魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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イワシ悪魔と言われ、感想でバカにされまくったメイルカムイさんがその尊厳を取り戻す回。



悪魔召喚 表 後編

 

 それはかつての美しい記憶。

 人と獣が覇権を奪い合った混沌の時代。

 己と肩を並べる相手が当たり前のように存在し、肉体と魂を削り合うその修羅の中に、自ら好んでメイルカムイは飛び込んだ。

 

 敗北が頭をよぎる相手――いわゆる強者との戦いは、何千年とたった今でもメイルカムイの脳裏に焼き付いている。

 

 たかだか数十年で技の極致へとたどり着いた人間の剣士。

 多くの種を絶滅へと追いやった万物を飲み込む悪食の魔獣。

 いかれた召喚士によって呼び出された空を覆いつくすほど巨大な同類。

 まだ力を授かる前にもかかわらず、初めて己の方が格下として挑んだ黒い女。

 

 誰が相手であろうとも、決して退くことなく闘争に身を置き続けたメイルカムイ。

 

 しかし初めてそれ(・・)と相対した時、メイルカムイの両膝は自然と地面に接していた。

 それ(・・)は強さの概念の外側にいた。戦いの意思すら湧かず、ただ黙ってそれ(・・)の言葉を受け入れる。

 メイルカムイだけではない。すべてのものが同じように膝をつき、(こうべ)を垂れる。

 

 全てを授け、全てを奪い、世界の仕組みすら歪めてしまう。しかしその姿はまごうことなき人の身である。

 ならばそれ(・・)を表現する言葉はたった一つ。人は恐れ多くもその名を呼ぶ。

 

 この世に人の姿をして降り立った神。『現人神』――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイルカムイの召喚に成功し、喜びに沸くミラルクだが、すぐに今が急を要する事態であることを思い出す。

 もちろんこの状況を打開するカギは目の前にいるメイルカムイ。

 ミラルクがメイルカムイの姿をじっくり観察すると、それに気づいたメイルカムイもミラルクに目を向ける。

 

「……貴様が召喚者か?」

 

 メイルカムイはゆっくり口を開くと、威圧感のある声でミラルクへ問いかけた。

 

「あ、ああ、そうだ」

 

 メイルカムイという凶悪な悪魔が、言葉を発し、そこにいる。ただそれだけで思わず気圧されそうになるミラルクだが、なんとか正面から相対してみせる。

 このような恐ろしい存在の主人が、自分であるという喜びをかみしめて。

 

 もっとも、そう考えているのはミラルクのみなのだが。

 

「さっそく最初の命令だメイルカムイ。これからある男を――」

 

 

 

 その指示が最後まで紡がれることはなかった。

 言葉を言い切るよりも早く、ミラルクの右肩から先が跡形もなく消滅したからだ。

 

「……あ? ああああああああ!!!!?」

 

 尋常ならざる痛みがミラルクの全身を駆け巡り、傷口からは大量の血が噴き出す。

 今の一瞬、ミラルクは己の身に何が起きたのか一切理解できなかった。

 

 どのようにして、己の腕が失われたのか。

 なぜ契約した悪魔が、主人であるはずの自分に危害を加えられるのか。

 

「仮にも召喚者だ。一度目は許してやる。だが二度はない。次、私に命令すれば消えるのは首から上だと思え」

 

「な、な、な……ぜ、どう、して……」

 

 肩からは止めどなく血があふれ、痛みにより顔の穴という穴から液体がこぼれ落ちていくミラルク。

 そんなミラルクによる必死の問いかけには微塵も興味を示さず、メイルカムイは己を召喚するのに使用した短剣を拾い上げる。

 

「なるほど……あの女のものか。確かにこれなら、触媒としては最適だな。あの戦いは実に心躍るものであった」

 

 短剣を見つめ、かつて己を殺した――正確に言うならこの世界から退場させた――人物を思い出し、メイルカムイはその美しい思い出に浸る。

 

 

 そして運悪く(・・・)、オリエイナに背負われた冬二が屋上に到着したのはそのタイミングだった。

 

「…………え?」

 

 屋上にたどり着いた冬二が目にしたのは、想像とはかけ離れた光景。

 追いかけていたミラルクは右腕を失い、血を流して苦しんでいる。

 そんなミラルクの目の前には、頭部から角を伸ばした見知らぬ男。

 

「なあオリエイナ、あの角って……もしかして悪魔なんじゃ――」

 

 冬二はオリエイナの背から降りながら、男の正体について尋ねてみるが、オリエイナからの返事はない。

 

「オリエイナ……?」

 

 不思議に思い、その視線をオリエイナの方へと向けたその時、冬二は思わず息をのむ。

 

「…………ご主人様、無茶を承知で申し上げます。今すぐ、可能な限り遠くまで逃げてください」

 

 そこには冬二が今まで見たことのない表情で謎の男――メイルカムイを睨みつけるオリエイナがいた。

 しかも冬二を守るようにして立つその体と、逃げるように告げたその声はわずかに震えている。

 

「何言ってるんだオリエイナ! 俺とオリエイナがいればどんな悪魔だって……!」

 

「ええ、その通りです。私の力と、ご主人様の異能を無効化する力があれば、例外を除きこの世のどんな相手にも負けることはないでしょう。しかし、あれはその例外(・・)です」

 

 淡々と告げるオリエイナだが、その言葉は冬二にとって到底受け入れがたいものだった。

 

 冬二がこの異能社会で磨き上げてきたものは、純粋な異能の力だけではない。

 強者を前にした時の危機察知能力――それも冬二がこれまでの戦いの中で身に着けた武器の一つだ。

 何の情報もない敵を前にして、その敵の脅威を本能である程度察知することができれば、それは戦いにおいて大きなアドバンテージとなり得る。

 実際に冬二がオリエイナを召喚した際、それだけで心を許してしまいそうなオリエイナの見目麗しい容姿に反して、冬二の本能はこれまでにないほど警戒を告げていた。

 

 しかし現在、メイルカムイをその視界にとらえながらも、警戒心と呼べるものは微塵も生じていない。

 だからこそ。冬二はオリエイナの言葉をいぶかしむ。

 

「けど、あいつからは何も――」

 

「理解できずとも、今だけは私の言葉に従ってください。私が可能な限り時間を稼ぎます。その間に――」

 

「できないことは口にするものではない。自惚れが過ぎるぞ、半端女よ」

 

 それはオリエイナの背後から、冬二の目の前から告げられた言葉。

 つい先ほどまで数メートル離れた場所にいたはずのメイルカムイが、一瞬で冬二の目の前に移動していた。

 

「…………は?」

 

「ご主人様!!!」

 

 主を守るため、勢いよく振り返ったその瞬間、オリエイナの目線が沈む。

 そのまま床に打ち付けられたオリエイナは、自身の身に何が起きたのかを理解する。

 使用人服で隠れた己の脚部。その膝から下が消えていたのだ。

 

「『冥界送り』か……!」

 

 振り返ることすらなくオリエイナを沈めたメイルカムイは、今だ状況がうまくつかめていない冬二を見下ろす。

 一方の見下ろされている冬二は、メイルカムイが目の前にきて初めて理解する。

 今までメイルカムイに対して恐怖を抱かなかったのは、本能がメイルカムイを敵として認識できていなかったからなのだと。

 

 目の前のメイルカムイから感じる圧は、まるで広大な自然を前にした時に感じるそれと同じ。

 

 ここにきてようやく、冬二はオリエイナの言葉の意味を理解する。

 

「……ふむ、なにやらおかしな術式が施されてはいるが、契約者(えさ)にするにはちょうどいい潤沢な魔力だ。いい苗床になるだろう」

 

 そう言いながらメイルカムイは冬二に手を伸ばす。

 その手が自分に触れれば、生じる結果が喜ばしいものでないことは考えるまでもなく理解できた。

 しかし冬二は自身の体をピクリとも動かすことができない。

 

 スローモーションのように手が伸びてくるのを、まるで他人事のようにただ黙って眺めていたその時、メイルカムイのその背後で魔力が爆発的に膨れ上がる。

 

「ご主人様には、指一本たりとて触れさせはしない!!!」

 

 主の危機を前にして、オリエイナは立ち上がる(・・・・・)

 失われたはずの脚部は既に再生しており、さらに頭部からは一対の角が伸び、背中には巨大な漆黒の翼。その姿は正に悪魔そのもの。

 

 美意識の強いオリエイナがめったなことでは見せない真の姿をさらし、メイルカムイにおそいかかる。

 しかしそんなオリエイナを見ても、メイルカムイの余裕の笑みが失われることはない。

 

「随分とらしい姿になったではないか。いいだろう。少し遊んでやる」

 

 そう言ってメイルカムイは伸ばしかけていた手を引き、オリエイナと向き合う。

 Sランク認定された悪魔同士の激突、それは本来であれば広範囲に大きな被害を生み出す大災害。

 巻き込まれれば、多くのものは運が悪かったとあきらめるしか道はない。

 

 ただしそれは、両者の力が拮抗していた場合の話。

 同じSランク悪魔として認定されながらも、その力の差は絶大なものだった。

 

 

 

 

 

 40秒――そのわずかな時間で両者の戦いは決着がつく。

 冬二の目の前には、メイルカムイに首をつかまれて持ち上げられるオリエイナの姿があり、どちらが勝者であるかは考えるまでもない。

 

「オリエイナ!」

 

 冬二が必死に呼びかけるも、オリエイナはピクリとも動かない。

 気を失ったことで両腕両足は力なく垂れ下がり、その全身が赤く血で染まる。

 一方のメイルカムイは返り血すら浴びることなく無傷。

 結果的に見れば、それは戦いではなくただの蹂躙だった。

 

「まあ所詮はこんなものか。少しは成長したものかと思えば……期待外れだったな。このまま心臓を破壊してもいいが……、実は貴様を所望する者がいてな、せっかくだ。貴様を手土産にして媚びを売っておくのもいいだろう」

 

 そう言い終えると、メイルカムイはオリエイナから手を放し、そして再び冬二へとその視線を向ける。

 

「さて、改めて契約といこうか」

 

 一歩ずつ、ゆっくりとメイルカムイは冬二のもとへと歩いていく。

 しかしやはり、冬二は一歩も動くことができない。

 理性よりも先に本能が理解していた。戦っても無駄、逃げても無駄。もはや取れる選択肢は、大きな流れに身を任せることだけなのだと。

 

「くそっ……!」

 

 なんとか絞り出せたのはその一言のみ。

 冬二はただ恨むことしかできない。己の弱さを。オリエイナの手助けすらできなかった情けなさを。

 

 ついに、メイルカムイの手が冬二に触れようとしたその時――――声が響いた。

 

 

 

「冬二くんを連れて、飛び降りなさい」

 

 

 

 それは冬二の声でもメイルカムイの声でもなく、もちろんオリエイナの声でもない。

 この場にはいない、新たな人物の声。

 

 その声と同時に、メイルカムイの伸ばす腕がピタリと止まる。

 さらには気絶していたはずのオリエイナがいきなり立ち上がると、メイルカムイを素通りして冬二のもとへ走り、その勢いのまま冬二を抱えて屋上から飛び降りていく。

 

「オリエイナ!?」

 

 冬二はあまりにも突然のことに困惑し、オリエイナに呼びかけるも、その目はどこか虚ろで、まるで意思のない人形のようだった。

 なにはともあれ、こうして冬二とオリエイナはメイルカムイのもとから離脱することに成功する。

 

 

 

 そんな屋上から落ちていく二人を、メイルカムイは追おうとする様子を見せない。

 メイルカムイの意識は、既に別の存在へと向けられていた。

 

「懐かしい気配を感じるとは思っていたが……そうか、貴様だったか」

 

 メイルカムイがそうつぶやいた瞬間、彼の周囲数メートルが光に包まれ、そして爆ぜた。

 その爆発は空気を揺らし、地面を震わせ、周囲に大きな影響を与えるに至る。

 

 

 ただその爆発の中心地にいた悪魔――メイルカムイはさも当然のように無傷で、立つための地面がなくなった空に浮かんでいた。

 

 

「まったく、数百年ぶりの再会だというのに……手荒なことだな、魔導王」

 

「手荒? 君にとってはそよ風のようなものだろう、冥界王」

 

 メイルカムイの視線の向ける先、そこにはレイ・エレシウスが立っていた。こちらも当然のように空に浮かんだ状態で。

 

「しかし前回の召喚で見かけたときよりも、随分と人間に寄っている(・・・・・)ではないか。その状態なら契約者は不要かもしれぬが、悪魔としての力も随分と失っているのではないか?」

 

「私のことはどうでもいいよ。それより君のことだ。いいのかい? 君の契約者、今はこちらの手の中だよ?」

 

 その言葉を受けてメイルカムイは振り返ると、その場所に倒れていたはずのミラルクの姿が消えている。

 契約者がいなければ、悪魔はこの世界に留まることができない――そんな誰でも知るこの世界の常識。

 暗に『お前の契約者はいつでも殺せる』――レイはメイルカムイにそう伝えていた。

 しかしメイルカムイはレイの発言を一笑に付す。

 

「あれが契約者だと? あまり私を笑わせてくれるな。あんなものただの贄だ。私をこの世界に召喚する――ただそれだけの術式を、私と主従契約を結べるものだと勘違いし、己の魂までも犠牲にした哀れな道化だ。まあ、その嘘の術式をこの世に広めたのは私なのだがな」

 

「相変わらずだな君は、だが契約者がいないことには変わりないはずだ。このままだとあと数時間もせず、君はこの世界から消える」

 

「そう心配せずとも、契約者(えさ)など適当に見繕えばいい話だ。さっきのガキなどちょうどよい」

 

「残念だが彼は私の学園の生徒だ。指一本たりとも触れさせはしないよ。それに……、面倒な存在になるとわかりきっている君が契約するのを、この私がみすみす見逃すとでも?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 そこで二人の会話は途切れる。

 それはここまでの短い会話で、二人の共通認識が一致したため。

 

 もはや言葉でわかり合うのは不可能だ、と。

 

「久方ぶり…………久方ぶりの現世だ(・・・)。体をほぐすにはちょうどよい。千年ぶりに雌雄を決するとしようか、現世に留まり続ける異端の悪魔よ」

 

 レイとメイルカムイ――笑いながら向かい合う二人の魔力がむき出しになり、爆発的に膨れ上がる。

 

 この時、冬二を含め、二人が相対するのを見ていた多くのものが直感的に理解した。

 その戦いは、この学園全てを巻き込むような激しい戦いになるであろうと。

 

 

 ついに二人の魔力が解き放たれ、世界でも最上位に位置する存在同士の戦いが始まろうとしたその時――

 

 

 

 

 

 ――()が現れた。

 

 

 

 

 

 二人のそのちょうど間に、忽然として現れた顔の見えない黒い女。

 それは一切の魔力を発していない。にもかかわらず、その空間を覆いつくす圧が場を支配する。

 そしてその黒い女の出現とともに、レイとメイルカムイの表情からは笑みが消え去っていた。

 

 二人は知っている。その黒い女の正体を。その女の存在意義を。そしてその理不尽なまでの恐ろしさを。

 二人は動かない。呼吸すらも完全に停止させる――――わからないからだ。何がその黒い女の怒りを買うのか。

 

 時間にして30秒――それはレイとメイルカムイにとって、今まで生きてきた年数よりも長く感じるほど、体と心が締め付けられる時間だった。

 

 その時間が終わりを告げたのは、黒い女が動いたため。

 黒い女の体から二本の腕のような何かが、レイとメイルカムイに向かってそれぞれ伸び、その体の胸部に突き刺さる。

 痛みはない。しかし代わりに感じるのはヌメリとした気持ちの悪い嫌悪感。

 まるで心臓を直接握られるような、得体のしれない恐怖。

 

 しばらくすると黒い女は消え、場を支配していた圧も消え去る。

 しかしレイとメイルカムイの胸に残る確かな違和感。

 

「ちっ……! これは……黒の持つ『同化』か。警告のつもりかあのイカレ女め。あんないかれた化け物に成り下がるくらいなら、あの小僧(・・・・)に縛られた方がまだましか……」

 

 メイルカムイは忌々しそうにつぶやきながら顔を上げると、そこには己と同じ攻撃を受けたレイが、己よりも苦しみながら心臓を押さえていた。

 

「ぐっ……! つぅ…………!」

 

「…………なんだ貴様、まさかこれ(・・)を受けるのは二度目か?」

 

「っ……!」

 

 煽るような言葉を投げかけるメイルカムイに対し、レイは何も言い返すことができない。

 持てる力のほぼ全てを、己を保つため(・・・・・・)だけに使用している今のレイにとって、可能なことはただメイルカムイを睨みつけることだけだった。

 

「はっ……! 安心しろ。そんな状態の貴様と決着をつけようとは思わん。黒の横やりもあった今、ここで暴れるのは私とてリスクが高い。今日のところはおとなしく引いてやる」

 

 そう言って立ち去ろうとするメイルカムイだが、それと同時に複数の人影が現れ、メイルカムイを囲むようにしてその行く手を塞ぐ。

 それは学園最強の看板を背負う生徒であったり、実戦経験豊富な教師であったり、学園に雇われた傭兵であったり、いずれも折り紙つきの実力者ばかり。

 

 しかし――

 

「失せろ有象無象ども。貴様らでは遊び相手にもならん」

 

 己を囲む者たちに視線すら向けず、ほんのわずかに殺意をのせて一言告げる。

 メイルカムイが行ったのはただそれだけ。ただそれだけの行為が、メイルカムイを囲む全ての者たちを一歩後退させる。

 

 その場から己に向けられる敵意が消えたことを確認し、メイルカムイは再度その視線をレイに向けた。

 

「ではな、爆弾を抱え込む物好きな同胞よ」

 

「…………」

 

 別れの言葉を告げると、メイルカムイの姿はその場から文字通り跡形もなく消え去る。

 レイとしては、このままメイルカムイが誰かしらと契約を結ぶのは本意ではなかったが、たった今警告(・・)を受けた以上、下手に動くことはできない。

 しかし警告を受けたのはメイルカムイも同じ。そのためこれ以上、少なくともこの学園内で暴れるようなマネはしないだろうと、レイは判断した。

 後にレイ・エレシウスはこの時の判断をひどく後悔することになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 メイルカムイの退却をもって、一冊の魔導書をめぐる一連の事件は、万事解決とはいかないものの、学園側に大きな人的被害を生むことなくひとまずの収束を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事件の解決に大きな役割を果たした綿谷冬二。

 彼はその功績を誇るでもなく、仲間の無事を喜ぶでもなく――――地面に膝をつき、ただ打ちひしがれていた。

 

「俺は…………弱い!!!」

 

 あまりの悔しさに、冬二は地面をその手で殴りつける。

 

 強くなったと、そう思っていた。全てとは言わない。それでも、この手の届く範囲ならば守れるはずだと。

 しかし現実は、そんな冬二の考えを粉々に打ち砕く。

 

 ミラルクは捕らえることができず、メイルカムイを前にして身動きすらとれず、誰かを守るどころか守られる始末。

 大きな傷を負ったオリエイナは未だ目を覚まさない。

 

 メイルカムイ、レイ・エレシウス、そして最後に現れた謎の黒い女。

 

 己が井の中の蛙だったと自覚するには十分すぎるものだった。

 

「冬二!」

 

「冬二さん……!」

 

 そんな冬二のもとに、各々の戦闘を終わらせたクラスメイトである少年少女たちが駆け寄る。

 1年以上、もしくは1年近く冬二と行動を共にしてきた彼女たちだが、そんな彼女たちですら、この時の冬二の落ち込みようは初めて見るものだった。

 冬二がどれだけの思いで努力してきたか、それを一番間近で見てきたからこそ、彼女たちは適切なかけるべき言葉を見つけることができない。

 

 一般的に、異能の高みを目指すものは、必ずいつかその(・・)日が訪れる。人の身ではどうあがいてもたどり着けない極致――それを知る日が。

 自身の身の丈というものを知り、心を折られるのはそう珍しいことではなく、冬二にとってはそれが今日であったというただそれだけの話。どこにでもある、いたって普通の、ありふれた平凡な物語。

 

 しかしその『一般的』という枠に当てはまらないからこそ、綿谷冬二は物語の主役として輝く素質を持っている。

 

「……強くなる」

 

 冬二は立ち上がる。たとえ何度折られても、冬二は諦めない。

 そうやって、冬二はここまで強くなり、クラスメイトを含め多くの者たちに慕われてきたのだ。

 

「強くなるしかない……。みんなを、この手で守るために……!」

 

 立ち上がった冬二のその目には確かな光が宿る。

 

「俺はもっと強くなってみせる。だからみんな、俺に力を貸してほしい!」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

「そんなの当然でしょ!」

 

「当たり前」

 

「わざわざ口にするまでもありませんわ」

 

「また修行手伝ってやるよ!」

 

「わ、わたしも、力を貸します……!」

 

 一人の少年の決意に、その仲間が応える。

 今以上に強大な敵と戦うため、大切な人たちを守るため、より強くなると。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな少年の決意は、皮肉にも多くの者の願いに反する形で叶えられる。

 偶然が重なり合ったその結果、強くなるためのきっかけが、冬二の奥底でカチャリと音を立てていた。

 

 黒い女を視界に収めたその時に――

 

 

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