魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「なんで……、兄貴がここに……」
数年ぶりに兄に会えた感動。しかしそれはほんの刹那のもの。
冬二の中で次々と湧いて出る疑問が、純粋に再会を喜ぶ気持ちを塗りつぶしていく。
「ここにいるってことは、兄貴……、異能の存在を……」
「……そうか、じいちゃんは結局何も話さなかったのか。やっぱり、じいちゃんも
「あの男? いや、それよりもその言い方……、じいちゃんも異能の存在を知ってたってことなのか?」
「そうだ」
「っ……!」
「
「……」
「綿谷式武術――じいちゃんが考案したそれは、異能社会を前提に作られたものだ。じいちゃんはな、もともと異能社会出身の人間なんだよ」
「そ、んな……」
冬二にとって目の前の兄――武練は、祖父同様血の繋がりこそないものの、誰になんと言われようと正真正銘の兄弟である。
だからこそ理解できた。長年生活を共にしたその兄が、これまでの発言で一切嘘をついていないことが。
それはまるで、足元が崩れていくような感覚だった。
今まで当たり前のように味方だと思っていた家族が、あやふやな存在へと変わっていく。
なぜ今まで異能について知らないフリをしてきたのか?
血の繋がりのない自分を育ててくれたのは、自分が異能者だと知っていたからなのか?
過去が、歪んでいく。
「冬二、お前が混乱する気持ちもわかる。ただ今は時間がない。俺と共に来い」
そう言って武練は冬二に手を差し出す。
しかし状況をまだ受け止めきれていない冬二には、当然その手を握り返すことなどできない。
「急に現れて、いきなり来いとか言われて、そんなの頷けるわけないだろ! 現に今、俺のクラスメイトや立花先生が危険な目に遭わされてるんだぞ! 兄貴の仲間に!」
「安心しろ、お前の学友を襲った虫はあくまで牽制のためのもの。傷を与えるような力は持っていない。それに
「そういう問題じゃ――」
「もういいだろ」
言い争いを続ける二人の兄弟。それを遮ったのは、冬二のチームメイトである
「事情はよくわかんねえけどよ、こうしてお互いうだうだ言い合ったって意味ねえだろ。じっくり話聞きたけりゃあ、ぶん殴ってふんじばっちまえばいいだけだ」
それは二人の間に流れていた神妙な空気を、完全にぶち壊す脳筋発言。
しかしこの時ばかりは、契の発言に他のチームメンバーも同意する。
理由はどうあれ、自分たちが慕う少年を連れて行かれるわけにはいかないのだから。
「冬二から聞いたことあるぜ。組手勝負じゃ兄には勝てた試しがないってな。見せてみろよ! その実力をよ!」
まず好戦的な契が真っ先に武練へと飛びかかる。そしてその勢いのまま、拳を武練に向け振り下ろしたその時――
「『綿谷式柔術 二式
「…………あ?」
契の体は、武練の
「ちっ……!」
なんとか契は空中で体勢を立て直し、地に足をつけて武練の背中を睨みつける。
しかし今度は、その無防備な背中に飛びかかるようなマネはしない。
なぜなら契には、先程の武練の動きがまったく理解できないでいたからだ。
ただ知識としては知っている。先程の技は、普段もっとも冬二と組手をすることが多い契が、その身で何度も受けてきた技であることを。
「なるほど……。冬二が勝てねえのも納得だわ」
冬二と同じ技――されどその練度の高さに驚愕する。
そのため契がさらに警戒心を高める中、彼女のチームメイトが叫んだ。
「どきなさい契!」
その言葉を聞き、契は横っ飛びでその場から離脱する。
契に叫んだ少女――赤花茜は構えた両手から炎を生み出し、武練へと放つ。
「体術が無理なら、異能で攻めるまでよ!」
炎は勢いよく武練に迫る。しかし――
「『綿谷式柔術 六式
炎が武練に直撃するその前に、武練は炎に向かって手を伸ばし、迫り来る炎を逸らしてみせた。
「はあっ!?」
それはまるで炎を直接掴むようなありえない動きで、技を放った茜だけでなく、その場にいた全員が驚愕に目を見開く。
同じ技を使うはずの冬二でさえも、例外ではない。
「何も驚くことはないさ冬二。さっきも言った通り、綿谷式武術は異能社会を前提に作られている。要するに異能者を相手取る時にこそ、この武術は本来の力を発揮するんだ。……とはいえ、異能を無効化する力を持っていれば、気づく機会がないのも無理はないか」
さも当然のように、異能社会においても非常識な言葉を口にする武練。
しかしその言葉が真実であることは、特別な目を持つ少女――紫園鏡花が見抜いていた。
「みなさん……、彼の言葉に嘘はありません。彼が今まで使用していたのは、身体強化等の基本的な異能だけ。炎を直接手で掴むような、特殊な異能は何一つ使用していません」
「じゃあ私の炎を逸らしたのは、ただの技術だって言うわけ?」
「……そうなります」
「意味わかんないんだけど……」
鏡花の分析に、茜は驚きを超えてもはや呆れていた。
異能社会において、冬二も十分常識外れの存在ではあるが、その兄も大概だなと。
「ほんとどいつもこいつも……、少しは雪春を見習いなさいよ」
茜はここにいない、自身にとって普通の代名詞とも呼べる少年の名をつぶやきながら、武練に対する警戒度をさらに高める。
茜同様、誰もが武練に対する警戒を高め、それによって生じたのは一種の膠着状態。
茜たちは迂闊に踏み込めず、一方の武練も攻める気配を見せない。
そんななか武練は、自身に攻撃を向けてきた少女たちに対し、称賛の言葉を口にし始めた。
「紫髪の子はさすがの分析力だ。どうやら随分と
武練は未だ戸惑う冬二に笑いかける。その表情は、とても敵対する人間の浮かべるものではない。
もしかして、兄について行くことが、実は正しいことなんじゃないのか――
冬二の心が、傾いていく。
「共に来いとは言ったが、何も一人で来いと言っているわけじゃない。もちろん仲間も一緒だ。彼女たちを悪いようには絶対に扱わない」
冬二の性格を知り尽くす武練の言葉は、冬二の奥深くへと染み込んでいく。
「了承してくれるのなら、俺たちがこの場に留まる理由はなくなる。修羅巫女を足止めする必要もだ」
兄を信じたい。故に、心が傾いていく。
「これは冬二のための提案なんだ。お前の前から消えたこの二年間、俺はずっとお前のことを想っていた」
心が、傾いていく。
「そういえば、
心が――
「それも、お前が憧れるほどの相手らしいじゃないか」
「…………」
「もちろん彼も一緒でかまわない。彼にも悪くない待遇を約束する」
それは『黄楼炎』が事前に仕入れた情報を使ったダメ押しの説得。
しかし皮肉にも、それが冬二の心を強固なものにしてしまう。
冬二はゆっくりと顔を上げ、兄の顔を真っ直ぐ見つめて告げた。
「悪い兄貴、やっぱり俺はそっちには行けない」
「……納得できない気持ちも分かる。しかし――!」
「巻き込みたくないんだ」
「なに?」
「たとえ理由がなんであっても、俺はあいつを……あいつだけは、俺のごたごたに巻き込みたくないんだ。あいつには、キレイなものや、正しいものだけを見ていてほしいから。俺が日常へと帰ってきた時に、ただ何も知らずに笑っていてほしいんだ。それが俺の、今の一番の願いなんだよ兄貴……」
冬二は構える。それは自身の体に血肉となって流れる、綿谷式武術の基本の型。
「……変わらないな。一度決めたら死ぬまで貫く……。じいちゃん譲りの頑固なところは、血の繋がりなんかなくともそっくりだ」
説得を諦め、武練も構える。それは偶然などではなく、必然的な同じ構え。
「兄貴とは昔、よく組手したよな。負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く……なんてルールで」
「そうだな。よく覚えているよ」
「だからこの勝負で俺が勝ったら、兄貴の知ってることを全て教えてもらう」
「いいだろう。俺が勝ったら、お前を連れていく」
二人は笑みを浮かべる。家の道場で夜遅くまで、お互いを高めあったあの日のように。
そこに難しい何かは存在しない。どこにでもあるありふれた、ただの兄弟喧嘩が始まろうとしていた。
そんな様子を、少し離れた場所から眺めていた宗蓮――結界の発動者は、とある人物に連絡を取る。
「『
事態は進んでいく。着実に、立花が観測した最悪の未来へと。
――――――
その悪魔は、大それた願いを持たない。
野望はなく、悪意もなく、その在り方は悪魔と呼ぶにはほど遠く、間違いなく異端と言える。
自我と呼べるものを生み出されたその日から、その悪魔にとって願いと呼べるものはただ一つ。
主と共にあること――たったそれだけの、ささやかな願い。
しかし悠久の時を生きるその悪魔にとって、主と過ごせる時間はほんの刹那のもの。
だからこそ、
その上、これまでのように感情の抑揚が少なかった歴代の主とは違い、今の主はとても感情豊かで、自身に対して明確な愛情を向けてくれている。
それはまるで、かつて名を与えてくれた最初の主のように。
『もう君は、形なき災害なんかじゃない。これからは、ただのか弱い悪魔――――だ』
何千年ぶりかの、満ち足りた、なおかつ心暖かくなる夢のような日々が続く。
しかしその幸せな時間は、唐突に奪われる。
「早く」
その悪魔にとって、主以外の人間のほとんどは記憶にも残らない、ただの動く肉の塊としか認識していない。
そんな肉の塊によって急かされるように、主が移動を開始する。
当然、ふわふわと宙に浮きながら、その主の後を追いかけていた時、目の前にいた主が突然姿を消す。
「……む?」
それは転移によるただの長距離移動だったのだが、悪魔は状況を飲み込むことが出来ず、
「…………むっ!」
数秒経ってようやく、悪魔は自身が主と離れ離れになったことを理解する。
それにより、悪魔は慌てに慌てた。
「むぅ! むぅ!」
死、すなわち長い別れが悪魔の脳裏をよぎり、すぐさま悪魔は主との契約による
「むむむ……むー!」
見つけた。この世からいなくなったわけではない。ここからそう遠くない場所に、主は確かに存在している。
そうとわかれば、後は主の元へと向かうだけ。悪魔は決して速いとは言えない速度ながらも、全力で空を飛ぶ。
しかしその途中、偶然にも悪魔を拒絶する結界が発動されてしまう。
「…………むぅ?」
突然悪魔を襲ったのは、身体中全ての力が抜けていく強烈な脱力感。
それにより飛ぶことすら叶わなくなった悪魔は、ふらふらと地面に落ちていく。
戻りたい、主の下に。戻らなきゃいけないのに――
そんな強い意志とは裏腹に、体は一歩たりとも進まなくなる。
「むぅぅぅ……」
それはまるで、誰かが主との再会を邪魔しているようで。
もちろん、そういったわけではなく、結界が張られたのはまったく別の目的によるものだが、そんなことは知る由もない。
なんで? どうして?――
「むぅぅぅぅぅ……」
自分はただ、主と一緒にいられるだけでいいのに。ただ傍にいられたら、それで満足なのに――
「むぅぅぅぅぅ……、むぅぅぅぅぅぅぅ」
そのつぶらな瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ちる。
なんで、どうして――
「むぅぅ……」
許せない――
「むぅ…………むああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
この時、その存在を構成する悪魔の
そこからは一瞬だった。生じたのは、高い木々を超える巨大な
生物としてはあまりにもあやふやな姿形でありながら、それでもその
しかし、莫大な力を内包するそれの出現に、誰も気づくことが出来ない。
人の身では視認できず、感知することすら叶わないそれは、まさしく人類にとっての天敵そのもの。
深い森の中、災厄の化身が目を覚ます。
そのことに気づけたのは、人ならざるものだけだった。
――――――
同時刻
宿舎地下 謎の部屋――
「リーダーのやつ……おせえな」
誰か先生を呼んでくる――そう言って部屋を出ていったリーダーの帰りが予想以上に遅く、さすがに不審がるチームメンバーたち。
「そうだね。何かトラブルがあったのかもしれないし、誰か確認に行った方がいいんじゃないか?」
「うん、ワタシもそう思う」
「ああ、絶対誰か行った方がいい」
「「「…………」」」
『自分以外の誰かが行ってくれないかな……』と全員が考える中、一人の少女が立ち上がる。
「サラさん、もしかして呼びに行ってくれるのかい?」
蛇塚、烏丸、光華の三人は立ち上がったサラに期待の視線を向ける。
しかしその口から出たのは否定の言葉だった。
「申し訳ありません。急遽別の用事が生じてしまいましたので、しばらく席を外させていただきます。もし
――――――
さらに同時刻 森の入口付近にて――
そこでは急遽課題の中止を告げられた生徒たちが集まり、森から離れるためバスに乗り込もうとしていた。
「ったく、昼飯はルーなしカレーだし、移動したと思えばすぐ帰らされるし……」
「不満が溜まるよなぁ」
グチグチと文句を言いながら、順番にバスへと乗り込んでいく生徒たち。
しかしそんななか、一人だけその場に留まり、動こうとしない生徒がいた。
「あれ? どうしたんだ
「ああ、悪い。ちょっと用事ができた」
成宮と呼ばれた男子生徒はそれだけ告げると、バスに背を向け、森の中へと歩いていく。
この時、全く同じように何人かの生徒が、バスへの乗車を断り、森へと向かい歩き出していた。
――――黒が動く。