魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
日常の隣に非日常は存在する。それがわずか1年間で得た冬二の教訓。
異能が存在する世界に身を投じてから、当たり前のように過ごすいつもの日々が、薄氷の上に成り立っているということを冬二は知った。
それは学園にいるときでさえ例外ではない。
「――これでホームルームを終了とする。各自気をつけて帰るように。私は一度職員室に戻るが……、補習を受けるものは残れ。絶対に帰るなよ」
その日の学園で受けるカリキュラムが全て終了し、次々とクラスメイトが荷物をもって教室を後にする。
冬二も荷物をまとめ、さあ帰ろうと席を立つと、まだ自席に座ったままの友人の姿が目に入った。
「あれ、珍しいな……。いつもは気づかないくらいすぐ帰るのに」
せっかくだから一緒に帰ろうと誘ってみようか、いやでも断られるかも――
声をかけるか否か、真剣に頭を悩ませていたその時、冬二の脳内に突然声が流れる。
『ご主人様、どうやら学園に侵入者が現れ、襲撃を受けているようです』
「っ!?」
その声の主は、先日偶然にも契約することになった悪魔『オリエイナ』。
悪魔の中でも頂点に位置するSランクに分類され、トップクラスの力を持つ存在からの言葉を受け、冬二の体に緊張が走る。
「侵入者の正体はわかるか?」
『詳細は不明ですが、職員室内ではセーラスの幹部ではとの情報が流れています』
「セーラス……!」
それはこれまで、冬二たちを散々苦しめてきた組織の名前。
自分たちだけでなく、学園すらも巻き込むのか――その思いが、冬二の中で強い怒りへと変化していく。
「オリエイナ、その幹部の名前は?」
『少しお待ちください。いま――ぐっ!?』
「どうした!?」
『申し訳ありません。ミス立花によって飛ばしていた式神を破壊されてしまいました。これ以上は探れそうにありません』
「そうか……。でも相手がセーラスの幹部だとわかっただけでも十分だ。ありがとう」
『もったいないお言葉でございます。この失態は別の機会に取り返してみせますので』
最後にそれだけ告げると、冬二の頭に流れていたオリエイナの声は途絶えた。
それと同時に冬二は急いで教室を出ようとする。
もちろんそれは逃げるためではなく、学園に侵入した襲撃犯を止めるため。
そんな冬二を見て、
冬二がわざわざ言葉をかけずとも、何かしら事件が起きたことを察し、行動に移す。
それはこれまで築き上げてきた信頼関係によるものだった。
そうして仲間を伴い、教室を出るその瞬間、冬二はチラリと教室内に残ったままの友人に目を向ける。
その友人はどこか影のある表情で窓の外を見つめていた。
もしかしたら、友人も学園内の不穏な空気を感じ取っているのかもしれない。
そう考えた冬二は、自身の決意をさらに強める。
大丈夫だ雪春、何でもないいつもの日常は、俺が絶対守ってみせるから――
相手はセーラスの幹部。一筋縄ではいかないのは間違いない。
それでも、今回は強くなれる理由がすぐ傍にある。
今の冬二は誰にも負ける気がしなかった。
冬二たちが慌てて教室を出ていくのを横目で見ながら、
「火だるま、水車、狙撃の的……打ち上げ花火もいいかも」
帰ってから行うゲームに。
教室を出て、しばらく走った冬二たちの目に信じられない光景が飛び込む。
それは
魔獣とは、一般的な動物とは違い、魔力を持つ異形の存在。
多くの魔獣が高い凶暴性を持ち、人類を餌とみなして襲い掛かる。
そんな魔獣が学園内にはびこるのは、考えるまでもなく異常事態。
しかしそれと同時に、冬二たちは侵入者の正体を看破する。
「ねえ、これって……」
「ああ、間違いない。学園に侵入した幹部は『ミラルク』だ」
「だとすれば厄介だな。あいつは一人で一個師団並みの戦力を持つといわれている男だぞ」
「ただこの魔獣たちは召喚主であるミラルクを止めたところで消えたりはしません。このままだと被害が拡大し続けます」
「くそっ! 一体どうすれば…………!?」
侵入者であるミラルクを止めに行きたい。しかし魔獣によって生み出される被害も無視できない。
どう動くべきか頭を悩ます冬二たちだったが、事態はさらに彼らの焦りを加速させる。
「あ、あれは……!?」
それは突如として立ち上がった三本の光の柱。
冬二たちのいる場所から少し離れた位置に現れた巨大な光の柱は、いわば前兆。
目の前に広がる魔獣たちとは比べ物にならないほど、危険度の高い魔獣がこれから
今すぐ召喚を阻止しなければ――その場にいた全員の思いが一致するも、行動に移すにはあまりにも位置が遠すぎる。
「ダメだ。間に合わない――」
大きな音と光、そして揺れを伴い、三体の魔獣は召喚された。
体中に広がる無数の目玉、背中に生える刺々しい翼、さらに下半身は大量の触手で構成されており、その異形は一目でこの世界に存在する生物ではないとわかる。
しかし何より問題なのは、その体躯が周囲の建物を見下ろすほどの大きさであるということだった。
そのため、魔獣が移動するだけで生まれる被害は相当なものになってしまう。
もちろんそれは防がなければならない。しかしどうやって――?
一体でも倒せるかどうかわからない巨大な魔獣が三体。
どこから手を付けても、どこかで大きな被害が生まれる。
しかもその間に、また別の魔獣が召喚されていく可能性もある。
下手をすれば大切な友人も巻き込まれるかもしれない。
冬二の中でどうしようもない焦りがどんどん大きくなっていく。そんな時だった。
突然、その場に鳴り響く無機質な着信音。
それは冬二のスマホから鳴っており、通知画面を確認してみると、そこに表示されているのは番号のみ。
登録されていない相手からの着信にいぶかしむも、冬二は通話に応じる。
「もしもし?」
『私だ。
「えっ!?」
冬二は通話相手の声と名前に思わず驚きの声を上げる。
それもそのはず、通話相手の名乗った深国という名は、序列一位の人物を指す言葉――つまり学園に通う生徒の中で最高戦力にあたる人物であるということ。
「み、深国さんがどうして俺の番号を!?」
『番号は姫ヶ先から聞いた。それより今の話だ』
「っ、はい!」
『学園が今どういう状況にあるのか、なんとなくは理解していると思う。現在広範囲で被害が出ているが、目下急を要するのは先ほど現れた三体の巨大魔獣だ』
「……じゃあ、俺たちもその魔獣の討伐に――」
『いや違う』
「……え?」
想像とは違った深国の言葉に、冬二は思わずマヌケな声を出してしまう。
しかしそうなると、深国がわざわざ生徒会長に番号を聞いてまで、自身に電話をかけてきた理由がわからない。
『今、戦える生徒のほとんど全てを三体のうち一体のもとへ向かうよう指示している』
ほとんど全て――ということは、異能ランクがAランクの序列入りしている生徒も含まれているのだろう。ならばそこは安心して任せられる。
しかし、ほぼ全ての戦力を投入するということは、もう二体の魔獣の方が手薄になるのは明白。
「それだと、残りの二体が……」
『問題ない。残りは私と
「お嬢って……まさか」
『ああ、なんの気まぐれかはわからないが、こちらから要請するまでもなく協力を申し出てくれた』
お嬢という言葉を聞いて驚いたのは冬二だけではない。
茜や宗介たちも漏れなく全員が驚きをあらわにする。
「序列会議でも普段めったに姿を見せないのに……」
「ははっ、すげえ。学園の双璧が揃い踏みじゃねえか」
多くの生徒が対応にあたるのとは違い、残りの二体は深国と、深国がお嬢と呼ぶ人物とでの対応。
にもかかわらず、冬二たちが覚えた安心感は深国たちの方が上だった。
『とにかく、暴れている魔獣を倒す算段はこちらでつけてある。だから君には……いや、君たちには侵入者である召喚者を追ってもらいたい』
「……!?」
深国から冬二たちに課せられた任務。それはこの一連の事件を解決するために、必要不可欠といえる重要なもの。
しかしそれを聞いた冬二たちの目に恐れや不安はない。
「わかりました。絶対に俺たちで侵入者を捕らえてみせます」
その力強い言葉は、絶対に成し遂げてみせるという意思の表れ。
そして、今まで多くの困難を乗り越えてきた自信からくるものであった。
しかしこれから迎えるこの事件の結末は、積み上げてきた自信が全て崩れ去るものであることを、彼らはまだ知らない。
学園の施設内にて、一人の男が歩を進める。
男の名は『ミラルク』。彼は世界的犯罪組織『セーラス』の幹部であり、彼個人も世界中から指名手配されるほどの犯罪者である。
そんなミラルクが学園に侵入したのは、もちろん理由があってのこと。
学園内に多くの魔獣を解き放ち、多大な被害を与えたミラルクだが、破壊そのものが目的ではなく、あくまで目的を達成するための手段に過ぎない。
事実としてミラルクは自身に向けられるはずだった戦力を分散することに成功し、ほとんど邪魔されることなく目標へと近づいている。
道中、行く手を阻むのは生徒ばかりであり、教師陣が姿を見せなかったことは少し気がかりではあったものの、ミラルクにとって都合がよかったのは確かだった。
そうしてついに、事態は最終局面へと突入する。
薄暗く、ろうそくの炎だけが周囲を照らす空間をミラルクは歩く。
自然と早足になってしまうほど、ここまでの戦闘で負った傷がどうでもいいと思えるほど、ミラルクの気持ちは
やっと、やっと
長年の夢が叶うその瞬間が、一歩進むごとに近づく中、ついにミラルクは目的の場所へとたどり着く。
そこは学園の秘蔵書庫の、さらにその最奥。
一般的な生徒はもちろん立入禁止であり、偶然足を踏み入れることも絶対にないその場所には、たった五冊の魔導書が置かれているだけ。
しかしその五冊の魔導書は全て、しかるべき人間の手に渡れば、一冊一冊が国を滅ぼせるほどの神秘が込められた破滅の書。
もちろんミラルクの目的は、その五冊の魔導書の内の一冊。
かつて悪魔の世界に足を踏み入れた伝説の召喚士によって記されたとされる魔導書――
――その名は『悪魔大全』。
『悪魔大全』にはSランクに分類される全ての悪魔の詳細と召喚方法が記されていると言われており、それを手にすることは、召喚魔法士にとって天下を取ることに等しい。
だからこそ召喚魔法士であるミラルクは、まだ見ぬ高みを目指し、危険を冒してまで学園に侵入したのだ。
いつかは自身の所属する『セーラス』のボスをも超えるために。
しかし――
「バカな…………!?」
たどり着いた書庫に、『悪魔大全』は存在しなかった。
狂っていく。歪んでいく。塗りつぶされていく。
ひとつのピースが
その捻じ曲げられた先にたどり着く結末は、全ての人間にとって最悪のものとなる。
しかし誰もそれを責めることはできない。