魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「ちょっと課題に手違いがあったみたいだから、それの調整的な感じで~、みんなにはしばらくここにいてもらいま~す」
そんなフワッとした理由を告げると、紅原先生は唯一の出入口らしき扉から部屋を後にする。
その数秒後、さも当然のように烏丸が扉に近づき、部屋から出ようとドアノブに手を触れた。
ここにいろって言われただろうがよぉ。
「……あれ? 開かない」
しかしどうやら扉には鍵がかけられているらしく、烏丸が部屋から出ることは叶わなかった。
……なるほど。部屋に窓の類は一切なく、唯一の出入口は施錠されている、と。
………………これ監禁では?
「……みんな、集まって」
僕はまだ困惑気味のチームメンバーに集合をかける。
どうやらみんなも僕と同じ思考に至ったらしく、その表情は一様に暗い。
「なあ……、まずいんじゃねえか?」
「どう考えても幽閉だよね、これ」
「ど、どうしよう……!?」
いざ課題が始まろうというタイミングでの拘束。それも僕たちだけ。
であれば、理由など考えるまでもない。
「不正の件……、バレたかもしれない」
「っ……!?」
僕のその言葉に、チームメンバーの緊張感が増す。
もちろん不正がバレるのは想定済みだ。しかし、いきなりこれほどの強硬手段を打ってくることは想像していなかった。
具体的にどの件がバレたのかに関しては、心当たりが多すぎて絞りきれな――
「……やっぱり、田中を呪ったやつかな?」
「田中さん、悶絶してましたものね」
「まさか……、あんなことになるとは思わなかったよ」
「田中くん……多分もう…………」
「…………」
……え、知らん……何それ……怖……。田中死んだの?
リーダーの知らないところで被害者が出てるの、とてもまずい気がする。主に責任問題的なサムシングで。
……いや、田中の件はめちゃくちゃ気になるけど今は後回しだ。
「みんな……、打ち合わせ通りプランEで」
「「「「了解」」」」
もちろん、不正がバレた際の作戦も共有済み。
最低限の確認だけ終えると、僕らはそれぞれ部屋内に散らばる。
プランE――それは、不正をしたことが学園側に知られた場合、事情聴取等で誰に何を聞かれようとも、シラを切り通すというただそれだけのシンプルな作戦。
……なのだが、僕は知っている。
蛇塚、光華、烏丸の三人が、プランE発動の際、リーダーである僕に全責任を押し付ける算段を立てていることを。
もちろん、そんなことさせはしない。そうなった場合のカウンター策も、当然準備してある。
破滅するのはお前たちだ……!
この時、サラを除く僕ら全員が、仲間を陥れ、自分だけは助かろうとほくそ笑んでいた。
しかし、30分後――
「……あれ?」
誰かが説教をしに来るわけでもなく、事情を聞くために一人一人呼ばれるわけでもなく、ただただ部屋の中に監禁され続けていた。
そのため、最初は部屋の中に漂っていた緊張感もすっかり無くなり、今は各々自由に部屋内で過ごしている。
当たり前ではあるが、みんなで仲睦まじくお喋り……なんてことはなく、カチャカチャ、ガサガサ、シャリシャリ。そんな生活音だけが部屋の中に鳴り響く。
僕は部屋に置かれていたパソコンでゲームを始め、蛇塚は冷蔵庫を漁り、光華は爪の手入れを行い、サラは椅子に座って優雅にコーヒーを飲んでいる。
そして烏丸は…………。
「……何してるの? 烏丸さん」
「っ……!?」
何やら部屋の隅で不審な動きをしていた烏丸に声をかけると、烏丸はビクリと肩を震わせる。
「な、なななな、何も、してない……よ?」
誰がどう見ても、明らかな挙動不審。
そんな烏丸の姿にいち早く反応したのは、冷蔵庫を漁っていた蛇塚だった。
「おい呪い女……、まさかお前…………!」
蛇塚は恐ろしい形相で烏丸の下へと迫る。
対して烏丸は壁に背を向け、何かを隠すような素振りで叫ぶ。
「なんにもいないわ! なんにもいないったら!」
王蟲でも隠してる?
「どけっ!」
蛇塚が力ずくで烏丸をどかすと、そこにはゴーレム課題の際に(いろんな意味で)猛威を振るった、
「おまえっ……! その毒物ちゃんと処分しとけっつったろうが!」
「だって! こんなに可愛いのに、処分するなんて可哀想だったから……!」
可愛い? そのショゴスみたいな見た目のやつが?
「オレは指先がそいつにカスっただけで2時間トイレにこもったんだぞ! もはや化学兵器なんだよ!」
「兵器じゃないよ! この子にだって命はあるもん!」
じゃあ生物兵器じゃん。どちらにせよジュネーブ条約に引っかかる。
「いいから処分しろ! できねえならオレが燃やしてやる!」
「ダメっ! 逃げてミカエル!」
「あっ、てめぇ!」
同じ部屋で暴れないでくれよもう。
こっちはただでさえ、離れ離れになった使い魔のことが心配で神経質になってるんだから。
おっ、レアドロップじゃん。やりぃ。
「待てコラっ!」
「っ……! 『跪け!』」
「ガッ!?」
ミカエルを巡る醜い争いが続く中、突如烏丸が命令するように言葉を紡ぐと、ミカエルを追いかけていた蛇塚が不自然な動きで床に膝をつく。
それは以前、立花先生が烏丸にやってみせた、相手に動きを強制させる
どうやらこの短期間で使用できるようになったらしい。さすがBランク。
ただ、完璧に使いこなせているとは言い難いようで――
「キャッ!?」
「うわっ!?」
近くにいたサラと光華まで、強制的に膝をつかされていた。
そしてこれに光華がブチ切れ。
「こっちまで巻き込まないでくれよ! 低レベルな争いにさぁ!」
「ああっ!? 誰が低レベルだ!」
あーあー、ダメだこりゃ。
光華も参戦したことで、場はまさにカオス。
もう勝手にやっててくれ――そう心の中でぼやきながら僕はヘッドホンを装着し、外部のノイズを完全にシャットアウトしようとする。
しかしそれより僅かに早く、『危ない!』というサラの大声が僕の耳に届いた。
何事かと思い振り返ると、僕の顔のすぐ隣を
「ちょおっ!?」
一体何が――などと考える必要もなく、それは今まさに争いの種となっているミカエルだった。
ミカエルの軌道があと数ミリずれていれば、僕はさっき食べたカレーを全てリバースしていただろう。
「ちょっと!
「こいつだよ!」
そう言って蛇塚が指さしたのはやっぱり烏丸で、現在彼女は光華によって腕ひしぎ逆十字を決められていた。
「お願いだから僕まで巻き込まないでよ……」
僕はタップをガン無視され苦しむ烏丸をよそに、改めてゲームを再開しようとする。
しかし、ゲームを行っていたパソコンモニターには、先ほど飛んできたミカエルがベッタリとくっついていた。
しかもそれにより、モニターからは明らかに鳴ってはいけない音が鳴り始めている。
ちょっ! 回線落ちはペナルティ食らうのにっ!
僕はミカエルを直接触れないよう、上のジャージを脱いでその服越しにミカエルをモニターからひっぺがす。
いやぁ! 服越しでも感触が気持ち悪い!
そんな掴んだミカエルに対し、僕は方向など一切気にせず、力の限り投げ飛ばす。
そこからは、スローモーションのように時間が流れた。
ミカエルの軟体が、弧を描くように部屋の宙を舞う。その柔らかさゆえに変形しながら、部屋の端から端へと。
そして、ミカエルは部屋の出入口の扉へと向かっていく。よりにもよってちょうどその時、開かずの扉が開かれた。
「ちょっと~、みんないくらなんでも騒ぎす――べっ!?」
あまりのうるささに、僕らを咎めに来たであろう紅原先生。
その紅原先生の顔面に、ミカエルが直撃する。
「…………」
「…………」
部屋内は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
おいおいおいおい、死んだわ僕。
(おそらく)過去に人を埋めているであろうサイコパス紅原。
そんな彼女の次の挙動に、誰もが震えながら注目する。しかし――
「……あれ?」
いくら待てども、紅原先生は何のアクションも起こすことなく、その場に突っ立ったまま。
表情から感情を読み取ろうにも、顔全体がミカエルに覆われているためそれも不可能。
あまりにもシュールな光景のまま、時間だけがすぎていく。
「ミ、ミカエル……! こっちおいで」
その空気に耐えられなくなった烏丸がミカエルを呼び寄せると、ようやく先生の顔からミカエルが離れる。
それにより、僕らはやっと理解する――
――紅原先生が立ったまま気絶しているという事実を。
「……リーダー、短い付き合いだったが、割と楽しかったぜ」
「君と過ごす学園最後の日に、君のことが知れてよかったよ」
「ぐ、愚蓮努羅魂仏血切離の意思は、ワタシたちが継いでいくから……!」
おい、退学前提で話進めるのやめろ。というか――
「どう考えても三人とも同罪でしょ! 特に烏丸さん!」
「はぁ!? 呪い女はともかく、こっちは止めようとしただけだろうがッ!」
「そうだよ! 停学女はともかく、ボクはただ被害を受けただけなんだから!」
「……え? もしかしてワタシの同罪は確定してる……?」
してるよ。逆になんでしてないと思ったんだよ、元凶のくせして。
「オトコオンナが――!」
「髪色信号機が――!」
さらに蛇塚と光華も喧嘩を始めてしまい、いよいよ収拾がつかなくなる。
そのため僕は、『誰か先生を呼んでくる』とだけチームメンバーに告げ、部屋を後にした。
部屋を出ると、まず長い廊下が目の前に現れる。装飾品のような類のものは何もなく、白い壁、部屋を照らす照明、ただそれだけで構成された無機質な廊下。
廊下の構造は本当にシンプルで、分かれ道もなければ、別の部屋へとつながる扉すらない廊下を、まっすぐ歩いていく。
そしてその廊下の突き当たりには、上へと向かう螺旋階段があった。
これも途中の階といったものはなく、ひたすら上へ上へと歩く。
造りがシンプル過ぎて逆に怖いな……。僕がさっきまでいたあの部屋、何のための部屋なんだ?
その後も階段を上り続け、ようやく踊り場のような場所へとたどり着く。
そこにはこれまたシンプルな扉が一つあり、その扉を開くと、そこはなんと僕たちが宿泊している宿の1階だった。
「知ってる場所だったんだ……」
僕はこの時初めて、自分がずっと地下にいたことを知る。
ロビーに移動すると、そこには大勢の大人が何やら話し込んでおり、その中には見知った顔――学園の教師も混ざっていた。
そのため、僕はその教師に声をかける――ことなく、できる限り気配を消し、気づかれないように宿の外へと移動する。
チームメンバーに伝えた『先生を呼んでくる』という言葉はただの建前。
元より先生を呼んでくるつもりなどなく、初めから外に出ることが僕の目的だ。
紅原先生には悪いが、この機会を利用させてもらう。
ちょっと先生の意識を奪い、勝手に抜け出したからといって、さすがに退学とかにはならないはず。うん、きっと大丈b――
「あー……そこのお前、ストップ」
「違うんです! 僕は先生を呼びに――!」
「はぁ?」
「……え?」
ちょうど宿の入口を出たところで呼び止められたため、僕は先生にバレたのだと思いテンパってしまう。
しかしそこに教師の姿はなく、代わりにいたのは、おそらく僕とそう変わらない年齢の少女だった。
膝近くまで伸びる赤茶けた髪色のツインテールが特徴的で、棒付きキャンディを口に加え、奇抜な服装――いわゆるパンクな装いを身にまとっている。
言っちゃあ悪いが、メスガキっぽいイメージをそのまま体現したかのような見た目だ。
僕が知らないということは他クラスの生徒なのだろう。ただ、学園指定の制服やジャージではなく、私服姿のため確信は持てない。
さすがに学園関係者ではあると思うのだが……。
そんな少女はというと、僕を見つめながら首を傾げていた。
「んー……、ん~~~~?」
「……あの」
「動くな」
「あっ、はい」
少女は超がつくほどの至近距離から、僕を顔をまじまじと見つめる。
それも上下左右と、色んな角度から徹底的に。
どうやら懐から写真のようなものを取りだし、その写真に写っている何かと、僕の顔を見比べているようだった。
「……さすがに違うか」
そう小さくつぶやくと、少女は写真をしまい、もういいぞと言って宿へ入っていく。
……一体なんだったんだ?
いや、今はそんなことより本来の目的を果たさなければ。
僕は思考を切りかえ、宿のすぐ近くの砂浜へと移動する。
僕がわざわざこんなとこへとやって来た目的――それはもちろんムーだ。
ちょっとでも目の届かない所へ移動しようとすると、泣きじゃくりながら僕にピッタリと張り付く寂しがり屋。
そんなムーが、課題が行われている森の中に置き去りになってしまったのだ。
悪魔は転移できない仕様だったのか、それとも常時浮いているため魔法陣に直接触れていなかったからなのか。
理由はわからないが、きっと今ごろ僕を探して泣いているだろう。
待ってろムー! 今から
「さて、始めるか」
僕がこれから行うとしているのは、契約済みの悪魔を自身の下へと呼び寄せること。
『召喚魔術』の授業で習った知識だが、契約状態にある悪魔は、どれだけ離れた距離にいようとも、特別な魔法陣を使うことで、瞬時に契約者の下へと転移させることができるらしい。
召喚場所に砂浜を選んだのは、単純に魔法陣が描きやすいからだ。
いつか使用する時が来るかもと以前から考えていたため、魔法陣はしっかり写真を撮って保存済み。
というわけで、さっそく僕は落ちていた流木で召喚魔法陣を描いていく。
そうして3分後――
無事魔法陣を描き終えた僕は、右手を突き出して告げる。
「『時きたれり 我を糧とし 結ばれしは血の盟約
久しぶりの『これぞ異能者』という振る舞いに興奮し、僕は腹から声を出して叫んだ。
しかし――
「…………あり?」
その場にムーが現れることはなく、魔法陣が起動したような気配もない。……なぜ?
試しに僕はもう一度詠唱の言葉を告げる。
「『約束の時だ 我と結びし鉄の絆 今こそ履行せよ 万雷の夢 果てなき願い 血濡れの欲望 全ては我らのものとなる』――来い! 孤独を知る悪魔『ムー』よ!」
僕は先ほどよりも腹から声を出し、抑揚をつけて叫んだ。
しかしやはり、ムーは現れない。
「…………あれぇ?」
おかしいな。魔法陣は何度も確認したし、ちゃんと合っている…………はず、うん!
もしかして余計な詠唱を付け足したのがまずかったか?
いやでも、久保田先生は悪魔の名前さえ呼べばそれでいいって言ってたし……。
一応ものは試しということで、シンプルに名前を叫んで召喚を試みるも、やはり不発。
ダメだ。訳が分からない。せめてミスかバグか、もしくは仕様かだけでも教えてくれ。
「どうしたもんか……」
砂浜で一人、僕は途方に暮れる。
今の僕は海を目の前にして、砂浜に奇妙な魔法陣を描き、大声で叫んでいる完全にただの痛いやつだ。
そもそもの話、ムーが僕以外の人間にも見ることができるなら、わざわざこんな方法を取る必要もないのだ。
だが現実はそうもいかない。
先生に連絡して相談し、たとえムーの存在を信じてもらえたとしても、結局見えないのなら探す手段がない。
自分で探しに行こうにも、宿から課題会場までは距離がある。
先生から待機を言い渡されている状況であるため、勝手な行動をすれば間違いなく叱られるだろう。
いつになるかわからない待機指示が解除されるまで待って、それから探しに行くしかないのだろうか……。
でもムーのやつ、絶対今ごろ慌ててるもんなぁ。
ムーのことが見えるやつがいれば……
「……………………あっ」
その時、僕の頭の中にある人物――いや、悪魔の顔が思い浮かぶ。
ムーのことを唯一ただ一人視認し、なおかつ社会的立場がなく自由に動けそうな悪魔の顔が。
しかし残念ながら、その悪魔を呼び出す手段が僕にはない。
名案を思いついたとテンションが上がったのは束の間。
「まさか『
結局また八方塞がりとなり、愚痴るように小さく呟いたその時――
「……えっ?」
――魔法陣が光を帯び始めた。
思わず目を細めるほどの眩い光を放ち、大気が揺れるほどの魔力が魔法陣から溢れ出す。
そして、やっとその光と揺れが収まった時、僕の目の前には最上級悪魔と称される悪魔の一柱、メイルカムイが存在していた――――
首から下が砂浜に埋まった状態で。
「…………」
「…………」
「……何してるの?」
「私のセリフだたわけぇ!」
頭だけが視界に映るその生首状態で、最上級悪魔は叫ぶ。
当然そこに威厳なんてものは存在せず、その叫びは波の音に飲み込まれて消えていった。
ゆっくりメイルカムイだぜ!