魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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雪春の愉快な学園掌握① / 進むべき道

 

「……すまない、雪春。もう一度言ってもらえるか?」

 

 放課後の教室で、立花先生が浮かべるのは困惑の表情。

 教室には僕と立花先生の二人きり。だからこそ、向かい合う立花先生の困惑具合がよくわかる。

 

「その……、卒業したら一般社会の方の大学に通うつもりです」

 

「…………」

 

 高校二年生の秋ともなれば、約一年後に迫る受験について真剣に考え始めなければならない。

 そしてそのための進路相談を現在、担任である立花先生と行っている。

 

「……………………その」

 

「はい」

 

「………………大学、なんだが」

 

「はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙の時間が長い。

 

「……………………こっちだと、ダメなのか?」

 

「……えっと」

 

 異能社会(こっち)(の大学に進学するの)だとダメなのか――ってことかな?

 

「そうですね。僕は冬二と違って、異能者として秀でた実績も残せてないですし。異能ランクも異能教科の成績も普通くらいじゃないですか。なら一般社会の大学でいいかなと思いまして」

 

 召喚士としての才能はあったみたいだけど、召喚するだけで大罪人扱いされる悪魔しか召喚できない以上、使い道なんてないわけで。

 それに大学まで異能社会の方で通うと、いざ一般社会で就職しようとなった場合、本当に履歴書が真っ白(機密事項まみれ)になっちゃう。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 これ今どっちがしゃべる番だ?

 僕の追加発言待ち? 立花先生のシンキングタイム?

 

「……あの――」

 

「その……だな」

 

 シンキングタイムだった。

 

異能社会(こっち)の人間全員が、異能関連の仕事についているわけじゃない。だから……キミも異能にこだわらず、進学や就職を考えても――」

 

「だったらなおさらじゃないですか? 実家も一般社会にありますし、異能社会(こっち)に残る理由がないかなって」

 

「…………」

 

 また黙っちゃった。

 

「…………少し待っていてくれ」

 

 そう告げると、立花先生は立ち上がり、そのまま教室を出て行ってしまう。

 

 

 

 

 そうして、言われた通り待つこと約十分後――

 

「雪春、理事長室に行きなさい」

 

 なんで???

 

 教室へと戻ってきた立花先生が、開口一番に告げるお呼び出しの言葉。

 それに対し、僕はただただ疑問符を浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――というわけで、

 

「失礼しまーす……」

 

「やあ雪春くん、いらっしゃい」

 

 僕は言われるがまま理事長室へと向かい、ノックをして部屋の扉を開くと、部屋の主である理事長が笑顔で迎えてくれる。

 

「ごめんね、急に呼び出すような形になってしまって。お菓子も用意してあるから、遠慮なくくつろいでくれていいよ」

 

 学園における最高権力者の部屋だけあって、その内装は素人目にも華美なものだと理解させられてしまう。

 部屋の壁やその付近には、壊せば人生ふき飛びそうな美術品がズラリ。何かの賞状やトロフィーもたくさん並べられている。

 

 そんな思わず気後れしそうな部屋で、来客用の椅子に座るよう促されると、目の前の机の上にはこれまた高級そうなお菓子が。

 

「立花くんから話は聞いたよ。雪春くん、卒業後は一般社会に戻るつもりだったらしいね?」

 

「はい……そのつもり、です」

 

 呼び出しを告げられた際は、“もしかして怒られる?”みたいな考えも頭に浮かんでいたが、どうやらそんな感じではないらしい。

 僕と向かい合わせで座る理事長はずっとニコニコしており、纏う雰囲気も穏やかそのもの。

 

「実はその点に関して、学園(こちら)側の想定と齟齬があったみたいなんだ。だから改めて、こちらの考えを示しておこうと思ってね」

 

「齟齬ですか……?」

 

 だとしても、普通わざわざ理事長が直接説明する?

 

「キミをこちらの世界に引き込んだのは私なんだ。その責任を果たすだけさ」

 

 理事長は当たり前のように僕の抱いた疑問を見抜き、そして告げた。

 僕を異能社会へと招き入れた、その真意を。

 

「実はこの異能社会も、一般社会と同じで少子化の波が押し寄せていてね。うちはまだそれほど深刻ではないけれど、どこの学校も生徒集めには苦労しているんだ」

 

「はあ、大変なんですね」

 

「そこで雪春くんなんだよ」

 

 ……そこで雪春くんなんだよ?

 

「学園側の考えとしては、雪春くん……キミをモデルケース(・・・・・・)にしたいと思ってるんだ。一般社会からの転校生としての、ね」

 

 ……? どういうこと?

 

「最近は異能社会全体で、『もっと一般社会から異能の才能がある学生を受け入れよう!』という流れになっているんだよ。しかし当然、そう簡単な話ではなくてね。雪春くんの時もそうだったように」

 

「……あっ、説得するのがってことですか?」

 

「どうやら理解してくれたようだね」

 

 その点については思い当たる節しかない。

 実際、僕も理事長に勧誘されてから、うちの両親が首を縦に振るまでめちゃくちゃ時間がかかったわけで。

 でも異能の“イ”の字も知らない相手なら、その反応こそが自然なはずだ。よくわからない怪しい場所に、嬉々として自分の子供を進学させるはずがない。

 

 つまり、モデルケースっていうのは――

 

「いわゆる広告塔的な?」

 

「その通り」

 

 僕の言葉に、理事長は満足そうに頷いてみせる。

 

「いきなり異能の存在を知らされて、それが当たり前の世界で生きるよう言われても、そう簡単には受け入れられないだろう。将来の不安もあるだろうしね。正直なところ、一般社会から転校してきた学生で、冬二くんのように実績を残すのは珍しいケースだといえる。だからこそ、雪春くんのように一般的な(・・・・)学生が広告塔になる必要があるんだ。『進学や就職も、一般社会と同じように問題なくできますよ』という触れ込みでね」

 

「…………」

 

 一般的……か。まあ、その通りなんだけど。

 

「だからその広告塔として、雪春くんの生活については手厚いサポートをしていくつもりだよ。高校生の間だけでなく、大学、そして社会人になってからも継続的に。なんならその条件のもと、雪春くんのご両親から入学の許可をいただけたわけだからね」

 

「そうなんですか?」

 

 それは知らなんだ。でもそこまでしてもらえるんだ。

 今ただでさえ現金支給もあるのに、それがずっと続くとなると、さすがにサポートが手厚すぎるような……。

 

「そういうわけで進路の件だけど、よければこちらに残る方向で考えてもらえないかな? 私から紹介できる大学はいくらでもあるし、就職もサポートしてあげられる。たとえばこの学園の教師なんてどうかな? 雪春くんなら顔パスで採用だよ」

 

「アハハッ」

 

「今なんで笑ったの?」

 

 しまった。笑う場面じゃなかったのか。

 

「まあもちろん、今すぐ結論を出せとは言わないから、じっくり考えてみてね」

 

「……はい」

 

 こうして、理事長からの話はひとまず終了し、その後しばらく世間話などをしてから、僕は理事長室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 理事長室を出て、教室に向かいながら僕は考える。

 

 ――もしかして僕の人生、イージーモードが確定したのではないか、と。

 

 進学も就職も、その後の人生ずっとサポートしてもらえて、少なくとも働き口で困るようなことはなさげ。

 それはきっと、間違いなく恵まれていて、生きる上でこれ以上となく贅沢な話に違いない。

 ……けど、それと同時にこうも考えてしまう。

 

 ――本当にそれでいいのか、と。

 

 今後、半永久的に人生をサポートしてもらえる。しかしそれは、生きるための力を奪われ、人生を誰かに依存しているとも受け取れてしまう。

 そう、いわば、与えられる餌を待つだけの飼いならされた家畜同然……!

 お前はそれでいいのか? 渡谷雪春。再びモブに甘んじる気か? 渡谷雪春!

 答えは否だ! 冬二消失の際にも感じたが、やはり僕は自分で自分を誇れる何かがほしい。実績がほしい、結果がほしい!

 冬二のように――とまで贅沢を言うつもりはない。それでも、ささやかでいい。胸を張って自分のものだと言える何かがほしい……!

 そうだ。僕はどうしたって、自分を諦めきれないんだ。

 

 進路の件についてはまだ考えがまとまらない。

 その上で、僕は漠然とした決意を胸に秘める。

 

 それ(・・)が目に入ったのは、ちょうどその時だった――

 

「……これだ」

 

 僕の口からは思わず声が漏れる。

 廊下の壁に設置された掲示板。その掲示板に張り付けられた一枚の紙が、僕のやるべきことを決定づけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪春が理事長室を後にし、それと入れ替わる形で、立花が理事長室へと足を踏み入れる。

 そしてその立花に、部屋の主であるレイは告げた。

 

「立花くん。予定通り、私は冥界(・・)へと戻る。そろそろ『黒の同化』を一度リセットしておかないとね」

 

「承知しました」

 

 その発言は突然のことではなく、前々から伝えられていた考えのため、立花が驚くことはない。

 

「その間、雪春くんのことはキミに任せるよ。再召喚には時間がかかってしまうからね。消費魔力や『魂食い』を考慮しなければ、すぐにでも戻ってこられるんだけど」

 

「…………」

 

「この間の一件で、セーラスもかなりの戦力を失っている。だから今すぐ仕掛けてきたりはしないはずだけど、念のため一部の契約悪魔を譲渡しておくから、好きに使ってくれて構わない」

 

「はい」

 

 淡々と告げていくレイに、立花もまた素直にうなづいていく。

 ここまでは事前に共有していた事柄。

 ただそれらを全て確認し終えると、レイの表情が険しいものへと変化する。

 

「懸念があるとすれば…………この間の冬二くんの件か」

 

「ッ……」

 

 レイの言葉を受け、立花の表情に動揺の色が浮かぶ。

 二人が懸念する『冬二の件』とは、夏季休暇終盤、および一週間ほど前に発生した二つの事件について。

 

「世界規模での『時を操る巻き戻し』に、『現実を歪める改変能力』。どちらも人の身でたどり着ける領域ではない。間違いなく、こちらの想定にない何か(・・)が関わっている」

 

「……冬二の話から推測するに、下手人はどちらもセーラスの幹部、『元グルド組』の連中で間違いありません。ただ動機は依然として不明です。セーラスには、冬二が現人神でないことは既に露見しているはず。……考えられるとすれば、かつてグルドのリーダーを仕留めた綿谷メンターへの復讐心ですが……」

 

 どこか問いかけるように、立花はレイへと報告を続ける。

 何か有益な答えが返ってくることを、心のどこかで期待しながら。

 しかしレイから出た言葉は、立花にとって意図の理解できないものだった。

 

「雪春くんの様子に、何か変わったところはなかったかい?」

 

「……? 雪春、ですか……?」

 

「うん。たとえば、巻き戻しを自覚していたり、冬二くんのことを覚えていたり、そういった様子が見受けられたりしなかったかなと思ってね」

 

「…………ない、と思います。巻き戻し等を自覚していれば、冬二のように精神面で影響が出るはず。しかし、雪春にそういった様子は見られませんでしたから」

 

「……私の考えすぎか」

 

 レイが何を懸念しているのか、立花にはわからない。

 多くの情報を与えられ、部下として信頼されている彼女だが、全てを伝えられているわけではない。

 

 それがあまりにも、もどかしい。

 

「ああ……それと話は変わるけど、雪春くんをチームメイトから引き離すのは諦めようか」

 

「……いいんですか?」

 

「冬二くんたちの時と違い、雪春くん本人に距離を取る意思がない以上、どうしようもないからね。それでも無理に引き離そうとすれば、今以上に同化を進行させられそうだ。烏丸と光華は問題ないとして、蛇塚は少し不安要素もあるけれど……まあ仕方ない。こちらでフォローしていこうか」

 

「はい」

 

「じゃあ改めて、私が留守の間、雪春くんとその周囲のことは任せたよ」

 

「承知しました」

 

 立花が了承すると同時に、レイのその足元に魔法陣が出現する。

 そしてその魔法陣が強い音と光を発すると、次の瞬間、既にレイの姿はそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、せんぱ~い。進路相談お疲れ様で~~す」

 

「ああ」

 

 理事長との打ち合わせを終え、職員室へと戻った立花を、後輩教師である紅原(くれはら)が笑顔で迎える。

 そんな紅原の隣――自身のデスクに腰を下ろすと、立花は思わず大きく息を吐いた。

 

「おや~、どうやら本当にお疲れの様子。アメいります~?」

 

「いい」

 

 紅原から差し出されたお菓子を断りながら、立花は目を閉じて考える。

 その内容はもちろん、雪春に関して。

 雪春の正体について、立花はレイから何も聞かされていない。ただ、レイがこれ以上とないほど気にかけており、本人にも不可解な点が多いことから、普通の生徒だとは微塵も考えていない。

 そして、その正体に思い当たる節もある。

 

 しかし――

 

 

 

『――力と引き換えに、自我が消えちゃうんだって。同化が進行すればするほど。見た目は変わらず、でもその中身は“神”と呼ばれる何かになって、人間らしさを失っていく』

 

『……神、か』

 

『そっ。美咲の実家も、私の家の本家も、その神とやらに仕える一族で、当然のように全てを捧げるよう求められる。……そんなの、私はごめんだよ』

 

『……そうだな。私も同じだ、摩耶』

 

『っ…! だよねっ! 美咲ならそう言ってくれると思った!』

 

 

 

 かつての親友から聞いた話を思い出し、そして教え子の普段の様子と比較する。

 そこに、当てはまると思える点は何一つ存在しない。

 その教え子は先ほども、理事長室に行くよう告げると、不満気な表情を隠そうともせず己に向けていたのだから。

 

 きっと、何かの思い過ごしだ――

 

 そう自身に言い聞かせ、立花は自分に託された任を改めて思い出す。

 余計なことは考えず、レイが戻ってくるまでの間、ただその任を果たせばいい。

 

 雪春のその存在が、世間に知れ渡るようなことさえなければ、それで――

 

「あっ、そうだ~」

 

 ――その時、紅原がふと何かを思い出したように手を叩く。

 

「お疲れのところ申し訳ないんですけど~、一応先輩に報告しておかなきゃいけないことがあって~」

 

「……なんだ?」

 

「その~……、さっき選挙管理委員会(センカン)から連絡があって~……」

 

 どこか言いづらそうに、されど意を決したように紅原は告げる。

 隣に座る先輩教師が、絶対に困惑するであろうその情報を。

 

「雪春くん、次期生徒会長に立候補したそうで~~~す」

 

「……………………あ゛?」

 

 カラスが鳴き、夕日が差し込む放課後。

 教師の口からは絶対に出てはいけない声が、職員室内に響き渡った。

 

 

 

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