魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
それはなんでもない平日の朝。
いつものように、朝のホームルームが始まるギリギリに登校すると、なぜか僕の所属する二年四組の教室付近がザワついていた。
廊下には他クラスの生徒が野次馬のごとく集まり、みな等しく怪訝な表情を浮かべている。
「おい、これなんの騒ぎだ?」
「あれだよ。ほら、入口のところにいる……」
僕はそんな野次馬たちの会話に聞き耳を立て、そのザワつきの原因を探る。
すると野次馬たちの視線の先には、一人の女子生徒の姿があった。
その女子生徒は、教室の扉入口付近で仁王立ちし、キョロキョロと視線をさまよわせている。そしてその視線が、なぜか妙に鋭い。
ただ、野次馬たちがこれほど集まっているのには、その女子生徒がとても整った容姿をしており、序列一位……元序列一位の面影を感じさせることも無関係ではないのだろう。
しかしまあ、あんな獲物を狙うような目で、朝っぱらから誰を探しているのやら。
「あれ誰待ち?」
「ワタガヤだってよ」
ッ……!!
……いや、落ち着け僕。こんなのいつものパターンに決まってるじゃないか。そう、あの女子生徒が用のあるワタガヤは、間違いなく冬二の方。だから、僕は何の関係もない。
…………いやいや、でももしかしたら、ほんのちょっとくらいなら、僕に用があるという可能性も……!
そうだ。少し前までならいざ知らず、僕だって今は生徒会長となり、全校生徒にその存在を認知されるような立場になったんだ。
であるのならば、僕に用があるなんていう確率も、パ○プロくんのケガ率10%くらいは――
「え、ワタガヤってどっちの?」
「変な方」
ほな違うかぁ。
まあ知ってた。僕のはずがないって。
くっそぉ……! 美少女とお近づきになれるかもとぬか喜びしてしまった……。
……きっとアレかな。元序列一位を序列一位の座から引きずり下ろしたのが冬二だし、その関連かな。
そんなことを想像をしながら、僕は気配を消し、野次馬たちの間をすり抜けて教室へと入り、自分の席に腰を下ろした。
そうして、あと少しでホームルームが始まる時間となり、集まっていた野次馬たちも徐々に自分たちの教室へと戻り始めたその時――
「なっ……!?」
突如、先ほどの女子生徒が驚愕するような声を上げる。
その視線を教室内にいる僕の方へと、確かに向けながら。
すると女子生徒は勢いよく教室内へと足を踏み入れ、僕の目の前に来て告げた。
「渡谷雪春くん……だよね?」
「…………」
え、変な方のワタガヤって僕なの? とか。
そもそも僕になんの用事? とか。
様々な疑問が思い浮かぶなか、僕はそれらを全て頭の端へと追いやる。
今の僕にとって、なによりも大事なこと。なによりも優先すべきこと。それは――
「はい、僕が渡谷雪春です」
このチャンスを絶対に逃さないことだ。
「よかった……! やっと会えた……!」
やっと会えた、ときましたか。
「実は私……、キミに興味があるんだ……!」
興味がある、ときましたか。
「それで昨日からずっと探してたんだが、運悪くなかなか会えなくて……」
ずっと探していた、ときましたか。
おいおいおいおい、信じられない……。こんな美少女が、冬二や他の誰でもなく、僕との距離をガンガン詰めにきてるいる。
…………来たのか? 僕にもついに、春が……!
「それで――」
「朝のホームルームを始めるぞ。……そこの転校生、何をしている。さっさと自分のクラスに戻れ」
「グっ……! わ、渡谷くん! 昼休み、一緒にご飯を食べよう! だからどこにも行かず待っていてくれ! じゃあまた後でッ!」
女子生徒はまだ何かを言いたげな様子だったが、教室に入ってきた立花先生に睨まれ、慌てた様子で自分のクラスへと帰っていってしまう。
ただ彼女はその去り際、確かに口にした。『昼休み、一緒にご飯を食べよう』と。
その言葉を、僕は何度も心の中で反芻する。そのため、午前中の授業の間はずっと、顔がニヤケないように我慢するので必死だった。
そうして訪れた昼休み――
「さっきはごめん、自己紹介もまだだったね。
授業が終わると同時に、元序列一位と同じ苗字――深国を名乗る少女が、お昼ご飯を手に持って僕のクラスへと突撃。
ちなみに比喩ではなく、本当に突撃してくるような勢いで走ってきた。
なにをそこまで――と思わないでもないが、それが僕に会うためとなると悪い気はしない。
「このクラスにはキミと同じ苗字がもう一人いるみたいだし、わかりにくいから“雪春くん”と名前で呼んでもいいかな?」
おいおいおいおいおい、いきなり名前で呼ばれましたわよ。
「もちろん、好きに呼んでくれて大丈夫だよ」
「ありがとう、雪春くん。私のことも亜夜と呼んでくれ」
自分も姉がこの学園にいるから――そう告げると、深国……いや、亜夜さんはさわやかな笑みを浮かべる。
イイ……。
「……それで、僕に会いたかったっていうのは――」
「っと、その話をしたいんだが、もしよければ場所を変えないか? ここだと、少し注目を集めすぎて落ち着かないというか……」
そんな亜夜さんの言葉通り、教室内のクラスメイト、特に男子生徒からの『なんであいつが……』といった鋭い視線が、僕と亜夜さんに向けられている。
…………なんだこれ、めちゃくちゃ気持ちがいいな。
そうだ……。これまではずっと、僕もああやって視線を向ける側だった。しかしそれが今や、視線を向けられる側に……。
ああ……、育まれていってしまうなぁ。……そう――
――優越感が……ッ!
「ならいい場所があるんで、そこでお昼も食べましょう」
僕は亜夜さんを案内する形で、こちらを見てくるモブたちを尻目に、教室を後にする。
悪いね諸君。モブとは違うのだよ! モブとは!
「おい待て冬二……ッ! 当たり前のようについて行こうとするんじゃねえ……!」
「あんたいい加減にしときなさいよ……!」
ちょうど廊下に出た際、教室内から何か聞こえた気がしたが、僕は無視した。
「――じゃあ亜夜さん、中等部まではこの学園に通ってたんだ」
「そうだよ。中等部の卒業と同時に北鎮部隊に入隊して、そこからは部隊の提携校に通うようになったんだ」
僕と亜夜さんが移動したのは、僕がいつも一人でお昼を食べている屋上。
ここでも周りの視線はあるが、教室と比べると数も少なく、話を聞かれないよう距離を取ることもできる。
そんな屋上のベンチに並んで腰を下ろし、お昼を食べながら、僕らは自己紹介を兼ねていくつかの言葉を交わしていた。
「まあいろいろとあって、またこうして戻ってきたわけだけど。そしたら外部生が生徒会長をやってるんだから驚いたよ。ほんとにすごいね」
「褒めてもらえるのは嬉しいけど、そんなに?」
「ああ。この学園は他の異能学園と比べてもレベルが高い。そのせいか、所属する学生のエリート意識もそれなりに強くてね。幼いころから努力し、異能を磨き上げてきたという自負もあるんだろう。だからこそ、試験免除のスカウトで入学し、異能について何も知らない外部生を嫌う傾向にある」
それはまあ……、入学当初に嫌というほど実感しましたから。よぉく知っております。
「そう、基本外部生が好意的に見られることはない。……そのはずなのに、外部生であるキミが生徒会長に選ばれるなんて、一体どんな方法を使ったんだ?」
そう問いかけながら、隣に座る亜夜さんは顔を僕の方へと向ける。
先ほど教室で口にした言葉通り、“キミに興味がある”ということを、
「……まあアレだよ。演説で一発ガツンとかましてやった的な」
「へえ、そんなに印象に残る演説だったのなら、是非私も一度聞いてみたいな」
「それはやめておいた方がいいと思う」
「なぜ……?」
「それより、亜夜さんはどうしてまたこの学園に? しかもこんな時期に」
「ああ、実は部隊の方を一時的にだが休隊することになって――」
とまあそんなふうに、演説内容についてだけはノラリクラリとかわしながら、僕は亜夜さんと会話を重ねていく。
そしてそれは、その日のお昼だけでなく――
次の日――
「雪春くん、今日も一緒にご飯を食べないか?」
さらに次の日――
「雪春…………ハハ、部隊でも“さん”付けで呼ぶことしかないから、同い年の異性を呼び捨てにするのはなんだか少し照れくさいな」
そのまた次の日――
「なあ、私のことも“さん”付けで呼ぶのはやめてくれないか? 亜夜と、そう呼んでほしい」
さらにそのまた次の日――
「雪春はバイトもしてるのか。すごいな、勉学と仕事を両立するなんて」
「そんな大したことないよ。それを言うなら亜夜だって、もう部隊に入隊してるわけだし」
「私は部隊の都合でかなり学校を休んでいたから、両立しているとは言い難い。それに雪春は生徒会長でもあるんだから、私なんかよりよっぽど立派だ。本当にすごい」
「……そう、かな」
亜夜が転校してきたその日から、僕らは昼休みになると毎日のように屋上で一緒にご飯を食べ、親交を深めていた。
……そう、毎日だ。
そのおかげで、最近はずっと楽しくて仕方がない。
午前中は昼休みになるのが待ち遠しくて。
昼休み後は、交わした会話を何度も思い出して嬉しくなり。
夜になると、ソワソワするんです。『明日、学校に行けるぞ……!!』って。
世界が色づくとはこういうことなのかと、僕は一人納得する。
これまでは憂鬱でしかなかった平日の朝も、今では信じられないくらい寮の部屋を出る足取りが軽い。
そんな軽い足取りで、亜夜が転校してから数日が経ったある日の朝、僕はいつものように原付を停めてある駐輪場へ向かう。するとそこには――
「よっす、雪春」
「…………」
「最近、あの美少女転校生と随分楽しく過ごしてるらしいじゃねえか。まったく、羨ましいったらありゃしねえ。つっても、俺と雪春の関係にはまだまだ及ばねえが……………………って待て待て待て! なに当然のように無視して原付のエンジンかけてんだ!」
「あ、おはよう宗助。さすが元スパイだね。全然気づかなかったよ」
「いや隠密とかしてねえんだわ」
「んじゃね、宗助も早く行かないと遅刻するよ」
「だから待てって!!」
あの……、走って原付と並走してくるのやめてもらえます? 危ないでしょ。
「お前……ッ! それが先週末の試合で『僕たち友達だよね』ってそそのかして210球完投させた相手に取る態度か!?」
そそのかされてる自覚はあったんだ……。
というか、マジでこいつずっと走ってついてくるな。全然息も上がってないし……。
「……宗助ってさ、スパイやめた今でも、学園の異能測定とかで実力を隠してるの?」
「ん? ああ、そりゃ急変に数値が上昇したりしたら怪しまれるからな」
「ちなみに、本気出したら“序列入り”できたりする?」
「いや、そいつはちょっと厳しいな。何でもありの勝負となりゃあ、序列生にも負けねえ自信はあるけど、序列入りするには異能の出力とかも大事になる。そこらへんは俺、てんでダメなんだわ」
ほなあかんかぁ。
「って、俺のことはどうでもいいんだよ! 今は雪春のことだ!」
「僕がなによ」
「とぼけんなよ。あの転校生……深国亜夜のことだ」
「…………」
「お前だってとっくに気づいてんだろ? あの女が、何か目的があって雪春に近づいてることくらい」
……まあ、そりゃ気づくけどさ。
僕に興味があると口にしておきながら、僕が口にする言葉に対し、亜夜は今いち興味を示さない。正確に言えば、興味があるように見せかけているだけ。
少し反応があったのは、バイトをしていると伝えた時くらい。
何の理由で近づいてきたのかはわからないが、僕自身に対する興味が全くないことは、接していれば嫌でもわかってしまう。
「悪いことは言わねえ。あの女とは距離を置いた方がいい。このままだと、雪春が傷つくことになるかもしれねえんだぞ」
「……いや、そんな大げさな」
「大げさなんかじゃねえんだって! 考えてもみろ。このまま関係を続けて、すごく親密になれたと思った時に、『実は私……、○○くんと仲良くなりたくて……』とか言ってくるかもしれねえんだぞ!」
今これ何の話してる?
「要するに、本命の相手とお近づきになる……そのためだけに利用されてる可能性があるってことだ。元々自分には興味がなく、あくまで当て馬あつかい……。そんなの、想像しただけで辛すぎる……! ほとんどNTRじゃねえか……!!」
じゃあお前の守備範囲だろ。
「……まあでも、当て馬あつかいされるくらいならまだマシだ。あの女は北鎮部隊の人間。用心するに越したことはねえ」
「本人は休隊中って言ってたけど……」
「そんなもん信じられるわけねえだろ。休隊中だって偽りながら、何か任務を与えられてる可能性だって十分にある。……雪春、北鎮部隊がお前に接触してくる理由に、何か心当たりとかないか?」
「…………」
宗助からそう問われ、僕の頭の中に真っ先に浮かんで来たのは、やはりあのオッサン悪魔の顔だった。
リリアの時もそうだったもんなぁ……。
「それに、だ。俺があの女の前で雪春の名前を出した時、あの女はそれに反応し、なおかつ反応したことを隠そうとした。そんなの疑うなって方が無理がある。とにかく、あの女と会う時は警戒して――」
「もういいよ、宗助」
僕は意識して強く言葉を発する。宗助の紡ぐ言葉を、無理やり遮るように。
「宗助がこれまで話したのは、全部“かもしれない”っていうだけの話でしょ? だったら、僕への興味がなさそうに見えるのも実は勘違いで、本当は僕に興味津々かもしれないわけだし……」
「バカ言え雪春! 冷静になれ! 俺たちは冬二とは違うんだ!」
「っ……!」
「アイツみたいに、出会う相手と
……わかってる。…………そんなことは、とっくに。……でも、たとえ
亜夜のような顔のいい異性が、自分に笑いかけながら、一緒にご飯を食べ、興味津々な様子で自分の話を聞いてくれるんだ……!
そんなラブコメのような現状を、自ら手放せるわけがない……!
「ダメだ雪春! そういうのはバ○ーガーデンで満足しろ! 現実は罠の可能性が高いんだぞ!」
「罠でもいい! 罠でもいいんだッ!!」
そう叫びながら、僕は法定速度ギリギリまで原付を加速させる。
並走する宗助から、そして、見たくない現実から逃げ出すように。
全てから目を逸らし、僕は学園へと続く道を走って行くのだった。
なお、宗助は普通に学園までずっと並走してきた。
異能社会って、人にも法定速度を設けるべきだと思うんすよ。
――――――
おまけ
ある日の放課後、綿谷冬二が訪れたのは、『異能探偵事務所』という看板がかけられた建物。
その建物は、大通りから外れた暗い路地裏に存在し、建物自体も古く寂れているため、非常に足を踏み入れづらい様相を呈している。
自身のバイト先として、半年以上ここに通い続けている冬二ですら、未だこの独特の雰囲気に慣れることはない。
しかしこの日、冬二が建物の前で気を重くしているのは、それだけが理由ではなかった。
普段は探偵の助手として、依頼がなければ事務所の片付けを行うなか、この日、冬二が訪れたのは
「……お疲れ様です、
なんと声をかけて入るべきか――しばらく悩んだ末、いつも通りの言葉と共に建物の扉を開く。
ただ、扉を開いてすぐの事務所として使われているその部屋に、天眼路の姿はなかった。
しかしそれほど待つこともなく、奥の私室から天眼路が姿を表す――
「やあ少年、よく来たね」
――なぜか全身びしょ濡れになり、上半身が下着姿の状態で。
「ブッ!! な、なんで服を着てないんですか!?」
下着姿の本人に恥じる様子はまるでなく、スタイル抜群のその体が惜しげも無く晒され、冬二は勢いよく目を逸らす。
「ああ……実は先ほど外出していたら、この通りずぶ濡れになってしまってね。着替えている最中だったのさ」
「ならちゃんと着替え終わってから来てください!」
「ハハッ、少年は相変わらずかわいいな」
そう笑いながら、天眼路は再び奥の自室へと戻っていく。
「はぁ……」
普段とは異なる来訪理由に、どこか気を張っていた冬二だが、あきれるほど普段通りの天眼路を見て、緊張していた自分をバカらしく感じてしまう。
そもそもなぜ、こんな快晴の日にずぶ濡れになるんだ――愚痴るようにそんな疑問を抱きながら、冬二は天眼路が着替え終わるのを待つ。
そして数分後――
髪を乾かし、しっかりと服を着た天眼路と、冬二は改めて向かい合う。
依頼人から話を聞くための椅子で、普段のように天眼路の隣ではなく、その正面に座りながら。
「さて、では少年からの依頼の話だが……」
「その……、本当にいいんですか?」
「ん? なにがだい?」
「俺からの依頼……というか、個人的な望みに手伝わせるようなことさせてしまって……。それもタダで……」
「フフッ。なんだ、そんなことか」
どこか重苦しく告げる冬二に対し、天眼路はタバコを取り出し、そのタバコに火をつけながら笑う。
「少年もよく知っているだろう? 私は、たとえどれだけお金を積まれようとも、たとえ学生時代からの親友の頼みであっても、興味が湧かなければ依頼は受けない。逆に興味が湧きさえすれば、どんな依頼だって引き受ける。そして私は、少年のその“個人的な望み”とやらに、強く興味を引かれたんだ。むしろこちらから『暴かせてくれ』とお願いしたいくらいさ」
「……でも確かこの前、今調査を進めてる案件があるって言ってましたけど、そっちは大丈夫なんですか?」
「そちらはあくまで私の個人的な興味であって、それほど急ぎではないからね。むしろ、少年の依頼こそ急ぐべき案件だよ。十二月になれば修学旅行もあるし、その準備で忙しくなるかもしれない。それに……」
そこで一度、天眼路は言葉を区切ると、煙を吐き出しながら続きの言葉を口にする。
小さく、そして微かに笑みを深めながら。
「少年の
「え? 何か言いました?」
「いや、なんでもないさ。それじゃあ、さっそく動き出すとしようか――
――少年の、両親の死の真相を暴くために」