魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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雪春の愉快な学園掌握 表 迷い人の歩み 後編

 

 もう二度と私にその顔を見せないで!――そう自分から告げたにもかかわらず、私はどうにも未練がましい女だったらしく。どうすればあいつ(・・・)が、神なんてものにならなくてすむのか。奴隷上がりのその足りない頭で、私は必死に考えた。

 その結果、導き出した答えは『神なんて必要のない世界にすればいい』というもの。

 それは結局のところ、あいつの目指した世界と一緒であり。それでもやはり素直になれない私は、あいつとは別に行動することを決意する。

 

 人を餌としか思わない魔獣共を、一匹残らず駆除し続けた。

 人を苗床としか思わない悪魔共を、この世界から排除し続けた。

 人に仇をなすその全てを根絶やしにするため、私はただ進み続けた。己の体が、どれだけ血に染まろうとも。

 十王との戦いでは、数えきれないほどの死を覚悟した。

 

 それでも、私が決して止まることがなかったのは、あいつと共に過ごす未来を信じていたから。

 

 神座(しんざ)なんて似合わない物に座るあいつの手を引っ張り、思いっきり引きずりおろしてやるのだ。

 あいつに『神であれ』と望むバカ共たちの目の前で、『私と一緒に暮らそう!』と、力の限り叫んでやろう。

 そんな未来を思えば、いくらでも立ち上がれた。だから――――

 

 

 

 ――人の時代が訪れ、いざその瞬間が来た時、私の心は絶望で埋め尽くされる。

 

 

 

 あいつのその見た目は、何一つ変わっていなかった。それでも、一目で理解してしまったのだ。

 あいつの中にいるのは、あいつではない。全く別の何か(・・・・・・)だと。

 

 私は考えるより先に叫び、そして駆けだした。『お前は誰だ!?』と。『――を返せ!』と。

 しかし、私が怒りに任せて伸ばしたその手が、神を語る何かに届くことはなかった。

 黒と白――後に神の両翼と称される、二人の存在に阻まれることによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして、あんなことしたの? ……姉さん」

 

 神への反逆罪で牢につながれた私に、妹が泣きそうな顔で語りかける。

 姉である私とではなく、あいつの傍にいることを選んだ妹は、最後に見た姿よりも成長し、立派な大人になっていた。

 そうだ。妹はずっとあいつと一緒にいた。だからこそ、私は怒りを抱かずにはいられない。

 

「……“どうして”? そんなの、あんたならわかるでしょ……! アレが、――なわけないじゃない!!」

 

「っ……」

 

 私の叫びに、妹の表情が悲しみに歪む。それでも、私は叫び続けた。

 

「あんたを救ったのは、アレじゃない。それとも……、見た目さえ一緒なら何でもいいの?」

 

「違う! 私は――ッ!」

 

「じゃあなんで!! 澄ました顔してあんなのに(・・・・・)従ってるのよ!? ――を神になんかしようとするクズ共と一緒になって!!」

 

「…………」

 

 ついに、妹はその口を閉ざす。

 ……わかってる。こんなの全部八つ当たりだ。あいつと共にいることから逃げた私が、妹のことをとやかく言えるはずがない。

 私は最低の姉で、最悪の女だ。もう今さら取り繕うつもりも、その気力もない。

 でも、それでも……これだけ(・・・・)は言っておかなければならなかった。

 

「……あんたの隣にいた、白って呼ばれてたあの女……。あの女の――を見る目は、あんたとは決定的に違ってた。あんたもそれはわかってるでしょ。もし……このままそのズレを無視し続ければ、きっと取り返しのつかないことになるよ」

 

「……イレーヌは、友達だから」

 

 そう告げると、妹は背を向け、私の下から立ち去っていく。

 それが姉妹での最後の会話になることを、お互い知る由もなく。

 

 

 

 こうして、私は生きる意味を失った。ただ一つ残ったのは、後悔してもしきれない最悪の罪。

 

 どうか、待っていてほしい。どれだけの年月がかかろうと、私は――の生きた証を、取り戻して見せるから。

 たとえ、どんな犠牲を払い、どんな非道な手段に手を染めようとも。

 あの日の罪を、私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、仕切り直しといこうか。幼き戦士たちよ」

 

 (りん)(れい)、改め老師は告げる。

 その雰囲気の変化を感じ取ったのは、冬二と茜だけではない。

 紗季たち残りの三人も、目の前の少女の変化を強く感じ取っていた。

 

「っ……!」

 

 誰かの息を飲む音が、人のいない建物内でかすかに響く。

 自分たちよりも少し小柄な少女――そんな老師を、五人で隙なく囲む。さらに依然として、老師は『異能無効化』能力――『ゼロ式』の効果範囲内。

 状況は圧倒的に冬二たちが有利。にもかかわらず、冬二たちは誰一人として動けない。

 

 一方で、異能を使用できないはずの老師は笑みを浮かべていた。

 そんな老師からあふれ出すのは、肌を刺すような圧。

 ただ強いだけで出せるような圧ではない。その圧から、冬二たちは達人のそれを思わせる重みを感じ取る。長年の研鑽を経て、積み重ねてきた者だけが出せる極上の圧。

 

 だからこそ、緑髪の少女――(ちぎり)は動いた。

 目の前の老師は、セーラスのボスや十王と対等にやり合える実力者。ならば抑え込むチャンスは、今しかないと。

 

「冬二! そのまま『ゼロ式』を解くなよ!」

 

 契は叫びながら、老師へと接近する。『ゼロ式』の影響により、異能を使用できないのは契も同じ。

 しかし契には、『素の力比べでは負けない』という自信があった。先ほどは不意を打たれ、拘束を解除してしまったが、油断さえしなければ問題ないはずだと。

 契は手を伸ばし、老師の体を掴もうとする。今度こそ絶対に離さない、その意思を携えて。

 

 ところが次の瞬間、契の体は宙を舞っていた。老師の背を、その目で見つめながら。

 

「こ、れは……!?」

 

 契がそれ(・・)を受けたのは、これが初めてのことではない。

 冬二との普段の組手。さらにはチーム合宿の際、冬二の兄からも、同じ技(・・・)を受けている。

 

「『流輪(りゅうりん)』……だったか」

 

 ぼそりとつぶやいた老師に、冬二は目を見開いた。

 その動きも、その技の名前も、まごうことなき『綿谷式武術』。幼いころより祖父から学び、身に着けた技術だったがゆえに。

 

「ちっ……! らぁ!!」

 

 宙を舞いながら、契は自身が何をされたか理解すると、体をひねって老師に蹴りを放つ。

 老師は振り返ることなく、契のその蹴りを避け、そして駆け出した。

 『ゼロ式』の効果範囲外に逃げる――のではなく、むしろ冬二に近づく形で。

 

「にゃろう! 直接冬二を叩いて『ゼロ式』を解除するつもりか!?」

 

 契のその考えは正解だった。しかし契たちが動くよりも早く、老師は冬二の下にたどり着く。

 そんな老師を相手に、冬二がとった行動は『綿谷式武術』の基本の構え。

 どれだけ貫禄があろうと、老師の肉体は女学生のものでしかなく、取れる選択肢は限られている。だからこそ、まず冬二が警戒したのは、走る勢いをそのまま利用した攻撃。

 

 しかし、その警戒を嘲笑うかのように、老師は冬二の目の前で止まった。

 

「は?」

 

 速度を一気にゼロへ。人の動きとして違和感を覚えるほどの急停止。

 そのことに冬二が虚を突かれた次の瞬間、乾いた音が鳴り響く(・・・・・・・・・)

 冬二のすぐ目の前にあるのは、老師の手のひらを重ねた両手。

 

 それは、いわゆる『猫だまし』だった。

 

 通常であれば、相手に大きな隙を与えるだけで終わるその奇襲が、ここしかないという適切なタイミングで使用されたことで、絶大な効果を発揮する。

 

「っ――」

 

 その結果生まれたのは、思考の空白。さらにそれに伴って生じた、『ゼロ式』の解除。

 ただしそれは、時間にしてコンマ数秒の刹那のこと。解除された『ゼロ式』は、冬二の思考が再開すると同時に、ほぼ無意識――自動(オート)でまた起動する。

 

「遅い」

 

 しかしその刹那は、老師にとって十分すぎる時間だった。

 

「が――ッ!?」

 

 冬二が受けたのは、老師による肩口からの体当たり。

 身体強化により、大幅に力の底上げがされた体当たりは、たとえ少女の肉体によるものであっても、致命的なダメージを負う。

 浮遊感を覚え、次いで背中の衝撃。気づけば冬二は、老師から遠く離れた建物の壁に叩きつけられていた。

 そしてそうなると当然、老師は『ゼロ式』の効果範囲外。

 

「……長く生きていると、いろんな技術が身についていくものでな。しかし異能の方はとんと才能がなく、元々持つ一つの力を磨く他なかった」

 

 老師がそう告げると同時に、建物が動き出す(・・・・・・・)

 

「んなっ!?」

 

「なによこれ!?」

 

 壁が、床が、柱が、窓が、冬二たちのいる建物全体が、まるで意志を持つかのごとく動き、そして茜たちを襲う。

 頑丈なはずの床が沈み、先ほどまでなかった壁が生まれ、冬二と老師――その二人の下へと近づくのを阻むように。

 

「体を何度も変えていると、境界が曖昧になっていく。己とそれ以外の、その境界が。そして皮肉にも、それが力の解釈を広げる結果となった。自己の定義が、曖昧になることによって」

 

 老師が言葉を言い終えた時には、既に茜たちとの分断が完了していた。

 今その場にいるのは老師と、壁に叩きつけられ動けない冬二のみ。

 

「『黒の力』……出力は相変わらず素晴らしいが、制御はまだまだ発展途上だな。もし『零式』の対象が私だけに絞れていたら、結果もまた変わっていたであろう」

 

 老師はゆっくりと歩きながら、冬二の下へと近づいていく。

 そのため冬二は痛む体に鞭を打ち、なんとか立ち上がろうとするも、それが叶うことはなかった。

 冬二のその背中全体が、まるで壁と一体化したように、張り付いて動かなくなっていたからだ。

 

「これは……ッ!?」

 

 冬二がふと脳裏に思い浮かべたのは、大切な親友の存在。

 しかしそうしている間に、老師は冬二の下にたどり着き、そして動けない冬二の頭に触れる。

 

「な、何を……」

 

「渡谷雪春という少年は、どこにいる?」

 

「っ!?」

 

 フードとヘッドホンの少年――その言葉から既に、老師(テキ)の目的が雪春であることはわかっていた。

 しかしその名を口にされたことで、改めてその事実が重くのしかかる。

 なぜ『黄楼炎(こうろうえん)』が雪春を狙うのか。その目的は不明だが、ろくな理由でないことは間違いない。

 

 絶対にしゃべるものか。たとえ、このまま頭を握りつぶされるとしても、絶対に――そう冬二が決意する一方で、老師はその笑みを深め、そして告げる。

 

「……そうか。生徒会選挙(・・・・・)、そういったものがあるのか」

 

「なっ!?」

 

 老師の口から出た言葉に、冬二は驚きを隠せない。

 当然ながら、冬二は何一つ口には出していない。ただ、思い浮かべて(・・・・・・)しまっただけ(・・・・・・)

 だからこそ、最悪の状況だった。

 

 老師には、相手の考えを読み取る力がある。

 

 まずい、今すぐ逃げなければ!――しかしその思いとは裏腹に、体は壁や床に張り付いて動かない。

 親友の情報を守るため、自死という選択も頭に思い浮かんだ、その時だった――

 

 

空間固定(エアフリーズ)

 

 

 老師の動きが、ピタリと止まる。

 そしてそんな老師を、誰かが蹴り飛ばした(・・・・・・)

 

「え……?」

 

 その蹴りは、老師の体をすり抜けることなく、確かに実体を捉えてみせる。もちろん、『ゼロ式』は発動していない。

 自分たちのできなかったことを、いともたやすくやってのけた人物。それは――

 

「大丈夫だった? 冬二くん」

 

 ――学園でメンターとして働く、登坂(とさか)明海(あけみ)だった。

 

 自身の担当外の生徒にも異能指導を行うその心優しき大人が、冬二を守るため割って入り、そして笑みを浮かべる。

 

「と、登坂さん!?」

 

「っと、全くの無事ってわけではなさそうだね。遅れてごめん。でももう大丈夫だから」

 

「その、俺のことはどうでもいいんです! あいつの目的は雪春で――!」

 

「心配しないで。言ったでしょ? 『もう大丈夫』って」

 

 どこか安心感を与えるような声でそう告げると、登坂は老師と向き合う。

 そんな登坂に対し、老師は自身が蹴られたことを不思議に思うこともなく、むしろ納得がいったという表情を浮かべていた。

 

「そうか、お前は地下監獄の時の……。今日は囚人服ではないのだな」

 

「……囚人服?」

 

「冬二くん、敵の言葉に惑わされないで」

 

「っ!? は、はい! すみません!」

 

 普段、異能指導の際にも出ないような冷たい声で、登坂は冬二を咎める。

 そしてその厳しい表情のまま、老師を睨みつけた。

 

「あなたは学生の教育に悪いから、このままご退場願おうか」

 

「随分とひどい言いようだな。そなたも元受刑者――」

 

 

空間固定(エアフリーズ)

 

 

 老師の言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

 言葉のその途中で、老師の動きがピタリと固まる。

 そしてそんな老師に、登坂はまたもや蹴りを打ち込んだ。

 

 蹴りを受け、数歩分後退した老師は、感心するような表情を見せる。

 

「……なるほど。固定対象を広げ、私の同化を封じているのか。対策としては満点だ。まったく……メイルカムイといい、空間そのものに作用する力はやっかいこの上ない」

 

「二回くらっただけで理解できる子に、やっかいとか言われたくないなあ」

 

 老師は笑う。登坂も笑う。

 しかし、その周囲の空気は痛いほど張りつめているのを、冬二は肌で実感していた。

 

 信頼できる師であり、頼れる大人である登坂の出現は、間違いなく冬二たちにとってプラスの出来事。事実、登坂は既に二度も老師へと、わずかではありながらダメージを与えている。

 ただそれでも、冬二は不安を拭えないでいた。

 登坂のその実力は、現時点で間違いなく冬二たちよりも数段階上のステージにある。

 

 そしてそれを踏まえた上で、老師はさらに強さの底が見えない。

 

 己との力量差を、測ることすらできないステージにいる。おそらく、登坂よりもさらに上。

 だからこそ、冬二が思い出したのはあの時の力(・・・・・)

 自然と、冬二の手が自身の胸の辺りへと伸びる。しかし、その手が最後まで動くことはなかった。

 

 脳裏に浮かんだのは、泣きながら自分を止めようとする茜の姿。そして、自分を止めてくれた誰かの声。

 冬二は、拳聖祭で暴走した時のことをほとんど覚えていない。

 それでも、かすかに残るその記憶が、冬二の動きを止める。

 

「よく自分で止まったね、冬二くん」

 

「登坂さん……」

 

「いつも言ってるでしょ。立ち止まることは間違いじゃない。迷うことは悪じゃない。全ては止まったその先で、大きく飛躍するために。フリーズ発生はいつだって大チャンス。大人の常識だよ」

 

 背中越しに届く師の言葉は、どこまでも重く、実感がこもっていた。

 

「でも登坂さん! このままじゃ……ッ!」

 

「そう不安そうな顔をするな。黒の継承者よ」

 

 冬二にそう告げたのは、登坂ではない。

 登坂と向き合いながら、敵対者とは思えないような表情を浮かべる老師が、優しげな声で語る。

 

「ここでの目的は既に達した。地下監獄の時のように、力を消耗させられてはかなわんからな。これ以上ここで何かするつもりはない」

 

 老師がそう告げるのと、老師の体が透け始めた(・・・・・)のは同時だった。

 まるで、周囲の景色そのものと同化するように、その体が透明になっていく。

 

「そして、お主の親友に危害を加えるつもりもない。これが終われば、またいつもの日常に戻るといい。くだらぬしがらみになど縛られず、ただの一友人として。ただの、人として……」

 

 最後にその言葉を残すと、老師の姿は完全に見えなくなる。

 姿だけでなく、その気配すらも、冬二たちの目の前から消えていた。

 そして、いつの間にか体の自由が戻っていることに、冬二は気づく。

 

「まだ動けるなら、さっきの子の対処はこっちに任せて、お兄さんの所に行ってきな。冬二くんのお兄さん、今は第六訓練場の近くにいるって情報が入ってるから。さっきも言ったけど、雪春くんのことは安心していいよ」

 

「……わかり、ました。雪春を……お願いします」

 

 本当は、自身の手で親友を守りたい。そして、その無事をこの目で確かめたい。しかしその思いを、冬二は封じ込める。

 今の自分の力では、まだ足手まといになることを、強く実感していたから。

 

「大丈夫。その気持ちがあるなら、キミはまだ強くなれる。精進していこう、お互いに」

 

「……はい!」

 

 力強い返事を師へと告げ、冬二はその場を去り、兄の下へと向かう。

 

 そうして、一人残された登坂は携帯を取り出すと、ある人物に繋げた。

 

「……美咲、こっちは予定通り行かせたよ」

 

『――――』

 

「……うん、了解」

 

 いくつか短く言葉を交わし、通話を終了させ、登坂は大きく息を吐く。

 それは、老師(強者)と向き合い、無事乗り切ることができたから――ではない。

 

「……っぶねぇぇぇぇぇぇぇ」

 

 恩師の息子であり、教え子でもある相手に、自身のカスみたいな秘密がバレなかったことを、ただ安堵して。

 誰も見ていないのをいいことに、登坂はタバコを取り出し、その場で一服つくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩くその足が、逸る心につられ、少しずつ早くなっていく。

 目的を遂げるため、老師が向かったのは、生徒会選挙が行われるという学園の多目的ホール。

 冬二と思考を同化し、読み取ったその場所へと、老師は足を運んでいた。

 

「ここか……」

 

 道中、驚くほど敵の妨害がなく、そのことに疑問を覚えつつも、ホールにたどり着いた老師は入り口の扉を開く。

 そのホールは、高等部の全学生を収容できるほどの規模を誇り、この中から特定の生徒を探し出そうと思えば、それは困難を極めるだろう。

 しかし、老師は知っている。その少年が、これからどこに現れるのかを。

 

 席に座る生徒たちの様子は、それほど真剣なものではない。

 義務でその場にいることが伝わってきつつも、その視線のほとんどがある一点(・・・・)へと向けられている。

 そう、生徒会候補の学生が演説を行う、ホールの壇上へと。

 そしてタイミングよく、その名を告げるアナウンスが流れだした。

 

 

『――続きまして、新生徒会長候補、渡谷雪春くんの演説になります』

 

 

「……ようやくだ」

 

 待ち焦がれた数千年。万感の思いを込め、老師は告げる。

 今世の現人神の特定。自身と相性のいい体。魔導王の不在。必要な全ての要素が揃い、この時がやってきた。

 

「ようやく、お前が人であることを証明できるぞ。……ユーリ(・・・)

 

 忘れたはずのその名は、自然と口からこぼれていた。

 

「ユーリ……。そうか、ユーリ。ユーリだ」

 

 続けて、噛みしめるように何度もその名を呼ぶ。

 こぼれる涙を必死に拭い、そしてもう一度、老師は前を向いた。

 

「ユーリ、お前を神の座から引きずりおろし、人間に戻してみせる。それがあの日の、お前を突き放した私の贖罪だ。だから、絶対に――」

 

 今世の現人神であり、生徒会長候補――渡谷雪春へと、老師はその視線を向ける。

 するとそこには、一目見ただけで理解できるほど、決して揺らぐことのない鋼鉄の――

 

 

 

 

 

 ――体を持つ円柱型のロボット、『スギタニくん61号』が堂々と壇上に立っていた。

 

 

「…………は?」

 

 流れていた涙は一瞬で引っ込み、乾いた疑問の声が漏れる。

 しかしその声は、老師と同じように困惑する学生たちのざわめきにより、かき消されてしまうのだった。

 

 

 

 




ヤッテヤロウジャネエカコノヤロウ――☆
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