魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
今回のチーム合宿が行われる場所、それはなんと海!
もちろん合宿の目的はチーム力の向上とかそんなのだが、1日の全てがその目的のために費やされるわけではない。スケジュールで記載されている以外の時間は基本的に自由。
合宿地には学園が所持しているプライベートビーチもあり、自由時間は好きに使用していいとのこと。
まだ六月なのに水着回とかテコ入れか? と思わないでもないが、僕はそういうの嫌いじゃない。
まあ休息時間に海で一緒に遊べる女子友達とか存在しないんですけど。
しかし! しかしだ。夏の魔物(六月ver)やらなんやらで、ワンチャンそういった展開が無きにしも非ずなわけで。
そんな期待を抱きながら、僕たちのチームを乗せた車は目的地へと到着する。
すると、直ぐに聞こえてきたのは波のさざめき。潮の香りが鼻をくすぐり、目の前にはどこまでも広がる地平線。美しい砂浜と青い海が、僕たちを歓迎し――
――てくれたわけではなく、そこは辺り一面、緑一色に覆われた山の中だった。
…………あれぇ?
「は~い、到着したよ~。みんな降りて降りて~」
「あの、紅原先生。合宿って海じゃなかったですっけ?」
「うん、そうだよ~。合宿場はこの山を越えた先にあるの~」
そう言って紅原先生が指さしたのは、最低限の整備だけされた登山道のようなものだった。
しかも周りが木々で囲まれているため、
割とガチめの登山が始まりそうなその光景に、一番大きな反応を示したのは烏丸だ。
「え、あれ登るの……?」
烏丸は体力に自信が無いのか、その表情は青白く染まっている。
「残念ながらそうね~。合宿地は海と山に囲まれてて、ここ以外に整備された道はないから~」
なんだその天然の要塞。
「じゃあその……、船で海からとか……」
「海にはね~、沖の方でメガロドンEXが放し飼いされてて通航できないの~」
……メガロドンEX? それ飛んだりしないよね?
「ちなみに~、空を飛べるような異能持ってても飛んじゃダメよ~。一定の高度を超えると撃ち落とされちゃうから~」
……何に?
警備が重要軍事拠点のそれなんよ。
安全性が高いのはいいんだけど、徹底しすぎてて逆に不安になるんだわ。定期的に襲撃でも受けてるの?
「登り始める前に、山小屋で体操服とジャージに着替えておいた方がいいよ~。頂上では一つ目の課題もあるしね~。じゃあ私は車を停めて後からついて行くから~、頑張って~」
それだけ言うと、紅原先生は車で離れていく。
しかしいきなりの登山とは。……まあ、これも合宿の課題だと思うしかないか。
僕以外の三人もそう割り切ったのか、面倒くさそうな表顔を浮かべながらも、文句を言うことなく山小屋へと向かい始める。
……さて、いい機会だ。とりあえずここでやるべき事を済ませておくとしよう。
僕は山小屋へ向かおうとしていたチームメイトの一人を呼び止める。
「ごめん光華さん、ちょっといいかな?」
「ん? ……まあ構わないが、なんだいリーダー」
光華は僕の呼び声に足を止め、こちらを振り返る。
その態度になんらおかしなとこはなく、普段通りの光華だ。
しかしその瞳の奥には、明らかに僕に対する敵意と警戒を含んでいた。
そしてその理由も、僕はなんとなく理解している。
だからこそ、
これから先、間違いなく訪れるであろう未来のために。
「実は――」
光華といくつか言葉を交わし、そして最後に
とりあえず、それで僕の仕込みは一旦完了だ。
すると光華の態度は、先程までのものと打って変わり、明らかに軟化した様子を見せる。
「リーダー……、すまない。どうやらボクは君を誤解していたようだ。てっきり、君が
「いや、実際僕の責任だよ。だからというわけじゃないけど、さっきの話……考えてもらってもいいかな?」
「まあ……彼女の態度次第ではあるが、リーダーに免じて善処するとしよう」
光華から出た言葉は、僕の提案を受け入れるというもの。
ここまで至るのに時間はかかってしまったが、これで僕と光華の間にわだかまりを無くすことができた。
「それと、出発前に嫌味な発言をしてしまったことも謝罪させてほしい」
そう言って、光華は握手を求めるように手を差し出す。
出発前……ああ、『チラチラ見てんじゃねえよ』の件か。
悪いが、僕はアレを許すつもりはない。それほどまでに、思春期真っ只中の僕の心は傷つけられたのだ。
ただ、表向きには良好な関係を築いておきたいので、握手には応じておく。
しかしそれはあくまで表面上の話。この恨みはしっかりと――あっ、女子の手って柔らかい――しっかりと持ち続けてやる。
「じゃあチーム合宿含め、今後ともよろしくね」
握手によって繋がった手と手。光華はその手を引っ張るようにして、僕の体を前のめりにさせる、
急になんだ? と思うのと同時に、光華の手が僕の体の背中に回され、僕の思考はストップした。
――――?????
現状を簡単に説明するとすれば、外国人が挨拶をする時に行う、軽いハグのような状態。
はたから見れば、男同士でのノリに見えるかもしれないが、光華夏美はれっきとした女子だ。
その温かい体温と、立花先生の時とは違い、女子特有の柔らかさが僕の体に直接伝わってくる。
「おっと、早くしないと二人が戻ってきてしまうね。ボクらも早く着替えないと」
刹那でありながら、永遠にも感じられた時間は、光華のその言葉と共に終わりを告げる。
この時の僕は、光華に対して持っていた怒りなど完全に忘れ、激しく鼓動を打つ心臓を抑えるのに必死だった。
だからこそ、僕は気づくことができない。
僕に背を向けて歩いている光華が、計画通りと言わんばかりに笑みを浮かべていたことに。
その後、全員が体操服とジャージに着替え終わり、すぐに登山を開始する。
ここまでいろんなトラブル続きだったが、この登山はとても順調に進んでいく――
――ことなんてあるはずもなく、
「もう無理いぃぃぃ。一歩も動けないぃぃぃぃぃぃ」
登山開始5分で烏丸がへばった。
まあ登り始める前の反応で、なんとなく察してはいたが……。
「烏丸さん、もう少しがんばれない? もしあれなら荷物とかは持つから……」
「無理ぃぃぃぃ……」
烏丸は目に涙を浮かべ、地面に膝をついてしまっている。
おそらく頂上はまだ遠い。さて、どうしたものか……。
「ワタシっていつもこうなんだ……。みんなの足ばっかり引っ張って、今朝みたいにやることなすこと全部裏目に出て、だから友達もいないし……」
まずいな。ネガティブモード全開になってきた。
「クラスメイトはみんな私から距離をとるし……」
う~ん、めんどくさいが仕方ない。こうなったら無理やりおだててでも、なんとか立ち上がってもらおう。疲れは気からと言うし。
「その、クラスメイトから距離を置かれてるって話、前にもしてたけど……もしかしてなにか不幸な思い違いとかあるんじゃないかな?」
「……思い違い?」
「うん。ほら、実は悪いのは烏丸さんじゃなくて、一部のクラスメイトだったりとか……」
「そんなわけねえだろ」
「確かクラスメイト全員を呪ったみたいな話もあったけど、実は不可抗力だったみたいな……。当時の様子とか思い出せたりする?」
少しでいい。ほんの少しでいいんだ。ちょっとでもクラスメイトに非や問題があれば、それを大袈裟につついて、烏丸に元気を出してもらう。
「その……、新しいクラスになって初めての時だったかな。一人ずつ自己紹介してくださいってなって、私の番が来たんだけど……緊張してパニックになって、こうなったら私の
「そっか…………」
ダメだ。びっくりするくらいクラスメイトに非がない。
『どしたん話聞こか? あーそれはクラスメイトが悪いわ。じゃあ、登ろっか』という事前に考えていた流れが完全に瓦解してしまった。
「その……、できる限り烏丸さんの助けになるよう、いろいろ手伝うからさ……、なんとか立てない?」
「…………」
「え、なに?」
「……おんぶ」
図々しいなこいつ。
「呪われそうだからやだ」
「呪わないよ!」
説得力がないのよ。
「あー……リーダー。ならボクが烏丸さんを背負うよ」
いつまでも話が進まない中、そう提案してくれたのは光華だった。
「ボクなら女子同士気を使わなくてすむし、異能で身体強化しておけばそれほど苦にもならない。烏丸さんは軽そうだしね」
「いいの?」
「もちろん、ただボクの手荷物はさすがに任せてもいいかな?」
「わかった。僕が持つよ」
烏丸の荷物と合わせて、これで三人分。
正直言うとキツイが、腕をつってる蛇塚に任すわけにもいかない。
烏丸さんにはこの借りをどこかで返してもらうとしよう。
それになにより、光華は最高のタイミングで申し出てくれた。
いやぁ、本当に最高のタイミングでね。
僕は烏丸と光華に見えない角度で、心からの笑みを浮かべた。
――――――
烏丸はとても驚いていた。
まさか彼女が背を貸してくれるなんて、と。
「大丈夫? 烏丸さん」
「う、うん」
膝をつく烏丸に対し、視線を合わせるように腰を落として話しかける光華。
烏丸がチーム内において、最も嫌っているのがこの光華夏美(純度100%の嫉妬)。
そんな彼女が自分に優しい笑顔を向けてくれていることに、烏丸は動揺を隠せない。
「ほら、地面に手をつくから汚れちゃってるじゃないか」
しかし印象だけで決めつけた嫌悪など
優しく手の土を振り払ってくれる光華に対し、既に烏丸は落ちかけていた。
「あ、あの……ありが――!」
「ところで烏丸さん、実は僕……少し前に呪いの被害を受けていてね。心当たりがあったりしないかい? 激痛を感じる呪いなんだけど」
「………………………………リーダーにやれって言われました」
烏丸の判断は早かった。
光華が言っているのは、間違いなくチーム申請書に署名を求めた日のこと。口調は疑問形だが、わざわざ烏丸に直接尋ねる時点で、既に光華の中で『犯人=烏丸』の図式が成立していると考えて間違いない。
ならば烏丸にとって、取るべき手段はたった一つ。仲間を売ることである。
しかし、その売られた少年は、烏丸がそういった行動をとることなどお見通しだった。
「そっか。リーダーにやれって言われたんだ……。実は山に入る前、リーダーと少し話をしてね。確かにリーダーは言っていたよ。『呪いの件は僕の責任だ』と」
「……え?」
「そしてこうも言っていたよ。『実行したのは烏丸さんかもしれないが、悪いのは全て止められなかった僕の責任。だから烏丸さんを責めないであげてほしい』って」
その言葉に、烏丸は慈悲深いリーダーに対して、深い感謝の念を覚える――はずもなく、烏丸の中に思い浮かんだのはたった四文字の言葉。
『やられた!』――である。
「いやあ、ひどい話だと思わないかい? リーダーはチームメイトのやらかした罪を自ら被ろうとしているのに、そのチームメイトはリーダーを即決で売ってしまうなんて」
「あ、あっ、あ…………」
「あとこれ、烏丸さんに返しておいてほしいって、リーダーから預かってたんだ」
そう言って光華がジャージのポケットから取り出したのは、烏丸にとってとても見覚えのある藁人形だった。
「な、なんで……?」
「この中に相手の髪の毛を入れて釘を刺せば、激痛を与えることができるんだってね」
光華は烏丸の方へと手を伸ばし、髪の毛を一本引き抜く。さらに、烏丸のジャージのポケットをまさぐり――
「山小屋で着替えている時、
光華が烏丸から奪ったのは、藁人形に刺すための釘。それも複数本。
「ふふ、ボクの時は三本も刺してくれたらしいじゃないか」
そう笑いながら、光華は藁人形に烏丸の髪の毛を埋め込む。呪いを発動させるのにあと必要なことは、釘を刺すだけ。
ここから烏丸がどのような手段をとろうとも、光華が藁人形に釘を刺すほうが早い。
そうでなくとも、光華が烏丸の体を突きとばせば、烏丸は階段から転がり落ちていく状態。
この時、烏丸の生殺与奪の権は間違いなく光華が握っていた。
「あ、あの……」
「なんだい?」
「……靴舐めます」
「いらないよ」
ゲスを見る目で烏丸を見下す光華。
その目を見た烏丸は悟る。もはや命乞いは無駄だろうと。
「これからチームとしてやっていくんだ。貸し借りはなしにして、
「……この、セックスシンボル!」
「そういうとこだぞ」
光華は烏丸の捨て台詞を聞き捨て、今まさにその藁人形に釘が刺されようとしていた。
ここで一つ、ある疑問が浮かび上がる。
はたして光華は、烏丸だけにやり返すことで満足するのか?
答えは否である。
光華の持つその藁人形には、二人分の髪の毛が埋め込まれている。
一人はもちろん烏丸のもの。
そしてもう一人は、渡谷雪春のものである。
登山前、雪春を許してみせたような態度はブラフ。
あくまで雪春を油断させるためのものでしかない。
しかもダメ押しとばかりに光華はハグを仕掛け、雪春が動揺したそのどさくさに紛れて、呪いに必要な髪の毛を抜いていたのだ。
烏丸と雪春のどちらが指示役で、どちらが実行役なのか。そんなものは光華にとってどうでもよかった。
自身を慕ってくれる女子生徒たちの前で晒した失態。その恨みを、その屈辱を晴らすには、関わった全ての者に鉄槌を下すことでしか成し得ない。
「くたばれぇぇぇ!」
もはや自分のキャラをかなぐり捨て、光華は藁人形に釘を刺す。
「ぴぎょえっ……!」
その瞬間、烏丸は断末魔の叫びを上げて倒れる。
そしてさらに、もう一人の人物にも耐え難い激痛が走る。
「かっ……! ぐぅ……!」
そう、光華の腹部に。
「バカな……! なぜボクに……!?」
そのあまりの激痛に、光華は藁人形を手放し、その場にうずくまる。
なぜ仕掛けた本人に呪いが発動するのか? 呪詛返し? 術のリスク? 失敗?――様々な理由が光華の頭をよぎるが、今はそんなことは二の次。
とにかくまずは呪いを解呪することが最優先。
そう考え、倒れながら落とした藁人形へと手を伸ばすが、あと少しで手が届きそうというところで、誰かがその藁人形を拾い上げる。
一体誰が?――痛みをこらえ、必死に顔を上げると、そこには笑顔を貼り付けた雪春の姿があった。
「どうしたの光華さん、なんだかと~っても辛そうだけど」
なんでもなさそうな顔で笑い、うずくまる光華を見下す雪春。
その姿が、光華にはまるで悪魔のように思えた。
少なくとも、激痛に苦しんでいる様子はまったく見られない。
だからこそ、光華は察した。自分はリーダーの手のひらの上で踊らされていたのだと。
「最初から……、全部気づいていたのか……!?」
「まあなんとなくこうなるかなとは思ってたけど、確信したのはハグの時だよ。常識的に考えて、なんの理由もなくいきなりハグしてきたりしないでしょ。……いやまあ冬二はよくされてるけど」
お互いがお互いを騙そうとした結果、雪春は立って見下し、光華は地に這いつくばっている。
どちらが勝者かは語るまでもないだろう。
「けど……、なぜ……!?」
「簡単な話だよ。最初に光華さんに渡した藁人形は偽物。万が一にも僕が呪いを受けることがないようにね。その後、光華さんの髪の毛を埋め込んだ本物の藁人形とすり替えたんだ」
「一体どうやって!? ずっと警戒はしていたのに……!」
「それ、話す必要があるかなあ?」
光華にとって、雪春の話す手口にはあまりにも不可解な点が多い。
いつ光華の髪の毛を手に入れたのか、どうやって藁人形をすり替えたのか。そもそも、光華が雪春の髪の毛を藁人形に仕込んだタイミングがわからなければ、雪春が自爆していた可能性もある。
しかしそれらの疑問は、『雪春が不可視の悪魔と契約している』という事実を知ることがない限り、解き明かすのは不可能だろう。光華が真実にたどり着くことは永遠にない。
現時点で光華が理解できることは、自身の思考は全て雪春に読まれ、騙し合いによって負けたという事実のみ。
「くそぉ……!」
「クックックッ……、ハッハッハッ……、アーハッハッハッ!!!」
完全なる敗北に、光華は唇を噛み、完全なる勝利に、雪春は高々と笑い、烏丸は気絶している。
そんな彼らの姿を、近くで見ていた少年はボソリと呟いた。
「何してんだお前ら……」
水面下で行われる、(全く必要のないカスみたいな)ライアーゲーム。
殴り合うことしか、彼らは知らない。