魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
新生徒会が発足した当初から、雪春は他の生徒会メンバーから怖がられている。
竹宮もそのことは理解しており、現在は彼女が緩衝役となり、雪春と生徒会メンバーの間を繋いでいた。
ただそれは、決して健全な組織とは言えず、仕事の効率も当然悪くなる。
そのため、本来の竹宮であれば、すぐさま関係の改善を図ろうと動いていただろう。
しかし、彼女はそうはしなかった。
なぜか?――そのことを竹宮は自問し、そして答えを得る。
嬉しかったのだ。鬼の副会長と呼ばれ、普段は怖がられる側の自分が、逆に生徒会の後輩たちに頼られるという状況が。
要するに、竹宮は自身の個人的な感情のために、問題のある現状を今まで放置していたことになる。
そのことに気づいた時、竹宮はひどくショックを受けた。それは竹宮自身にとって、到底許されない行為であったが故に。
実際、生徒会内での共有不足により、新部活動大量増設という事件も生じている。
竹宮は生徒会長にも、他の生徒会役員に対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だからなのだろう――
『――――』
「え!? 白川さんが!?」
『――――』
「それは困りますね……。明日も試合があるのに…………え? シフトの穴埋め? 僕は無理です。予定あるんで」
『――――ッ!!』
「はーい、失礼しまーす。……さてと、どうしよっかなぁ」
生徒会室の前で誰かとの通話を終え、困ったような表現を浮かべながら頭を抱える雪春を見て、躊躇いなく声をかけたのは。
「会長、何かお困り事ですか?」
「え? あ、竹宮さん。うん……、まあちょっとね」
「もし可能であれば、私が何か力になりましょうか? 会長にはこの前、予算を引っ張ってきていただきましたから」
「いや、あれは僕が何も知らずに部活申請を承認しまくったから……」
「いえ、そもそも私が連絡を怠ったのが原因です。会長は規則通りに行動しただけ。ケルーツ部が私のいない間、再度申請に来ることは十分予想できましたので」
恩を返すというスタンスでありながら、反論など許さないとばかりに、竹宮はまくし立てる。
そんな竹宮に対し、雪春は少し考える素振りを見せた後、意を決したように告げた。
「……竹宮さんって、スポーツとか得意だったりする?」
「………………はい?」
――と、そんなやり取りがあった翌日、竹宮は野球のユニホームに身をまとい、河川敷のグラウンドに立っていた。
「というわけで、助っ人の竹宮さんです」
「……よ、よろしくお願いします」
雪春に紹介され、竹宮は戸惑いながらも頭を下げる。
竹宮が頭を下げたその先にいるのは、同じユニホームを身にまとった人物たち。ほとんどは自身と同じ高等部の学生だが、中には小学生や成人済みの者も交じっている。
「ほんと助かったよ。白川さんが毒の調合に失敗したとかで、今シーズン中の復帰が絶望的になっちゃって」
「……毒? 今シーズン?」
竹宮は雪春が何を言っているのか理解できない。
そもそも竹宮が想定していた『力になる』とは、プライベートで問題が生じたであろう雪春の代わりに、雪春に余裕が生まれるよう、生徒会の仕事を負担するというもの。そのため、プライベートの方を手伝うことは完全に想定外だった。
それでも、彼女は持ち前の勤勉さにより、野球のルールや競技性、さらには近年のトレンド戦術まで徹底的に勉強した上で、今日この場に立っている。
少々面食らったものの、これも失態を挽回する機会なのは確か――そう意気込んで。
「じゃあみんな、前の試合が終わったからベンチ入りするよ」
雪春のその言葉を受け、竹宮が加わるチーム『ミスフィット』の面々は、荷物を持って移動を開始する。
そしていざ、ベンチの中へと足を踏み入れようとした瞬間、竹宮がこれ以上進むのを阻むように、雪春が手で制した。
「……会長?」
「ちょっと待ってね、竹宮さん。……捜索班、ゴー」
雪春が合図のような言葉を告げると、チームの輪の中から三人
するとその三人は、一切の物音すら立てずベンチ内を物色し始める。
竹宮はその不可思議な行動の意味を尋ねようとするが、それを咎めるように、雪春は人差し指を口の前で立てた。
竹宮だけではない。その場にいる誰もが口を閉ざし、数十秒ほど経ったころ――
「ッ……!」
ベンチ内を物色していたうちの一人、桜色の髪を持つ成人女性が大きく右手を上げる。
それは、
その合図を受け、雪春は静かに告げた。
「ルウ、やっちゃって」
「わかった!」
名を呼ばれた小等部の学生――ルウ・エレシウスは、発見された
「わあっっっっっ!!!!」
――力の限り叫んだ。
「っ!?」
『ギャア!?!?!?』
竹宮が思わず耳を塞いだのと同時に、なぜか聞こえてきた悲鳴。
その発生源は、本日雪春たち『ミスフィット』の対戦相手がいる、自分たちとは反対側のベンチの中から。
その後、ようやく残りのメンバーもベンチへと足を踏み入れていく。
「やっぱり仕掛けられてたか」
「まったく、せこいチームだ」
ぼやくように告げるチームメンバーの表情に、困惑の色はまるでない。
「あの……、会長……」
「ごめん竹宮さん、なんの説明もなしで。実はベンチに盗聴器が仕掛けられてたんだ」
「え、は……? 盗聴器?」
「うん。実は前にも今日対戦する相手チームに盗聴器を仕掛けられてて、それでこっちの作戦が全部筒抜けだったんだ。けどこれでもう大丈夫。ついでに一人仕留められたみたいだし、今日の試合は有利に進められるから」
「…………」
当たり前のことのように笑みを浮かべながら、雪春もベンチの中へと入っていく。
これから行われるのは、本当に野球なのだろうか?――竹宮は一気に不安になった。
【試合開始直前】
『気張れよミスフィット! 今日こそ連敗脱出しろッ!!』
『光華さーん! がんばってー!』
『お前ら! 今日も面白い試合を期待してるぞー!』
『監督やめろー!』
グラウンドを取り囲むのは、試合開始を今か今かと待ちわびるギャラリーたち。
これから行われるのは、あくまで趣味の範疇でしかない草野球の試合。
にもかかわらず、大勢の人数が集まり、チームや選手たちに声援(一部を除く)を送るその光景が、竹宮には不思議で仕方がなかった。
「すごい人の数ですね……、正直以外でした。草野球にこれほど熱心なファンがいるなんて……」
「いや、あいつらファンというか……なんなら野球ファンと呼べるかどうかも…………」
「……?」
「……まあ、どうせすぐわかるか」
雪春は口にしかけた言葉を飲み込み、ギャラリーについての言及を避けたちょうどその時、
「ちょっとリーダー」
「ん? どうしたの光華さん」
雪春と竹宮の会話に割り込んできたのは、チームメンバーの一人である光華だった。
光華は不機嫌そうな表情を隠しもせず、グラウンドのバックネットの方を指差しながら告げる。
「
「最初の試合以外は一度も呼んでないよ。あの人たち、どこからか試合のある日を嗅ぎつけて勝手に来るんだから」
「……まったく、ちゃんと制御しておいてくれよ。子猫ちゃんたちが怖がるというのに……」
「制御できるなら今ごろ生徒会長になってないよ」
雪春と光華が汚物を見る目を向けるのは、バックネット裏を陣取る柄の悪い連中たち。
その柄の悪さは見た目だけでなく、飛び交う声援(?)の節々にも表れていた。
『いい加減に勝てよお前らッ!!!』
『今日はエラーすんじゃねぇぞ渡谷ァ!』
『ミスフィットが弱いのは無能監督のせいだ! 監督やめろ!』
その光景に、竹宮は思わず顔をしかめる。
醜悪――人が趣味で行っていることに対し、酒を煽りながら一方的に罵倒するその姿は、まさにそれを体現するような光景だった。
「……お話から察するに、バックネット裏はいつもあんな感じなんですか?」
「あんな感じではあるけど……、今日は特にかな。対戦相手がウチと最下位争いしてるチームだから」
「……ちなみに、監督って会長のことですか?」
「いや、監督は僕の担当メンターにやってもらってる。あくまで形だけだから、いわゆる置物監督だけど」
「そうなんですね。……それで、その監督は今日どちらに? 一応挨拶しておいた方が――」
「別にしなくていいよ。あの『監督やめろ!』って叫んでる人の隣で、楽しそうにお酒飲んでる人が監督だから」
「メンタルどうなってるんですかあの人?」
まだ話したこともない監督に対し、竹宮は恐怖を覚えた。
「まあその……、慣れない野球でいろいろとびっくりしたよね」
「私がびっくりしたこと、全部野球以外に関することなんですけど」
「だ、大丈夫! 試合が始まれば細かいことは全部気にならなくなるから……!」
ここで抜けられるのは困る――そんな雪春の思いを強く感じながら、大いなる不安と共に、竹宮にとって初めての試合がスタートするのだった。
【1回表 ミスフィットの攻撃】
乱闘が勃発した。
試合開始から第一球目、そのボールは見事打者である雪春の臀部に直撃し、ベンチから両軍が飛び出す事態に。
容赦なく殴り合う両軍メンバー。そしてその殴り合いを止めるために殴りかかる審判団。湧くギャラリー。
「ちょっ……!」
小さい子もいるのに、いくらなんでも教育に悪すぎる!――そう懸念した竹宮だったが、当の
これは常識の通じる試合ではない。そのことを、竹宮はようやく理解し始めた。
【3回表 ミスフィットの攻撃】
ノーアウトランナー1塁の場面で、次のバッターは雪春。
しかし雪春はなかなかバッターボックスに入らず、何やらチームメンバーと揉めている様子。
気になった竹宮が耳を傾けてみると、どうやら作戦の面で揉めているようだった。
「リーダー、ここは絶対バントだ」
「ボクも蛇塚くんの意見に賛成だ。確実にランナーを2塁に送った方がいい」
「二人とも何もわかってない、これだから素人は……。ノーアウト1塁でのバントはむしろ得点期待値が――」
「――ッ!」
「――!?」
傍から見ている限り、どうもまとまりそうな気配を感じられない。
そのため、竹宮は雪春たちの下へと近づき、口をはさむことに決めた。
事前に学習してきた知識を用い、少しでも雪春の力になれればという思いを抱きながら。
「すみません。差し出がましいかもしれませんが、会長の意見に私も賛成です」
「あ!?」
チームメンバーの一人である蛇塚は、ほぼ初対面の竹宮を容赦なく威圧する。
しかしそういった圧に、竹宮は慣れていた。序列入りもしている前生徒会長の姿を、副会長として誰よりも近くで見続けてきたが故に。
「……会長の言う通り、ノーアウト1塁でのバントはむしろ点を取れる可能性を下げる――というデータが実際にあります。まだ試合も序盤ですし、ここはヒッティングでも問題ないかと」
「そうだそうだ! もっと言ってやれ竹宮さん!」
「プロ野球などでも、序盤のノーアウト1塁でバントを指示した監督に対し、SNSで罵詈雑言が飛び交うことも珍しくなく――」
「リーダーの打率0割台だぞ」
「バントしましょう、会長」
「竹宮さん?」
竹宮は擁護を諦めた。
結局、多数決の圧に押され、作戦はバントで決定する。
なお、雪春は作戦を無視して普通に打ちに行き、普通に三振した。
【7回表 ミスフィットの攻撃】
試合はここまで『14‐12』でミスフィットがリード。
お互い大量点を上げているが、そのほぼ全てがエラーの絡んだ得点であり、エラー数は両チーム合わせて三十を超えている。
ヒットの数よりも、エラーの数が圧倒的に上回っており、試合は乱守戦の様相を呈していた。
そうなると当然、投手の球数は必然的に多くなり――
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……、もう無理…………」
ここまで一人で試合を投げ抜いてきた投手――矢川宗助はベンチに横たわり、完全にグロッキー状態。
「雪春……俺はここまでだ。ピッチャー交代してくれ……」
「いや、でもほら……明日も
「最後までって……、俺もう球数200球超えてんだぞ……。無理だって…………」
「お願い! トミー・ジョン手術が得意な医者なら紹介できるから!」
「故障するまで投げさせる気か?」
もう絶対に投げられない――そうぼやく宗助の耳元で、雪春は静かに告げる。
「宗助…………僕たち、友達だよね」
「任せとけ雪春! 延長になろうとも投げ抜いてやるぜッ!!」
雪春の一言で、虫の息だった宗助は息を吹き返す。
竹宮は少し引いた。
【9回裏 相手チームの攻撃】
計五度の乱闘を経て、試合はついに最終回。スコアは『21‐16』と、とても野球のものとは思えない数字が並ぶ。
宗助は味方のエラーに、これでもかというほど足を引っ張られながらも、ついにツーアウトランナーなしまでこぎつける。
あと一人打ち取れば試合終了――というそのタイミングで、
「あ、やべっ」
宗助は相手バッターに死球を与えてしまう。
『てめぇ! やりやがったな!』
『ふざけやがってッ!!』
そして当然のように、相手ベンチから選手たちが一斉にグラウンドへと飛び出していく。
ここまでくると、既に竹宮にとっても見慣れた光景だった。しかし今回の乱闘は、相手チームの選手たちがより殺気立っているようにも感じられる。
なぜだろうか?――そんな竹宮の疑問に答えたのは、まるで慌てることのないチームメンバーのつぶやきだった。
「はっ、最後の最後に大乱闘で結果を有耶無耶にしようってか? 盗聴器仕掛けるカス共の考えそうなことだ」
「まったく、まだここから逆転できる可能性の方が高かっただろうに」
「えへ、ふへへ……。何でもありでワタシたちに勝とうなんて、無理に決まってるのにね。へへ……」
襲い掛かる相手チーム。迎え撃つミスフィット。そんな両チームの乱闘は、これまでの乱闘とは全く異なり、戦いではなく一方的な蹂躙。
それを見た竹宮は、ミスフィットがこれまでの乱闘において、かなり手を抜いていたことを理解する。
それほどまでに、ミスフィットの戦力は圧倒的だった。
……野球をしているはずなのに、なぜ私は戦闘能力の高さに感心しているんだ?――竹宮は自身の身に着けたグローブを見つめ、今日何度目かもわからない疑問を抱く。
そして同時に、これほどまでギャラリーが多い理由も理解することができた。
ギャラリーが一番湧き上がるのは、どちらかがホームランを打ったり、三振を奪った瞬間ではない。
大きな声援が上がるのは、決まって乱闘が始まった時。つまり、ギャラリーの目的は野球ではなく喧嘩であるということ。
「どいつもこいつも……」
試合は最終的に、バッターボックスで気絶する打者から宗助が三振を奪い、ミスフィットの勝利となった。
【試合終了後】
試合が終わり、ベンチ内の片付けを行っていたその最中、竹宮は雪春から声をかけられる。
「竹宮さん、お疲れ様。改めて今日はありがとう」
「いえ、手伝うと言ったのは私ですから」
「ちなみになんだけど、もし竹宮さんさえよかったら、これからもチームの一員として試合に出てくれないかな?」
「えっと……」
竹宮はすぐに答えを出せなかった。
試合の内容だけ見れば、迷うことなく断っていただろう。しかし、プライベートで団体競技を行うのは彼女にとって初めての経験であったため、楽しいと思える面も確かに存在したのだ。
新生徒会でも、竹宮の役職は以前と変わらない。
しかし
「もちろん、今すぐ決めろとは言わないから」
「……はい」
「あとさ、初めての
「これは野球ではありません」
先ほどとは違い、竹宮はすぐさま確信を持って告げた。
――――――
チーム『ミスフィット』の投手適性
・桜
ミスフィットのエース。
草野球リーグ屈指の投手だが、ファミレス店の主力でもあるため、店長から球数制限を設けられている。
・光華 夏美
ミスフィットの二番手投手。
桜にも引けを取らない好投手。
サードを守る雪春と協力し、ここぞの場面で行う隠し玉は芸術の域。
・矢川 宗助
なんでもそつなくこなす器用貧乏な投手。
打たせて取るタイプのため、守備がゴミ過ぎて失点数がリーグトップクラス。
便利屋として使いつぶされがち。
・ルウ
チームで一番速くてキレのある球を投げるが、本能レベルで相手打者目掛けてボールを投げてしまう。
・雪春
シンプルにノーコン。