魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
もう二度と私にその顔を見せないで!――そう自分から告げたにもかかわらず、私はどうにも未練がましい女だったらしく。どうすれば
その結果、導き出した答えは『神なんて必要のない世界にすればいい』というもの。
それは結局のところ、あいつの目指した世界と一緒であり。それでもやはり素直になれない私は、あいつとは別に行動することを決意する。
人を餌としか思わない魔獣共を、一匹残らず駆除し続けた。
人を苗床としか思わない悪魔共を、この世界から排除し続けた。
人に仇をなすその全てを根絶やしにするため、私はただ進み続けた。己の体が、どれだけ血に染まろうとも。
十王との戦いでは、数えきれないほどの死を覚悟した。
それでも、私が決して止まることがなかったのは、あいつと共に過ごす未来を信じていたから。
あいつに『神であれ』と望むバカ共たちの目の前で、『私と一緒に暮らそう!』と、力の限り叫んでやろう。
そんな未来を思えば、いくらでも立ち上がれた。だから――――
――人の時代が訪れ、いざその瞬間が来た時、私の心は絶望で埋め尽くされる。
あいつのその見た目は、何一つ変わっていなかった。それでも、一目で理解してしまったのだ。
あいつの中にいるのは、あいつではない。
私は考えるより先に叫び、そして駆けだした。『お前は誰だ!?』と。『――を返せ!』と。
しかし、私が怒りに任せて伸ばしたその手が、神を語る何かに届くことはなかった。
黒と白――後に神の両翼と称される、二人の存在に阻まれることによって。
「……どうして、あんなことしたの? ……姉さん」
神への反逆罪で牢につながれた私に、妹が泣きそうな顔で語りかける。
姉である私とではなく、あいつの傍にいることを選んだ妹は、最後に見た姿よりも成長し、立派な大人になっていた。
そうだ。妹はずっとあいつと一緒にいた。だからこそ、私は怒りを抱かずにはいられない。
「……“どうして”? そんなの、あんたならわかるでしょ……! アレが、――なわけないじゃない!!」
「っ……」
私の叫びに、妹の表情が悲しみに歪む。それでも、私は叫び続けた。
「あんたを救ったのは、アレじゃない。それとも……、見た目さえ一緒なら何でもいいの?」
「違う! 私は――ッ!」
「じゃあなんで!! 澄ました顔して
「…………」
ついに、妹はその口を閉ざす。
……わかってる。こんなの全部八つ当たりだ。あいつと共にいることから逃げた私が、妹のことをとやかく言えるはずがない。
私は最低の姉で、最悪の女だ。もう今さら取り繕うつもりも、その気力もない。
でも、それでも……
「……あんたの隣にいた、白って呼ばれてたあの女……。あの女の――を見る目は、あんたとは決定的に違ってた。あんたもそれはわかってるでしょ。もし……このままそのズレを無視し続ければ、きっと取り返しのつかないことになるよ」
「……イレーヌは、友達だから」
そう告げると、妹は背を向け、私の下から立ち去っていく。
それが姉妹での最後の会話になることを、お互い知る由もなく。
こうして、私は生きる意味を失った。ただ一つ残ったのは、後悔してもしきれない最悪の罪。
どうか、待っていてほしい。どれだけの年月がかかろうと、私は――の生きた証を、取り戻して見せるから。
たとえ、どんな犠牲を払い、どんな非道な手段に手を染めようとも。
あの日の罪を、私は――
――――――
「さて、仕切り直しといこうか。幼き戦士たちよ」
その雰囲気の変化を感じ取ったのは、冬二と茜だけではない。
紗季たち残りの三人も、目の前の少女の変化を強く感じ取っていた。
「っ……!」
誰かの息を飲む音が、人のいない建物内でかすかに響く。
自分たちよりも少し小柄な少女――そんな老師を、五人で隙なく囲む。さらに依然として、老師は『異能無効化』能力――『ゼロ式』の効果範囲内。
状況は圧倒的に冬二たちが有利。にもかかわらず、冬二たちは誰一人として動けない。
一方で、異能を使用できないはずの老師は笑みを浮かべていた。
そんな老師からあふれ出すのは、肌を刺すような圧。
ただ強いだけで出せるような圧ではない。その圧から、冬二たちは達人のそれを思わせる重みを感じ取る。長年の研鑽を経て、積み重ねてきた者だけが出せる極上の圧。
だからこそ、緑髪の少女――
目の前の老師は、セーラスのボスや十王と対等にやり合える実力者。ならば抑え込むチャンスは、今しかないと。
「冬二! そのまま『ゼロ式』を解くなよ!」
契は叫びながら、老師へと接近する。『ゼロ式』の影響により、異能を使用できないのは契も同じ。
しかし契には、『素の力比べでは負けない』という自信があった。先ほどは不意を打たれ、拘束を解除してしまったが、油断さえしなければ問題ないはずだと。
契は手を伸ばし、老師の体を掴もうとする。今度こそ絶対に離さない、その意思を携えて。
ところが次の瞬間、契の体は宙を舞っていた。老師の背を、その目で見つめながら。
「こ、れは……!?」
契が
冬二との普段の組手。さらにはチーム合宿の際、冬二の兄からも、
「『
ぼそりとつぶやいた老師に、冬二は目を見開いた。
その動きも、その技の名前も、まごうことなき『綿谷式武術』。幼いころより祖父から学び、身に着けた技術だったがゆえに。
「ちっ……! らぁ!!」
宙を舞いながら、契は自身が何をされたか理解すると、体をひねって老師に蹴りを放つ。
老師は振り返ることなく、契のその蹴りを避け、そして駆け出した。
『ゼロ式』の効果範囲外に逃げる――のではなく、むしろ冬二に近づく形で。
「にゃろう! 直接冬二を叩いて『ゼロ式』を解除するつもりか!?」
契のその考えは正解だった。しかし契たちが動くよりも早く、老師は冬二の下にたどり着く。
そんな老師を相手に、冬二がとった行動は『綿谷式武術』の基本の構え。
どれだけ貫禄があろうと、老師の肉体は女学生のものでしかなく、取れる選択肢は限られている。だからこそ、まず冬二が警戒したのは、走る勢いをそのまま利用した攻撃。
しかし、その警戒を嘲笑うかのように、老師は冬二の目の前で止まった。
「は?」
速度を一気にゼロへ。人の動きとして違和感を覚えるほどの急停止。
そのことに冬二が虚を突かれた次の瞬間、
冬二のすぐ目の前にあるのは、老師の手のひらを重ねた両手。
それは、いわゆる『猫だまし』だった。
通常であれば、相手に大きな隙を与えるだけで終わるその奇襲が、ここしかないという適切なタイミングで使用されたことで、絶大な効果を発揮する。
「っ――」
その結果生まれたのは、思考の空白。さらにそれに伴って生じた、『ゼロ式』の解除。
ただしそれは、時間にしてコンマ数秒の刹那のこと。解除された『ゼロ式』は、冬二の思考が再開すると同時に、ほぼ無意識――
「遅い」
しかしその刹那は、老師にとって十分すぎる時間だった。
「が――ッ!?」
冬二が受けたのは、老師による肩口からの体当たり。
身体強化により、大幅に力の底上げがされた体当たりは、たとえ少女の肉体によるものであっても、致命的なダメージを負う。
浮遊感を覚え、次いで背中の衝撃。気づけば冬二は、老師から遠く離れた建物の壁に叩きつけられていた。
そしてそうなると当然、老師は『ゼロ式』の効果範囲外。
「……長く生きていると、いろんな技術が身についていくものでな。しかし異能の方はとんと才能がなく、元々持つ一つの力を磨く他なかった」
老師がそう告げると同時に、
「んなっ!?」
「なによこれ!?」
壁が、床が、柱が、窓が、冬二たちのいる建物全体が、まるで意志を持つかのごとく動き、そして茜たちを襲う。
頑丈なはずの床が沈み、先ほどまでなかった壁が生まれ、冬二と老師――その二人の下へと近づくのを阻むように。
「体を何度も変えていると、境界が曖昧になっていく。己とそれ以外の、その境界が。そして皮肉にも、それが力の解釈を広げる結果となった。自己の定義が、曖昧になることによって」
老師が言葉を言い終えた時には、既に茜たちとの分断が完了していた。
今その場にいるのは老師と、壁に叩きつけられ動けない冬二のみ。
「『黒の力』……出力は相変わらず素晴らしいが、制御はまだまだ発展途上だな。もし『零式』の対象が私だけに絞れていたら、結果もまた変わっていたであろう」
老師はゆっくりと歩きながら、冬二の下へと近づいていく。
そのため冬二は痛む体に鞭を打ち、なんとか立ち上がろうとするも、それが叶うことはなかった。
冬二のその背中全体が、まるで壁と一体化したように、張り付いて動かなくなっていたからだ。
「これは……ッ!?」
冬二がふと脳裏に思い浮かべたのは、大切な親友の存在。
しかしそうしている間に、老師は冬二の下にたどり着き、そして動けない冬二の頭に触れる。
「な、何を……」
「渡谷雪春という少年は、どこにいる?」
「っ!?」
フードとヘッドホンの少年――その言葉から既に、
しかしその名を口にされたことで、改めてその事実が重くのしかかる。
なぜ『
絶対にしゃべるものか。たとえ、このまま頭を握りつぶされるとしても、絶対に――そう冬二が決意する一方で、老師はその笑みを深め、そして告げる。
「……そうか。
「なっ!?」
老師の口から出た言葉に、冬二は驚きを隠せない。
当然ながら、冬二は何一つ口には出していない。ただ、
だからこそ、最悪の状況だった。
老師には、相手の考えを読み取る力がある。
まずい、今すぐ逃げなければ!――しかしその思いとは裏腹に、体は壁や床に張り付いて動かない。
親友の情報を守るため、自死という選択も頭に思い浮かんだ、その時だった――
『
老師の動きが、ピタリと止まる。
そしてそんな老師を、誰かが
「え……?」
その蹴りは、老師の体をすり抜けることなく、確かに実体を捉えてみせる。もちろん、『ゼロ式』は発動していない。
自分たちのできなかったことを、いともたやすくやってのけた人物。それは――
「大丈夫だった? 冬二くん」
――学園でメンターとして働く、
自身の担当外の生徒にも異能指導を行うその心優しき大人が、冬二を守るため割って入り、そして笑みを浮かべる。
「と、登坂さん!?」
「っと、全くの無事ってわけではなさそうだね。遅れてごめん。でももう大丈夫だから」
「その、俺のことはどうでもいいんです! あいつの目的は雪春で――!」
「心配しないで。言ったでしょ? 『もう大丈夫』って」
どこか安心感を与えるような声でそう告げると、登坂は老師と向き合う。
そんな登坂に対し、老師は自身が蹴られたことを不思議に思うこともなく、むしろ納得がいったという表情を浮かべていた。
「そうか、お前は地下監獄の時の……。今日は囚人服ではないのだな」
「……囚人服?」
「冬二くん、敵の言葉に惑わされないで」
「っ!? は、はい! すみません!」
普段、異能指導の際にも出ないような冷たい声で、登坂は冬二を咎める。
そしてその厳しい表情のまま、老師を睨みつけた。
「あなたは学生の教育に悪いから、このままご退場願おうか」
「随分とひどい言いようだな。そなたも元受刑者――」
『
老師の言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
言葉のその途中で、老師の動きがピタリと固まる。
そしてそんな老師に、登坂はまたもや蹴りを打ち込んだ。
蹴りを受け、数歩分後退した老師は、感心するような表情を見せる。
「……なるほど。固定対象を広げ、私の同化を封じているのか。対策としては満点だ。まったく……メイルカムイといい、空間そのものに作用する力はやっかいこの上ない」
「二回くらっただけで理解できる子に、やっかいとか言われたくないなあ」
老師は笑う。登坂も笑う。
しかし、その周囲の空気は痛いほど張りつめているのを、冬二は肌で実感していた。
信頼できる師であり、頼れる大人である登坂の出現は、間違いなく冬二たちにとってプラスの出来事。事実、登坂は既に二度も老師へと、わずかではありながらダメージを与えている。
ただそれでも、冬二は不安を拭えないでいた。
登坂のその実力は、現時点で間違いなく冬二たちよりも数段階上のステージにある。
そしてそれを踏まえた上で、老師はさらに強さの底が見えない。
己との力量差を、測ることすらできないステージにいる。おそらく、登坂よりもさらに上。
だからこそ、冬二が思い出したのは
自然と、冬二の手が自身の胸の辺りへと伸びる。しかし、その手が最後まで動くことはなかった。
脳裏に浮かんだのは、泣きながら自分を止めようとする茜の姿。そして、自分を止めてくれた誰かの声。
冬二は、拳聖祭で暴走した時のことをほとんど覚えていない。
それでも、かすかに残るその記憶が、冬二の動きを止める。
「よく自分で止まったね、冬二くん」
「登坂さん……」
「いつも言ってるでしょ。立ち止まることは間違いじゃない。迷うことは悪じゃない。全ては止まったその先で、大きく飛躍するために。フリーズ発生はいつだって大チャンス。大人の常識だよ」
背中越しに届く師の言葉は、どこまでも重く、実感がこもっていた。
「でも登坂さん! このままじゃ……ッ!」
「そう不安そうな顔をするな。黒の継承者よ」
冬二にそう告げたのは、登坂ではない。
登坂と向き合いながら、敵対者とは思えないような表情を浮かべる老師が、優しげな声で語る。
「ここでの目的は既に達した。地下監獄の時のように、力を消耗させられてはかなわんからな。これ以上ここで何かするつもりはない」
老師がそう告げるのと、老師の体が
まるで、周囲の景色そのものと同化するように、その体が透明になっていく。
「そして、お主の親友に危害を加えるつもりもない。これが終われば、またいつもの日常に戻るといい。くだらぬしがらみになど縛られず、ただの一友人として。ただの、人として……」
最後にその言葉を残すと、老師の姿は完全に見えなくなる。
姿だけでなく、その気配すらも、冬二たちの目の前から消えていた。
そして、いつの間にか体の自由が戻っていることに、冬二は気づく。
「まだ動けるなら、さっきの子の対処はこっちに任せて、お兄さんの所に行ってきな。冬二くんのお兄さん、今は第六訓練場の近くにいるって情報が入ってるから。さっきも言ったけど、雪春くんのことは安心していいよ」
「……わかり、ました。雪春を……お願いします」
本当は、自身の手で親友を守りたい。そして、その無事をこの目で確かめたい。しかしその思いを、冬二は封じ込める。
今の自分の力では、まだ足手まといになることを、強く実感していたから。
「大丈夫。その気持ちがあるなら、キミはまだ強くなれる。精進していこう、お互いに」
「……はい!」
力強い返事を師へと告げ、冬二はその場を去り、兄の下へと向かう。
そうして、一人残された登坂は携帯を取り出すと、ある人物に繋げた。
「……美咲、こっちは予定通り行かせたよ」
『――――』
「……うん、了解」
いくつか短く言葉を交わし、通話を終了させ、登坂は大きく息を吐く。
それは、
「……っぶねぇぇぇぇぇぇぇ」
恩師の息子であり、教え子でもある相手に、自身のカスみたいな秘密がバレなかったことを、ただ安堵して。
誰も見ていないのをいいことに、登坂はタバコを取り出し、その場で一服つくのだった。
――――――
歩くその足が、逸る心につられ、少しずつ早くなっていく。
目的を遂げるため、老師が向かったのは、生徒会選挙が行われるという学園の多目的ホール。
冬二と思考を同化し、読み取ったその場所へと、老師は足を運んでいた。
「ここか……」
道中、驚くほど敵の妨害がなく、そのことに疑問を覚えつつも、ホールにたどり着いた老師は入り口の扉を開く。
そのホールは、高等部の全学生を収容できるほどの規模を誇り、この中から特定の生徒を探し出そうと思えば、それは困難を極めるだろう。
しかし、老師は知っている。その少年が、これからどこに現れるのかを。
席に座る生徒たちの様子は、それほど真剣なものではない。
義務でその場にいることが伝わってきつつも、その視線のほとんどが
そう、生徒会候補の学生が演説を行う、ホールの壇上へと。
そしてタイミングよく、その名を告げるアナウンスが流れだした。
『――続きまして、新生徒会長候補、渡谷雪春くんの演説になります』
「……ようやくだ」
待ち焦がれた数千年。万感の思いを込め、老師は告げる。
今世の現人神の特定。自身と相性のいい体。魔導王の不在。必要な全ての要素が揃い、この時がやってきた。
「ようやく、お前が人であることを証明できるぞ。……
忘れたはずのその名は、自然と口からこぼれていた。
「ユーリ……。そうか、ユーリ。ユーリだ」
続けて、噛みしめるように何度もその名を呼ぶ。
こぼれる涙を必死に拭い、そしてもう一度、老師は前を向いた。
「ユーリ、お前を神の座から引きずりおろし、人間に戻してみせる。それがあの日の、お前を突き放した私の贖罪だ。だから、絶対に――」
今世の現人神であり、生徒会長候補――渡谷雪春へと、老師はその視線を向ける。
するとそこには、一目見ただけで理解できるほど、決して揺らぐことのない鋼鉄の――
――体を持つ円柱型のロボット、『スギタニくん61号』が堂々と壇上に立っていた。
「…………は?」
流れていた涙は一瞬で引っ込み、乾いた疑問の声が漏れる。
しかしその声は、老師と同じように困惑する学生たちのざわめきにより、かき消されてしまうのだった。
ヤッテヤロウジャネエカコノヤロウ――☆