北国の女神キコラカーネ
◆♀◆ 1、女勇者の手をとって ◆♂◆
夏の終わり、爽やかな朝。
リーモは、レーネと一緒に散歩した。
「ひさしぶりだー。呼び出しのない日は」
「ワフ」
「毎日、領主さまのトコ行ってたもんね」
レーネ、愛犬のシャケ、リーモ。
3人ならんで、坂道を登る。リーモの背後には、ふわ~ん・・・と、勇気の女神さまもいらっしゃる。
ゴミゴミして建物の多い街を出て坂道を登り始めると、サーッと海から風が吹いてきて、とても気持ちがよい。リーモの新品のスカートにも風が舞い込んで、足が涼しくなる。
さらさら流れる小川を越えて、レーネとシャケは登ってゆく。
リーモは、
「・・・。」
川面(かわも)に映る、黒髪のハイエルフの少女と、目が合ってしもうた。
清楚なシャツがよく似合う、13歳の女の子。繊細な耳。ほっそりしていながら、女らしいやわらかさ。首をかしげると、その娘もちょこんと首をかしげた。
可愛いんだけど・・・!
「なに見てんの?」
「あ、」
肩の上にレーネの、足元にシャケの像が現れた。ふわ~ん。女神さまも現れた。
「まーた自分に見惚れてぇ」レーネ、ニヤニヤする。
「いや、そうじゃなくて。見てたけど。ごめんごめん」
坂道を登った先は、丘の上の砦跡であった。
古い砦で、いまは取り壊されて土台だげが残っておる。
「空き地の維持がしやすいんだってさ」
「空き地の維持」
「石垣がね、」
レーネ、足元をトントンと踏みつける。足元は、石垣である。砦の土台の、いちばん外側のラインだったところである。雑草があれやこれやと生えており、石はほとんど見えないのだが。
「木が生えにくいでしょ? だから、維持しやすい」
「あー」リーモ納得。山村の生まれなら、一発でわかる話なのだ。「木が生えたら、ホント大変だからね・・・」
「そうらしいね。木って、引っこ抜くの大変なんでしょ?」
「うん。切り倒すときは、下手したら死ぬ。根っこはムチャクチャ固い。ちょっと残すと、そこからまた生えてくる・・・」
「やったことあるんだ?」
「伐採はない。大人の仕事だから。でも、根っこ切るのは手伝わされたことある。二度とやりたくない」
「へー。私は海育ちだからなぁ。木切ったことないや」
レーネは、キラキラ輝く海を見渡した。
眼下に見下ろす海は、黒々とした草原のよう。どこまでも歩いて行けそうな。だが実際には、そんなことができるのは魔王だけだ。
「レーネなら、簡単に倒せそうだよね? 木」
「簡単ではないのだ、リーモ君」レーネはカッコつけた。「《声》は、かなり神経を使うのでね」
「そうなの? 自由自在かと」
「いや。ちょっと力が入りすぎると、人死んじゃうし」
「・・・。」
リーモは、先日の『走れ!』のことを思い出した。崖っぷちを走らされたりして、万が一があればレーネが《声》でキャッチしてくれるんだろうなと思っていたが・・・え、もしかして・・・?
「えっと・・・じゃ、俺がこっから落っこちたとして、助けらんないの?」
「落ち始めた瞬間なら大丈夫」
「そっか」リーモ安心する。
「せいぜい、足が折れる程度で済む」
「え」リーモおびえる。
「土とか岩とかさぁ、ガツーンと出て来るからね。細かい制御できないんだよ」
「へぇ」
「でも、魔王はさぁ、なーんか、すごい繊細な操作しやがるんだよね」
レーネ、足元の雑草を、つま先で斬るみたいにして蹴った。
「あいつ100年は生きてるらしいけど、やっぱ17の小娘じゃ敵わないか、って思うときもあるよ」
「そうかぁ」
「・・・がっかりした?」
レーネが見つめてくる。リーモは笑った。「いや?」
「リーモのこと守るって言っといてさ」
「大丈夫。俺だって勝てないし」リーモは胸を張った。「でも、言いなりにされんの、嫌だから」
「・・・だよな。そうだよな」レーネはうなずいた。「よっ! さすが、勇気の女神の巫女!」
「まあね?」
リーモは変なポーズを取った。レーネが吹き出した。
「──魔王ってさぁ」
レーネが言い出した。
「なんでリーモに『信仰捨てろ』って言い出したんだろうね?」
「さーね?」
シャケがカッカッカッカッと足で首をかき出したので、ブラシをかけてやることになった。ブラシはリーモが担当する。なんか、レーネがブラシかけると申し訳なさそうな顔してリーモのところへ逃げて来るので、そうなったんである。レーネ、力入れすぎなんじゃない? と、リーモは思っていた。
まあとにかく。
石垣に、海向いて座る。シャケの背中に、ブラシをかけてやる。
シャケは、お湯に入ったときのレーネみたいな顔をした。レーネはそんなシャケを、あっち側から撫でておる。両手に花だなこの野郎、とリーモは思った。
「・・・あのー、女神さま」
勇気の女神さまは、犬の毛がふわ~んと飛んでくるのを、迷惑そうな顔して避けておる。「なにえ」
「なんでそんな嫌われてんの? 魔王に」
「なんちゅう言いぐさ!」女神さま、ご立腹である。「好き嫌いの問題みたいに言いな。これは、論理の食い合いえ」
「ろんりの食い合い」
「そう」
女神さま、ふわ~んと宙に浮いたまんま足を組み、人指し指立てた。かっこいい。今度マネしよ、とリーモは思った。
「魔王の論理は『我は最強なり。卑小なる汝よ、何もすな』。勇気の論理は『好きにせよ。勇気を振るえ』」
「あ、うん。何回も言われたよね」
「そう。よって、魔王は我が信徒を見過ごすことができぬ」
「・・・は?」
話が飛び過ぎである。リーモ、ついて行けん。
だがレーネはわかったようである。「・・・なるほど。それでか」
「ごめん。俺、わかんない」
「うむ。リーモは魔王と衝突しておらぬ。ゆえに、ピンと来ぬのも、やむを得まい」
「そう?」
「うむ。わかったフリするよりはマシやえ。阿呆は、詐欺師よりマシ」
「あほうって!」
「リーモ」レーネが呼びかけてきた。「みんなに『勇気を授ける』ときってさぁ、どんな感じ?」
「え?」
リーモは、初めて『勇気を授ける』をやったときのことを思い出した。街道で、レーネが山賊と戦っていたときだ。
あのときリーモは、自分は訳に立たないんだ、と思った。レーネに何もかもやってもらうしかないんだ──
「『そんなのイヤだ』って感じ」
「は?」今度はレーネがわからぬ。「そんなのって何さ」
「レーネが山賊と戦ってんのに、俺、見てるだけ。足手まとい。そんなのイヤだって」
「弱いのがイヤってこと?」
「ちがう」
「じゃなに?」
「俺は弱い。だから、勇者に全部押しつけるしかない──てのが、イヤ」
リーモはレーネを見た。
水色にキラキラする瞳。いつ見ても、綺麗。輝く川面に映る像のよう。
「レーネを初めて見たとき、思ったんだ。こんな若い女の子1人に、魔王との戦いを押しつけるなんて、イヤだなって」
「リーモ」
レーネが抱き着いてきた。リーモも、相手を抱き締める。レーネの身体はいまのリーモよりひと回り大きく、熱く、いい匂いがして・・・おっぱいがやわらk──いやいや。待て待て。いま真面目なところだから! リーモはがんばった。
ふーっと深呼吸したレーネが、満足した感じで離れた。「つまり、そういうことだよ」
「え?」
「リーモのそういうとこが、魔王は、すっごく困るわけ」
「んん? 俺なんか、すぐ殺せるでしょ? レーネとちがって」
「私を消せば、勇者は消える。でも、リーモを消しても、勇気は消せない」
「・・・?」
リーモ、レーネを見る。女神さまを見る。2人とも「よしよし」っちゅう感じの顔しておる。──子供扱いされてる!
「勇者のほうが巫女っぽくなっておる」と女神さま。「リーモ、がんばれ」
「あい」
「よーし! リーモ、がんばろうぜ!」
レーネは立ち上がった。すっきりした様子で、手を伸ばしてくる。リーモは当然、その手を取った。
帰り道。レーネがこんなことを言い出した。
「北国に行くつもりなんだ」
「北国? 山賊の国のこと?」
リーモの村では、『山賊は北から来る』とか『北は山賊の国だ』と言われておったんである。
「うん。ヤムコーゾックって部族が支配してる土地だね。暗殺者を送り込んできたのも、どうやらその部族らしい」
「あぶないんじゃ?」
「まあね」
「レーネが出てったら、ガンバ困らない? 反乱起きそうなんでしょ?」
「それは相談した。領主さまもガンバも『ナダラカンのことは任せろ』だって」
「大丈夫なのかな」
「さて? ま、紐付きの戦力は困るってのもあるよね」
「ひもつきの戦力」
「太陽の神殿の勇者」レーネは自分を指差した。「私が活躍しすぎると、領主さまは困るんだよ」
「あー・・・」
「ガンバと結婚してくれればなぁ・・・ってのが、領主さまの本音だろうね」
「む」
「しないけど」
「そっか!」
「なに喜んでんだよ。──あとさ、そろそろ夏休みも終わりにして、活動を再開しないとね」
「レーネ、夏休みだったの?」
「うん」
「休みなのに、忙しくさせちゃったね」
「ははは! そうだね」レーネ笑う。「リーモと女神さまが来てから、ずいぶんドタバタしたもんね」
「いやぁ・・・。おさわがせしました」
「まこと、世話になったに」女神さまも感謝した。
「光栄です。でも、良かったよ。休みを取ってて、リーモに会えて」
「俺もだよ!」
本当にね! と思うリーモであったが、レーネの言い方に引っ掛かった。『もう終わりだ』との雰囲気。まさか・・・
「まさか、1人で行くつもり? 俺、ついてくよ?」
「え?」レーネはきょとんとした。「・・・ああ、ちがうちがう。今年の休みは楽しかったな、って、しんみりしただけ」
「なんだ、そっか」
「私、あんまり楽しい思い出ないからさ」レーネは苦笑した。「これが最後にならないといいなって」
「来年はもっと楽しくしよう」
リーモはレーネの手を握った。シャケも、反対側からレーネにくっついた。
「・・・歩きづらいな」レーネは照れ隠しを言った。
その帰り道。
いつもの宿まで、あとちょっと・・・というところで。
一行は、ブッ倒れるお爺さんと遭遇したのであった。
◆♀◆ 2、ヤムコーゾックを知る司祭 ◆♂◆
お爺さん。神官風の長衣に、つるぴかのハゲ頭。背は高いが、ゲッソリやせておる。いまにも倒れそう。
──と思っとったら、本当に倒れよった。杖から手をすべらせ、前のめりにどさーっと、石畳の路面に転がったのである。
「お爺さん!」
リーモが飛び出した。ハイエルフの小さなボディで、ステテテッと小股に走り寄り、声をかける。
「お爺さん。しっかり!」
「サンキュー呼んでくる」とレーネ。「シャケ、リーモを頼む」
「ワフ」
というわけで。
レーネが宿に走って、サンキューを連れて来た。
ピンクの髪したサンキュー。ムチムチの太腿が色っぽい美女サンキュー。その正体は魔王の腹心、セイレーンの魔将サンキュッシニーモである──が、気付いとる者は1人も居らぬ。よって、いまはただの太腿ムチムチのピンク髪お姉さんである。
そのお姉さんがヒラヒラした薄い布から太腿丸出しにして、しゃがみ込んだ。お爺さんに手を当てる。胸に耳を当てて、音を聞く。
「・・・心の臓が弱ってますね。気つけはできますが、一時しのぎになるかと」
「やって。代価はいる?」とレーネ。
「そうですね・・・」
サンキューは周囲を見回した。
リーモが大声出したせいで、人が集まって来ておる。
「わかった。宿に運ぼう」
レーネがそう決めた。近くの人からシーツと杖を借りてくる。即席の担架を作成。お爺さんを寝かす。レーネが前、リーモとサンキューが後ろ。『ゼナルジーコの宿』へ。
宿に入って、人払い。サンキュー、治癒の術を使う。
「・・・しばらく安静に。私が治癒したことは言わないでください」
「だろうね」
レーネはうなずき、サンキューにいくらかお金を握らせた。
「ありがとうございました」
起き上がったお爺さんは、薄い果汁を呑みながら、ボソボソと感謝した。
「私は、ミカラザックと申す者。北国横丁で、戦の女神キコラカーネさまの司祭をしております」
「カクロジニャー・カルメーニャ」レーネは偽名のほうを名乗った。「こちらは友人のユークレニャー・ナッタレーニェ」
「助かって良かったね」「ワフ」と、リーモとシャケ。
「ご親切に。・・・いやはや、いつ死んでもかまわぬ、などと思っておったが、とんだ御迷惑をお掛けしました」
老司祭は、懐からサイフを取り出した。
「財産と言えば、これしかない。どうか、お納めくだされ」
レーネは笑った。「それを聞いては、もらうわけに行きませんね」
老司祭ミカラザックは、すぐに歩けるようになった。だが念のため、レーネ・シャケ・リーモで見送ることにする。
『北国横丁』。その名の通り、北国から来た者どもが集まっとる一角へ。
入っていくと、顔つきのちがう人々がジロジロと見てきよる。特にリーモは、もんのすごく、見られておる。ハイエルフはこの街に1人しかいないので、ふだんから注目は浴びているけれど・・・。
ミカラザック司祭はこの横丁でもう何十年も女神キコラカーネに仕えておるという。
先代領主の頃には、正式に信仰を許可され、小さな礼拝堂を建てるところまで栄えたのだが・・・
「いまや、このありさまでして」
屋根破れ、壁の漆喰(しっくい)剥がれたまんまの礼拝堂。
・・・いまや、信者はゼロ。寄進もなく、補修もままならんそうである。
「生命からがら逃げ延びた御先祖さまに、顔向けができませぬ」
「北国の、ですか?」レーネが食いついた。「ヤムコーゾックが支配するあたりの? お詳しいので?」
「・・・なぜ、北国のことを? カルメーニャお嬢さま」
「仕事で関わる予定がありまして」
「なんと!? ──いけません。いけませんぞ。あなたのような美しいおなごが、ヤムコーゾックに関わっては」
「なぜです?」
「・・・そうですな。では、噂話など、お話しいたしましょう。汚いところですが、どうぞ」
老司祭は、リーモたちを礼拝堂に招き入れた。
ひんやりした礼拝堂。
正面に、女神の石像がある。女神キコラカーネさま。大柄で、いかつい女神であった。右手に槍。頭に兜(かぶと)。おっぱいでっかく、下半身はムチムチである。ちょっとサンキューっぽい。ボロボロの礼拝堂の中で、この女神像だけが、ツヤツヤしておった。
老司祭は、シャケにも「おいで」と呼びかけてくれた。この人は信用できるかもな、とリーモは思った。
水をもらったシャケは、礼儀正しく、入り口付近の日陰に座って主人を待つ。
「・・・ヤムコーゾックの王、オセゾックは、“騙し討ちの王”と呼ばれておりましてな」
「だましうちの王」とレーネ。
「はい。他部族の王を招いて、酒に毒を入れ、妻子も逃さず皆殺し。そんな非道を、2度もやった」
「山賊より悪いな」
「ええ。もう誰もオセゾックを信用しない。オセゾックも他人を信用せず、奴隷を使い・・・」
老司祭ミカラザックは、ちらっと外を見た。
3人の北国人が、こちらの様子をうかがっておる。
「・・・いたるところに、間諜(かんちょう)を忍び込ませております」
「ふむ」
「ダークエルフの奴隷を虐待するということでも、悪い噂が絶えませぬ」
「ダークエルフを? なぜ」
「アズダーションが──ダークエルフの、古い洞窟要塞です──滅んで、もう抵抗する力がないからです。いくらいじめても、復讐される恐れがない」
「アズダーション。聞き慣れない名ですね」
「私が生まれるよりも前のことですからな」
「なるほど」
レーネは女神像を見上げて、話題を変えた。
「女神さまは、北国でも信仰を集めていらっしゃるのですか?」
「北では、キコリネさまと呼びます。元は同じ女神さまだったのですが、いまは、だいぶちがっておりますな」
「信仰が?」
「はい。北のキコリネさまは、騙し討ちを『知恵』と呼ぶのです」
老司祭はため息をついた。
「人を騙し、生命と宝を奪い去って、悪びれもしない。『山賊の国』というあだ名も、身から出た錆(みからでたさび)です・・・」
◆♀◆ 3、北国の女神キコラカーネ ◆♂◆
レーネは礼拝堂を出た。シャケがついていく。
リーモも出た。ふわ~ん。勇気の女神さまが近付いてきた。
「・・・あれ? 女神さま、外にいたんだ」
「他の神のお家ゆえ。招かれもせんのに、入るわけにゆかぬ」
「あ、そっか」
リーモ、礼拝堂に向き直る。老司祭は女神像に祈っていらっしゃる。
彼の背中と女神像に向かって、リーモは頭を下げた。
「他の神さまの巫女なのに、ズケズケ入ってごめんなさい」
すると。
「お、ちゃんと謝るんかァ。偉い、偉い」
リーモの目の前に、女神さまが現れた。
槍持った下半身ムチムチの女神さまである。
「黙って出て行きやがったら、どうしてくれようかと思ってたけどよォ・・・よし、許してやらァ」
「・・・え」
「あンだよ?」
「あ、いや。キコラカーンさま?」
「キコラカーネだ!」女神さま、キレた。「てめェこのアマ。ケンカ売ってんのか、ああン!?」
「ごめんなさいごめんなさい」
「うちの巫女が失礼をした。あやまる」勇気の女神さまが助太刀してくれた。
「ふん・・・まァ、まだ若ェようだし、うちの司祭を助けてくれたしな。しょうがねえ。許す」
「かたじけない。ところで、戦の女神よ。ここは人目がある。良ければ、少し歩かぬか?」
「む?」
槍持つ女神さまは、勇気の女神さまをジロジロ見た。
「まだ聞いてねェと思うが──あんたの名は?」
「ラモリマイ・ユークラネー。勇気の女神。流浪(るろう)の身」
「・・・ユークラネー?」
「いかにも」
「まさか・・・ユークラネンミャーの戦いで魔王を押し返した、あのユークラネー?」
「うむ。我が民の奮戦による」
「古(いにしえ)のエルフの女神さまじゃねェか!」
キコラカーネさま。槍をぺたんと空中に置いて、頭を下げた。
「お見それしました!」
「許す。楽にしてよし」ユークラネーさま、御機嫌である。「そなた、物知りのようやに?」
「過分なお言葉で。ま、あたしも戦の女神の端くれ。古今東西の戦ァ、片っ端から調べてますがね」
キコラカーネさま。恐る恐る、槍を持ち上げ、立ち上がる。
「少し歩こうと、おっしゃっておられましたが?」
「うむ。ここでしゃべると、リーモが阿呆に見えるゆえ」
「あっはっは! 近頃の人間ァ、神が見えませんからねェ! はい、喜んで御一緒いたしますぜ」
「リーモ、手を出して差し上げよ」
「手?」
「乗せて差し上げるがよい」
「あ、はい」
リーモ、両手の平を合わせて前に出す。
ちょこん。キコラカーネさま、その上に飛び乗って、胡座(あぐら)かく。
──戦の女神キコラカーネさまは、リーモの手のひらに乗るぐらい、小っちゃかったのである。
「いやー助かった。こんなちっぽけな身体じゃ、歩き回るにも不便でよォ」
『ゼナルジーコの宿』の、お庭。
ひさしの影にみんなで座ると、キコラカーネさまも御機嫌になった。
「てめー、よく見たら可愛いしよォ。いい気分で散歩させてもらったわ。ありがとうよ、リーモ」
「はい。もしかして、あんまり散歩できなかったの?」
「おゥ・・・」キコラカーネさま、ちょっとしょげる。「うちの司祭がなァ。ちっと、能無しでなァ」
「いい人だと思ったけど。シャケにも優しくて」
「ワフ」シャケ、顔上げて返事する。
「あァ・・・なんだ。人がいいのと経営とは、別の話だからな」
「けいえい」
「金のやりくりだよ。あいつ、人に頼られても、その恩を取り返しゃしねえ。おかげであたしゃ、縮むばっかりよ」
「お金がないと、小っちゃくなるんだ」
「いや、金ってよりか、アレだ。信仰とか評判とか・・・つまり、格だな」
キコラカーネさまは、勇気の女神さまを仰ぎ見た。
「あたしゃ、槍と戦術っちゅー、戦士ならみんな欲しがるようなモン持ってんだけどもよ、」
「人気出そうだね」
「と思うだろ? ところが、みんなが欲しがるのァ、あっちこっちの神さまが持ってっからよ。かぶっちまうんだな、これがよ」
「かぶる」
「他の神とゴッチャにされんだよ。『あの槍の神って誰だっけ?』『キコラカーンだけ?』ってな」
「・・・ご、ごめんなさい」
「はっはっは! でな? 司祭がうまくやらねえと、他の神に呑まれて消えちまうわけよ」
「呑まれる・・・」リーモは自分の女神さまを見た。
「馬ッ鹿おめェ、ユークラネーさまは武名轟く(ぶめいとどろく)御方だからよ、ンな心配はねえよ」
「褒めすぎやえ。・・・ラモリマイ」
「はい」
おっぱいでっかい小っちゃい女神さま、降臨である。
ラモリマイさま。リーモの隣の村の女神さまである。ユークラネーさまに吸収されて、出し入れ自由みたいになっておる。
「あれ? あんたァ、ユークラネーさまの中にいンのか」
「はい」とラモリマイさま。「吸収をお願いしたところ、姿を残す形で受け入れて下さいました」
「隣村の誼(よしみ)」とユークラネーさま。「長年、よい隣人であったこと、みずから願い出たことにより、姉妹とした」
「ラモリマイ・ユークラネーって、名まで冠してもらってんのか?」
「ご明察(めいさつ)」
「いいなァ・・・」
「ええ。光栄なことです」
神々の会話、一段落。
すると、黙って見とったレーネが口を開いた。「キコラカーネさま。葡萄酒など、いかがですか」
「お! もらおうか」
小さな小さな盃に、葡萄酒ひとしずく。紫の液面が盛り上がる。
ラモリマイ・ユークラネーさまにも、大小の盃に葡萄酒がなみなみと。
夏の終わりの酒宴である。
キコラカーネさま、おいしそうに唇をつけた。「うめェー」
ユークラネーさまは自分で盃持ち上げる。ラモリマイさまは持ち上げれんっちゅうことで、レーネが口元まで持ってった。なんか、小さな女神さまがたは、物動かしたりするのが難しいようである。
リーモも喉を鳴らしたが、レーネがまったく呑む様子がないので、我慢した。よくわからんが、いまは神さまが呑むタイミングなんであろう。後で呑もうっと。旅行中に、その土地のお酒が呑めるかも知れないしね!
・・・レーネが、旅のあいだは一滴も呑ます気がないのを、つゆ知らぬリーモであった。
「ところでよォ、カルメーニャさんとやら。あんた、北へ行くって言ってたよなァ?」
「はい」とレーネ。「大きな声では言えませんが、リーモと一緒に」
「・・・傷物(きずもの)にされんぞ?」
「はねのける力はあります」
「ほう?」
「そんなに悪い状況ですか? 北は」
「ああ。ひでェ」キコラカーネさまは渋い顔をした。「元から収穫が安定しねェのに、何年も殺し合いばっかりやってっからよ」
「ふむ」
「争ってるあいだは、足りねえ収穫は強奪でまかなえた。だが、全土を支配しちまうと・・・」
「どこも自分の領地になって、強奪ができない」
「ンだ。たわけた話よ」
「それで、こっちに来たと?」
「ンだな。魔王の影響もあるらしいが」
「魔王の差し金で、ユーコビンラやキタリュードンラに山賊をしたと?」
「いンや、勝手なおもねりさ。ナダラカンの領地を荒らし、女勇者を仕留めりゃァ、魔王が喜ぶって思ってんだ」
キコラカーネさまは、酒杯に唇をつけた。
「伝説をちゃんと学んでりゃァ、わかるはずなんだがな。魔王は、人間なんざ求めてねえってよ・・・」
しばし沈黙。
「あの、女神さま」リーモが口を開いた。「ダークエルフって、どんななの?」
「あンだ? 見たことねえのか?」
「うん。ないです」
「ハイエルフとはだいぶちがう。人間よりちょい背が高ェ。乳もケツもでけェ。ンでよ、真っ暗闇でも目が見えんだ!」
「へえー!」
リーモのハイエルフの目も、夜目は利く。だが、月のない夜、屋内とかになると、ダメである。
「会ってみたい」
「難しいな」
「むずかしいんだ」
「ああ。うちの司祭も言ってたが、アズダーションって洞窟が滅びてからは、奴隷しかいねェんだ」
「アズダーションと言うたか?」ユークラネーさまが反応した。
「へい。むかーし北国にあった、ダークエルフの洞窟要塞でさァ」
「その名に聞き覚えがあるえ。たしか、北国の人間と戦をし、滅んだはず」
「その通りで。ただ、攻略は失敗したらしいですがね」
「ほう? なんで滅びたんかに?」
「魔王が起こした地震で、ぺちゃんこになっちまったって話でさァ」
「そうか・・・」
キコラカーネさまを送り届けたリーモたち。ついでに「女神さまに」と、葡萄酒を差し入れてきた。
老司祭がお辞儀をする向こうで、キコラカーネさまは満面の笑みで手ェ振っとった。
そして、みたび宿に戻って来ると。
「リーモ。レーネ。話がある」ユークラネーさまが、おっしゃった。「特に、太陽の勇者よ。そなたに頼みたい」
「私に? 珍しいですね。なんでしょう」
「アズダーションを調べてたもう」
「なぜ」
「ゆかりの土地かも知れぬゆえ」
ユークラネーさま、珍しく、真剣な顔をしていらっしゃる。
空気が引き締まる。リーモのハイエルフの耳、ピンとなった。
「アズダーション──我が神像が運び込まれた、『深い穴』のことかも知れぬのえ」
※このページの修正記録
2024/08/29
「北国の女神キコラカーネ」
文章にミスがあったりして意味がわかりづらかったところを修正。↓ここからの3行です
> 「あたしゃ、槍と戦術っちゅー、戦士ならみんな欲しがるようなモン持ってんだ」