魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
召喚を行うに際し、僕は街から少し離れた森の中へと移動していた。
ランダム召喚なので、ヤバいのが出てきて寮が木っ端みじん――といった最悪の事態を想定してのことだ。
まあどうせ粉々になっても、魔法とか不思議な力ですぐ直るんだけど。異能ってほんと便利。
「……よし、できた」
僕の目の前の地面には、カラースプレーで約1時間かけて描き上げた魔法陣。
あとはこの魔法陣の中心に生贄を置き、呪文を唱えることで召喚できる。
生贄として必要なのは生き物の死体。
こちらも当然用意しており、地面に置いたクーラーボックスの中にその生贄が入っている。
僕が生贄として選んだ生物、それは――――魚だ。
…………いいよね? 別に魚でも。魚も立派な生き物だし……、買うときは自信満々だったのだが、だんだん不安になってきた。
ここにくる前、魚屋で買ったイワシ100匹がクーラーボックスの中に詰められている。
ちなみに1匹10円だった。やっすい。
さっそく僕はクーラーボックスからイワシを1匹取り出し、魔法陣の中心に置く。
「……絵面がひどいな」
物々しい幾何学模様の魔法陣の上に、1匹10円のイワシ。
なんかもうふざけてるようにしか見えない。
ちゃんとした生贄があってこそ、召喚シーンは絵になるのだと僕は理解した。
ただクラスメイトに見せるのは召喚シーンではなく、召喚した悪魔なのでここにカッコよさを求める必要はない。
僕は気を取り直して、召喚に必要な呪文の詠唱を開始する準備に入る。
詠唱を開始する――――うん、いい響きだ。
漫画やラノベ等において魔法などを発動する際に使用される『詠唱』。
フィクションにおいて『詠唱』は必要か?などという議論が巻き起こった際、僕は迷いなく必要派につく。
かつてネット上で『詠唱とかダサいし絶対いらんやろwww』などとほざく相手と三日間レスバを続けたこともある。
だって、かっこいいじゃないか、詠唱。
そんな詠唱を今から僕自身が行うのだ。それもごっこなどではなく、本当の悪魔召喚。テンションが上がるのも仕方ないというもの。
僕は魔法陣に向けて左手を突き出し、詠唱を開始する!
「『深淵の悪魔よ 我が魔力を糧とし その身と心を喰らえ 原初に黒と白 紡がれ十の悪魔たち 天地を統べ 世界の意思により生み出されし胎児 清濁全てを混ぜ合わせ 光と影の――――
~省略~
――――金にぃ はぁ 貫く警鐘のぉ ぜぇ 我が祖となりぃ はぁ この心に応えよぉ!』ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
時間にして約15分にもおよぶ詠唱を僕は唱え切る。いや長ぇって。
いくらなんでも長すぎる。毎回この詠唱しなきゃダメ? 短縮詠唱とか詠唱破棄できない? 詠唱とか絶対いらんわ。
…………できなさそうだな。『悪魔大全』には、わりと強めの文章で『ちゃんと全部言えよ』的なことが書いてある。
というか大丈夫かな? 最後のほう疲れて詠唱中かなり息切れしてたけど。
そんな心配をしていた僕だが、魔法陣はまばゆい光を帯び、無事召喚の兆候を見せ始める。
よし! きたきたきた!
記念すべき初召喚だ! こいオリエイナ!!
生贄のイワシが魔法陣の中に吸い込まれるようにして消えていき、それと同時に魔法陣からヒト型のシルエットが姿を現す。
「これが最上級悪魔……」
出てきたのは、見た目で言えばただの貫禄がある成人男性。年齢で言えば30代後半といったところだろう。
しかしそのあふれ出る禍々しさと、通常の人間にはあるはずのない一対の角が頭部から伸びており、それだけで超常の存在であることを理解させられる。
悪魔は召喚され終えると、ゆっくりとその眼を開き僕を見据え、高らかに笑い出した。
「フハハハハハ!!! 貴様が召喚者か! 実に200年ぶりの
「召喚破棄っと」
一番ヤバいやつ引いちゃったよ。
僕は魔法陣の一部を靴でこするようにして消す。
「フハハハハハ! なんだ? 召喚をなかったことにでもするつもりか? バカめ! 上位存在との契約を一方的に破棄することなど――ってなにぃ!?」
メイルカムイを名乗る悪魔はなぜかめちゃくちゃ驚きながら、魔法陣に吸い込まれるようにして消えていく。
まあ初っ端の召喚から上手くいくなんて思っていない。
リセマラで一番大切なのは妥協しない心だ。こんなことではくじけない。
気を取り直して、魔法陣の消した部分を描き、クーラーボックスから取り出したイワシを魔法陣に置き、もう一度召喚を始める。
「『~省略~』」
また15分にもおよぶ詠唱を完了し、魔法陣が光り始める。
今度こそこいオリエイナ!
「フハハハハハ! 我が名はメイルカム――」
またかよ。
僕は魔法陣の一部を消す。
「またか貴様ァァァァ――!!!」
断末魔のような叫び声を上げながら、メイルカムイは魔法陣の中に沈んで消えていく。
二回連続で大ハズレとか、幸先悪いなぁ。
けどまだまだ、この程度で僕の心は折れない。
また改めてイワシを置き、詠唱を行う。
「『~省略~』」
魔法陣が光り始めると、出てきたシルエットはヒト型ではなかった。
この時点でオリエイナでないことは確かだ。しかしどんな悪魔なのか一応最後まで確認してみることにしよう――と考えていた僕はすぐにその思いを改め、これ以上ないほど慌てて魔法陣を消す。
まだ召喚途中だったのだが、出てきかけていた悪魔が明らかに大きかったのだ。
一瞬で木の高さを超えたのにはめちゃくちゃ焦った。
寮の部屋でやらなかったのは英断だったと思う。
さあ、次だ次。
召喚のための
僕は諦めない!
~4日後~
もう諦めようかな……
月曜日に召喚を始めてから既に四日が経ち、僕の心は折れかけていた。
放課後になるとすぐこの森にきて、毎日6時間の召喚。バイトは全部休んだ。
しかしいまだにオリエイナは召喚できない。
メイルカムイは3回に1回のペースで召喚される。
100匹いたイワシは残り2匹にまで減っていた。
「頼む……頼むよ…………お願いだから来てくれオリエイナ………………」
なんで僕は会ったことも見たこともない悪魔相手に、恋焦がれているようなセリフを吐かなきゃいけないんだ。
ここまで気が狂いそうになるリセマラは初めてだよほんと。
正直な話、もうすでにクラスメイトを見返すなどというモチベはほとんど失っている。
クラスメイトから笑われたことも、寝て起きたらわりとどうでもよくなっていた。
『笑われていこうじゃねぇか』――僕の心の中の黒〇げもそう言っている。
それでもまだ召喚を続けているのは、もはや意地でしかない。理由などとうに忘れた。いや忘れてないけど。
僕は折れかけの心で、なんとか99回目の召喚を開始する。
90回以上も唱えたことで、もはや完全に暗記してしまった詠唱を口にし、魔法陣が光る。
頼む、今度こそ――
「いい加減にせぬか貴様ァァァァ!!!」
こっちのセリフだわ。
もはや当たり前のように出てきた
最近は寝てても
召喚の副作用による悪夢じゃないかと不安になったぐらいだ。
とにかくまたダメだった。次いこ次。
「待て待て待て!! 契約破棄してもいいから少し話を聞け!」
「そう言って僕のこと騙して契約してから殺すつもりだろ。『
「違うわ! 貴様なんぞと契約したところで、一生使役されるのが目に見えておる。そんなものこちらから願い下げだ」
「じゃあなに?」
「貴様、何か目当ての召喚したい悪魔がおるのだろう? この私が魔界から引っ張ってきてやる」
「……なに企んでる?」
「なにも企んでおらん。言葉通りの意味だ」
うっそだ~~~。信じられるわけがない。
「こっちだって何度も何度も召喚されて迷惑しておるのだ。かといって召喚に抗うこともできぬ。せめてもう少し生贄がまともならば我慢できるものの……」
「だって生き物の死体ならなんでもいいって書いてあるし」
「……貴様、あんな生贄で私のような悪魔を呼び出すことが、どれだけふざけたことだと思っている?」
え? そんなダメなことだった?
だって魚類はダメとか書いてなかったし……。
「ふん……まあいい。とにかく、ここ数日あの魚を食べ続けたせいで、最近は常にあの魚の匂いがするほどだ」
食べてたんだ、生贄。
「そんな生活から私は解放されたい。貴様は目当ての悪魔を召喚したい。お互い利益のある提案であろう」
「まあ確かに……」
「ならさっそく連れてきてやる。どの悪魔だ?」
「オリエイナって悪魔なんだけど――」
「知らぬ名だな。どんな悪魔だ? その本に書いてあるのか? 見せてみよ」
僕は言われるがままに、本をメイルカムイに渡す。
メイルカムイはしばらく読み進めると、思い出したかのような素振りを見せる。
「ああ、あの半端女か。確かにそんな名だった気もするな。というか貴様、私ではなくあんなしょうもない悪魔を呼び出そうとしておるのか? まったく理解に苦しむ」
腹立つなぁこいつ。
「しかしなるほど。これで貴様が何度も召喚に失敗している理由も理解できた」
「え?」
「この半端女、すでに召喚されておる」
「…………どういうこと?」
「貴様が使っているこの魔法陣では、未契約の悪魔を異界から引っ張ってくることしかできぬ。契約済みの悪魔と上書きで契約しようとするなら、別の魔法陣が必要だ」
僕が描いた地面の魔法陣を見ながら、メイルカムイはそう告げる。
…………それはつまり、僕のこの一週間は完全に無駄だったってこと?
あ、まずい。心の折れる音が聞こえる。
「ついこの間、久方ぶりに同族が召喚されたと、こちらの世界では話題になっていたからな」
「え、それって具体的にいつぐらい?」
「そうだな……、たしか貴様が私を何度も召喚し始めるほんの少し前だ」
ほとんどタッチの差じゃん!
肉体的および精神的疲労が一気に襲い掛かり、僕は膝から崩れ落ちる。
「俗物め……。それほど望むなら、私があの半端女の現契約を破棄してきてやってもいいぞ?」
「え、できるの?」
「できるもなにも、現在の契約者を殺せばいいだけだ」
「ダメに決まってるだろ」
やっぱこいつ悪魔だわ。
見た目はほとんど普通の人間だし、ちゃんと会話できるから忘れかけてたけど。
「ふん、くだらん生き方をしおって。なら私は魔界に戻らせてもらう。いいか、絶対にもう私を召喚するんじゃないぞ」
「…………ふり?」
「おい、本気でやめろよ」
悪魔のくせに『ふり』の概念理解してるんだ。
メイルカムイは釘をさすように僕に告げると、魔法陣の中へと消えていく。
しかしそっかぁ。召喚できないのかぁ。
ほんとに無駄だったなこの一週間。
こんな今後なんの役にも立たない詠唱を覚えるくらいなら、英単語100個覚えた方が絶対によかった。
先に召喚した術者から奪ってまで召喚したいとはさすがに思えないし、今回は潔く諦めるか。
そう考えて部屋に帰ろうとしたとき、クーラーボックスの中に一匹だけ残っているイワシが目に入る。
「……せっかくだし、最後にもう1回だけ召喚するか」
オリエイナが召喚できない以上、別にもうどんな悪魔がきてもいいや。メイルカムイ以外。
というかそうだ。そもそも僕の目的は、すごい悪魔を召喚してクラスメイトを見返すことだった。
最上級悪魔なら、どの悪魔が出てきてもクラスメイトに自慢ぐらいできるはずだ。
僕は本来の目的を思い出し、最後の召喚を始める。
もはやこの世の誰よりもスムーズに言えると自負する詠唱を終え、魔法陣が光り出す。
そしてシルエットが徐々に魔法陣から浮かび上がり、その全貌があらわになる。
「むー!」
奇妙な鳴き声と共に召喚されたのは、全長30㎝ほどの………………なんだこれ?
三頭身ほどの生物で、手足は短くて小さく、全身が薄い黄色一色。
小さくつぶらな瞳に、全長ほどある長い尻尾を持ち、地方のゆるキャラとして存在してそうな謎生物。
頭部には自身が悪魔であることを主張するかのような、どこか不自然な角がついている。
もう一度言う。なんだこれ?
「むーむー」
召喚されたその生物は、とても機嫌がよさそうに僕の周りを飛び回る。
しかしおかしいな。たしか本にはこんな特徴の悪魔は記載されていなかったはずだ。
僕は改めて本の悪魔一覧を確認するが、やはりこんな悪魔は記載されていない。
全ての最上級悪魔がこの本に記載されているというわけではないのだろうか?
相変わらず、僕の周りを嬉しそうに飛び回る悪魔に目を向ける。
最上級悪魔というわりには、見た目がかわいいの方向に寄り過ぎているように思う。
これじゃあクラスメイトに自慢できるかどうか怪しい。
もうイワシはなくなったけど、この契約も破棄するか。
また明日にでも追加のイワシを買って、もうちょっと自慢できそうな見た目の悪魔を召喚しよう。
そう考えて魔法陣を消そうとしたとき――
「むー! むー! むー!!!」
召喚した悪魔はうめくような高い声で鳴きながら、魔法陣の前に立ちふさがる。
契約破棄してほしくないってことだろうか?
必死に訴えるようなその眼は、どこか泣きそうにも見えた。
ぐっ、そんな眼をされると契約破棄しづらくなるじゃないか。
「む~~~」
甘えるような声を出し、僕に訴えかけてくる悪魔。
やめろ! 僕はクラスメイトのやつらを見返すために、見た目にそれなりの格がある悪魔を――
「む~~~~~」
悪魔はやめてと言わんばかりに、僕の足に尻尾を巻き付け、短い両手両足でピタリと張り付く。
罪悪感がすごい……
「…………まあいいか」
言葉は通じないが、わりと知能は高そうだし、意思疎通もそれなりにできそうな気がする。
こんな見た目でも、最上級悪魔であることは確かなのだ。
僕はこの悪魔と契約を結ぶことにした。
ちなみに、呼び名がないと不便だったため、この悪魔の名前を『ムー』と名付けた。
鳴き声からの安直なものだったけど、ムーが嬉しそうに喜んでいたので良しとしよう。
なんだかんだと言いながら、『使い魔持ち』になったことで僕のテンションは上がっていた。実績解除だぜ。