◆♀◆ 20、戦勝記念パーティーにて ◆♂◆
海戦から、しばらくのち。戦勝記念パーティーが開かれた。
リーモはレーネと一緒に参加することになる。場所は、港の奥まったところ。屋外にテーブルが並んでおる。
「この建物は乾ドックだよ。“ウミウ”が修理中だね。向こうにあるのは軍の事務所。ワイロンバが所長やってたとこ」
レーネが説明してくれるのを、リーモは落ち着かない気持ちで聞いた。
視線が・・・ものすごい。
700人だか800人だかの軍人・軍事務官・ドック作業官、そして料理や酒を売り込む酒保商人が集まっているのだが、その視線がリーモに集中してくるんである。
「エルフってあんななのか・・・」「女勇者のお気に入りだとか」「勇気の女神の巫女だそうな」「勇気の女神?」
たまったもんではない。
視線のシャワーは、領主とガンバが現れて、ガンバが2人を招き寄せたときに最高潮となった。
「諸君! 旗艦“アホウドリ”に乗り組んでくれた、女神にも似た2人を紹介しよう」
ガンバが、領主の跡継ぎらしい、よく通る声で言った。
「ヨスベリューサニェー・ユリアーニェ! 神のごとき《声》で、“ウミウ”を救い、魔王の手から裏切り者を取り返した」
「わー!」「わー!」「うおお! 女勇者」「レーニャ!」
「ユークレニャー・ナッタレーニェ! 勇気の女神に仕える巫女。我らに、魔王に臆せぬ(おくせぬ)勇気をくれた!」
・・・ぽん、ぽん。
ガンバが背中を叩いてきた。
「やる?」リーモ訊く。
「やってくれ」
「はい」リーモ、レーネを見る。「やろっか」
レーネは、ちょっと反応が鈍かった。何か考えていたようだ。が、リーモに言われて、拳を突き上げた。その手に、リーモが光を放つ。白い輝きは、足速い潮のように会場に広がった。
「ぬ・・・?」「これは・・・?」
参加者たち、一瞬戸惑ってから・・・
「おおお!!」爆発した。「おおお! ユークレニャー・ナッタレーニェ!」
大盛り上がりとなった会場に乾杯が告げられた。リーモとレーネも、席に戻る。2人の左右には女軍人が配置されており、彼女らが興奮して話かけてきた。リーモは敬語ヘタクソなりに気をつかってしゃべり、「ユークラネーさまのおかげです!」と言っておいた。
・・・こんなんでええのか? 巫女というのは? と、疑問に思いつつ。世の巫女さんに悪い気がする。
酒に手を伸ばそうとしたリーモであったが、隣の女軍人がそれより一息だけ早く「巫女さん、ジュースはいかがです?」と勧めてきたので、それを頂いた。酸味が強くて爽やかなジュースだ。食前にはすごくいい。お腹がすいてきた! するとまた女軍人が「甘いものから行きますか? それともお肉から行きます?」とお皿を取ってくれる。
「あ、どうも。・・・あ、はい、クッキーも頂きます。あ、どうも・・・」
至れり尽くせりで、リーモは腹七分目ぐらいまで食べた。そこで、レーネがちょんちょんとつついてくる。
「なに? レーネ」
「献酒に行こう」
「けんしゅ?」
小型艦“カンムリウミガラス”の乗組員が集まるテーブルに、領主とガンバ、レーネとリーモの4人が集まった。艦長が立ち上がる。この艦長はリーモも顔を知っておる。誘拐事件のとき、レーネを乗せて駆けつけてくれた艦長であった。
テーブルには空席が目立つ。だいたい、3人に1人ぐらいは空席になっておる。
領主とガンバがテーブルの向こう側を回り、空席に供えられた杯を取り上げては、椅子の後ろの地面に中身を注いだ。
──空席は、戦死者たちの席なのだ。死者の席に供えられた酒を、地面に注いでやる。この港の、献酒の風習であった。
“カンムリウミスズメ”は、海賊の大型ガレーに衝角をブチ込んで沈没させた、戦功第一の艦である。そして同時に、残りの海賊から受けた激烈な反撃のため、戦死者数も第一の艦であった。
リーモは、恐る恐る杯を取り上げる。すると、
「瓶から注ぐように、両手でせよ」と、女神さまの声がした。
「こう?」リーモ、小さな声で背後に確認する。
「こっち見な。・・・そう、それでよい。戦士が口開けて待っとると思うて、母鳥になったつもりでやれ」
「ははどり」
リーモは、お母さん鳥になったつもりで献酒した。・・・男なんだけど!
レーネは、片手で杯をガッと掴み、滝のように勢い良く流し、誰も居らん空間に礼をしておる。
艦長が献酒の済んだ席を歩き回り、1人1人にねぎらいの言葉をかけてゆく・・・。
ちなみに、ユークラネー流・母鳥の献酒の型、このあと女軍人のあいだでちょっと流行ったそうである。
その夜、軍人たちは、時間を気にせず肉と酒を楽しんだ。
レーネとリーモは、食べるだけ食べたらさっさと引き上げることにした。夜道を宿に向けて歩きながら・・・
「ホントに、良かったの?」と、レーネ。
「・・・魔王のこと?」
「そう。勇気の巫女って紹介された。『魔王に逆らう』って宣言したことになるんだよ」
「うん」リーモはうなずいた。「俺、女神さまに助けてもらったんだ。捨てるなんて、できないよ」
「・・・。」レーネはリーモの背後を見た。
「私は何も言うておらぬ」ふわ~ん・・・。女神さま、泰然自若(たいぜんじじゃく)の構えである。「リーモの判断え」
しばし沈黙。虫の音の鳴り響く道をゆく。
「父ちゃんが言ってた」とリーモ。「人を脅すヤツは、敵だ。そいつの御機嫌取るヤツも、敵だ。って」
「・・・。」
「俺、レーネの敵になりたくないんだ」
「恐くないの?」
「恐いけど」
「そっか」
レーネの瞳に、水色にキラキラする光が戻った。
「わかった! 私も、あんたのこと『妹分』って言った以上、守ってみせる」
「よろしく!」
夏の夜道は涼しく、虫の音も耳に心地良かった。
◆♀◆ 21、両親来たる ◆♂◆
日が替わって、翌日。『ゼナルジーコの宿』。
「できれば、外出しないでね」レーネが服装を整えながら言った。「午後には帰って来るから」
「危ないの?」リーモはレーネの背中をチェックして、ホコリを取ってあげた。
「うん。しばらく不安定になると思うんだよね」
「不安定」
「ワイロンバは、有力な家の出身なんだ。処刑するしかないんだけど、処刑したら、一族が離反するかも知れない」
「りはん」
「戦になるってこと」
「領主に歯向かうの?」
「豪族だからね。私兵もいるし、大型ガレーも持ってる。海賊と手を組まれると、ちょっと面倒なんだよね」
「ちょっとなんだ」
「ま、私がいればね」レーネ、さらっと自慢する。「けど、暗殺や誘拐の恐れもあるからね」
「なるほど?」
「海賊もまだ残党がいるし、私たちを弓で撃ったヤツも捕まってないし・・・」
「ふむふむ?」
「つまり、」レーネ、にっこり。「出歩かないで」
「あい」
「・・・なんか俺、奥さんみたいだよね」ベットでゴロゴロしながら、リーモは呟いた。
「なに言うておるのえ」女神さま、あきれる。「付き合うてもおらんに。阿呆」
「そういう意味じゃなくて」
「どういう意味え」
「昔話でね。旦那さんが、人間に化ける悪魔を殺しに行くってのがあるんだけど」
「はあ」
「旦那さんは『俺が帰るまで、家から出ないでくれ』って言うんだよ。扉さえ開けなければ、悪魔は入って来れないから」
「人に化ける悪魔とな?」
「うん」
「こちらから扉を開けぬ限り、入っては来れぬとな?」
「うん」
「そな悪魔、初耳え。荒唐無稽(こうとうむけい)なり」
「女神さま。あのね。これ、お話だから」
「わかっておる! 子供扱いしな! ・・・それで?」
「でね、奥さん、家で待ってたんだけど、夕方になって、外から旦那の悲鳴が聞こえてきて・・・」
「開けてしもうたか」
「うん。そしたら、家の前に、旦那が倒れてて・・・」
「あなや! 助けねば」
「だよね? 助け起こすよね?」
「当然え」
「そしたら──『開けるなと言ったのに』」
「悪魔か」
「さあね? で、夜になりました。コン、コン。ノックの音がします。『私だ。帰ったよ』」
「無事やったか」
「そしたら──『遅かったわね』」
「悪魔か」
「さあね?」
「はっきりしなえ! 悪魔なんか! 奥さんなんか!」
「だって、母ちゃん『さあね?』しか言わないんだもん」
「・・・フタッカーニャに聞いた話なんかに?」
「うん。おっ母、こういう話、好きなんだ」
「あの娘は・・・」
と、まあ、こんな感じでダラダラしておったところで──
コン、コン。ノックの音。「ゼナルジーコです。ナッタレーニェお嬢さん、いらっしゃいますか」
「はーい」
「お嬢さんの伝言を見て来た、っちゅう夫妻が来とるんですが。スメコットーと、フタッカーニャという」
──訊ねてきた両親と、再会することになったのであった。
ゼナルジーコの宿、1階、食堂。
お昼前の、空いとる時間帯である。「食事は出せんが・・・」と言いつつ、ゼナルジーコがお茶とお菓子を出してくれた。
リーモ、両親と相対する。
おっ父のスメコットー、おっ母のフタッカーニャ。2人とも、表情は硬い。リーモも硬くなってしまう。両親の顔をチラッと見ては、目を伏せる。そんなことをしておった。
「・・・その椅子は?」と、おっ母のフタッカーニャが言うた。
「ん?」
リーモ、斜め後ろを見る。椅子ひとつ。ふわ~ん・・・当然のような顔して、女神さまが浮かび座っていらっしゃる。
「えっと・・・ユークラネーさまの席だよ」
「椅子を御用意して差し上げないと、御機嫌を損ねますものね」
「えーと・・・そう?」リーモ、女神さまに訊く。
「なにえ。なんで私に訊く」女神さま、なんか迷惑そうな顔する。「べつに。いちいち怒ったりはせぬ」
「べつに。って言うとき、怒ってるよね?」
「べつに」女神さま、ぷいっとあっち向く。
「・・・えっと、」リーモ、母に向き直る。「べつに。って感じみたい。でもイラッとしてるっぽい」
「・・・。」フタッカーニャは考えて、「あなたには、女神さまが見えてるの?」
「え? うん。見えてるよ。女神さま、エルフっぽい感じで、」「ぱちもん(偽物)みたいに言いな」「言ってないよ」「いま言うたに!」「ごめんちょっと黙ってて? しゃべりにくいから」「神に向かってその言いよう!」
「あらあら」フタッカーニャ、あきれる。そして呟く。「・・・うちのお祖母ちゃんみたいだわ」
「・・・伝言板の話だが」と、スメコットー。「私に連絡を取ろうとしとったようだな?」
「あ、そう言えば、役所で出したっけ」
「忘れてたのか?」
「うん。はい。ごめん。色々あったから・・・」
伝言を出したのは、この港へやって来てすぐのことだ。
それから、さらわれたり、溺れて死にかけたり、レーネとお風呂に入ったりと、まあ色々あったので。
「一応確認したいんだが、出した内容は覚えとるか?」
「えーっとね、父ちゃん──いや、スメコットーさんに聞いた、いやえっと、オレーが聞いてた・・・ええと」
リーモ混乱する。『おっ父から聞いてた宿』と言いたいところを、おっ父じゃない、自分じゃない・・・と、言い換えようとして混乱したんである。両親は「なんだこいつ」っちゅう顔になったが、黙って待っててくれた。
「・・・えっと、『息子さんに勧めてた宿で待ってます。ナッタレーニェ』みたいな内容で出したと思う」
「ふむ。間違いないな。おまえさん、達筆(たっぴつ)なんだな」
「ん? いや、ガンバに──この宿で親切にしてくれた人に、代筆してもらったんだ」
「・・・そうか」
「でも、」とフタッカーニャ。「勇気の女神さまの巫女なら、字は書けるはずよね?」
「え? 母ちゃんだって、字書けないよね?」
「・・・。」
「あ、ごめんなさい。つい母ちゃんって」
「いや・・・」スメコットーは、いかつい顔でじーっとリーモを見た。「いや。それよりも、訊いておきたいのはこのこと」
「なに?」
「おまえは、何者だ? 誰の子供で、どこで生まれて、どうしてここへやって来た?」
「それは・・・」
リーモ、思わず女神さまを振り向く。
女神さま、目は合わせてくれるが、なんの指示も下さらぬ。──『自分で何とかせよ』の構えである。
「えっと・・・でも、言ったら、また2人とも怒ると思うし」
「なんでだ。なんで怒ると思う」
「ウソついたって思われて・・・」
「おまえは、ウソをついたのか」
「・・・いや」リーモは父の顔を見た。「ウソはついてない。でも、」
「なら、なんで黙る」父もじっと見ている。
「なんでって」
「本当のことなら、言ってみろ。少なくとも、俺はおまえを殴ったりはせん。怒って帰ることはあるかも知れんがな」
「・・・。」
「おまえが何を言うかは、おまえの決めること。それを信じるかどうかは、俺の決めることだ。そうだろう」
「・・・うん」
リーモは泣きそうになった。父ちゃんだ、と思った。父ちゃん、ごくたまーに、こういうことを言い出すのだ。『俺の決めること』。船乗りから山奥の農家へと、転身を果たした男らしい言葉である。
「じゃあ、山賊が村に襲ってきたときのことからしゃべるよ」
リーモは、あのとき何が起こったのかを、話し始めた。
「お昼前に、山賊が村に入ってきたんだ。15人ぐらい。
大人は畑に出てる時間で、年寄りと子供しかいなかった。
爺さんたちが剣持って山賊に斬りかかって、婆さんたちが子供を逃がしてくれた。
固まらずにバラバラに走れって言われたんだけど、俺は、ニモと一緒に逃げたんだ。ニモがついて来たんだよ。
そしたら、山賊に道をふさがれて。取っ組み合いになった。
ニモは、山賊のキンタマ蹴っ飛ばして、川に逃げた。川に飛び込む音がした。
俺は、ナイフで腹を切られちゃって・・・このへん、スパッと。足から力が抜けて、ニモを追いかけるのは無理だと思った。
それで、せめて山賊を1人でも引き付けようと思って、ニモと反対の方向に逃げたんだ。
森ン中へ逃げ込んだけど、追いつかれて、腕を掴まれて・・・振りほどいたら、滝壺に落っこちた・・・」
リーモはしゃべった。死にかけたところを、勇気の女神にオンナにされたことも。山賊を殺したことも。
みんなと完全にはぐれてしまい、女神さまと相談して、この港を目指したこと。
そして、女勇者ユリアーニェが守ってくれたこと。
「俺は、オンサレーン」リーモは最後にそう言った。「おっ父とおっ母の子供だよ。これが俺の言いたかったことです」
「ああ・・・ああ! ニモ、オレー・・・私の子供たち」
フタッカーニャが悲鳴を上げた。
ニモというのは、妹のことである。本名アネナニモー。愛称ニモ。生意気で乱暴で自分勝手なヤツである。兄はしょっちゅうやり込められ、泣かされておった。でも、山賊が迫ったときは、『お兄!』と悲鳴上げて、こっちに逃げてきた。
オレーは、オンサレーンの愛称。つまり、我らが主人公のことである。
おっ母、俺のこと後回しにしたね? と、リーモはちょっとだけ怒った。それから、まるで自分自身が胸を刺されたかのように苦しむ母を見て、悪いことしたな、と同情した。おっ父にだけ話すべきだったかも。でも、おっ父が言えって言ったし。
「信じるのは・・・難しいな」そのおっ父が言った。「その、オンナにされたとかいう話は」
「うん」
「その姿でなければな」スメコットー氏はため息をついた。「オンサレーンの姿だったら、おまえが昔話の悪魔であっても、抱き締めただろうに」
「人間に化ける悪魔だね」
「ああ」
「なら、この姿で良かったかもね」リーモは笑った。「惑わされないもんね」
「・・・すまん」
しばし沈黙。
スメコットーは茶を口にして、考えてから、こっちの話もしておこう、と言った。
「俺たちが騒ぎに気付いて村へ戻ったときには、もう村じゅうに火が回っとった。
お母ちゃん連中は火に飛び込もうとしたが、男たちが止めた。子供はきっと逃げ延びてると言ってな。
それから、手近な村まで逃げることにした。
狩りをやっとる連中が、『港に向かう足跡が多い』と言ったので、そちらは避けた。山賊かも知れんと思ったのでな。
──実際は、村の連中の足跡だったようだが、それはここへ来て初めてわかったことだ。
キタリュードンラに逃げ込んで、そこにも山賊がやって来て、森へ逃げ込んで、呑まず喰わずで・・・
女勇者さまに見つけてもらうまでは、生きた心地もしなかったよ」
「・・・そっか」
リーモは息を吐いた。自分の肉親が苦しんだ話を聞くのは、つらいもんなんだな、と思った。
「大変だったね」
「うむ。──ところで、伝言とは何だったんだ?」
「おっ父とおっ母が無事かどうか知りたかったんだ。俺が伝えたかったことは、さっきしゃべったよ」
「そうか」
また茶を呑むスメコットー。
「・・・海戦の噂、聞いたぞ。女勇者さまと一緒に活躍したんだってな」
「あー、うん。でも、レーネにくらべたら、俺なんて全然。付いてっただけ」
「勇気を授けたそうじゃないか」
「あ、それは、うん。ユークラネーさまのおかげだよ」
「ああ、そうだわ」フタッカーニャが気を取り直した。「勇気を授けるって、本当にできるの? いまできる?」
「うん。やって見せようか?」
リーモは、父母に向けて、そっと手のひらを出した。ぽわっ・・・。小さな光が2人を照らす。
「む・・・?」「あら・・・?」
おっ母の表情が和らぐのがわかった。ニモを心配して取り乱しとったのが、少し落ち着いたようである。
「これ・・・」とおっ母。「言い伝えにある、ハイエルフの巫女の力じゃない?」
「らしいね」
「本物の巫女なのね。私たちとはちがって」
「うーん」
リーモ、背後を見る。女神さまは母猫が仔猫見るみたいな目でフタッカーニャを見ておった。
「力が使えなくても、女神さまの役に立てば、本物の巫女だと思うよ」
「・・・そうね」
「立派だな」父はうなずいた。「だがなぁ・・・戦は、いつ誰が死ぬかわからんぞ」
「うん」
「信じないと言っといて、口出しするのも何だがな。避けれるもんなら、避けたほうがいい」
「・・・あのさ」
「なんだ」
「絶対勝てないような敵に脅されたら、どうしたらいいと思う?」
「脅されるとは」
「巫女やめろって」
「誰がそんなことを?」
「魔王」
「!!?」母が息を呑む。
「魔王だと・・・!」父も腕を組んだ。
「あなた。勇気の女神さまは、むかし魔王に都を滅ぼされたのよ」
「うん。そうだったな。しかし・・・そんな、そんな大それたこと・・・俺には、わからん!」
「俺もわかんないんだ」
「そりゃそうだろう。それで、返事はしたのか?」
「うん。直接じゃないけどね」
「なんと?」
「『やだ』って」
母は顔を覆い、父は天をあおいだ。・・・あれ? もしかして、あきれられてる?
「馬鹿め! ええい! 父親は誰だ、無謀な育て方をしおって! だが言ってしまったものはしょうがない。なんとかしろ」
「なんとか」
「生き延びろ。切り抜ける道を探せ。なければ作れ。どんな相手だって、『絶対』ということはないのだから」
「絶対はない」
「計画の狂い、見落とし、手下との連携ミス・・・そういうのは、きっとどこかにあるはずだ」
「なるほどね」
◆♀◆ 22、意外な再会 ◆♂◆
リーモの両親は、席を立った。
「しばらくここにいる。船乗り仲間を頼ろうと思うんだ。居場所が決まったら、伝える」
「うん。オンサレーンの姿に戻れたら、会いに行くよ」
「・・・。」
「もちろん、ニモが見つかった時もね」
「ああ」
おっ父はしばらく迷ってから、こう言うた。
「まあ、なんだ。その、それ以外でも、来てもいいけどな。人前で『父ちゃん』とか言わなけりゃ」
「・・・。」
リーモ、ちょっとイラッとした。
なんか・・・なんだ? 息子とは認めないが、息子の話はしに来いって? なんだこいつ! と、一瞬思った。
ちょっと頭来たぞ。ニモが見つからない限り、行ってやらないもんね!
──13歳の少年(エルフ♀)らしい、反抗心みたいなもんが芽生えた瞬間であった。
「注意が必要だよ。しばらく、不安定になるかもだから」
女勇者の言ったこと丸パクリで、事情通っぽいことを言ってみた。
「事情通ぶりおって」一発でバレた。「・・・おまえも、気をつけてな」
「うん。身体に気をつけて」
「ああ」
2人が去ってゆく。
おっ母の小さな背中に、いま芽生えたばかりの反抗心は忘れたリーモ。そのうち、なんか食べるもん持ってこ、と思うのであった。
「お知り合いですか?」とサンキュー。
「うん。俺のおっ父──ひっ!?」リーモ、跳び上がる。「さ、サンキュー? いつからそこに???」
「いまです」
ピンク髪の女、サンキュー。いつの間にやらリーモのすぐそばにいた。
リーモのあわてっぷりを見て、笑っておる。
「さっき宿に戻って来て、庭にシャケがいたんで、あいさつしてました」
「ワフ」庭から犬の声がした。
「あ、ああ、そうなの?」
リーモ、ドッキドキである。
サンキューは、以前と同じ姿である。珊瑚みたいなピンクの髪、おっぱい包んどる薄い布、腰の前後だけ隠しとるヒラヒラの布・・・ムッチムチの太腿が初夏の日差しに輝いておる。しばしボケーッと見てから、リーモは自分が入り口ふさいどることに気付いた。
「ごめん。気付かなかったよ」
「いえいえ」
リーモとサンキューは、宿の中に戻った。
サンキュー──その正体は、セイレーンの魔将サンキュッシニーモである。敵である。が、リーモはそれに気付いとらん。
「サンキュー、この宿に泊まってたんだ?」
「はい。リーモも?」
「うん。ちょっと前からね」
「いい宿ですよね」
「うん。船乗りのあいだじゃ、泊まるならココ! って宿なんだよ」
「詳しいんですね!」
「まあね?」ウソである。全然詳しくない。ちょっと路地入ったら迷子になるぐらい、よそモンである。
「そうだ! リーモ、街の案内お願いできませんか? お金は払いますから」
「え?」早速ピンチである。「えーっと・・・どうしよっかな? レーネに訊いてみないと・・・」
「どうしよっかなじゃないだろ」
耳をつままれた!
リーモ、爪先立ちになる。「いてて」ハイエルフの耳をつまんではいけません。「いたいってレーネ!」
「出歩くなって行ったっしょが」
戻って来た女勇者さま。リーモの背後を取って、耳を左右にねじってきよる。「いたいいたい」最後にピンと弾いてきよった。「もー!」
「なにが『どーしよっかなー?』だよ」
「いってー・・・いつ帰って来たの?」
「いま」
「あ、そう。お帰り」
「ただいま。で、あんたなんでいんの?」
「お久しぶりです。奇遇ですね?」サンキューはほほえんだ。
「・・・。」
「お見通しですか。はい、じつはですね、『すごい可愛いハイエルフのお嬢さんが泊まってる』と、噂に聞きまして。それで、ここにしたんです」
「リーモが目当てと」
「いえいえ、私は、女色の趣味はありませんよ」サンキューはちょっと周囲を確認してから、「もしかして、リーモは女勇者さまの夜伽(よとぎ)の・・・?」
「ない」即答である。「この子は妹分。色々あって頑張ってるから、守ってあげてるだけ」
「そうですか」
「だけ・・・」リーモはちょっとガクッと来た。
「・・・あ、でも、いいパートナーになりつつあるよね」女勇者さま、あわてて付け加える。「船酔いも治してくれるし」
「ま、まあね?」と、ちょっと元気になったリーモであったが・・・
「ワフ!」
「お、シャケ! 元気になったか? おー、よしよしよし! シャケシャケシャケ」
・・・愛犬の一声で、掴みかけた寵愛(ちょうあい)をかっさらわれてしまうのであった。
◆♀◆ 23、また行き違い ◆♂◆
「シャケ、行くぞ!」
「ワフ!」
夕方。レーネとシャケ、じゃれ合いながら宿を出てゆく。
「・・・あいつなんでいんの?」リーモ、くやしがる。
「俺に訊くなよ」ガンバ、疲れた顔。どうでも良さそうである。
「リーモは行かないんですか?」とサンキュー。
「いや行くけど。サンキューはいいの?」
「サウナでしょう?」
「うん」
「熱いんですよね?」
「うん。湯気あっつあつ」
「私、熱いのは苦手でして」
「お風呂は?」
「海の水が好きですね、私は」
「そっかー」
リーモ、残念。ちょっと期待してたのに(やらしい意味で)。
と、サンキューがすっ・・・と近付いてきて、耳元に、「お背中を流すぐらいなら・・・一緒に入ってもいいですよ?」
「そ・・・そう?」
リーモ興奮する。ガキである。レーネがこっち睨んでおる。あわてて取り繕った(とりつくろった)。
「そ、そうだね! じゃあまた今度、レーネと一緒に!」
「はーい。行ってらっしゃい」
宿を出てゆくリーモとレーネ。と愛犬のシャケ。
──その姿を、物陰から盗み見る影があった。
「よし! 出て行った」
影は手を握り締める。
「行くぞ。いましかない。このことは、あまりに引き延ばしすぎた。これが最後のチャンスだ」
うなずいて、物陰から出る。
はたして、宿へと向かう、その人影とは!?
「こんばんはー。海の神殿の小姓、オンフルーンです。ナッタレーニェさん、いらっしゃいますか?」
──その人影は、海の神の神殿に仕える小姓、オンフルーンであった。
オンフルーン。去る誘拐事件の日、海岸で倒れとるリーモを手当てしてくれた少年──いやさ、男装の美少女である。彼(女)、ガンバに一目惚れ。ガンバに会うためにやって来たのだ。ナッタレーニェ嬢なんぞ、ただの名目。むしろガンバの周囲の女、これすべて、敵! 邪魔者でしかないんである!
「・・・あ?」宿のあるじがしかめっ面する。「おう、小姓くん。ナッタレーニェのお嬢さんなら、さっき出てったばかりだ」
「なんですって? ナッタレーニェさんは、御不在でしたか! ああ、また行き違いになってしまったぁー」
オンフルーン君、わざとらしく嘆いて、食堂に目をやる。
期待した通り、あの青年の姿があった。
「これは、ガンバットリャンニさま。このたびは、戦勝おめでとうございま──」
あいさつをしかけて、凍りつく。
「お知り合いですか?」
ピンクの髪した女が、ガンバの腕をポンポンと親しげに叩きながら、話しかけてきたのだ。
誰だおまえ!!! ──オンフルーン君は、心の中で絶叫した。
「小姓君が来とったぞ」
「え? どこ?」
サウナから帰ったリーモ。ガンバに言われて、左右を見回す。
「いや、もう帰った」
「また行き違い! もー! なんか言ってた?」
「いや全然。世間話をしただけだ。じゃ、俺は寝る・・・」
「大丈夫?」
「領主館にいると、ほとんど寝れんのだよ・・・」
ガンバはフラフラしながら2階へ上がった。
「お帰りなさい」
「ただいま、サンキュー」リーモ、つやっつやの顔でサンキューを見る。
「いいお風呂だったみたいですね」
「うむ!」リーモ、なんかを思い出して、やらしい顔になる。「えへへ」
「・・・ガンバが目当てだったのか?」とレーネ。
「いいえ、いいえ!」サンキューはほほえんだ。「どうか御心配なく。あなたの友人にも恋人にも、一切手出しはしませんから」
「恋人じゃない」レーネは即座に否定した。「変な噂を広めるなよ。斬るぞ」
「軽々しく斬りすぎじゃありません・・・?」
しゃべっていると、ゼナルジーコが近付いてきた。「カルメーニャさま。先ほど、お届けものが」
「あ、リーモの服だな。ありがとう」包みを受け取ると、レーネは御機嫌になった。「よし行くぞ!」
「へ?」
「着せかえだよ、着せかえ!」
◆♀◆ 24、リーモ、鏡を見る ◆♂◆
レーネの部屋は、リーモの部屋より広くて豪華だった。ランプも吊り下げと手持ちの2つがあって、天井から吊り下げになっとるやつはデカくて明るい。ベットも大きい。その大きなベットと同じぐらいのサイズの櫃(ひつ)がある。装備品入れか? なんか、『武士の部屋』という感じである。飾り気がない。
唯一、女らしいと言えるのは、大きな銀のお盆であった。ただの盆ではなく、足がついておる。果物なんかを盛りつけるような立派な銀盆である。レーネはその銀盆に、水を張った。
「なんで水を?」
「覗いてみな」
大きな銀盆を覗いてみると──くりっとした目の、とんでもない美少女が居った!
「水鏡(みずかがみ)かぁ・・・!」
鏡というもの、この世界では一般的でない。金属の鏡はあるらしいが、あまり綺麗には写らんと聞く。鏡を覗くなんて習慣はないし、自分の顔なんぞ知らんっちゅう人間が多かった。リーモもその1人。自分の顔・・・と想像すると、双子の妹の顔が浮かんでしまうぐらいである。
それで、リーモはまじまじと自分の顔を見た。
お盆が大きいので、お腹から上、上半身が全部写っておる。しかもかなり綺麗に見える。下から見上げるアングルになるので、ちょっと不細工にひしゃげてはおるが、それでも・・・
「可愛い・・・」
「ばっか」レーネは笑った。「なに自分で見惚れてんの。さ、ほら、脱いだ脱いだ」
「あい」
またあの時間が始まるのか・・・。
内心恐怖しつつ、リーモは服を脱ぐ。
まずは袖なしワンピース。胴体を締める紐をゆるめ、肩紐を抜いて、スカートを足元から抜いた。
次はシャツ。首んとこのリボンをゆるめ、頭から抜・・・抜・・・抜けない。ポニーテイルが絡まった。いったん戻して、リボンをほどく。
「このリボン、綺麗だよね」レーネが預かってくれた。
金糸銀糸を編み込んだ、キラキラするリボンである。上品であり、華やかでもある。しかも丈夫である。
「女神さまへの奉納品らしいよ。海でなくしたと思ってたんだけど──」
「私が拾っておきました」
小っちゃいおっぱいでっかい女神さま、登場である。ユークラネーさまの肩に、ちょこんと。茶色の巻き毛をくゆらせて。
「ラモリマイさま。お久しぶり」
「はい久しぶり。ユークラネーさまの御名、順調に広めているようですね」
「うん。がんばってる」
「ラモリマイ。そなた拾うの上手やに」ユークラネーさまが口利いた。『自分でやれ』モード解除である。
「家事の女神ですからね。小物は大事にしませんと」
あー、とリーモは思った。おっ母も、小物をやたらに貯め込んでたなぁ。全部燃えちゃったけど。おっ母は先祖代々あの村に住んでる人だから、ショックでかいんだろうなぁ・・・。
などと考えつつ、リーモはシャツを脱ぐ。スリップもシャツと一緒くたに脱いだ。
「リーモって、スポーンって脱ぐよね」とレーネ。
「ん?」
「脱ぎ方が男っぽい」
「そ、そう?」
銀盆をチラッと見るリーモ。可愛いおっぱいが写っている。
オンナだよなぁ。おっぱいあるし。
いやー、それにしても・・・
こんな可愛らしい少女のパンツ一丁の姿を、こんなにじっくりと見れるとは・・・
胸はもう何回も自分で見たけど。美少女の顔と一緒になると、これがまた・・・また一味ちがって、こう、ものすごく、甘酸っぱいジュースみたいな・・・
「はい、こっちのシャツから行ってみようか」
「あ、はい」
着替えさせられること、四半刻(30分ほど)。
ただすべてを着るだけではない。髪型もいじくられた。さらには、化粧品まで出て来た。レーネさん、意外に女っぽい小物も持っとるようである。キラキラする瞳にじーっと見つめられて化粧されるのは、すごく、くすぐったかった。
「よし」やっとレーネから合格がもらえた。
「もういい?」
「うん」
「やった」
「そのままね。そのまま。サンキュー呼んでくるから」
「は?」
レーネ、部屋から出て行く。リーモ、取り残される。
「まだやんの?」
答えはない。レーネは耳いいので、いまのは聞こえたはずであるが・・・気に入らん一言は無視するからなぁ。
リーモは手持ち無沙汰となり、銀盆を見る。
「うむ」
やっぱり可愛い。
右の首筋に下ろした黒髪が、ちょっと大人っぽい。
白いシャツ、藍色の袖無しワンピースは、高級で涼しげな令嬢風。一切しゃべらなければ、『姫』と呼んでも差し支えない。
「うーむ・・・」
そして、本人にしかわからない、服の肌触り。これがまた、すごくいい。新しい布地がこんなに気持ちいいなんて、初めて知った。
鏡で見る姿は、他人が見る外の姿である。肌に触れる布の感触は、本人だけが知る内の感触である。
その両方を楽しめるという・・・
「うーむ。ぜいたく」
リーモは水面を覗きながら、艶やかな黒髪をいじくった。いまはポニーテイルではない。首の右側に下ろしてまとめてある。大人っぽい、奥さんっぽい感じで、愛くるしい顔とのギャップがたまらない。
なんだこの可愛い子ちゃん。これ・・・すごいぞ?
ドキドキしてくる。やらしい気分になってきた。呼吸が早くなる。服の内側に包み込まれた、おっぱいの存在を感じる。
これさあ・・・ちょっとシャツの裾まくったら、すごくない・・・?
スカートの肩紐を外し、シャツとスリップを一緒に引っ張り上げる。
銀盆の水鏡に、白いおへそ、写る。
これは!
いやらしい!!!
白くてなめらかなおへそ! めくれたシャツの影の中、かすかに見える肋のライン!
リーモは自分でハァハァした。
これは・・・これは、もうちょっと、もうちょっとだけ・・・鎖骨のあたりまでめくったら・・・(ちょっとではない)
リーモ、ぼーっとなって、手が勝手に、シャツをめくり上g──ぺしっ! 頭叩かれた。「いてっ」
振り向くと、レーネと、笑いをこらえて震えとるサンキューがいた。
「あ、いや、これはその、あのそのっ」
「リーモはそっちの気があるんですね!」サンキューが笑いだした。
「そうじゃないかとは思ってたけどさぁ」レーネはキツネみたいに目細くしておる。
「そうじゃなくて──思ってたの!?」
「目がやらしいんだもん」
「!!!」
レーネに言われて、ショックを受けるリーモであった。