魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「サラです。この通り日本語はバッチリなので、みなさんよろしくお願いしますね♡」
転校生として堂々たる挨拶を披露したサラ・シャスティ。
彼女はこれからクラスメイトとなる生徒たちから向けられる様々な視線を、じっくりと観察する。
まず『
これは敵視の視線。当然の反応だろう。
なぜなら彼らとサラは常に敵対してきた間柄であり、その関係は今も続いている。
今のなんでもない日常が続くことを望む冬二たち。
その一方でサラの所属する組織『セーラス』は、冬二を『現人神』として覚醒させることを望む。
そんな両者が相容れないのは必然であった。
次にサラが注目した視線は、純粋な興味の視線。
これはクラスの大半から向けられるもの。
ただただ美人の転校生が来たことに、騒ぎ、驚き、歓喜するといった平凡で、ありきたりで、どうしようもなくつまらない反応。
自分たちが危険な組織の人間を受け入れていることに気づきもしない凡愚ども。
この凡愚どもと己の人生が交わることがあるとすれば、それは一方的に踏み潰す時でしかないのだろうと、サラは内心吐き捨てる。
そして最後に注目したのは、探るような視線を向ける人物――矢川宗介。
彼は他の生徒たちと同じで、大げさに喜ぶような素振りを見せてはいるが、実際には少しでも多く、己の情報を盗み取ろうとしているのをサラは感じ取る。
さらに宗助はその経歴こそ平凡なものだが、常に冬二の傍で行動していることから、『
注意しておくべきだろうと、サラは彼に対する警戒を高めた。
こうしてクラスの数人を自身の警戒すべき相手にピックアップし、そのままサラはクラスの輪の中に溶け込んでいく。
そしてその日の昼休み、サラは冬二から人目の少ない校舎裏に呼び出される。
冬二たちからなにかしらの反応があるだろうと考えていたサラは、罠を警戒しつつも、好都合とばかりに校舎裏へと向かった。
「一体どういうつもりだ」
サラが校舎裏へとたどり着くと同時に投げかけられたのは、先にきていた冬二からのトゲのある言葉。
どこまでも険しい表情を浮かべる冬二に対し、サラは悲しげな表情を作りながら告げる。
「あら……、そういうことですか。残念です……、てっきり愛の告白だとばかり……」
「なっ!? そんなわけないだろ!」
あくまでも冷静に、落ち着きを保ちながら情報を引き出そう――そんな考えで臨んだ冬二のプランを、サラは一瞬で瓦解させる。サラからしてみれば、あまりにも冬二がちょろすぎるだけなのだが。
「お前が転校してきた目的を聞いているんだ!」
「それはもちろん、世間一般の学生と同じように、己の見聞を広げることでより実りのある人生を――――なんて、冗談に決まってるじゃないですか。ですのでそのような顔をしないでくださいな」
どんどん険しくなっていく冬二の表情を見て、サラは諦めたようなそぶりを見せると、次の瞬間、サラの表情が変化する。
どこか人懐っこい柔らかな笑顔から、どこか冷たく鋭い笑みへと。
「冬二さんもよくご存じのはずです。私たちの目的は『現人神』の覚醒。当然ながら、今回の転校もその目的を達成するための一環です。その詳細までお伝えするつもりはもちろんありませんが」
「くっ、その……、今まで直接的な手ばかりをうってきた『セーラス』が、なぜ今回に限ってこんな回りくどいことをする!?」
「直球勝負以外のやり方を知らないんですか? 伝えるつもりはないと言ったばかりですのに、わからない人ですねぇ。ただまぁ……」
そこでまた、サラの表情が元の人懐っこい笑顔に戻る。
さらにそれと同時に、なぜかサラはワイシャツのボタンを外し始めた。
「な、なにを……?」
困惑する冬二を無視し、その豊かな胸元があらわになるまでボタンをはずすと、冬二に見せつけるようにして前かがみの姿勢をとる。
「私、長いものには巻かれるタイプですので、もし冬二さんが私に寵愛をくださるのならば……、つい口が滑ってしまうかもしれませんわ……」
サラの誘うようなその声はあまりにも扇情的で、とても16歳の持つ色気とは思えない。
そんなサラの行動に、冬二は顔を真っ赤にさせながら慌てて目を逸らすことしかできなかった。
「い、意味の分からないことを言ってないで早くしまってくれ!」
「うふふふふ」
想定以上の反応に思わず笑ってしまうサラ。
一方で自分がからかわれたことを悟り、悔しさがわき起こる冬二。
二人のやり取りは、終始サラが冬二の上をいっていた。
そしてその時ちょうど、昼休みの終了を告げる鐘の音が鳴り始める。
「あら、もう時間ですね。すぐに戻らないと」
サラはそう言うと、冬二に背を向けて歩き出す。
しかし数歩だけ進んだところでその歩みを止め、再び冬二の方へと振り返り口を開く。
「……よくよく考えましたら、冬二さんが『現人神』として覚醒した際に、あまり嫌われすぎているのはよくありませんね」
どこかおちゃらけた様子でそう告げると、サラは人差し指を立てる。
「ですので、少しだけヒントをお渡しします」
「ヒント?」
「ええ。今回冬二さんが注意すべきは、自身のこととは限らないということです……おっと、私としたことが、ほとんど正解を告げてしまいました。これは失敗しましたね」
あまりにも白々しいその態度に、冬二は少しイラつきを覚える。
しかしそんなことがどうでもいいと思えるほど、サラの発言は冬二にとって心を揺さぶるものだった。
「まさか……!
「さあどうでしょう。もしかしたら宗介さんや、あるいは雪春さんか、も……」
そのセリフが最後まで紡がれることはなかった。
サラの目の前で、唐突に膨れ上がる圧。
その圧を受けたサラは無意識に後ずさる。
「おい」
信じられないほど低い声。
信じられないほど冷たい表情。
信じられないほど恐ろしい殺気。
今目の前にいるのは、本当に綿谷冬二なのか。そう疑いたくなるほど、冬二を纏う空気が先ほどまでとはまったくの別物へと変化していた。
「もし雪春に手を出してみろ。その時は、地の果てまで追いかけてでもお前を――」
「っ……!」
仲間が傷つけられたことで、冬二が激高した姿を以前サラは目撃したことがある。
それは感情を爆発させるような、激しい熱を持った怒りだった。
しかし今のそれは違う。
どこまでも冷たく、どこまでも静かで、どこまでも恐ろしい。
「……あらあら、どうやら逆鱗に触れてしまったようですね。ここは退散しておきましょうか」
今までと同様に軽口をたたくサラだが、額から汗を流すその様子にこれまでのような余裕はない。
震える体をおさえつけ、なんとか必死に絞り出した言葉だった。
その後、サラは教室に戻ることなく、別の人目のつかない場所へと移動し、先程の出来事を思い出す。
やはり引っかかるのは、想像だにしていなかった冬二の豹変。
それは間違いなく、一人の少年の名前を口にしたことがきっかけ。
「渡谷雪春……」
サラがつぶやいたその名は、綿谷冬二の調査報告書の中に数行だけ記載されていた。
冬二と同じ『外部生』でありながらも、関係書類に多くの改ざんの跡が確認された冬二とは違い、正真正銘一般家庭出身の少年。
学園へのスカウトの際、『
異能もそれほど珍しいものではなく、ランクもEと平均。
入学初期に冬二とわずかばかり交流があったのみで、冬二の才能が開花してからは疎遠となり、まれに食事を共にする程度の間柄。
それがサラの事前に得ている渡谷雪春の情報の全てであり、教室で見た彼の姿を思い出そうにも、あまりにも印象が薄く思い出せないほど。
そんな人物が、冬二の強い感情を引き出すトリガーであるという事実は、組織にとっても想定外のことだった。
サラの与えられた任務は、冬二の周囲の人間を探ることであり、危害を与えることは必須ではない。
そのため冬二への挑発するような言葉は、あくまで何かしらの反応が見られればという考えによるものだったのだが、想像以上の反応が想定外の方向から得られたことで、サラは思わず笑みを浮かべる。
サラの最初の監視対象が決定した瞬間だった。
渡谷雪春の監視を開始して三日目。
サラはこのたった三日という短い期間で確信を得ていた。渡谷雪春、彼を監視対象として選んだ己の判断は――
――間違いであったと。
「私は……一体何をしているんでしょうか……」
雪春の特筆すべき行動や特徴をメモする手帳は、今だほぼ真っ白。
朝起きて、学園に行き、バイト先に行き、帰って就寝。彼の行動はそれが全てだった。
交友関係を記録しようにも、学園では一切誰とも関わらず、一日中無言のまま過ごすことも珍しくない。
相手から話しかけられた際にも、返事すらしないほど社交性が低く、クラス内での存在感はゼロ。
バイト先での発言はホールスタッフとして必要最低限のものだけであり、客からの罵倒を死んだ目で聞き続けている時間の方が長い。
学園でクラスメイトの少女たちと楽しく過ごす冬二を、羨ましそうに見つめる雪春の姿を見た際は、さすがのサラも憐憫の情を覚えた。
そして現在、なぜか雪春は異能学園の小等部の子供たちに混じり、野球の審判をしている。それをサラも陰から隠れて監視していた。
異能を使用している子供たちのレベルが異常に高いのは気になったが、それでも所詮は小等部レベル。であるにもかかわらず、サラの眼から見て、雪春が子供たちの動きを完璧に把握出来ているとはとても思えない。
事実、ホームベース手前でワンバウンドしたボールを、先ほどから何度かストライクと宣言している雪春の判定がおかしいことは、野球にあまり詳しくないサラにも理解できた。
「この程度の凡人……いえ、凡人以下の人間が、冬二さんの人生に影響を与えるとは思えませんが……」
あまりの何もなさに、あの時の冬二の反応は勘違いだったのかもしれないと考え始め、明日からは別の人物を監視しようと心に決めたところで、サラはあることを思いつく。
「せっかくですし、試運転といきますか」
サラは今回の任務に際し、組織のボスから『
その力を、雪春に向けて使おうと考えたのだ。
もちろん殺すつもりはない。あくまで牽制程度で、たとえ直撃しても軽くケガする程度のもの。
「この私の挨拶を無視したんですから、このくらいの報いは受けてもらわないと」
そうつぶやきながら、力を起動させようとしたその時――
サラの隣に、黒い女がいた、
「………………っ!?」
いつからいた? 誰? なぜ気づけなかった? 敵? どうする? 実力は? 人間? 振り返る? 能力?
あまりにも突然のことに、サラの脳内に様々な疑問が湧き上がる。
それと同時に本能が告げる――今すぐ逃げろと。
「
しかしサラが逃走するための異能を発動するよりも速く、その視界が黒に染まる。
それがサラのその場で見た最後の光景だった。
「…………はっ!? ここは……」
サラが意識を覚醒すると同時に勢いよく起き上がると、そこは室内だった。
冷静になって周囲を見渡すと、今自分のいる場所が学園の保健室であり、自分はその保健室のベッドで寝かされていたことを理解する。
「一体誰が……」
サラは自身の口にした疑問に頭を悩ますが、その答えを出すよりも早く、正解の人物が目の前に姿を現す。
「やあサラくん。調子はどうだい?」
「お前は…………!」
「お前とは失礼だね。まあなんにせよ、元気そうでよかったよ」
それはサラが思わず警戒態勢に入ってしまう相手だった。
学園の最高権力者であり、『魔導王』の二つ名を持つ世界有数の実力者――レイ・エレシウスが、サラにその姿を見せる。
「……これは失礼しました。目が覚めたばかりで気が動転していたもので」
そう言いながらも、サラは警戒心を解くことなくレイを見据え続ける。
「ちなみに、理事長であるあなた様がなぜこのようなところに?」
「私が自分の学園の生徒の安否を気にするのは、それほどおかしなことかね?」
「使いのものを派遣するだけで十分かと。あなた様が契約している悪魔の数は、百を超えると聞いておりますので」
「ハハハ、百とはまた、随分といい加減な数でカマをかけてきたものだ」
サラの言葉に笑いながら言葉を返すと、レイはパチンと指を鳴らす。
「私が契約している悪魔は2357体だ。ほら、今君の周りにもその一部がいるよ」
「…………? ……………………っ!?」
レイから指摘され、サラは初めて気づく。
自分が今、何百もの異形の悪魔に囲まれていることを。
「う、あ…………」
悪魔は何もしていない。ただベッドの上にいるサラを囲み、見つめているだけ。ただそれだけで、サラは呼吸がどんどん荒くなり、額からは大量の汗が流れ落ちる。
この悪魔の群れがサラを襲わないのは、その命令を受けていないからに過ぎない。
もし契約主からの許可が出れば、サラの体は十秒とかからず、魂ごと悪魔によって食い尽くされるであろう。
サラの命のロウソクは、レイの気まぐれによっていつでも吹き消される状態にあった。
「いいかい。君が『セーラス』のスパイであることを知りつつ、君の入学を私が許可したのは、君程度の矮小な凡愚、いつでもどこにいても消せるからだということを、忘れちゃいけないよ」
「…………」
「ん? 返事が聞こえないね」
「……は、はい」
「うん、よろしい」
震えながら、なんとか絞り出したサラの言葉に対し、レイは満足したようにうなずく。
そしてさらに、レイはたった今思い出したというように手をたたく。
「ああ、そうだ。実はついさっきのことなんだが、私の仕事に予想外の事態が起こってしまってね。それで人手がいるんだが……君にもその仕事を手伝ってもらいたいんだよ」
具体的ではなく、どこか要領を得ない言い回し。
しかしサラはその言葉の意味をすぐに理解する。
「…………私に、二重スパイになれと言うんですか?」
「まさか、これは強制じゃなくてただのお願いさ。ただ、君は長いものには巻かれる性格だと聞いたものでね。今から私が告げる『秘密』を聞けば、喜んで君の方から協力を願い出てくれるはずだよ」
レイはそう言うと、不思議そうな表情を浮かべるサラの隣まで移動し、その耳元へと口を近づけ、『秘密』を告げる。
「君が監視していた渡谷雪春くん、彼は――――――なんだ」
「……………………」
ガツンと、脳を直接叩かれたような衝撃だった。
当然のようにある地面が崩れ落ちていくような、全ての常識がひっくり返るような、自分の存在が曖昧になっていくような、そんな感覚がサラを襲う。
「協力……してくれるね?」
「…………」
今度は言葉すら絞り出せなかった。
なんとか首を上下に動かすことで、サラは肯定の意を示す。
人生最悪の日があるとするならば、それは間違いなくこの日になるだろう。
あまりの衝撃に意識が遠くなるなか、サラはそんなどうしようもない確信を得る。
この日、彼女に起きた出来事は、己が特別な人間などではなく、所詮いくらでも替えの利く世界の歯車の一つに過ぎないのだと自覚させるには、十分すぎるものだった。
今後サラ・シャスティは、出口の見えない暗闇の中をさまよう、そんな感覚と常に生きていくことになる。
その生活は一人の少年によって救われるまで続くのだが、それはまだ少し先の話。