魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
5月が始まるとすぐに訪れる至福の時――そう、ゴールデンウイークだ。
世間一般の高校生が休日であるように、異能学園の学生も当然のように休日であり、そして久しぶりにバイトも休みだ。
バイト先から3分ごとに鬼電されているが、今日は絶対に休みだ。
何度もシフト表を確認したし間違いない。僕はスマホの電源を切った。
さて、今日は何をしようか?
この前ギルメンにお勧めされたゲームでもしようか。それとも積みゲーを消化するか。それとも――――
「雪くん遊ぼー!!!」
「帰れ」
それはあまりにも突然のことだった。理事長の孫であるルウが許可なく部屋に押し入り、僕の休日を奪うぜ宣言。盗賊かよ。
寮の入り口には各部屋のインターホンがあるため、部屋に入るときは許可を求めるよう毎回教えているのだがどこ吹く風。小学生特有の無邪気さで全てが許されると思ってやがる。
「みんなで野球するんだけど人数が足りないの。雪くん前に野球のゲームしてたしルールわかるでしょ?」
「わかるけどやらない。そもそも小学生の遊びに高校生が参加するのはよくないだろ」
「なんで? 別にいいじゃん! それに雪くんなら魔法も下手くそだし大丈夫!!」
んにゃろう。小学生じゃなかったらパイルドライバーくらわせてるぞ。
「あ! そういえばおじいちゃんが、雪くんにこれ渡せって」
そう言ってルウは僕に折りたたまれた紙きれを渡す。
不思議に思いつつも広げて見てみると、そこには理事長からのメッセージが書かれていた。内容は――
『ルウと遊んでくれたら、理事長権限で来週の補習を無しにしてあげるよ』
…………おいおいまったく、僕がそんなわかりやすい褒美にホイホイ釣られるとでも?
「よしルウ、今日は思いっきり遊ぶぞ」
「おおーー!!」
釣られるが???
場所は河川敷の野球グラウンド。
ピッチャーの手から放たれた白球が、ストライクゾーンを通ってキャッチャーのミットへとおさまる。
異能を使っていることもあり、小学生が投げたとはとても思えないノビのある素晴らしいストレート。そのボールを見て僕は宣言する。
「スッタラーイク」
いや審判かい。
人数が足りないって言うから、てっきりチームメンバーだと思っていたら、まさかの審判だったよ。
「スッタラーイク」
まあ下手に参加してケガするよりはいいか。
球速140キロくらい出てる気がするし、デッドボールでもくらおうものならマジで死にかねない。
「スッタラーイク。バッターアウト」
「えー!? 今のストライクー!??」
「雪のストライクゾーンひろーい!!」
おうおう、言ってくれるじゃないかクソガキども。
その年齢から審判の判定に不服をもらすようじゃ反社一直線だぞ。
白〇球審のごとく詰め寄ってやろうか。
あとさも当然のように呼び捨てしやがって。
「雪くん、私が投げたボールは全部ストライクね!」
「ずるいぞルウ!!」
「次僕の打順だよ!」
「次はワタシがピッチャーしたーい!!」
会話だけ聞けば楽しく野球で遊ぶ元気な小学生たち。男子だけでなく女子も当然のように混ざっており、エネルギーが有り余っているのがよくわかる。
まあ実際に行われているのは超人異能力野球なんですけど。
マジで燃えてる火の玉ストレート投げるし。
ホームランを空飛んでキャッチするし。
打ったボールが分裂したと思ったら、守ってる方も影分身するし。
走ってるランナーに魔法をぶつけて足止めするし…………普通にルール違反では?
とにかく、漫画でしか見ないような超人野球が、当然のように目の前で行われている。
まさに異能が存在するからこそ見られる光景。なんだけど――
「なんだかんだ言って、こういう光景も見慣れたよなあ」
異能や魔法が存在する世界に飛び込んで1年と1ヶ月。
非日常がいつの間にか、当然の日常に変化していることを僕は改めて実感する。
とはいえ、この光景もあと2年も経たずに終わりを告げるのだろう。
卒業と同時に、僕はまた異能が存在しない平凡な日常へと帰り、そうして――
「ああーーー!!!」
うるさいなあもう。せっかく人がいい感じで感傷に浸ってたのに。
声のした方を見てみると、ホームランゾーンである川岸に小学生たちが集まっていた。
「どうした~?」
僕も気になって近づくと、小学生たちがワチャワチャと騒ぎながら、輪になって
――人間だった。
「ひゅっ」
僕は思わず息をのむ。しかも驚きはそれで終わらない。
倒れているその人物は、つい先日、うちのクラスに転校してきたばかりのクラスメイトであり、挨拶されたにも関わらずガン無視してしまった相手――サラ・シャスティだった。
そんな彼女が、頭から血を流して意識不明の状態で倒れている。
…………まっずいですわよ。
いや、え、これ、真面目にマジでマズくない?
日常から非日常への切り替わりが急展開過ぎる。
「……この人どうしたの?」
「わかんなーい!」
「いつの間にか倒れてたのー」
「さっきまで誰もいなかったよね?」
どうやら子供たちは倒れているサラを見つけただけで、倒れている原因についてはわからないらしい。
まあ正直、この転校生が何らかの超常現象に巻き込まれて倒れただけなら、救急車を呼んで終わりだ。
けれどそうじゃない場合――――具体的には、野球ボールに当たったことが原因で倒れている場合、それは非常にマズい。
当てたのは小学生だが、子供たちを見ていた高校生である僕に、この件の監督責任が問われてしまう。
近くにボールは転がっていないが、もしかしたら消える魔球がぶつかった可能性もある。
…………もしかして刑務所行きある? 雪春の青春監獄編始まっちゃう?
いや、18歳未満だから少年院か? それとも監督責任くらいじゃそこまでいかない?
ああ、ダメだ。パニクって頭が回らない。
とりあえずこのギャアギャアやかましい小学生たちをこの場から離そう。おいこら、死体(暫定)をバットでツンツンするんじゃない。
「……ルウ、あとその他もろもろ」
「どうしたの雪くん?」
「今日はもう帰りな」
「えー!!? なんでーー!!!?」
「まだお昼にもなってないじゃん!!」
「やだー!!! まだ遊ぶのー!!」
僕の言葉に猛反対する子供たち。
まだ太陽も高い中で、子供たちが帰りたくないのは理解できる。
でも僕の方も手段を選んではいられない。
先ほどよりもやかましくわめきたてる子供たちを、一瞬で黙らせてしまう魔法の言葉を僕は唱えた。
「僕の部屋にあるゲーム好きにやっていいから」
「やったー!!!」
「おれバ〇オハザードやりたい!!」
「私はサ〇レン!!」
先ほどまでの態度が嘘のように狂喜乱舞する子供たち。この現代っ子どもめ。
あともうちょっと可愛げのあるゲームにしときなさい。CEROに引っかかるでしょ。
「あ、でも僕のセーブデータに手を付けたら……その、そう、あれだ。あれする」
「どれ?」
さすがに子供相手に暴言を吐くのはどうかと思い、僕は言葉を濁した。
最近はコンプライアンスが厳しいからね。
「さてと……」
子供たちがいなくなり、残ったのは僕と転校生の死体(暫定)のみ。
絵面が完全に殺人現場だ。誰かに見られたら上手い言い訳ができそうにない。
僕は持っていたスマホの電源を付け、100件以上たまっていたバイト先からの着信履歴をすべて無視し、ある人物に電話をかける。
こういう時は頼れる大人に連絡すべきだ。その人物はワンコールですぐに出てくれた。
『もしもし、どうかしたのかい? 雪春くん』
「もしもし理事長?…………実は――――」
「……ふむ」
駆けつけた理事長が転校生の状態を確認する。
呼び出しといてなんだが、本当にすぐに来てくれたな。もしかしてわりかし暇だったのだろうか?
「おそらくだけど、なにか鋭利なものによってできた傷だね。ボールとかじゃなさそうだ。頭部からの出血はあるが、命に別状はない。魔法を使えばすぐに完治する程度の傷だよ」
理事長の見解を聞き、僕は胸をなでおろす。
青春が灰色に染まる事態はどうやら回避できたらしい。既に灰色じゃんとか思ったやつ、腕立て100回な。
「とりあえずここは私に任せておきなさい。必要なことは全てやっておくから」
「いいんですか?」
「もちろんだとも。監督責任どうこうの話をするなら、もともと雪春くんに子供たちを見るよう頼んだのは私だからね」
なるほど、その手があったか。……あ、いや、違う違う。
「じゃあすみませんけど、お願いします」
しかしまあ、せっかくの休みだというのに、心も体もぜんぜん休まらない。
これならバイトしてた方がマシだったかも……いや、それはないか。
この短時間で倍になっていた着信履歴を見て思い直す。
電話かけてる時間があるなら仕事しろよ。
「そういえば、さっき遠視魔法で君の部屋を見てみたけど、君のゲーム機らしきものが真っ二つになってたよ」
本当に心も体も休まらない! あのクソガキどもぉ!!!
僕はダッシュで部屋へと戻った。
―――――
おまけ
「さて、と……」
渡谷雪春がその場を去り、残った学園の理事長――レイ・エレシウスはぼやく。面倒なことになった、と。
「素直に騙されていればいいものを……」
レイは倒れている転校生――サラ・シャスティに近づき、その頭部に触れる。
「『真意を語り、全てをさらせ』」
レイがそう唱えると同時に、意識のなかったサラの眼が開き、まるで操り人形のような不自然な動きで立ち上がった。
「サラくん、君がここにいた理由を言いなさい」
「わた、しは、わた、がや、ゆきは、る、を、かんし、するた、めに、ここ、に」
サラはレイの質問に素直に答えていく。
しかしその言葉は流暢なものではなく、まるで一音一音を無理やりつなげて言葉にしたような、歪なものだった。
「なぜ雪春くんを監視する? 君たち『セーラス』が追っていたのは冬二くんのはずだが?」
「しょうさ、いは、ふめい。ただ、い、、ぜんの、たた、かいで、わたが、や、とうじ、にたいし、、、ぼす、が、いわか、んを、おぼ、えた、とのこ、と。そこ、で、わたが、や、とうじ、の、しゅうい、を、さぐれ、と」
たどたどしい言葉でサラが言い切ると同時に、レイの顔が険しくなる。
「……面倒なことになったものだ。
レイがそう言って顔を向けたのは、誰もいな
そこには黒い女がいた。
レイのような黒に統一された服装といったわけではなく、まるで闇に包まれているとしか表現できないような黒。
髪型や体型からなんとか女であることはわかるものの、それ以上の情報は何一つとして得られない。
黒い女はただそこにいるだけ。
しかしそれこそが、レイにとっては極上の恐怖だった。
「……今まで静観に徹していたあなたが、一体どういった気まぐれで?」
「…………」
レイの言葉に対し、黒い女は一切の反応を示さない。
それでもレイは、必死に黒い女のご機嫌をうかがうように、額に汗を流しながら言葉を紡ぐ。
それは普段レイ・エレシウスが他人には絶対に見せない姿だった。
「安心してほしい。私のスタンスはこれまで通り変わらない。現状維持――それだけが私の願いだよ」
その言葉に満足したのかどうか、レイには判断しようもないが、黒い女は霧散するように消えていく。
レイはそれを見て息を吐き、誇張でもなんでもなく、文字通り命の危機が去ったことに安堵する。
かつて黒い女の手によって、多くの人間がモノを言わぬ死体となったのを見てきたレイ。
目の前の操り人形の命がまだあるのも、黒い女の気まぐれでしかない。
「己の異能の制御くらい、しっかりやってもらいたいものだまったく……」
面倒なことになった――