どけ。邪魔だ」

「あ?」

 片目の男は恐ろしい形相になる。リーモはびびった。「ひぃ・・・!」

「どけ」クレッヂマネーはびびらぬ。「もう言わぬ」

「なんだとこのアマ!」男ども、キレる。「舐めやがって! オイコラ!」「お頭!」

 片目の男も怒鳴り散らす──かと思いきや。

「・・・。」片目は、美女の顔を睨んだ。「待てよ。その顔、見たことがあるぞ・・・」

「お頭!」「どうしたんで、お頭!」「このアマどうするんで!」

 男どもがいきり立つが、片目の男は指示を出さない。一歩後ろに下がり、また一歩後ろに下がり、人垣の向こうへと下がってしまう。で、その位置から、ボソッと訊いてきた。

「・・・オンナ。おまえ、名は」

 クレッヂマネーはすっと背筋を伸ばし、黙って片目の男を見下ろした──あれ? 背が伸びてる? と思ってリーモが足元を見ると、なんとしたことか! クレッヂマネー、ちょっとだけ宙に浮いておる! 足先が床についておらぬ!

 片目は返答を待つが、クレッヂマネーはなにもしゃべらぬ。その態度に腹を立てた男どもが、いまにも掴みかかりそうになる。リーモびびる。女にしがみつくようにして、隠れる。

「・・・俺を“片目”のヒーウシナッキと知っての態度か?」

「それが貴様の名か」

「そうだ」

「か・・・海賊・・・!?」

 リーモはあえいだ。女勇者から聞いた名だ。海賊『片目』、名はヒーウシナッキ。

 ──ではこれは、海賊どもの船なのか!

「おう」

 片目の海賊船長・ヒーウシナッキの笑いには、人間らしさがなかった。

「エルフのお嬢ちゃんは、俺のコトを知ってるようだな? お嬢ちゃん、名は」

「ひぃ・・・!」

「我が妾に、声を掛けることは許さぬ」

 びびるリーモをぎゅっと抱き寄せて、クレッヂマネーが宣言した。

「妾だと?」

「そうだ。城へ連れ帰る」

「・・・マテンの城か」

「いかにも」

「マテン?」2人の会話に、海賊どもが顔を見合わせる。「どこだそりゃ?」

「下がれ」クレッヂマネーが命じる。「我が道をふさぐな。邪魔をせぬのなら、生かしておいてやる」

「・・・んだと、てめぇ!」ついに限度を超えた男が、腰の短剣を抜き放った。「ブッ殺してやる!」

「やめろ」片目が命じる。「手を出すな」

「はぁ!?」「なにを言ってんで、お頭!」「こいつ舐め腐ってますぜ!」

「うるせえ! 手ェ出すなっつってんだ!」

 片目は手下を下がらせた。クレッヂマネーの正面に、舷側(げんそく)までの道ができる。

「うむ」

 当然のような顔をして、クレッヂマネーがそこを歩く。リーモは腰が抜けてしまい、ずるずると引きずられるような形になる。クレッヂマネーが振り向き、お尻に手を回してきた。

 ひょい。

 抱き上げられた。

 お姫さま抱っこである・・・!

「ひぇぇ」

「行くぞ」

 クレッヂマネーはリーモを抱いたまま、舷側へ跳び上がると、ぽーんと飛び降りた。

 夜闇に波打ち、月光に煌めく滄溟のただなかへ。

 

◆♀◆ 15、海賊を追え! ◆♂◆

 

「艦長!」

「女勇者どの。いかがなさった」

 ところ変わって、石造りの建物の中。

 狭い部屋に書類がわんさか積み上げられた執務室に、女勇者が飛び込んできた。

 迎えるのは、軍人である。赤い胴着をきっちり着込んで机に向かっておる。

「艦長。私の妹分が誘拐された」

 女勇者ユリアーニェは、少し息を切らせながらそう言った。

「なんと?」艦長と呼ばれた軍人が、立ち上がる。

「港のガレーに、怪しい袋が積み込まれている」

「俺が見ました」女勇者の後ろで、兵が手を上げた。「人の背丈の長細い袋でした。報告は上げてあります」

「・・・それが妹分と?」

「証拠はない」女勇者は先に認めた。「しかし、妹分はユーコビンラで山賊とやり合っている」

「・・・。」

「ガレーは先ほど出港した。いまなら間に合う」

 艦長は隣に目をやった。文官がその視線を受けて書類を調べる。「はい。ガレーの出港許可は出ています」

「正式なものだな?」

「はい。ただし、申請は直前でした」

「夕暮れになってからということか?」

「はい。通例なら、出港許可は明朝に引き延ばす時間帯です。まして、監視対象の船ですから」

「ちッ」

 艦長は舌打ちした。

「──臨検の必要があるようだ。通常装備で出港」

「通常装備で出港!」

 兵が復唱。壁際の紐を引っ張る。ガラン、ガラン・・・。鐘が鳴り響いた。石造りの建物がにわかに騒がしくなる。

「女勇者どの。あなたに乗艦頂ければ心強いのだが」

「よろこんで」

 

 港へ駆け下りる海兵に混じって、女勇者も軍艦に向かった。兵たちが彼女を見て「おお」「女勇者どの」「おひさしぶり」とうれしそうにしておる。

 ふわ~ん・・・女勇者の隣には女神さまもいらっしゃるのだが、こちらは海兵には見えておらぬ。

 勇気の女神ユークラネー。女勇者に訊く。「ほんまに船でさらわれたんかに?」

「さあ?」女勇者は小声で答えた。

「わかっとらんのに、軍動かしたんかに?」

「海路はつぶさないと。陸路は限りがある。海路は、沖へ出られたらお手上げです」

「なるほど」

「ここの海軍はそれをわかっている。優秀です。だから大丈夫」女勇者は自分の胸元を握った。「大丈夫」

「・・・。」

 女勇者と女神はガレーのタラップを駆け上がる。タラップは引き揚げられ、太鼓が打たれる。2段の漕ぎ座に着いた海兵たちが、オールで静かに水面を押す。ガレーは器用にカーブを描いて、速やかに港からすべり出した。

 女勇者は舳先に向かう。このガレーは舳先に水鳥の像が飾られておる。その背中のあたりまで──つまり、ほとんど落っこちそうなぐらいのとこまで、女勇者はスタスタと歩いて行った。そこに立つと、ほとんど空中を飛んどるぐらいになる。

「行き先のあてはあるんかに?」

「港を出てしばらくは。無理して岩礁を抜けたりしない限りは」

「そこから先は?」

「お手上げ」

「ふむ」

 2段櫂の軍艦は、波を切って進む。海兵たちは優秀な漕ぎ手であった。だが、その速度は女勇者が望むよりも遅い。

「・・・女神さま。なんとかなりませんか」

「そなたが他の神の加護を受けておらず、私に身を任せるつもりがあり、この艦の指揮権を持っておるのならば、手はある」

「私は太陽の女神から称号を授かっております」

「そのようやに」

「指揮権もありません」

「見ればわかる」

「・・・。」

 女勇者は女神さまを睨んだ。

 女神さまは、ちょっと上空から女勇者を見下ろしておる。

「自分の神さまに祈ってはいかがかに?」

「いまは夜です」

「そやに」

「・・・・・・身を任せるというのは、いやらしい意味ですか?」

「私とけんかしたいんかに?」

「いいえ?」

「そなたのゆく先を、私がいじくり回す。それを認める──ちゅう意味やえ」

「よくわかりませんが」

「根掘り葉掘りうるさい娘やに。信者でもないくせに」

「・・・。」

「・・・。」

 2人の睨み合いは、見張りの声で終わりを告げた。

「前方に、3段櫂船あり!」見張りが船影を発見したのである。「──いま、舷側から何か落ちました!」

 

◆♀◆ 16、おまえは私を打ち砕くことはできぬ ◆♂◆

 

 海賊“片目”のガレーに追いついた、軍のガレー。

 ひと回り大きな海賊船に接近して停止させ、鉤手のついた縄を掛けて、臨検を敢行した(かんこうした)。

 ──だが、リーモの姿はなかった。

「知らねえ、つってんだろ」

「死体が7つもあるのだ! 知らぬでは済まされんぞ」

 片目と海兵が言い合いをしている。

「客のいざこざだ。俺たちゃ何もしてねえ。見ての通り、誰一人、手の汚れてるヤツぁいねえ」

「そんなもんは証拠にならん。犯人はどこにいる」

「飛び降りて逃げたっつってんだろうが」

「どこへだ!」

「海以外にどこにあんだよ」

「──貴船には、港に戻っていただく。これは命令だ」

 艦長が、押し問答にケリをつけた。

「殺人事件について、港で訊く。逃げたら罪になるぞ。君が清廉潔白(せいれんけっぱく)なら、おとなしく港に戻ることだ」

「おう。清廉潔白な船長は、そうするだろうよ」

 海兵たちは海賊船から軍艦へ戻った。

 艦長が女勇者を見る。

 女勇者は舳先にじっと立っておったが、ここで初めて口を開いた。「飛び降りたのは、女か?」

 片目は女勇者をジロッと見たが、口は開かぬ。

「答えろ」と海兵。

「おう。客の女だ」

「髪は青く、目は黒く、白い肌をして、背の高い」

「おう」

「・・・クレッヂマネー」

 女勇者はそう言うと──

 大きく息を吸って──

 もんのすごい大声で、叫んだ。

「クレッヂマネー!!! 魔王! 私が来たぞ、姿をあらわせ!」

 その声は月光きらめく波を越え、夜の海に広がった。

 

「レーネ・・・!」リーモの耳に、その声は届いた。

「ローヒン、止まれ」魔王の耳にも。

 馬が止まった。

 ゆ~ら・・・ゆ~ら・・・波の上下するのに合わせて、馬体も上下する。真っ黒な馬体が、銀色の足が、上下する。波の上で。

 ──波の上で!

 足先だけ銀色した、その巨大な黒馬は、波の上に立っておった!

「この娘を頼む。ここで待て」

「ブロオォォ!」馬がいなないた。「ヒヒィン」

 クレッヂマネーは、胸元に抱き締めていたリーモを離した。ちょこんと馬の背に座らせたまま、自分はひらりと飛び降りる。

 ぽちゃん。美女の足が波の上に乗った──これまた、波の上に立っておる!

「ブロロロ」

「すぐ戻る」美女は馬の首を叩いた。「我が妻を連れてな」

「つ、妻?」とリーモ。

「うむ。リーアーニャ。我が妻」

 と言うと、美女はスタタタと波の上を走っていった。

 馬の背に取り残されたリーモは、夜の海面にひとりぼっちとなる。

 

 大きな3段櫂船と、小さな2段櫂船は、互いにオールで突き合って離れた。突き方にかなり悪意があったのは言うまでもない。こっちでは海兵が頭を殴られそうになり、あっちでは海賊が胸を突き飛ばされて漕ぎ座から落ちておる。嘲笑と罵倒が行き交った。正式には海賊船とは認めておらんのに「海賊が!」と怒鳴っとる海兵まで居る。

 一触即発(いっしょくそくはつ)の、その空気の中に。

 美女が現れた。

 波の上を走って。

「我が妻よ! リーアーニャよ! よく来た。歓迎するぞ」

 腕を広げる美女。

 女勇者は、舳先の上から冷たく見下ろした。「お断りだと、何度も言っている」

「そなたの意志など訊いておらぬ」美女、ニヤリとする。「連れて帰り、妻とする。これは魔王の命令だ」

「従う筋合いはない」

 2人のやり取りを聞いて、海賊どもがどよめいた。「魔王だと?」「あの女が?」「海の上に立ってやがる」

 海軍のほうは逆に、ピタッと口を閉ざした。無言で艦長の顔を見て指示を待つ。艦長は女勇者を見た。

「ここは狭いな。やり合うには」と女勇者。

「なんだ。また戦か」美女、がっかりする。「やむを得ぬ。妻の求めだ」すっと右手を上げて、海賊船を指し──

 

《藻屑(もくず)となれ!》

 

 ──鳴り響く声で命じたかと思うと。

 突如(とつじょ)! 海が、盛り上がった!

「うおお!?」「うわー!」「て、転覆(てんぷく)する!」

 海賊船の真下の海が!

 見上げるほどの高さ、軍のガレーよりも大きな差し渡しに、盛り上がって・・・

 9本の太い腕を広げて、崩れ落ちてきた!!!

「げああー!」「ぐええ!」「神さまァー!」

 悲鳴を上げる海賊どもの姿が見えたのも、一瞬のこと! 怒濤と迫る波の魔物に、海賊のガレー、木っ端微塵(こっぱみじん)! マストのある真ん中から真っ二つにへし折られたのち、さらに前後それぞれに分かれた船体を叩き潰される!

 その破片が! 弾き飛ばされた海賊が! そして波の魔物の伸ばす腕が!

 女勇者たちのガレーにも迫ってくる!

「ちょ!」勇気の女神、あわてる!

 そのあわてふためく姿を、女勇者はチラッと見た。その顔に意地の悪~い笑みが浮かんでおったのを、女神さまは見逃さなんだ。

 軍のガレーが、波に呑まれ、海賊船と運命を共にする、まさにその直前──

 

《おまえは私を、打ち砕くことはできぬ!》

 

 ──鳴り響く声で、今度は女勇者がそう命じた。

 日焼けした左手を前に出す。神に祈るときのようにまっすぐに指を揃え、巨大な波と、海賊船の破片と、吹っ飛ばされる海賊どもに向けて──すんなりとした女らしい手を、立てた。

 ゴガァァァン!!!

 耳を聾する(ろうする)大音響が発生したかと思うと。

 雪崩かかって来るものすべてが、弾き返された!

 波の魔物が、砕け散る! 海賊船がさらに細かく左右に砕ける! 海賊どもが、あっちゃこっちゃにはね返される! 遅れて、猛烈な波しぶきが頭上から襲ってきて──そのすべてが、ガレーに当たらず海へと散ってゆく!

 ざ、ざ、ざ、ざああああ・・・! 豪雨のような音がつづいた。荒れ狂う波に小さなガレーが揺さぶられる。

「ひぃ」女神さまが悲鳴を上げ、女勇者にしがみついた。

「信者でもないのに、頼られても困りますが」

「うるさいえ。いけず!」

「ヒヒヒ!」女勇者は小悪党のように笑うと、波に立つ美女に向き直った。「片付いたな」

「これが邪魔だったのだろう?」

「いや? 私は『狭いな』と言っただけだ」

「よい、よい。我が妻を怒らせるは、我を怒らせるも同然」

「借りとは思わんからな」

「夫婦に貸しも借りもない」

「女色女(にょしょくおんな)めが!」

 言い合ううちに、美女の足元が盛り上がってゆく。

 いまやその波の山は、女勇者が立つガレーの舳先の3倍も高くなっておった。その波の山ごと、美女が迫ってくる。勇者を呑み込もうとするが、また勇者が左手を立て、超自然の力でその接近をはばんだ。ぶつかったところから波が砕け、まるで崖崩れのごとくして、本来の海面へと落ちてゆく。

 美女はその水の崖崩れのフチに立って──

「ドレスは用意してある」女勇者に爪を伸ばした。

「勇者の戦にドレスはいらぬ!」剣がそれを弾く。

 バキィィィン! ──到底、爪が立てるような音ではない、どんな金属をぶつけるよりも凄まじい金属音がした。

 ギギィン! ガギィン! ギゴォオン! ──到底、女2人が撃ち合っとるとは思えん轟音がした。あまりの音に、海が泡立っておる。

「しぶとい娘だ!」

「爪で剣を弾くおまえが!」

 しばらく撃ち合ったあと、美女は波を後ろに引いて、小休止した。「はぁはぁ。強くなったな」

 女勇者はキリッとした横顔にべっとり汗を浮かべつつ、鼻を鳴らした。「私はまだ若いのでね」

「困ったな。嫁を傷つけたくはないのだが」

「私はかまわんぞ」

「よし、多少卑怯だが、こうしよう。──ローヒン!」

 

◆♀◆ 17、リーモ、勇気を振るう ◆♂◆

 

「ぎぁーーー」

 リーモの悲鳴が聞こえた。

 波の向こうから、海駆ける馬がやって来る。

 リーモがぶら下がっておる。首根っこ咥えられ、左右にブンブン揺さぶられ、「ほげえ」「おげえ」「放せ」とか叫んでおる。どうやら逃亡を試みて、馬に噛みつかれ、捕まったようである。

「おいこら! この駄馬ァ!」女勇者がキレた。「私の妹分に怪我させたら、桜にするぞ!」

「ブロォォォ!!」馬が激怒した。泡吹いてリーモを振り回す。

「やめんか!」美女・クレッヂマネーが馬の鼻面をひっぱたいた。「我が妾ぞ。首が折れたらどうする」

 で、美女は馬からリーモを奪い取る。

「大丈夫か?」といたわったあとで──その白い首に、指を当てた。爪を立てる。「武器を捨てよ」

「・・・姑息な(こそくな)ことを」

「うげぇ・・・」リーモはぐんにゃり垂れ下がっておる。なんとか目を上げてこっちを見るのがやっと。「レーネ・・・」

「リーモ。助けに来たよ」

「ううっ・・・!」

「さあ、我が花嫁よ。武器は捨てよ。ドレスを着るのだ」

「私が従ったら、私以外の者には一切手出しをしないと約束するか」

「この娘は妾にするつもりだが」

「手出しをするな。私だけにしろ」

「・・・よかろう。そなたが従順に(じゅうじゅんに)ついてくるというのなら」

「その駄馬をここに付けろ。私はそれに乗る。代わりに、リーモをこのガレーへ乗せろ」

「よかろう。ローヒン、ゆけ」

「ブロォォォ!」

 馬、激怒である。口元に泡を垂らし、ギョロ目向いて、すごい表情で女勇者を睨んでおる。女勇者に『桜にするぞ』言われたのが我慢ならんようである。

「馬肉になど、させぬ。我が愛馬よ。そなたには傷ひとつつけさせぬ」

 馬、まだしばらく歯茎まで剥きだしておったが、やがて落ち着き、女勇者の近くまで波路をゆく。

 ──このしょうもない一幕が、リーモに回復の時間をくれた。意識がしっかりとし、周囲の状況が把握でき・・・助けに来てくれた女勇者・レーネが、いまや自分のせいで武装解除されかけとることを把握できた。

「大丈夫!」リーモは、勇気を振るった。「俺、泳げるから。女神さまが治してくれるから──戦って、レーネ!」

 そして、飛び込んだ。

 首元に深々と爪が切り込むのもかまわず、無理やり抜け出して。

 どっと血があふれるのを感じながら、夜の海へ、飛び込んだ!

「女神!」

「なにえ。その呼びよう」

 女勇者に叱咤されて(しったされて)、ブツクサ言いながら──ふわ~ん・・・ぼちゃーん。勇気の女神も、海に飛び込んだ。沈んだリーモを追いかける。

 それを見届けて、女勇者は「おい魔王」キレた。「私の妹分を傷つけたな」

「え、いや・・・」

 わざとではないのだが。見とったらわかるはずだが。

 波上に立つ美女──魔王クレッヂマネーは、言い訳はせなんだ。代わりに逆ギレした。

「それがどうした!!!」

「・・・。」

 女勇者は無言でジャンプ。

 舳先から、黒馬の背中へ。驚く馬の首めがけ、剣を振り上げる。

「あ!」

 ばさり。馬のたてがみが海面に散る。

 またジャンプ。黒馬が怒りと恐怖で暴れるよりも早く、ガレーの舷側に着地した。「お返しだ」

「ブヒィィィン!」馬が叫ぶ。その首の後ろ、皮がスッパリと裂け、血がダラダラ流れておる。

「我が愛馬を!」

「それがどうした?」

「嫁でもやってはならんことがある!」

 魔王、ここで初めて本気になった。鳴り響く声で唱える。

《波に呑まれよ!》

 もたらされたのは、津波であった。見上げるほどの高さの、海の壁。小型ガレーに叩きつける。

 

◆♀◆ 18、女勇者、しりぞける ◆♂◆

 

《おまえは私を、押し流すことはできぬ!》

 女勇者も左手を立て、唱え返した。

 轟音。海水が滝となってガレーの左右に崩れ落ちる。

 水上の攻撃では効かぬ──そう見てとったか。魔王クレッヂマネーはこう唱える。

《水底に眠れ! 乳の玉冠を墓碑として!》

「む」

 ガレーの足元から、波が引いた。 

 海面が、ガレーの周囲の海面だけが、見る見るうちに低くなってゆく。周囲には海の深さと同じだけの絶壁がそそり立った。その絶壁のフチに、さらに高く高く、波の壁が立ち上がる。その波の壁が、ついで海の壁が、ガレーの上に落ちてきた。

 ここまで無言で、漕ぎ座から一歩たりとも逃げなんだ海兵たちも、さすがにこの光景にはぶったまげ、悲鳴を噛み殺した。

「本気で殺しに来たか・・・」

 水底に葬られながら、女勇者は上空を見上げた。

「まあ、そのほうがいい。疑われるのはもうごめんだ」

 その上空を、どれほどの重量になるか想像もつかぬほどの水が、ふさいだ。

 

「しまった。やり過ぎた」

 ガレーを呑み込む海を見下ろしながら、魔王は眉を寄せた。

 海面は自分自身とぶつかって荒れ狂い、真っ白に泡立ち、もうもうと水の煙を立ち上らせておる。何が何やらわからぬ。その中を見透かそうと覗き込む魔王。

「これはまずいな。探しに行──」

 と、そのとき!

 荒れ狂っていた海面が、またしても突き上げるように暴れたかと思うと──

 

《我らは伸びる! 天までも!》

 

 ──瀑布を打ち砕いて、女勇者が現れた!

 白く爆ぜる飛沫を突っ切って、魔王の目の前まで、肉薄! その足元には、天をめがけて伸び上がる、海底の岩があった!

「ぬ!?」

「私は、海を知っている!」女勇者、剣を振り抜く。「考えていないと思ったか!」

 ひらめく絹のように刃が切り裂く。魔王がとっさに出した左手は、その一撃をうまく防ぐことができなんだ。剣と撃ち合える手の部分ではなく、腕のところに刃を喰らってしまう。まるでふつうの人間が剣から身をかばうような動きに、剣はふつうに食い込んだ。まさしく、かばい傷のごとく、魔王の腕が深々と切り抜かれる。

 魔王は驚きの声を上げて、後ろに倒れた。海面に倒れるところ、駆け込んだ黒馬が魔王の服を咥え、かっさらう!

「ぐええ!」首根っこ咥えられた魔王がうめく!

「逃がさん!」女勇者が追撃する!

 馬、跳ねる! 敵ながら天晴れ、夜空に高々と、何尋(ひろ)もの高さに跳ね上がったかと思うと・・・・・・・・・遥かに離れた海面に、ばしゃーんと飛沫を上げて着水。いったん海に潜ったあと、海面に現れたときには、背中に魔王を座らせておった。

「げほげほ・・・覚えておれ!」魔王、捨て台詞吐く。「必ず嫁にしてみせる!」

「お断りする。もうした」女勇者は剣を血振り(ちぶり)して、「去ね(いね)」

 魔王は最後にこちらを振り向くと、置き土産をしていった。

《引き潮に巻かれよ!》

 鳴り響く声が、超自然の現象をもたらす。

 月の位置も時刻も関わりなく、潮が引き始めた。小型ガレーが、沖へと流され始める。

「・・・。」

 女勇者はもう何もせず、艦長に任せる。艦長は「帆を張れ!」「港に帰還する」と命令し、落ちておる海賊があったら拾えと指示しておいて、女勇者のところへやってきた。

「やりましたな! 魔王をしりぞけましたぞ!」

「わー」「うおー!」「女勇者ァー!」海兵たちも勝鬨(かちどき)を上げる。

「・・・。」

「いかがなさった?」

 女勇者は黙って舷側に両手をつく。前屈みになった。「・・・オエー」

「ああ」「いつものアレ」「これさえなければ」「おいたわしや」「我慢して戦っておられたのか・・・」

 海兵どもがそっと視線を外す中、女勇者は港に戻るまで吐き続け、立ち上がることはできなんだ。

 

◆♀◆ 19、勇気の女神、言い忘れる ◆♂◆

 

(大丈夫。泳げる。俺は泳げる)

 ごぼごぼごぼ・・・

 海に沈みながら、リーモは自分に言い聞かせる。

(父ちゃんが言ってた。海のほうが泳ぎやすいって。だから泳げ・・・泳げ・・・)

 手足を掻いて、浮かび上がろうとする。

 ──重い枷と青銅の鎖を、ぶら下げたまま。

(泳げない!!! こんなのついてたら!!!!!)

 魔王クレッヂマネーは、リーモの鎖をぶっ千切ってはくれた。だが、枷を外してはくれなかったのだ。たぶん、連れ去るのにそのほうが都合が良かったからであろう。なにが妾か。これでは奴隷扱いである。

(助けて!!!)

 パニックになったリーモは空気を吐き出してしもうた。貴重な泡が、取り戻す間もなく上へ、海面へと逃げてゆく。

 夜の海は、真っ暗である。あっちゅう間に、その生命の泡も見えんようになった。

 もうだめだ・・・俺、死ぬんだ・・・!

 さらなるパニックに陥るリーモであったが。

 その海面のほうから、明かりが近付いてきた。潮がしみる視界の中に、明るい光が近付いてくる。白い衣が水の中を揺らめくのが見えた。明かりに照らされ、輝く冠も。

(女神さま・・・!)

<まだ生きとるかに? いま空気をやるゆえ、まずは落ち着け>

 無理である。

 溺れとる人間に『落ち着け』というのは、実行不能な命令の典型である。

 リーモはもがいた。女神さまにしがみついて助けてもらおうとする。その手がすり抜けた。掴まれぬ。

<落ち着けと言うに>

<無理だと思います。とにかく、枷を外してあげては?>別な声がした。

<そやに。──レーニャ、またアレをやるえ。よいな?>

(たすけて! なんでもいいから!)

<同意を得たとみなす>

 女神さまの声がして、リーモの意識はいったん途切れた。

 

 このとき、何が起きたのか?

 

<消えた>別な声が、その答えとなった。<・・・出て来た!>

 なんと。

 暗黒の海中でもがくリーモの身体が、ぼんやりと薄れて消え、モヤモヤとした玉のようになり──

 それからもう一度、海中に現れたんである!

<ほぐして、絞り直した>

<これが、ユークラネーさまの力ですか>

<うむ>

 

 ざんぶ、ざんぶ。波の音と共に、リーモの意識がもどってきた。

 激しく咳き込んだあと、なんとか呼吸が可能になる。

「気が付いたかに?」

「女神さま・・・」

 女神さまが、真上から覗き込んでおる。女神さまも、びしょ濡れである。

 いつの間にか重しが消えていることにリーモは気付いた。手を持ち上げてみると、ちゃんと左右それぞれが自由に動く。さっきまで左右一緒でないと動かすことができんかったのに。そして、軽々と空中に上がる。さっきまで、持ち上げるのもつらかったのに。

 がぼっ。手を上げたせいで、頭が水中に沈んだ。塩水を呑む。「ぐえっほ!」喉が痛い。鼻が痛い。

「これに掴まりなえ」

 女神さまが木切れ引っ張って来てくれた。それに抱きつく。どうやら船の破片のようである。

「レーネは?」

「さて? 私にはわからぬ」

「まさか・・・!」

「これは海賊船の破片やえ。・・・ま、大丈夫やろ。魔王と互角に撃ち合っておったゆえ」

「そっか」次に、リーモは自分のことに気付いた。「・・・あれ? 服は?」

「服も枷も、海の底」

「は?」

 リーモは自分の腕を見る。白いなよやかな腕、丸出しである。胸元を見る。小さなおっぱい丸出しである。

「明かりがいりますか?」

 別な声がした。差し出してくれたのは、たいまつであった。

「あ、どうも」

 リーモは自分の身体を見た。暗い海に沈んだ身体が明るく照らされ、白く輝いた。

「・・・すっぽんぽんじゃん!」

「枷を外すため、ほぐして絞り直した──ついでに、服も脱げてしもうたのえ」

「どういうこと!?」

 女神さまを仰ぎ見たリーモは、おなじみの女神さまの背後にもう1柱、小っちゃな女神さまが浮かんでいらっしゃるのを目にした。茶色い、地味な服を着た女神さまである。小人か妖精のように小っちゃな姿である。であるが、その胸はとても大きく豊かであった。

「あれ? ・・・えっと、神さま?」

「これなるはラモリマイ。ラモリモンラの神。私が吸収し、妹としたもの。ラモリマイ、我が巫女ナッタレーニェやえ」

「え・・・と、初めまして」

「初めまして。村の娘を救ってくれてありがとう」

 茶色の、おっぱい大きなちび女神さまはにっこりした。たいまつを持っとるのは、この女神さまであった。

「たいまつは、そろそろ消すべし」勇気の女神さまが言うた。「肉食う魚が集まっては困る」

「ひっ・・・!」

 リーモびびる。『海には人間食うような恐ろしい魚がいる』と、父から聞いたのを思い出したのだ。

「船が助けに来てくれるかも知れんが、それはそれとして、陸を目指したほうがよかろう」

「り、り、陸はどっち!?」

「あっち」

 指差されるやいなや、リーモは無我夢中で平泳ぎを始める。すっぽんぽんのエルフの娘が木切れを抱いて平泳ぎするのはすごい光景であったが、幸いにして、見とるのは女神さまだけであった。

「おっかしい・・・な・・・」

「どないしたのえ」

「俺・・・はぁはぁ・・・泳げる・・・はずなんだけど・・・」

「ああ。言い忘れておった」女神さまはポンと手を打った。「エルフはカナヅチなのえ」

「は?」

「ハイエルフは水に浮きにくい。よう沈む。まったく泳げんわけではないが・・・あまり水には入らぬほうがよい」

「言ってくださいよ! もっと早く!」

 

◆♀◆ 20、海の小姓、リーモを助ける ◆♂◆

 

 翌朝。あたたかい初夏の日昇る浜辺にて。

 1人の少年が、砂の上にひざまずいて、祈っておった。

 なかなかの美少年である。肌は、日焼けしておるにも関わらず、瑞々しい(みずみずしい)。ぷるぷるした頬には初々しい赤みが差しておる。睫毛は長く、まるで少女のよう。髪は短く刈り揃えてある。服は、使用人が着るような質素なもの。ただ、胸元に海の神の聖印が刺繍されておある。どうやら、海の神に仕える身分のようである。

 お祈りの内容はというと・・・

 

「偉大なるウミスベラーニさま。大海の支配者よ。

 昨夜の狂い潮は、みんなびっくりしてました。なんで急に潮が引いたのですか?

 えっと、それから・・・僕の父ちゃんと母ちゃんは無事ですか。あと兄ちゃんはどうですか。

 無事ならどうか会わせてください」

 

 ・・・こんな感じであった。

 何回も同じような内容をブツブツと呟く。あんまり慣れとらんようで、正式なお祈りという感じではない。親戚のおっちゃんに大事な話をしとるぐらいの距離感である。しかし一生懸命であった。

 しばらくそうして祈ったあと。

「はぁ・・・」とため息ついて、少年は立ち上がった。

 そのときであった。

 ばしゃーん! と、大きな波音がしたのは。

「え?」

 少年、そちらを見る。

 波打ち際に、なんか白いものが転がっておった。

「ひっ」少年びびる。「し、死人!?」

 それは、すっぽんぽんの人間の体であった。うつ伏せに倒れており、性別はようわからぬ。だが、少年よりも小さな、子供っぽい身体であることはわかった。

 恐怖に腰が引ける少年であったが・・・

 波に、ばしゃーん、ばしゃーんと叩かれ、無力に揺さぶられる裸体を見ておるうちに、同情が恐怖に打ち勝った。

「た・・・助けてあげなきゃ」

 口に出すことで決意が固まった。少年は、びびりながらも、すっぽんぽんの身体に近付く。

「もし、もし」

 呼びかけるが返答はない。腕を掴み、仰向けに転がす。濡れた腕がすべり、すっぽ抜けた。

 ばしゃ! 少年、尻もちつく。お尻が波の中に沈んでびしょ濡れになった。

「オンナの子だ・・・エルフの・・・」

 仰向けにしたことで、相手の正体がはっきりした。

 少女は股間に毛が生えておらず、ひと目で女とわかるんである。そして、長い耳が、黒い髪から突き出しておった。

 と、このとき、すっぽんぽんの少女が咳き込んだ。「げほっ」

「・・・生きてる!」

 少年は飛びつくようにしてエルフの少女を抱き起こし、砂浜を引きずって波の来んところまで揚げた。それだけでフラフラになる。少年は、エルフの少女よりは少し背が高いのだが、力は全然ないようである。

「げほ・・・げほっ・・・」

 息を吹き返したらしいエルフのオンナの子。白いお腹を波打たせて、苦しげに呼吸する。その唇が青ざめ、裸体が小刻みにふるえるのを見て、少年は次にすべきことに気付いた。

「火・・・いや火は無理だ。服。服を着せてあげなくちゃ」

 陸のほうを振り向く。

 が、この浜辺は町から少し離れておる。見える程度の距離ではあるが、行って人を連れて戻ってくるとなると、それなりに時間はかかる。それまで、このオンナの子を放ったらかしでいいのか? すっぽんぽんのままで?

「ああ!」

 少年は迷った。

「この服を着せてあげたい・・・でも、僕にも、いまは服を脱げない理由があるのに」

 しばらくオロオロしたあと、少年は「いや」と首を振った。

「この子を助けるほうが先だ。ええい、くそ! 海の神さま、僕を守ってください!」

 そして。

 少年は帯をほどき、護身用のナイフの鞘と共にそばに置く。

 上衣を脱ぎ捨てた。さらに、その下の長衣──首から膝元まである貫頭衣の脇の留め紐をほどき、それをパッと脱ぎ捨てる。

 少年の上半身があらわになった。そしてその瞬間、彼は少年ではなくなった。裸になった胸に、小さなふくらみがふたつ、ツンと飛び出しておったのだ。

 彼は、オンナの子だったんである。

「いま着せたげるからね。この服も、ちょっと濡れてるけど・・・」

 と、長衣でエルフの裸体をくるんでやろうとする少年(♀)。

 途中、ふと手が止まった。「・・・あれ?」長衣を、持ち上げる。長さをあらためる。

「あれれ?」

 長衣が・・・なんか・・・びろ~~~んと・・・なんかものすごく・・・長くなっておる!

 裾が伸びて、丈が2倍ぐらいになっておる!

「あ、あれ? なんだこれ?」

 

<そなたの力かに?>

 勇気の女神の質問に、おっぱいのでっかいちび女神はうなずいた。<はい。つくろいものは得意です>

<有能やに>

<姉上ほどでは>

<一着、ポンと出すわけには?>

<それはできませんね・・・私は、創造の神ではないので>

 2柱の神は、すっぽんぽんのナッタレーニェ嬢の上空に浮かんでおる。

 先ほどから見守っておったのだが、少年(♀)には2柱が見えんようで、気付いておらぬ。

<どうやら善良な人物のようで、助かったえ>

<ですね>

 2柱は、そのまま成り行きを見守るのであった。

 

「・・・そっか。神さまのお助けだ」少年(♀)は納得した。「きっとそうだ」

 ナイフを取り出し、長衣を半分に切る。

 襟のついとる部分を、すっぽんぽんの少女に着せてやる。そっちは留め紐がついとるから、着せやすいんである。

 切り落とした裾のほうを、自分の裸体に巻き付ける。少年(♀)の身体はまだまだ未成熟で、小さな乳房さえ隠せば、性別はすぐにわからんようになった。というか、もともと顔立ちが美男子っぽいので、もはや美少年にしか見えぬ。

 上衣もエルフに着せてやり、帯を締めてやる。

 下半身すっぽんぽんのままなのは、かわいそうだが・・・

「ごめんね。すぐ人を呼んでくるから」

 そう言うと、少年(♀)は港へ向けて走り去った。

 ちょうどそのとき、ゆく手にある港に、軍の小型ガレーが帰港してくるのであった。




※このページの修正記録
2024/07/25
「海賊を追え!」
 冒頭、すでに立ち上がっている艦長がもう一回立ち上がっていたのを修正しました。
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