魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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雪春の愉快な学園掌握 道半ば

 

 学園 多目的ホール――

 

 

 

『……え、えー…………以上、新生徒会長候補……わ、渡谷雪春くんの演説でした。……続きまして――』

 

 震えた声のアナウンスが流れ、渡谷雪春、もといスギタニくん61号の演説が終了したその後も、ホール内のざわつきは収まる気配を見せない。

 驚き、困惑、そして興味。真剣に演説を聞いていた学生たちに、それまで退屈そうにしていた学生たち。全ての学生たちに等しく、『渡谷雪春』の名が深く刻まれる。

 

 そしてそれは、老師の心にも――

 

「……自我が、あるのか?」

 

 そんなことは、ありえないはずだった。

 同化が進行し、現人神としての力を色濃く発現すればするほど、本来の体に宿る自我は消滅していく。

 そこに一切の例外はない。これまで、たったの一度も。始まりの現人神――ユーリですら、そうだったのだから。

 

 ――ならば、あれ(・・)はなんだ?

 

 老師は、渡谷雪春が現人神であることを既に確信している。

 

 神気(しんき)――それは現人神の力から発せられる特殊なオーラのようなもの。そしてそのオーラを視認できるのは、現人神から特別な力を与えられた黒や白のように、神の力の一端へと触れた者のみ。

 とある出来事(・・・・・・)をきっかけに、神気を視認できるようになった老師には見えていた。

 渡谷雪春の周囲の人間にのみ、不自然なほど神気があふれ出していることを。

 

 そう、周囲の人間にのみ――

 

 渡谷雪春本人からは、わずかばかりの神気も立ち込めていない。

 それは本来、ありえないはずの状況で、だからこそ老師も初めは気づくことができなかった。

 しかしその理由にも、今は納得のいく答えを持っている。

 

「……お前だな――――黒よ」

 

 老師はゆっくりと、その視線を自身の隣へと向ける。

 

 

 そこには、黒い女がいた。

 

 

 全身を黒いモヤで覆われたその女は、老師の隣に並ぶように立ち、その視線を壇上の方へと向けている。

 

「お前の力で、あの少年の神気を隠していたわけか。どうりで、何も見えぬわけだ」

 

「…………」

 

「お前が現人神以外からの指示を聞くはずがない。やはり、あの少年は現人神として覚醒しているのだな?」

 

「…………」

 

 老師の問いかけに対し、黒い女が言葉を返すことはない。

 ただ老師も、初めから返事が来ないことはわかっていた。

 

「……聞くだけ無駄だったか」

 

 黒い女――その存在はかつて、肉体を捨て、人の(ことわり)を捨ててでも現人神に仕えることを選んだ。

 そして長い時の中で魂が擦り切れ、自我はとうに消失している。

 だからこそ、黒い女が何か行動を起こすとすれば、それは現人神が指示を出したことに他ならない。

 それは現人神が既に覚醒していることに対する確信を、さらに強めるための要素。

 

 しかし今、その老師の確信はひどく揺らいでいる。

 

 神気ばかりは、たとえ多大な力と権力を持つ魔導王でも誤魔化すことはできない。

 そう、感情があるように見せかけることなど、神気を誤魔化すことに比べればどうとでもできる。これまで老師が見てきた渡谷雪春の言動も、間違いなく魔導王の細工によるもので――

 

 

『ほら、見て風花ちゃん。1、2の……3!』

『あの……どうかしました?』

『ボケカス共がぁ……!』

『頭ぶち抜いてるぞ……ッ!』

 

 

 ――なのに、確信が揺らぐ。

 

 ありえないはずなのだ、そんなことは。

 ただもし本当に、既に現人神へと覚醒していながら、それでも自我が残っているというのなら――

 

 ――多くのものを犠牲にし、『神を地へと堕とす』という目的のためだけに生きてきたこれまでの人生は、数千年の時は、一体何だったというのか。

 

「認められるものか……!」

 

 こうなれば、自身で直接確かめるより他にない。そう決意した老師は、ホールの客席へと目を向ける。

 そこにいたのは、己のかつての部下である矢川宗助の姿。宗助は携帯を片手に、慌てたような様子でホールの外へと向かっている。

 老師はそんな宗助の後を追うように、演説会場であるホールを後にした。揺らぐ確信を、より強固なものとするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ごめんなさい、姉さん。あの時……姉さんの言葉をちゃんと聞いていれば、私たち(・・・)は――』

 

 老師が去ると同時に、黒い女もその姿を消していく。

 誰にも聞こえることのない、後悔の言葉だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多目的ホール 入り口前――

 

 

「……雪春、何も聞くな」

 

 友人からかかってきた電話に対し、宗助は無慈悲に告げる。

 下手な希望を与えたくない――それは宗助にとって、友人へ向ける最大限の思いやりだった。

 

『……そんなにやばかった?』

 

「いやもう……、思想が強すぎて…………」

 

『なんで思想?』

 

 自身の演説がどういったものだったのか。それをいまいち理解できていない雪春に対し、どこまで説明したものか宗助が頭を悩ませていたその時、ホールの入口から多くの生徒が流れ出る。

 雪春の演説順が大トリだったこともあり、中にいた生徒たちが解放されたことで、宗助はそんな生徒たちの波に飲み込まれてしまう。

 そしてさらに――

 

「ぐえっ!?」

 

 人波に揉まれるなかで、宗助は誰かに喉を小突かれる。

 しかし誰かやったかなど全く把握できず、人波から抜け出すこともできない。

 

「ったく、いってえな……ってあれ?」

 

 依然として体を押し流されながら、ふと宗助は気づく。

 自身の手もとから、携帯がなくなっていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホール入り口前、宗助のいるすぐその傍。人波から少し離れたその場所に、老師は立っていた。

 宗助の携帯を、その手に持ちながら。

 

『……あれ、どうかした? ……まだ繋がってるよね?』

 

「わりぃ、雪春。ちょっと人混みに飲まれちまってな。もう大丈夫だ」

 

 未だ通話中の携帯。その通話相手である雪春に対し、老師は当たり前のように話しかける。

 しかしそれは少女の声ではない。携帯の持ち主である矢川宗助――その人物と全く同じ声が、老師の口から発せられていた。

 

「『……なあ雪春、お前は今……幸せか?』」

 

 次いで老師が口にしたそれは、日本語ではなかった。

 それはかつて、とある国の公用語として使われており、今は歴史の影に消え去った言語。

 

 もし、この言葉が通じるのであれば――

 

 老師は雪春が次に発する言葉を、ただ待ち続ける。しかし、

 

『…………』

 

 通話先の雪春は黙り込み、返答の言葉が来ることはない。

 やはり違うのか?――と、老師が落胆しかけたその時だった。

 

『……煽ってる?』

 

 どこか苛立ちを含んだその言葉は、会話が成立していると確信できるもの。

 そのことに、老師は思わず目を見開く。

 

『幸せなわけないじゃん!! おもっくそやらかしたばっかなのに! 任務も任務で、捕まえたツチノコは七色じゃなくて六色だったし! もうそんなの誤差だろ! そんでまたチームメイトはケンカするしッ!!!』

 

 さらに少年――渡谷雪春は大声で叫びだす。それは正真正銘、疑いようのない感情の発露。

 もし何かを細工するのなら、演説も然り、こんな意味のわからない発言をするような細工をするはずがない。

 

 

 ――神では、ないのだな。

 

 

 そのことを確信できた時、老師は自身でも気づかぬうちに笑みを浮かべていた。

 

「……そんなに生徒会長とやらになりたかったのか?」

 

『いや、もういい! 会長がダメなら次の手だ。今度は高難度のチーム依頼をバンバン受けて有名になって、メンターの持つコネも全力で使って、学園の生徒会長なんか霞むような偉い立場になってやる! 見てろ! いつか異能社会の全てを僕の支配下に置いてやるからな!!!』

 

 気が立っているのだろう。少年はとんでもない言葉を、躊躇うことなく口にする。

 しかしそれは、使命だとか、義務だとか、そういったものに動かされているからではない。欲と怒り、そんなあまりにも人間らしい感情から生まれた願望。

 

「……っふ、くく、ハハハハハッ!!」

 

『なにわろとんねん』

 

「いや、悪い。びっくりするほど壮大な目標だったからな。私は(・・)応援するよ」

 

『協力してくれるってこと?』

 

「それは少し厳しいな、私の状態的にも、立場的にも。……ただ、アドバイスくらいはできる。もし困ったことがあれば、魔導王……学園の理事長に助けを求めるといい。お前が本気で望めば、悪魔(やつら)は必ずその助けになる」

 

『え、なんで?』

 

「一部例外はあるが、悪魔(やつら)は世界そのものに生み出された存在であるからだ」

 

『……はぁ』

 

 よくわかっていないのだろう。通話先で首を傾げる少年の姿が、老師には見えた気がした。

 

「なに、そう難しく考える必要はない。『キミは素晴らしい才能を持っている。心のおもむくままに、その異能を使うといい』。キミならきっと…………大丈夫だ」

 

 何の根拠もない。しかし確信めいた言葉を告げながら、老師は通話終了ボタンに手をかける。

 しかし、通話が終了するその直前――

 

『……老師さんでしたっけ? ありがとうございます』

 

 ――宗助にではない。自身へと向けられた感謝の言葉が、老師の耳へと確かに届いた。

 

「……ああ、そうだったな」

 

 雪春との通話を終え、老師は思い出す。

 『神を地へと堕とす』――そのために生きてきたというそれは、確かに間違いではない。

 しかしそれはあくまで手段であり、目的ではなかった。

 そう、どれだけ大層な言葉を掲げようと、老師などと呼ばれ祭り上げられようと、体を変えながら何千年の時を生きようと、その心の奥底にある願いはちっぽけなもの。

 素直になれない小娘が抱いた、ささやかな思い。

 ただ、ただもう一度だけでいい――

 

 

 

 ――ユーリと、こんなふうに話したかった。

 

 

 

 他愛もない会話を、好きになった相手と交わすこと。思い続けたのは、本当にそれだけだったのだ。

 わかっている。先ほどまで話していた相手は、ユーリではない。ユーリと同じ役割を押し付けられただけの、全くの別人だ。

 それでも、満足だった。数千年願い続けた祈りは、自分のあずかり知らぬところで既に叶っていた。ならば、なんの不満があろうというのか。

 十分だ。十分だった。

 

「ありがとう……、渡谷雪春。私の最初で最後の恋に、花を添えてくれて…………」

 

 そう口にしながら、老師はその場で目を閉じる。

 そしてすぐさま目を開いたのは、別の存在だった。

 

「…………老師?」

 

 老師ではない。琳麗(りんれい)がその名を口にする。

 外ではなく、自身の内へと向けて。

 

 しかしどれだけ待とうとも、その返事が琳麗に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『黄楼炎(こうろうえん)』残党による学園への襲撃――それは立花が事前に見た通り(・・・・)、襲撃者たちの撤退と共に、大きな被害が出ることなく終息する。

 

 

 そしてすっかり日も落ちた現在、立花は今回の件の外部協力者、および自身にとって学生時代の知り合いでもある人物へと、通話での報告を行っていた。

 

「――ああ、そうだ。こちらは特に問題ない。桃井(ももい)の方も…………っと、すまない。つい昔の呼び方で――」

 

『アハハ、別にいいよ。桃井で』

 

 立花の通話先の相手――桃井と呼ばれたその女性からは、思わずといった様子の笑い声が漏れる。

 

「……その、今回は急に無理言って本当にすまなかった。明海(あけみ)から聞いたが、育児も大変な時期に――」

 

『謝らないで、立花さん。私はこうして、久しぶりに立花さんと話せて嬉しかったんだから。結婚式の時も、あんまり二人きりで話せなかったし』

 

「…………」

 

『だからあの子たち、ぐ…………えっと、なんとかドラゴンにも感謝してるの。こうして、私と立花さんを繋いでくれたんだから』

 

「……しかし、何の理由も告げずに――」

 

『聞いちゃダメな理由(わけ)があるんだよね? 大丈夫、その辺はちゃんとわきまえてるから』

 

 終始暗い雰囲気で告げる立花とは対照的に、携帯越しに届く声はどこまでも穏やかで。

 それゆえに立花は罪悪感を覚え、その表情をさらに暗くしていく。

 

『そりゃ、最初はびっくりしたよ? いきなり「ツチノコ探しの日程を指定できないか?」なんて連絡が来たんだもの。それも立花さんから。最初、スパムメールだと思って無視しかけたもん』

 

「…………すまない」

 

『責めてるんじゃないよ。さっきも言ったけど、嬉しかったって話だから。それに依頼を受けてくれた子たち…………あの子たちを見てるとね、昔の私たちを思い出して懐かしくなっちゃった』

 

 通話先で桃井が思い浮かべるのは、かつてのチームメンバーと過ごした学生時代。

 

『私たちもあんなふうに………………いや、さすがにあそこまでヒドくなかったかもしれないけど、しょっちょうケンカしてたなって』

 

 そしてその記憶は、同じチームに所属していた立花にとっても同様で――

 

「……そうだな。それをリーダーだった桃井が、いつも必死になだめてくれていた」

 

『ッ……!?』

 

 それは、声に成りきらないような音だった。

 しかし言葉にならずとも、驚愕しているであろうその表情が、立花の脳裏に自然と浮かび上がる。

 

『……立花さん、なんか変わったね』

 

「ああ……、最近よく言われるよ」

 

『…………』

 

「…………」

 

 通話は繋がったまま、二人の間にしばしの静寂が生まれる。

 

『…………私は、さ』

 

 その静寂を破ったのは、これまでとは打って変わった悲しげな声だった。

 

あの日(・・・)、綿谷メンターと烏丸先生が亡くなって、摩耶(まや)が学園からいなくなって……。そのことに…………私は耐えられなかった』

 

「…………」

 

『だからね……。今もあの日から目を逸らさず、戦い続けてる立花さんを……私は尊敬してる』

 

「っ……」

 

『ごめんね、いきなりこんなこと言って。でも、ずっと伝えたかったの。学園を卒業してから、異能と距離を置くことを決めた今の人生を、間違いだったとは思わない。……ただやっぱり、みんなから背を向けてしまったことだけは……、ずっと後悔してたから』

 

「……私は――」

 

 桃井のその告白に、立花は上手く言葉を返すことができない。

 しかし、立花が昔からそう(・・)であることを、桃井は知っている。

 

『大丈夫。何も言わなくていいよ。私が一方的に話したかっただけだから。ありがと……、ちゃんと聞いてくれて』

 

「…………」

 

『……その「梅宮(うめみや)さーん! そろそろ撤収しますよー!」っと、はーい! すぐ行きまーす! ……ごめん、立花さん。また今度ゆっくり話そうね』

 

「……ああ」

 

 桃井の誘いに対し、立花は心にもない返事を口にする。

 そのことを悟ったのか、桃井は声を明るいものへと戻し、立花に告げた。

 

『ねえ、立花さん。今度さ……立花さんからご飯誘ってよ。もちろん、明海や他のみんなも一緒に』

 

「……私が、か?」

 

『そ、立花さんが。……私、連絡待ってるからね。それがたとえ五年後、十年後になったとしても…………待ってるから』

 

 その言葉を最後に、二人の通話は終了する。

 立花は携帯を持つ手を力なく下げると、もう片方の手で胸の内ポケットへと手を伸ばそうとしたが、ここが学園内であることを思い出し、その手を止めた。

 

 最近、タバコを吸いたくなる日が増えた――

 

 そんなことを考えながら、立花は静かに告げる。

 

「五年後、十年後……か。すまないが、その約束は守れそうにない」

 

 それは、未来を見たことによる確信の言葉であり――

 

「……私は、次の春を迎えることなく、摩耶と戦って死ぬ」

 

 その未来から、逃げるつもりはないという覚悟の言葉。

 立花は笑みを浮かべていた。今にも泣き出しそうな、ひどく歪んだ笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、せんぱ~い。お帰りなさ~い」

 

 立花が職員室の自席に戻ると、いつものように、後輩である紅原が満面の笑みで言葉を投げかける。

 

「ああ」

 

「それにしても、本当によかったんですか~?」

 

 全く具体的ではない紅原の問いかけ。しかし、立花がそれを疑問に思うことはない。

 

「……投票自体に不正があったわけではない」

 

「まあそうですけど~。だからこそ驚きというか~」

 

「『名が広まらないように』という点に関しては既に手遅れだ。なら……、どうせ今更だろう」

 

「それでも、いろいろとリスクがあるのは確かじゃないですか~。演説でも盛大にやらかしたらしいですし~」

 

「…………」

 

「それに聞きましたよ~。登坂先輩に、あの子のこと気にかけてやってくれってお願いしたこと。……せんぱい、最近あの子に対してなんか優しくないですか~?」

 

「…………」

 

「あでっ!」

 

 立花はノールックで紅原の頭をはたいた。

 

「ててっ……。まあでも、私は反対しませんよ~。私は先輩至上主義。理事長殿よりも先輩が最優先ですから。ただぁ、理事長殿が帰ってきたら、私たち怒られちゃいますかね~?」

 

「……なにか、上手い言い訳はあるか?」

 

「残念ながらナッシングで~す」

 

 紅原の答えに、立花は大きく息を吐く。

 

 一学生の動向――そのことに対し、立花は深く頭を悩ませていた。

 日中に起こった『黄楼炎』の学園襲撃。そんな大事件でさえ、些事だと思えてしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次期生徒会役員 選挙結果開示

 

  ・

  ・

  ・

  ・

 

 副生徒会長  竹宮 (なぎさ)

 

 生徒会長   渡谷 雪春

 

 

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