魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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チーム合宿 表 悪魔とは呼べない何か

 

「なんで……、兄貴がここに……」

 

 数年ぶりに兄に会えた感動。しかしそれはほんの刹那のもの。

 冬二の中で次々と湧いて出る疑問が、純粋に再会を喜ぶ気持ちを塗りつぶしていく。

 

「ここにいるってことは、兄貴……、異能の存在を……」

 

「……そうか、じいちゃんは結局何も話さなかったのか。やっぱり、じいちゃんもあの男(・・・)の仲間だったんだな」

 

「あの男? いや、それよりもその言い方……、じいちゃんも異能の存在を知ってたってことなのか?」

 

「そうだ」

 

「っ……!」

 

異能社会(こっち)に来て、何度も感じたことがあるはずだ。俺たちがじいちゃんから教わった一般社会の武術が、異能ありきの戦いで妙に馴染むことを」

 

「……」

 

「綿谷式武術――じいちゃんが考案したそれは、異能社会を前提に作られたものだ。じいちゃんはな、もともと異能社会出身の人間なんだよ」

 

「そ、んな……」

 

 冬二にとって目の前の兄――武練は、祖父同様血の繋がりこそないものの、誰になんと言われようと正真正銘の兄弟である。

 だからこそ理解できた。長年生活を共にしたその兄が、これまでの発言で一切嘘をついていないことが。

 それはまるで、足元が崩れていくような感覚だった。

 

 今まで当たり前のように味方だと思っていた家族が、あやふやな存在へと変わっていく。

 なぜ今まで異能について知らないフリをしてきたのか?

 血の繋がりのない自分を育ててくれたのは、自分が異能者だと知っていたからなのか?

 

 過去が、歪んでいく。

 

「冬二、お前が混乱する気持ちもわかる。ただ今は時間がない。俺と共に来い」

 

 そう言って武練は冬二に手を差し出す。

 しかし状況をまだ受け止めきれていない冬二には、当然その手を握り返すことなどできない。

 

「急に現れて、いきなり来いとか言われて、そんなの頷けるわけないだろ! 現に今、俺のクラスメイトや立花先生が危険な目に遭わされてるんだぞ! 兄貴の仲間に!」

 

「安心しろ、お前の学友を襲った虫はあくまで牽制のためのもの。傷を与えるような力は持っていない。それに立花(修羅巫女)はかつて『セーラス』のボスと肩を並べた女だ。『死桜』が相手とはいえ、そう簡単にやられたりはしないさ」

 

「そういう問題じゃ――」

 

「もういいだろ」

 

 言い争いを続ける二人の兄弟。それを遮ったのは、冬二のチームメイトである緑王(りょくおう) (ちぎり)だった。

 

「事情はよくわかんねえけどよ、こうしてお互いうだうだ言い合ったって意味ねえだろ。じっくり話聞きたけりゃあ、ぶん殴ってふんじばっちまえばいいだけだ」

 

 それは二人の間に流れていた神妙な空気を、完全にぶち壊す脳筋発言。

 しかしこの時ばかりは、契の発言に他のチームメンバーも同意する。

 理由はどうあれ、自分たちが慕う少年を連れて行かれるわけにはいかないのだから。

 

「冬二から聞いたことあるぜ。組手勝負じゃ兄には勝てた試しがないってな。見せてみろよ! その実力をよ!」

 

 まず好戦的な契が真っ先に武練へと飛びかかる。そしてその勢いのまま、拳を武練に向け振り下ろしたその時――

 

「『綿谷式柔術 二式 流輪(りゅうりん)』」

 

「…………あ?」

 

 契の体は、武練の背後(・・)で逆さになり宙を舞っていた。

 

「ちっ……!」

 

 なんとか契は空中で体勢を立て直し、地に足をつけて武練の背中を睨みつける。

 しかし今度は、その無防備な背中に飛びかかるようなマネはしない。

 なぜなら契には、先程の武練の動きがまったく理解できないでいたからだ。

 

 ただ知識としては知っている。先程の技は、普段もっとも冬二と組手をすることが多い契が、その身で何度も受けてきた技であることを。

 

「なるほど……。冬二が勝てねえのも納得だわ」

 

 冬二と同じ技――されどその練度の高さに驚愕する。

 そのため契がさらに警戒心を高める中、彼女のチームメイトが叫んだ。

 

「どきなさい契!」

 

 その言葉を聞き、契は横っ飛びでその場から離脱する。

 契に叫んだ少女――赤花茜は構えた両手から炎を生み出し、武練へと放つ。

 

「体術が無理なら、異能で攻めるまでよ!」

 

 炎は勢いよく武練に迫る。しかし――

 

「『綿谷式柔術 六式 異武解(いぶかい)』」

 

 炎が武練に直撃するその前に、武練は炎に向かって手を伸ばし、迫り来る炎を逸らしてみせた。

 

「はあっ!?」

 

 それはまるで炎を直接掴むようなありえない動きで、技を放った茜だけでなく、その場にいた全員が驚愕に目を見開く。

 同じ技を使うはずの冬二でさえも、例外ではない。

 

「何も驚くことはないさ冬二。さっきも言った通り、綿谷式武術は異能社会を前提に作られている。要するに異能者を相手取る時にこそ、この武術は本来の力を発揮するんだ。……とはいえ、異能を無効化する力を持っていれば、気づく機会がないのも無理はないか」

 

 さも当然のように、異能社会においても非常識な言葉を口にする武練。

 しかしその言葉が真実であることは、特別な目を持つ少女――紫園鏡花が見抜いていた。

 

「みなさん……、彼の言葉に嘘はありません。彼が今まで使用していたのは、身体強化等の基本的な異能だけ。炎を直接手で掴むような、特殊な異能は何一つ使用していません」

「じゃあ私の炎を逸らしたのは、ただの技術だって言うわけ?」

 

「……そうなります」

 

「意味わかんないんだけど……」

 

 鏡花の分析に、茜は驚きを超えてもはや呆れていた。

 異能社会において、冬二も十分常識外れの存在ではあるが、その兄も大概だなと。

 

「ほんとどいつもこいつも……、少しは雪春を見習いなさいよ」

 

 茜はここにいない、自身にとって普通の代名詞とも呼べる少年の名をつぶやきながら、武練に対する警戒度をさらに高める。

 

 茜同様、誰もが武練に対する警戒を高め、それによって生じたのは一種の膠着状態。

 茜たちは迂闊に踏み込めず、一方の武練も攻める気配を見せない。

 そんななか武練は、自身に攻撃を向けてきた少女たちに対し、称賛の言葉を口にし始めた。

 

「紫髪の子はさすがの分析力だ。どうやら随分といい目(・・・)を持っているらしい。最初に飛びかかってきた緑髪の子は、正直想像以上の力だった。彼女が技術を身につければ、さっきのように受け流すことは厳しいだろう。赤髪の子の炎も、とても良く洗練されている。生まれ持った素質だけでなく、常日頃から研鑽を行っている証拠だ。残りの二人も、決して警戒を緩めることなく、動揺している冬二を守れる位置にいる。……本当に、素晴らしい仲間を持ったな、冬二」

 

 武練は未だ戸惑う冬二に笑いかける。その表情は、とても敵対する人間の浮かべるものではない。

 もしかして、兄について行くことが、実は正しいことなんじゃないのか――

 

 冬二の心が、傾いていく。

 

「共に来いとは言ったが、何も一人で来いと言っているわけじゃない。もちろん仲間も一緒だ。彼女たちを悪いようには絶対に扱わない」

 

 冬二の性格を知り尽くす武練の言葉は、冬二の奥深くへと染み込んでいく。

 

「了承してくれるのなら、俺たちがこの場に留まる理由はなくなる。修羅巫女を足止めする必要もだ」

 

 兄を信じたい。故に、心が傾いていく。

 

「これは冬二のための提案なんだ。お前の前から消えたこの二年間、俺はずっとお前のことを想っていた」

 

 心が、傾いていく。

 

 

 

「そういえば、親友(・・)ができたらしいな」

 

 

 

 心が――

 

「それも、お前が憧れるほどの相手らしいじゃないか」

 

「…………」

 

「もちろん彼も一緒でかまわない。彼にも悪くない待遇を約束する」

 

 それは『黄楼炎』が事前に仕入れた情報を使ったダメ押しの説得。

 

 しかし皮肉にも、それが冬二の心を強固なものにしてしまう。

 冬二はゆっくりと顔を上げ、兄の顔を真っ直ぐ見つめて告げた。

 

「悪い兄貴、やっぱり俺はそっちには行けない」

 

「……納得できない気持ちも分かる。しかし――!」

 

「巻き込みたくないんだ」

 

「なに?」

 

「たとえ理由がなんであっても、俺はあいつを……あいつだけは、俺のごたごたに巻き込みたくないんだ。あいつには、キレイなものや、正しいものだけを見ていてほしいから。俺が日常へと帰ってきた時に、ただ何も知らずに笑っていてほしいんだ。それが俺の、今の一番の願いなんだよ兄貴……」

 

 冬二は構える。それは自身の体に血肉となって流れる、綿谷式武術の基本の型。

 

「……変わらないな。一度決めたら死ぬまで貫く……。じいちゃん譲りの頑固なところは、血の繋がりなんかなくともそっくりだ」

 

 説得を諦め、武練も構える。それは偶然などではなく、必然的な同じ構え。

 

「兄貴とは昔、よく組手したよな。負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く……なんてルールで」

 

「そうだな。よく覚えているよ」

 

「だからこの勝負で俺が勝ったら、兄貴の知ってることを全て教えてもらう」

 

「いいだろう。俺が勝ったら、お前を連れていく」

 

 二人は笑みを浮かべる。家の道場で夜遅くまで、お互いを高めあったあの日のように。

 そこに難しい何かは存在しない。どこにでもあるありふれた、ただの兄弟喧嘩が始まろうとしていた。

 

 

 

 そんな様子を、少し離れた場所から眺めていた宗蓮――結界の発動者は、とある人物に連絡を取る。

 

「『蟲溟(ちゅうめい)』――俺だ。宗蓮だ。説得には失敗した。予定通り、弟の用意した保険(・・)を使う」

 

 事態は進んでいく。着実に、立花が観測した最悪の未来へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 その悪魔は、大それた願いを持たない。

 野望はなく、悪意もなく、その在り方は悪魔と呼ぶにはほど遠く、間違いなく異端と言える。

 自我と呼べるものを生み出されたその日から、その悪魔にとって願いと呼べるものはただ一つ。

 

 主と共にあること――たったそれだけの、ささやかな願い。

 

 しかし悠久の時を生きるその悪魔にとって、主と過ごせる時間はほんの刹那のもの。

 だからこそ、それ(・・)が生まれてから死ぬまでの間は、たとえ僅かな時であっても、傍から離れるのを嫌う。

 

 その上、これまでのように感情の抑揚が少なかった歴代の主とは違い、今の主はとても感情豊かで、自身に対して明確な愛情を向けてくれている。

 それはまるで、かつて名を与えてくれた最初の主のように。

 

『もう君は、形なき災害なんかじゃない。これからは、ただのか弱い悪魔――――だ』

 

 何千年ぶりかの、満ち足りた、なおかつ心暖かくなる夢のような日々が続く。

 しかしその幸せな時間は、唐突に奪われる。

 

 

 

 

「早く」

 

 その悪魔にとって、主以外の人間のほとんどは記憶にも残らない、ただの動く肉の塊としか認識していない。

 そんな肉の塊によって急かされるように、主が移動を開始する。

 当然、ふわふわと宙に浮きながら、その主の後を追いかけていた時、目の前にいた主が突然姿を消す。

 

「……む?」

 

 それは転移によるただの長距離移動だったのだが、悪魔は状況を飲み込むことが出来ず、

 

「…………むっ!」

 

 数秒経ってようやく、悪魔は自身が主と離れ離れになったことを理解する。

 それにより、悪魔は慌てに慌てた。

 

「むぅ! むぅ!」

 

 死、すなわち長い別れが悪魔の脳裏をよぎり、すぐさま悪魔は主との契約による繋がり(・・・)を辿る。

 

「むむむ……むー!」

 

 見つけた。この世からいなくなったわけではない。ここからそう遠くない場所に、主は確かに存在している。

 そうとわかれば、後は主の元へと向かうだけ。悪魔は決して速いとは言えない速度ながらも、全力で空を飛ぶ。

 

 しかしその途中、偶然にも悪魔を拒絶する結界が発動されてしまう。

 

「…………むぅ?」

 

 突然悪魔を襲ったのは、身体中全ての力が抜けていく強烈な脱力感。

 それにより飛ぶことすら叶わなくなった悪魔は、ふらふらと地面に落ちていく。

 

 戻りたい、主の下に。戻らなきゃいけないのに――

 

 そんな強い意志とは裏腹に、体は一歩たりとも進まなくなる。

 

「むぅぅぅ……」

 

 それはまるで、誰かが主との再会を邪魔しているようで。

 もちろん、そういったわけではなく、結界が張られたのはまったく別の目的によるものだが、そんなことは知る由もない。

 

 なんで? どうして?――

 

「むぅぅぅぅぅ……」

 

 自分はただ、主と一緒にいられるだけでいいのに。ただ傍にいられたら、それで満足なのに――

 

「むぅぅぅぅぅ……、むぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 そのつぶらな瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ちる。

 

 なんで、どうして――

 

「むぅぅ……」

 

 許せない――

 

「むぅ…………むああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 この時、その存在を構成する悪魔の()が消滅する。

 そこからは一瞬だった。生じたのは、高い木々を超える巨大な何か(・・)。体は向こう側の景色が見えるほど透明で、輪郭はゆらゆらとぼやけている。

 生物としてはあまりにもあやふやな姿形でありながら、それでもその何か(・・)は、確かにそこに存在していた。

 

 しかし、莫大な力を内包するそれの出現に、誰も気づくことが出来ない。

 人の身では視認できず、感知することすら叶わないそれは、まさしく人類にとっての天敵そのもの。

 

 深い森の中、災厄の化身が目を覚ます。

 そのことに気づけたのは、人ならざるものだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻

 

 宿舎地下 謎の部屋――

 

 

「リーダーのやつ……おせえな」

 

 誰か先生を呼んでくる――そう言って部屋を出ていったリーダーの帰りが予想以上に遅く、さすがに不審がるチームメンバーたち。

 

「そうだね。何かトラブルがあったのかもしれないし、誰か確認に行った方がいいんじゃないか?」

 

「うん、ワタシもそう思う」

 

「ああ、絶対誰か行った方がいい」

 

「「「…………」」」

 

 『自分以外の誰かが行ってくれないかな……』と全員が考える中、一人の少女が立ち上がる。

 

「サラさん、もしかして呼びに行ってくれるのかい?」

 

 蛇塚、烏丸、光華の三人は立ち上がったサラに期待の視線を向ける。

 しかしその口から出たのは否定の言葉だった。

 

「申し訳ありません。急遽別の用事が生じてしまいましたので、しばらく席を外させていただきます。もし雪春様(・・・)が戻られましたら、よろしくお伝えください」

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 さらに同時刻 森の入口付近にて――

 

 

 そこでは急遽課題の中止を告げられた生徒たちが集まり、森から離れるためバスに乗り込もうとしていた。

 

「ったく、昼飯はルーなしカレーだし、移動したと思えばすぐ帰らされるし……」

 

「不満が溜まるよなぁ」

 

 グチグチと文句を言いながら、順番にバスへと乗り込んでいく生徒たち。

 しかしそんななか、一人だけその場に留まり、動こうとしない生徒がいた。

 

「あれ? どうしたんだ成宮(なるみや)、乗らないのか?」

 

「ああ、悪い。ちょっと用事ができた」

 

 成宮と呼ばれた男子生徒はそれだけ告げると、バスに背を向け、森の中へと歩いていく。

 この時、全く同じように何人かの生徒が、バスへの乗車を断り、森へと向かい歩き出していた。

 

 

 

 

 ――――黒が動く。

 

 

 

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