魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「失礼します。店長、今いいですか?」
「あれ、どうしたの? 渡谷くん」
店の店長室、その部屋でパソコン作業中だった水谷は、突然のスタッフの来訪に顔を上げ、
というのも、その来訪してきたスタッフが、ここしばらく顔を合わせる度に『え! 店内システムを全てワンオペしている僕を解雇ですか!? わかりました!!!』などと一方的に言い放ち、自らクビになろうと人物――渡谷雪春であったからだ。
また何かと理由をつけ、『辞めたい』と口にするのではないかと、自然と警戒を強めてしまう。
「何か……用かな?」
「すみません、実は店長にご相談したいことがあって……。できれば誰にも聞かれないよう、店の外で話したいんですけど……」
「あー……。ごめんね、渡谷くん。今ちょっと急ぎの、それもかなり大事な仕事中だから、もう少し後でも――」
「正社員契約に関する相談なんですけど」
「よし、今すぐ話そうか。よく考えたら大した用事でもなんでもなかったよ」
そう告げると、水谷は勢いよくパソコンを閉じ、すぐさま雪春の下へと移動する。
ようやく店に骨をうずめる気になってくれたんだねと、満面の笑みを浮かべながら。
だからこそ、水谷は気づくことができなかった。
そんな喜びに満ち溢れた水谷の死角から、雪春がこっそりと
そしてその合図を受け取った人物――
「さすがだな、雪春。こんなにもあっさりいくとは……」
雪春と二人で計画した作戦は、ここまで順調そのもの。後は、雪春が水谷を引きつけているその間に、目当ての証拠を確保するだけ。
「さて……」
亜夜が侵入したその店長室は、机や椅子、ちょっとした棚等が置かれているだけの簡素なもの。しかしそんないくつかの家具だけで、既に部屋全体を圧迫しており、その上で棚や床には多くの資料等が置かれている。
なかには、どう見てもスタッフの私物と思わしき荷物も放置されており、物置部屋と言われた方が納得するような光景だった。
自身の上司である奥寺の隊長室と比べると、同じ“長”の部屋でありながら、どうしても見劣りしてしまう。
亜夜は床に落ちている資料を踏まぬよう、ゆっくりと移動し、これまた乱雑に置かれている机の上の資料に極力触れぬよう、閉じられていたノートパソコンを開く。
そして『123456』というパスワードを打ち込むと、無事ロック画面が解除され、水谷の作業中だった画面がそのまま表示される。
開かれていたのは、一般的なメールアプリだった。どうやらどこかへと送るメールを作成中だったらしい。
内容を確認してみると、メールの文面上には四文字の卑猥な言葉が何度も登場している。
何かの隠語だろうか?――そう訝しむ亜夜だったが、途中まで書かれていたメール内容を全て読み終えたところで、気づく。気づいてしまう。
そのメールが、北鎮部隊の人間宛に書かれたものであることを。
「ッ……!」
この時、亜夜が思い出したのは、『上層部のどこかが、この店と繋がっている』という隊長の言葉。
つまりメールの送信相手は、店と癒着している北鎮部隊上層部の人間で間違いない。
もし、その上層部の人間を特定できれば――
任務を成功させたうえで、さらに組織の不正も暴くことができる。
その確信を得たことで、亜夜の心はこれ以上となく
故に生まれた、わずかな警戒の隙。
それは、油断と呼べるほどのものではなかった。
しかし、かつて“死”を冠する名を与えられたその女は、当たり前のように亜夜の意識の隙へと潜り込む。
「なに、してるの?」
「っ!?」
部屋の外ではない。部屋の中に、既にその女はいた。
いつ、部屋に入って来たのか。部屋の扉は、常に視界に入るよう作業していた。にもかかわらず、声をかけられるその瞬間まで存在を全く認識できなかった事実に、亜夜は驚愕する。
初めて顔を合わせた初出勤の日と、まるで同じように。
それでも、亜夜は必死に平静を装い、パソコン越しに佇む女――先輩スタッフである桜へと、亜夜はその顔を向ける。
「もう一度、聞くね。なに……してるの?」
「……これは、雪春に頼まれたんです。過去の売上データと比較するのに必要な資料を、店長さんのパソコンから探してくれと」
「そっか、渡谷先輩が……」
「はい。雪春が言うには、店長さんの許可ももらってるそうなので」
亜夜は事前に雪春と打ち合わせし、用意していた言い訳を口にすることで、なんとかこの場を乗り切ろうと試みる。
パソコン画面を直接見られたわけではない。ならばまだ、誤魔化せるはずだと。
しかし、薄っすらと笑みを浮かべた桜は、そんな亜夜の希望を打ち砕く。
突如、亜夜に向かって振り下ろされたのは、桜の拳だった。
「なっ!?」
何の前触れもなく、あまりにも唐突なその攻撃を、亜夜はなんとか
ただ行き場を失ったその拳は、そのまま机へと向かい、不正なやり取りが記録されているパソコンを粉々に破壊してしまう。
「っ……!」
こうなってはもう、情報を探ることは不可能。その瞬間、亜夜の思考は『逃走』に切り替わる。
しかし狭い部屋の中で、扉の方向には桜が立っており、亜夜は袋小路の状態。
そのため、亜夜が選んだのは
店長室を出た亜夜は、そのままホールへと向かう。
そしてホールへとたどり着いた亜夜を、背後から桜の蹴りが襲った。
亜夜は咄嗟に腕でガードするも、蹴りの勢いまでは殺しきれず、客席の間を転がっていく。
客のいる前であれば、簡単に手出しはできないだろう――そんな亜夜の目論見は、いともたやすく打ち砕かれる。
ならばと、亜夜は体勢を立て直し、立ち上がりながら大声で叫んだ。
「誰かッ! 治安部隊に連絡をお願いします!!」
客の前であろうとも、躊躇なく危害を加えようとするイカレ具合。ただそのイカレ具合により、自身に暴力が振るわれる瞬間を、大勢の客が目撃したのは確か。
そのため、亜夜は桜の追撃を避けながら、繰り返し周囲の客に治安部隊への通報を要請する。
しかし――
「なにも……わかってないんだね」
「何を……ッ!」
「周り、ちゃんと見てみたら?」
桜はそう告げると、亜夜への攻撃の手を止める。
それにより、周囲の様子を確認する余裕が生まれたことで、亜夜はようやく気付くことができた。
己に向けられる客たちの目が、恐ろしく冷たいものであることを。
ホールのど真ん中で大立ち回りを演じ、必死に治安部隊への要請を続ける人間に対し、その視線はどこまでも他人事のようで。
また、これほどの騒ぎが起きているにもかかわらず、誰一人として席を立って逃げようとはせず、平然と食事を続けている者もいる。
そして店の出入り口付近には、その場を固めるようにスタッフが立っており、嘲笑うような表情で亜夜を見つめていた。
そういった周囲の状況を把握したことで、思わず歯を食いしばりながら、亜夜は一つの結論を導き出す。
自分は
桜を始めとした店のスタッフ、そしてこの場にいる客も、全員がグル。
調査任務の件は全てバレており、外部の目撃者がいないこの場で、調査員である自分を排除するつもりなのだと。
ならば遠慮はいらない。やるべきことはただ一つ。
亜夜は小さく息を吐き、覚悟を決める。向けられる悪意に応戦し、もたらされる死に抗い、店からの脱出に力を注ぐことを。
するとそんな亜夜の足元に、どこからか刀が投げ入れられる。
当然、亜夜は罠を警戒するが、それらしい魔力反応は確認できない。
目の前の桜も、亜夜が刀を拾うのを待つように、その場で笑みを浮かべながら佇んでいる。
「使いなよ。普段から刀……、使ってるんでしょ?」
「ッ……!」
信じられないことに、それは今まさに自分を害しようとしている敵からの、武器の供与だった。
何のつもりなのか。亜夜は桜を睨みつけるも、その表情から意図を読み取ることはできない。
ただ、桜が自身に並ぶ、もしくはそれ以上の強者であることは、先ほどの拳や蹴りの威力からして明白。
そのため、刀が使えるとなれば、桜との戦闘が有利になることは確かだった。
亜夜は恐る恐る、警戒しながら刀に触れる。やはり、罠と思わしき仕掛けや魔力反応はない。
それどころか、その刀がかなりの
罠でないとすれば、本当にただ相手に武器を与えたことになる。亜夜が依然として、武器提供の意図を掴めないでいるなか、
「私は、
桜が従業員服のポケットから取り出したのは、携帯用コンパクトツールである十徳ナイフだった。
そんな十徳ナイフの刃渡り五センチほどしかない刃を、桜は亜夜へと向ける。まるで、これで相手してやると言わんばかりに。
そこまでされたところで、亜夜はようやく思い至る。
武器提供に、深い理由など何もない。ただただ自分が、敵としてなめられているだけなのだと。
「ふざけやがって……ッ!」
「これも慣れると……使い勝手、いいよ? 下手に手加減も、しなくていいから」
「…………」
「…………」
亜夜と桜。両者の動きが一度止まり、そして一気に動き出す。
亜夜のそれは、先ほどまでの回避に徹していた動きとはまるで違い、刀を振るう姿は烈火のごとく。周囲の客に配慮する必要もなくなった今、全力を出さない理由はどこにもない。
圧倒的なリーチの差を活かしながら、常に自身が有利な位置になるよう激しく動き回り、桜を責め立てる。
しかしそんな亜夜の攻撃を、桜は苦も無くナイフで受け止めつつ、時には避けることで、全て完璧に対応していた。
刀とナイフによる、激しい刃の打ち合い。互いに刀身を強化しつつも、その強化は元の強度や性能にも依存するため、当然ながら刀を使う亜夜の断然有利。
ただ桜は、ナイフに加わる力を上手く逃がしており、技術によって武器の差を埋めている。
そのため、二人の戦いはここまで互角。
少なくとも、亜夜はそう考えていた。しかし、
「もしかして、私と対等……とか、思ってる?」
「違うとでも言うつもりかッ!」
「そう、だよ。やっぱり……わかって、ない」
桜は呆れるような態度をとりながら、またもや一度戦いの手を止める。
周りを見てみろと、そう言わんばかりの手振りと共に。
「っ……」
亜夜は桜への警戒を続けつつ、言われた通り周囲の様子を確認する。
目に入るのは、二人の戦いに巻き込まれ、伸びていたり、怒りをあらわにする客の姿。
それでつまり何が言いたいのか。結局、亜夜は理解することができない。
そんな亜夜に、桜はぼそりと告げる。
「料理」
「……は?」
「テーブルの上の……料理。一切……こぼれたり、ぐちゃぐちゃになったり……してないでしょ?」
その言葉を受け、亜夜は改めて周囲の様子を確認すると、確かにその言葉通り、客の下へと運ばれた料理は無事のまま。
「ね?」
「…………」
だからなんだよ――亜夜は思わず刀を強く握り、わけのわからないことを告げる桜に対し、怒りを募らせる。
しかしふと冷静になり、思い返す。これまでの戦いで、テーブルの上の料理に対する配慮など、当然ながらしていなかったことを。
それを踏まえ、考える。あれだけ全力で暴れたにもかかわらず、料理が全くの無事なんてこと、あるのだろうかと。
そして思い至る。つまり、ここまでの攻防は全て、桜によって知らず知らずのうちにコントロールされていたのだと。
「ッ……!!」
「気づいたんだ、ね」
武器の差というハンデがあり、それでも互角などではなかった。
そのことを理解し、亜夜は打ちひしがれる。自身と桜との間に存在する、その実力差に。
まともに戦っては勝てない。そう判断した亜夜は、
その
刀を振り下ろす瞬間、刀身に宿す魔力を爆発させ、絶大な破壊力を生み出すその剣技であれば、桜にも通じるはずだと。
ところが、刀を振り下ろすその直前、亜夜は驚愕する。
「な、んで……ッ」
相対する桜がとったのは、亜夜と全く同じ構え。
『『
二人の、同じ構えから繰り出された同一の剣技がぶつかり合う。
「つっ……!」
「あ……」
その結果、亜夜のナイフにはヒビが入り、そして粉々に砕け散る。
ただその成果に対し、亜夜が喜びを覚えることはなかった。
『
むしろ、亜夜の表情はさらに曇っていく。
「さすが、店長さんの技……だね」
一方で、桜の言動にはどこまでも余裕があった。
そしてそんな桜の下に、先ほどの亜夜と同様、どこからか刀が投げ渡され、桜はその刀を手に取って鞘から抜く。
「いいよ……。ナイフを壊した、ご褒美。ちゃんと
桜がそう告げると、二人は再び激しい攻防を開始し、今度は刀と刀がぶつかり合う。
しかし、その攻防は戦いと呼べるものではなく、一方的な蹂躙だった。
刀を手にしたことで、一気に攻勢へと転じた桜の一振り一振りは、亜夜にとってあまりにも重く、先ほどとは比べ物にならないほど速い。
反撃に出る余裕などあるはずもなく、一撃目で受ける刀が大きく流され、二撃目で致命的な隙が生まれ、そこに来てなぜか三撃目は必ず峰打ち。または拳や蹴りが飛んでくることで、亜夜は壁や客席、床や天井に容赦なく叩きつけられる。
何度も殺せるようなタイミングがありながら、必要以上に痛めつけ、まるで
「がっ、ぐ……ッ!」
亜夜の体には、確実にダメージが蓄積されていく。
目の前の
桜以外にも、まだ店のスタッフは何人も控えており、店からの逃走はほぼ不可能。
もしまだ希望があるとするならば、それは店の外にいる雪春だろう。
雪春が店内の異変を察知し、事前に伝えておいた奥寺隊長の番号に連絡を入れてくれたら――
しかし、そんな亜夜の最後の希望も、桜は無慈悲に切り捨てる。
「もしかして、渡谷先輩の助けを……期待してる?」
「ッ……!」
バレている。そのことに亜夜はひどく動揺するが、続けざまに告げられた桜の言葉は、亜夜をさらなる困惑へと突き落とす。
「この状況は、全部渡谷先輩の、思い通りなんだよ?」
「……なに、を」
「そもそも、このお店がやってること……いろいろ隠そうって言いだしたの、渡谷先輩だから。でも、もう隠す必要もない。
「う……」
嘘だ――そう言いかけて、止まった。
亜夜は気づいてしまったのだ。もし仮に、桜の言葉が全て本当だった場合、今のこの状況にも納得がいこくことを。
なぜ、このタイミングで全てバレたのか。潜入任務中に、怪しまれるような行動は一切した覚えがない。ならば考えられる原因は一つだけ。
潜入任務の件も、任務の内容も、全てを話してしまった相手が一人だけいる。
そう、協力者として頼りにし、味方だと信じた――渡谷雪春に。
裏切った、というわけではないのだろう。バイトを初めた当初から、ずっと敵だったのだ。
店の不正がバレないよう振る舞い、少しずつ信頼を積み重ね、土台を整えて待っていた。任務の件を、亜夜自ら口にするその瞬間を。
全ては、雪春の手のひらの上。
そもそもなぜ、店の全てが敵に回るこの状況で、まだ雪春だけは味方だと信じていたのか。
きっと、信じたかったのだ。『僕は、亜夜の味方だから』――同年代の相手から、初めて告げられたその言葉を。
「隙、だらけ」
「しまっ……! つうッ!」
またしても、亜夜は客席へと叩きつけられる。
そして、やはりそこからの追撃はない。
再び立ち上がるのを待つように、桜はその場で佇み、うずくまる亜夜の姿を見下ろす。
「ゲホッ……! ッ…………!!」
「弱い、ね……。弱すぎる、よ。渡谷先輩の……お気に入りなのに」
「ッ……!」
今一番聞きたくない名前が、桜の口から告げられる。
店長室で証拠を探していた際、『雪春に頼まれた』と口にしたことで、桜は笑みを浮かべていた。
今思えば、あれはきっと合図か何かだったのだろう。
一気に湧き上がる、雪春への怒り。
しかしそれは、爆発しかけたその直前になって急激に
亜夜は思い出したのだ。そもそも、初めに騙していたのは自分の方であることを。
「……怒りを抱く資格なんて、私にあるはずもないか」
最後の希望が絶たれたこと。そして、友人に慣れたかもしれない相手を失ったことで、亜夜を襲う絶望は大きい。
それでも、亜夜は折れない。投げやりにならず、店から脱出するための策を考え続ける。冷静に、落ち着いて、焦らず――
「……まだ、正気でいようとしてるんだ。それじゃダメだって、わかってるくせに」
「…………」
惑わされるな。正攻法じゃ敵わない。ならば、
『
刀を支えにしたまま、まだ動けないと思わせてからの、横薙ぎによる不意打ち。
しかしそれも、いともたやすく受け止められてしまう。
「きれいな太刀筋……。きっとあなたは、出会いに恵まれてきたんだね。あなたのその才能を、正しく、真っすぐ、合理的に、間違えないよう伸ばしてくれる、そんな人たちとの出会いに。……でも、あなたの
「っ……!」
いやに、桜の言葉が心に染み込んでいく。
惑わされるな。亜夜は一度桜から距離を取り、痛む体を無視して、再び
「そうやって、正しくあろうとする限り……、私には勝てないよ。あなたのうちに潜む獣は、目覚めない」
「さっきから好き勝手言いやがって……! お前が私の何を知っている!?」
「当てて、あげよっか? あなたは、既に
「適当なことを……」
惑わされ――
「あなたの、底にあるものは何?」
「……私の、底…………」
耳を貸す必要などない。なのに、その言葉を聞いてしまう。そして考えてしまう。
自身の底にあるもの。自身を形作るもの。かつて魅せられてしまったもの。それは――
『見て! お父さん! お母さん! 私もお姉ちゃんみたいにできたよ!!』
かつて、初めて異能で
強くなることに幼くして魅せられてしまった異能者は、それ以来、訓練を怠った日は一度もない。
小等部のころ、親に泣かれるまで刀を振り続けたことも。その件を煩わしく感じ、一人暮らしを始めたことも。部隊への入隊に、二つ返事で頷いたことも。
そう、全ては強くなるため。どこまでも純粋で、どこまでも真っすぐで、他の何も目に入ることのない、狂気に満たされた願い。
それだけが、少女にとっての原動力であり、人生の道しるべだった。
「……そうか。そうだったな……」
大切な任務、信じていた相手の裏切り、死への恐怖、合理的な思考、逃走の意思、理不尽な現状への怒り。
気づけば枷となってしまっていたそれらを、亜夜は一つずつ捨てていく。
そうして残ったのは、同じ刀と技を使い、なおかつ自身が持つ強さの先を行く異能者が、敵として目の前に立っているという事実のみ。
そうだ、何を悲観することがあるのか。
「ハ、ハハ、アハハハハ!」
聞こえてきた笑い声は、自分のものだった。
全身が傷だらけになり、流血もしながら、少女が浮かべるのは不気味なほど晴れやかな表情。
そんな亜夜の姿を見て、桜もつられるように笑みを浮かべる。
「
「私は……私の名は、深国亜夜。強くなることに焦がれた、ただそれだけの女だ」
『
亜夜が名を告げると同時に、その刀の刀身から
蝶はあっという間にホールにあふれかえり、窓や光源を覆うと――
――その場に、夜を生み出した。