魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
学園側の人間で、初めに異変に気づいたのは、冬二たちの担任である立花だった。
「これから課題内容を――」
深い森の中、立花の目の前には、グループ分けで割り振られた担当の生徒たち。その中には冬二たちのチームも含まれている。
そんな生徒たちに向け、課題に関する説明を始めるやいなや、立花の視界にノイズが走った。
「ぐっ――!」
「……立花先生?」
説明を中断し、片目を抑える立花の姿に、生徒たちの間にも困惑が広がっていく。
しかしその仕草は、決して不調を訴えているものではない。
立花の抑える片目に映し出されているのは、これよりも先の景色。
彼女は今、文字通り『
「……ちっ、やはり侵入は避けられないか………………いや、違う。なんだ
普段から険しい表情をさらに険しくさせ、生徒たちに少し待つよう告げると、立花は胸ポケットから携帯を取り出す。
取り出した携帯を操作し、登録された連絡先から選択したのは自身の後輩の名前。
その後輩――紅原が応答するまでの時間は、10秒とかからなかった。
『はいは~い、私で~す。あなたのかわいい紅原で~す』
「紅原、『コードC』だ」
『…………』
課題の真っ只中という不可解なタイミングでの電話にもかかわらず、応答する紅原の声に不審がる素振りはない。
普段と何ら変わらず、緊張感のかけらもないどこかおちゃらけた態度での応答。
しかし『コードC』という言葉を聞いた瞬間、通話越しでも察せられるほど、紅原の態度が急変する。
『……規模は?』
「文句なしの災害級だ。動ける人員は全て動かせ」
『……マジですか~。ちなみに、どんな未来が見えたか聞いても?』
「襲撃があるのは間違いない……ただ、途中でわからなくなった」
『え~……』
「そうだな……端的に言えば、合宿地の半分以上が
『……は?』
「予定通り、お前は対象Yの避難と監視を最優先に。『迷い部屋』に転移させろ。あそこなら消滅の範囲外だ」
『ちょっ、待ってくださいよ~先輩。消滅したって、何かの比喩とか~』
「残念ながら言葉の通りだ。そこで私の『巫女の予言』も途絶えた」
『…………』
立花から伝えられる言葉は、紅原が想定していた最悪の事態を優に超え、ついに情報を処理しきれず黙り込む。
「私は課題担当の先生方と連絡を取りつつ、生徒たちを避難させていく」
『…………』
「頼んだぞ、紅原」
『……先輩』
「なんだ?」
『死なないでくださいね』
「…………」
立花は言葉を返すことなく、一方的に通話を終了させる。
「……死ねるものか。
その言葉は、その決意は、他の誰でもない自身だけのもの。小さく、されど力強く呟かれた。
最優先事項を済ませた立花は、再び生徒たちと向かい合う。
「課題は中止だ。全員今すぐバス乗り場に戻れ」
「えっ!?」
突然、なんの脈絡もなく告げられた言葉を、当然生徒たちはすぐに受け入れることが出来ない。
その場のざわつきも増し、理由を尋ねようとする生徒も出るなか――
「無駄話はするな。行け」
持ち前の圧で、立花は生徒たちの意見を封殺する。
当然ながら、そんな立花に反論できる者などいるはずもなく、生徒たちは一律に顔を青くして歩き出す。
この時、立花および学園側は、行きがけのバスが襲撃されたことや、事前に掴んでいた情報から、合宿中に何らかの襲撃があることは予想していた。
そのため襲撃への対策として、この合宿地には侵入者を即座に検知する広範囲術式が施されている。
それは侵入者が現れた際、山、海、空――どのルートから侵入しようとも、異能を用いた感知術式により、即座に捕捉する鉄壁のシステム。
そしてその術式に、今のところ侵入者が現れたという反応はない。
そのため立花は考える。実際に襲撃を受けるまでには、まだ猶予があるはずだ、と。
それは一般的な異能の常識に照らし合わせた、とても合理的な考え方だった。
だからこそ、これから訪れる結果は、立花や学園側の油断によるものではない。
侵入者側の立てた策と力が一枚上手だった。ただそれだけの話である。
「きゃあ!」
「うわっ!」
突如あがり出す生徒たちの悲鳴。
その声に反応し、立花が振り返ると、声を上げた生徒たちの足元には無数の
しかもただそこにいるだけではなく、明らかに統一された意思の下、生徒たちに向かって這い寄っていく。
「使い魔……? 遠隔での使役か?」
立花がその正体を看破すると同時に、複数の羽音が重なった不協和音と共に、頭上からも無数の羽虫が現れ、生徒たちに襲いかかる。
「ヤバっ! 逃げろ!」
「なにこれ!? どうなってるの!?」
「ちょっと! 押さないでよ!」
突然の事態に生徒たちがパニックに陥る中、立花はその場から
生徒たちが虫に襲われるその状況をただ見つめ、一切助けようとする素振りを見せない。
その理由は二つあり、一つはその虫の大群に、虫が持つ本来の能力を超える力はないと見抜いたから。
そしてもう一つの理由は、この虫の大群はあくまで陽動であり、本命は別にあることを知っていたから。
「どこだ……?」
立花は冷静に魔力の気配を探る。敵が何かをしかけてくるならば、確実に大きな魔力反応があるはずだと。
しかしその敵は、立花に気づかれることなく、着実に作戦を進行していく。
生徒たちが虫の大群に襲われているすぐ傍で、別の意志を持った虫たちが集まり出す。
その集まった虫たちは、地面に規則正しく並び、ある幾何学模様を作り上げる。
それは奇しくも、雪春たちに使われたものと同じ
虫の体で形作られた魔法陣が、光を帯びて起動する。
「っ! そこか!」
そこでようやく立花は敵の目論見に気づき、阻止しようと動くが、一歩遅かった。
立花が魔法陣のもとにたどり着くよりも早く、魔法陣から三人の人間が転移され、その場に姿を現す。
転移したのは、二人の男と一人の女。男のうち一人はフードをかぶり、素顔が隠れている。
敵か味方かもわからぬ正体不明の存在。とはいえ、この状況で現れる人間が味方であるはずがない。
そう即座に判断した立花は、三人の中で一番強いと直感で判断した相手――刀を携えた紅一点の女を躊躇無く殴りかかる。しかし――
「……あなた、強いね」
肩で切りそろえられた淡い桜色の髪を持つ女は、目にも止まらぬ速さで刀を抜き、立花の拳を受け止めてみせた。
その様子を見て、三人の侵入者のうち、素顔をさらしている長身の男が指示を出す。
「『
事態は学園側の思惑を大きく外れ、いきなり敵に奥深くの侵入を許してしまう。
こうなってしまっては、もはや戦闘を避けることは不可能。
「冬二! こいつらの狙いはお前だ! 後はわかるな!」
「っ! はい!」
立花は冬二に覚悟を促す。殺し合いの場に身を置く覚悟を。
こうして、学園側と『
同じ森の中に、最悪の爆弾を添えて。
フードをかぶった『武練』と呼ばれた男が、ゆっくりと冬二の下へと歩みを進める。狙いは冬二の身柄を確保すること。
もちろんそうはさせまいと立花も動く。ただ当然ながら、そうはさせまいと考えるのは敵も同じ。
「あなたの相手は私、だよ?」
『死桜』と呼ばれた女が刀を振るい、立花が冬二に近づくのを防ぐ。
「ちっ……」
なんとかその刀を避けた立花は、思わず悪態をついた。
自身の目の前に立ち塞がる女は強く、即座に排除できる存在ではないと気づいたが故に。
しかしそれならそれで、まだ手はある。
「契約の一時的な讓渡を承認。かかれ、魔導王の
ぬるりと、その場を支配するのは泥のような魔力。濃密で、重く、まとわりつくような
それらは一斉に、フードの男へと襲いかかる。
それは学園が万が一のことを考えて用意した、切り札とも言える一手であり、学園の理事長である『魔導王』――レイ・エレシウスの力の一端とも呼べる存在。
「まったく、恐ろしいな――」
凶悪な悪魔の群れに囲まれ、そう告げたのは先ほど指示を出していた長身の男だった。
しかしその発言の意味合いは、立花たちが望むものとは大きく異なる。
「老師の慧眼には、全てお見通しということか」
「
「わかっているさ」
『武練』から急かされ、『宗蓮』と呼ばれた長身の男は懐から一枚の
「『願うは人の繁栄 魔を祓い 生み出すは理想郷 陽光 破魔 円環に纏う 極の神殿――さあ人よ その足で立ち 惑いを振り払え』――結界、作動」
詠唱と共に投げ出された札が、光を帯びる。
すると、猛り狂っていた悪魔たちが一斉に苦しみ出す。思わず耳を塞ぎたくなるような金切り声を上げ、中には消滅していく悪魔も現れだした。
それを見て一番大きな反応を示したのは、ここまでただ見ていることしかできなかった冬二たち。
「……なあ、鏡花。あれって――」
「……おそらく、冬二さんの想像通りです」
詳しく語らずとも、冬二の疑念をチームメイトの鏡花が肯定する。
冬二が思い出すのは、今朝行われたばかりの、親友と大切なものを奪い合った美しくも悲しい戦いの記憶。
その戦いの中で、未遂に終わったものの、鏡花が発動しようとした異能の名は――
「
その結界について、詳細な知識を有す鏡花だけが理解できた。
『宗蓮』と呼ばれた男の発動した結界は、今朝自身が発動しようとしたものとは、規模も効果も段違いであることを。
想定するその規模は、
「まさか……原初の系譜? だとすれば、彼はアジアの…………周、李、そして宗………………『黄楼炎』?」
「すごいな、結界だけでそこまで割り出すのか」
鏡花の推測を称賛したのは、冬二たちに近づくフードの男『武練』。
半分近くの悪魔が消滅し、残りの半分も動けないほど弱体化した今、その歩みを止められる者はいない。
戦闘が避けられないことを覚悟した冬二と、冬二のチームメイトである少女たちは、周囲の生徒たちの輪から一歩前に出て、迎え撃つ準備を整える。
即座に戦闘が始まることも視野に入れる中、武練がとった行動は意外にも対話だった。
「いい仲間を持ったな、冬二」
その声はとても穏やかで、まるで気心の知れた相手に告げる時のもの。
もちろん冬二に、武練という名の知り合いはいない。
なのに、なぜだろうか――――武練がささやくその言葉は、冬二の心を強く揺さぶる。
「俺が家を出て、もう二年以上になるか」
とっくに気づいている。されど気づいてはいけない。
理解してしまえば、きっと引き裂かれてしまうから。
「久しぶりだな。ずっと会いたかった」
再会を喜ぶ言葉と共に、武練はフードを外し、その素顔を露わにする。
それを見て、冬二は思わず息を飲んだ。
ここにいるはずがない人物が、目の前にいて、笑っている。
その現実に確信を持つため、冬二はほとんど無意識に呟いた。
「…………兄貴?」
ある日、何も言わずにいなくなった冬二の家族。
共に育ち、共に祖父から学び、異能とは無縁のはずの兄が、そこに立っていた。