勇気の女神にオンナにされた   作:min(みならい)

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リーモ、勇気を授ける
魔将サンキュー、《声》を聞く


◆♀◆ 1、魔将サンキュー、魔王を癒やす ◆♂◆

 

 眩しい陽光に、波白き大海原。打ち寄せた波の引いた水面に、赤いサンゴがゆらゆらと映る。

 ここは、珊瑚礁(さんごしょう)。船乗りどもがセイレヒームと呼ぶところ。

 水面下の凹凸険しく、近付けば座礁(ざしょう)するのがオチ。よって、船乗りはここに近付かぬ。住むのは海の生き物ばかり。マグロにサメ、シャチにクジラ、セイレーン。泳げるものにとっては、温かく海底の起伏ゆたかなセイレヒームは楽園であった──

 

 魔王が来るまでは。

 

「帰ったぞ」

 黒馬からひらりと飛び降りたのは、魔王クレッヂマネー。背高く、滄溟のごとき髪も人間離れした美女である。が、いまは、びしょ濡れであった。ボタボタボタ・・・水滴が石の床にしたたっておる。

「陛下!」

 室内で寝転んでおった女が飛び起きた。ばちん。足ヒレが床を叩く。女は手をついて上体を起こし、長い足ヒレを横座りするようにたたんで、魔王を見上げた。

「今回はずいぶん長く・・・」そして、床にしたたる赤い液体に気付く。「お怪我を!?」

「ん? ああ、傷が開いたか」魔王、左手を見る。そして、笑った。「初めてだ! こんな深手を喰らったのは」

「笑ってる場合では!」

 女は膝立ちのような姿勢になり、それからすっくと立ち上がった。足ヒレは──ない。いつの間にやら、人間の足になっておる。白くなめらかな足が、床を踏みしめておる。その足で魔王に近付くと、女は魔王の左手を取った。「さあこっちに!」

「うむ」

 魔王、引っ張られて歩く。部屋の壁際に並んでおる、大きな水甕(みずがめ)のところへ。人間の胸ぐらいまで高さのある巨大な甕である。中には水が満々とたたえられておる。その水を白木の杓(ひしゃく)で汲み上げて、女は魔王の左腕を洗い流した。

 傷口は前腕、手首と肘のちょうど真ん中あたり。ざっくりと斬られ、一度はくっついたらしい傷跡から新たな血が流れ落ちておる。

「化膿しかかってるじゃないですか」

「かのう?」

「放っとくと死にますよ」

「なんだと」魔王びっくりする。「我、死ぬか?」

「・・・いえ、陛下がどうかは、私にはわかりませんが」

「死なんように思うが、」魔王は女を見つめた。「しかしそうなれば、セイレーンは自由になるな」

「さあ? 私は陛下の時代しか知りませんので」

「サンキューはそうだったな」

「ええ」

 サンキューと呼ばれた女は、傷口をあらため、なんかドロッとした薬を瓶から傷口に垂らした。

「いてて」手を引っ込めようとする魔王を、

「はい我慢してくださいね」女がガッと掴んで引き戻した。「いま治癒しますので」

 女、手をかざす。

 陽光のような輝きがあらわれた。女の手から放たれた光は、傷口を照らす。すると見る見るうちに傷口が綺麗になり、血が止まった。化膿してひどい見た目になり、腫れ上がっておったのが、新鮮な傷口のようになったのだ。しかもちゃんとくっついておる。で、その傷をもう一度洗い流して血を拭き取ると、女は自分の手も水で流した。パンパン! 手を叩く。

「はーい」「お呼びですかー?」

 ドタバタ! ビシバシ! 足ヒレで床を叩きながら、下女どもが現れた。いずれも上半身は人間の女っぽいが、下半身は足ヒレ。イルカみたいな形状をしておる。

「お仕事ですよ。床を洗い流しなさい」

「はいはーい」「やったー!」

 半分イルカの下女どもは、キャッキャ騒ぐと壁の仕掛けを操作した。ゴロン、ゴロン、ゴロン・・・大きなレバーを回す。壁の下の方に穴が空いた。どぱーん! 波が流れ込んできた。ざざあ・・・部屋、水びたし。海水のようである。イルカ足の下女も、魔王を治癒した女も、足(ヒレ)首まで水びたし。魔王は波の上に浮いて立つ。黒馬も、その銀色の足先は波の上に立っておる。

 レバーを逆に回して、壁の穴を閉じる。

「ざんぶらこー」「どんぶらこー」

 イルカ足の下女とも、モップみたいなものを取り出して、潮水を部屋の向こうへ押し流す。戸口のほうへ。水はそこから外へ出てゆく。それと一緒に、下女どもも出て行った。まるで潮が引くように、出てってそのまま帰っては来なんだ。

 室内、水引く。まだびしょびしょだが・・・魔王の足は、床についた。

「ご苦労」

「言ってくださいよ、傷を負ったときは」包帯巻きつつ、女。

「大丈夫だと思ったのだ。それより、女勇者だが」

「はい」

「すっかり大人になっておった。じきに死にそうだ」

「まあ人間はすぐ死にますからね」

「早く嫁にしなくては」

「しばらくは安静ですよ」

「しかし、私以外は雑魚すぎて」

「いけません。なんでも1人でやろうとしては」

「む!」魔王、ムッとする。「・・・よかろう。では、そなたに任す」

「へ?」

「セイラッキルーネ・サンキュッシニーモ。セイレーンの魔将よ」

「は、はい!」

「女勇者をこの城へ招待せよ。花嫁のドレスを着せ、私の前に立たせるのだ」

「は・・・い?」

 魔王、ぷいっとそっぽ向いてスタスタ戸口へ歩いてゆく。そこで振り向いてきた。包帯巻いた左手をぱっと上げる。また傷口開きそうな動作である。が、本人は気にしとらん。笑顔。「無理はするなよ?」

 1人取り残された女。床に横座りになった。ビタン。足ヒレ出して、床叩いた。

「・・・いや、もうすでに無理なんですけど」

 

◆♀◆ 2、幽霊船と殺人クジラ ◆♂◆

 

 ざっ・・・ざあああん、ざん、ざん、ざあん・・・!

 波を切って、ガレーが進む。無言の漕ぎ手どもが櫂(かい)回し、こねくるようにして船飛ばす。マストに張った帆も伸びて、ぐいぐい船を引っ張ってゆく。

 ずらりと並んだ漕ぎ手はガイコツ。──そう、白骨死体である。

 船頭の立つ場所に立っておるのもガイコツ。

 なんと! この船! 幽霊船なのであった!

 生きた人間は、たった1人。甲板に立つ女。サンキューだけであった。

 いや、この女も人間ではないのだが。いまは人間の姿をして甲板に立っておるので。服は、下着と変わらんような薄着であった。柔らかい上半身には、胸の部分だけぐるっと布を巻き付け、首の後ろでリボンみたいに締める。女らしい丸みのある下半身には、前後から長いヒラヒラした布を当てて、帯で巻き留めただけ。隠すべき部分はちゃんと隠れているが、肌は大胆に風と陽光に晒されておった。

 腰の帯には短刀が差してある。だが武装はそれだけであった。ほとんど丸腰と言うてよい。そんな軽装でガイコツどもの真ん中に立っているわけだが、サンキューには恐れる様子はなかった。当然である。彼女は魔王が認める幹部、セイレーンの魔将なのだから。

「船長」サンキューは呼んだ。

「・・・。」船頭の位置についとるガイコツがこっち向いた。

「ナダラカンミナットが見える前に、西にずらしてもらえますか。あなたがたの姿が見えたら騒ぎになるので」

「・・・。」ガイコツはうなずいた。

「どうも、この、死者を操るというのだけは、好きになれないんですがね」

 サンキューは呟いた。ガイコツは反応しない。

 この幽霊船は、魔王の術によって造り出されたんである。沈んだ船を引き揚げ、死体となった海兵たちを操って・・・。

 サンキューのすぐそばに座っとる漕ぎ手たちは、みーんな、死人なのだ。黙々と櫂を回しておる者どもは。帆はぱんぱんに風を孕んでおるのに、漕ぎ続けておる。ふつうは、帆走できるあいだは櫂を休めるもんなのだが。ガイコツどもに、休憩はいらぬ。汗もかかず息も切らさず、ただただ漕ぎ続けるのだ。それがサンキューは苦手だった。

 サンキューは、人魚である。上半身は人間の女で、下半身はイルカ。この世界では『セイレーン』と呼ばれておる。温かい海を好み、歌を好む。船乗りを誘惑してもてあそぶ性質があると考えられておる。

 サンキュー個人は、男は苦手なのだが。それでも、たくましい船乗りが自分の甘い声に酔って破滅してゆく姿はゾクゾクした。生きとる船乗りであれば。破滅した後の船乗りには何の興味もない。ガイコツとかには。

「まあ、楽だから助かるんですけど。しゃべれないのがね・・・退屈」

 サンキューがそう言ったとき、船とは別な波の音がした。

 左舷、波間に、黒い巨大生物が現れたのである。

 真っ黒でなめらかなそのボディ。大きな目のように見える白い模様。背中に立ち上がる黒い背びれ──シャチであった。それも、かなりでかいシャチである。

 そのシャチが、しゃべった。

<死者どもの船でどこへゆくのか? サンキュッシニーモ>

 なんか変な風に響く声である。ふつうに口から声出しとるのとちがう。頭のてっぺんから響いてきとるような声であった。

<人間にもシャチにも成りきれぬ、なりそこないよ。その身を恥じて冥界へでも行く気になったか。褒めてつかわす>

「あなたには関係のないことです。人殺し卿(きょう)」

 サンキューは目も合わせずに答えた。

「 私 は 陛下直々の御命令で動いていますので。暇ではないので。私は、ね?」

<フン!>シャチは船に並走するのをやめて、潜った。<二度と戻って来なくていいぞ!>

 どぱああん!

 爆発するような音を立てて、シャチの足ヒレが海面を叩く。去り際の嫌がらせである。水しぶきがサンキューにかかる。胸の布と腰の布がちょっと濡れた。

「性格の悪い」

 サンキューはぼやく。

 性格の悪い巨大シャチ。名をゴロックロッジという。

 シャチマキラーニ・ゴロックロッジ。シャチの魔将である。みずから魔王に近付いた古参のシャチ軍団長。してまた、船乗りに『殺人クジラ』と恐れられる、伝説の巨大シャチでもあった。その物騒な呼び名の通り、人間を殺すのが大好き。頭突きで船倒し、落ちた船乗りを殺して回る。喰うわけではなく、ただ面白半分に殺すんである。まったくもって、殺人クジラであった。

 しかもこいつの武力がまた圧倒的。セイレーンでは到底太刀打ちできぬ。それで調子に乗って、こうして嫌がらせをしてきよるんである。まったくもって、クズである。

「シャチだの、魔王だのと・・・」

 セイレーンは、シャチ軍団とはちがう。みずから魔王に下ったわけではないのだ。

 セイレヒーム珊瑚礁で楽しく船乗りをもてあそんでおったら、魔王がやってきて、城を建てた。逆らったら、ボコボコにされたんである。好きで従っとるわけではないのだ。サンキューの世代になると、もう卵から孵った(かえった)その日からずーっと魔王に育てられた娘ばかりだから、いまさら離反とかは思い浮かびもしなかったが。それでも、自由ってなんだろな? と思うことはあった。

「ま、引き受けたからには、やりますけどね。女勇者が《声》さえ使ってくれれば、見つけるのは簡単だし」

 耳の後ろをぽりぽり掻く。

「・・・けど、見つけたとして、」

 セイラッキルーネ・サンキュッシニーモ。セイレーンの魔将。ため息をつく。

「陛下を傷つけるような凶暴な女を、この私にどうしろと・・・?」

 

◆♀◆ 3、リーモ、飾られる ◆♂◆

 

「レーネすごいね! 聞いた?」

「ん?」

 テーブルで朝のパンをちぎっている女勇者のところに、我らが主人公、ポニーテイルのエルフの美少女が走ってきた。

「魔王の攻撃を止めたんでしょ? 波よ止まれ! って唱えたら、海が止まったって」

「あー・・・、勇者さまの《声》ね?」

 レーネは『他人事ですよ』との態度で話を受けた。

 宿で休んでいるときは、レーネは女勇者ではないのだ。知っているのは限られた人間だけなのだ。

「あ、そうだった」リーモ反省である。「そう。うん。女勇者さまの話。いま道で歌ってる人がいて」

「ああ、吟遊詩人が来てるんだ?」

「そうそう! 吟遊詩人」

「あの《声》はね、魔物を招くらしいよ」

 レーネは妹分を自分の隣に座らせ、その椅子の背に手を掛けて、にっこりした。

 魔物と聞いて「え?」となったリーモの顔が可愛かったようである。

「あの《声》は世界に響く。あれがすごく遠くからでも聞こえる魔物がいるんだってさ」

「へぇ・・・」

「だから、使ったら居場所がバレると思ってなくちゃいけないんだよね」

「そうなんだ」

「んむ」レーネ、パンを頬張る。バターのいい香りがした。「今日どうすんの?」

 リーモ、首かしげた。ポニーテイル傾く。「小姓さんとこ行ってみようかと思ってるけど」

「じゃ一緒に行こっか」

 レーネは一気にパンを頬張り、口いっぱいにすると、宿のあるじに『行ってくる』みたいな手真似をした。あるじのゼナルジーコは皿を下げながら「はいよ。行ってらっしゃい、カルメーニャお嬢さん、ナッタレーニェお嬢さん」と、聞き慣れない名を口にした。

「かるめーにゃ?」

「偽名」

「ああ、お忍びのときの名前なんだ」

「そ。カクロジニャー・カルメーニャ。ガンバの従妹──って設定」

「呼び方変えた方がいい?」

「いや。愛称はレーニャだから。ああ、あとガンバとゼナルジーコは知ってるから、隠さなくていいよ」

「そうなんだ」

 ゼナルジーコ、黙ってうなずく。

「わかった。・・・名前、たくさんあって、大変だね」

「だね」女勇者は笑った。

 

 海の神殿に、今日は女勇者と一緒に訪れたリーモであったが。

 結果は、またしても空振りであった。腹の調子が悪くトイレから出れん。申し訳ないが帰ってほしい──という。あとでこちらから出向きます、とのことであった。

 態度の悪い門番が嫌いなリーモは、今日もさっさと引き返すことにした。

「なかなかお礼が言えない」

「向こうから来てくれるって、変な感じだね」レーネも笑った。「こっちがお礼する側なのに」

「ほんとだよ」

「それで、リーモ。この後どうする?」

「べつに。予定ないし」

「じゃあ市場寄って行こうか。服買おう、服」

「服か」

 リーモ、自分の服を見る。袖ダボダボ。レーネの服である。

 海賊にさらわれたとき、服は海の中に置き去りになってしもうた。以来、レーネに借りた服で過ごしとるんである。

「そうだった。これ、返さなきゃ」

「それぐらいならあげるよ。私はもう着れないし。けど合ってないでしょ」

「うん」手を伸ばしてみる。袖から手が出きらず、可愛らしいことになってしまっておる。「だぶだぶ」

「リーモはもっと女らしいカッコ似合うと思うからね。町娘っぽくしよう。町娘」

「ええ・・・」

 

 市場にて。レーネはまず、荷馬車をそのまま屋台にしとる古着屋で、間に合わせの服を買うようにリーモに言った。ここはレーネは指図せず、リーモが自分で買うのをじっと見つめる。たまに「ちょっと高くない?」と店主と交渉したり、「背負い袋も買っときな」と追加を提案する程度。買い物はすぐ終わった。

 良かった。レーネはめんどくさい人じゃなかった──双子の妹を持つお兄ちゃんであるリーモ(エルフ♀)はそう思った。だがこれは早計であった。

「じゃ、新品買いに行こうか」

「え」

 手を掴まれ、引っ張られる。

「前にガンバから勧められた店があってね。そのうち行こうと思ってたんだ」

「あ、はい」

 市場を出て、見るからに金持ちの多そうな街区を目指す。

 その途中、2人は乞食に出会った。ゴミゴミした市場から橋を渡って金持ち街区へ入る、ちょうどその橋のところである。座り込んでおった乞食が立ち上がり、「光を失った哀れな乞食にお恵みを・・・」と、頭を下げてきた。

 レーネはジロッとその乞食を見る。

 リーモは「あ、これ」と銅貨を1枚取り出して、手渡した。さっきの店のお釣りである。

「おお。ありがとうございます」

「どういたしまして」

「お二人は・・・ごきょうだいで?」

「まあそんなものかな──ぐぇっ」レーネに引っ張られて、リーモは乞食から引き剥がされた。「痛いよレーネ」

「相手しなくていい。あと名前もしゃべるな」

「なんで?」

「どんな乞食かわかんない。誰に情報を売るかわからないからだよ」

「・・・港って恐いとこだね」

「どこもそうだよ」とレーネ。「人間のいるところはね」

 去ってゆく2人を、乞食が左目で見送っておった。

 

「いや、この色はちがうかな?」

「はい」

「だよね? リーモもそう思うよね?」

「はい」

 ちょっと高級な服飾店にて。

 ・・・どのぐらい高級かと言えば、『ガンバットリャンニの従妹カルメーニャ』と名前を出さんと入れんような雰囲気なのがリーモにもわかったぐらい高級である。そんな店にて。

 レーネ、女勇者とは別人のごとく、グダグダとなった。

 とにかく、長い! 試す時間が! 長すぎる!

 初夏の日差しもきつい屋外とはちがい、がっしりした石造りの店内はひんやりと心地よい。それはいいのだが・・・シャツの色を何種類も試し、やっと1枚を選んで、今度はスカートの色を何種類も試し、やっと1枚を選んだところでさっきのセリフである。シャツの色選び、やり直しである。

 やっと終わったと思ったところで振り出しに戻すのはやめてくれないかなあ、とリーモは思った。ショックがでかい。

 リーモも、抵抗は試みたのだが。

「もういいから」「これでいい」「この色、好き」とか、言ってみたのだが。

「大丈夫」「いいから任せて」「もうちょっと」「この1枚だけ試す」などと言われ(最後のは完全な嘘であった)、解放してもらえんかった。なんかレーネの目がいつもよりギラギラ光って見えて、絶対口には出せないけど、ちょっと不気味だなと思ってしまったリーモであった。

「この色は異国風だからなぁ。ナダラカンの色じゃないんだよね」

「はい」

「適当に返事しないでね」

「・・・はい」

 たぶん半刻(約1時間)は立たされたと思う。つらかった。

「レーネ」

「・・・。」

「あの乞食、若いころはどんな生活してたんだろうね」

「・・・。」

 みたいに話しかけても黙殺される。つらかった。

 下手したらこれが、1刻をさらに超えてつづいたかも知れなんだ。ちょうど半刻経ったあたりで、こんな声が聞こえてこなければ。

「海賊だ!」「軍と睨み合いになっとる」「港がガレーで塞がれた」──こんな声である。

 生地の手触りと色合いに夢中といった感じだったレーネの目付きがスッと変わった。「む」

「見に行く?」リーモは訊いてみた。

「そうだね。──この生地とこの生地でシャツ、これとこれでスカートを1着ずつ。釣りと商品はゼナルジーコの店へお願い」

 金貨を4枚バンと置くと、店員の礼を受け流してレーネは表へ出た。リーモも喜んで表へ出た。

 

◆♀◆ 4、海賊、港を塞ぐ ◆♂◆

 

 レーネは港へ向かうのではなく、路地からつづく階段を上がって、港より一段高いところにある城壁へ回った。港のいちばん近い桟橋から見て、弓矢が届かん程度の距離である。城壁は分厚いコンクリート造りで、てっぺんは広い歩道になっておる。城壁でもあり津波防止の堤防でもあり高架歩道でもある、といった感じの壁である。

 その城壁を、レーネはスタスタ歩く。すでに野次馬が、この城壁にも集まっており、港を見下ろしておる。レーネはその中を縫うように(ぬうように)進んで、見張り櫓(やぐら)を目指した。こちらは木造で、城壁の内側にくっついておる。城壁からハシゴで上がるようになっており、そこに番兵がいた。レーネは番兵に、やはり「カルメーニャです」と名乗って櫓へ上がらせてもらった。リーモもついていく。野次馬どもが「エルフだ・・・」と呟いているのを、エルフの耳に捉えながら。

「こっからだとよく見えるよ」

 レーネはリーモを引っ張り上げて、見張り窓へ導いた。

 この見張り櫓は、見張り用でもあり、海からなんか攻めてきたときには弓撃ち下ろすための台でもあった。こっちから撃ち下ろせば港に届くが、逆に撃ち上げても届かぬ、というような距離である。だいたい1町(約109m)弱といったところ。

「見える?」

「よく見える」

 たしかに、よく見えた。リーモの視力は悪くない。オンナにされる前より視力いいかもわからん。船に乗っとる人物の顔もよーく見えた。港でひしめき合っとる野次馬もよく見えた。あの中に入っていくより、ここから見下ろすほうがよっぽど見分けやすい。

「覚えてる顔がいたら教えて。海賊かどうかの証拠になるから」

「わかった」

 レーネとリーモは船乗りどもの顔を観察した。

 

 港の出口は、5隻のガレーで塞がれておった。

 海からやって来た大型ガレーが3隻。出口をふさぐように一直線に並んでおる。明らかな妨害行為である。実際、港に入れず沖に停泊しとる帆船が1隻見えた。たぶん無関係の商船が巻き込まれたのであろう。

 対する海軍のガレーは2隻。こちらは大型と小型が1隻ずつ。妨害ガレーに舷側を寄せて、立ち退きを命令しておる。

 戦闘は起こっておらぬ。双方、怒鳴り合っておるだけである。あと、漕ぎ手が自分の櫂を相手の櫂の上に乗せて押さえつけるとか、櫂を絡ませて引っ張り合いするとか、そういう嫌がらせの応酬と。

 怒鳴り合いの内容はこんな感じである・・・

「やいコラ! よくも仲間の船を沈めやがったな? 港を守る軍艦が聞いてあきれらァ!」

「そのような事実はない。『カンムリウミスズメ』は臨検をしただけだ。速やかに碇を上げ、航路を空けよ」

「勇者が呪文を唱えて船を粉々にしただろうが!」

「とんでもない。船を沈めたのは、魔王のしわざである! 勇者ではない」

「勇者が魔王を呼んだじゃねえか」

「勇者さまは、誘拐された少女を救うため、魔王を撃退したのだ」

「ガレーが1隻沈んでんだぞ! どう落とし前つけてくれんだ!」

「片目──の船長には、お見舞いを申し上げよう」

 この艦長の言葉で、野次馬がわーっと盛り上がった。海賊“片目”のことだと、みんな気付いたからだった。ほとんどの者は軍の応援で「がんばれ」だの「海賊なんかみんな沈んじまえ」「殺人クジラに喰われろ」だのと叫んでおる。だが一部、そうでないのが混ざっておった。

「勇者が魔王を呼んだんだってよ!」

「怪しいと思ってたぜ。女勇者って、魔物みたいな目をしてんだろ?」

 ──などと叫ぶ者が、群衆に混ざっておったんである。

 その声は、リーモの耳にも届いた。

 たぶんレーネにも聞こえていたのだろう。彼女はちょっと目を伏せ、苦い顔をした。リーモが見ると目を逸らす。リーモは彼女の腕に手を置いた。レーネは目をこっちに戻したが、何も言わず、また船のほうへ目をやった。

「片目! ──の船長どのは、いずこに居られるのかな?」

「ちっ!」

 どうやら、言い合いは艦長の勝ちのようである。相手は短気な男のようで、艦長が群衆を味方につけたのを見るや、顔が真っ赤になり、激怒して言葉が出んようになるのが見ていてわかった。

「あ」

 その激怒した顔で、リーモはやっと気がついた。

「あいつ、片目の船に乗ってたやつだ。魔王殺そうとしたやつだと思う」

「間違いない?」

「うーん・・・あのときは夜だったから。でも声とか、あの怒ってる顔も見覚えあるし」

「よし。じゃあガンバに伝えに行こう」

「ここはいいの?」

「もういい。たぶん戦闘にはなんないでしょ」

「そうなの?」

「たぶんね」レーネは櫓を降りながら答えた。「あいつ、片目の海賊団を引き継いだんじゃないかな。それで、軍にケンカ吹っ掛けに来たんだよ。俺は臆病者じゃないぞって見せつけるためにね」

「仇討ちじゃないの?」

「片目がいなくなって喜んでるってのが本音でしょ」

「・・・なんか、嫌な世界だね。海賊って」

「海賊に限らないよ」レーネは目を伏せ、地面に飛び降りた。「どこも一緒だよ。人間なんて」

 

 宿に戻ると、ちょうどガンバが出て行くところだった。「おお、レーニャ! 戻ったか」

「ガンバ。いま港に顔見せに来たやつ、リーモが片目の船で見た気がするって」

「ホントか」

「たぶん」

「そうか。確認しておこう。俺は、しばらく領主館で仕事をすることになった。もう出にゃならん」

「港の件?」

「いや、ワイロンバ軍事務長が予算を増やせと強硬に要求してな。親父が手こずっとるんだ。それで、補佐をしろとな」

「ああ、あの門閥(もんばつ)の馬鹿ボン」

「ふっ」ガンバは笑った。この青年、笑うと精悍な(せいかんな)顔つきになる。「それよりレーニャ、伝えておきたいのはこのこと。キタリュードンラが山賊に襲われたぞ」

「というと・・・うちの村の北の?」

「そう。おまえの、ユークランベから半日ほどの山村だ。20人ほどの山賊に襲われ、火を放たれた。昨日の話らしい」

「そうか。じゃ、いまごろはうちもダメかな」

 レーネは素っ気ない言い方をした。リーモがびっくりするぐらい、冷たい言い方だった。だが、リーモが見つめてもレーネはこっちを見ない。ガンバも特に咎めたり(とがめたり)はしなかった。

「わからん」ガンバはシャツを整える。「軍はさっき出発した。俺が率いるはずだったんだが」

「手柄を立て損ねたね」レーネはガンバのシャツのホコリを取った。「・・・しょうがない。私が行くよ」

「わかった。一筆(いっぴつ)書こう」

「いやいい。自分で動くよ」

「・・・ちょっと待て。1人では行かせられんぞ、さすがに」

「借りを作るなって言ったのガンバでしょ」

「蒸し返しとる場合か。海賊の船を沈めたんだ。暗殺の警戒をしろ。せめて、護衛を選べ」

「俺が行く!」

 リーモは割り込んだ。返って来たのは冷たい視線だった。「お嬢さんでは、護衛にならんよ」

「いや」レーネがガンバの腕をポンと叩く。「・・・リーモ? 女神さまが認めてくださるなら、連れてくよ」

 リーモ振り向く。

 勇気の女神さま、今日は黙っておられたが、リーモの背後に浮かんでいらっしゃる。「好きにせよ。勇気を振るえ」

「いいって!」

「おいおい」ガンバは咎めたが、

「この子には女神さまがついてる」レーネは認めた。「それに、1人にしたくない。それこそ、海賊のことがある」

「む・・・それを言われるとな」

「じゃ、リーモ。旅装して。宿の代金、1週間ほど先払いしとくこと。金はある?」

 リーモ振り向く。

 勇気の女神さま、イラッとなさる。「ちっとは自分で! ・・・あるけれども」

「あるって!」

「じゃあ前払いして、準備。急いで! 四半刻(約30分)で出るよ。大将、カルメーニャ充てにリーモの服が届くから、よろしく」

 ゼナルジーコ、黙ってうなずく。

「やれやれ。気をつけてな」

「ガンバもね」レーネ、ガンバの背中を叩いて送り出す。

「・・・そうしてると、ホントの従妹みたいだよね」

「さっさと用意しな!」

「ひぃ」

 

◆♀◆ 5、街道の山賊 ◆♂◆

 

 レーネは街道を走る。海沿いの街道である。雨につからないよう土を盛り上げ、突き固め、砂利を敷いて、仕上げにアスファルトで固めた街道である。見晴らしよく、風も気持ちいい。問題は、初夏に歩くには暑すぎることであった。道が焼けて、暑い! 汗ダラダラ流しながらリーモは走ってついてった。

「リーモ、意外と走れるね」レーネが振り向く。まったく余裕の表情だが、やはり汗だくだった。

「はぁはぁ。この身体、軽いから」リーモ、背負い袋をユサユサしながら必死に走ってついてゆく。

「・・・。」レーネはジロッと女神を見上げた。

「・・・。」女神さまは何もおっしゃらぬ。今日はしゃべらん日のようである。

「だめなら言ってね」

「大丈夫!」

 リーモが答えると、「じゃあ」とレーネは速度を引き上げた。大丈夫とか言うんじゃなかった、とリーモは思った。

 

 そうして、四半刻近く走らされたであろうか。リーモが「もうだめ」と音を上げようとした、ちょうどそのとき。

「止まれ」レーネが命じた。

「はひっ」

 リーモが汗ぬぐいながら前を見ると、街道に戦士たちの姿が見えた。

 おそろいの金属のヨロイに、槍に、小さな丸い盾持った戦士である。数は10人。街道の左右に分かれて、木の影に身を隠しておった。なんで身を隠すのか? ──攻撃されておったからである。

 戦士たちの向こうに、丸太が3本転がって、街道を塞いでおる。その丸太の影から、ならず者どもが攻撃してきとるんである。ならず者は、あるいは石を投げ、あるいは小さな弓を構えて撃ち、戦士たちを殺そうとしておった。その数は・・・丸太が邪魔ではっきりとはわからんが・・・、

「山賊と見た。20人ってとこだね」とレーネが目算した。

 戦士の側は、すでに1人が倒れ、1人がその治療に当たり、別な1人が利き腕を押さえておった。つまり、戦えるのは7人しか居らん状態である。

「こっち側はナダラカンの兵だ。私は加勢する。リーモは木の影でしゃがんで。敵が近付いたら逃げて」

「は、はい」

 リーモが返事をすると、レーネは戦士たちのところへ走っていった。「助太刀いたす!」

 とん、とん。リーモの肩を叩くものあり。

「ん?」

 見れば、それは剣の柄。鞘に入った剣の柄のところであった。

「ん」と女神さま。剣をリーモに押しつけてくる。

「あ、この剣」

「海に落ちたのえ」と、勇気の女神ユークラネーさま。

「私が拾っておきました」と、その肩のところに現れたおっぱいでっかい小っちゃい女神、ラモリマイさま。

「すみません。ありがとう」

「かまわぬ。あの状況ではやむなし。それより、動くべし」

 リーモと女神さまたちは街道を駆け下りて、脇の木立に入った。一応、左右を見回し、安全を確認。腰に剣を差しておく。ちなみにリーモの姿は、まだレーネから借りた服のままであった。古着屋で買った小さな背負い袋に、古着屋で買った服と、あとは水と食料を詰め込んできた程度である。詰め込みすぎてちょっと重かったので、ここでそれを下ろしておく。

 で、前を見る。

 レーネはすでに戦士たちの承認を得て、隊長らしき男(兜に房飾りついておる)の側に立っておった。軽く打ち合わせたあと、

 

《おまえは私を、つらぬくことはできぬ!》

 

 ──鳴り響く声で命じたかと思うと。

 土と石とアスファルトからなる街道が、突然、スライスされた!

 レーネと敵の中間ぐらいの位置で、街道を横切る線が2本、平行に走ったかと思うと、その部分が真上にスライドした!

 土と石とアスファルトの壁、競り上がって、出現である! 敵味方のちょうど中間に、2尋(身長の2倍)ほどの高さの壁出現! 敵の矢玉は当然、すべて弾き返される。山賊(?)どもがギョッとするのが見えた。

「攻撃!」

 隊長が命令を下した。

 レーネが《声》の壁に向かって走った。兵士が左右から2人ずつ、小さな盾を頭にかざして彼女につづく。残る兵のうち、動ける5人は石を取り上げて、投げた。それも壁にさえぎられるかと見えたが──

《私は、平らか(たいらか)なり!》

 レーネの鳴り響く声によって、すとん! と元の位置に落ちて、ピタリと平らな姿を取り戻した。まるで、治癒の術で傷口をくっつけるがごとくして、いま切り出された跡をわずかに残して。その直後、レーネが壁のあった空間を駆け抜ける。山賊(?)どもがまたギョッとするのが見えた。あわてて撃とうとするところに、ビシバシ! さっき投げつけられた石がぶつかり、山賊の1人が倒れる。残りも首を引っ込めた。そこにレーネが、軽々と丸太を飛び越して、踊りかかる。まずは蹴り飛ばし、次に剣を抜いて切り伏せ、背後のを後ろ蹴りで吹っ飛ばして、一気に3人を片付けた・・・

 

◆♀◆ 6、魔将サンキュー、《声》を聞く ◆♂◆

 

「聞こえた!」

 そのとき。

 沖合の、ガレー船の甲板。ガイコツ漕ぎ手のあいだに立つ、セイレーンの魔将サンキューは。

「勇者の《声》だ! まちがいない。船長、この方向へ近付けて」

「・・・。」

「いまのは間違いない。ああ助かった。いい時に《声》を使ってくれた。どうやって探そうかと思っていたものを」

 ほっと息をつくところに。

「また聞こえた!」

 またその《声》が聞こえてきた。

 

 じつは、これは彼女の能力であった。

 セイレーンは、みんな《声》に敏感である。おおむね、水平線のこちら側ぐらいの範囲なら、音に聞こえておらぬ《声》が聞こえる。

 サンキューは水平線の向こうの《声》でも聞くことができた。他のどのセイレーンよりも、圧倒的に鋭いのであった。

 ちなみに、『聞こえる』というのは、じつは正確ではない。耳の門を通って聞いとるわけではないので。サンキューたちセイレーンは、人間には存在せん器官によって《声》を受け取っておるのである。その器官が、サンキューは格別に──魔術のごとく、優れておるのであった。

 

 この能力をもって、サンキューは魔王に気に入られたのである。・・・あと、男が苦手という点と。他のセイレーンは男好きで、かっこいい船乗りを見つけるとキャッキャ言って興奮する。女色家の魔王は、どうもそれがイラつくようである。口に出す人ではないのだが、顔にはメッチャ出るのでわかる。

「まあ、女が好きってわけでもないんですけど、」

 サンキュー、舷側へ歩いてゆく。

「・・・けど、女勇者がそういう趣味なら、カラダを許してでもやり遂げてみせますよ。──船長! ここで降ります」

「・・・。」

 船長うなずく。「・・・!」無音で叫び、手を横に広げた。

 ざっぶざぶざぶ! 漕ぎ手どもが一斉に櫂を波に突っ込んで、ブレーキをかける。さらに、ガイコツ水夫が2人、ロープを操作して帆を巻き上げた。別な水夫が碇を投げ込んだ。

 ガクン。碇伸び、船止まる。

「・・・。」船長、舷側のサンキューにうなずき、手で海面を示した。

「支援ありがとう。それではごきげんよう!」

「・・・!」船長、敬礼する。

 サンキューは背中から海に落ちた。とぷーん・・・。ほとんど波を立てることなく、青く輝く水面下にスィーッと潜ってゆく彼女の下半身は、イルカのそれに戻っておった。

 

◆♀◆ 7、リーモ、勇気を授ける ◆♂◆

 

 ・・・レーネにつづき、兵士4人が、よっこらせと丸太を乗り越え、山賊どもの中へ切り込んだ。

 4人は、レーネを含めて横一線、互いに3尋ほどの間合いで並び、長い槍を振り回して山賊をのけ反らせ、それから突き刺して仕留めた。まだ弓や石を持っておった山賊は、槍から身を守ることができず、その生命はあえなくどっか飛んでった。

 これで山賊7人が倒れたことになる。

 だが戦闘はここからである。敵は得物を取り替えた。手に持っておった石や弓を落とし、剣やら斧やら棍(こん)やら短刀やら、バラバラな武器を抜き放ったんである。その数、13人。さらにレーネが蹴った2人も起き上がろうとしておるので、すぐに15人となる。

 こちらは、レーネと兵士4人ぽっち。さっき石を投げた兵士と隊長も走ってはおるのだが、それを入れても8人しか居らぬ。

 数の上では、惨敗である。

「レーネ・・・」

 リーモは剣の柄を握り、自分が飛び出したほうがよいのではないかと、一瞬考えた。

 まるでその考えが通じたかのように、レーネがこっちを見る。鋭く首を振った。

「・・・うう」

 リーモ、しょげる。だがすぐ気を取り直して、叫んだ。

「レーネ! レーネがんばれ!」

 拳を突き上げる。

 すると、その拳がパッと明るく輝いた。

 リーモびっくりする。レーネも一瞬だけ横目でこっちを見た。

 なんだこれ? しかし調べとる余裕はなかった。乱戦が始まった!

 人間が人間を斬り倒す、血なまぐさい戦い。ただ、その中で、青みを帯びた黒髪の女剣士だけが、絵に描いたように戦った。敵が振りかぶった剣を剣で制し、体当たりや蹴りでひるませ、転倒させ、剣で斬る。味方の兵がそれぞれ1人か2人倒すあいだに、レーネは5人を転ばすか斬るかしておった。

 

 味方、死者なし。敵、死屍累々(ししるいるい)。

 ──圧勝であった。

 

 リーモは、正直、ゾッとした。初めて女勇者ユリアーニェの戦いを見て。強い。速い。恐い。ふだんは優しいレーネが豹変して(ひょうへんして)、人を殺す姿が恐い。

 次に、兵士たちも畏怖(いふ)を浮かべとるのに気付いた。みな、レーネを遠巻きにしておる。

 それで──リーモは、勇気を振るって、こう叫んだ。

「すごい! レーネすごい。みんなすごい。みんな、大丈夫?」

 レーネは一瞬怒ったような目でこっちを見たが、すぐに笑って、周囲に注意を払いながら駆け寄ってきた。そのままリーモにぶつかって、ぎゅっと抱き締める。

「敵が隠れてるかも知れないんだから」

「うん。ごめん。レーネ、すごいね」

「・・・。」

 リーモはレーネを抱き返しながら、この人の力になりたいと思った。あとは、その・・・レーネのおっぱい、いい匂いがするな、と。

 

「──助太刀感謝いたします。女勇者よ。お怪我はありませんか」

「はい。私は大丈夫。みなさんは」

「1人帰す必要はありますが、生命に別条はありますまい。ヨスベリューサネー、御身(おんみ)のおかげです」

 隊長とレーネが言葉を交わし、「ユークランベまで一緒に行きましょう」という話になった。兵士のうち重傷の1人(足をやられて歩けんらしい)と、それをおんぶして連れ帰る1人が引き返すことになり、部隊の数は8人に減った。隊長からすれば、女勇者の同行はさぞかし心強いことであろう。

 元気な兵が近付いて来た。隊長に報告をする。

「隊長。吐かせました。やはり山賊のようです。キタリュードンラを襲ったと認めました」

「他にいるのか?」

「いないと言っています」

「最初にしゃべった1人だけ連行する。他は殺せ。首だけ持ち帰る」

「はい」

 この会話を聞いたリーモ。顔が白くなる。レーネが抱えるようにして、脇へ連れ出してくれた。

 で、訊かれる。「・・・リーモ。さっきの、なに?」

「さっきの」

「あんたの手が光ったやつ。なんか来たよ」

「なんか来た?」

「こっちに。なんか、グッと来た」

「わかんない」

 リーモは自分の手を見た。グッパーする。何も起こらぬ。パッと素早く突き出してみる。ちょっと光った。「あれ?」

「それよ」

「何これ?」

「私に訊かれてもわかんないよ」レーネ笑う。

「何これ?」

 リーモ、振り向く。

 背後の女神さま、ニンマリしておった。「勇気を授ける。先祖代々の力やえ」

「せんぞだいだいのちから」

「エルフの都あったころには、それを使える巫女がようさん(仰山)居った。いまは居らぬ。私の知る限り、そなた1人」

「俺の力?」

「か、ナッタレーニェの力か。ま、どちらでもかまわぬ」

「重要なのは影響」とレーネ。

「うむ」女神さまうなずく。「名の通り、勇気を与える──のやが、その効果、一概には(いちがいには)言えぬ」

「力が増したような気がしたのですが」レーネも手をグッパーする。

「そういうこともあるやも知れぬ。よく知られておるのは、恐怖に打ち克つ力を得られる、っちゅうものやが」

「私も欲しいな。それ」レーネ、手をぱっと突き出す。なんも起こらぬ。「どうやんの?」

「どうって。こう」リーモ、手をぱっと突き出す。光った。

「無駄打ちをすな」怒られた。

「はーい」

「しばらくはお試しと思うて、慎重に使いなえ。悪い影響はないはずやが、私にもはっきりとは言えぬ力ゆえ」

「勇気の女神なのに?」とリーモ。

「勇気というもの自体、何と言われて『これ』と言えるものでなし。《声》のように、命じて応じるものとは異なる」

「・・・もう1回だけ、試してみていい?」

「ま、好きにせよ。ただ、1日に撃てる数には限りがあるはず。そやに、無駄打ちはお勧めせぬ」

「わかった。レーネ、レーネにやってみていい?」

「いいよ」

 レーネは腕を広げた。

「えい!」リーモ、手を突き出す。光った。

「!」レーネの目が、キラキラと光った。ふだんはどっちかというと細い目が、カッと開く。「うんぬ!」

「・・・どう?」

「なんか来た!」とレーネ。息を詰めていたのを、一気に吐いて笑った。「なんか来たとしか言えない」

「役に立ちそう?」

「立ちそう。うん、これは・・・役に立つと思う」

「やった!」リーモ、拳を握る。

「よしよし」

 レーネに頭撫でられた。リーモ微妙な表情になる。隊長も微妙な表情でこっち見とる。リーモはそれを口実にすることにした。

「みんな準備できたみたいだよ」

「そっか」レーネは最後にひと撫でした。「じゃ、行こっか」

「うん」リーモの頭はくしゃくしゃになった。




※このページの修正記録
2024/08/22
「リーモ、飾られる」
 冒頭のリーモの話がちょっとわかりづらかったので、文章を書き加えました。
 我らが主人公は、とっさに『吟遊詩人』という単語が出てこなかったみたいですね。

2024/07/28
「幽霊船と殺人クジラ」
 名前のミス修正。ゴロックロッジです
  × シャチマキラーニ・ゴロックジッジ。シャチの魔将である。
  ○ シャチマキラーニ・ゴロックロッジ。・・・
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