魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「雪春……、本気なのか?」
掲示板に貼りだされていた『生徒会選挙のお知らせ』の紙を見て、僕は生徒会長になることを決意。
すぐさま
職員室で僕と向かい合う立花先生は、それはそれは険しい表情を浮かべていた。
「はい、本気です」
「…………」
「…………」
「…………その」
「…………」
「…………だな」
テンポが悪いわね。
「……生徒会長とは、言わば学園の顔だ。公の場に出ることも多く……、それに、学園の代表として……その責任も重大で……」
普段は口より手が出る方が早いせいか、慣れないことに頭を悩ませ、必死に言葉をひねり出しているのが痛いほど伝わってくる。
どうやら立花先生的には、僕が生徒会長に立候補するのは反対らしい。
主にチーム関連でのやらかしとか、その理由に思い当たる節がないわけではない。それに…………まあこれはいいか。
でも僕だって引けない。僕は
「でも、理事長は僕を外部生(一般社会出身の学生)のモデルケースにしたいと言ってました。なら、僕が生徒会長になればそれは間違いなくプラスに働くと思ってます。違う社会からやってきても偏見を持たれず、学園の代表にもなったという事実があれば、学生を集める上で絶好のアピールポイントにできるはずです」
「…………ぐう」
ぐうって言っちゃった。
「紅原……」
「はいは~い、後はお任せあれ~」
どこか諦めるような表情を浮かべ、立花先生はその名を呼ぶ。
すると、隣のデスクに座る紅原先生が椅子を回転させ、僕と向き合うように体をこちらへと向けた。
これはもしかしてあれか? 選手交代的な?
「渡谷くん、生徒会長っていうのはね~」
やっぱりそうか。口下手な立花先生が、自分がダメだった時のため、予め説得役の交代を紅原先生に頼んでいたのだろう。
まあでも、
「品行方正であることが求められて~」
「紅原先生の携帯の着信音、あれって立花先生の鼻う――」
「会長選挙がんばってね~」
「紅原?」
紅原先生の方がよっぽどやりやすいんですけど。
「あと公用車の5号車の件で――」
「私は渡谷くん、会長に向いてると思うな~」
紅原先生は大量の汗を流しながら、笑顔で僕の背中を押してくれる。なんて心優しい先生なんだ。
「おい紅原、どういうつもりだ。それとさっきの着信音どうこうの話は――」
「渡谷く~ん、さっきこの後バイトがあるって言ってたよね~? 行かなくていいの~」
「まだもう少し大丈夫ですけど」
「行きなさい渡谷くん。誰かのためじゃない。あなた自身のために」
保身のためだろ。
けどまあ、先生が行っていいというのなら、僕としても残る理由はない。
「失礼しましたー」
「待て雪春、まだ話は――」
「まあまあ先輩、いいじゃないですか~」
紅原先生が立花先生を引き留めてくれているその間に、僕は職員室を後にする。
『紅原、私の代わりに説得してみせると言ったのはお前だろ』
『そうなんですけど~。ほら、本人がやる気になってる以上、無理やり止めても納得しないかな~って。それにきっと大丈夫ですよ~。渡谷くんの知名度じゃ、当選なんて絶対に無理ですから~』
『……それもそうか』
閉めた扉の奥で交わされる二人の会話は、確かに僕の耳へと届いていた。
まあ悔しいが、紅原先生の言うことはもっともだ。
僕は高ランク異能者でもなければ、拳聖祭のような大会で結果を出したわけでもない。
選挙で当選するには、学生間での知名度があまりにも不足している。
知名度を上げるためにはどうすればいいか――バイトの休憩中、スタッフルームで椅子に座りながら、僕は向き合うべき問題に頭を悩ませていた。
ランクを一気に三つ四つ上げるのは現実的じゃないし……。なら高難度の任務を達成して実績を積むとか? でもそれだと――
「渡谷くん、お疲れ様」
「あ、お疲れ様です。店長」
僕は一度思考を中断し、スタッフルームに入ってきた血まみれの店長に目を向ける。
「すごく思い悩んだ表情してたけど、何か考え事?」
「まあちょっと、将来にも関わることで少し悩んでて……」
「もしかして、やっと正社員契約を結んでくれる気になった?」
「ハハッ」
「今なんで笑ったの?」
笑うところだからだよ。
「あ、そうだ。店長、これからしばらくシフトに入れる時間減るかもしれないです」
「それは全然大丈夫じゃないけど、どうして?」
「実は僕、学校で生徒会長に立候補したんです。だからその選挙活動とかで忙しくなるかもしれないので」
「……生徒会長?」
「はい。なんでもし当選したら、生徒会の仕事が忙しくてバイト入れなくなるかもですね。アハハッ」
それだけ告げると、僕は再び『当選するためにはどうすればいいか』という思考に戻る。
だからこそ、僕は気づくことができなかった。
この時の店長が、これまで見たことのないような表情になっていたことを。
もちろん、本気で口にしたわけではない。あくまで雑談の延長のつもりだった。
しかしそんな軽い気持ちで口にした冗談を、後日、僕は心の底から後悔することになる。
――――――
「……マジで言ってんすか? 店長」
「ああ、間違いない。本人がそう口にしていたからね」
「そんな……」
「俺たちこれからどうすれば……」
雪春が職場から退勤してすぐのこと。店内のスタッフルームには、店長を始めとした大勢のスタッフが集結し、その全員が深刻な表情を浮かべながら何かを話し込んでいた。
しかしながら、現在も店は営業時間内であり、お客も多く入っている。そのため、ホールスタッフの一人が怒鳴りながらスタッフルームへと足を踏み入れた。
「おい何してんだ!? 客が料理はまだかってキレてんだぞ!」
「篠田さん、いいところに来てくれた。キミもこの会議に参加してほしい」
「ああっ!? 何言って――ッ!」
「実は………………渡谷くんがお店をやめるかもしれないんだ」
「おいマジかよ。料理なんて運んでる場合じゃねえな」
怒鳴りこみに来たはずの女性スタッフ――篠田は、手に持っていたキンキンに冷えたビールを机の上に置いて放置し、すぐさま話し合いの輪に加わっていく。
「で、なんで渡谷が辞めるんすか?」
「彼、学園で生徒会長になるみたいなんだ。といっても、まだ立候補の段階らしいけど」
「けど渡谷なら当選確実だろ。あのカリスマだぞ?」
「だよな。この店のスタッフをまとめ上げて、クレーマー四天王に恐れられるようなやつだ。落選なんて考えられねえ」
「でもっ! あいつがいなくなったらこの店は……ッ!」
「渡谷さんのおかげで、今の自分があるんです。渡谷さんがいなくなるなんて、考えたくもありません」
「ハイル……」
「俺だってそうさ。四天王にやられそうなところを、何度も助けてもらった」
スタッフたちは過去の出来事を振り返り、そして改めて思い知らされる。
渡谷雪春という存在が、この店においてどれだけ大きな存在であるのかを。
「だからこそ私たちは、なんとしてでも渡谷くんに残ってもらわないといけない。みんな、何か良い案はないかな? たとえば、彼にこのお店のいいところをもっとアピールしてみるとか」
そんなもんねえよ――店長を除いたスタッフたちの心が一つになる。
しかし、何か手を打たなければならないのは事実。
スタッフ全員が難しい顔を浮かべ、雪春がこの店に残る方法を考えていた――
――その時だった。
「ふん、どいつもこいつも辛気臭い顔しおって」
「いつまでもビールが運ばれてこないかと思えば、こんな所で雁首そろえてたのか」
突如、スタッフルームに現れた二人の人物。
それは先ほどスタッフたちの会話にも出たクレーマー四天王のうちの二人、『“昭和の遺物”
「なっ……!? なんでお前らがここに!?」
「なんじゃ? ワシらがここにいてはいかんというルールでもあるのか?」
「あるんだよ」
「ここスタッフルームだぞ」
スタッフから正論をぶつけられる茂森と伊藤ジュニアだが、二人がそれを気にする様子はなく、当然のようにその場に居座り、言葉を続けていく。
「さて、『深淵』の引き留めじゃったか? ワシらも力を貸してやろう」
「………………は?」
「おいおい、聞こえなかったのか親父ィ。耳が遠くなるにはちと
クレーマー四天王二人の口から出たのは、まさかの支援協力の言葉。
しかし当然ながら、スタッフたちがその言葉を素直に受け取れるはずがなかった。
「ふざけるな! なに企んでやがる!」
「そうだ! お前らにとっちゃ渡谷がいなくなるのは好都合なはずだろ!」
「はっ、確かに『深淵』は
「ワシも『深淵』にやられたままでは、未練が残って死ぬに死にきれん。それにの……」
そこで一度溜めると、どこまでも真剣な顔で茂森は告げる。
「あの子は……ワシの孫だった気がするんじゃ」
「何言ってんだこいつ?」
「マジでなんかやらかす前に俗世から隔離しとくべきだろ」
「こんなイカれたやつの言葉が信用できるか!」
「そうだそうだ!」
スタッフたちからは次々と批判意見が湧き出し、その勢いはますますヒートアップしていく。
しかしそんなスタッフたちを、店長の水谷が手で制す。
「店長……?」
「みんな、落ち着いて。とりあえず話だけでも聞いてみよう」
そう告げながら、水谷は茂森と向かい合う。
「何か、渡谷くんを引き留める案があるんですか? 茂森教官」
「ワシはとっくに引退した身、教官呼びするでないわ。まったく、お前は相変わらず……いや、今はよしておくか。それより案じゃったな。あるぞ、とっておきのものが」
「っ!?」
「人と人が分かり合うには、本心をぶつけ合うことでしか叶わぬ。ならばぶつけてやればいい。小細工など労せず、ワシらの本気の言葉を。虚無を司る『深淵』に」
そうして、茂森は作戦内容をスタッフたちに説明していく。
五分後――
「――といったところじゃな。どうじゃ?」
「…………」
悪くないかもしれない――そんな空気が、作戦内容を全て聞いたスタッフたちの間に流れ始める。
「けど、これだとかなり人手が必要だぞ」
「警察や治安部隊が駆けつけてきた時の足止めも――」
「なら、私の力が必要じゃなくて?」
その声は、これまで部屋の中にはなかったもの。
声の発生源――入口の扉の方へと全員が目を向けると、そこには
「お、お前は……!」
「クレーマー四天王の『“
「そんなの決まってるじゃない。私も茂森さんたちと一緒よ。あの子がいないと……つまらないんだもの」
「いやお前、渡谷がいる時は絶対来店してこねえじゃねえか」
「初対面で実年齢当てられたのトラウマになってんだろ」
「うるさいわねガキども。ほら、準備しなきゃいけないんでしょ。私の傘下のクレーマーたち、好きに使ってくれて構わないわ」
「…………やるしかない、か」
「そうだな。
「……やろう! みんな!」
「「「おおっ!!!」」」
店の長である水谷の言葉で、スタッフたちから迷いが消え、全員の意思が統一される。
この瞬間、店側とクレーマー四天王による、常時であれば絶対にありえない同盟が成されたのだった。
「シフトに入ってないスタッフにも連絡入れろ!」
「
「車の手配は誰がする?」
「俺がしてやるよ、親父」
「
「……今回だけだ。言っとくけど、俺はまだあの日のこと……許してねえからな」
「ああ……、それでいい」
「……高宮、さん。この前は、ごめん……なさい」
「いいのよ、桜さん。しこたま殴られたうえ奥歯もどっか飛んでっちゃったけど、許すわ。私の方こそ、この前はごめんなさいね」
「鋼鉄仕込みの靴で……何度も蹴られて、腕の骨にヒビが入ってたけど、私も……もう気にしてない、です」
本来相容れぬ敵同士が、互いに背中を預け、協力し合う。
たった一人の少年を引き留める、ただその目的のためだけに。
これは後に、『ワタガ
店の明かりは消えることなく、そして待たされている客の料理も運ばれることなく、夜は更けていくのだった。
――――――
朝六時――
普段なら、まだぐっすり眠っているはずのその時間。
『わたがやあぁぁぁぁぁぁッ! ゆぅぅきはるぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!』
「……………………は?」
自分の名を呼ぶ大声で、僕は強制的に意識を覚醒させられる。
最初は夢かとも思ったが、その後も僕の名を呼ぶ爆音は止まらず、それが現実であることは確かだった。
そのため、僕は慌ててベッドから飛び起き、窓を開けてベランダへと出る。そして体を乗り出し、外の様子を確認すると、その眼下には――
『渡谷~ッ! 聞こえてるか~!?』
――選挙活動で使われるような
さらに街宣車の上やその周りには、店長を始めとしたバイト先の人たちが勢揃いしている。
なんで?????
というか権田さん以外ほぼ全員いるし。あの店、一応二十四時間年中無休のはずなんだけど、今もしかして権田さんのワンオペ?
……いや、そんなことはどうでもいい。問題は、なぜあの人たちが学園の学生寮に来て、僕の名前を叫んでいるかだ。
『渡谷ッ! こっちからはお前の姿が確認できない! だから! 聞こえてると信じて話すぞ!!!』
そう告げると、篠田さんは大きく息を吸い、これまで以上の大声で叫んだ。
『渡谷雪春ッ!!! 私たちは! お前に店を辞めてほしくないんだ!!』
……何の話?
『店長から聞いたぞ! 生徒会長になったら、店を辞めるつもりだって!』
え、いや……え? もしかしてあの冗談のこと?
『勝手なこと言ってるのはわかってる! それでもッ! 私はお前に辞めてほしくない! だから! こうして私たちの本気の想いを伝えに来たんだ!!!』
『そうだぞ渡谷!』
『辞めるなんて言うな!』
『頼む! 俺たちにはまだお前が必要なんだ!』
『『『『『わったがやッ! わったがやッ! わったがやッ!』』』』』
篠田さんの叫びに呼応する形で、他のスタッフたちも次々と叫び出し、ついには『ワタガヤ』コールが巻き起こる。
要するにこの人たちは、僕を辞めさせたくない一心で、朝早くから学生寮に集結し、街宣車まで用意して腹から声を出しているらしい。
その光景を見て、僕は耐えきれずにつぶやいた。
「バカかよ……」
なに勝手に盛り上がってんだ。まずこっちに事情を確認しろよ。
しかもよくよく見たらクレーマー四天王も全員いるし。え、あいつらもグルなの?
……いや、バイト先のスタッフや客がアホバカカスマヌケなのは今さらだ。
もうどうせ手遅れだし、常識的な行動を取るなんて期待してない。
ただ先ほども言ったように、ここは学園の
「なんだなんだ?」
「誰だあいつら?」
「ワタガヤってやつの知り合いか?」
そう、当然ながら僕以外の学生たちも、何事かと部屋から出てくるわけで。
朝早い時間帯のため、学生寮に住む学生ほぼ全員が、バイト先の人たちの奇行をガッツリ目撃してしまう事態に。
クソがよぉ……。
『渡谷ッ! 人は見た目じゃないなんて言葉はあるが、私が心の底からそれを思い知ったのは人生でたったの二人! 私の彼氏とお前だけだ! 最初はナヨっとしたやつが入ってきて、絶対すぐやめると思った! けど! お前は辞めないどころか、あっという間にウチのエースになっちまいやがった! お前は本当にすげえやつだ! そんなお前を、私は心から尊敬してる! だから頼む! 店に残ってくれ!』
今あなたが喋れば喋るほど、僕の辞めたいという気持ちが強まっていってるんすよ。
『私たちに出来ることならなんでもする!』
じゃあ帰ってほしい、かな。
『わたがやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』
か~え~れ~~~。
『ほら桜、お前も言いたいこと全部伝えてやれ!』
篠田さんはそう告げながら、隣に立っている桜さんへと拡声器を渡す。
それを受けとった桜さんは、普段は出さないような大声で話し始めた。
『渡谷、先輩……! 私も、先輩に残ってほしい……です! 私は、教育係だった先輩から……たくさんのことを、教えてもらいました……! レジのやり方も、接客の仕方も、料理の運び方も……』
桜さん……。
『あと、お客さんの殴り方も……!』
いやそれは教えてねえわ。なに自分の暴力性を人のせいにしてんだ。あんた初日から躊躇なくお客さん殴ってただろ。
「……なあ、今しゃべってるあの女。チーム合宿の時にいなかったか? ほら、森の中で……」
「そう言われると似てるような……」
「というか警察はまだ来ないのかよ」
「治安部隊も呼んだ方がいいんじゃない?」
ベランダから眺める学生たちのざわつきも、時間が経つにつれどんどん大きくなっていく。
先ほど勇気ある学生が数人ほど、スタッフたちの凶行を止めようと街宣車に突っ込んでいったが、あっという間に無力化され、今は街宣車の傍で拘束されている。絵面がヤバすぎるっぴ。
『『『『『わったがやッ! わったがやッ! わったがやッ!』』』』』
そして再度巻き起こる『ワタガヤ』コール。
普段からは考えられないような息の合ったコールを受け、僕は決意する。
「……学校、行くか」
他人のフリして無視することを。
この後、僕はヘッドホンをカバンにしまい、フードを目深にかぶって街宣車の傍を通り過ぎ、学園へと向かった。
――――――
後日――
「おい聞いたか? 学生寮で起きた事件のこと」
「俺なんて生で見たぜ。最終的に治安部隊とも取っ組み合いになってたからな」
「マジかよ、ヤバすぎるだろ」
「そんなやべえやつらが、ずっと一人の学生を呼んでたこと知ってるか?」
「知ってる知ってる。しかもそいつ、そのイカレたやつらにめちゃくちゃ慕われてて、今度の選挙で生徒会長になるつもりらしいぜ」
「聞いた聞いた。確か名前が――」
“渡谷 雪春”
たった数日で、その名は学園のほぼ全ての生徒に知れ渡る事態に。
当然ながら、主に悪名で。
少年の目的は、考えうる限り最悪の形で叶えられたのだった。
クレーマー四天王
『時間歪曲の玉峰』
戦闘力〇 傘下の勢力〇 クレーム力◎
(バランスタイプのクレーマー。クレームの平均時間はダントツ)
『“昭和の遺物”茂森』
戦闘力△ 傘下の勢力◎ クレーム力◎
(粘着タイプのクレーマー。全盛期の戦闘力は◎)
『暴の権化・伊藤ジュニア』
戦闘力◎ 傘下の勢力△ クレーム力◎
(戦闘タイプのクレーマー。マザコン)
『“女底”高宮』
戦闘力〇 傘下の勢力◎ クレーム力〇
(集団タイプのクレーマー。初手で「逆にいくつに見える?」と聞いてくる)