◆♀◆ 21、勇気の女神の来し方は ◆♂◆
「リーモ、起きた?」
目を覚ますと、綺麗な黒髪の美人にのぞき込まれておった。
「んむ」
我らが主人公・ナッタレーニェ嬢。ひょいと起き上がって、ベットに座った。髪の毛がくちゃっとなる。エルフの耳がパタパタッとして、髪を払いのける。
「レーネ、おはよう」
「おはよう」
美人。にっこり笑う。青みを帯びた髪が美しい。その髪よりも、さらにキラキラと輝く目。瞳の奥から光が放射されておる。まるで魔法のように輝く、その目の持ち主は、女勇者ユリアーニェ。17歳のお嬢さんである。
レーネとリーモは愛称である。この地方の言葉では、2人の愛称がいずれもレーニャとなってかぶってしまう。それで、『レーニャ姉さん』『レーニャちゃん(妹)』みたいなニュアンスで、レーネ、リーモと呼び合うことになった。レーネはこれがいたく気に入ったらしい。我らが主人公のことを『私の妹分』と呼び、誘拐された海賊船から──そして魔王クレッヂマネーから奪い返してくれたのであった。
「朝ごはん持って来よっか?」
「あ、俺、行くよ」
「いいから座ってな!」
レーネはひらりと身を翻して(ひるがえして)、部屋を出てった。
リーモ誘拐事件から、丸一日。『ゼナルジーコの宿』。
明るい日差しが、ひとつしかない窓から差し込んでおる。初夏の朝。外はよく晴れていた。
ベットに座って足をブラブラするリーモ。ハイエルフの美少女。勇気の女神にオンナにされた、我らが主人公。ちょっとぼーっとしてから、ふわふわする髪の毛をポニーテイルにまとめ始めた。
「お待たせー!」
朝ごはん到着。バター塗ったパンと目玉焼きと野菜スープ。と、ミルク。
「ありがとう。レーネ、ごめん。勇者さまなのに」
「いい、いい。休暇中は勇者とかそういうのないから」
「うう・・・」その休暇中に、魔王と戦わせてしまったわけだが。「ごめん」
「いいから食べなって」
「はい」
レーネは女勇者。ドラゴンを殺し、海の魔物を操る魔王と互角に撃ち合う英雄。
すでに、吟遊詩人の歌にもなっておる。これからも歌は増えてゆくであろう。
女勇者ユリアーニェ──その妹分とは! なんとも、すごい話である。
「はー」リーモ、食事終え、ひと息ついた。「おいしかった」
「もう大丈夫なの? 痛いとこない?」
「うん。ない」
「あるわけなし。私が癒やした(いやした)に」背後から、声がした。
「・・・。」美人勇者、そっちを見上げる。
「・・・。」リーモも見上げる。
リーモの背後。
ふわ~んと浮かぶ、人影あり。
白い服着たエルフっぽい美女である。足組んで椅子に座る──みたいなポーズして、宙に浮いておる。ひら、ひらと裾がなびく。足先はどこにも着いておらず、尻もどこにも乗っておらぬ。長い黒髪三つ編みにして、ツノ生えた冠かむっておられる。冠の後頭部に広がる羽飾りあり。後光のようにふわふわと光っておる。
「・・・ユークラネーさまも、ありがとう」
「うむ」
勇気の女神、ユークラネーさま。我らが主人公をオンナにした張本人。うなずく。
「しっかり食うて、勇気を振るえ。して、うまくいったらば、我が名を広めよ」
「はいー」
「・・・。」美人勇者、なんか言いたげ。
「なにえ?」女神さま、ジロッと見下ろしてくる。美人なのだが、眼光鋭く雰囲気こわい。「言うてみよ」
「リーモはオンナの子なんだから、もうちょっと、ねえ?」
「あー、いや、オンナっていうか」リーモ戸惑う。
「ん?」
「・・・なんでもない」リーモ日和った(ひよった)。パシッ。後頭部叩かれる。「あイテっ」
「ちょっと! なんで叩くの?」
「これは我が巫女え。しつけは私がする」
「叩かなくてもいいでしょうが」
「やかましえ」パシッ。「いて」
「たたくな」
「さわるな」
美人勇者と女神さま。リーモの頭上で小競り合い開始。リーモの後頭部はたこうとする女神さま。女神の手を払おうとする女勇者。
ひとしきりやり合って、女神さまが手ぇ止めた。
「そもそも、そなたは強引過ぎる」
「なにがですか」
「まずもって、」
「はい」
「・・・我が巫女を助けてくれたこと、礼を言うておく。ありがとう」
「どうしたしまして」
「ほんとありがと」リーモも乗っかった。
「うん」レーネほほえむ。
「──そやに、言うことは言わせてもらう」
「どうぞ」
「そなた、勝手すぎ」
「なにが勝手ですか」
「リーモのこと、『妹分』と公言したが、本人に確認はしたんかに?」
「・・・してない」
「ほれ見よ」
「いもうとぶんって?」
「こやつ、そなたの知らんとこでそなたを妹扱いしおったのえ」
「え?」
「いや、リーモを助けるためにね・・・」
「いちから説明せよ」
「はーい・・・」
若干ふてくされた女勇者。説明をした。たまにちょっと誤魔化して、女神さまにツッコミ喰らう。
「リーモが心配で心配で、『妹みたいに大事に思ってる知り合い』って言うのがまだるっこしくて・・・」
「嘘言いなえ。めっちゃはっきり『我が妹分』言うておったえ」
「・・・。」
聞いたリーモ。しばし沈黙する。
「えっと、ありがと。けど、俺、妹なの?」
「だって年下じゃん」
「そうだけど」
「私なんかが姉じゃ嫌?」
「いや、嫌じゃない」
「よかった」美人勇者、ニコッとする。可愛い。「リーモのほうはどうなってたの?」
「えっとね・・・」
リーモも説明した。山賊に誘拐されて、海賊船に鎖で繋がれて、魔王に助けられて・・・。
ただ、山賊に乱暴されそうになったことは、口にできなんだ。綺麗で優しいレーネに、あんな出来事を知られたくなかったのだ。
そのせいで、魔王が突然山賊を殺し、リーモを横取りした・・・みたいな説明になってしもうた。
「あのクソ魔王!」
女勇者、激怒。魔王の嫁ルート消滅である。哀れ魔王。
「魔王って・・・女だよね?」
「うん。女色女(にょしょくおんな)」
「そうなんだ」
「・・・敵だからね?」
「わかってる」リーモは女神さまを見上げた。「女神さま、魔王倒すって言ってなかった?」
「うむ」女神さま、うなずく。「ヤツは我が仇敵」
「きゅうてき」
「90年ほど前の話え。ヤツがちょうど、レーネぐらいの歳のとき、」
女神さま、レーネを見る。
「ヤツの軍勢が、我が都を襲った。
ハイエルフの戦士は魔物と相討ちとなり・・・、
叡知(えいち)を誇った魔術博士は、ヤツの鳴り響く声に蹴散らされた。
ヤツの軍にも打撃を与えたのやが、それが逆にまずかった。
ヤツは本気になり、津波を呼び寄せた。都は、この世から消え去った」
「・・・それで、ユーコビンラに来たの?」
「うむ。生き延びた信者が、私の小さな像を運び出したのえ」
「歌で聞いたことあります」とレーネ。「たしか、こう・・・」
勇気の女神の来し方(きしかた)は。
エルフの都の滅びた日。戦士と博士の死んだ日に。
勇気の女神は、都落ち。持ち出されたる像、みっつ。
ひとつは海辺の大岩に。魔王と戦う船乗りのため。
ふたつは深い穴穿ち(うがち)、ダークエルフに守らせた。
みっつは寂しい山奥に。魔王の津波の届かぬように。
「うむ」女神さま、柔和な(にゅうわな)表情となる。「その『みっつ』が、ユーコビンラのこと」
「・・・すごい神さまだったんだね」
「なにえ。大したことない思うとったんかに?」
「そうじゃないけど。うちの村だけの神さまかと思ってた」
「いまはその通りやえ。栄枯盛衰(えいこせいすい)なり」
「他の2つは、どうなったのです?」とレーネ。
「わからぬ。エルフが居らんようになって以降、信仰薄れ、礼拝途切れ、目も耳も利かぬ」
「信者いなくなるとわかんなくなるの?」
「うむ。この世との繋がりがなくなり、どっか飛んでってまう」
「どっか」
「この世ならぬどっか」
「それ、死ぬってことじゃないの!?」
「神は死なぬ。そやに、そなたらから見れば、死んだも同然ではある」
「じゃ、魔王を倒して、信者を増やさなきゃね!」
「無理をすな」
「・・・。」
「そなたに倒せる相手やないえ」
「わかってるけどさぁ・・・」
リーモ、いじける。
ポン、ポン。肩叩かれた。見ると、レーネが得意そうな顔して、自分を指差しておる。
「・・・うん。がんばって」
「任せて!」
こんな綺麗なオンナの子に、しんどい仕事を押しつけたくないなあ、とリーモは思った。
◆♀◆ 22、称号 ◆♂◆
「それにしても、言ってくだされば良かったのに」とレーネ。「魔王と戦うって点では、同じ立場なんですから」
「なにごとも、この目で見るまでは信用せぬようにしておる」
「なるほど。で、私が魔王と戦ったから──」
「そう。いま言うた」
「わかりました。今後はよろしくお願いします」
「こちらこそ、ヨスベリューサニェー」
「・・・なにそれ」
「太陽の女神の女勇者、ってことだよ。私の称号。ヨスベリューサニェー・ユリアーニェ」
「太陽の女神」偉大な神である。「すごいね」
レーネは笑った。「私はすごくないよ。ガンバが信者でさぁ、彼の顔を立てるために称号を受け入れたんだよ」
「へえ・・・」
「太陽の女神の御名は、ヨスベラーマ」と女神さま。「その女勇者で、ヨスベリューサニェーやえ」
「よ・・・よすべりゅーしゃねー」
「ふふ」レーネ笑う。「区切って覚えるといいよ。ヨゥ! スベリュー、サニェー! みたいに」
「ヨ、スベルー、サネー」
「そうそう」
しばらく練習する。レーネがうれしそうにするので、リーモも浮かれた。
「レーネはすごいね! 神さまから称号もらうなんて」パシッ。頭はたかれた。「いてっ。なんで!?」
「また叩いて!」レーネ怒る。
「こやつ、いま私に対し、とんでもない無礼を働きおった」
「え?」
「そしてそれに気付いてもおらぬ。腹立たし。ラモリマイ。指導をたのむ」
<はい>
どこからともなく声が響いた。
勇気の女神さまの肩のあたりに、小っちゃい女神さま、御降臨(ごこうりん。
おっぱいでっかい小っちゃい女神さまである。茶色の服に、もじゃもじゃした黒い巻き毛をしてらっしゃる。『お母ちゃん』っちゅう感じである。いや、お若い見た目なんですがね。『お母ちゃん』との、貫祿があるのだ。
「レーネ。これなるは、ラモリマイ。ラモリモンラの守護者にして、我が妹となった神やえ」
「ラモリマイさま、初めまして。ヨスベリューサニェー・ユリアーニェです。レーネとお呼びください」
「あなたの噂は聞いています、太陽の女勇者よ。重い仕事を押しつけられ、よく尽くしていますね」
「・・・ありがとうございます」
「さて。ナッタレーニェや」
「あ、はい」
「私も、リーモと呼びますけども、」
「はい」
「リーモ。おまえ、先ほどの言いようはなんですか」
「なにって」
「ユークラネーさまから頂いた称号を忘れたのですか」
「・・・もらったっけ?」ペシッ。ユークラネーさまに頭はたかれる。「いて。もう!」
「ユークラネーさまだから、その程度で済むのですよ。厳しい神さまだったら、お猿さんにでもされてしまいますよ」
「ひぃ!」リーモはびびった。オンナにされただけでも人生ハチャメチャになっておるのに、猿にされては生きてはおれぬ。「ごめんなさいごめんなさい。お猿さんはかんべんして」
「うきー」勇気の女神、リーモの頭をぺしぺし叩く。
「リーモも称号もらってるんだ?」とレーネ。「ユークラネーさまだから・・・ユークリューサニェーとか」
「あほな。こやつが『勇者』いう器か」
「あ!」思い出すリーモ。そう言えば『~と名乗ることを許す』とか言われたわ。「あれかぁ!」
「いまさら思い出しおった」
「あれ称号だったの?」
「そえ」
「言ってくださいよ!」
「言うとらんかったかに?」
「言ってない!」
「そうかに」
「もー」
勇気の女神さま、にっこりする。「さ、名乗ってみよ」
リーモ、冷や汗かく。「・・・。」
「覚えとらんのかに!」
ぺしぺしぺし!
しかし、思い出せんものはどうにもならぬ。ユーなんとか・・・ユーク・・・なんだっけ?
「ユークレニャー。『ユークラネーの娘』という意味ですよ」ラモリマイさまが助け舟出してくれた。
「あ、そうだった」
「もっと、ありがたがりなさい」
「ははあー」リーモ、ひれ伏した。
「今後は忘れないように。正式な名乗りの際には、必ず名乗るように」
「へい」
「『勇気の巫女、ユークレニャー・ナッタレーニェです』。──さん、はい」
「ゆ、ユッタレーニェ」
「合成すな」
「・・・じゃ、お皿持ってくね」
「あ、片付けは自分でするよ」
「いいから。もうちょっと安静にしときな。またね・・・っと! いけない。伝えるの忘れてた」
「なに?」
「ふたつある。ひとつは、領主さまから。もひとつは、小姓くんのこと」
「領主さま!?」
「領主閣下が、館に来てほしいって。リーモが誘拐されたときのことを聞きたい。特に、魔王のことを──ってね」
「うへえ」
「小姓くんは、リーモを助けてくれた人だね。一応、私が代理でお礼は言ったけど」
「自分の服を切り裂いて、そなたに着せてくれたのえ」女神さまが補足した。
「え! そりゃ、お礼言わなくちゃ」
「だね。この港の、海の神殿で働いてる小姓くんなんだって。名はオンフルーン」
「オンフルーンくんか」
「そう。可愛い男の子だったよ」
「・・・・・・・・・そう」
◆♀◆ 23、いきちがい ◆♂◆
昼下がり。
リーモは、港通りをテクテク歩いておった。背後にふわ~んと女神さまがついてくる。
彼女の前を、初老の男が歩いておる。小柄だが、がっしりした老人である。名を、ゼナルジーコという。──リーモが泊まっとる宿の、あるじであった。
リーモが宿を出ようとしたら、「案内しよう」と言うて、ついてきてくれたんである。
「昨日の今日だからな。1人で歩かんほうがいい」
「言われてみれば」
──というわけで、案内お願いしたんである。
路地を何回か曲がって、街の中を流れる水路を渡る。丸く盛り上がった橋を渡って。
渡ったところで、ゼナルジーコが立ち止まった。
「ほら、そこだ」
「はい」
「わしはそこで魚を買っとるからな」
水路へと降りてゆくゼナルジーコ。道路から水路に下る階段があるのだ。下りると、水路とほとんど同じ高さの細い歩道に出る。水路をゆく舟が停泊できる、小さな桟橋みたいなもんである。いまはそこに、魚を売る舟が止まっておるんである。
リーモのほうは、長衣の袖をまくり直して(レーネからもらった長衣で、袖が余っとるんである)、水路に面した神殿へ向かう。
大きな庭のついた、木造の神殿である。この地域では木造のほうが費用が安いのだが、この神殿は高級感があった。庭は美しい生け垣で囲まれておる。正門の左右に、石の像が飾られておる。右に、三叉の槍を持つ男神。左は、人魚が3人、楽しそうにからみ合って天へと泳ぎ昇る姿。なめらかで美しい人魚たち。おっぱい丸出し。リーモ、ちょっと見惚れる。
「なんか用かね?」と、年老いた門番。
「あ、」リーモはびっくりする。門番いたんだ。「えっと・・・小姓のオンフルーンって方に、お礼を言いに来たんだけど」
「あんた誰かね?」
「え、あ、えっとあの、勇気の巫女、ユークレニャー・ナッタレーニェ・・・」
「エルフのお嬢さんが、何でまた」
「いやだから、オンフルーンって人にお礼を・・・」
「なんのお礼か訊いとるんだが」
「昨日、助けてくれた・・・」
「助けた? 小姓がかね?」
「うん」
「はぁ。オンフルーンなら、いまは出かけとるんだがね」
「そうですか」
だったら最初からそう言えよ。イラッと来たリーモ。短気を起こした。ちょうどゼナルジーコが階段を上がってきたので、今日はやめだ! と、決めてしもうたんである。「じゃ、また来ます」
魚を抱えたゼナルジーコと、ぷりぷりしながら歩くリーモ。ふわ~んとついていく女神さま。橋を渡って、立ち去った。
それからしばらく経って、司祭と小姓が戻ってきた。
「やあ、お帰りなさいまし、司祭さま」
「うむ」
「さっき、人が来てましたぜ。小姓の坊主に用があるって」
「僕に?」小姓が首をひねる。サラサラした髪が横になった。「あ、もしかして、エルフのお嬢さん?」
「はぁ。そうだが。おまえさん、エルフなんかと知り合いなのかね?」
「知り合いじゃないけど。昨日助けた子です」
「へえ。まあ、おまえさんは顔だけはいいからな。女にゃモテるだろうよ」
「・・・。」
司祭と小姓は神殿に入る。
「・・・僕、あの人に嫌われてるのかな」
「あいつはああいう男だよ。もうずーっとな」と、司祭さま。「気にせんでよろしい」
「そっか」
「それより、エルフのお嬢さんは大丈夫だったようだな」
「うん。よかった。です」
「行き違いになってしまったようだな。宿に行ってみるかね?」
「うーん・・・」
「ゼナルジーコの宿と言ったろう?」
「うん。女勇者さまがそう言ってた」
「お父さんが気に入っとる宿だったな? なら、行ってみなさい」
「・・・うん。そうする」
◆♀◆ 24、嫉妬したってしょうがない ◆♂◆
さて、宿に戻ったリーモとゼナルジーコ(と女神さま)。
玄関まで来たのだが。扉を開けようとしたところで、男女がけんかする声が、耳に入ってきた。
「そうやって次から次へ借りを作っているとだな──」
「リーモのためなら、借りのひとつやふたつ」
「立派な心がけだ。困っている人のため、あっちこっちに借りを作り、文官武官の言いなりにされる。ああ、立派な心がけだよ!」
「うるさいなあ。私は跡取りじゃないんだからさぁ!」
うわー・・・。
レーネとガンバだ。しかも、原因、俺じゃん。
足が止まるリーモ。だが、ゼナルジーコは知らん顔であった。ドア開け、宿に入る。「ほい失礼。ちょっと聞こえちまったよ」
「あ、お帰り」とレーネ。
「ごめん」とリーモ。
「いいよ。ガンバが怒鳴るのが悪いんだよ」
「おまえなあ・・・」
ガンバ。背の高い青年。本名はガンバットリャンニ。領主の跡取りである。なのにレーネの従者みたいなことをしておる。変わった人だなあ・・・と思っておったが、いまのけんかを聞くに、お目付役なのかも知れん。
「とにかく、借りは作らんように立ち回りたまえ」
「はいはい。──リーモ、小姓くんに会えた?」
「いなかった」
「そっかぁ。残念だったね。ホントに可愛いのに」
「フーン」
「・・・どしたの?」
「なんでもない。またね」
リーモは足早に広間を抜けて、2階につづく階段へ。ギッコギッコ。退散である。しかし、リーモのエルフ耳、鋭い。聞かんとこうとした会話が聞こえてしまう。
「──そもそも、どうしてそんなにリーモに入れ込む? 会って数日だろう」
「ガンバは会ったその日にシケ込んでるよね?」
「それは娼婦の話だろうが! ・・・いや、もしかして、おまえ、リーモを」
「ちがうわ馬鹿。娼館通いの色ボケ野郎。リーモは女だろうが」
「口の悪い勇者だな!」
ギィ、バタン。部屋のドア締めたリーモ。レーネからもろうた長衣を脱いだ。
部屋着姿で、ベットに座る。ポニーテイルにしとったリボンをほどいて・・・「はぁ」
「なにえ。ため息」
女神さまも、珍しく冠脱いでテーブルに置いた。三つ編みもほどいて、ぱさぱさと髪を梳いて(すいて)おる。
「なんかあったんかに? いまはヒマやに、言うてみよ」
「べつに」
「たまに訊いてやったらこれ!」
「・・・。」
リーモは枕をいじった。しばらく枕をつまんだり引っ張ったりしたあと、だるそうに横になる。
「身体の調子、悪いんかに?」
「ううん。大丈夫」
「ほな、心の調子が悪いんかに?」
「・・・。」
「なにえ。言いなえ。あんなことがあった直後、しんどなるんは、恥ずかしゅうないえ」
「あ、ちがうちがう」リーモ、頭を起こして女神さまを見た。「そういうんじゃないから、大丈夫」
「そうか」
「うん。・・・・・・・・・はぁぁ」
「なにえ!」女神さま、イラつく。「なに落ち込んでおるのえ」
「うるさいなぁ」
「私に知られとうない話なんかに?」
「放っといて」
「ふむ?」
ふわ~ん。女神さま、いったん離れる。
「年頃の若者。神にも知られとうない悩みごと」分析開始。「身体は元気。心も正常。そやに、はぁ・・・はぁ・・・などと、ため息しきり」
ふわ~ん。女神さま、近付く。リーモの顔、のぞき込む。
「──レーネが好きになったんかに?」
「!!!」リーモ、真っ赤になる。
「なるほどなるほど! そうかに、そうかに!」女神さま、うれしそう。「ふーーーん、そうかに」
「もー・・・」リーモ怒る。反対向きに寝転んだ。
「しかし、なんで怒る? ──あ、わかったえ。レーネが小姓のことを『可愛い』言うのが気に喰わんのやろ?」
「・・・。」
「ははあ! 嫉妬(しっと)!」
「ちがうって」リーモはふくれた。「嫉妬したってしょうがないだろ。俺、オンナだし」
「む」
「レーネには、ガンバだっているし。俺なんて・・・ううっ」
リーモ、すすり泣き始める。
「オンナなんか、嫌だ。ガンバみたいな、大人の男になりたかった。しくしく・・・」
「女々しい(めめしい)やつ」
女神さま、ふわ~ん・・・と、どっかへ逃げてくのであった。
◆♀◆ 25、領主の館にて ◆♂◆
またしても所変わって。
今度は、会議室。領主の館の一室である。
「は、初めまして! 勇気の巫女、ユークレニャー・ナッタレーニェです」
リーモ、ガチガチに緊張しつつ、名乗った。
偉そうな人たちが何人か、リーモを見つめておる。
「うむ」大柄な男がうなずいた。「ガンバから、話は聞いておる。行方不明のスメコットー一家を探しておるそうだな?」
「はい」
「早く見つかるとよいな」
「はい!」
「さて、」大柄な男は、紹介を始めた。「こちら、商業組合長。漁業組合長。太陽の神殿の大神官猊下」
「は、初めまして」
「ガンバと女勇者さまは、説明はいるまい。して、こちらは君を救出に向かった軍艦『カンムリウミスズメ』の艦長だ」
「あ、艦長、ありがとう」
「──で、私はナダラカンミナッチョメル・マジリャントコだ」
「お会いできて、光栄です。領主閣下」
「うむ。座りたまえ」
ようやくあいさつが終わった。椅子に座る──椅子デカい。足が届かん。子供になったみたいな気分。・・・本当に子供だったら、こんな会議に出ずに済んだのに。緊張する。心細くてたまらぬ!
だが、リーモはがんばった。視界の端っこに、レーネの輝く目があったからである。
こうして他の人間と並ぶと、レーネの輝く目は異質だった。宝石よりも綺麗にキラキラ光っておる。とても人間の目とは思えぬ。
レーネにかっこ悪いとこは見せたくない。リーモは背筋を伸ばし、『俺は平気だぜ』との、見栄を張った。
「では、そなたの誘拐事件について、最初から話してくれるかな」
──その見栄は、半刻(1時間)ともたずに崩れてしまうのであったが。
「うう・・・」
休憩時間。リーモ、ぐったりして、ガラスの杯にしがみつく。その背中を、レーネが撫でてくれた。「お疲れさま」
彼女の手の感触で、リーモは復活した。がばっと起き上がって、杯を眺める。
「これなに?」
「葡萄酒だね。若いやつ」
「わかいやつ」
シュワシュワいっとる飲み物を、リーモは眺める。酒はほとんど呑んだことないのだが・・・
「無理に呑まなくていいよ。お水にしてもらおっか」
「いや大丈夫! 全然!」
かっこつけて、呑んだ。
・・・これが失敗であった。リーモは、酔っぱらってしまったのだ。
「懸念は2つある」
ふたたび会議室。領主閣下、会議を再開する。
「山賊が海賊と一緒にいたこと。魔王が海賊と一緒にいたこと」
「以前から、噂はありました」とガンバ。「ユーコビンラ襲撃でも、複数の山賊団が“片目”と連携しておった様子」
「山賊が誘拐し、海賊が運び出すというわけか・・・」と、商業組合長。
「そうです」
「勇者よ、」と大神官。「海賊船に魔王がいること、あなたは知っていたのですか?」
「いいえ、猊下」レーネが答えた。「海賊が『客の女が海に飛び降りた』と言うまで、魔王がいるとは思っていませんでした」
「魔王の狙いはなんだと思います?」
「わかりません」
「あなたを奪いに来たのでは?」
「いいえ。たまたま私が現れたので、ついでにさらって帰ろうとしたのだと思います」
「あのー・・・、」漁業組合長が口を開いた。「魔王っちゅうのは、海みてぇな青緑の髪をしとるっちゅうことで?」
「ええ。そうです」とレーネ。「染めたような色ではなく、天然の」
「そうすっと・・・わし、魔王、見たかも知れませんわ」
「詳しく頼む」
「はい閣下。誘拐事件のあった日の午前中ですな。魚市場を閉じたあと、船着場に寄ったんですわ。ときどき回り道するんですがね。見回りと散歩を兼ねて。──そしたら、ちんぴら2人と、青い髪をした女が、ガレーに上がっていくところを見たんでさぁ」
「おい、魔王だと気付かんかったのかね?」
「商業組合長さんよ、青い髪ってのはな、娼館じゃ珍しくねえんだよ。あんたは行かんのかもわからんが・・・」
「いや、髪を青く染めて『魔王風』などと抜かす娼婦が居るのは知っとる。だが色合いがちがうんだろう?」
「そこまでは遠目じゃわからんよ。それに、女のほうに、嫌がる様子がなかったんでな」
「自分で進んで乗ったということかね?」
「へい、閣下」
「どういうことだ? ・・・勇者よ、わかるかね?」
「わかりません。1人で来ていたようですが、目的はさっぱり」
「海賊と手を組もうとしたとか?」
「ないと思いますがね・・・偵察に来て、だまされた、とか、そっちのほうがありそうです」
「だまされた?」
「『あんた、女が好きなのか? そりゃいい。ウチの船にいいオンナがいるぜぇ!』」
「わっはっは」漁業組合長が笑う。
「・・・勇者よ、そういう演技は、もっと適当でいいのですよ」大神官は苦い顔をした。
「ナッタレーニェ嬢の話では、魔王は拘束されていたということだが。・・・ナッタレーニェ嬢?」
「・・・ふぁい?」
「リーモ。大丈夫?」レーネが揺さぶった。「魔王は鎖に繋がれてたんだよね?」
「らいじょうぶれす! そうそう、鎖れ繋がれれ・・・」
みんな『こりゃダメだ』という顔をした。
その雰囲気は、リーモにもわかった。酔っ払いも、意外と周囲の雰囲気はわかっとるんである。それで「こりゃいかん。シャキッとせねば」と思う。思って、静かにじーっとしとればいいのだが、あわてて行動すると失敗する。その失敗したヤツを『酔っ払い』と呼ぶんである。リーモは酔っ払いであった。ふわふわしたまんま、レーネにカッコいいとこ見せようとしてしゃべりまくり、なに言うとるかわからんようになる。
「ばきっ! って。引き千切ったのれ・・・爪で鎖を、ぶちっ! って。それれ、俺がさらわれれ・・・」
「そうか。ありがとう」領主閣下がリーモをさえぎった。「勇者さま、そろそろ風呂の準備ができるころだ。今日はありがとう。後日、あらためて魔王撃退のお礼を申し上げる。今日は、ゆっくりしていってくだされ」
「ありがとうございます」
「ナッタレーニェ嬢も、いかがかな?」
「ふぁい?」
「リーモ、お風呂行こ。お風呂」
レーネに手をとられて。
リーモの頭は、急激に回復した。「・・・お風呂?」
女勇者とエルフの美少女、会議室を出てった。
「・・・なんじゃ、あのエルフは」商業組合長がぶつくさ言う。「大事な会議なのに、酔っぱらって」
「身元は不明です。13歳と自称していますが、」とガンバ。「山賊を3人、仕留めた人物でもあります」
「あんな小娘が、山賊を3人も?」
「はい。ラモリモンラの村長も、それを認めていました」
「このあたりでは、エルフは滅びたと思っていましたがね・・・」と大神官。
「うむ」と領主閣下。「目を離さんようにしろ」
「はい」とガンバ。「幸い、彼女は勇者のお忍びの宿に泊まっておりますので。私が、責任を持って」
「よろしい。して、艦長。片目は死んだのか?」
「はい閣下。不明です。ヤツの船が砕けた際、海に落ちるのは見ましたが、それらしき遺体は見つかっておりません」
「岸まで泳ぎ着けたと思うか?」
「はい。沿岸でしたから。海兵なら難しくありませんでした」
「そうか・・・」
◆♀◆ 26、お風呂! ◆♂◆
ざぱー・・・。
レーネがお湯を流す音がした。リーモののぼせた頭は、湯気と針葉樹の香りにあおられて、さらに温度が上がった。
真っ赤な顔のまま、湯気の向こうを見る。
白い湯気の向こうに・・・
ざぱー・・・
お湯をぜいたくにかけ流す、日焼けした背中が・・・いや、日焼けした腕と、白い背中と、白い・・・生白いと言ってもいいぐらいの・・・
レーネの、丸いお尻が・・・!
領主閣下が用意してくれたお風呂は、だいたい10人ぐらいが一気に入れる大きさである。
針葉樹の木材で張られた床た、とてもええ香りを漂わせておる。清潔でスッキリした香りである。
流し場には、香油の瓶が置いてあった。リーモにはなんだかわからんかったが、すぐにとてもいいものだということがわかる。
というか、もうすでにこのお風呂は、とてもいいものになっておった。
だって、レーネと一緒に入っとるのだから!
裸のレーネと!
白いお尻が、湯気に包まれて、ぷにぷにと動いておる。
お湯を汲んで、背中にかけて──ざぱー・・・。お尻にお湯が流れ落ち、日差しを反射して・・・
レーネは、顔や腕はよく日焼けしておるけれども、お尻は真っ白であった。そこだけ、深窓の令嬢みたいに・・・。
レーネ綺麗・・・
石像よりずっと綺麗・・・
リーモの頭の中にはそんな声が鳴り響いておった。
ちなみにナッタレーニェ嬢は、全身真っ白である。全身レーネのお尻なみである。
「はぁ・・・」
レーネのお尻に見惚れておると・・・ふいっと、彼女がこっちを振り向いて・・・
見事な形のおっぱいが、半分ぐらいこっち向いて・・・!
「大丈夫? リーモ」
「ふぇ?」
「のぼせてない?」
「あ、だだっ、大丈夫!」
「ぼーっとしてるよ」
「あ、いやっ、つかっ、使い方がわからなかっただけで! 俺、こんなお風呂、入ったことなくて!」
「あー、そっか。ごめんごめん」レーネ、立ち上がる。
「いや大丈・・・ぶ・・・」
流れるような動作で、こっちに歩いてくる。
・・・すっぽんぽんで!
おっぱい、たぷん、たぷんって、揺らしながら!
引き締まった太腿のあいだに、濡れて真っ黒な下腹の茂みまで丸見えで!
「洗ったげるよ。おいで」
「はぁい・・・!」
リーモはレーネに腕を掴まれ、座らされ、お湯をかけられ、レーネの手で全身を撫で回された。
うれしくて、たまらない! 大好きなレーネの手で、全身撫で回されて!
幸せで! ものも言えん!
「よし。入ろっか」
「入る?」
「お湯に入るんだよ」
「そんなことしていいの!?」
レーネに手を引かれて・・・
ゴツゴツした岩場の中の水たまりに入る。あったかい水たまりの中へ!
・・・というか、それこそ『風呂』なのだが、リーモには水たまりとしか認識できんかったんである。見るのも初めてなので!
あったかい! あつい! となりにレーネのおっぱい浮いてる!
なんかもう・・・・・・・・・すごい!!!
「あれ? やっぱりのぼせてない?」
「だ、大丈夫」
「はい、お水」
「ありがと」
お湯にぷかんぷかん揺さぶられながら・・・ときどき、レーネとふとももをくっつけながら・・・!
湯呑みの中の、冷たいお水を呑む。「おいしい・・・」
「このお風呂すごいよね」
「うん、すごい・・・!」
「これがあるからさぁ、呼び出されると、つい来ちゃうんだよねー」
「うん・・・」
「何度でも来たくなるよね」
「うん! なる!」
湯気。揺れるお湯の音。レーネの吐息。
また来たい・・・何度でも!
「リーモ。ごめんね。勝手に妹分とか言ったの」
「え? いや、いいんだけどね。助けに来てくれたの、ほんとありがと」
「どうしたしまして!」
レーネはうれしそうである。彼女のおっぱいもうれしそうに揺れておる。あわてて目をそらす。
「レーネって、兄弟いるの?」
「いない。なんで?」
「弟とか妹とか、好きそうだから」
「ああ。うん。妹が欲しいなって思ってた」
「やっぱり」
「あ、でも、例の小姓くんみたいな美男子なら、弟でもいいかも」
「・・・・・・・・・へぇ」
「リーモはいるの?」
「双子の妹がいる」
「そうなんだ」
「生意気だよ。妹は」
「そう?」
「そうだよ」
「そうかなぁ・・・」レーネはちょっと考えてから、リーモを見つめた。「いいと思うけどねぇ」
「俺、妹にはなりたくない」リーモはレーネを見つめる。「レーネのことは・・・・・・・・・す、好きだけど」
レーネはちょっと横向いた。「生意気。ホントの妹みたい」
「妹じゃな・・・」
レーネが抱き着いてきた。
すっぽんぽんで!!! 正面から!!!!!
「リーモ、仲良くしようね」
「う・・・うん・・・!」
「けど、気をつけてね。私と仲いいってわかったら、狙われると思うから」
「らいじょうぶ! 女神さまがいれくれるから・・・」
「あ、のぼせちゃった? 上がろっか。油塗ったげるよ」
座らされて・・・
大きなうちわで、扇いで(あおいで)もらって・・・
それから・・・
首や、背中や、腕や、ふとももを・・・
レーネの手で──油で気持ちよくヌルヌルする手で──撫でさすられた!!!
吟遊詩人の歌とかでは、聞いたことあるのだが・・・
お風呂に入って香油で全身をツヤツヤにしてもらう英雄の話とか・・・
でも、自分がそんな立場になるとは思ってなかったから・・・
しかも・・・すっぽんぽんのレーネに! 撫で撫でしてもらえるなんて!!!
さらに!!!
「背中、お願いしていい?」
「は、はい!」
自分の手で!!! レーネを撫で回せるなんて!!!!!
・・・湯上がり。
服を着るレーネのお尻を見つめながら。
肌から立ち上る香油の匂いに、夢見心地になって、
「オンナでよかった・・・」
などと抜かすリーモの頭を、ペシッとはたく女神さまであった。
◆♀◆ 27、小姓オンフルーン ◆♂◆
そのころ。ゼナルジーコの宿に、訪ねてきた人物があった。
ほっそりとした少年。かなりの美少年である。使用人が着るような質素な服を着ておる。胸元に海の神の聖印。腰に小さなナイフ。本当に質素な姿なのに気品があるように見えるのだから、美少年は得である。短く刈った髪の毛もツヤツヤ、サラサラとして、まるで少女のように・・・。
「こんばんは」
その美少年が、頭を下げた。
「僕、オンフルーンです。海の神殿で小姓をしてる。えっと・・・エルフのナッタレーニェさん、いる?」
「お嬢さんなら、いまは出かけとるよ。今日は遅くなるとのことだったが」
宿のあるじ、ゼナルジーコが、丁寧に返答した。
ちょうどそのとき、別な男が宿に入ってきた。
「ただいま」
「おお、若殿。ちょうどいいとこに」
「ん?」
入ってきたのは、ガンバであった。小姓のすぐ後ろに立つ。並ぶと、ガンバの背の高さが際立った。
「私に、何か用かな? 少年」
「ひっ・・・!?」小姓オンフルーン、息を呑む。
「若殿。こちらの小姓さんは、ナッタレーニェお嬢さんを訪ねてきたそうなんですがね」
「ああ、海の神殿の?」
「は・・・はいっ!」
「リーモは──ナッタレーニェ嬢は、もうしばらくかかるんじゃないかな。私で良ければ伝言預かろうか?」
「あ、あ、あのっ」小姓は真っ赤になっておる。
「おっと失礼。名乗ってなかったな? 私はガンバットリャンニ。ナッタレーニェ嬢とは最近知り合ったばかりだが・・・」
「あっ、は、はいっ! あえっと・・・いえ! また、また来ます!」
宿から飛び出してきた小姓。真っ赤な頬っぺたを両手ではさんで、
「なにあの人なにあの人! カッコいいカッコいいカッコいい! しゃべれないしゃべれない、あんな人と!」
猛然とわめき始めた。
道行く人の『なんだこいつ』との目にも負けず、「ひー!」とか叫びながら走ってゆく。
「あたし──いや僕。僕、よくやった! 『また来ます』! そう、正解だ! また来ます! この僕は、ガンバットリャンニさま・・・この僕、小姓オンフルーン、あなたがいるなら、朝でも晩でも、食事の時間に抜け出してでも、この宿に!」
くるくる回った小姓。足引っ掛けて、転ぶ。ばたーん。
「おい、大丈夫か? 小僧」さすがに近所のおっさんが心配するが、
「大丈夫です!」すぐ立ち上がって歩き出す。
歩きだして・・・
しばらくして・・・
今度は、元気がなくなった。
「ナッタレーニェとかいうエルフ、あんな御方と知り合いなんだ。何者だろ? うらやましい・・・」
肩を落とし、暗い表情となり、ため息つきながら、トボトボと。
「はぁ・・・うらやましい・・・あたしなんて、この用事が終わったら、もうこの宿には来れないのに・・・」
十字路を通りすぎる。
うつむいて。ブツブツ呟きながら。──交差する道から、女勇者とエルフの少女が仲良く歩いてくるのも気付かずに。
十字路を抜けて、路地へ入る小姓。十字路を曲がって、宿のほうへと帰ってゆく女勇者とエルフ。お互い、全然気付かぬ。またしてもすれ違いである。
「そうだ!」
小姓、突然、元気になる。
「エルフに会わなきゃいいんじゃん!」
ぱーん! 手を打ち合わせる。
「そうだよ! ガンバットリャンニさまがお一人でいらっしゃるときだけ、顔を出す! 司祭さまには『今日も会えませんでした』って報告する! これで、あと何回かここに来れる! よーしよし! アッタマいいなあたし? けらけら!」
けらけら笑いながら、小姓はスキップで去っていった。