魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
ゴールデンウィークが終わり、今日は連休明け最初の登校日。
ゲームと睡眠だけだった去年と比べると、バイト漬けだった今年はかなり充実した日々だった。
一番のハイライトは、評判の悪い常連客に背負い投げをかましたことだろうか。
『おめぇの接客態度が悪いから昨日もソフバンに負けたんだよ!』――などと本当に意味の分からないクレームを入れてくる客に対し、『今日はサチヤだからいける!』と言いながら決めた一本。
疑惑の判定など入り込む余地のない完璧な背負い投げに、スタッフも客もスタンディングオベーション。漫画なら確実に見開きページ。
あの瞬間の僕は間違いなく主人公だった。
もしかしてクラス内で一番充実したゴールデンウィークを過ごしたのは僕ではないだろうか?――――などと調子にのっていたところ、校門前で冬二が知らない女子とイチャイチャしていて僕の心は死んだ。
また新しいヒロイン増やしやがって……。
とまあそんなこんなで、現在教室で授業を受けているわけだが、教科は召喚魔術というもの。
その名の通り、異形存在を異界的な何かから召喚し、使い魔として使役する魔術。
一般的な使い魔としては、異能の力を持った動物というのが多いらしいが、極めるとヤバイ悪魔とかも呼び出せるらしい。
召喚魔術の授業はその性質上、理論だけでなく実践形式の授業も多く、今まさに僕は机の上に紙を広げて、召喚を行うための魔法陣を書き込んでいた。
「今日召喚するのは、悪魔の中でも最も低級の悪魔です。みなさんなら特に問題なく召喚できるでしょう」
教壇に立ってそう告げるのは、学校で一番やさしいと有名な久保田先生。
定年近い初老の男性で、威圧感のかけらもないことから、『仏の久保田』と生徒から呼ばれている。アメとムチで言えばもちろんアメの先生だ。立花先生? もちろんムチです。
とにかくそんな久保田先生には、1年の時からとてもお世話になっている。
基礎の『き』の字もない僕に対して嫌な顔一つせず、授業内容を懇切丁寧に説明してくれるのだから。
「どうですか雪春くん。大丈夫そうですか?」
「あ~えっと、まあ、その、魔法陣はちゃんとできてるはずなんですけど……」
今回もこうして進捗を気にかけてくれる久保田先生に対し、素直にうまくいっていないことを伝える。
僕が手こずっている間に、周りのクラスメイト達は次々と召喚を成功させていた。
角や羽を持った黒くて小さい手のひらサイズの悪魔が、教室内をブンブンと飛び交っている。ハエみたいでうっとうしいな。
「じゃあ一つ一つ間違えやすいところを確認していこうか」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「まず魔法陣の外周だけど……うん、ここはちゃんとできてるね」
「はい」
「次にここの交差する部分だけど……うん、ここも問題ないね」
「はい」
「実は経路を掛け合わす中央の部分が一番難しくて……うん、しっかり作用してる」
「はい」
「そもそも魔力の入り口が開いていないと発動しなくて…………うん、ちゃんと解放されてる」
「……はい」
「そうそう! よくやりがちなのがこの部分なんだ。ここで魔力詰まりを起こして…………うん、よどみなく流れてるね……」
「…………」
「…………」
「あの、先生……、僕の魔法陣はなんで発動しないんですかね?」
「……………………」
黙っちゃった。
いったい僕のなにがいけなかったというんだ。
「だ、大丈夫ですよ雪春くん! 召喚する悪魔とは相性がありますから! きっと雪春くんと今回召喚する悪魔は相性が良くなかったんでしょう。これはあくまで簡易召喚の魔法陣ですから、もっと効力の強い魔法陣を使用すれば問題なく召喚できるはずです。ええ、きっと」
なんとか絞り出したであろう久保田先生のフォローが身に染みるぜ。もう僕のライフはゼロよ。
ちなみに、冬二も同じような状況なのだが、あっちは赤髪炎使いのツンデレヒロインに『あんたバカじゃないの! なんでそんなこともできないのよ!?』『だ、誰も教えないとは言ってないじゃない……!』などと言われながら楽しそうに手ほどきを受けている。
…………いいんだ! 僕には久保田先生がいるから!
結局その後、授業内で悪魔召喚を成功させることはできなかった。
情けないことに、授業中に成功しなかったのは僕と冬二だけ。
そんな僕を見て、僕の右前に座る女子がバカにするように笑ったのを、僕は見逃さなかった。
ちくしょおおおおお!!!! 見てろよあのクソ女!!!
今日の授業が終わり、自分の部屋へと戻った僕の手に抱えられているのは、『悪魔大全』というタイトルの分厚い本。
僕をあざ笑ったあの女を、そしてクラスの連中を見返してやるために、さっき図書室から借りてきた本だ。
この学校の図書館はアホみたいに広く、蔵書数も1千万冊を超えるらしい。ぶっちゃけ、それがどれほどすごいのかはよくわかってないが。
もちろん、本の内訳はほとんどが異能関連のもの。その中から召喚関連の本を見つけるのはかなり骨が折れる――と思っていたのだが、図書館の司書さん的な人に『なんかすっごい強くてヤバくてすごい悪魔を召喚できる本をおくれーっ!』と、かなりフワフワした要望を伝えると、この『悪魔大全』を持ってきてもらえた。
ちなみに本のタイトルの文字は日本語や英語ではなく、僕の知らない言語で書かれている。
にもかかわらず、なぜか『悪魔大全』と書かれていることが理解できるのだ。
さすが異能世界の書物。さっそくテンションの上がるギミックが仕込まれている。
あまりにも
すると1ページ目から、それはもうびっしりと小さい文字が敷き詰められていた。
「うへぇ……」
挿絵すらなく、ほぼ真っ黒なページを見て僕はつい声を漏らしてしまう。
多分注意事項とかそんな感じのことだと思うのだが、読み飛ばしちゃダメだろうか?
利用規約とかも読まずに同意しちゃうタイプなんだよね。
「……うん、とりあえず後で読もう」
僕はペラペラとページをめくっていく。
しばらくすると、『最上級悪魔一覧』と書かれたページが目にとまる。
どうやら悪魔の中でも、もっとも階級が高い悪魔の一覧らしい。
「このレベルの悪魔を召喚すればクラスのやつらも驚くはず……!」
僕はこの一覧の中から悪魔を召喚することを決める。
どの悪魔を召喚するべきか、やっぱり見るからに強そうなやつがいいな。
絵があればイメージもつきやすいのだが、やはり文字しかない。
仕方ないので、1体ずつ詳しい内容を確認していく。
『メイルカムイ――最上級悪魔の中でもトップクラスの力を持つ悪魔だが、とても狡猾で、ことあるごとに契約者との契約破棄を目論み、その命を狙う。さらに――』
こいつはないな。
説明の途中だったが、僕はページをめくる。
『ドンチャムキャッチャム――その体躯は見上げるほどであり、成体のジャルビイをも超える。腕を一振りするだけで街が三つ消えると言われており――』
知らないものを知らないもので比較された。まったくイメージがつかない。
なんにせよ、そんな大きい悪魔は教室に連れて行けないし、こいつもなしかな。あと名前もダサいし。
『ミニーフェル――手のひらサイズの悪魔だが、その質量は自由自在。質量限界は未だ明らかになっておらず、成体のジャルビイを超えたとの記録も存在する。またありとあらゆる物質の質量を変化させることができ――』
また出たよ成体のジャルビイ。だからイメージがつかないんだって。そんなに有名な生き物なのだろうか?
まあ残念だけどこいつもないかな。手のひらサイズだとインパクトに欠ける。
『あああああ――悪魔だけに限らず、全ての生物において最速と言われており――』
……え、これ名前? 噓でしょ? ボタン連打して決めたわけじゃないよね?
もうちょっとましな名前つけてあげろよ……、こんな名前だと最上級悪魔の威厳とか皆無じゃん。
『タルンベイ――音を支配する悪魔。その能力は多岐にわたる上、爆音による攻撃は成体のジャルビイを気絶させるほど――』
はい出ました成体のジャルビイ。今度は攻撃されてるし。
この本を書いた人、絶対ジャルビイ大好きでしょ。
うーん……ある程度読み進めたが、どの悪魔もいまいちピンとこない。
なんなら、ここまでで一番興味を持ったのはジャルビイだ。ジャルビイってなに。
その後も能力はすごいが、名前がダサかったり、召喚するには問題のある能力だったりで、なかなか召喚する悪魔が決まらない。
ちなみに成体のジャルビイは3回に1回の頻度で出てくる。
「もういいかな……」
わりとテンションが下がってきていた僕だが、もう少しだけなんとか読み進めてみる。
すると、ある悪魔の説明が僕の目にとまった。
『オリエイナ――人から魔へと堕ちた珍しいタイプの女悪魔。この世のものとは思えない美貌を持ち、契約者に対しとても従順な態度をとる。この悪魔によって骨抜きにされた契約者も多く――』
「これにしよう」
即決だった。今まで迷っていたのが嘘のように。
「いや、別に美貌とか、従順とかに惹かれたわけじゃなくて、そういう悪魔の方が自慢するにはわかりやすいからって理由で、別に冬二みたいにイチャイチャしたいとかそういうこと思ってるわけじゃなくて――」
誰もいない部屋で、必死に言い訳をする僕。
誰もいなくて本当によかったと思う。
さて、召喚する悪魔が決まったので、さっそく召喚といこう!……と思ったのだが、説明欄に予期せぬことが書かれていた。
それは召喚する際に必要な
その生贄の内容は――『人間の心臓50個』と『その時代で最も高価な宝石』というもの。
「用意できるかボケェ」
生贄のハードルが高すぎる。……いや、でもそうか、悪魔召喚なんてフィクションでもそんなもんだよな。
そんなすごい存在を、何のデメリットもなく召喚できるほうが変か。
よく見ると、別の悪魔も召喚にひどい生贄を求めている。
間違っても学生の身分で用意できる生贄じゃないし、集めようとも思わない。
これは無理かな――などと諦めかけていたその時、本の最後の方のページに希望の光を見つける。
「省略召喚……?」
それは特定の悪魔ではなく、最上級の悪魔のどれかをランダムで召喚できるというもの。ようはSSR確定ガチャだ。これなら生贄も動物の死体だけでいいらしい。
気に入らない悪魔が出たら契約破棄すればいいから、実質リセマラし放題。
これならいけるのではなかろうか?
リセマラに1回1時間かかるソシャゲを、まる一週間リセマラし続けた僕にはちょろいもんだ。まあそのゲームはすぐアンストしたけど。
フフフ、これで僕のことをバカにしたクラスの女をぎゃふんと言わせることができる。
いや、クラスのやつらだけじゃない。学校のやつら全員だ。僕をバカにしたやつ、下に見てるやつ、無視するやつ、みんなまとめて――
クックックッ……、ハッハッハッ……、アーハッハッハッ!!!
ちょっとハイなテンションになりながら、僕は召喚の準備にとりかかった。
―――――
おまけ
ゴールデンウィーク初日、最新の転校生であるサラ・シャスティが倒れていた現場に遭遇した僕は、ずっと彼女の安否が頭の隅にあった。
しかしゴールデンウィーク明けの今朝、教室でクラスメイトと談笑するサラさんの姿を確認したことで、僕は胸をなでおろす。
そうして安心したついでに僕は考えた。
これはもしかして、話しかけるチャンスではないかと。
倒れていたサラさんを最初に見つけたのは僕と小学生たちなわけで。
それが話しかけるきっかけにもなるし、以前はあっちから話しかけてきたのだから(無視したけど)、声をかけただけで気持ち悪いとか思われたりはしないはず。
もし『スクールカースト底辺のゴミが私に話しかけてんじゃねえよカスッ!』みたいな態度をとられたら、僕は引きこもる自信がある。
きっと大丈夫! うん!
そしてちょうどタイミングよく、誰もいない廊下で、サラさんとすれ違う瞬間があった。
大げさかもしれないが、僕はこの瞬間を作ってくれた神に感謝しながら、勇気を振り絞って口を開く。
「あっ、この間は――」
「ひいっ!?」
………………ひい?
「その、雪春さ――いえ、渡谷さん。わ、私はこれから用事がありますので、申し訳ありません」
そう言ってサラさんは早足でその場を去っていく。
転校してきた時の余裕ある笑みは一切なく、その表情は恐怖で青白く染められていた。
なんでぇ?
僕の青春は遠くなった。