魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
カレールーを巡る激しい争奪戦、その口火を切ったのは冬二チームのボーイッシュ少女――緑王契。
「こういう卑怯なヤツらは、ぶん殴るに限る!」
契の戦闘スタイルは、とにかく相手との距離を詰め、徒手での格闘に持ち込む明確な近距離特化。
彼女の戦いに駆け引きの文字はなく、それは誰が相手であっても変わらない。
たとえ相手がクラスメイトであり、惚れた相手の友人であってもだ。
契はまっすぐ雪春の下まで走り、そして拳を振り上げる。
「雪春ゥ!」
契の拳が振り下ろされ、雪春に直撃しかけたその時だった。
振り下ろされたその拳は、雪春チームの男装少女によって直撃を阻止される。
「いきなりリーダーを狙うなんて、とても積極的なお嬢さんだ」
契の拳を、片手で受け止めてみせた光華夏美。
それに一番驚いたのは、契の力をよく知るチームメイトだった。
「嘘っ……! 契さんの攻撃を片手で……!」
周囲の人間が驚愕する一方、渦中の二人は笑い合う。
契は獰猛な笑みを、光華は優雅な笑みを。
「やるじゃねえか優男。ちょっと舐めてたぜ」
「かまわないよ。見た目で判断されるのは慣れてるからね。もっとお互いのことを知っていこうじゃないか。というわけで、ボクと踊っていただけますか? 生命力あふれる美しいお嬢様」
光華の誘いに契が乗り、身体強化の異能のみを使用した、二人の近接戦闘が始まる。
二人のその実力は拮抗しており、それゆえに戦闘は膠着状態に陥っていた。
そのため勝負の鍵を握るのは、雪春と蛇塚、そして冬二と鏡花の四人。
それを理解した四人は、お互い相手の動きを探るように向かい合う。
しかしその膠着状態はすぐに終わりを告げる。
先手必勝、相手が動く前にこちらから飛び込む――そう、考えていた冬二だが、雪春たちは既に動いていた。
「っ!? これは……!」
突如として出現したのは、優に百を超えるおびただしい数の蛇。
大きさ自体は一般的なサイズの蛇だが、その全ての蛇がまるで共通の意思を持っているかの如く、冬二と鏡花の二人だけを取り囲む。
「まさか、ここに来るまでに大量発生してた蛇は……」
「ええ、間違いなく雪春さんたちの手によるものでしょう。しかもこの蛇、全て使い魔です」
驚愕しつつも、冬二たちが状況を冷静に分析する一方で、雪春は笑みを浮かべていた。
自身が絶対的優位な立場にいることを微塵も疑わない――そんな笑みを。
「あれ、どうしたの冬二? そんな驚いた顔して。もしかして怖くなった? なら今から回れ右して下山してもいいんだよ?」
「言うじゃねえか雪春。けどわかってんだろ? こういう時、俺は絶対に引かねえって」
「……まあね。万が一にでも引いてくれることを期待したんだけど……、残念だよ冬二。蛇塚くん、やっちゃって」
「お、おう……。『かかれ』」
リーダーのおかしなテンションに戸惑いつつも、蛇塚は短く合図の言葉を告げる。
すると冬二たちを囲む蛇たちが、一斉に冬二たちへと襲いかかった。
「くっ!」
冬二は武道の構えを取り、鏡花は懐から木製の杖を取り出す。
そうして、冬二は身体強化を施したその身一つで、鏡花は衝撃波のようなものを生み出す異能で、それぞれ襲いかかる蛇をさばいていく。
一匹一匹の強さはそれほどでもなく、二人がかりであれば十分に対処できる程度。
しかし冬二たちが蛇の相手をしているその間に、雪春たちはカレールーの積み込みを着々と進めていく。
もし積み込みが完了し、大蛇が山の中を自由に逃げ回ることになれば、制限時間内にカレールーを手に入れるのは実質不可能と言っていい。
だからこそ、この状況は冬二たちにとって望ましいものではなかった。
冬二たちがこの状況を打開するための方法として、もっともシンプルな手段が蛇使いである蛇塚を倒すこと。
もちろんその案は、冬二の頭にも思い浮かんでいた。しかし――
「できないよね、冬二には」
全てお見通しとばかりに、雪春は笑う。
冬二が蛇塚を倒しに行くということは、鏡花の傍から離れることに他ならない。
「冬二が鏡花さんの傍を離れた瞬間、さらに大量の蛇が現れるかもしれない。僕らにはまだ奥の手があるかもしれない。すぐに蛇塚のことを倒せなかったら? その間に鏡花さんがやられてしまったら?――その可能性が僅かにでも残る限り、冬二はその場から動けない」
「雪春……!」
「仲間は君にとって、力であり
「いや……、なんか茜は用事があるとか言って……」
「随分とまあ、好き勝手言ってくれますね」
雪春と冬二が言葉を交わす中、低く冷たい声が二人の会話を遮る。
「きょ、鏡花……?」
冬二に名を呼ばれた少女は、ジャージの上着を脱ぎ捨て、メガネを外し、まるで別人のような雰囲気をかもし出す。そんな彼女の瞳は、紫色に輝いていた。
雪春の『うわっ、個性捨てた』というつぶやきも意に介さず、ゆっくりと口を開く。
「『知恵の魔女』の一族に生を受けたこの私が、この状況で何もできないと、足手まといなのだと、本気で思っているのですか?」
そう言いながら、鏡花はその紫色の瞳で、蛇塚の使役する蛇をじっと見つめる。
その数秒後、彼女は一気にまくし立て始めた。
「……よくある一般的な動物型の使い魔。しかし同時召喚および使役している数は異常。汎用的な術式によるものではなく、特殊な異能を用いた召喚術である可能性が高い。一匹一匹の魔力の帯び方を考慮すると、おそらく自身の体の一部を触媒としたものであると断定。髪の毛あたりが濃厚。そういった術式を使用し、蛇を象徴とするとなれば、彼は蛇塚家の人間である可能性が高いが、本家の人間に彼のような『三色』の者は確認されておらず。分家筋であることが予想される。そしてその異能にはデメリットがあり――」
「お、おい! なんだよあいつ!?」
鏡花のまくし立てに、蛇塚は得体の知れない気持ち悪さを覚える。
彼女の口にすることは全て的を射ており、まるで自身の異能が丸裸にされているようだった。
「落ち着いて蛇塚くん。彼女は魔眼的な目を持ってて、異能を解析するのが得意なんだ。膨大な知識と照らし合わせることで、初見の異能であってもその詳細まで看破してしまう。むしろ警戒するのはここからだよ」
あらゆる国、あらゆる時代、あらゆる系統の異能知識をその脳に記憶する異端の魔女――それが紫園鏡花という少女であり、冬二たちのチームの頼れるブレーン。
そしてもちろん、様々な知識を持つ彼女は、蛇塚の異能に対抗するための
「冬二さん、一分だけ時間をもらえますか?」
「ああ! もちろんだ!」
突然の鏡花の頼みを、冬二は迷うことなく引き受ける。
すると鏡花は蛇の相手を止め、冬二にその身を守られながら、杖を両手で握り、詠唱を口にし始めた。
「『願うは人の繁栄 悪鬼を遠ざけ 闇を払い 手を伸ばすは理想郷 陽光 破魔 円環に纏う 極の神殿――』」
「……おいリーダー、あれやべえんじゃねえか?」
蛇塚の懸念は正解だった。
鏡花が行おうとしているのは、悪魔を問答無用で弱体化させる結界――『
それはアジアを中心に古くから伝わる、対悪魔特化の非常に強力な結界であり、トップクラスの悪魔にも作用し、低級の悪魔であれば即退去を余儀なくされるほどのもの。
つまり結界が張られれば、蛇塚の異能はほぼ無効化され、雪春たちの企みが頓挫する事を意味する。
しかし、それでも雪春の余裕は崩れなかった。
「大丈夫だよ蛇塚くん、ここは任せて」
雪春は一歩前に出ると、
それは詠唱でもなければ、魔力を帯びた言葉でもない。しかし鏡花にとって最も効果的で、無視できない強力な呪言を。
「『後光が照らし 夢の瞬きが如く――』」
「あっ! 鏡花さんが冬二の鎖骨をガン見してる!!!」
「してませんけどぉ!?」
鏡花は思わず詠唱を中断し、雪春に対して大声で叫んだ。
「鏡花!? どうしたんだ、急に詠唱をやめて」
「見てませんからね! 雪春さんの言葉は嘘ですからね!」
「雪春が何か言ったのか? 悪い、蛇の対処に集中して聞いてなかった」
「あっ、いえ! ……なんでもありません。詠唱を再開します」
「ああ、頼んだ!」
「『強者たちの――』」
鏡花は再び詠唱を再開する。しかし――
「あっ! 鏡花さんが冬二のへそチラを見て興奮してる!!!」
「してませんけどォォォ!!!?」
またもや雪春の言葉により、鏡花は集中を阻害される結果となった。
「え? 雪春、今何か言わな――」
「何も言ってません!!!」
ダメだ、惑わされるな。集中しろ――そう自身に言い聞かせ、今度こそ反応してなるものかと、鏡花は活を入れて詠唱を再開しようとする。しかし――
「鏡花さんのパソコンの『禁呪』フォルダに冬二の上半身全裸写真が――!!!」
「なんで知ってるんですかぁ!!!?」
その呪言は、あまりにも強力すぎた。
雪春は、かつて冬二たちと行動を共にした身。それすなわち、鏡花とも行動を共にした過去があるということ。
だからこそ、雪春は誰よりもよく知っている。鏡花が、実は超が付くほどムッツリな人間であることを。
「鏡花? どうしたんださっきから?」
「も……申し訳ありません冬二さん。なぜか今日は調子が悪いらしく……」
冬二から目を逸らしながら嘘を吐き、鏡花は作戦の中止を進言する。
雪春がまだ機密事項を握っている可能性がある以上、このタワーバランスのようなやり取りをいつまでも続ける訳にはいかなかった。
万が一にも、雪春が『深淵』フォルダの存在とその中身を知っており、それを冬二にバラされるようなことがあれば、鏡花は躊躇なく自爆魔法を使用するだろう。
だがしかし、鏡花としてもこのままでは終われない。
彼女は責任を感じながら、雪春へとその視線を向ける。
「雪春さん、私たちと交渉しませんか?」
「っ!?」
鏡花のその言葉に驚いたのは、雪春たちではなく、むしろ彼女のチームメイトだった。
契も光華との戦いを中断し、鏡花に不満をぶつける。
「おい鏡花! こんな卑怯なヤツらと交渉なんてすることねえだろ!」
「契さんは黙っててください! こっちは命懸けてるんですよ!!!」
「……お、おう。………………なんで命?」
契は鏡花の圧を受け、疑問が残りながらも押し黙る。
「それで、どうですか雪春さん?」
「交渉内容によるとしか……」
「簡単な話です。私たちは、これから雪春さんたちがやろうとすることを見逃します。その代わり、カレールーを私たちの分だけ譲っていただけませんか?」
「…………」
「雪春さんたちにとって一番まずいのは、このまま時間が経過し、他のチームがこの現場を目撃してしまうことです。カレールーの独占がバレれば、あなたがたのチームに向けられるヘイトは酷いものになるでしょう。それこそ、ここで結果を残せても、これ以降の課題が不利になることは明白です」
「……でも、現場を押さえられるよりはマシとはいえ、既に鏡花さんたちには見られてるわけだし、告げ口されたら結局同じことじゃない?」
「ええ、ですので、私たちはここで見聞きしたことを誰にも伝えないと約束します」
「…………」
鏡花の提案――それは要するに、冬二チームが雪春たちの策に協力し、実質手を組むことを意味していた。
「つまり、僕らの策にタダ乗りするってことだよね?」
「では、このまま他のチームが来るまで、争いを続けますか? もし仮にカレールーを独占できたとしても、私たちがそのことを他のチームに話せば、終了時間までずっと追い回されることになりますよ?」
「…………」
今後の有利を捨て、現在トップである冬二チームとの差を縮めるか。冬二チームと差を縮めるのは諦め、次回以降の課題に逆転の望みを繋ぐか。鏡花はその二択を突きつける。
「…………」
「……わかった。その提案を受け入れるよ」
わずかな沈黙の中、雪春が選んだのは後者。
雪春はため息をつきながら、積んであるカレールーを一箱手に取る。
それを受け取るため、冬二が動こうとしたところで、鏡花が『待った』をかけた。
「冬二さん、ここは私が。私の進めた交渉ですので」
「……そうか。じゃあ頼んだ」
普段はあまり見せないその積極性に、らしくないなと感じつつも、冬二はカレールーの受け取りを鏡花に任せる。
そうして、鏡花は雪春の下まで歩み寄ると、声を小さく落として雪春に告げた。
「……ファイルの件ですが、墓まで持っていくことを約束してくださるのであれば、他のチームがここに来るまでの時間稼ぎ……お手伝いしますよ」
「のった」
「では契約成立ということで……」
冬二にバレないようこっそりと、二人は静かに密約を交わし、カレールーの受け渡しを完了する。
それにより、邪魔のなくなった雪春たちは再びカレールーの積み込みに集中し始めた。
「急ぐよ二人とも! あとちょっとだ!」
「リーダー! 頭部付近のバランスが悪い!
「了解!」
そんな慌ただしい三人を見ながら、冬二たちも下山の準備を始める。
「あのバランス悪そうな蛇の背中に、なんであんな大量のカレールーが安定して乗ってるんだって疑問だったんだが……そうか、あれ雪春の異能か」
「そういやボンドみたいな能力だったな、
「ボンドって……あれ、どうしたんだ鏡花? 下りないのか?」
冬二と契が歩き出したにもかかわらず、鏡花はその場から動こうとする様子を見せない。
「申し訳ありません冬二さん。どうやら先程の戦闘の際、軽く擦りむいてしまったらしく、治療を施してから下山しますので、お二人はどうぞお先に」
「え、大丈夫か!? それなら治療が終わるまで俺たちも……」
「いえ、それにはおよびません。どうぞお先に」
「いや、でも――」
「どうぞお先に」
「……わ、わかった」
鏡花の圧のかかった笑顔に押され、冬二は引き下がる。
「なあ冬二、鏡花のやつ……なんかさっきから怖くないか?」
「……もしかして、腹でも減って機嫌悪いとか?」
「ああ、間違いない。それだ」
「なら、カレーの準備急がないとな」
二人は盛大に勘違いしながら、山を下りていく。
そしてこの後、無事
「申し訳ありませんみなさん。ただ今戻りました」
鏡花が冬二たちのいる調理場に戻ると、カレー作りはちょうどカレールーを加える段階。粗方の作業は既に完了していた。
「随分と遅かったですわね。それほどひどいケガでしたの?」
「ま、まあそんなところです。それよりシャルさん、何かまだお手伝いできることはありますか?」
「でしたらカレールーを取ってくださる?」
「わかりました」
冬二たちのチームにおいて、メインで調理を担当する金髪縦ロールの少女――シャルロット・ゴールドリルの指示を受け、机に置かれていたカレールーの箱を手に取る。
「シャル、私も何か手伝うわよ」
「茜さんはお願いですから何もしないでくださいまし」
「なんでよ!」
「もう少しご自身の調理レベルを把握してくださいな! この世には『強』以外の火力も存在しましてよ!」
もはや何度聞いたかも分からないチームメイトのやり取りに苦笑いを浮かべ、鏡花はカレールーが入った箱の封を開く。すると――
ボトボトと音を立て、土や石が箱の中からこぼれ落ちた。
「…………」
当然、その光景にチームメイト全員の視線が集中し、沈黙が場を支配する。
「…………」
「…………変わったカレールーだね」
「いやどう見ても土じゃない」
その現実を突きつけるツッコミが引き金となり、鏡花は膝から崩れ落ちる。
そして――
「あのクソ春ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
自身が騙されたことを悟った少女は、あらん限りの声で叫んだ。
紫園 鏡花:バトルシーンになると詳しく解説してくれるタイプの便利キャラ。初登場は『綿谷冬二の1日 / 渡谷雪春の1日』。