魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「ゲホッ……! ッ…………!!」
壁に、床に、テーブルに、果ては天井に。自身の体が、何度も力強く打ち付けられる。
それらは全て、己に向けられる攻撃の勢いを殺し切れないがゆえ。
この時すでに、亜夜の体は全身から悲鳴が上がっていた。
「グッ……!」
それでも、亜夜はなんとか立ち上がろうとする。両膝を付いた状態から、刀を支えにして、必死に。
そんな亜夜の姿を見て、桜色の髪の女が笑う。その女こそが、亜夜を満身創痍の状態へと追い込んた張本人。
「弱い、ね……。弱すぎる、よ。渡谷先輩の……お気に入りなのに」
「ッ……!」
弱い――その言葉は、強さを追い求める亜夜にとって、この世で最も告げられたくない類のもの。
しかし、その言葉を否定する余裕も、その資格すらも、今の亜夜にはなかった。
あるのは、目の前の現実だけ。自身は全身が傷だらけの状態で、相手は未だ無傷。
それが亜夜にとっての、目を逸らしたくなるような現在地だった。
なぜ、こんなことになってしまったのか――そんなこと、考えるまでもない。
初めから、全てバレていたのだ。人畜無害そうな顔で、自分は味方だなどと
少年に近づいたその時から、任務のことも全て。
亜夜は呪う。その笑顔の仮面に騙されて、全てを話してしまった、己の愚かさを――
時はさかのぼり、亜夜のバイト生活初日――
「深国亜夜です。飲食店で働くのはこれが初めてですが、一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします」
店長への挨拶をすませ、無事スタートした亜夜の
そんな亜夜の教育係を担当することになったのは、任務のために関係を深めた雪春だった。
「というわけで、よろしくね」
「ああ、よろしく頼む……っと、ここでは雪春の方が先輩だから、敬語を使った方がいいだろうか?」
「ううん、いつも通りで大丈夫だよ」
「そう言ってもらえると助かる。教育係が雪春でよかった」
それは、亜夜の嘘偽りない本心。“これで任務がやりやすくなる”という、打算込みではあるものの。
「ただ僕相手じゃ聞にくいこともあると思うから、そのあたりは桜さんに聞いてね。同じ女性スタッフで、歳もそんなに離れてないし聞きやすいと思うから」
「桜?」
「うん。というわけでよろしくお願いします、桜さん」
「任され、ました」
「っ!?」
突如、己のすぐ背後から聞こえてきたその声に反応し、亜夜は勢いよく振り返る。
するとそこにいたのは、自身より少し背の高い桜色の髪の女性。
まるで気配を感じられなかった――
簡単に背後を取られたその事実に、亜夜は驚愕し、雪春が“桜さん”と呼んだその女に対し警戒を強める。
「じゃあ、ついてきて。女子更衣室……案内するから」
「は、はい!」
しかし当然ながら、その態度を表に出すことはなく、亜夜は素直に桜の指示に従い、女子更衣室へと向かう。
「あなたの、ロッカーはここ。中に仕事着が入ってるから、着替えたら出てきて」
「わかりました。……桜さん」
「なに?」
「その、まだちゃんと挨拶をしていなかったので。今日からお世話になります。深国あ――」
「名前は、まだいいよ」
「……え?」
「
そう告げると、桜は更衣室から出ていってしまう。
あまりにも冷たい言葉に、冷たい態度。しかしそこに、侮るであったり、みくびるといった感情は見受けられない。
そんな独特の空気をまとい、これまでの人生で相対したことのない存在に、亜夜はただ困惑するばかり。
“今のあなたの”――その言葉の意味を、亜夜が正しく理解するのはまだ少し先のことだった。
着替えを終え、更衣室を出ると、雪春による指導が始まる。
「――って感じかな。ここまでは大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
その指導で教わる仕事内容に、おかしなことや怪しい点はなく、特殊な技術を必要とすることもない。
至って普通の飲食店の仕事。それが亜夜の抱いた第一印象であり、不正や違法行為に繋がる何かは見いだせない。
そのため、亜夜は雪春へと問いかけてみた。
「雪春、質問いいだろうか?」
「もちろん、なんでも聞いてくれていいよ」
「じゃあ……この店で、何かおかしなことがあったりしないか? その、普通の飲食店とは違うところだったり……」
「…………なんで、そんなこと聞くの?」
雪春の表情は変わらない。今も亜夜に向け、ニコニコと笑みを浮かべている。
そんな雪春が、ほんの一瞬ではあったものの、警戒心のような何かを発した――ように亜夜は感じ取った。
「あ、いや……働く上で必要なことがあれば聞いておこうと思って。深い意味はないんだ」
「うーん……。まあ
「そうか……」
やはり、勤続年数の短いスタッフではダメか――そう落胆しつつ、亜夜は今後の方針を固める。
自身で情報を探りながら、この店で長く働いているスタッフにも接触していこうと。
こうして、様々な思惑が入り乱れる、亜夜のバイト生活がスタートするのだった。
vs『歪曲』
「じゃあさっそくだけど、お客さんの注文を取りに行ってみる?」
「ああ、任せてくれ」
とにもかくにも、まずはスタッフとして信用されなければ始まらない。そんな考えの下、亜夜は勢いよく返事をし、ホールへと向かうと――
「お前新人だな? ならもっと新人らしくハキハキと喋れよ。技術は拙いんだから、その分は愛嬌でカバーするとかいろいろあるだろ。というかその立ち位置も悪いし、新人教育を受けなかったのか? まず呼び出してから来るのが遅すぎる。“権化”みたいに五秒以内に来いとは言わねえけど、さすがに十五秒以内には……っておいクソガキ! 聞いてるのか!?」
タチの悪い客に、いきなり絡まれてしまう。
その客はストップウォッチを片手に、注文を取りに来た亜夜へ延々と説教を続ける。
説教の中身はいちゃもんのようなものばかりで、そのうえ同じ話を何度も繰り返す始末。
これは自分の手に余る――そう判断し、雪春に助けを求めようとするが、目の前の客はそれを目ざとく察知する。
「おい! ちゃんと集中しろ!!」
ほんの僅かにでも、亜夜が客以外に意識を向けると、間髪入れずに飛んでくる罵声。
それにより、亜夜は助けを求めることができない。
絡んでくる客を無視し、無理やり離れるという手もあったが、初日から問題を起こしたくないという考えが、亜夜の足を縛り付ける。
亜夜は逃げられない。客の言葉を、生真面目であるが故に真正面から受け続けてしまう。
いつまでも増えることのない情報。まるで中身のない言葉の羅列。全く閉じる気配のない口。それらによって、亜夜の心は摩耗していく。
一体、どれほどの時間が経ったのだろうか?――
無限に続くとも思えたその時間は、『新人だからこのくらいにしといてやるよ』という客の言葉と共に終わりを告げる。
それにより、ようやくホールから戻ると、そこでは雪春がスタッフと何かを話し込んでいた。
「渡谷さん、今度のクレーマー対策……どうしますか?」
「入り口にレーザートラップを仕掛けましょう」
「形は?」
「網目状で」
小声のため、話の内容までは聞き取ることができない。
「それで……っと、すみませんハイルさん、続きはまた後で」
雪春は亜夜が戻ってきたことに気づくと、スタッフとの話を中断し、亜夜のもとへと駆け寄る。
「ごめん亜夜、接客の様子を見れてなくて。時間かかってたみたいだけど、何かトラブルでもあった?」
「ああ、少しおかしな客に絡まれてしまってな。すまない、いきなり長い時間、仕事に穴を開けてしまって……」
「え? いや、遅くなったっていっても、十分ほどだし、そんなに気にしなくていいよ」
「…………は?」
雪春の言葉に、亜夜は驚きを隠せない。
確かな疲労が蓄積し、無限にも感じられたあの説教の時間が、実際にはたったの十分。
少なくとも、数時間ほどは経過していたと考えていた亜夜にとって、まるで時間をねじ曲げられたかのような衝撃に、思わずその足元がふらつく。
「っ……!」
「大丈夫!? …………あ、しまった。
ふらつく亜夜を支えながら、合点がいったという表情を浮かべる雪春。
「いきなり変な客にあたって災難だったね。しばらく休憩室で休んでて」
「だが……ッ!」
「ほんとに気にしなくて大丈夫だよ。最初は慣れないクレームで、こうなる人が多いから。篠田さん、お願いします」
「おう。ほら新人、肩貸せ」
雪春が一人の女性スタッフの名を呼ぶと、そのスタッフは亜夜の肩を支える。
そのまま肩を支えられながら、休憩室へと入った亜夜はひどく落ち込む。
接客業を侮っていたわけではない。それでも、開始から一時間と経たずに疲労困憊になる自身の姿を、亜夜はまるで想像していなかった。
こうして、亜夜の潜入任務初日は、不正の調査を行う余裕すらなく終了する。
vs
改めて気合いを入れ直し、迎えた潜入任務2日目。
「十八秒……まあまあってところかしら」
亜夜が注文を取りに客席へ向かうと、そこにはストップウォッチを手に持った女性客が。
「……ご注文をお願いします」
「逆にいくつに見える?」
「…………?」
自分は今、何かを聞き間違えたのだろうか?――
そんなはずがない返答に思わず首を傾げながら、亜夜は改めて問い直す。
「申し訳ありません。もう一度ご注文をお願いしてもいいですか?」
「逆にいくつに見える?」
「…………」
同じ日本語を使用しているはずなのに、会話が成り立たない。
そのことに、亜夜は言いようのない恐怖を覚える。
「ほら、答えてくれたら
「え? ……あ」
女性客が手に持って掲げたのは、亜夜が仕事着の左胸付近に付けていたはずのネームプレートだった。
取られたことにすら気づけなかったその女性客の手口に、先ほどとは別種の恐怖を覚えながら、亜夜は女性客の顔をじっと見つめる。
「…………」
「……ふふ」
それほど歳を重ねているようには見えない。しかしその身から醸し出す雰囲気は、とても素人のものとは思えない長年の積み重ねを感じさせる。
どちらの感覚を信じるか迷い、亜夜は前者を選んだ。
「二十五……とかでしょうか?」
「あら、あらあらあら! ウフフフフフッ!!」
亜夜の回答を受け、女は一気に機嫌をよくすると、立ち上がって亜夜の肩を掴む。
「あ、あの……ッ!」
「まあまあまあ、せっかくだしお姉さんともっとお話しましょ? かわいい
「仕事中ですので……!」
至極当然の理由でその誘いを断ろうとするが、掴んでくる女性客の腕を、亜夜は振り払うことができない。
かなり強く力を込め、振りほどこうとしているにもかかわらず。
「ッ……!?」
「ほらほらほらほら、座ってちょうだいな。二十五に見えるお姉さんのこの私と、もっとお話を――」
「ウチのスタッフに、何か御用でしょうか?」
「ッ!?!?」
着席を巡る攻防中、突如割って入ったのは雪春だった。
そんな雪春が声をかけた瞬間、女性客はそれだけで床に膝をつき――
「おろろろろろろろろろろッ!!」
――その場に嘔吐する。
「うわぁ! ボスが吐いた!」
「おい誰だシフト調べたやつ!? おもいっきり『深淵』がシフトに入ってるじゃねえか!」
そんな倒れた女性客のもとに、次々と集まっていく周囲のテーブルに座っていた客たち。
その光景を受け、呆然としていた亜夜に対し、雪春は急かすように指示を投げかけた。
「亜夜、驚くのは後! すぐに裏からバケツと何か拭くものを!」
「っ! ああ、わかった……!」
想定外のはずの事態にもかかわらず、冷静に対処を行う雪春に、亜夜はさすがだなと感心する。
ただ、女性客とその周囲の客が、雪春に対し異常に怯えてること。
そして、客のうちの一人が雪春のことを『深淵』と呼んだこと。
詳しく聞きそびれたそれらの事実が、スタッフルームへと向かう亜夜の心の片隅に、確かに引っかかっていた。
vs暴の権化
「十一秒…………まあ新人だから大目に見てあげようか。それに俺、女は殴らない主義だしね。ただここで満足すればキミはそこで終わりだから。わかってると思うけど、俺はキミのために言ってあげてるんだよ? といっても、やっぱり新人には届かないかなぁ。それでもこうして説教してあげてることのありがたみ、いつかちゃんと理解してもらって――」
亜夜が注文を取りに行くと、そこには当然のようにストップウォッチを持った客の姿が。
この店は、ドレスコードに『ストップウォッチ持参』のルールでもあるのだろうか?――そんなくだらないことを、ついつい思い浮かべてしまう。
vs昭和の遺物
「雪春、おじいさんが店に来てるぞ。さっき『孫を呼んでくれ』って――」
「それ、自分を祖父だと思い込んでる
~終~
――――――
雪春からの多大なサポートを受けつつ、なんとか亜夜がスタッフとしての仕事をこなしていくその一方で――
「クソッ……! やっぱ無理あるだろ……!」
雪春により、亜夜の前での暴力暴言、および社会的規範に反する全ての行為を禁止されたスタッフたちは、それによるストレスが限界を迎えようとしていた。
「ぼちぼちクレーマー共も、新人の前で俺らが大人しいことに気づき始めてやがる」
「完全にバレるのも時間の問題か……」
休憩室に集まり、愚痴をこぼすスタッフたちの表情は軒並み暗い。
同じように円柱型のロボットも、モニターに悲痛な表情を映し出している。
『オレモ、ワタガヤニコッピドクシカラレチマッタ……』
「スギタニくん……」
『ツギ、カッテニ“機関銃乱射モード”ニナッタラ「鎌ヶ谷送り」ダゾッテ……』
「球団も困るだろ……。いきなりこんな武装ロボ送られてきたら……」
「というか、渡谷のやつも何考えてやがんだ。暴力禁止だとか言うから、どんな箱入りお嬢様が入ってくるのかと思えば…………。あれ、俺らと
「それは思った。多分本人も気づいてねえけど、間違いなく
「なら隠す意味なんてねえだろうに……」
スタッフたちの持つ常識からすれば、あまりにも不可解な雪春の指示。
その指示が一体なんの意味を持つのか、意図を理解できないからこそ、不満もことさらに溜まっていく。
そんな中、一人のスタッフがポツリと告げた。
「……もしかしたら、渡谷さんは自分たちを試しているのかも……」
「……? どういう意味だ、ハイル」
勤続日数がその場にいる者たちの中で最も短く、店で最も雪春を慕う人物――ハイル・スタークスの下へと、スタッフたちの視線が一斉に向けられる。
「みなさん、よく思い出してみてください。渡谷さんはこう言ったんです。“暴力暴言等を禁止することが、ゆくゆくはみなさんのため、そしてお店のためにも繋がる”と」
「じゃあなんだ!? 俺たちに真人間になれってか!?」
「そんなの無理に決まってんだろッ!!」
「いいえ、違います。みなさんの性根がねじ曲がり、社会にツバを吐くことしかできず、ドブの中でしか生きられないのは渡谷さんも十分承知のはずです」
「それは言い過ぎだろ」
「ハイル、後で店の裏な」
「と、とにかく……! 渡谷さんの言葉には不可解な点が多すぎるんです。あまりにも普段の渡谷さんらしくない……」
「確かに……、それはそうだ」
「それで思ったんです。渡谷さんは、自分たちを試しているんじゃないかと……。そう、自分たちがただ上の言葉に従うだけのイエスマンなのか。それとも……、たとえ上からの指示であったとしても、それが不合理なものであった場合、自分たちで考えて動くことができる人間なのか、を」
「「「ッ!!」」」
ハイルの言葉を受け、スタッフたちは目を見開く。
まるで、“それだッ!”と言わんばかりの表情を浮かべながら。
「もしかして、もう既に渡谷は上に立った時のことを考えてるのか?」
「そうだ、現場の状況は刻一刻と変化する。だからこそ、上からの指示が間に合わない場合や、むしろ指示が足かせになる場合だって考えられるわけで……」
「つまり、これは試練というわけか。共に上へと連れて行くに足る、同士を選別するための……」
「……なら、キッチリ期待に応えてやらねぇとな」
「つっても、具体的に何をすりゃいいんだ?」
「そりゃお前、決まってんだろ。……あの新人を、俺たちの手で目覚めさせてやるんだよ」
「となると、誰が相手をします? あの新人、おそらく結構やりますよ」
ハイルがそう問いかけると、手を挙げるスタッフが一人。ゆっくり、されど力強く。
「私が、やります……!」
「お、やる気じゃねえか桜。もしかして、お前も結構ストレス溜まってたのか?」
「それは別に……。ただ、あの子……渡谷先輩から特別扱いされてて……ずるい」
「さすがだなビンタ女。素晴らしい渡谷さんへの忠誠心だ」
「ハイル……後で店の裏、ね」
こうして、雪春の意志という大義を掲げ、スタッフたちは裏で動き出す。
店の、そして自分たちの、輝かしい未来のために。
雪春本人の、まったく預かり知らぬところで。
――――――
おまけ
「結局、登坂さん……
「だがヒントはくれた」
探偵事務所の椅子に腰掛け、どこか気落ちしている様子の綿谷冬二に対し、事務所の主である天眼路は励ますように声をかける。
「あの人は、私たちに対してこう言ったんだ。『こればかりは言えないし、
「…………」
「……その、当時俺が生まれるのを予言した占い師から話を聞けたりは――」
「残念ながら、キミの出生を予言した“立花の巫女”は既に亡くなっている。キミが生まれてから、およそ半年ほど経ったころにね」
「そう、ですか……」
少しずつ、少しずつ迫っていたはずの両親の真実。それがここに来て、再び暗礁に乗り上げる。
「もし話を聞ける相手がいるとすれば、あの日の真実を知りつつ、魔導王の意向に逆らえる者。またはその支配下にない者を探す必要があるだろう」
「……いるんでしょうか? そんな人……」
「また一から探すしかないさ。調査とは、どこまでも地道なもの。無駄骨を折ることも珍しくない」
そう告げながら、天眼路はタバコを取り出して口にくわえる。
そして、火をつけようとしたその瞬間、急停止するように
「……天眼路さん?」
そんな天眼路を心配した冬二が声をかけるが、何事も無かったかのように天眼路は再び動き出す。
口にくわえたそのタバコに、火をつけることなく、再び手に持って。
「いや、なんでもないさ。それより、もう夜も遅い。そろそろ寮に帰った方がいいんじゃないのかい?」
「っと、そうですね」
既に日が落ち、すっかり暗くなった窓の外を見つめながら、冬二は立ち上がる。
「最近かなり寒くなってきたから、体を冷やして風邪をひかないようにね。初雪が降る日も、そう遠くないはずだ」
「確かに、もう秋も終わりですからね」
「少年は、
「え?」
それは、あまりにも脈絡のない天眼路からの問いかけ。
冬二はその意図を測りかねるも、こういった天眼路の問いかけが、珍しくもなんともないことを思い出す。
天眼路はいつだって唐突で、常に己の思考の二、三歩先を進んでいるが故に。
「特に、好きとか嫌いとかはないですけど……」
素直に答えた冬二に対し、天眼路はただ笑みを浮かべるだけ。
「……?」
その笑みを見て、冬二の心に隅に何かが引っかかる。
しかしそれは、わざわざ口にするほどでもない微かなもの。
そのため、特に追求するようなことはなく、そのまま探偵事務所を後にするのだった。
「ウフフッ……。後は
冬二が去ったその部屋で、天眼路は自身の胸に手を当てて、らしくない笑い声をあげる。
手に持っていた火のついていないタバコと、まだ中身の入ったタバコケースを、ゴミ箱へと投げ捨てながら。