魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
深国亜夜――彼女の実家は、学園から通える距離にある。
しかし、より鍛錬にかける時間を増やしたいという理由から、中等部に上がると同時に寮生活をスタート。
潜入任務のため、学園に戻ってきた現在も、実家に戻ることなく以前と同じように寮で生活をしていた。
そんな学園寮に併設されている、巨大な屋内訓練施設。
学園が所有するその建物内には、休日の朝早くにもかかわらず、鍛錬を行う熱心な学生の姿が数多く見られる。
しかし今現在は、その場にいるほぼ全ての学生たちが手を止め、ある光景に釘付けになっていた。
その光景とは――
「ふっ! はっ!」
――様々な角度から、流れるような美しい一連の動作で刀を振るう、深国亜夜の姿。
まだ学生の身でありながら、これまで積み上げてきたものの重さを感じさせる洗練されたその動きに、同じく上を目指す学生たちだからこそ、目を離すことができない。
「すげぇ……」
「なあ……、あの動きについていけると思うか?」
「絶対ムリ」
「というか刀の動きほぼ見えねぇし」
「さすが元序列生……」
「今の二位が最年少記録を大幅に更新したこともあって、あんま話題に上がらねえけど、あの人も中等部から序列入りしてたもんな」
「もしかして、また序列一位変わるんじゃない?」
「いや、あくまで一時的な転校ってことで、ランク測定とかはしないらしいぜ」
亜夜の視界の端で、邪魔にならないようヒソヒソと言葉を交わす学生たち。
その学生たちもまた、魔導王の運営する学園に通い、同世代の異能者と比較した時、相当優秀な部類に入ることは間違いない。
しかしその学生たちですら、亜夜との間には大きな実力の差があった。
そして、決して自惚れなどではなく、亜夜自身もそのことを正しく把握している。
「しっ! はっ!」
同世代だけでなく、近い世代と比較しても異能者として抜きんでており、また、
部隊では、将来の隊長候補として大いに目をかけられ、実力者が数多く在籍するため、訓練相手に困ることはない。
さらには、定期的にあらゆる身体データを計り、最新の科学的知見から隊員それぞれに合った個別のトレーニング内容などが提案され、そのための設備も充実している。
誰よりも強くなりたい。その思いを持つ亜夜にとって、北鎮部隊は最高の環境だった。
部隊に入隊してからというもの、亜夜は自身の成長をこの上なく実感し続けている。
回り道することなく、強くなるための階段を、正しく一歩ずつ、着実に。
そう、
「っ……!」
わずかに生まれた、心の迷い。それは振るう刀にも表れ、亜夜は思わず手を止める。
――本当に、今のままでいいのか?
迷いは、疑念へと変わる。その疑念は、今唐突に思い浮かんだものではなく、亜夜の中で定期的に湧き上がるものだった。
確かに、成長はしている。しかしそれで、
今のまま成長を続けても、ただ強いだけの存在で終わってしまうのではないのか。
強さの頂へと手をかけるその前に、肉体が全盛期を過ぎてしまうのではないか。
常識的な成長をするだけで、常識外の存在を超えることが本当にできるのか。
次々と湧き出す、答えなど出るはずのない不安。
「……いや、大丈夫だ」
小さく発したその言葉は、まるで自身に言い聞かせるように。
そう、自分は決して、進む道を間違えてなどいないのだと。
この日は、バイトの初出勤の日。すなわち、ついに潜入任務が開始する日。
ようやく任務のスタートラインに立てる緊張で、少し神経質になってしまっているだけ――自身の状況を、亜夜はそう結論付けた。
「そろそろ終わっておくか。シャワーを浴びて、雪春にも連絡を入れておかないと……」
シャツで顔の汗をぬぐいながら、亜夜は訓練施設を後にする。
胸に燻ぶる不安の火種を、心の奥に抑え込んで。
――――――
場所は北鎮部隊の本部。
そのとある一室で開かれるのは、各分隊の隊長と、部隊幹部のみで行われる隊長会議。
会議の開始までには少し時間があるものの、部屋の雰囲気は決して和やかなものではない。
隊長の中で最も年が若く、隊長としての経験もまだ乏しい第三分隊の隊長――
そんな奥寺に対し、背後からメガネをかけた一人の女性が声をかける。
「背筋が曲がっていますよ、奥寺さん」
「立花さん……」
奥寺が振り返り、立花と呼んだその女性は、奥寺が入隊してから最初に配属された分隊で、当時副隊長を務めていた人物。つまり奥寺にとって、かつての直属の上司にあたる相手。
そして彼女は現在、部隊の中でも取り分け特殊な分隊である第0分隊、通称“ゼロ”の副隊長を務めている。
「立花さんが会議に参加するってことは……」
「ええ、隊長は多忙で不参加。今回も私の代理出席です」
そう告げながら、立花は奥寺の隣の席に腰を下ろす。
口調は柔らかいながら、どこか険しく見えるその表情は、奥寺の入隊当初からまるで変わらない。
年齢が四十近いにもかかわらず、二十代と言われても信じてしまいそうなほど若々しいその見た目も、まるで変わら――
「そういえば奥寺さん」
「っ! は、はいっ!」
立花の横顔をまじまじと見つめていた奥寺は、その立花から声をかけられ、返事が思わず裏返る。
「深国亜夜さんに、休隊を命じたそうですね」
「…………さすが、相変わらず耳が早いですね」
「将来、部隊を背負うであろう有望株ですから。そういった若手の情報を、頭に入れておくのは当然です」
「……立花さんは、深国の休隊に反対ですか?」
「私から一隊員の休隊の可否について、何かを言うつもりはありません。それは隊長である奥寺さんに与えられた権限ですから」
「…………」
「もちろん、その権限を逸脱するようなことがあれば、話はまた別ですが」
「っ……!」
立花の鋭く冷たい瞳が、奥寺を貫く。
奥寺が覚えたのは、釘を刺されるような感覚。
それにより、奥寺は思い出した。入隊した当初から、立花のこういったところが、なんとなく苦手であることを。
ただの雑談のつもりだったのか、それとも探りを入れられたのか――
二人が言葉を交わしていた間に、既に室内には各分隊の隊長を含め、参加者が勢揃い。
しかし会議開始直前になり、新たな参加者が会議室の扉を開く。
「ふん、隊長会議も随分と若造が増えたのう。ワシが現役のころからは考えられん光景じゃわい」
現れたのは、一人の年配の男性だった。
その年配の男性に対し、この場で最も地位の高い人物――部隊の総司令である
「茂森さん! わざわざご足労いただき感謝します!」
「まったく、訓練で泣き言を吐いておった鼻たれ小僧がワシを顎で使うとは。随分と偉くなったもんじゃ」
「泣き言のことは言わないでくださいよ。それに茂森さんを顎で使うだなんて、そんな恐れ多い……」
茂森――それは北鎮部隊において、いい意味でも悪い意味でも伝説と呼ばれる存在。
奥寺が入隊した時点で、茂森は既に引退しており、直接的な面識はこれまでなかった。しかし現在も、外部協力者としてたびたび部隊に協力しているため、その経歴や噂は嫌というほど耳にしている。
かつて隊長や総司令として数多くの功績を残し、さらに国から上のポストを用意されるも、これを固辞。
前線を退いてからは、教官として後進の育成にあたり、現在重要な役職についている人間は、ほぼ全員が茂森の元教え子だと言われている。
そしてかなり気難しい昔気質な人物であり、茂森から嫌われるようなことがあれば、出世の道が閉ざされるなどという話も。
少なくとも、話しかけることすら躊躇う総司令相手に、“鼻たれ小僧”などと呼べる人間を、奥寺は他に知らない。
「それで、茂森さん。電話でもお話しした件ですが……」
「わかっておる。海外部隊とのセーラスに関する情報共有の件じゃろ。ワシの知り合いに話は通しておく。会談の場を用意するまではこっちでしてやるが、そこから先は知らんぞ」
「そこまでしていただければ十分です! 本当に助かります!」
茂森と高崎の会話内容は、ここしばらくまるで進展のなかったプロジェクト内容について。
それが茂森の個人的な伝手を頼ることで、一気に前進したのだと奥寺は理解する。もちろん、奥寺以外の隊長たちも。
そのため、室内にどこか明るい雰囲気が流れ出した――その時だった。
「そういえば……お前のところの一番下の娘、もう来年は高校生じゃったか」
「「「っ……!?」」」
茂森以外の、奥寺を含むその場にいる全員の体に緊張が走る。
というのも、奥寺が伝え聞く茂森の噂には、絶対にしてはいけないとされているNGが存在したからだ。
そのNGとは、茂森の前で家族の話を口に出すこと。特に子供や孫の話題は、実の娘から絶縁宣言されている茂森にとって明確な地雷。
そのことを知らず、かつて茂森に子供の自慢話をした人物が、一週間以上まともに口をきいてもらえなかったという話もある。
にもかかわらず、そんな子供の話題を茂森自らが口にしたことに、奥寺たちは驚きを隠せない。
なかでも最も困惑しているのは、茂森との付き合いが一番長く、話を振られた張本人である総司令の高崎だった。
できるならば、その手の話題は無視したい。しかし、目上の相手が振ってきた話題を広げることなく流すなど、バリバリ縦社会の部隊で生きてきた人間に、できるはずもない。
「そ、そうですね……。ですので今年は受験で大変でして……」
「そうかそうか。
「…………」
明らかに家族の話題を振られ待ちしている――そのことを高崎は察するも、すぐさま口を開くことができない。
なぜなら、もしこれで下手なつつき方をして、茂森の機嫌を損ねるようなことがあれば、前進しかけているプロジェクトも
そんな悩む高崎の姿を、各分隊の隊長たちが心配そうな表情で見つめる。
「っ……!」
しかしだからこそ、高崎の心も決まった。自ら危険へと飛び込み、その背を見せることこそトップの責務。
そんな強い覚悟と共に、高崎は茂森へと問いかける。
「茂森さんの方も、ご家族が大変な時期なんですか?」
「ん? ワシか? いやいや、まあ大変な時期というほどのことでもないが……実は少し前から、孫が野球を初めたんじゃ。それで毎週末試合があって、その応援で忙しいのは確かじゃな」
「そ、そうだったんですか。お孫さんということは――」
娘さんと仲直りできたんですね――そう告げようとしたところで、高崎は嫌な予感を覚える。
それは、高崎が総司令へと上り詰めるまでに至った、対人関係特化の危機察知能力。それにより、高崎は特大の地雷を回避することに成功する。
「……やはり、お孫さんというのはかわいいものですか?」
「いやいやいや、これがもう本当に生意気でのう。反抗期なのか、ワシのことをやたらと邪険にしおるし、高2のこの時期じゃというのになかなか進路を決めようとせんから、ワシが相談に乗ってやると言っても『余計なお世話ですけど』などと言う始末じゃ。まったく、小遣いも頑なに受け取ろうとせんし。ワシもこの年じゃから、いずれ相続の話もせんといかんというのに……」
ブツブツと孫に対する文句を言い続ける茂森だが、その声はどこか弾んでいる。
高崎がそれほどまでに嬉しそうな茂森の姿を見たのは、初孫が生まれたことを酒の席で話していた時以来。
「よければ今度、ぜひお孫さんの話を詳しく聞かせてください。私もいずれ初孫ができた時のため、茂森さんの経験を参考にさせていただきたいので」
「……ふん、まあいいじゃろう。それとさっきの件じゃが、まあそれとなく、ワシからも会談が上手くいくよう根回しはしといてやる」
「っ!! 本当ですか!?」
「ちと早いが、お前の娘の進学祝いとしておくかの」
「ありがとうございます!!」
高崎はその場で勢いよく、深々と頭を下げ、茂森に感謝の言葉を告げる。
当然ながら、総司令である高崎のそれは、奥寺やその他の隊員に対しては絶対にすることのない行為。
普段は威厳を保ち、毅然とした態度で部下と接する総司令のそんな姿を目にし、隊長に昇任して日の浅い奥寺は思う。
『この組織……、トップまで上り詰めたとしても、こんなふうに誰かに媚び続けないといけないのだな』と。
「奥寺さん」
「は、はい! なんですか、立花さん」
「茂森さん、水谷くんのお店の常連さんらしいですよ」
「ッ……!!」
立花から唐突に出たその名前に、奥寺は自覚できるほど表情に出して反応してしまう。
「そうなんですね……」
「今度、そのお店に二人で行ってみませんか? 奥寺さんも、久しぶりに水谷くんに会いたいでしょうし、ね」
「……はい」
先ほど、深国の名を出されたこと。そして、このタイミングでの元隊長の名。
それを偶然のことだと思うほど、奥寺は楽観的ではない。
明らかに、自身の動きと意図が上にバレている――
それ以上は何も言わなくなった立花を横目で見つめながら、奥寺は考える。
もしかすると、残された時間は思っているよりも少ないのかもしれない、と。
奥寺は任務の成功と無事を祈るように、部下の顔を思い浮かべた。
――――――
『あの日ッ! 一体何があったんですか!? 登坂さん!!』
『ごめんね、冬二くん。こればかりは言えないし、
映し出されるのは、二人の人間が言い争う姿。
聞こえてくるのは、二人の人間が言い争う声。
舌で感じるのは、出されたお菓子の甘い味わい。
息を吸えば、わずかに漂うタバコのにおい。
しかし
重厚な木製の本棚に辺り一面を囲まれ、館内を漂う古紙独特の匂いが
「やっぱり、煙草の匂いは好きになれないのよねぇ」
そうつぶやきながら、床に触れそうなほどの長い髪を持つその女は、座っていた椅子にさらに深く腰掛けた。
大量の本に囲まれるその空間は、知を喰らう者にとって、この世で最も心が落ち着く居場所。そこに
「司書さーん、お願いしまーす」
司書――この建物内において、その名称に当てはまる人物は
声のした方を振り向けば、そこには数冊の本を抱え、貸し出しを希望する学生の姿が。
「はーい、ちょっと待ってね」
それを見て女は立ち上がり、自身の役割を果たすために動く。
「使い魔としての仕事も、そろそろちゃんとしておこうかしら。『魔導王』が帰ってきたら、また小言を言われちゃいそうだし」
悪魔は、結んだ契約を必ず果たす。
しかしそれが、人道的な方法であるという保証はどこにもない。
書いてて『これホラー回なのでは?』という考えが何度も頭をよぎりました。