魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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悪魔召喚 表 中編

 薄暗い部屋の中、まるでスポットライトが当たるように照らし出される五つの台座。

 一つを除き、その全ての台座の上には一冊の魔導書が置かれている。

 それらの魔導書は一般的に流通しているものではなく、一冊一冊が複製不可能な呪いの書。

 かつてその魔導書をめぐり、多くの国が滅びたことで、今は禁書として人の手に触れぬよう厳重に保管されている。

 

 しかしいつの世も、力を求めて書を求めるものは現れる。侵入者であるミラルクもその内の一人。

 

 ミラルクの目的は、五冊ある魔導書の内の一冊、あらゆる悪魔を掌握できる支配の書――『悪魔大全』。

 しかしその『悪魔大全』が置かれているはずの台座の上に、魔導書は存在しない。

 他の四冊は厳重に保管されたままでありながら、『悪魔大全』だけが所定の位置から消えている。

 

「侵入とその目的を事前に察知されていた? いや、この計画は俺一人で進めてきたことだ……。ならなぜ――」

 

「見つけたぞ! ミラルク!」

 

 想像だにしていなかった事態にミラルクが困惑するなか、一人の少年が勢いよく書庫に入り、ミラルクの名を叫ぶ。

 

「……また貴様か、綿谷冬二。いい加減しつこいぞ。『魔獣召喚(こい)』」

 

 ミラルクは少年――綿谷冬二を鬱陶しげに睨みつけながら、極限まで短縮した詠唱を口にする。それと同時にミラルクの背後の空間が歪み、その歪みから出現したのは全長10メートルほどの二匹の大蛇。

 大蛇は冬二を飲み込まんとばかりに迫るが、冬二に慌てる様子は一切なく、冷静に構え(・・)をとる。

 半身になり、両手を地面と平行に静止させるその構えは、物心がついたころから学び続けてきた武道の基本の型。

 

『綿谷式剛術(ごうじゅつ) 三式 双連打(そうれんだ)

 

 一瞬の脱力、からの爆発的な加速。

 

 冬二は大蛇が反応するよりも早く、その側面に回り込むと、二匹の大蛇に対してほぼ同時に拳をたたきこむ。

 はじけるような音と共に、攻撃を受けた大蛇は血しぶきをあげながら倒れ、そのまま透けていくようにして消滅する。

 

 殺すつもりで放った魔獣を、いとも簡単に仕留めてみせた冬二。

 それを受けてミラルクが得た感情は、怒りではなく感心だった。

 

「……上級の召喚魔獣二体を瞬殺か。初めて会った時は下級の召喚魔獣にすら手こずっていた小僧が、数ヶ月でここまで成長するとは……、たいしたものだ」

 

 ミラルクにとって、冬二は何度も自分の、そして組織の邪魔をしてきた憎らしい存在。

 しかしそれは、冬二がどうでもいい矮小な存在ではなく、自身にとってやっかいな敵であると認めている証拠でもあった。

 

「未覚醒とはいえ、さすがは『現人神』といったところか」

 

「もう逃げ場はない……終わりだミラルク。大人しく投降しろ」

 

 二人のいる部屋には窓すらなく、この部屋へとたどり着くための道も既に消えている(・・・・・・・)

 冬二の言葉通り、ミラルクにとっては逃げ場を失った状況なのだが、ミラルクの余裕のある表情は追い詰められた人間のそれではない。

 

「逃げ場はない? おかしなことを言うものだ。優れた召喚魔法士にとって、手詰まりなどという事態は存在しない。私の手の中には、ありとあらゆる手札が存在している。問題なのはどの手段を選ぶかであり、それは貴様を始末した後でゆっくりと決めればいい話だ」

 

 ミラルクがそう言い切ると同時に、空中にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。

 もちろんそれは全て召喚魔法陣であり、それを見た冬二は言葉での説得をあきらめ、再び構えて戦闘態勢に入る。

 

 そこから二人の戦いは熾烈を極めた。

 

 近接戦に持ち込みたい冬二に対し、距離を保ちたいミラルク。

 二人のその思惑がぶつかり合い、生まれたのは均衡状態。

 次々と召喚される魔獣や悪魔を苦も無く消滅させ、なんとかミラルクに近づこうとする冬二だが、ミラルクは絶え間なく召喚し続けることで冬二との距離を保つ。

 

 戦況は互角。しかしそのまま長引けば冬二の方が不利になるのは明白だった。

 ミラルクはまだまだ召喚ストックに余裕のある一方で、冬二の体力は容赦なく削られていく。

 実際に冬二の動きは少しずつ鈍くなっていき、額から流れる汗の量も尋常ではない。

 

 決着がつくのは時間の問題。さばききれない攻撃が増え、傷を増やしていく冬二の姿を見て、ミラルクはそう確信していた。

 

 しかし――そこから5分、10分、15分、どれだけ時間が経とうとも、冬二は倒れない。

 もう限界だろう、もう無理だろう、もう終わりだろう。そう考えるたびに、冬二は再び奮い立つ。

 明らかに限界を超え、気力だけで戦い続けている冬二。

 

 そんな冬二の姿は、ミラルクの焦りと苛立ちを加速させる。

 

「いい加減にしろ! ここで命を捨ててまで俺を止めて、貴様に一体何の得がある!?」

 

「……お前には、わからないさ」

 

 今の冬二は意識を保つのもギリギリの状態だった。

 しかしそれでも、乱れた呼吸をおさえつけ、ミラルクの問いかけに言葉を返す。

 

「仲間を、部下を使い捨ての駒としか見ていないお前には、絶対にわからない……!」

 

「黙れ! 自分以外の存在など所詮はただの他人! 利用するものでしかない! 貴様こそいつものお仲間とやらを囮にして、俺のもとまでたどり着いたのだろうが!」

 

「違う!」

 

 冬二は震える足を一歩前へと踏み出し、はっきりと否定の言葉を口にする。

 

「俺は茜たちを信頼して先に進んだ。茜たちは俺に託してその場にとどまった。そこには確かなお互いを思う繋がりがあるんだ! だから俺はいくらでも戦える!」

 

 また一歩、冬二は足を前に進める。

 

「戯言を――!」

 

「お前はどうして強さを求めるんだ! あるんじゃないのか!? 強くなりたいと思ったきっかけが!」

 

「っ――!?」

 

 ほんの一瞬、具体的な時間にすれば1秒にも満たない時間ではあるが、ミラルクに動揺が走る。

 その動揺によって生まれるのはわずかな隙。それはミラルクにとっては致命的で、冬二にとっては十分すぎる勝機。

 

「しまっ――――!?」

 

 気づいたときにはもう遅い。ミラルクの周囲に浮かんでいた魔法陣が、光を失い崩れていく。

 

「そこはもう、俺の有効範囲(世界)だ」

 

 さらにもう一歩、冬二は前に踏み出す。

 二人の間にある距離は、既に手を伸ばせば触れられるほど。

 

「全てを原初(はじまり)に――『ゼロ式』」

 

 冬二は己の異能を発動させる。この世界のあらゆる異能を塗りつぶす、ルール無用の反則的な異能を。

 異能の有効範囲内に入ってしまったミラルクに、もう魔獣や悪魔を召喚するすべはない。

 

「これで終わりだ! ミラルク!」

 

 冬二の拳が、ミラルクの頭部に突き刺さる。

 拳を受け、宙を舞うミラルクの脳裏には、とある少女の後ろ姿が浮かぶ。

 強くなりたいと、そう願うようになったきっかけの少女の姿が。

 

「そうだ。俺は――」

 

 忘れてはいけない。忘れられないはずの記憶を思い出したミラルクは、受け身すらとることなく床にたたきつけられる。

 

「なぜ、今思い出すんだ……」

 

 床に倒れたミラルクに、立ち上がろうとする様子はない。

 それは二人の勝負が、冬二の勝利によって決着がついたことを意味していた。

 

 しかし冬二の方も限界をむかえており、発動していた異能が解除され、その場に膝をつく。

 

「はぁ、はぁ、これであとは、校内の魔獣を倒せば……」

 

 一件落着だ――そう考えた冬二だが、この状況においては気の緩みに他ならない。

 だからこそ、気づくのがわずかに遅れる。倒れていたミラルクの触れている床が、光を帯びていることに。

 

「っ!? まっ――!?」

 

「この戦いは貴様の勝ちでいい……だがッ! 俺はもう止まれない! もう止められないんだ!! 『神獣召喚(いでよ)』」

 

 次の瞬間、魔法陣が部屋の床全体に広がり、その魔法陣から巨大な白い龍が姿を現す。

 龍は一気に天井へと駆け上がると、そのまま建物の壁を突き破って外へと飛び出していく。

 それにより部屋に日の光が差し込み、冬二は思わず目を覆う。

 その隙をミラルクが見逃すはずもない。

 

「『魔獣召喚(こい)』」

 

 ミラルクが呼び出したのは鳥型の魔獣。

 その魔獣の背に乗り、龍の突き破った天井へと向かって飛び出す。

 

 冬二が慌てて止めようとするも既に時遅し。

 ミラルクとの距離は、手の出しようがないほど離れていた。

 

「くそっ……! オリエイナ! 俺をミラルクのもとまで連れて行ってくれ」

 

 冬二がそう叫ぶと、冬二の頭の中に声が流れ出す。

 

『承知しました。今すぐそちらに向かいます』

 

「頼む……!」

 

 冬二は自身の使い魔の到着を待つ間、少しでも体力の回復に努める。

 

「止まれないなら、俺が止めてやる」

 

 綿谷冬二は諦めない。たとえどんな困難であっても、どんな逆境であっても。

 それは人に対しても同じ。間違った道に進むのなら、無理やりにでも引き戻す。

 

 たとえそれが、つい先ほど戦った敵であっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書庫のある建物の、その屋上へと移動したミラルク。

 目的であった『悪魔大全』がないのなら、もはや学園に用はない。

 そのまま学園からの逃走を図るつもりだったのだが、そこにはミラルクにとって最悪の先客がいた。

 

「やあ、もうお帰りかい?」

 

「貴様は……!」

 

 それはミラルクにとって最大の障害になると考えていた相手。

 『この世の全ての魔導を修めたもの』『百の悪魔を従えるもの』等々、多くの逸話を持つ伝説的な存在であるこの学園の理事長――レイ・エレシウスが、ミラルクを笑いながら見つめていた。

 

「ちっ! 『神獣召喚(いでよ)』」

 

 ミラルクは魔法陣を出現させ、自身の使役するなかで最上級の召喚獣を繰り出そうとするが、その魔法陣は役目を果たす前にひびが入り、粉々に崩れ去る。

 

「おっと、思ったよりも脆いんだねぇ」

 

「……『魔導の支配者』の名は伊達ではない、か」

 

 たった一手の一瞬の攻防。しかしそれだけでミラルクは、異能者としてレイが己よりも遥か高みにいることを理解させられる。

 ただミラルクもレイのような存在がいると知ったうえで、何の対策も用意しないほどバカではない。

 

「仕方がない……。少し早めのお披露目(・・・・)といこう」

 

 そう言ってミラルクが懐から取り出したのは、古びた年代物の短剣だった。

 それを見たレイは驚きの表情――とまではいかないものの、浮かべていた笑みがその表情から消える。

 

「『救国の短剣(エルナリーナ)』か。なるほど、君が禁書庫へ侵入するより先に、宝物庫に立ち寄った理由を理解できたよ」

 

「やはり知っていたか。どうせ『悪魔大全』を隠したのも貴様だろう。こすいマネばかりしおって」

 

「……なに?」

 

「とぼけたフリは止めろ。この学園であの書庫から禁書を持ち出せるのはお前だけだろうが」

 

「……」

 

「だんまりか。まあいい。なんにせよ、保険をかけておいた俺の勝ちだ!」

 

 ミラルクは叫ぶと同時に、巨大な魔法陣を足元に出現させる。

 

「『最上級悪魔』の召喚か。そんな隙の多い召喚をやらせるとでも?」

 

「するさ。もとより貴様の妨害は想定の内なのだからな。むしろ今まで手を出してこなかったことが不思議なくらいだとも」

 

 次の瞬間、三頭の黒い龍がレイを襲う。

 それは今までのように、魔法陣の出現や詠唱などの予備動作が一切存在しなかった。

 

「詠唱の破棄――いや、初めから召喚()していたのか」

 

 不意を突かれたレイ。しかしそれでも、レイにとってはたいした障害にならない――はずだった。

 レイは自身に向かってくる三頭の龍に強烈な違和感を覚える。しかもそれは最悪の類のもの。

 

「……これは! ()の力か!?」

 

「白……? 何を言っているかは知らんが、こいつらはボスから力を授かった特別製だ。貴様でもそう簡単に倒せはしまい」

 

 ミラルクの言葉通り、レイは龍の体当たりによって建物の屋上から強制的に退場させられる。

 そうしてレイの不意を打つことに成功したミラルクだが、もちろんそれで勝ったとは思っていない。

 精々数秒程度の時間稼ぎ。だからこそ、その数秒で『とある悪魔』の召喚を完了させるために動く。

 

「『救国の短剣(エルナリーナ)』――かつてお前の(・・・)心臓を刺した剣だ。『(えにし)』としては十分だろう」

 

 ミラルクは短剣を魔法陣の中心へと突き刺し、詠唱を開始する。

 詠唱と共に魔法陣が光り出し、さらにミラルクの体からモヤのような何かがあふれ、魔法陣へと吸い込まれていく。

 

「ぐぅっ、これが『魂食い』か。まるで自分が自分でなくなるようだ。二度とごめんだな」

 

 苦痛に顔をゆがめながらもミラルクは詠唱を続け、ついにそれ(・・)は召喚される。

 

 

「我がもとへいでよ、冥府の王――『メイルカムイ』!」

 

 

 詠唱を唱え切ると、魔法陣から浮き上がるようにして一人の男が現れる。

 見た目は30代後半ほどの貫禄のある成人男性。頭部から一対の角が伸びていることを除けば、ただの人間と大きな違いはない。

 しかしミラルクの召喚魔法士としての本能が、目の前の男が『Sランク悪魔』に分類され、史上最悪と名高い悪魔であるということを告げている。

 

「は、はは、ははははは! やった! ついにやったぞ!」

 

 ミラルクは自身の成し遂げた偉業に歓喜する。

 基本的に召喚する悪魔の格が高ければ高いほど、召喚する者にも格が必要とされる。

 悪魔との相性であったり、今回ミラルクが行ったように、召喚に触媒を使用することで多少は変化するが、根本的な召喚難易度は変わらない。

 つまり、メイルカムイを召喚できたという事実は、それだけで召喚魔法士として頂点に立つほどの高みにいるという証でもあった。

 

 召喚者のミラルクが喜びに沸く一方で、召喚された悪魔――メイルカムイは自身の体の具合を確かめる。

 そうして自身の体に何の不具合も、縛り(・・)もないことを確認し終えたところで、メイルカムイは静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最上級悪魔――そう呼ばれる悪魔は、召喚できただけでも、召喚士として最高の(ほまれ)であると言える。

 しかし努々(ゆめゆめ)忘れてはならない。召喚すること、すなわち呼び出すことは、契約することと同義ではないことを。

 

 悪魔は自身の存在に強い誇りを持つ。それ故に、悪魔は自身の格に見合わぬ者を、契約者として認めることは決してあり得ない――

 

 

                            『悪魔大全』より抜粋

 

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