魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「
部隊の長である
一方で、処分を下された部下の深国は、そのことを初めからわかっていたかのごとく、平然と奥寺の言葉を受け止める。
「…………」
「…………」
奥寺と深国、二人の鋭い視線がぶつかり合い、隊長室の空気はこれ以上ないほど重苦しい。
しかしその
それに伴って、深国も小さく息を吐くと、その場にあった緊張感は完全に霧散していた。
「……とまあ、ここまでが上に伝えるカバーストーリーだ」
「はい」
「念のため言っておくが、お前は常に高い集中力で訓練に臨んでいるし、体調管理もしっかりできている。本来であれば、休隊処分を受けるような
「ありがとうございます」
「じゃあ……ここからが任務の話だ。私と深国だけで進める、極秘の」
そう告げると、奥寺は二枚の写真を深国に手渡す。
一枚は、とある建物の写真。そしてもう一枚は、一人の少年が写る写真。
「これが、例の……」
深国が鋭い表情で見つめるのは、二枚のうち、建物が写る方の写真。
その建物は、一見どこにでもあるような普通の
「以前にも話したように、表向きの登録は普通の飲食店になっている。しかしその裏では、武器の闇取引、犯罪者隠匿、違法食材の取り扱い、さらには罪のない学生や一般市民を巻き込む暴力沙汰と、様々な犯罪行為に手を染めている可能性が高い。そのため、
「本格的な調査が始まりそうになると、必ず
「その通りだ。あまり考えたくはないが、これに関しては確定だろう。……上層部のどこかが、この店と繋がっている」
「っ……」
北鎮部隊――それは日ノ本に住まう民を守るため、揺るぎない正義を掲げる組織。
そんな組織の上層部が、犯罪組織と繋がっている。その事実を改めて告げられ、深国はショックを隠せない。
「犯罪の、揉み消し……」
「その線で間違いないだろう。だからこそ、秘密裏に調査を進め、上が言い逃れできないような犯罪行為の証拠を掴まなければならない。そしてその証拠を、深国……お前が見つけるんだ」
奥寺は深国の目を真っすぐ見据え、彼女に課す任務内容を告げる。
それは、部隊としての正式な任務ではない。あくまで、奥寺個人の意思による調査。
隊長という立場を利用し、部下を謂れなき理由で休隊させ、独断で危険な任務に就かせる。そのことが上にバレれば、たとえ成果を上げようとも、奥寺は何らかの処分を受けることになるだろう。それこそ、今後の進退に関わるような処分を。
それほどまでにリスクのある調査を、自分に託してくれた――その事実に、深国は自然とやる気がみなぎっていく。
奥寺に対し、深国は敬礼の姿勢を取った。
「はい、任せてください。必ずや、犯罪の証拠を掴んで見せます……!」
「ああ、期待してる。ただ無理だけはしないように。もし危険を感じたら、逃げることが最優先。さすがに命を懸けるほどの任務ではないからね」
「わかりました」
深国が了承したことで、誰にも知られることのない、二人だけの任務がスタートする。
そうして、深国は一度視線を写真へと戻すと、ずっと気になっていたことを奥寺へ問いかけた。
「隊長……ちなみになんですが、この店の名前を教えていただけますか? 写真では看板の文字が潰れていて、上手く読み取れず……」
「『~こんなの食べたことない!?~ 神も愛した舌がとろける最強料理! 俺だけ食べたら能力値アップ!? 毎日食べていたらいつの間にか世界最強になっていた件』だ」
「…………」
「…………」
「……もう一度お願いしていいですか?」
「『~こんなの食べたことない!?~ 神も愛した舌がとろける最強料理! 俺だけ食べたら能力値アップ!? 毎日食べていたらいつの間にか世界最強になっていた件』だ」
「…………」
「…………」
「……随分と、長い名前ですね」
「……そうだな。私も初めて見た時は目を疑ったが、正式な登録も確かにその名前でされてある」
「そう、なんですね……。と、とりあえず、この、えっと…………すみません、もう一度お願いします」
「『~こんなの食べたことない!?~ 神も愛した舌がとろける最強料理! 俺だけ食べたら能力値アップ!? 毎日食べていたらいつの間にか世界最強になっていた件』だ」
「……この店の調査方法ですが――」
諦めるなら言わせないでくれ――そう漏らしそうになったのを、奥寺はなんとか心の中に留めた。
「調査方法なら既に考えてある。お前に渡した二枚の写真のうち、
奥寺に促され、深国は制服姿の少年が写る写真へと目を向ける。
「そこに写っている少年は、その店で働く唯一の高校生だ。深国にはこの少年に接触し、親交を深めてもらう」
「情報を聞き出すんですか?」
「いや、さすがに学生バイトの立場で重要な情報を握っているとは考えにくい。接触の目的は、この少年による紹介という形で、店に潜り込むことだ」
「……それはつまり、バイトとして潜入し、働きながら犯罪の証拠を掴め、と?」
「そうだ。バイト自体は普通に募集しているみたいだが、そちらの方が怪しまれることもないだろう。そのため、深国には今通っている部隊の提携校から、魔導王の学園に転校してもらうことになるが、問題ないか?」
「問題ありません。中等部まではそちらに通っていましたから、知り合いもいるはずです」
「そういえばそうだったな。なんならお前の姉も……っと、そうか……となると、すれ違いになってしまうのか。それは少し申し訳ないな」
「……? 何の話ですか?」
奥寺の言葉を受け、深国は本気で不思議そうに首を傾げる。
そんな深国のリアクションを受け、奥寺も不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 聞いてないのか? 今度仮入隊するお前の姉が、ウチの分隊への所属を希望しているという話だ。てっきり、妹のお前がいるからだと思っていたんだが……」
「いえ、それはないと思います。……仲が悪いというわけではないですが、私と姉はお互いあまり干渉しないタイプの姉妹なので。入隊前の……まだ家にいた時から、会話もほとんどありませんでしたし」
「そうか、ならいいんだ。話を戻そう。……写真の少年についてだ」
「……? この少年のことで、まだ何かあるんですか?」
少年と親交を深める――話はそれで終わりだと考えていた深国だが、奥寺は鋭く目を細め、これまで以上に真剣な声で語り始める。
「……念のため、少年のことを友人に調べてもらってな。何やら含みのある言い方はされたものの、結果は至って普通の学生だった」
「なら、一体何の懸念が?」
「……深国、7月ごろに起きたセーラス幹部による『ビル爆破事件』を覚えているか?」
突然、奥寺が口にしたそれは、店の調査とは無関係に思えるような質問。
「はい、よく覚えています。私たちが現場に到着した時点で、既に
「その現場でな……、ヘッドホンを首にかけたパーカーの少年が、ゼロの人間と会話をしていた記憶があるんだ」
「っ……!」
ヘッドホンにパーカー。それはまさに、写真に写る少年の特徴そのもの。
「それと……ついこの間の、廃工場で起きた獣人騒ぎの鑑識作業中、集まったギャラリーたちの中に、この少年に似た姿を見た覚えがある」
「……偶然、ですかね?」
「それぞれ全く別の案件だからな。偶然、似たような人物を見かけただけかもしれないし、私の見間違いということも当然ありうる。だから警戒しすぎる必要はない。ただ、この少年には何かあるかもしれない――その可能性だけは、頭に入れておいてくれ」
「っ、わかりました……!」
深国は力強く返事をしながら、手に持っている写真を裏返す。するとその白地には、
――『渡谷雪春』
これから接触を図る少年の名が、手書きで記されていた。
「ふぅ……」
深国が部屋を後にし、奥寺は一人、椅子に深くもたれかかる。
とあるファミレス店の悪事を暴く。その目的のため、上層部に伺いを立てず、若い部下に危険な任を課し、自身の進退までかける始末。
しかしそうまでしなければならない理由が、彼女にはあった。
奥寺は、隊長机の引き出しから一枚の写真を取り出す。
そこに写っているのは、まだ部隊に入隊したばかりのころの自分と、今はもう部隊を辞めてしまった元隊長の姿。
「隊長……」
奥寺には、心の底から尊敬する人物が二人いる。
一人は、学生時代の自分を、メンターとして身も心も鍛えてくれた人物。
そしてもう一人は――
『うん、すごく優秀だね。キミなら
――入隊して間もないころ、右も左もわからなかった自分を、その背中で導いてくれた人物。
「もし……あなたが本当に、悪の道へと堕ちてしまっているのなら……。その時は、かつての部下だった私の手で……」
奥寺は覚悟を決めながらも、心のどこかで、何かの間違いであってほしいと願う。
そんな彼女の欠点を一つ挙げるとするならば――
――絶望的なまでに、人を見る目がないことである。
――――――
おまけ
「あ~~~、あのクソ親子……また家庭内のケンカを店に持ち込みやがって」
ファミレス店のスタッフである
そして、スタッフルームの前までたどり着いたその時、
『渡谷くん! どうしてわかってくれないんだ!?』
スタッフルームの中から聞こえてきたのは、店長である水谷の声。
『何度も言ってるじゃないか! それなのに……!』
部屋の外にまで届くほど、水谷は声を張り上げており、その口調もどこか荒い。
どうやら、篠田の後輩スタッフである渡谷雪春を叱りつけているらしい。
逆ならともかく、店長が叱るのは珍しいな――なんてことを考えながら、篠田はスタッフルームの扉を開く。
すると、部屋の中では――
「ここまでしてるのにダメだって言うのかいッ!?」
――雪春に対し、土下座する水谷の姿があった。
「…………」
なんだ、いつも通りか――そう確信し、篠田は土下座している水谷の体をまたぐ。
「ちーっす、お疲れさんでーす。ちいかわ……じゃなかった。店長、そんなとこいたら邪魔っすよ」
「あっ! ちょうどいいところに! 篠田さんも渡谷くんに言ってあげてよ!」
「そら店長が悪いっすわ」
「まだ何も言ってないでしょ!!!」
「この状況だかんなぁ……」
土下座する水谷に、それを冷たい目で見下ろす雪春。
その状況が全てを物語っており、篠田は話を聞く気にもなれなかった。
「どうせいつもみたいに、バカやった尻拭いを全部渡谷にやらせて――」
「渡谷くんがバイトを辞めるって聞かないんだよ!」
「まあ座れよ、渡谷。同じスタッフ同士、腹を割って話そうぜ」
篠田の視線を向ける先が、すぐさま水谷から雪春へと切り替わる。
椅子に座り、雪春と向かい合いながら、篠田はゆっくりとその口を開いた。
「渡谷……、本当なのか?」
「そうですね。可能な限りすぐ辞めようと思っています」
「急にどうしたんだよ。よりにもよってお前が……」
スタッフの退職。それはこの店にとって、それほど珍しいことではなく、むしろ日常茶飯事と言える。そのため、いちいち篠田が驚いたり、戸惑うようなことはない。
しかし、それが店のエースであり、『深淵』の二つ名を持つ存在となれば話は別。以前にも退職騒ぎはあったが、水谷の勘違いだったその時とは違い、今回は本人がしっかりと口にしている。
おそらく、離職を決意するに足る、深い
「なんで……辞めるなんて言い出したんだ?」
たとえどんな理由であったとしても、相手の気持ちを正面から受け止め、その上で、思いとどまるよう説得してみせよう。そんな思いを胸に、篠田は覚悟を持って問いかける。
そんな篠田の本気が雪春にも伝わったのか、雪春はこれ以上ないほど真剣な表情で、問いの答えを告げた。
「“伝説”になりたくないからです」
「…………何言ってんだ?」
「僕がこのままここで働き続けると、『伝説のホールスタッフ』になってしまうんです」
「だから何言ってんだ?」
「そんな未来を変えるために、僕はこの店を辞めるんです」
「本当に何言ってんだ???」
篠田には、雪春の告げる言葉が何一つ理解できない。
「ああもうっ! よくわかんねえこと言ってんじゃねえよ! 未来だとか先のこと心配してねえで、今を見ろよ! この店で働くメリットだってちゃんとあるだろッ!」
「ほんとにあります?」
「客を殴れるじゃねえか!」
「何言ってるんですか?」
雪春には、篠田の告げる言葉が何一つ理解できない。
仕事に求めるもの、望む生き方、加害性。全てが異なるからこそ、互いに互いを理解できず、篠田の説得は空回る。
それでも、篠田は諦めなかった。次第に、チームの
「……なあ渡谷、私は……お前が本気で辞めるつもりだとは思わないんだ」
「本気ですけど」
「まあ聞けって。もし本気で辞めようと思ったんなら、何も言わずにしれっと来なくなればいいだけだ」
「…………」
「でも、お前はそうしなかった。それはつまり、まだお前の心に続ける意思が残ってるからじゃないのか?」
「いや、黙って辞めたら前みたいに学生寮に突撃してくるじゃないですか」
「……まあそうだな」
「否定してほしかったなぁ……」
話はどこまで行っても平行線。
結局、その場で結論は出ず、雪春の進退は保留となった。水谷は土下座でガッツポーズした。
スタッフたちが陰で呼んでる最近の店長のあだ名
地位の高い変わり者。略して『ちいかわ』。