魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
異能社会の飲食店にも、普通の飲食店は存在する。『普通の』とは、異能等が一切関与しない飲食店のこと。
もちろん僕のバイト先などは論外。なんならあれは異能社会でも、とびっきりの外れ値だ。医者が常駐している飲食店なんて、存在しない方が世のためではなかろうか?
とまあバイト先の論評は一旦置いておくとして、僕は現在、先ほど話したその普通の飲食店――ごくごく一般的な、店長が単語しか喋らないラーメン店にきている。
それもなんと一人ではなく、冬二と一緒に。カウンター席に並んで座り、注文したラーメンを待ちながら二人で会話を交わしていた。
「雪春、今日は来てくれてありがとな。いつもみたいに断られるかもって、ちょっと心配だったから」
「ああ、まあ……、うん。さすがに今日は断ったりしないよ」
この日は五月の最終日。それは僕と冬二にとって特別な日。
「誕生日おめでとう、雪春」
「そっちこそ、誕生日おめでとう、冬二」
そう、五月三十一日は僕らが生まれた日。偶然にも僕と冬二は誕生日が同じであり、こうしてお互いに生まれた日を祝い合っている。
僕と違い、冬二には誕生日を祝ってくれる相手などいくらでもいるはずだ。
にもかかわらず、冬二の方から一緒にご飯を食べようと誘ってくれたため、僕は『何が誕生日じゃあい!』と叫ばずにすみ、ソシャゲの誕生日ボイスをひたすら聞き続けるだけの日にならなくてすんだ。冬二には感謝しなければ。
「というわけで、はいこれ、誕生日プレゼント」
誕生日といえばもちろんプレゼント。
僕は用意していたプレゼント入りの紙袋を冬二に渡す。
「ありがとう! すっげえ嬉しい! 一生大切にするよ!」
悪い冬二。中身は食べ物なんだ。早めに食べてな。
ちなみに具体的な中身は、食べると不自然に元気が湧いてくるクッキーである。バイト先のファミレス自家製の製品であり、お持ち帰りでも人気の商品だ。
そのクッキーを食べた人間は基本的に叫び出すので、法的に大丈夫なものなのか店長に聞いたこともあるが、『まだ整備されてないから……』と小さな声で言っていたので、きっと大丈夫なのだろう。
バトル展開でピンチになった時にでも食べてもろて。
「ほんとありがとな、雪春。じゃあ俺の方からも……」
そう言って冬二は、足元の紙袋から小さめの花束を取り出す。
…………花束?
「まずはこれ、受け取ってくれ。ここに来る前に偶然花屋の前を通ったんだけど、目に入ったこの青紫色の花がビビっと来てさ、雪春に渡したいなって思ったんだ」
「あっ、そうなんだ……」
「で、次はこれだ」
そう言ってまた、冬二は足元の袋から何かを取り出す。パッと見た感じ、それは二枚の紙切れだった。
「これ、命を救ったお礼にってことで、知り合いからもらった旅行チケットなんだ。しかも海外!」
「えっ、すごっ!」
しれっと誰かの命を救っていることは一旦置いておこう。冬二だから珍しくもなんともない。それよりもチケットだ。
僕は驚きながらそのチケットを確認すると、そこには確かに『ムーン王国行き』と書かれていた。しかもファーストクラス……。
「そのムーン王国って、観光大国として世界的にも有名らしくて、
……本当にすごい。卑しい話にはなるが、海外行きのファーストクラスなんて普通に購入すれば一人百万は軽くするはずだ。それを二枚も……。
「二人で行こうな」
そう言いながら、冬二は二枚のうち一枚を僕に渡す。
あ、一緒に行く感じなんだ。いや、それでもぜんぜん嬉しいんだけど。
僕は手を少し震わせながら、渡されたチケットをまじまじ見つめていると、その間に冬二は紙袋からさらに何かを取り出そうとする。
「まだあるの?」
「もちろん。なんなら次のが本命だ」
そう言って冬二が取り出したもの――それは手のひらサイズのケースだった。
「はい、雪春。これ……開けてみてくれないか?」
「お、おう……」
表情と声のトーンとセリフ内容が、完全に指輪を渡す時のそれなんだよな……。
僕は少しためらいつつも、冬二の指示通りケースを開く。
するとその中には、銀色に輝くペアリングが入っていた。
……まじで指輪だった。
「それ、オリハルコンを加工してもらったものなんだ。世界一固い金属にあやかって、俺たちの絆も強固に結ばれますようにって思って。三ヶ月前から準備してて、今日こうして渡すのが楽しみだったんだよ。ほら、俺たち生まれた日が同じだろ? もう正直これは運命だと思ってて、なら永遠にこの友情が続くといいなって。このペアリングをお互い身につけていれば、いつでも二人の絆を思い出せるし、我ながらいいアイデアだと思ったんだ。だから、将来お互い子供や孫ができても、家族ぐるみでずっとこの関係を続けていこうな……」
「冬二…………」
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………重い。
まだラーメン来てもいないのに胃もたれしてきた。
もう全部重いのよ。人の誕プレにケチつけるとかマズイかなと思って、心の中でもずっと我慢してたけど、さすがにこれは無理がある。
花束も、超高額旅行チケも、ペアリングも、高校生が同性の友人に渡すプレゼントじゃないんだわ。完全にプロポーズセット一式なんだわ。
店が店なら周囲の客総立ちの拍手喝采だぞ。その熱意はヒロインたちに向けてやれよ。
重いよぉ……。しんどいよぉ……。『将来一緒の老人ホーム入ろうな!』とか言ってきそうで怖いよぉ……。
でもこれで、僕は一つ疑問だったことの答えを得ることができた。
以前にも少し話したが、普段こうして冬二と食事に行くと、必ずハーレムメンバーの一人か二人ほど、私も混ぜろとばかりに突撃してくる。
しかし今日は一人二人どころではなく、常に冬二と行動を共にする五人のハーレムメンバー全員が勢ぞろいしていた。しかもいつものように突撃してくるのではなく、テーブル席に座りこちらの様子をうかがう形で。
そりゃそうだよね。好きな男が誕生日にペアリングを持って外食に行ったら、気が気じゃないよね。
横目でそのテーブル席を確認すると、ハーレムメンバーは正体がバレないようにするためか、サングラスをかけたり、普段とは髪形を変えたりして別人を装っている。
しかしその赤、青、緑、黄、紫といった色とりどりの髪色が、彼女たちの正体を雄弁に語っていた。
「……? どうかしたか雪春?」
まあ
しかしまあ、先ほど冬二にペアリングをもらったあたりから、戦隊ヒロインズによって向けられる視線が痛い。
『他の女とかじゃなくてよかったけど、これはこれで納得がいかない……』といった複雑な感情が嫌というほど伝わってくる。
気持ちはわかるけど、僕なにも悪くないはずなんで勘弁してもらえないでしょうか……。
正直な話、僕は冬二からここまで強く想われるほど、冬二のために何かをした覚えがない。なんならここ最近は疎遠になっているし、こうして一緒にご飯にきたのも久しぶりだ。僕なにかやっちゃいました?
察しの悪い系主人公のように、身に覚えのない好意に頭を悩ませていると、冬二がどこか緊張しているような表情を浮かべていることに気づいた。
そしてその表情のまま、冬二はゆっくりと口を開く。
「…………あのさ、これからする話は、ちょっと恥ずかしい話になるんだが…………聞いてくれるか?」
まだ上があるのか……? 僕は戦慄した。
「まあ、その……、今日のところは…………あ、うん、聞きます」
既にお腹一杯だったため、一旦は断ろうとした僕だが、冬二の熱のこもった視線に押し切られてしまう。これが主人公の目力……。
「今まで言ってなかったけど実は俺、この学園に入学したばかりのころはさ、すっげえ心細かったんだ。なんなら毎日不安に押しつぶされそうになってて、まともに寝れない日々が続いてた」
「うそぉ!?」
僕はつい大声を出してしまう。それほど冬二の告白が衝撃的だったのだ。冬二は入学当初から常に毅然としたイメージで、その言動から負の感情を読みとれたことは一度たりともなかった。
「今までとは違う未知の世界に飛び込むことになって、それまで仲良くしてた友人とは離れ離れになって、爺ちゃんにはそのことをあまり歓迎されなくて、兄貴もちょうど行方不明になってて、本当に色々重なったことでかなり参ってたんだ」
……そう聞くと、『やったぜ魔法だ異能だ特殊能力だひゃっほい!』となってた自分が少し恥ずかしい。冬二とは真逆の意味で、入学当初はなかなか眠れなかったわけでして。
「しかもクラスメイトは――」
「外部生だとか言って、クラスの大半が遠巻きにバカにしてくるんだもんな」
「そうなんだよ! 俺が入学初日にクラスで自己紹介した時のあの空気……」
「空気が凍るとはまさにあのことだよ」
「いやー、あれは今でもしっかり思い出せる。しかもその後すぐに異能ランクの測定があっただろ? それでFランク認定されたら、バカにする態度がさらに露骨になって……」
「逆にあそこまでいくとちょっと冷静になったけどね。こんな漫画みたいな展開本当にあるんだって」
入学当初の記憶は、僕と冬二にとってあまりいい思い出ではない。
それでも、こうして一年以上たった今では笑い話にできている。それは間違いなく、冬二という同じ立場の存在があったからだ。
そしてそれは冬二も同じだったようで――
「あの時、雪春がいてくれたから、俺はあの日々を乗り越えることができたんだ。覚えてるか? 俺がFランクだったことを笑われた直後、雪春がクラスメイトに向かって啖呵を切ったこと」
「まあ……、さすがに忘れられないというか……」
「何も言わなきゃ、バカにされてたのは俺だけだったのに、わざわざ自分から『今に見てろこのモブども!』って、ケンカ売るようなまねして……」
「……確かに、あれはバカだったよな。ほんとに……」
あのころの僕は、物語の主人公になるのだと浮かれていた。
何者かになれると思っていた。
あふれんばかりの才能があると信じていた。
そんな何も知らない勘違いやろうが、実力も経験も上の相手に喧嘩を売ったのだ。バカとしか言いようがない。
「バカなんかじゃねえよ。すっげえかっこよかった」
冬二のその言葉は、今までのように笑い話のテンションで告げられたものではなかった。
どこまでも真剣な声で、どこまでも真剣な眼差しで僕を見つめている。
「俺が慣れない環境に参って、この道で良かったのかって、いつまでもうじうじ悩んでた時に、同じ立場のはずの雪春が、臆することなく啖呵を切ってみせたんだ。めちゃくちゃかっこよかったよ」
「…………」
「そんな雪春を見て、俺もこんなふうになりたいって思ったんだ」
「……買いかぶりすぎだよ。僕はそんな、目標とされるような人間じゃない」
「目標じゃない。憧れなんだ」
そう告げる冬二の力強い視線が、うつむき気味だった僕の視線と再度交わる。
「
「……」
「俺の憧れは、雪春なんだ。入学初日の、クラスメイトに向かって宣言したあの日あの時から、俺が憧れる相手はずっと、雪春なんだよ。それは今も変わらない」
「…………そっか」
僕は思わず冬二から目を逸らす。
……………………ぐっ、確かにこれは小っ恥ずかしい。今の僕は間違いなく赤面している自信がある。
しかしそれは僕だけでなく、横目でチラリと確認したところ、冬二の顔もしっかりと赤くなっていた。き、気まずい……。
心なしか、戦隊ヒロインズから背中に受ける圧も大きくなった気がする。いや、これも僕なにも悪くないだろ。どないせえっちゅうねん。
その後、僕と冬二は顔を合わせることすらなく、運ばれてきたラーメンを無言で完食した。
様々な感情が入り交じった状態で食べたラーメンは、ほとんど味がしなかった。
――――――
おまけ
『俺の憧れは、雪春なんだ』
「ずいぶんとまあ、愛されてるもんだ」
イヤホンから聞こえてくる胃もたれするような告白に、冬二のクラスメイトである
人通りの完全にない路地裏で、雪春と冬二の会話に耳を傾ける宗助。もちろん許可などとっていない盗聴である。
しかしそれは宗助が所属する組織――『
宗助にとって重要なのは、得られた情報が有益なものかどうか。それ以外に抱く感情などありはしない…………はずだった。
「一応俺も……、付き合いで言えば一年以上になるんだがな……」
冬二が雪春を想う言葉を口にするたびに、宗助の心は容赦なく揺さぶられていく。
冬二との友人関係はあくまで仮初のもの。情報を得やすくするための手段でしかないというのに。
「何考えてんだ俺は……」
自分の感情が制御できていないことを宗助は自覚する。
「これじゃダメだ。俺は機械だ。組織のために働く、そのためだけに生まれた存在…………そうだろ『コードY』」
このままでは任務遂行に支障が出る。そう考えた宗助は片手で頭を抱え、空を仰ぐようにして感情を一度リセットさせようとする。
しかしちょうどその時、タイミング悪く宗助の持つ携帯が震えた。
「着信……? 一体誰から……」
突然の通話要請を不思議に思い、ディスプレイに表示された通話相手を確認すると、そこには『
「……嘘だろ?」
その文字を見た宗助はすぐに通話ボタンを押し、携帯を耳元へと持っていく。
「……お疲れ様です、宗蓮さん。こちらコードY。潜入名『矢川宗助』です」
『緊急での連絡だ。今は大丈夫か?』
「大丈夫です。問題ありません」
宗助が宗蓮と呼んだ通話相手。それは同じ黄楼炎に所属する人間であり、宗助の直属の上司にあたる人物でもある。
そのため宗助の声は、普段よりもわずかに緊張感を伴っていた。
「定時外での報告ということは……あの件ですか?」
『そうだ、さっきの幹部会で正式に決定した。前に話した通り、作戦を次の段階へと移行させる』
「では……」
『ああ、組織は現人神の力が既に覚醒していると判断し、『綿谷冬二』の身柄を確保することに全力を注ぐ』
ああ……、ついにこの時が来てしまった――宗助は思わず空を仰ぐ。
初めからわかっていたことだった。いつか冬二たちとの友人関係が終わりを迎えることは。
しかし、よりによってこの日じゃなくてもいいだろうと、服のポケットに入った友人への誕生日プレゼントを潰さんばかりに握りしめ、宗助は運命の残酷さを呪う。
『現在予定されている作戦決行の第一候補は10日後、綿谷冬二が魔導王のもとから離れるタイミングを狙う』
「……チーム合宿、ですか」
『そうだ。そこなら確実に警備は学園以下になる』
「……ですが学園以下とはいえ、修羅巫女を始めとした実力者が多数同行します。生半可な襲撃では……」
『もちろん学園側の戦力を侮ってはいない。むしろこれ以上ないほど警戒しているからこそ、今まで慎重に事を進めてきた。そして今回の襲撃も、俺を含めて四人、今動ける『
「っ……!?」
いくらなんでも過剰戦力だろ!――宗助は思わずそう叫びそうになる。
宗蓮の口にした『八狼会』とは、黄楼炎に所属する八人の最高戦力のことをさす。
それを半分も動員するということは、それだけ組織が本気であるということ。
もしかしたら作戦を考え直すかもしれない――そんな宗助の淡い期待は露と消える。
「しかし……、本当に急ですね。ついこの間まで、慎重に事を進める方針だったはずですが……」
『そうだな。それは俺たち幹部の間でも話題になっていた。ただ老師の言動を見るに、『黒い女』が現れたという報告が、方針転換のきっかけになった節はある。おそらくその『黒い女』とやらが、現人神の覚醒度合いを推測できるものだったのだろう』
「そう、なんですね……」
『とりあえず話すべきことは以上だが……、前から言っているだろう宗助。組織上、上下関係が存在するとはいえ、俺たちは兄弟同然なんだ。二人の会話では敬語はなしだと』
「……そうだった。悪かったよ兄貴」
『ああ……、それでいい。我が愛しの弟よ。では近々また連絡する。引き続き任務に注力するように』
その言葉を最後に、通話が終了する。
それと同時に宗助は脱力し、両腕をダラりと下げた。
「なにが愛しの弟だよ……。気持ちわりぃ…………」
心底嫌そうな表情を浮かべ、宗助は吐き捨てる。
そうして再び腕を上げ、携帯の画面に目を移すと、そこには反射した己の顔が映っていた。
「はは、ひっでえ面…………。でもそうか、俺のあの報告のせいか……」
もはや組織は止まらない。止められない。
組織が冬二の身柄を確保すると決めたのなら、それは確実に実行される。それが、宗助の生まれ育った『黄楼炎』という組織の恐ろしさ。
ならば、自分にできることはただ一つ。可能なかぎり、無傷での確保に尽力すること。
戦闘が起こらないのなら、それに越したことはない。そのためなら、どこまでも堕ちる覚悟はもうできていた。
宗助は携帯端末を操作し、いざという時のために準備しておいた、
その報告書の題名は――
『渡谷雪春という人物に関して』
心をかき乱された少年は、意図せずに、最悪のトリガーに指をかけようとしていた。
冬二が渡した花はツルニチニチソウです。