魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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雪春の愉快な学園掌握 表 迷い人の歩み 前編

 

 

「そんなの無視しなよ! 人類の救済とか! 世界のためだとか! ――が背負う必要なんてどこにもないじゃん!!」

 

「…………」

 

 ――は口を開かない。ただ困ったような笑みを浮かべて、私を見つめていた。

 

「神になんてならなくていい! 奴隷だった私たちが、今こうして平和に暮らせてるのに、なんでそれを捨てようとするの!? 私たちを虐げてきたやつらと、私たちを無視してきたやつらなんてどうだっていいじゃない!」

 

「……でも、僕にしかできない。僕じゃないとダメなんだ。僕は…………人が苦しむこの世界を、変えたいから」

 

「っ……!」

 

 ああ……、嫌な目だ。――の顔は、もう思い出すこともできない。それでも、その優しくて力強い目を向けられると、決まって何も言えなくなってしまうことを、よく覚えている。

 こうなった時の――は、自分の意思を曲げることは絶対にない。

 

「私を……」

 

 世界なんてどうでもいい。人類なんてどうでもいい。だから私を、私だけのことを選んでほしい――その願いは、ちっぽけなプライドが邪魔をして、上手く言葉にすることができない。

 

「……っ! じゃあもう勝手にしなよ! 世界でも何でも救えばいい! もう二度と私にその顔を見せないで!」

 

 代わりに出てきたのは、心にもない憎まれ口。

 

「××っ!」

 

 もうとっくの昔に捨て去った私の最初の(・・・)名を、――は慌てたように叫ぶ。

 その声を無視して、私は――に背を向けた。そうして歩き出した私の足音以外に、聞こえてくる音は何もない。

 私が離れていくその間、――はずっと私の姿を見つめていたのだろう。その時の――が一体どんな顔をしていたのか、それがわからないほど、私たちの関係は浅くはない。

 

 

 

 もしもあの時、私がくだらないプライドを捨て、泣きながら行かないでほしいと縋りついていれば、あいつは私を選んでくれたのだろうか。

 もしもあの日、傍にいてほしいと口にできていれば、あいつを失わずに済んだのだろうか。

 もしも、あなたのことが好きだと、想いを伝えられていれば――

 

 

 ――時が経ち、再び向かい合ったあいつの顔を見て、『お前は誰だ!?』などと、叫ぶこともなかったのだろうか。

 

 

 もう二度と私にその顔を見せないで!――自分の口にしたその言葉が、呪いとなって今も私の胸に残っている。

 あれからいくつもの夜を超えようと、未だに私はその時のことを夢に見て、答えのない自問を繰り返す。

 

 

 あいつは神なんかじゃない。ただの人間だった。誰かと同じように笑って、泣いて、夢を持つ、ただの人間だ。

 それを証明してみせる。数千年歩み続けたこの人生は、そのためだけに。

 

 

 磨き上げてきたこの力(・・・)で、神を地へと堕とす――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい、聞いてるのか? (りん)(れい)

 

「……ん? なんじゃ、武練(ぶれん)。聞いとらんかった」

 

「まったく……、作戦の最終確認だ」

 

 学園からそう遠くない場所にある建物の一室で、綿谷冬二の兄である武練(ぶれん)が、琳麗と呼ぶその少女へと咎めるように告げる。

 

「俺たちが派手に暴れ、学園の注意を引くその間に、お前は可能な限り戦闘を避けつつ、標的の下へと向かう。そして標的を発見次第、老師と代われ(・・・・・・)。いいな?」

 

「もちろんじゃ! わらわに任せておけ! 完璧にやり遂げてみせようぞ!」

 

 琳麗は自信満々に胸を張り、その声にはまるで緊張感がない。

 そんな琳麗に対し、武練は思わずため息をついた。

 

「……わかっているのか? どれだけ老師の力を温存できるかに、全てがかかっているんだぞ」

 

「わかっておるとも。老師の悲願成就を、わらわはこの世で二番目に望んでおるのじゃからの」

 

「……?」

 

 琳麗のその言葉の真意を、武練には理解することができない。

 琳麗が脳裏に思い浮かべるのは、自分ではない、その体に宿るもう一つの存在が有する記憶。

 

 長い時の中、魂が摩耗し、記憶が削れ落ちていく中で、それでも進み続ける執念と妄執の人生。

 初恋の記憶――そう呼ぶには、あまりにも苦難と絶望に満ちたその物語を、自身の代で終わらせる。

 

 武練が気づかないほど小さく、琳麗はその拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当なの!? あんたの兄さんが現れたって話……!」

 

「ああ、間違いない! オリエイナが教えてくれた!」

 

「でも、どうしてこのタイミングで……」

 

 この日は、高等部に通う学園の全生徒が一ヶ所に集められ、次期生徒会役員候補の演説が行われる日。

 冬二たちも例に漏れず、生徒会長に立候補する知り合いを応援するため、演説会場に足を運んでいたのだが、その演説の最中に予想外の事態が生じる。

 それは、冬二が契約する悪魔――オリエイナからの念話だった。

 

 武練を名乗る存在含め、複数の襲撃者が学園内で暴れている――

 

 当然、その報告を受けた冬二は、茜たちいつもの五人を連れ、演説会場をすぐさま飛び出す。

 目的は不明。それでも、理由も告げずにいなくなり、そして何か(・・)を知っている兄の下へと、向かわない理由がない。

 

 無人の学園内を走り、ちょうど廊下の曲がり角を曲がった、その時だった。

 

「がっ!!」

 

「ふぎゃっ!!」

 

 曲がり角の先にいた人物と、冬二は正面衝突してしまう。

 

「ってて……」

 

「ちょっと冬二! あんた曲がり角で人とぶつかるの、今月何回目よ!?」

 

「いや、俺だってわざとじゃ…………悪い、大丈夫か?」

 

 冬二は立ち上がりながら、ぶつかった相手――私服姿の少女へと手を伸ばす。

 

「何するんじゃ! この無礼者め!!」

 

 かなりご立腹だが、その少女は無事の様子。そのことに冬二たちは安堵しながら、冬二の手を借りて立ち上がる少女へとその視線を向ける。

 そしてその表情を確認した次の瞬間、冬二と茜の二人は(・・・・・・・・)、その少女から素早く距離を取った。

 

「……? お二人とも、どうされましたの?」

 

「みんな! そいつから離れて! そいつは『黄楼炎(こうろうえん)』のトップよ!」

 

 茜はその少女を視界から離すことなく、仲間に向かって大声で叫ぶ。

 見間違うはずがない。それは、拳聖祭で冬二が暴走した際、その場にいた人物の一人。

 十王と呼ばれる悪魔や、セーラスのボスと対等に渡り合うほどの実力者であり――

 

 ――自らを『老師』と名乗っていたその少女が、冬二たちの目の前に立っていた。

 

「っ!? こいつが……!」

 

 茜の言葉により、残りのメンバーも臨戦態勢に入った冬二たちだが、当の少女はというと、あまりにも無防備な状態で立ち尽くしており、冬二の顔を見つめながら首を傾げている。

 

「ん~? むむむ…………。あっ、思い出したぞ! お主、武練の弟だな!」

 

「……は?」

 

 少女は冬二たちが警戒していることなどお構いなしに近づき、そして冬二の顔を指さす。

 そんな少女に対し、冬二と茜はひどく動揺させられていた。以前とその見た目は全く同じ。しかしその言動が、以前のものとはまるで一致しない。

 

「む? なんじゃ? そんなにわらわをじっとり見つめおって」

 

「……えっと、あなた……黄楼炎の老師…………なのよね?」

 

「その通り!」

 

 少女は胸に手を当て、声高らかに己の名を口にする。

 

「わらわの名は琳麗(りんれい)! わらわこそが老師であり、老師こそがわらわである! 心仙(しんせん)のやつがしくじりおったからの。晴れてわらわが後継者に選ばれたというわけじゃ。ふふんっ!」

 

 その自己紹介を聞き、冬二と茜の混乱は深まるばかり。

 目の前の琳麗と名乗る少女は、確かに自分が老師だと口にしている。しかしやはり、その言動が以前のものと一致することはない。

 

「不敬にも、わらわとぶつかったことは水に流してやろう。ちょうど困っておったのじゃ。人探しをしておるのに、どこにも学生がおらんのじゃから。武練の弟よ、あの時のクソエイムの少年がどこにおるか知らぬか?」

 

「……く、くそえいむ?」

 

 問いかける琳麗の言葉を、冬二は理解できない。

 代わりに反応を示したのは、青髪の小柄な少女――青水(あおみず)紗季(さき)だった。

 

「FPSとか、やるの?」

 

「ふっふっふ、FPS界の“ノウスク”といえばかなり知れた名よ」

 

「ノウスクって、あの外道ギルドの……!?」

 

「そのノウスクじゃ! まあ今は一メンバーでしかないが、いずれ現ギルマスを追放し、わらわこそがギルマスの座に君臨するのじゃ!」

 

「……ギルマスと仲悪いの?」

 

「ギルマスの腕は認めよう……。じゃが性根が悪すぎる! ちょっとわらわが指示を無視しただけで後方から頭ぶち抜いてきおったんじゃぞ! 『ごめ~ん、ミスった~』などとほざいておったが、あやつが狙撃ミスなんぞするはずがない! 絶対にわざとじゃ!!!」

 

「へえ、ちょっと意外かも。外道ギルドのギルマスって、ギルド唯一の良心ってことで有名だから」

 

「ふん、外面だけはいいからの。じゃがあんなやり方で人はついてこん。だからこそ! わらわがギルマスとなり、将の在り方というものを示してやるのじゃ!」

 

「下剋上が当然の緊張感……、これがトップギルドたるゆえん……!」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 自分たちには理解できない内容で盛り上がる、紗季(なかま)琳麗(てき)

 ただ紗季のテンションが高いことから、おそらくゲームの話なのだろうと、冬二たちはこれまでの経験から推測する。

 

「なあ、本当にこいつがあの『黄楼炎』の老師(ボス)なのか?」

 

「そのはず、なんだけど……」

 

 冬二たちが以前見た老師の言動には、言葉では言い表せない威厳のようなものがあった。

 だが琳麗を名乗る目の前の少女には、その威厳がまるでない。言葉遣いは偉そうだが、ただそれだけである。

 

「……とりあえず、(わたくし)は立花先生に連絡を入れてきますわ」

 

「頼んだ、シャル」

 

「んで、これからどうする?」

 

「…………」

 

 冬二たちは元々の目的である、武練(冬二の兄)の下へ一刻も早く向かいたい。

 しかし『黄楼炎』のボスを、そのまま放置するわけにもいかない。

 琳麗という少女への対応に、頭を悩ませる冬二たちだったが、その迷いを振り払ったのもまた琳麗だった。

 

「――じゃからそういう時は、もっと撃ち合う前からの立ち回りを意識して……っと、つい話し込んでしもうた。わらわにはまだやるべきことがあるというのに」

 

「そういえば、人探ししてるって言ってたけど……。私たちが知ってる相手なの?」

 

「おうそうじゃ! クソエイム……フードとヘッドホンの少年(・・・・・・・・・・・・)じゃ。どこにおるか知らぬか?」

 

 その瞬間、場の空気が明確に変化する。

 冬二と茜、二人が琳麗へと向ける、まるで隠す気のない敵意によって。

 

「ゆ……あいつに、何の用だ……?」

 

 冬二の口から漏れたのは、あまりにも低く冷たい声。

 そしてその敵意を向けられながらも、琳麗は慌てることなくただ笑う。

 

「ふはは、良い殺気じゃ。知っておるなら話が早い。……その少年はどこにおる? 疾く聞かせよ」

 

「教えるわけ、ないでしょうが!」

 

 冬二たちだけでなく、琳麗も含め、その場にいる全員が戦闘態勢に入る中、初めに動いたのは茜だった。

 茜は躊躇うことなく、自身の異能で炎を生み出し、それを琳麗に向けて放つ。

 

 しかし、茜は知っている。その攻撃が、琳麗に当たることがないことを。

 そして茜の予想通り、茜の放った炎は琳麗に直撃したはずが、琳麗の体をすり抜けていく。

 そう、冬二と茜の二人は既に知っている。『黄楼炎』のトップが使用する、その異能の力を。

 

「三人とも気を付けて! そいつへの攻撃は全部すり抜ける(・・・・・)わ! けど、攻撃を避けてる瞬間もあった! 理由はわからないけど、きっと何か種があるはずよ!」

 

 茜は立花に連絡を入れに行ったシャルロットを除く、青水紗季、紫園(しえん)鏡花(きょうか)緑王(りょくおう)(ちぎり)へと自身の知る情報を共有する。

 冬二たち五人に対し、琳麗は一人。その上、能力も割れている。そんな状況にもかかわらず、琳麗の笑みが絶えることはない。

 

「異能がダメなら、物理はどうだ!?」

 

 動いたのは緑王契。彼女は自身の体に身体強化を施し、その拳を力の限り琳麗へと振り下ろす。

 しかし、その拳も琳麗にダメージを与えることはなく、まるで沈みこむような形で、契の拳は琳麗の体をすり抜ける。

 

「ちっ! ダメか…………っ!?」

 

 そして、契が得体の知れない感覚に襲われたのも、全く同じタイミングだった。

 契は即座に拳を琳麗の体から引き、慌てて琳麗との距離を取る。

 

「なんだ、今の……?」

 

 契が覚えたのは、すり抜ける――とはまるで違う、自身の腕と琳麗の体が一体化(・・・)したような、異常な感覚。

 理解できないその現象を受け、契は紫園鏡花へと視線を送る。異能の解析を得意とする鏡花であれば、敵の異能の種を見破れたのではないかと。

 

 ところが、メガネを外した鏡花が見せたのは、契以上に動揺する姿だった。

 

「嘘……、この力は…………!」

 

 契と鏡花、二人の動揺が周囲の仲間にも伝播し、冬二たちは身動きが取れなくなる。

 そんな冬二たちとは対照的に、琳麗は相変わらず笑みを絶やさず、さらにその白い歯を見せながら告げた。

 

「動かぬのなら、こちらから行かせてもらおうかの。借りるぞ(・・・・)、赤髪の女よ」

 

 次の瞬間、琳麗の右手から生み出されたのは、轟々と燃え盛る炎。

 そしてそれを、琳麗は冬二たちへと向けて放つ。

 

「っ……! 『水壁(すいへき)瀑布(ばくふ)』!」

 

 琳麗の放った炎は、その威力自体はそれほどのものではなく、紗季の生み出した水の壁により、冬二たちへの直撃は防がれる。

 しかし琳麗が炎を生み出したというその事実に、冬二たちは驚愕を禁じ得ない。

 なかでも茜が受けたその衝撃は、冬二たちの比ではなかった。彼女だけは鮮明に理解できたのだ。琳麗の使用したその力が、自身の力と全く同じものであることを。

 

「異能のコピー……?」

 

 茜はほとんど無意識に、相手の持つ異能の推測を口に出す。

 もし茜の推測が正しければ、この異能社会においても常識外れの、あまりにも反則的な力。

 

 ただしその反則的な力は、なにも敵だけに限ったことではない。

 

「紗季!」

 

「わかってる」

 

 茜は紗季の名を叫ぶ。意思の疎通はそれだけで十分。

 茜と紗季は全く同時に、炎と水――自身の異能による攻撃を琳麗へと放つ。それも、琳麗の視界を覆うほどの派手な威力で。

 

「同時であればいける……とでも思うたか?」

 

 しかしその攻撃は、無情にも琳麗の体をすり抜ける。

 

 そのすり抜けた攻撃のすぐ後ろに、冬二はいた(・・・・・)

 琳麗に接近し、常識外れの反則的な力――『異能無効化』の効果範囲内に入れるために。

 ただそれでも、琳麗の表情に焦りはない。

 

「その程度の手を、このわらわが読めぬとでも?」

 

 冬二が接近してくることは、琳麗にとってあらかじめ想定済み。

 琳麗はすぐさま後ろに下がりながら、冬二に向かって炎を放つ。

 

 そんな琳麗に対し、冬二は笑った。

 

「……なら、この手も(・・・・)読めていましたか?」

 

 次の瞬間、冬二のその姿は、紫髪の少女――鏡花のものへと変化する。

 

姿見(すがたみ)の魔法……! しまっ――!」

 

 気づいた時にはもう遅い。鏡花に気をとられたその隙に、もう一人の鏡花(・・・・・・・)が琳麗への接近を果たしていた。

 その姿を、綿谷冬二のものへと変えながら。

 

「全てを原初(はじまり)に――『ゼロ式』」

 

 冬二が力を発動すると同時に、契が琳麗へと手を伸ばし、そしてその体を力強く掴む。

 

「っしゃ、今度はちゃんと触れるな」

 

「ぐっ! 離せッ!」

 

「無駄よ。契は鬼族(きぞく)の血を引いてるもの。素の力じゃ誰も敵わないわ」

 

 茜の言葉通り、琳麗はまともに抵抗すらできず、契によってそのまま床に押さえつけられてしまう。

 

「離さんか! この不敬者共めーッ!!」

 

「はいはい、いいから大人しくしてろ」

 

 契によって完全に拘束された琳麗。それにより、その戦闘は一旦の決着がつく形となった。

 

「作戦、成功」

 

「……とりあえず、先生が来るまでこの状態を維持しないとダメね」

 

「悪いな、冬二。兄貴のとこ行くのはもうちょい待ってくれ」

 

「いや、いいんだ。……それより鏡花、さっき琳麗(こいつ)を見た時、何に気づいたんだ?」

 

「その……、彼女の能力なんですが…………」

 

「異能のコピーじゃないの? 私の力も使ってたし、すり抜ける力も誰かの異能をコピーしたものでしょ」

 

「ち、違うんです! 彼女の能力は――!」

 

 

 

「まだじゃッ!!! わらわはまだやれる!」

 

 

 

 鏡花の言葉を塗りつぶしたのは、未だ拘束されたままの琳麗だった。

 

「ここからでもわらわだけでなんとかしてみせる! まだ……ッ! 大丈夫じゃ! だからここで力を使うのは――!」

 

 『……誰と会話している?』――それは、冬二たちの脳裏に浮かぶ至極当然の疑問。

 

 今の琳麗は、冬二が発動した異能無効化能力の効果範囲内にいる。

 そのため、琳麗は一切の異能を使えない。誰かと念話のような形で連絡を取ることも、当然できるはずがない。

 だからこそ、明らかに独り言とは違うその話し方に、冬二たちは戸惑っていた。

 

「でも……! うぅ…………ッ!」

 

 しばらくすると、琳麗はおかしな話し方を止め、そのまま黙り込む。

 また、拘束から抜け出すことも諦めたのか、抵抗する力が一気になくなったのを契は感じ取る。

 

 それゆえに、契に生まれた僅かな油断。

 その油断の隙をつき、琳麗は契の鼻へと正確に後頭部を叩きつけた。

 

「ガッ……!!」

 

「契!?」

 

 琳麗による渾身の頭突き。それにより、契は琳麗の体を押さえていた手を咄嗟に離してしまう。

 確かに油断はあった。それでも、完全に拘束されたその状態で、琳麗の頭突きが契の顔に届くことはない――はずだった。

 

「こ、こいつ……! 腕の関節外して拘束から抜け出しやがった……!!」

 

「悪いな、緑髪の少女よ。そして心するがいい。琳麗と違い、私は(・・)少し荒っぽいぞ」

 

 契は鼻から流れ落ちる血を拭いながら、立ち上がった琳麗を睨みつける。

 琳麗は外した自身の関節を当然のように元に戻しつつ、冬二たちに向け笑みを浮かべるが、それは先ほどまでとは全くの別物。

 どこまでも鋭く、どこか威厳のようなものがあふれ出ている。

 

 その姿を見て、冬二と茜は瞬時に察することができた。

 セーラスのボス、そして十王と互角の戦いを繰り広げた黄楼炎の老師は、こいつ(・・・)だと。

 

「さて、仕切り直しといこうか。幼き戦士たちよ」

 

 琳麗、改め老師は告げる。

 その言葉はまるで、敵ではなく、未熟な教え子たちへと向けるように。

 

 

 




投稿開始から2年が経ってました。祝! 2周年!
書籍版含め、今後ともよろしくお願いします。
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