勇気の女神にオンナにされた   作:min(みならい)

7 / 17
海戦勃発! リーモ、鼓舞する(こぶする)

◆♀◆ 13、リーモ、拒まれる ◆♂◆

 

「おっ父! おっ母!」

 我らが主人公、ハイエルフの美少女リーモが、黒い髪をポニーテイルに揺らして駆け寄ると・・・

「・・・誰だ、おまえは」

 がっしりした身体の男が、リーモの前に立ちはだかった。一緒に水を呑んでおった女をかばって。

 リーモの父──いや、オンナにされた少年オンサレーンの父。スメコットーである。元船乗りで、身体つきはいまでもたくましい。筋肉でゴツゴツしておる。ちょっと、恐い。

「いきなりなんだ。エルフ。何か用か」

「おっ父・・・」リーモの声は、口の中で消えた。上げていた手がへなへなと落ちる。白くて小っちゃな、オンナの手が。「・・・。」エルフの耳がぐんにゃりと横倒しになる。

「エルフに『おっ父』などと言われる覚えはない」

「・・・。」リーモ、うつむく。

 スメコットーは周囲を見回した。

 疲れ果てた避難民。ナダラカンの兵士。そして、女勇者と愛犬。

「ご主人」女勇者が、手を上げた。キラキラと光を反射する目でまっすぐこっちを見て、「その子は、私の妹分です」

「・・・勇者さまの」

「はい」

 女勇者はリーモのそばまでやって来て、肩に手を置いた。

「この子は、勇気の女神ユークラネーさまの巫女です。怪しい者ではない。私が保証する」

「・・・なんと」

 スメコットーは後ろを振り向いた。

 背後にいるのは、綺麗な顔立ちした中年の女である。いかにも農家のおかみさんという感じの、たくましく日焼けした女だが、その顔立ちはいまだに『綺麗な』といえる。つまり、美人なおばちゃんである。名はフタッカーニャ──オンサレーンのおっ母である。

 おっ母は、首を横に振った。おっ父はそれを見て、こっちに向き直る。

「勇気の女神さまは、うちの村の守り神だ。だが、エルフの巫女など、聞いたこともない」

「ふむ?」レーネはリーモを見た。

「それは、あの・・・!」

 リーモ。レーネを見て、恐怖の表情となる。後ろを振り向いた。

 背後に、ふわ~ん・・・と浮かんでおるのは、勇気の女神ユークラネーさまである。ハイエルフの美女の姿した女神さま。その御姿は、リーモとレーネにしか見えとらん。リーモはすがりつくような目で見るが、女神さま、黙ーってリーモを見下ろすのみ。『自分で何とかせよ』の構えである。

「・・・ふむ」レーネはその構えを見て、「リーモ。自己紹介だけでもしておきな」

「自己紹介って、でも、俺・・・」

 リーモはレーネを見た。その可愛らしい目に、うっすら涙が浮かんできた。なかなか口が動かぬ。背後でユークラネーさまがイラッとした顔する。

 しばし周囲の人間を待たせたのち、リーモは耳を八の字に萎えさせて(なえさせて)こう言った。

「勇気の女神の、巫女・・・ユークレニャー・ナッタレーニェ・・・です」

「・・・。」スメコットーは渋い顔である。「で?」

「う・・・」リーモは、もう言葉が出せぬ。

「突然呼びかけてすみませんでした」レーネが代わりに謝った。「ですが、できれば、改めてお時間を頂きたい」

「うーむ」

 スメコットー、後ろを振り向く。フタッカーニャ、うなずく。「あんた」

「そうだな。生命の恩人に言われては断れん。どうしてもとおっしゃるなら、またそのうち」

 

◆♀◆ 14、水夫くずれのヘヅレッコ ◆♂◆

 

「女勇者よ。我らは、ここで1刻(2時間)とどまって、粥(かゆ)を炊くことにします」

「わかりました。私たちも、このへんにいますよ」

 隊長と話をつけて、レーネが戻って来た。

「リーモ」

「・・・。」

 しょげ返っているリーモを連れ出す。木立に姿が半分隠れるとこまで。村人たちの視線がさえぎられるとこまで。

 人目がなくなると、リーモはボロボロ涙をこぼしはじめた。

「おいおい」レーネがリーモを抱き寄せる。

「う・・・ウソじゃ、ないんだ。ひっく。ひっく」リーモは泣きじゃくる。「ほんとに、ほんとに俺、おっ父とおっ母の」

「そうか」

「ごめん。レーネまで、嘘つきと思われて。俺のこと、ホントのこと知らないのに、かばってくれて。そのせいで」

「よしよし」

 撫で撫でするレーネの足元に、愛犬のシャケもやって来た。眉根を八の字に上げて、レーネを見上げてくる。レーネは目を閉じて『そこにいろ』の合図をした。シャケ、お座りする。レーネ、その隣にリーモを座らせる。シャケが鼻面を突っ込んでリーモの頬っぺたをペロペロしだした。レーネも反対側からリーモの肩を抱く。

「いまのリーモは、人間の子には見えないからね。仕方ないよ」

「ちがう。ちがうんだ。もっと早く、レーネに打ち明けなきゃいけなかった。俺、ホントは──」

 

 リーモが何かを打ち明けようとしたそのとき!

 

 風を切る音がした。シャケが鋭く吠えた。レーネが左手を突き出した。その籠手(こて)に、何かが激突した! バシン! 破片がリーモの耳に当たった。「いてっ」

「敵襲! 弓兵がいるぞ!」

 レーネが叫ぶ。リーモを突き倒して地面に伏せさせ──

《おまえは私を、狙うことはできぬ!》「シャケ、噛みつけ!」

 ──立て続けに叫んだ。シャケがダッシュ! 藪の中に飛び込む。地面が盛り上がり、リーモを木の根元に囲い込む!

「敵襲!」「敵襲、弓兵あり!」兵士たちが復唱し、2人が駆け寄ってくる。

「リーモを頼む」

 レーネはシャケの後を追って藪に突っ込んだ。右手にはいつの間にか剣が抜かれている。

 兵士たちは、槍を捨てた。木立の中では槍なんぞ役に立たぬ。腰の小剣を抜き、小さな金属製の盾を構える。その盾は、弓に対するには心もとなかった──女勇者の立てた壁が、リーモと兵士たちの下半身を守ってくれていなければ。

「大丈夫か!」

 リーモのおっ父、スメコットーもやって来た。手には短刀を抜いている。船乗りがよく使う、片刃で反りが強いナイフである。狩人らしき村人も1人、やって来てくれた。

 オンオンオン! ガルルル! 犬の激しい咆哮が聞こえて、

「ぎゃっ、ぎゃああ」男の悲鳴がした。「やめろ! やめてくれ! ひいい、噛み殺される」

「おとなしくしろ」レーネの声がした。

「す、する! 降参する! 撃ったのは俺じゃない。俺じゃないんだ。助けてくれ・・・!」

 

 レーネとシャケが捕まえたのは、小柄な中年の男だった。背丈はレーネと変わらぬ。ただ、体格が良く、がっしりとしておる。

「お、俺は何もしてない! 弓を撃ったのは俺じゃ──」

「勝手にしゃべるな。質問に答えよ」隊長が厳しく言った。「弓を撃ったのは誰だ」

「俺じゃない!」

「誰が撃った」

「し、知らない。名前は知らな──げふっ」

「しゃべらんのなら、生首になってもらうが?」隊長は男の腹を何度か蹴った。「太陽の勇者さまを襲ったのだ。誰もおまえを擁護(ようご)はせんだろう」

「ほんとに知らねえんだよ!」

 男はギョロギョロと周囲を見回した。そして、村人たちの1人に目をつけた。

「スメコットー! おまえ、スメコットーだよな?」──リーモのおっ父に、呼びかける。

「・・・。」

 リーモのおっ父は、これまでで一番苦い顔になった。『駆けつけるのではなかった』というような顔である。

「スメコットー! 助けてくれ。同じ船に乗った仲だろう? 同じ潮を乗り越え、同じ風に吹かれた友情を守ってくれ!」

「知り合いですか?」と隊長。

「・・・ヘヅレッコと呼ばれていた男だ」とスメコットー。「友じゃない。船から追放になったヤツだ。海賊のようなマネをしたので、乗組員で投票をした。全員一致で、追放だ」

「ちがう! 俺は──げふっ」

「スメコットーさん。こいつが弓を使えないというのは本当ですかな?」

「俺の知る限りではね。こいつはナダラカン生まれで、弓を持つところは見たことがない」

「ありがとう。・・・ヘヅレッコ。質問に答えよ。弓を撃ったのは誰だ」

「お、男だ。名前は知らねえ。俺について来たんだ」

「どこから」

「それは・・・」

「連れて行って、吐かせろ」

 隊長がそう命じた。「殺さないでくれ!」わめく男を、「うるさい」「黙れ」兵士たちが引きずってゆく。

「・・・隊長」

 リーモのおっ父が、たくましい身体を小さく縮めて言った。

「あいつ、ワイロンバ閣下の使いっ走りですよ」

「ワイロンバとは・・・軍事務長の、ワイロンバ閣下のことか?」

「はい。“エトピリカ”が魔王に沈められた戦いがあったでしょう?」

「ワイロンバ閣下が船に乗っておられた時だな。漂流して、地元の漁師に救われたとか」

「そうです。

 これは、船乗り仲間から聞いた話なんですがね。

 ヘヅレッコは、俺たちの船から追放されたあと、釣り舟を買って、地元で漁師を始めた。

 だが、真面目に漁師をやるような男じゃない。一攫千金(いっかくせんきん)ばかり夢見とるヤツだ。

 海戦のあった場所へ行っては、遺品を漁るようなマネをしとった。

 エトピリカのときには、海戦が終わる前から舟を出しとったようだ」

「それで、閣下をお救いしたと」

「『俺はワイロンバ閣下の生命の恩人なんだ』などと吹聴しとったらしい」

「他に御存知のことは?」

「ない。これだけだ。もう何年も会っとらんのでね」

「ありがとう」

 レーネたちは、リーモを助け起こし、村人と合流することにした。レーネと兵士がリーモを囲むように歩く。まるで要人である。・・・まあ、女勇者は要人なので、その妹分は準・要人ではある。

 スメコットーの横を通りすぎる。

「・・・大丈夫か?」スメコットーが訊く。

「あ、うん」リーモ、あわてて答える。「俺は。レーネが」

「私も大丈夫」レーネは2人にほほえんだ。「シャケもね」「ワフ!」

 

◆♀◆ 15、リーモ、走る ◆♂◆

 

「隊長。あの男、ワイロンバ閣下に仕えていると言ってます。ただし、女勇者を襲った理由は『知らない』の一点張りです」

「弓を撃った男は?」

「それが・・・」兵士は声をひそめた。「初めは『知らない』と言ってましたが、締め上げたら『ワイロンバ閣下が連れて来た』と」

「ワイロンバ閣下が手配した男が、女勇者を撃ったと?」

「はい」

「それは・・・」隊長は眉を寄せた。「1人、急使を走らせねばならんな」

「伝令なら私が引き受けてもいい」レーネが手を上げた。

「いけません。ただ働きのうえ、機密の責任まで負わせることになる」

「そう? ま、どっちみち私は引き返すぞ。これがワイロンバ閣下のしわざなら、若殿も危ないかも知れん」

「ふむ」

「私なら、領主館に駆け込めるんですがね?」

「む」隊長は苦笑した。「わかりました。しばしお待ちを」

 隊長は言って、兵士に「蝋を」と命じた。そして、自分は懐から筆記具を取り出し、羊皮紙に一言だけ走り書きする。兵士が蝋を温めて持ってくると(粥を炊いとるところで火に当てたのだ)、羊皮紙を丸めて蝋を垂らし、指輪を押しつけて、封蝋(ふうろう)とする。それをレーネに手渡した。

「ヨスベリューサニェー・ユリアーニェ。御協力感謝いたします」

「はい。村人を、特にスメコットー夫妻をお願いします」

 

「──リーモ、行くよ!」

 戻ってきたレーネに、いきなり言われて。

「ふぇ?」シャケを撫でとったリーモ、間抜け面をする。「どこへ?」

「ナダラカン。走るぞ!」

 言うが早いか、レーネは駆け出した。リーモもあわてて立ち上がり、後を追──おうとして、後ろを振り向く。おっ父とおっ母が、すぐそこにいるのに。せめて一言・・・

「来い!」「ワフ!」

「は・・・はいぃ」

 レーネとシャケに呼ばれて、引き裂かれるような気持ちで、リーモは走り出した。

 ナダラカンミナットへ向けて・・・

 

 そのころ、ナダラカンミナット。

 港の近くの、がっしりした石造りの建物。

 小さな砦といった趣(おもむき)のその建物は、軍の事務所であった。ガレー艦隊の予算や補給の手配、さらには民間船の出入港や輸出入検査といった税関の仕事まで兼任する、強い権限を持つ部門である。

 その事務所長室に、民間人が1人、来訪しておった。

 汗だくの姿で、所長席に座る中年太りの軍人に耳打ちしておる。

「・・・閣下。申し訳ございません。しくじりました」

「なんだと? で、ヘヅレッコは」

「私について来ていたのですが、逃げおくれたようで」

「ウロチョロせず、さっさと引き返せと命じたのに」

「はい。釘は刺したのですが、『宝をひとりじめする気だな?』と言って、聞く耳を持たず・・・」

「馬鹿め!」軍人は顔を真っ赤にして、立ち上がった。「・・・まあいい。もう心は決まっておる。日が早まっただけのこと」

 スタスタと戸口に向かう。

「おまえも、さっさと帰国するがいい。山賊どもの根城、ヤムコーゾックへな」

「は・・・」

 

 リーモは走った。走り続けること──なんと、1刻(2時間ほど)!

「死ぬ」と、本気で思った。なんせ、完全に止まって休む時間がなかったのだ。

「歩け!」と言われてスピードを落とすことはあったが、それは急な下り坂やゴロゴロ岩の転がる斜面に差しかかったときだけ。そして、水を呑ませてもらえるのもそのときだけである。「飴舐めて」とか「水、ひと口だけ」とか言われて。で、口にしたものが胃に落ち着くよりも早く・・・

「走れ!」

 きつい! 死ぬ! 俺ついてかなきゃダメ? 1人で走ってよ! ・・・と、リーモは思ったのだが。そう思うたびにまるで心を見透かしたようにシャケがジロッとこっちを見上げてきて、「ヘッ」と笑うような表情をする。くそ! なんだよこの犬! となり、その怒りパワーでなんとか走り抜くことができた。

 通ったのは、尾根伝いに山を駆け抜けるルートである。木少なく、岩多く、高低差がきつい。景色はとても良かったが、そんなもん楽しむ余裕、まったくなかった! レーネのやつ、崖っぷちを走り抜けたりするから! 漁村の生まれのくせに、山村生まれのリーモがビクビクするような難所をヒョイヒョイ飛ぶように駆けてゆくんである。

 この女、どんだけ強いの? 落っこちたらどうしてくれんの? とリーモは思った。・・・《声》でキャッチしてくれるんだろうなぁ。

 

 で、領主館、到着である。

 汗だくのリーモ、庭に駆け込んだところで、つまずいてブッ倒れた。

「シャケ、リーモを守れ。リーモはそこで寝てな!」と、冷たいレーネ。館の中へ消える。

 リーモはもはや声も出んありさま。中庭の芝を力なく掴んで、ヒィーヒィー喉を鳴らす。

 シャケも、リーモに背中ぶつけるようにバタリと倒れた。

「おまえも、限界か、ざまあみろ。ハァハァ」

「ハッハッ、ウウ、ハッハッハッ」ダラリと舌出してシャケ。

「・・・お水をどうぞ」若い女中が、水持ってきてくれた。「はい、ワンちゃんも」

 やった。俺が先だった。へっへっへ。と、リーモは思った。

 水を呑み、ダラダラ流れる汗をタオルで拭いてもらい、痙攣する足を女中にさすってもらって、やっとこさ上半身を起こせるようになったところに、レーネが駆け出してきた。「なか入って」

「むり」リーモは拒否した。一応、立ち上がろうとしてみるが、足が攣って(つって)倒れる。「うん、無理」

 レーネが手を伸ばしてきた。その手を掴む。

 引っ張り起こされて・・・なんか、クルッと身体を丸め込まれて・・・視界がぐるっと回って・・・

 気がつくとレーネに抱っこされておった。

 またしても、お姫さまだっこである!

「まあ!」と女中の声。

「一刻を争うのでね」とレーネ。「シャケはここにいな。待て!」

「ワフ・・・」シャケ、耳を垂れ下がらせる。

 リーモはちょっと得意になった。が、すぐに、やっぱりこれはちょっと恥ずかしいな、と思った。

 

◆♀◆ 16、海戦勃発! ◆♂◆

 

「海戦になりそうだ」

 ガンバが言った。

 領主の跡継ぎであるガンバットリャンニ殿。いまは、身分にふさわしい服を着ておる。なんか急に貴族っぽくなって、気軽に「ガンバ」とか呼べる感じでない。話しかけんとこ、と、敬語のできんリーモは思った。

「ワイロンバは?」レーネはいつもと同じ調子である。

「逃げた」とガンバ。「北国の人間と思われるヤツが事務所を訊ねてきて、ワイロンバと一緒に出て行ったそうだ」

「私を弓で撃ったヤツか・・・速いな。急いだんだが」レーネは葡萄(ぶとう)を手に取った。「ワイロンバも、決断したな」

「うむ。逆にこちらは考えが甘かった。よく考えれば、予兆はあったんだ」

「“片目”の船が、リーモを乗せたまま出港できたりね?」

「そうだ」

「後の祭りだね。・・・リーモも、食べときな」

「あい」

 テーブルの上には、豪華な食事が並んでおる。

 ブタの骨つきバラ肉、山羊肉を薄切りにしてクルッと巻いて焼いたもの、1尺(30cmほど)の魚の塩焼き、なんかいろいろ入っとって見た目も匂いも上品なスープ、果物、サラダ、パン、甘~いクッキー、などなど。リーモは迷わずクッキーに手を伸ばして口に入れ、むせた。「ゲホゴホ」

「クッキーから行くヤツがあるか。ほら水」レーネが笑った。「・・・酒は呑むなよ」

 リーモはむせながらうなずく。

 レーネが言うなら、やめとくよ。ま、大丈夫なんだけどね? 俺、もうほとんど大人だし。おっ父もおっ母も酒は強いし。・・・などと、まったく間違った自己評価を頭の中で唱えつつ(若者は『自分は大丈夫』と思い込むもんである)。ここは素直に水を呑む。

 ちなみに、飲み物もずらりと並んでおる。水、果実を絞ったジュース、若い葡萄酒、熟成葡萄酒、ビール、などなど。ジュースはいいだろうと思って呑んだ。おいしい。甘酸っぱくておいしい。

 で、またクッキーに挑んだ。

 ザクザク。おいしい。バターたっぷりの甘~いクッキー。おいしい!

 こんな素敵なもの、食べたことない・・・これなら好き。俺、甘いもん好きなわけじゃないんだけどね? ・・・などと頭の中で唱えつつ、ぱくぱく食べる。ガンバとレーネの、幼い妹を愛でるような視線にも気付かずに。

「・・・んん、ん!」レーネ、笑いをこらえる。「で、ガンバ。いつ?」

「うむ」ガンバはうなずいた。「食ったらすぐ出る」

「・・・。」レーネは真顔になり、食べようとしていたクッキーを戻した。

 

 港は、大騒ぎになっておった。

 群衆でいっぱい!

 桟橋のギリギリまで詰めかけて・・・それを兵士が「はい、下がった下がった!」と、柵持って押し戻しておる。

 先日リーモたちが上がった城壁兼堤防の上も、ミツバチの巣箱みたいに、わんさか人が集まっておる。

 軍のガレーが4隻、港に浮かんでおった。1隻が大型艦。漕ぎ座が3段のやつ。他の3隻は漕ぎ座2段の小型ガレー。

 小型艦3隻は、すでに桟橋を離れて、港の出口に顔を向けておる。櫂(かい)を広げて波に揺られる姿は、滞空する海鳥のよう。風吹き荒れる海岸にて、翼を広げて風をはらみ、左右に揺れながらも位置を保って滞空する。あたかもそのように、2段の櫂を広げて海面にたゆとうて(たゆたって)おる。

 大型1艦は、まだ桟橋に泊まったまま。タラップも下ろされたままである。そこにも野次馬が詰めかけており、兵士が「下がった下がった」をやっておる。「いいじゃねえか、乗せろよ」などと馬鹿な冗談を言う者も居り、ゲラゲラ笑うの、「押すない!」と怒るの、酒呑んで軍歌うたいだすの・・・大騒ぎであった。

「見世物みたい」リーモはあきれた。

「そんなもんだよ」隣を歩きながら、レーネ。

「街が直接やられたことはないからな。女勇者さまのおかげをもって」とガンバ。

「どういたしまして」

 レーネは堂々とタラップを上がる。まるで自分の船に乗るかのよう。リーモも当然のようについていく。

「待て待て」ガンバがリーモの腕を掴んだ。

「いて」リーモよろける。タラップから海に落ちそうになった。

「何すんの」レーネが怒る。

「お嬢さんは見送りだろう?」

「は?」

「・・・海戦だぞ。観光じゃないんだ」

 ガンバは声をひそめた。野次馬が「なんだ?」っちゅう感じで戸惑っておる。

「いや、乗せる」レーネは言い切った。「リーモは役に立つ。乗ってから説明する」

 リーモを奪い返すように抱き寄せて、一緒にタラップを上がる。

 ワーッという群衆の声が、追い風となってレーネとリーモの背中を押した。

「先にせんか・・・」ガンバが首振りながらついてくる。「ようこそ、旗艦“アホウドリ”へ」

 

 旗艦“アホウドリ”。

 港内に浮かぶ4艦のうち、唯一の大型ガレーである。

 堂々たる船首には、艦名の通りアホウドリの像。波の下に揺らめく衝角(しょうかく)のあたりは、色も鮮やかに赤く塗られ、まるでウミヘビの口のよう。3段の漕ぎ座を備えた船縁(ふなべり)は高い。

 ガンバとレーネが、その高い船縁に並んで立ち、拳を突き上げた。歓声が沸く。ガンバが、魔王の幽霊艦隊が接近している、だが心配はいらない、我らがナダラカン軍と太陽の女勇者ユリアーニェがそなたらを守る──と宣言した。

「うおお!」「ヨスベリューサニェー!」「ガンバットリャンニさまー」「魔王をやっつけろ!」「ナダラカンに勝利あれ!」

 すでに勝ったかのような盛り上がりを見せる桟橋から、大海原の渡り手は飛び立った。綱を解かれて、初めは音もなく、桟橋を離れたあとは櫂で水を切って勢い良く、敵艦の待つ外洋へと、波切る翼を向ける。

「・・・阿呆鳥?」港を出るとき、リーモはこっそり訊いた。

「海を渡る鳥だよ。でっかくて、滑空が上手でね。船乗りを導くって言われたりもする」

「へー」

 

 で。

 港を離れ、歓声も聞こえなくなると。

 ガンバがキレた。

「おいおいおい、レーニャ! 俺は今回、指揮官であってだな! いつもの調子で振り回されては──」

「まあまあまあ。まあ見てよガンバ。・・・リーモ、あれ」

「これ?」リーモ、手を出すマネをする。

「それ。効果、教えてやれ」

「あい」リーモ、ガンバに向き直る。「いくよ?」

「いや待て。何をする気だ?」

「おまえに、勇気を授けてやろう」レーネが威張った。「これ絶対役に立つから。時間がない。やって」

「いやもうちょっとだけ待て。困ったことになったりせんだろうな?」

「困ったことって?」とリーモ。

「ハダカになるとか」

「は?」何言ってんだコイツ、とリーモは思った。

「すっぱだかで浜に倒れとったと聞いたぞ」

「ああ」心配ごもっとも、とリーモは思った。

「お嬢さんが脱げるんなら、大歓迎だがな?」

「私の妹分に手ェ出したら殺す」

「指揮官に向かって殺すとか言うんじゃないわ」

「ふん」レーネはちょっとぐらついた。船縁のほうへ歩いていく。

「まあ、大丈夫だよ。たぶん」

「脱げたらお嬢さんのせいだからな」

「はいはい」男の裸にゃ興味ねーよ、とリーモは思った。「じゃやるよ?」

「・・・うむ」

「ガンバがんばれ!」

 リーモ、パッと手を突き出す。手が光った。

「ぬう!?」ガンバ、胸元にパンチ喰らったみたいなリアクション。「・・・こ、これは!」

 ガンバは背筋をすーーーっと伸ばし、大きく息を吸った。その胸、もともとたくましい肩と胸が、さらにひと回り大きくなった。

「よし!」力強くうなずく。「とはいえ、下ろせるものなら下ろしたいのだが」

「もう無理」とレーネ。「ほら、敵影」

 レーネの指差す先、水平線に、敵の姿が浮かび上がった・・・。

 

◆♀◆ 17、リーモ、鼓舞する(こぶする) ◆♂◆

 

 1、2、3・・・4、5。大型ガレーだけで5隻。さらに小型ガレーが、敵左翼に4隻。

「・・・敵、多くない?」

 リーモびびる。

 こちらは大型1、小型3。単純に数を比べても2倍、大型ガレーだけの比較なら5倍もの戦力差である。

「大丈夫・・・」レーネが大丈夫そうでない声で言った。

「え、大丈夫なの? レーネ」リーモはさらにびびった。

「いいから・・・浮き鎧着けときな・・・」

「あい」

 リーモは、自分に配られた鎧を着けた。

 浮き鎧。なんか、ヘンテコな鎧である。竹筒を胴に巻き付けるみたいな。とてもヘンテコな・・・これは、防具なのか? 鎧を着けると、なんか・・・自分が松明(たいまつ)になったみたいな気がして・・・海兵たちが笑いをこらえとるのが伝わってきて・・・リーモは真っ赤になった。

 ちょっと動いてみる。カランカラン。いい音がした。右手、左手、と伸びしてみた。カララン、カララン。漕ぎ座についとらん兵士(ガンバの護衛とか、白兵戦要員とか)が、肩を震わせておる。

「・・・これ、効果あるの?」

「浮く」青い顔のまま、レーネが背中の紐結んでくれる。「・・・うっぷ」

「まあ浮くんだろうね!」カランカラン。「軽いもんね!」

 リーモ、後ろを振り向く。ふわ~ん。勇気の女神さま、浮かんでおる。今日もほとんどしゃべってくれんが。

「どう?」リーモ、ポーズ取る。

「ぷ!」

 女神さま、吹き出す。兵士も何人か、たまらず吹き出した。

「ま、似合うとると思うえ」

「ウソだ・・・」

 

「中央に“カツオドリ”!」見張りが叫んだ。「間違いありません、“カツオドリ”です」

「やはりか・・・」とガンバ。

「カツオドリって?」リーモはレーネのとこに行った。

「ナダラカンの・・・大型ガレー。脱走した艦だね」

「キンネガエッコ艦長の姿はあるか?」

 言いながら、ガンバは見張りのところへ行った。手に、黄金の王笏を持って。

 黄金の王笏。小剣ぐらいのサイズの短い杖である。なまめかしい翡翠(ひすい)の珠が散りばめられている。『我は王さまなり』の意味があり、ふだんは領主マジリャントコが持つが、今日は艦隊指揮官のガンバが預かっている。

「──はい、あります」と見張り。「艦長席に、おそらく閣下であろうという姿。・・・あ! ワイロンバ閣下もご一緒です」

「どういう状態だ? 縛られたり、刃物を突きつけられたりはしとらんか?」

「いいえ。自由な身で、艦長席の隣に立っておられます」

「決まりだな」ガンバは黄金の王笏を握り締めた。「左右の大型艦は?」

「カツオドリの左右は、おそらく魔王の幽霊艦です。骸骨海兵が見えます。左翼、少し離れたところに大型ガレー2、小型ガレー4。これらは海賊と思われます」

「わかった」

 ガンバは、漕ぎ座のあいだを抜けて歩き、マストの下をくぐって後部へ戻ってきた。後部にも一段高くなったところがあり、そこに艦長の席がある。艦長席には軍人が座っておる。その横に、ガンバは立った。

「ジナグンコ艦長。カツオドリは、裏切ったようだ」

「はい」と艦長。「戦士の誇りを知らん奴らだ。お恥ずかしい限りです」

「幽霊艦と並んどるところを見ると、魔王に下るつもりかも知れんな」

「左舷にシャチ軍団!」別な見張りの声。「少なくとも3頭。うち1頭はおそらく“殺人クジラ”!」

 左舷。

 巨大な黒い物体が、ざぱーーーん・・・・・・と、白波蹴立てて、波間に浮かんでおった。黒い背中。白眼のように見える、大きな斑点。サメのごとき背びれ。シャチであった。うち、もっとも大きな身体をしたヤツが、うっすら牙を剥きながら、ぐるりと仰向けになり、白い腹を見せた。そして、またぐるりと回転しながら波間に消える──間際に、足ヒレで猛烈に海面を叩いていった。

 艦長席までしぶきが飛んできた。

「・・・シャチは放っておけ」とガンバ。「第一の敵は、裏切り者である!」

「おう!」

 

 シャチを生まれて初めて見たリーモは、恐怖に囚われた。

 でかい。ゾッとするほど、でかい!

 もしも船から落っこちたら・・・浮き鎧なんて、意味なさそうだ。恐すぎる。つい、レーネの側に逃げ込んでしまう。が、レーネはまったく反応してくれない。舷側にしがみついておる。

「レーネ?」

「・・・オエー」吐き出した。

「え?!」

「船酔いやに」と女神さま。

「船酔いって、吐くんだ」リーモは鎧をカランカラン鳴らしながら、背中をさすってやった。

「──勇敢な海兵の諸君。聞きたまえ」

 ガンバの声がした。

「“カツオドリ”は、裏切った。いまや、ワイロンバに私物化されておる。女勇者を殺そうとした、裏切り者に!」

「なんと」「女勇者を?」軍人がどよめく。「あの事務長が、そんなことを」

「・・・事実だ」青い顔でレーネが証言した。

「そうだ。事実だ。ワイロンバは勇者を手にかけようとし、それが失敗するや、逃亡した。

 おそらくヤツは、生き延びれると思っておるのであろう。

 太陽の神殿に敵対し、ナダラカンを裏切り、一族の名を穢しても、明日は来ると思っておる。

 ──だが、そんな男に明日は来ぬ! 裏切り者に、明日は来ぬ!

 明日は、我らにある。ナダラカンを守る我らに、太陽は来たる!」

「おう!」

 海兵が拳を突き上げた。士気が上がってきた。

 ガンバがこっちに合図してきた。『なんかやれ』。リーモはレーネを見た。

「吐いてんだからさぁ・・・」ブツブツ言いながら、レーネは立ち上がった。「・・・リーモ、あれやるよ」

「あい」

 レーネが剣を抜き、左手で柄を、右手で切っ先をたばさんで、青空に横たわらせた。

 リーモは手を伸ばし、パッと開いた。レーネの剣を、ともに支えるように。

「ヨスベラーマのつるぎはここに!」

 レーネが唱える。剣の刃が、初夏の陽光に煌めいた(きらめいた)。リーモの手が、白い光を放った。

 燦然たる(さんぜんたる)輝きが、戦士たちを照らし出す。旗艦を、さらには周囲を並走する小型ガレーを、白い輝きで満たした。

「太陽は来たれり!」ガンバが締めくくった。「ナダラカンの強者(つわもの)に、太陽と勇気は来たれり!」

「・・・お、おおおお!」

 海兵たちが思わずといった感じで声を上げる。それはあたかも、打ち寄せる大波のごとし。嵐の日、激しく白波蹴り立てて、大地に挑む波が上げる咆哮、轟く(とどろく)海鳴りのごとく、空気を揺るがすのであった。

 

 リーモは、自軍100人を越える戦士たちを、鼓舞した(こぶした)のである。

 

「・・・あれ?」レーネがしゃきっとした。

「どしたの?」

 リーモはレーネを見る。女勇者の目は、青空を封じ込めたようにキラキラと水色に輝いておった。

「行けるわ」

「なにが?」

「船酔い」レーネ、にっこりする。「治った。いまので」

「そう?」

「船酔い消えた!」レーネが抱き着いてきた。「リーモ、大好き!」

「よかった」リーモは全身が熱くなった。・・・けど、ちょっとゲロ臭いな、と思った。

 

◆♀◆ 18、海戦! ◆♂◆

 

 それから始まった海戦のことは、リーモには正直、よくわからぬ。

 

 ガンバとジナグンコ艦長が「カツオドリに突撃する」と決めたのは聞いていた。

 その打ち合わせ通りに、漕ぎ手が全力で櫂を回し、飛ぶように敵陣に突っ込んでいったのも覚えている。

 だがそこからが、もう──

 

 複数の船が入り乱れ、お互いの船が立てる波が打ち寄せ、ぶつかってしぶきを上げ、そのしぶきの向こうからヌウッと衝角が現れ、かろうじてかわしたかと思った直後に、櫂がバキバキと音を立ててぶつかり、敵艦とこちらの左舷側同士が激突して──小剣を抜いた骸骨(がいこつ)どもが乗り込んできたときには、リーモはすっかり混乱して「これって夢かな?」などと、ぼんやり考えるほどであった。

 ぶつかったのは、魔王軍の幽霊艦“ミズナギドリ”らしい。

 かつてはナダラカン軍のガレーだったが、魔王に鹵獲され(ろかくされ)、骸骨海兵のものにされた。つまり、元は味方のガレーだったわけで、性能もほぼ互角なんだそうである。

 その骸骨ガレーが、突撃する旗艦アホウドリを止めるように体当たりしてきたのだ。

 舷側を飛び越えて骸骨兵が乗り込んで来る。

 皮も肉もない、妙に綺麗に白い骨だけの兵士が、小剣を振り回す──それを、こちらの兵士が革張りの盾で受け流して、槍で突く。骸骨どもには槍はほとんど効かんのだが(肉も内臓もないですからね・・・)、空っぽの肋にスコーンと槍が通ったあと、その槍を振り回せば、背骨を引っ掛けられた骸骨はポーンと宙を飛び、海に落ちてしまう。落っこちた骸骨兵は「・・・。」と悲鳴も上げずに沈んでゆく。骨は水に浮かばんらしい。これで一丁上がりである。

「敵は軽いぞ!」骸骨兵を蹴り飛ばしながら、レーネもそう言って味方を励ました。「骸骨兵、恐るるに足らず!」

「おお!」

 盾と槍でもって骸骨兵を駆除するのは、こんなときのための白兵戦要員である。

 櫂を持たず、漕ぎ座にもつかず、最初から槍を持っておった。彼らがレーネと共に左舷の防衛に当たった。

 もちろん、左舷の漕ぎ手たちも立ち上がって反撃はするのだが、こちらは苦戦しておった。というのは、槍は長くて邪魔なので漕ぎ座付近に置いとくことができず、盾も舷側や漕ぎ座に縛りつけてあるから即座に取り上げることはできず、とっさに抜けるのは小剣か棍棒ぐらいだったからである。

 リーモは、左右にめっちゃくちゃに揺れる船の上で、漕ぎ座にしがみついておった。近くの漕ぎ手がリーモの帯を掴んで、転がって行かんように守ってくれたらしい。後でそんな自慢をされた。そのぐらい、船は揺れておった。

 1回だけ、リーモのすぐ近くに骸骨兵が飛び込んで来たが、ガンバが飛び降りて来て、首骨ひっ掴んで海の中へ放り込んでくれた。

「無事か?」

「う、うん」

 ・・・ガンバ強いな? とリーモは思った。レーネの話では、臆病者みたいだったのに。負けた。

 やがて。

 旗艦の戦士たちは骸骨兵を排除した。

 さすが旗艦に選ばれる戦士たちだけのことはある。見事な応戦であった。装備に劣る漕ぎ手は、密集して互いをかばい、時間を稼ぐ。白兵戦部隊は揺れる甲板を飛び回って敵を叩き落とす。最後は、双方が敵を挟み込んで蹴散らして、完了である。

 ごく短時間で、敵艦左舷の骸骨兵は、ほとんど海に消えてしもうた。

「突き放せ! 我らの敵はカツオドリだ」

 アホウドリは、櫂でもって敵艦を突き放し、ふたたび突撃を開始した。

 

 この間、味方の小型艦3隻も激しい戦闘を繰り広げておった。

 その様子は、漕ぎ座からはよくわからぬ。船の前後の高くなったとこ(見張り台と艦長座)が邪魔になるし、大揺れしとるあいだは自分の視界が空になったり海になったりするもんで、戦況の把握はできんのである。

 四方八方で金属のぶつかる音、肉体のぶつかる音、ドボーンと誰かが落ちる音、その誰かが哀れにもシャチに襲われて上げる悲鳴、鬨(とき)の声、「・・・。」と無言で沈んでゆく骸骨海兵の声(?)・・・。

 ただもう、音だけが、リーモのエルフ耳に押し寄せて来る。

「敵大型艦“オオメジロザメ”、沈みます!」

「味方艦“カンムリウミスズメ”、敵大型艦“ホオジロザメ”と接舷! 味方劣勢です」

「味方艦“ウミウ”、沈没します!」

「左舷後方に、敵小型艦、4隻すべて! 本艦に突撃中!」

 ただ──

「勇者よ!」

《我らは波間に現れる! 新たな大地の根の岩は!》

 ──自分を片腕に抱きながら、《声》で味方艦を救ってゆくレーネの活躍だけは、よーくわかった。

 レーネの鳴り響く声によって、海底から岩が盛り上がり、まるで初めからそこにあったかのように、沈み始めた味方艦を持ち上げる。テーブルのように平らな岩が、ざんぶざんぶと波に洗われながら、新たな小島となって成立した。

 そんな人外の活躍を見せるレーネの、ギラギラと輝く表情だけはよく見えた。

「行けるぞ」レーネはリーモを見て笑った。「リーモ、あんた、行けるよ」

「まあね?」レーネのほうが行けるよ、とリーモは思った。綺麗だよ。恐いぐらい。

 岩のテーブルには、シャチも打ち上げられておった。怒り狂って身をよじり、ペタンペタンと赤ん坊みたいにヒレで這いずって、さんざんに苦労してなんとか海へ戻ってゆく。その巨大なシャチの小さく凶暴な目がレーネを睨んだのを、リーモは見た。

 沈没しかけていた味方艦“ウミウ”はテーブルの上でゴトンと横倒しになった。漕ぎ手が何人か落っこちたが、すぐ立ち上がる。どうやら誰も死なずに済んだようである。

 対照的に、リーモたちの乗る旗艦“アホウドリ”に衝角を突き刺そうとしていた敵小型ガレー4隻は、2隻が船体後部をテーブルに引っ掛けられ、いったん宙に浮いたあと、船首から海面に突っ込んで、完全に波をかぶった。海賊どもが薙ぎ倒され、航行不能になる。残る2隻は鼻面に岩をブチ当てられ、後ろから波に突っ込んで、やはり海賊どもが海に落ちる。バラバラと波間に散らばった海賊にシャチどもが群がり、噛みついたり蹴り飛ばしたりして残虐に殺し始めた。

「あいつら、仲間じゃないの・・・?」リーモはぞっとした。

「頭下げて」とレーネ。

「あい」

「──人間の敵なんだろうさ!」

 レーネ、剣を振る。大将首を狙って突っ込んで来た海賊が、逆にレーネに首を取られて死んだ。

 テーブル岩の“ウミウ”乗組員は、舷側から盾をほどき、船倉から槍やら弓やらを持ち出して、海上の砦として働き出した。弓の得意な者は数人しか居らんようだが、その数人の弓で、海賊がポロポロ倒れてゆく。海賊は、重い鎧は着けとらん。せいぜい革のジャケットか、そのジャケットに青銅の板を張り付けた程度のもの。弓がまともに当たれば、ほぼ致命傷であった。

「くそっ! くそっ!」

 沈んでゆく海賊艦の上で、怒鳴り散らす海賊の顔が見えた。“片目”の後を継いだヤツだ。味方の小型艦“カンムリウミスズメ”の突撃で横っ腹に大穴が開き、何もできずに沈んでゆくところである。

「覚えてろ、ナダラカンの玉ナシどもめ! この俺さまが──」

 何か言いかけた海賊の背後に、ヌーッとシャチの顔が現れる。海賊は水中に引きずり込まれ、二度と浮いてはこなんだ。

 

 双方に沈没・座礁艦を出して、海戦は中盤を過ぎ、終盤に入る。

 このとき、敵の被害はどんなもんだったか?

 まず、大型ガレー。

 海賊艦“オオメジロザメ”、沈没。

 海賊艦“ホオジロザメ”、味方小型艦“カンムリウミスズメ”に接舷して、白兵戦中。

 骸骨海兵の乗る幽霊艦“ミズナギドリ”は、レーネたちに漕ぎ手の半分を削られて漂流中。

 同じく幽霊艦“エトピリカ”は、戦闘には不参加。後方に下がって戦況を見ておる。

 裏切り者どもの“カツオドリ”は、味方の小型ガレー1隻に付け狙われ、ヨタヨタと回避を続けておる。

「あの船、動き、にぶい?」

「カツオドリ? そうだね」レーネが汗を拭う。「海兵がサボってるみたいだね。全員がワイロンバ派じゃないのかも」

 で、小型ガレー4隻。こちらは、ほぼ戦線離脱である。レーネの岩にケツを叩かれた2隻は沈没中。鼻を叩かれた2隻は、船内に入った海水の汲み出しに忙しく、戦うどころではない。

 実は、この4隻、リーモたちの乗る旗艦“アホウドリ”の横っ腹を狙って、大きくふくらんだのである。アホウドリが後方に留まると予測してそう動いたらしい。ところがアホウドリは突撃したため、出遅れてしもうた。慌てて追いすがったところに、レーネの岩。一網打尽、というわけである。

「突撃して正解だったな」とは、ガンバの自画自賛であった。

「私の手柄だ」と言い張るレーネと、後日、手柄争いをすることになる。

 味方は。

 旗艦“アホウドリ”、健在。ほぼノーダメージ。

 小型艦“ウミウ”、座礁。乗組員は健在。レーネが出した岩の上。

 小型艦“ウミネコ”、健在。裏切り艦“カツオドリ”に喰らいつき、悩ませておる。

 小型艦“カンムリウミスズメ”、白兵戦中。海賊大型艦に接舷され、劣勢。

 ──といった状況であった。

 

 ところでこのとき、ナダラカンミナットでは、意外な人物が観戦をしておった。

「・・・お祭り騒ぎですね」

 ピンク色の髪したサンキュー──セイレーンの魔将、サンキュッシニーモである。もちろん足ヒレは引っ込めて、人間の姿になっておる。まあそれでも、珊瑚みたいに美しい髪や、ムチムチした太腿は、ものすごく注目を集めておったけれども。

 彼女の左右は、野次馬の群れである。

「でっかい船を沈めたのは、あれは、カンムリウミスズメか?」「たぶんそうだ。あれは強い」「うちの息子が乗っとるんだ!」

「ああ! 味方が沈む!」「旗艦は何をしとるんだ」「追いかけとるようだが」「釣られとるだけじゃないのか?」

「なんだあの岩は!? 突然海ン中に出て来たぞ」「勇者の力だ」「なんとものすごい」「太陽の勇者なのに、岩を出すのか?」

 などと、まあうるさいことこの上ない。

「・・・にしても、リーモちゃん、目立ち過ぎでは?」

 ピンクの髪が目立ちまくっとるサンキュー。そんなことを言う。

 この港に入って、役所などを見て回ったところ、ナッタレーニェ嬢の名で出された伝言を発見したのだ。で、ハイエルフの娘が泊まっとる宿はないかと訊ね歩いたら、簡単に『ゼナルジーコの宿』の名を聞くことができたんである。

「こっちは楽でいいんですけど。万が一、女勇者が狙われでもしたら、陛下が荒れそう・・・」

「ワイン、ワインはいらんかねー」「焼きたてのブタ串ありますよー」「麦ぺったん出張販売中ですー」

「あ、1本ください」

「はいブタ串1本ね。毎度ありー」

「・・・まあ、殺せと言われるより、守れと言われるほうが、私には向いてますけどね。モグモグ・・・うまいなこれ」

 

◆♀◆ 19、魔王陛下、参上 ◆♂◆

 

 裏切り艦“カツオドリ”は、帆に風を孕んで(はらんで)、一目散に逃走しておる。

 どうやら、最初から戦うつもりはなかったらしい。味方小型艦を振り切るや否や、帆を上げたのである。

「逃がすな」とガンバ。

「カンムリウミズスメが危険な状態ですが」ジナグンコ艦長が警告した。

「裏切り者を逃がすわけにはいかん」とガンバ。「レーネ?」

「無理。届かない」とレーネ。「走って行こうか?」

「いやダメだ。魔王が出るかも知れん。おまえはこの船から離れるな」

「ワイロンバにこだわる必要ある?」レーネが、艦長の言えなかったことを言った。

「・・・。」ガンバはしばし考えたが、「ワイロンバは太陽の勇者を攻撃した。この始末は、他人任せにはできん」

 ガンバは艦長に向き直った。

「裏切り者を追ってもらいたい」

「かしこまりました」ジナグンコ艦長が指示を出す。「帆を張れ。カツオドリを追え!」

 旗艦は、まさにアホウドリが風を捉えて滑空するがごとく、なめらかな帆走を開始した。

 同型同級のガレー艦同士である。技術・士気ではアホウドリが上回る。だがカツオドリは白兵戦部隊を乗せておらず、軽い。なかなか追いつけず、ただ戦場から引き離されてゆく結果になる。

 王笏を握り締めたガンバが迷いの表情を見せ、艦長に何か相談しようとした、そのときであった。

 

 水平線しかないはずの遠洋が、不自然に、盛り上がったのは。

 

「・・・来た」レーネがガンバの腕を掴んだ。「来たぞ」

「ん?」

「魔王が来た」

 この世の法則を無視して、小高い山となった波。その山頂に、黒い馬が立っておる。

 足だけが銀色の真っ黒な馬が、波に立っておる。その馬の背には──

 

 滄溟たる(そうめいたる)髪をなびかせて、美しい女魔王が座しておる。

 

 全員が緊張した。

 ・・・だが魔王は、ニヤッと笑って、包帯を巻いた左腕を見せて来ただけであった。

 

「なんだあいつ」とレーネ。「うれしそうにしやがって、気持ち悪」

「カツオドリ、帆をたたみました!」と見張り。「進路を変更。魔王の足元へ逃げ込む様子」

「魔王を恐れるな!」とガンバ。「ヨスベリューサニェーに乗艦願ったのはこのため!」

「帆をたため。さあ漕げ、漕げ!」艦長が命令した。

 

「漕げ! 漕がんか! 追いつかれる!」

 追われる大型艦“カツオドリ”では、中年太りの軍人が怒鳴っておった。

 裏切り者のワイロンバである。

「魔王陛下が、直々に約束してくださったのだ。このワイロンバに魔将の地位を下さると!」

 漕ぎ手の背中を叩いて、ワイロンバは説得する。

「おまえたちにだって、ふさわしい地位を用意してやる。金、酒、豪華な食事、女、心地よい住まい──それに、魔王陛下の下で永遠に語り継がれる名誉だ! だからさあ、漕げ! ここが分かれ目だ!」

「・・・。」

 漕ぎ座の海兵ども。一応、櫂は動かすのだが、ジロリ、ジロリとワイロンバを睨んできよる。

 ワイロンバは艦長の座に戻った。すると、艦長がため息をついてこう言った。「・・・決行が早すぎましたな」

「何を言うのだ、キネガエッコ。いまさら後戻りはできんぞ!」

「乗組員を手なづける時間があれば・・・」

「うるさい」

「勇者を始末してから、という話であったはず」

「ええい、うるさい! 取り返しのつかんことをグチる暇があったら、やる気を出させろ!」

 ワイロンバは叫んだ。

 また漕ぎ座へ駆け下り、櫂に手を伸ばして、グイグイ引っ張る。漕ぎ手が嫌そうな顔をした。

「漕げ! 陛下のところまでたどり着くのだ!

 ここで捕まってみろ。おまえたちだって、縛り首だぞ?

 だが逃げ切れたならば、私が必ず報酬をくれてやる。ふさわしい報いを。

 いまこの時が、おまえたちの生命と名誉の分かれ目なのだ。全力で漕いでみせろ!」

 その叫びで、海兵がちょっとやる気を出したか。

 あるいは、ここまでダラダラと力を抜いておったぶん、余力があったからか。

 “カツオドリ”は速度を上げ、ナダラカンの旗艦“アホウドリ”をジワジワと引き離した。

 ついに、魔王の下まで逃げ切ったのであった。

「おお、陛下!」

 ワイロンバは船首見張り台に駆け上がり、ドスーンと膝をついて、波の山頂に騎馬する魔王にひれ伏した。

「御身の忠実な家臣、ワイロンバをお迎え下され! 愚かな蛮人どもからお救いくだされ!」

 すると。

 青い波の山頂に騎馬する青い髪の魔王は、にっこりほほえんでこう言った。

 

《水の穴に落ちよ》

 

 “カツオドリ”が、垂直に降下した。いや、周囲の海が立ち上がったのか? ──いや、その両方であった。

 ワイロンバの乗る艦の足元から水が引き、引いた分が壁となって立ち登っておるのだ。

「な・・・なぜ!?」ワイロンバは叫んだ。「なぜです。私は、あなたの忠実な──」

「骸骨兵のほうが忠実だ」

 と言った魔王は、笑いを消した。

「おまえには、先日会ったが、」

「は、はい。誠心誠意、お迎えしたつもりで」

「帰りに、不快な思いをした」

「・・・それは、どのような?」

「おまえの手下が、我を鎖に繋ぎ、船に閉じ込めた」

「い、いや! 私は知りませんぞ! 私ではございませぬ!」

「我、娼館に立ち寄ったのだが。出たところに『もっといい女がいるぞ』などと言い寄って来て」

「はあ」

「不審だったので、騙されたフリをしてみた。すると船に招かれ、これだ」魔王は手首を合わせ、繋がれる仕種をした。

「おお・・・! 馬鹿な」ワイロンバは顔を覆った。

「我だけでなく、見目麗しい(みめうるわしい)エルフの乙女も繋いで閉じ込め、犯そうとした。我が眼前で」

「そやつらの名をお教えくだされ」ワイロンバは土下座した。「必ずや、この手で粛清(しゅくせい)いたします」

「もう沈めた」

「・・・“片目”の船ですか? しかし、あやつはそんな愚か者では」

「わかったな? では沈め」

「お待ちください! この私め、ナダラカンを知り尽くした男。必ずやお役に──」

「いらぬ」

「どうか! 女勇者も、この手で仕留めてご覧に入れます!」

 ワイロンバは、生き残るためにそう口走ったんである。

 だが、これはもちろん、魔王の逆鱗(げきりん)であった。

「・・・。」

 魔王は沈黙した。

 ここにサンキューがいたら、震え上がったことであろう。「陛下が本気で怒ってらっしゃる!」と。

 

《揉まれて消えよ。欠片も残さず》

 

 “カツオドリ”の周囲の海が渦を巻いた。すでに周囲よりも低かった足元の海水が、さらに低くなった。

 船が、回り始める。グーーール、グーール、グールグル・・・と、徐々にその速度を上げてゆく。

「お、おお、おおお!」ワイロンバは泣き叫ぶ。「どうかお許しを! どうか、人間の中で唯一、真に御身の力を理解するこの私に、慈悲を!」

 だが魔王は、もはや彼を見てもいなかった。魔王が見ていたのは──

 

《我らは波間に現れる! 渦も波濤(はとう)も押し退けて!》

 

 ──ようやく追いついてきた、旗艦“アホウドリ”の船首に立つ女勇者の姿であった。

 

 ゴガァァァン!!!

 ワイロンバの全身が突き上げられた。床に叩きつけられ、転がり、漕ぎ座にぶつかって、彼の意識は飛んだ。

 海兵たちもあるいは倒れ、あるいはポンポン跳ね飛ばされて、そこら中を転げ回った。

 そんな彼らの上に、轟音立てて波が叩きつけた。

 ・・・ようやくワイロンバが意識を取り戻したときには、胸を踏みつけられ、喉元に刃を突きつけられておった。

 見上げたらば、そこにいるのは若い女剣士。ワイロンバが殺そうとした相手であった。

 渦は? ──まだ渦巻いておる。轟音立てて。だが、“カツオドリ”は女勇者が生み出した岩のテーブルの上にあり、もはや回転はしておらんかった。カツオドリは、魔の渦に破砕されるという運命から救われたのである。

「投降しろ!」

 女勇者ユリアーニェが、鋭い声で命じる。

「投降すれば、むごい扱いはせぬ──と、若殿がおっしゃっておられる。武器を捨てよ!」

「ここまで・・・なのか・・・」ワイロンバはうめいた。

「ここまでだ」女勇者は断じた。

 漕ぎ手たちが降服した。ワイロンバに同調していたキネガエッコ艦長も、いったんは抜いていた剣を、甲板に落とした・・・。

 

「リーアーニャよ。生かしておく気か?」

 女勇者たちが捕縛を開始すると、魔王が口を出してきた。

「その名で呼ぶな。そうだ。取り調べする」

 答えてから、女勇者はちょっとあきれたみたいに魔王を見上げた。

「・・・というか、魔王陛下。いつまで野次馬してるんだ。戦わんのか? ならとっとと帰れ」

「もう帰る。そやつ、そなたを殺すと言いおったぞ」

「そんな影響力はもうない。心配無用」

「ならいいが」

 魔王は馬首を巡らせた。その足元に、黒い背びれが現れる。シャチ軍団の随伴(ずいはん)であった。

「あ、そうだ。そなたの妹分に言っておけ」

「・・・リーモに?」

「勇気の信者は、生かしておけぬ。我の傷が治るまでに、その信仰は捨てておけ──とな」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。