◆♀◆ 8、レーネのふるさと ◆♂◆
「ここがレーネのふるさとかぁ」
「うん」
山賊を退治して、兵士と一緒に歩いてきたリーモ。我らが主人公(エルフ♀)。浜辺の村までやってきた。
その浜辺の村。長~い砂浜に沿って、舟と家が細長~く並んだ漁村である。名はユークランベという。女勇者ユリアーニェの故郷の村であった。リーモたちは、岬を乗り越える高い道から、その全貌を見下ろしているところだった。潮風が初夏の日差しを吹き流してくれる。汗が乾いて気持ちよかった。
村の方向から、兵士が2人、走って戻って来た。
「隊長! 偵察を完了しました。山賊らしき姿、なし。戦闘の痕跡、なし」
「私の親戚にも会いましたが、何の事件も起きていないとのこと」
「・・・そうか」 隊長は少し首を傾げる。「では、村に入るとしよう」
村へと下る道を歩き始める。
「良かったね。村、無事だって」リーモは話しかけるが、
「うん」レーネは素っ気ない。
「レーネは・・・実家に帰んの?」
リーモは訊いてみた。
もしもレーネに「リーモも来る?」って言われたらどうしよう! 親を紹介されたら、「俺、本当は男なんです」って言わなくちゃいけないよな? とか、先走ったことを考えた。
だが、返って来た答えはこうだった。「いや」
「家に帰らないの?」
「行かない。宿に泊まるよ」
レーネはこちらに目もくれずに下り坂を歩み去る。
そのすらっとした背中を見送って、やっぱり、なんか嫌なことがあったんだな、とリーモは思った。
村へ入る。兵士たちは聞き込みを始めた。リーモとレーネは兵士と別れ、宿に向かう。
お宿は木造2階建て──だが、2階にまともな客間はないらしい。実質、平屋であった。その代わり1室1室は広めで、ベットが2つ並んでおる。まあ、敷いてあるのは湿気たワラ束なのだが・・・寝たら虫に噛まれそうである。
とりあえず、重たい背負い袋を部屋に置いて。リーモは、宿を出た。
ふわ~ん。勇気の女神さまも、リーモの背後についてくる。ツノついた冠に、ふわふわ揺れる後光の羽飾り。風にたなびく白い服。肩には小っちゃいおっぱいでっかい女神ラモリマイさまもくっついておる。
「絡まれたらどうしよう・・・」リーモ、ビビる。
「なにがえ」
「だって、レーネが」
宿を出るとき、「村、見てきていい?」とレーネに訊いたら、「宿の近くだけにしときな。ここ、ガラの悪いヤツが多いから」などと言われたんである。
「・・・おっ父も『船乗りは荒くれ者だ』って言ってたし」
「恐いんなら宿に居ればええんとちがうかに」
「海が見たいんだよ」
「さよか」
「この前は、ゆっくり見るどころじゃなかったし」
「そうですね」とラモリマイさま。
結局のところ、絡まれることはなかった。村人らしき女がしかめっ面でこっちをジロジロ見てきた程度である。
ま、それもそのはず。人間ばかりのこの村に、見たこともないエルフの美少女がやって来たのだ。しかもその美少女、何もない空中をチラチラ振り返りながら、1人で会話をしておる──女神さまがたは、ふつうの人間には見えませんのでね。そういう見た目になるわけだ。「あんなのに絡まれたらどうしよう・・・」と思ったのは、むしろ村人のほうだったというわけだ。
浜辺についた。振り向く。一応、宿の2階は見えた。このぐらいなら「宿の近く」判定でよかろう。
リーモ、海を見る。
ざざーん・・・。波が打ち寄せる。
しゃらしゃらしゃら・・・・・・・・・。波が引いてゆく。その上に乗っかかるがごとくして、次の波が打ち寄せる。
肺にねっとりと満ちてくる、独特の匂い。潮の匂いだ。
「うーん、海!」
これがおっ父の働いてた場所かー、とリーモは思った。この海の上を、あの櫂(かい)がいっぱい生えたガレーで行き来してたんだなあ。おっ父、身体でっかくて、がっしりしてて、村人に一目置かれてたもんなぁ・・・。
「おっ父。おっ母・・・」
そのときであった。
ざざーん。ばしゃばしゃっ! ・・・大きな魚が打ち上げられるような、水音がしたのは。
「ん?」リーモの、とんがったエルフの耳。クリッと動く。「なんだろ?」そっち行ってみた。
すると。
浜から3尋(人間3人並べたぐらい)の海の中に、紅色の髪した女が、浮かんでおるではないか!
紅色の髪、エメラルドみたいに綺麗な目──あとは、みーんな波の下。
そしてそして。
その女のすぐ背後に、大きなヒレが、にゅーっと突き出しておる!
「しっぽ!」リーモは叫んで指差した。
「!?」
紅髪の女はびっくりして振り向いた。パシャーン! ヒレが水中に潜った。
「なんかいた! ワニかも!?」リーモ、適当な知識で叫ぶ。「上がって上がって!」
「わに?」女は後ろを見て、一瞬考えた。
それから、こちらに向かって泳ぎだした。なんかちょっと微妙な表情をして。全身をダイナミックに波打たせるその泳ぎは、とても人間とは思えなんだ。
◆♀◆ 9、リーモ、紅髪の女を案内する ◆♂◆
浜に上がったその紅髪。びしょ濡れの女体に、リーモは思わず見惚れて(みとれて)しもうた。
なんでといって──うすいのだ! 布が! おっぱいとお腹にピッタリ張りついて、エメラルド色の布が、裸体のシルエットになってしまっておる! 完全に! つまりその・・・おっぱいの形になっておる!
しかも、肌は大胆に見えてしまっておる。胸に巻いた布は本当におっぱいを包んでおるだけだし、腰を前後から挟んどる布にいたっては、お腹にへばりつき、ムチムチした太腿のあいだに隠れてしまって、ほとんど隠す役にたっておらん。それらの布の、鮮やかなエメラルド色がまた、日に焼けた肌を刺激的に見せておった。
女の身体つきは、レーネとリーモの中間ぐらいであった。つまり、わりと子供っぽい。おっぱいは可愛らしく、腰もそんなに大きくない。ただ、肌はなんとも色っぽくむっちりとして、美しい。成熟した女の色気を感じさせた。
紅色に見えた髪は、乾き始めると、ピンクになった。まるでサンゴみたいな色である。・・・まあ、我らが主人公はサンゴ見たことないんですがね。とにかく、人間とは思えんような、明るいピンクの髪であったのだ。
「初めまして」
股間にピッチリ張りついた布を前屈みにつまみながら、女はあいさつしてきた。
「私は、海の王国の女。クレニーニャ・サミーニャと申します」
「あ、どうも」リーモはその股間を見ながら返事した。失礼なやつである。「ナッタレーニェです。リーモと呼んでください」
「リーモさん。私のことは──」
女はほほえんでこう言った。
「サンキューと呼んでください」
「助かりました。真水があって」
ピンク髪の女、サンキュー。タオルを肩にかけて、宿に入ってきた。井戸で身体を流して来たのだ。
宿に入ったところは食堂である。おおむね、ゼナルジーコの宿と同じ感じである。玄関入ったところが食堂であり、酒場であり、木賃宿(きちんやど)の雑魚寝部屋にもなるというやつである。リーモはそこでサンキューを迎えた。
「良かったね、無事に陸(おか)に上がれて」
「ええ、ほんと。ありがとうリーモ。案内して頂けて、助かりました」
「いえいえ」
「私は、泳ぎは得意なのですが。陸には不慣れなもので」サンキューはほほえんだ。「リーモに会えて、良かったです」
「いやぁ、それほどでも」リーモにやける。
そんなところに、女勇者さまが戻ってきた。「リーモ。その人誰?」
「あ、レーネ。こちら、海の王国のサンキューさん」
「初めまして。クレニーニャ・サミーニャです。サンキューとお呼びください」
「ふうん」レーネはジロッと女の全身を見た。「・・・私はレーネ」
「俺の姉貴分だよ」
「まあ」サンキューは目を大きくした。「リーモさんに案内して頂いて、助かりました」
「ああ、そう」レーネは素っ気ない。「どっから来たって?」
「海の向こうの王国です。船で来たのですが、ここの沖合で、私だけ海に落ちてしまって・・・」
「なんて船?」
「ええと、エトピリカです。王国の3段ガレーです」
「なんであんたを放ったらかしていったの?」
「私が1人で落ちたので・・・たぶん、気付いてもらえなかったのかと」
「そう。──リーモ、話がある」
「あ、うん」
女勇者さま。終始よそよそしい態度のまま、リーモを手招きして部屋のほうへ引っ込んでしまう。リーモも戸惑いつつ後を追う。
「──あ、リーモ」サンキューが呼びかけてきた。「お礼に、夕食をおごらせていただけませんか?」
「え?」
「お礼もしたいですし・・・私、このへんの地理には疎い(うとい)ので、お話を聞かせて頂ければと」
「ああ、そういうことね。うん、いいよ」
「良かった。ではまた」
「うん、またね、サンキュー」
リーモ、部屋に戻る。レーネと一緒の部屋である。最初はドキドキしたのだが・・・レーネがずっと黙っておるので、ドキドキもなくなってしもうた。むしろ、居心地が悪い。さっき海を見に行ったのは、じつはそういう理由もあったのだ。
「えーっと、話ってなに?」
「ん、あれ嘘」
しかし、ここでようやくレーネは笑顔になってくれた。いたずらっぽい、ニヤリという笑いである。
「あの女さ、なーんか怪しいと思ったんだよね。だからリーモを引き剥がしただけ」
「え?」リーモ、びっくりである。「怪しいって、なにが?」
「ただの勘。本当の姿じゃないだろ、って感じ」
「え!」リーモ、ドキリとする。「そ、そ、そんなの、見てわかるの?」
「まあね。・・・なにキョロキョロしてんの?」
「べ、べ、べつに!?」
「ふーん?」レーネ、ニヤニヤしておる。「ま、いいや。部隊は、今日は休むって。明日キタリュードンラに向かうってさ」
「そうなんだ」
「ついて行こうかと思うんだけど、リーモはどうしたい?」
「俺? レーネが行くなら行くよ」
「疲れてない?」
「べつに・・・」リーモは爪先立ちした。足首にも膝にも、疲れはない。サンダルの足にも靴ズレとかはない。「たぶん大丈夫」
「じゃあ一緒に行くって言っとくよ。朝はかなり早いと思うから、昼寝できたら、しといたほうがいいよ」
「昼寝かぁ・・・」
湿気たワラ束を見て、リーモは若干うんざりする。
「マシなほうだよ」レーネは笑って、ぽんぽんとワラ束を叩いた。「野宿にくらべればね」
ちょっと昼寝して、起きたらもう夕食の時間であった。頭がかゆい。やっぱり虫がいたっぽい。レーネと一緒に食堂へ行く。食事時だというのに、客は居らず、ガランとしておった。ピンク髪のサンキューだけがぽつーんと席に着いており、リーモたちを見るとホッとしたように立ち上がった。
「こんばんは、リーモ」
「こんばんは、サンキュー。レーネも一緒でいい?」
「もちろん」
「私は自分で払うから、おかまいなく。妹分だけ可愛がってやってください」
「そうですか。わかりました」
ということで話がつき、3人でひとつのテーブルに。リーモは自分の斜め後ろに椅子をひとつ持ってくる。女神さまがそこにお座りになられる。レーネがチラッと女神さまを見て、黙礼。サンキューは無反応である。
サンキューは魚の塩焼きと葡萄酒を頼んでくれた。夕食と朝食は基本的に宿代に入っとるので、パンとかは頼まんでも出てくる。ただ肉が少ない。それだから、ちょっと豪華なメインディッシュを追加、というわけである。
でっかい魚の丸焼きがやって来た。葡萄酒は、レーネにも振る舞われた。
乾杯。リーモ早速酔っぱらい、使い物にならんようになる。何しに来たのやら。それで、姉貴分が話し相手を買って出ることとなった。
「海の王国って言ったっけ?」とレーネ。
「ええ。海の向こうの、小さな島国です。もっとも、私は陸で生まれたのでなく、海から拾い上げられたのですが」
「・・・ほう?」
「海の王国の姫、クレーニャ殿下が、小舟で漂流する私を見つけて拾い上げてくださったのです。そればかりか、親のわからない私に母称(ぼしょう)まで許してくださいました。・・・もっとも、そうした娘は、他にもたくさんいるのですけどね」
「初めて聞いたよ。そんな国のこと」
「まあ、遠い海の向こうの、小さな国ですからね」
「今回はどうしてこちらに?」
「あちこちの港を巡って外交をするのだとか。私は同乗させて頂いただけなので、詳しいことは知りません」
「お役目があって来たのではなく?」レーネ、もらった葡萄酒を呑む。
「ええ・・・」サンキュー、お代わりを注ぐ。「レーネさまは、女勇者さまとうかがいましたが」
「誰に聞いたの?」
「兵士の方々に。先ほど、ちょっと表を歩いたとき、声をかけられまして」
「声を。・・・不快な思いをされたのなら、私から話をしておきますが」
「いえ、礼儀正しい殿方ばかりで」
「ホントかなぁ」
「本当ですよ」
「ま、そういうことなら、名乗っておこうか。ヨスベリューサニェー・ユリアーニェ。これが、私が頂いた名です」
「お目にかかれて光栄です。じつは、お噂は海の向こうにも届いておりまして」
「海の向こうにも」レーネ、相手をじーっと見つめながら葡萄酒を呑む。「ふーん?」
「はい」
「・・・あなたがどこの国の方だろうが、私はかまわぬ。領主ではないのでね」レーネはフォークをお肉に突き刺した。「けど、リーモに手ェ出すヤツは、斬るからな」
「私は、戦いに来たのではありません」サンキューは顔をひきつらせた。「まして、女子供を手にかけるなど」
「ならいいけどね」レーネはじーっと相手を見る。「話も聞かずに斬るな、ってね」
「立派な心がけでいらっしゃる」
「いや、『斬る前に調べろ』って怒られたんだよ。・・・こっちの鶏肉、ちょっと食べてみる?」
「いいのですか? では、こちらの魚をどうぞ」
2人は、それぞれが頼んだメインディッシュを交換した。
「ありがとう。・・・お味はどう?」
「初めて食べるんですよ。鶏は・・・ふむ。ふむ。おいしいですね。しょっぱくないお魚みたいな感じです。苦みが少しあって」
「よかった。そう、ここの鶏は、ナダラカンのより苦いって言われるね。餌が違うせいかな」
「へえ」
「おいリーモ、あんたも食べとかないと、明日バテるよ」
「ふえー・・・」リーモ、ぐでんぐでんである。
「悪いことをしましたかね。お酒を勧めて」
「いや、いいんだ。私がそばにいるときに失敗したほうがいいからね」
「・・・そうですね」サンキューはほほえんでリーモの世話をするレーネを見た。
食事が終わり、そろそろ部屋に引き揚げるかというタイミングで。
オン! という、犬の声がした。
「ひっ!?」リーモびびる。「・・・犬ら」
宿の入り口に、犬が居った。
戸口のところでお座りして、こっちを覗き込んでおる。首輪をした、しょぼくれた灰色の中型犬である。入り口で礼儀正しく待っとるところを見ても、躾(しつけ)された飼い犬なのは明らかだ。しかし、ちょっとうるさかった。オン! オン! ウォンオン! 連続で吠えてきよる。
「なんらろね」リーモふにゃふにゃする。
「・・・うちの子だ」
レーネは立ち上がった。犬のところへゆく。リーモも、ふらふらとついてった。その様子が危なっかしいので、サンキューもついてきて、手を貸してくれた。
レーネは、戸口を出た途端に犬に飛びつかれ、ハッハッハッハッと興奮した犬に舐め回されておる。
「シャケ! おー、よしよし。シャケ、シャケ、シャケ」
「鮭?」
「こいつの名前。私がつけた。らしい。子供んときにね」
「へえ」ふざけた名前だなぁ、とリーモは思った。
「久しぶりだな、おまえ。元気?」
オン! 犬、吠える。「元気だぞ!」と言うたようである。が・・・残念ながら、その身体は元気とは到底言い難かった。
「痩せてる(やせてる)ね」
「・・・うん」
レーネは骨ばった犬の身体を撫で回す。肋のあたりにいくつか傷があるのを、撫で回して確認する。みみず腫れがいくつも走っており、その部分だけ毛がなくなったりしておるので、撫でるとわかるんである。
「よしよし」レーネはそのことには触れず、犬を撫で回した。「ちょっと待ってな。お肉あげるからね。待て!」
犬のシャケはぺろんと舌を出して、地面に伏せた。
「かしこい!」酔っ払いのリーモ、感心する。
「シャケは賢いんだ。狩猟犬の雑種らしいんだけどね。たぶんこいつ、狩りで使えばもっと・・・おやじ、味ついてない肉ある?」
「ダシ取ったやつならあるよ」
「それでいい」
レーネは骨をひと皿ぶん買って、犬のところへ戻ってくる。が、犬に皿をやる前に、兵士がやって来た。
「ご歓談中のところ、失礼いたします。勇者さま。隊長から伝言が・・・」
「ああ」レーネはちらっとサンキューを見た。「ここは人もいるし、良ければ私が出向こうか?」
「助かります。じつは『来て頂けるなら、ぜひ』とも、言われておりまして」
「では行こう」
レーネは骨の皿を犬にやって、「リーモを見といてな」と言うと、兵士と一緒に去った。
「うん。わかっら! ちゃんと見とく」全然わかっとらんリーモ。正反対の意味に解釈して、気合入れる。
「・・・。」サンキューは犬の傷を見てなんか考えとる様子である。「ここは入り口だから、少し離れましょうか」
「そうらね! それらいい!」
2人は宿の表に出て、犬と一緒に涼んだ。
──問題の男がやってきたのは、その直後のことであった。
◆♀◆ 10、サンキュー、レーネに貸しを作る ◆♂◆
「ここにいやがったか、この馬鹿イヌめ!」
杖を持ったその男は、夕暮れの道をズカズカとやって来たかと思うと、いきなりそのように怒鳴ってきた。
そして、きょとんとしとる酔っ払いのリーモにも、怒鳴ってくる。
「おい、どけ! エルフ。わしのイヌにさわるんじゃない!」
「へ・・・?」
「どけと言っとるんだ!」
突き飛ばされたリーモ。酔っ払っとるせいでバランスがおかしい。ごろーんと地面に転がった。土まみれとなる。
「なんということをなさいます。女の子を突き飛ばすとは」サンキューが抗議する。
「ぺっ。魔物めが!」男は唾を吐いた。「──おい、とっとと来い。勝手に抜け出しおって。さあ帰るぞ」
男、犬の首輪を掴み、引きずろうとする。
犬、嫌がる。足踏ん張り、のけ反って、口思いっきりへの字にして、その場に留まろうとする。
「くそ。おい。なんだ。こいつ。言うことを聞け。聞かんか!」
頭に来た男、杖を振り上げた。犬を叩く。ギャン! 犬が叫んだ。
「こいつめ! これでもか! こいつめ!」
ギャン、ギャ、キャイン・・・だんだん、声が弱々しくなる。
「・・・やめろ!」リーモが男に飛び掛かった。「レーネの犬を!」
男はびっくりしてよろめくが、いかんせん、体重差がある。転ぶところまでは行かなかった。逆に、リーモのほうが弾き返される形になって、また地面に転がってしもうた。「ぐえー」
「リーモ」サンキューがリーモを助け起こす。
「とっとと起きろ!」男はなおも犬を蹴り飛ばす。
犬はゴロリと横たわり、動かなくなったしもうた。
「・・・レーネの犬らぞ! しゃけは!」リーモ、まだ男に向かっていこうとする。
「なんだこのエルフめ。おまえも杖で叩いてやろうか!」
あろうことか、男はリーモにも杖を振り上げた。
ガキリ。その手首が掴まれた。しなやかな娘の手によって。「・・・リーモは、私の妹分だ」
「お、おまえ・・・!」男がうめく。
「さわるな。私の妹分に」
レーネであった。騒ぎを聞きつけて戻ってきたのだ。右手で男を止めながら、左手を腰に──剣の柄にかぶせておる。
「ひっ・・・」男は恐怖の表情となり、口をぱくぱくした。
レーネが手を放す。男は、倒れた犬もそのままに、喘ぎながら逃げていった。
「リーモ。無事?」
「レーネぇ・・・」
リーモは、大丈夫であった。転んで土まみれになってはおるが、ケガはなかったのだ。
だが。犬のシャケは、もはや声も立てることなく、横たわったままであった。
「・・・。」「・・・。」「・・・。」
レーネ、リーモ、そしてサンキューの3人。夜の丘にて。
ひんやりとした風が山から吹いてくる中、動かなくなった犬のシャケを、ここまで運んできた。
レーネが地面にシャケを下ろす。シャケは、ぐんにゃりと地面に横たわった。
「ごめん。シャケ。出て行くとき、連れてってやれば良かった」
「埋めるの?」
「うん」
レーネはそう言うと、ショベルで穴を掘り始めた。兵士から借りたものである。
「え? 埋めるですって?!」サンキューが跳び上がった。
「いまそう言ったでしょ」
「そんな!」サンキュー、よろめく。「なんて残酷な・・・」
「そのままにするほうが残酷でしょ」レーネ、苛立つ。
「だって、そんな、まさか」サンキュー、顔面蒼白(がんめんそうはく)である。「まだ生きてるのに」
「は?」
「では、治療しますね」
サンキュー、手をかざす。陽光のような輝きがあらわれた。その光に、犬のお腹が、優しく照らされる。
「はい、これで大丈夫」サンキュー、犬の肩のあたりをそっと叩く。「もういいですよ。起きても」
「・・・。」レーネ、疑わしげな目で様子を見守る。「シャケ?」
ぱちり。横たわっとるシャケ、目ェ開けた。レーネを見る。ニカッ! 口開く。ペロン。舌出す。喘いだ。「ヘッヘッ」
「おまえなぁ・・・!」
レーネは目元を拭ってから、シャケという名の犬をギュッと抱き締めた。
「やれやれ。ついて来て正解でした」サンキュー、ほっと息をつく。「お二人、様子がおかしかったから・・・」
「死んだと思ってた」とリーモ。
「心臓止まってなかったか?」とレーネ。「なあ、おまえ。シャケよ」
「いえ、音がしてましたよ」
「よくわかったな・・・」レーネはシャケを抱いたまま、サンキューを見上げる。「動いてなかったのに」
「死んだフリじゃないですか?」
「ワフ」とシャケ。
「そうか」レーネはため息をついた。「ありがとう。サンキュー」
「どういたしまして」
「借りができたな。いつか返す」
「勇者さまにそのように言って頂けるとは、光栄なことです」
「その時が来たら、ナダラカンミナットの領主館、ガンバットリャンニに伝言をしてくれ。『レーネのシャケの件で頼みがある』とね」
「はい。ここぞの時には、頼らせて頂きます。──では、私はこれで。ご機嫌よう」
サンキューは頭を下げ、宿へと去った。
「よかったね」とリーモ。
「あいつ・・・謎だなぁ」とレーネ。「いまの、太陽の治癒の術だよ。助かったから、詮索(せんさく)はしなかったけどさ・・・」
「ワフッ」とシャケ。
ちなみに、サンキューであるが。
レーネたちから離れて、もう声も聞こえんだろう・・・というところまで来ると、
「よっしゃ!」
と、喜びもあらわに、ピョーンと飛び跳ねておった。
「これで女勇者を招待できる。貸しがあると言えば──まあ結婚は無理でも、お茶ぐらいは設定できるはず」
ぐいんぐいん。腰を前後に波打たせる。妙に力強い動きである。毎日こういう鍛練をしてきたかのような。
「どうです陛下? あなたのセイラッキルーネ。見事、無理難題を成し遂げましたよ!」
そう。賢明な読者のみなさんはとっくにお気づきであったろうが──
彼女こそ、誰あろう、魔王につかわされたセイレーンの魔将、セイラッキルーネ・サンキュッシニーモだったのである!
女勇者。そうと知らぬうちに、魔王の手の者に借りを作ってしもうたというわけであった。
◆♀◆ 11、レーネの謎かけ ◆♂◆
さて。ふたたび、リーモとレーネ。
宿の部屋に戻った2人は、それぞれベットに入っておった。横並び。酔いの残るリーモはすぐにウトウトと──しかけたところで。
「あいつ、私のおっ父なんだ」レーネが言い出した。
「・・・シャケのこと叩いた人?」リーモはがんばって目を覚ました。
「そう。ごめんね。迷惑かけて」
「いいよ。俺は、叩かれたりはしてないし。びっくりしただけで」
「うん」
レーネしばらく黙る。リーモ、ウトウトする。酔いが回っとるせいで、すぐ意識が飛びそうになる。
「私ね、」レーネが言い出した。
「・・・うん?」リーモ、がんばって目を覚ます。
「捨てられたんだ。おっ父とおっ母に」
「え」リーモの眠気は吹っ飛んだ。「捨て子ってこと?」
「ちがう。舟に乗せられて、沖へ流されたの。子供のときに」
「ええ!? 死んじゃうじゃんか」
「旅の占いババアがここに来てね。私を占ったんだってさ」
「占い?」
「うん」レーネがこっちを見た。暗闇の中で、彼女の目がキラキラ光る。「うちの親がね。こんな目をした娘、人間とは思えない。いちど占ってもらおう・・・ってね」
「そんなことない。レーネは魔物じゃない」
「ワフ!」
レーネのベットの下から、シャケの同意の声がした。
こやつ、結局家に戻らずレーネについて来たんである。レーネのほうも、彼(シャケは雄犬である)を実家に帰すつもりはないらしい。あのあと、土饅頭(どまんじゅう)作って、犬の絵を刻んだ板切れを刺してきたぐらいである。偽装工作、万全であった。
「ふふふ。ま、その占い師は、客に媚びるタイプでね」
「こびるタイプ」
「客が心の底で望んでる欲望、恐怖、憎しみを、『占い』という体で(ていで)煽るタイプ」
「あおるタイプ」
「『確かに、あの娘は海の魔物だ』『両親に破滅をもたらし、村にも災いとなるであろう』って、言いふらした」
「クソ占い師!」
「ヒヒヒ」レーネ、悪役みたいな笑い方する。「で、ビビったおっ父とおっ母が、私を海に流した。事故に見せかけてね」
「事故」
「釣りに行くってことにして、私を舟に乗せて、沖へ出る。おっ父だけ海に飛び込んで、泳いで岸へ」
「そんなの、すぐバレるじゃん!」
「『わざとじゃない。気がついたら、舟がなかったんだ。ああ、なんてことだ! 錨を下ろすのを忘れるなんて』」
「・・・。」
「私は3歳だった。流されたときのことは、あんまり覚えてないんだけどね」
「レーネ・・・」
「でも、生きて戻った私を見て、両親がこんな話をしてたのは覚えてるよ」
「どうして? あれから10日は経ったでしょう? どうして生きてるの?」
「わからん。もしかすると・・・復讐しに戻ってきたのかも知れん」
「私は何もしてないわ。やったのはあなたでしょ?」
「おまえが『やれ』と言ったんだろうが!」
「レーネ」
リーモは起き上がり、レーネに抱き着いた。
が、当のレーネはさばさばしておる。むしろリーモのほうが抱き締められ、慰められてしもうた。「よしよし」
犬のシャケまで伸び上がってリーモの頬っぺたペロペロしてきた。「フッフッ」
「うう」リーモ真っ赤になる。なんで俺が慰められねばならんのか、と思った。
「ところでリーモ君。ここで問題です!」
「はい?」
「沖へ流されたリーアッカメーニャちゃん。一体、どうやって戻ってきたのでしょう?」
「リーアッカメーニャ」
「ああ、私の幼名ね。覚えなくていいよ、もう使うことはないから」
「・・・・・・そっか。あれ? でも、リーアってどっかで聞いた気がする」
「魔王じゃない? あいつ私のこと『リーアーニャ』って呼ぶから」
「あ、それだ」
リーモは思い出した。魔王が「リーアーニャ。我が妻」と口にしたのだ。海賊船から救い出された──二重誘拐されたときのことであった。
「あれ、レーネのことだったのか」
「あいつ、なんでか私の子供んときの愛称知ってんだよね」
「なんでだろ?」
「なんでだろね」
「その・・・奥さんにするとか言ってたけど」
「あいつが勝手に言ってるだけだよ。私にそのつもりはないです」
「そっか。・・・魔王って女だよね?」
「たぶんね」
「女なのになんで?」
「知らない。どうでもいい。私にそのつもりはありませんので」
「あ、はい」
「で、答えわかる?」
「ええ・・・?」
女勇者が3歳のころ、舟で沖へ流された。どうやって戻ってきたのか?
──ムチャな謎かけであった。わかるかそんなもん。
女勇者ユリアーニェは有名である。吟遊詩人の歌で、彼女の活躍は広く知られておる。だが、この一件は歌になっておらぬ。リーモは全然知らんかった。まあ、ガンバは知っとるかもしれんが・・・と思って、リーモはちょっと嫉妬した。ガンバもこうして「問題です!」ってやってもらったのかな・・・と思って、リーモはすごく嫉妬した。
なんとしても当ててやる。ムキになった。酔っ払った頭で考える。
「ふつうに漕いで(こいで)帰って来た──わけじゃないよね?」
「3歳だよ。漕ぐのは無理だよ」
「ええ? じゃあ──泳いで?」
「それも無理かな。海はね。波があるから」
「そうだね・・・」つい最近、経験済みのリーモである。「ええと、じゃあ」
リーモは考えた。
レーネの目がキラキラしてこちらを見ておる。綺麗な目だな、とリーモは思った。レーネが生きててよかった。美人だし。優しいし。強いし。声だって綺麗で──と、レーネのいいところを思い浮かべたところで、ふっと答えが閃いた。
「あ、《声》か」思いついてみれば、これしかなかった。「《声》で陸地を造って、帰って来た!」
「当たり!」
レーネはにっこりした。
「それは、リーアーニャが行方不明になってから、10日後のことでした。
突然、岩の橋が、海の上に浮かび上がったのです。
一体何事だろう? と、集まった村人が見たものは。
その岩の橋を歩いて戻ってくる、リーアーニャの姿でした」
「すごい」リーモ、怒りを忘れてレーネを見つめる。「すごいよレーネ」
「へへっ。・・・初めてだよ。正解したの」
「俺が初めて?」
「うん、初めて」
「やった」ガンバに勝った! リーモ、こぶし握る。「・・・けど、そんな子供のころから使えたんだ。《声》」
「そのとき、使えるようになったみたいだね」
レーネはリーモを寝かしつけ、毛布をかけてくれた。
「ふあ・・・」
まぶたが落ちる。ガンバに勝ったと思って、油断したのがまずかった。一気にぶわーっと、眠気が襲ってきた。これはもうだめだとリーモは思った。レーネがうれしそうにしてる、その顔。もっと見ていたいのに・・・。
「この世界ではね。死から奇跡的に生き延びたとき、力に目覚めることがあるんだってさ」
「力に・・・めざめる・・・」俺は眠りかけだけど。
「リーモも、そうかもね?」
そう言って、レーネは宙に浮かぶ女神を見上げた。
女神さまがなんとお答えになられたかはわからない。我らが主人公、酔っ払ったナッタレーニェ嬢には、もうそれを見届ける力は残っておらなんだ。あえなく夢の海に流され、目覚めるまでずーっと帰って来れんかったんである。
◆♀◆ 12、おっ父、おっ母 ◆♂◆
朝。レーネが言った通り、メッチャ早い時間帯に出発することとなる。
曙(あけぼの)よりも早く起こされ、ランプの光で準備をした。日が昇るころに宿を出る。宿の主はさすがに起きて見送りをしてくれたが、サンキューに別れを告げることはできなんだ。なので、宿の主にチップを渡し、伝言をした。「昨日はありがとう。また会いましょう」ってな感じで。
リーモの姿は昨日と同じ。服に背負い袋。女神さまから頂いた小剣を腰に。
女勇者レーネは、革のヨロイを着ておった。硬い革のヘルメットと胸当て。それに、柔らかい革の脚絆(きゃはん)を締め上げておる。まるで兵士みたいな姿であった。初めて見る姿である。暑いのにヘルメットはつらいだろうな、とリーモは思った。
さて、兵士たちが出発し、リーモはそれについてゆく。犬のシャケもついてくる。痩せこけたシャケが本当について来れるのか、リーモは心配したのだが・・・ヘッヘッと舌を出しつつも、ヒョコヒョコ軽い足どりで、シャケはつかず離れずついて来るのであった。
「大丈夫? シャケ」
リーモが訊くと、シャケは無言で顎を振ってよこした。
「おまえこそ。・・・だってさ」レーネが翻訳した。
「生意気!」
「フッフ」シャケが笑った。みたいに見えた。
「ちっ」リーモ、悔しがる。「何歳なの? シャケ。俺より年下なら──」
「13歳かな」
「くっ」同い年だった。
「犬だからなぁ。もう、おじいちゃんだね」
「ぐうっ」負けとった。「・・・ま、賢いよね。死んだフリするとか、強か(したたか)だよ」
「この私の弟分だからな!」
そのとき、行進が止まった。隊長がこっち振り向く。なんか話があるらしい。レーネは隊長のとこへ行った。
「・・・・・・・・・弟分?」リーモ、犬を見る。「もしかして、俺ってそういう枠なの?」
「そなたはどっちかというと、猫かに」ふわ~ん。浮かんどる女神さま、汗ひとつなし。
「ペットってことじゃん!」リーモ、汗拭う。
「休憩!」隊長の命令が飛んできた。「水を呑め」
休憩のようである。ありがたい。リーモは水筒を出して、手のひらでシャケに水をやった。シャケ、手の平とリーモをジロッと見比べてから、ペロペロ舐めて呑む。リーモ自身も口を開けて、水を上から垂らして呑む。レーネが戻ってきて、シャケに干し肉みたいなもの(何かはわからん)をやった。「リーモ、アメちゃんあげる」飴くれた。
「わふ!」リーモ、やけくそになって吠える。俺、犬の後なんだ、と思った。飴はうまかった。
山賊に襲われた村、キタリュードンラには、朝のうちに着くはずだった。だが、その予定は変更となった。途中で思いがけない遭遇があったからである。
休憩を終えて、ふたたび街道を走り始めたところで・・・
「ウォフ!」と、シャケが吠えたのだ。
「隊長。犬が何か見つけた」とレーネ。「確認して来ていいか?」
「わかった。止まれ! 2人つけましょう」
「ありがたいが、犬が緊張する。私だけでいい。──妹分を頼みます」
レーネとシャケは道を外れ、下草と木立の中に分け入った。
道は、しばらく前から山道となっておる。ゆるやかな上り坂。道の左右は草だらけ、木だらけ。ほとんど見通しの効かん状態である。そんな木立に潜るようにして、レーネとシャケは消えたのであった。
リーモは兵士たちに周囲を囲まれる。こちらは人垣の中に消えた感じである。
兵士たちは四方八方にいつでも槍を突き出せるよう、円陣を組んだ。
しばらく待つ。
「隊長」藪の向こうからレーネの声がした。「いま、そちらに出る。敵はいない。危険はナシだ」
「了解。槍上げ!」
ズバッ。兵士たちが、槍の穂先を天に向けた。
レーネが藪から出て来た。「避難民がいたんだ。いま、そちらへ出す。──さ、どうぞ」
ボロボロの姿をした村人らしき人々が、山道に出て来た。男女、子供、それに老人も何人か居った。最後にシャケがヒョッコリと。
「17人」とレーネ。「キタリュードンラとユーコビンラの混成だそうだ。山賊に襲われ、逃げていたと」
「そうか。──我々は、ナダラカンミナットの兵だ。まずは、水を呑んで休まれよ。それから話を聞かせて頂きたい」
兵士の円陣が解けた。村人の世話に回るようだ。2人だけリーモの側に残ったが、レーネが戻って来るとその2人も世話に向かった。
村人どもはボソボソと感謝の言葉を述べながら水を呑んだ。みなゲッソリとしておる。土にまみれ、顔や首筋を虫に噛まれて赤く腫れ上がらせ、目に気力がない。無理もなかった。山賊に襲われたのは一昨日のはずだから、もう2日も山中を彷徨って(さまよって)おるのだ。
──その中に、リーモが生まれたときから見てきた夫婦がいた。
「・・・おっ父。おっ母」
「ん? なに、リーモ」
「おっ父! おっ母!」
勇気の女神にオンナにされた少年、オンサレーン。
彼の、おっ父とおっ母が、そこにいたのだ。