魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
綿谷冬二の1日
『無理よ。私は白で、あなたは黒。だから私たちは、一緒にはなれない』
『それは違う! 他人の決めたルールなんて関係ない! 俺たち二人ならどんな常識だって変えられるんだ! だから――』
その手を、大切な誰かに向かって伸ばす。
いったい誰に? それがどうしても思い出せない。
でも、確かに覚えている。
ずっと自分を避け続けていた彼女が、初めて手を握り返してくれた時の、そのぬくもりを――――
―――――
「…………あれっ?」
日が登り、カーテンの隙間から差し込む朝陽によって綿谷冬二は目を覚ます。
「またか……」
高校に入学以前から、冬二はある夢を頻繁に見続けている。
しかしこの日見た夢には、今までになかった新しい情報があった。
「……白? 黒?」
いったい何のことだと考えてみるも、寝起きの頭では上手く思考がまとまらない。
しかし夢の意味がわからないのはいつものことかと、これまたいつも通りすぐに思考を放棄する。
そうして徐々に眠気が覚め、ようやく意識がしっかりとしてきたその時、冬二は自身の体に不自然なぬくもりを感じた。
「っ!?」
まだ少し残っていた眠気が一瞬で吹き飛び、慌てるように布団をめくると、そこには冬二の体に抱き着き、気持ちよさそうに眠るクラスメイトの紗季の姿があった。
「紗季!! 寝てる時に布団に入ってくるなっていつも言ってるだろ!!!」
「んン……」
驚き半分、恥ずかしさ半分で顔を真っ赤にして叫ぶ冬二。
冬二の言葉によって半分寝ぼけながらも起きる紗季。
最初のころに比べるとかなり慣れたものの、健全な男子高生の冬二にとってはまだ気恥ずかしさが
「まったく……」
困った顔をしつつも、全てを拒絶するような厳しい表情を浮かべていた時期と比べ、人のぬくもりを求めるようになった今の紗季の姿に、冬二は嬉しさも感じていた。
「そろそろ起きないと朝食に間に合わないぞ」
「んー……わかった」
今だ半分寝ぼけている状態の紗季を連れて、冬二はリビングへと移動する。
冬二が住んでいるのは
リビングなどの共同部屋のほかに、個人の部屋があり、雪春の住む学生寮と比べるとかなり大きい。
共同の大浴場やトレーニングルーム、さらには室内プールに卓球やビリヤードなどが楽しめる娯楽施設も存在する。
雪春が暮らすような一般の寮ではなく、このような男女共同寮に冬二が住んでいるのには、色々と理由があるのだが今回は省略する。
「みんな、おはよ――」
冬二が挨拶をしながらリビングへと繋がる扉を開くと、そこには下着姿の3人の少女たちがいた。
「なっ!!?」
「あわわわわわ!??」
「お、朝から大胆だな冬二」
照れる者、慌てる者、余裕を見せる者。
三者三様の反応をとる中、冬二は慣れたように顔を背ける。
このような光景も、彼らにとってはいつもの日常なのだから。
「この……変態!!!」
続いて繰り出される少女からの平手打ち。
乾いた張り手のいい音が鳴り、冬二は抵抗することなく受ける。
どう考えてもリビングで着替えていた少女たちに問題があり、冬二には何の落ち度もないのだが、黙って冬二は受け入れる。
これもいつも通りの日常なのだから。
冬二たちが学園へと向かう手段はバスと徒歩である。
バスは毎朝これでもかというほど混んでおり、そのため少女たちとの密着イベントが必然的に発生する。
徒歩で移動している際には、曲がり角で謎の美少女とぶつかるイベントが月一で起こる。空から女の子が降ってくることは、今のところ半年に1回のペース。
当然それらはフラグであり、場合によっては大冒険の始まりであることもなくはない。
そんなふうに朝から様々なイベントが頻発しながら、冬二は学園へとたどり着く。
まず校門前で生徒の服装や持ち物をチェックする(チェックするだけ)、厳しくも時おり優しさを見せる風紀委員長とイチャイチャ。
教室へと向かう廊下で、威厳がありながら時おり甘える姿を見せる生徒会長とイチャイチャ。
教室では同じ寮に住む少女たちプラスアルファとイチャイチャ。
授業中は『彼氏いない歴=年齢』のどこか隙のある若い先生とイチャイチャ。
昼休みは冬二のためにお弁当を作ってきてくれる少女たちとイチャイチャ。
放課後はマッドサイエンティスト風味の魔法科学部部長の少女とイチャイチャ。
学園生活が終わると、冬二は少女たちと別れバイト先へと向かう。
学園近くの大通りから外れ、寂れた路地裏を奥へ奥へと進むと、『異能探偵事務所』という看板がかけられたボロボロの建物が現れる。窓ひとつなく、人が住んでいるとはとても思えない。
しかしその建物こそが冬二のバイト先であり、雇い主の寝床兼仕事場である。
「失礼しまーす」
冬二が入り口の扉を開けて部屋の電気をつけると、ほこりが舞い上がり、床は足の踏み場が見えないほど本や書類で埋め尽くされていた。
それを見て冬二は思わずため息がこぼれる。
「……たった数日でどうやってここまで汚くできるんだ」
あきれながらソファーに目を向けると、案の定そこには冬二の雇い主がいた。
すぐそばの机には大量に積み上げられた書物と、灰皿に積み上げられた大量の吸い殻。
それを見てもう一つため息をこぼした冬二は、ソファーで爆睡する雇い主に声をかける。
「
「……んあ、なんだ少年か」
目を覚ました天眼路――20代半ばほどの背の高い女性は、目をこすりながら目覚めの一本とばかりに胸元からタバコを取り出すが、冬二がそれを横から奪い取る。
「ダメです。先にお風呂に入ってきてください。また何日も入ってないでしょ」
「相変わらず厳しいな少年は……」
しぶしぶといったように天眼路は立ち上がると、風呂場へと向かう――途中でその足を止め、冬二の方へと振り返り口を開く。
「どうだい少年。一緒に入って背中でも流してくれないか?」
「入るわけないでしょ!」
「それは残念。しかしまったく、相変わらずかわいいな少年は」
天眼路の提案を、冬二は間髪容れず顔を真っ赤にして断る。
しかし断られた天眼路はどこか楽し気で、それを見て冬二は自分がからかわれたことを悟った。
「ほんとあの人は……」
そうしてそのまま風呂場へと向かった天眼路に対し愚痴をこぼしつつ、冬二は部屋の片づけを開始する。
天眼路の寝ていたソファーの近くには『
ただ天眼路がそんな内容のものばかり好むのはいつものことなので、冬二は特に何も思うことなくそのまま片付けを続ける。
結局その日冬二は、天眼路といくつか会話を交わした以外は、すべて部屋の清掃に時間を費やした。
ただこれは珍しいことでもなく、清掃以外の業務が発生するのは、依頼人が訪れた際や、事件が起きた際に助手として連行されるときくらいである。
バイトを終え帰宅すると、寮に住む少女たちと夕食を共にし、共同お風呂乱入イベントといったいつも通りの日常を過ごす。
そうして現在、冬二はベランダに出て、夜景を眺めながらお風呂で
そんな冬二に、一人の少女が声をかける。
「まだ夜は冷えますね」
冬二に声をかけたのは、ボブカットにした紫色の髪が特徴的な、丸眼鏡をかけた少女。
少女の名前は『
鏡花は冬二の隣に移動し、そのまま冬二の方を見つめると、視線を一点に固定したまま少し顔を赤らめる。
「キョウカ? どうかした?」
「あ! いえ! なんでもありませんよ! それよりチームの申請、無事に通りましたね。とりあえず一安心です」
湯上りの冬二の鎖骨を見て興奮していた――などと正直に言えるはずもなく、誤魔化すために鏡花が慌てて出した話題はチーム結成の件。
「ほんとにな。
「あげくの果てには決闘まで申し込まれて、本当に災難でしたね」
「なんにせよ、無事全員でチームを組めてよかった。ただ……、ここに雪春もいればなぁ」
そうつぶやく冬二の表情は笑いながらも、どこか寂し気な様子だった。
「……前から少し聞いてみたかったんですけど、冬二さんって、本当に雪春さんのことを大切に思ってますよね。同性のご友人なら宗介さんや他にもいらっしゃる中で、雪春さんを真っ先にチームに誘ったりするのには、なにか理由でもあるんですか?」
「あー……」
鏡花からそう問われ、冬二は少し恥ずかしそうにして頬をかき、ためらいながらも口を開く。
「その……、雪春はさ、俺が一番辛かった時に、傍にいてくれたんだ。今でこそキョウカや宗介、会長さんや天眼路さんたちといったいろんな縁を結べたわけだけど、雪春がいなきゃそうなる前に心が折れてたと思う。それに、異能のない社会で長年過ごしてきた俺にとってはさ、どんな時でもずっと『非日常』なんだ」
「『非日常』……ですか?」
生まれた時から異能と共に生きてきた鏡花にとって、『非日常』という冬二の言葉はピンとこない。
それは鏡花だけでなく、この異能社会にいるほぼ全ての人間が、冬二の言葉を聞けば同じ反応になるだろう。
「もちろん1年以上過ごして慣れてきた部分もあるけど、やっぱりどこか違和感のある部分が多いんだ。でも雪春と会話してると、雪春も俺と同じ境遇だから、必然的に異能とは関係ない話ばかりになって…………、そんな時ふと感じるんだ。ああ、なんか懐かしいなって」
「…………なるほど」
鏡花には痛いほど伝わった。冬二がどれほど雪春を大切に思っているのかが。
それは鏡花をはじめとした冬二の傍にいる少女たちが、冬二に向ける思いとはまた違うもの。
しかしそれでも、鏡花は思わずにはいられなかった。
「少し、羨ましいですね……」
「え? 何か言った?」
「いえ、なんでもありません。それより早く部屋に戻らないと湯冷めしてしまいますよ。先ほども言いましたが、夜はまだ冷えますから」
そう言って鏡花は部屋の中へと戻っていく。
一人になった冬二はもう一度外の景色に目を向ける。
都会過ぎず、田舎過ぎないその夜景を見て、冬二は思う。
もしかして雪春も、今ごろ同じように夜の景色を見ているかもしれないな、と。
「今回はチームを組めなかったけど、いつか雪春と肩を並べて――」
――マモレ――
「そうだ、俺は――」
――アノカタダケハ――
「アノカタだけは――」
――ソノイノチニカエテモ、ワタシハ――
「絶対に――、、、あれ?」
その時、冬二はおかしな違和感を感じ取る。
まるで、自分以外の誰かの感情が、己へと流れ込むようなそんな違和感。
しかし今は何も感じない。
「勘違いか…………?」
おかしな夢を見た時とも違う。
夢の時は自分が夢の人物と同一になる感覚だが、先ほどのは自分という存在が乗っ取られていくようなものだった。
「明日、立花先生に相談してみるか……」
いつの間にか、火照った体はすっかり冷めてしまっている。
この体に感じる寒気は、はたして夜風によるものだけなのだろうか。
疲れているのかもしれないし、今日は早く寝よう――そう考えながら冬二は部屋の中へと戻る。
この時、冬二は気づかなかった。ベランダで部屋から漏れる明かりによって生じていた冬二の影が、冬二がいなくなった後もその場に残り続け、わずかにうごめいたことを。
こうして慌ただしくも、充実した綿谷冬二の1日が終わる。
―――――
渡谷雪春の1日
日が昇り、差し込む朝陽によって目が覚める――――ことはなく。
時計、スマホ、以前使っていたスマホの3つのアラームを全て鳴らし、その爆音によってなんとか雪春は目を覚ます。
「あぁ…………ねっむ。吐きそう」
朝が苦手――というわけではなく、単純な睡眠不足によって気分最悪の朝をむかえる。
当然、朝起きたら隣で知らない美少女が寝ているはずもなく、甲斐甲斐しく毎朝起こしに来てくれる幼馴染もいない。
そのまま二度寝三度寝と繰り返し、アラームのスヌーズ機能によって無理やり体を起こす。
雪春の住む学園指定の寮は、1人暮らしの平均の部屋と比べるとかなり広い。
しかし部屋に呼ぶ彼女どころか友人もいない雪春は、1人暮らしでこの広さは必要ないなと思い始めている。
「大学で1人暮らしする時はもっと狭い部屋でいいな……」
朝食は寮の食堂で食べることもできるのだが、いつもギリギリまで寝ているため、毎朝時間のない雪春は食パンを1枚、無理やり口に放り込んで学園へと向かう。
雪春が学園へと向かう手段は原付バイクである。
原付での登校中、発生するイベントといえば、たまに警察に止められて免許証を確認されるくらいである。
もし食パンを加えた美少女と曲がり角でぶつかるようなことがあれば、それは恋の始まりではなく、ブタ箱生活の始まりである。
学園へとたどり着いた雪春は、教室へと向かう道中、挨拶をかわすのは教師や用務員とのみ。
それ以外は一切口を開くことなく教室の自分の席へと座り、朝のホームルームが始まるまでヘッドホンを付け、窓の外を眺めて過ごす。
授業が始まると、意味の分からない異能単語が次々と右から左へ抜けていくも、必死に眠気に耐えながら授業を受ける。
ちなみに、寝てしまってもあまりバレない。そのくらい教室内での影が薄い。
昼休みはチャイムと同時に教室を出て、屋上の誰も来ない隅にあるベンチで昼食を食べる。
1人になれるこの時間が雪春は好きなのだが、雨の日は屋上で食べることができない。
そのため仕方なく教室で食べるのだが、入学時は同じ境遇だった綿谷冬二が、美少女たちとイチャイチャしながら楽しそうに昼食を食べている姿がどうしても視界に入るため、それだけでテンションが数段階下がっていく。
昼食を食べ終わった後、授業が始まるまでの時間が手持無沙汰になり、食べたパンの成分表示を意味もなく眺めて過ごす自分と比べて、泣きそうになることもしばしば。
体感時間の長い授業が終わると、雪春はまたもや誰とも話すことなく学園を出て、一直線にバイト先へと向かう。
バイト先では男の野太い罵声が飛び交い、客と店員のリアルファイトが勃発することも珍しくない。
そして現在も、先輩スタッフが客ともめ事を起こし、雪春はその対処にあたっていた。
「ダメですって権田先輩!」
「そうだよ抑えて権田くん!」
今にも客に殴りかかろうとするスタッフを、雪春ともう一人のスタッフでおさえつける。
「離せ渡谷! 止めないでくれ木野さん! こいつ俺のこと敗北者って言いやがったんだ! 30過ぎて後輩いびりすることしかできない無能野郎って……!」
「いやじじ……暴力はダメですよ権田先輩!」
「のるな権田くん! 戻れ!」
しかし喧嘩相手である客はそんな権田に対し、さらに言葉を投げかける。
「まあ店が店なら、こんなしょうもない店員しかいねえのも納得だわなぁ」
「てんめぇ!!!」
「権田先輩ステイステイ!」
「割れ鍋に綴じ蓋ってか? お前にゃあピッタリな店だぜ。死ぬまで客にペコペコ働いてるんだなぁ」
「☆あl;めえ:~ク6@し――!」
「権田くん! 落ち着いて! 言語機能がいかれ始めてるよ!」
悪い方向に打てば響く権田に対し、気分を良くした客はさらに止めに入っていた雪春に対しても暴言を吐く。
「そこのガキだってそうだ。学生バイトなんてどこでも募集してるだろうに、こんなとこでしか働けねえんだから、自分は無能ですって言ってるようなもんだろ。どうせ卒業後はFラン大学くらいしか進路もねぇんだろうなぁ」
「…………ふぅ」
その言葉を受けた瞬間、なぜか雪春の表情に笑みが浮かぶ。そして――
「今だいけっ! ゴーゴーゴー!!!」
「渡谷くんっ!?」
「うるあああああ!!!」
雪春が権田から手を離したことで、自由の身となった権田は客の顔面に右ストレートを炸裂させる。
渡谷雪春――――彼はバイト仲間を悪く言われようと、働く店がバカにされようと、たいていのことは見過ごす。だが、自分への悪口だけは許さない。
「喧嘩だ喧嘩だ! 休憩室にいる奴は全員たたき起こせ! 厨房にいる奴も出てこい! 飯なんか作ってる場合じゃねえぞ!!!」
「渡谷くん!」
雪春が号令をかけたことにより、店長を含めたスタッフほぼ全員が喧嘩へと動員され、それを見た客も『はよ料理だせや』とばかりに参戦していく。
それにより店内はまさに大乱闘状態。殴り殴られ、蹴り蹴られ。
スタッフは日頃の仕事によるストレスを解消せんとばかりに、客は態度の悪い店員を合法的に殴れるいい機会だとばかりに。
もはやこの大きなうねりは、誰にも止められなかった。
そんな中、シフトの終了時間になった雪春は乱闘の輪から抜け出し、しれっと帰宅の途につく。
部屋へと戻った雪春は寮の食堂で食事をとり(もちろん一人)、寝る前の身支度を全て済ませた後、ゲームを起動させる。
『はぁ!? なんで今のがハズれるんだよ!?? 当たり判定おかしいだろ!!!』
『あ、お疲れ様です【局部麻酔大好き】さん。今は僕と【脳みそスクランブルエッグ】さんが待機中で、5人ほど任務に出てます』
『はいバ~~~カ!! たいして上手くもないくせに舐めプしやがって! この香〇県民が!』
『僕は右から攻めるから、【純白の白すぎるホワイトな堕天使】さんは左からお願い。うん、【永遠の中二病】さんとはF地点で合流予定だから』
『なんで3%の確率で失敗するんだよ!? 意味わからんモオォォォォォ!!!』
『ヤバっ! 【青タイツの槍持ってる人】さんが死んだ!! 誰かカバー行ける人います!?』
本人曰く、ごくごくまれに罵声が飛ぶものの、楽しくゲームをして過ごす。
ただいつも熱が入り過ぎた結果、就寝するのが早くても深夜2時過ぎ。
「うわっ、もうこんな時間……さすがに寝ないと」
部屋でゲームをしている時間が1番熱が入ってるなぁ、などと考えつつ、渡谷雪春の1日がこうして終わる。
「……今日一回も異能使ってないな」
寝る直前、自分がこの異能社会にいる意味を考え始めてしまい、しばらく眠ることができなかった。
こうしてまた、彼は寝不足の朝を迎えるのである。
これにて序章は終了といった感じです。かといって何かが大きく変わるわけではないですが。