魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
「いいか!? 魔法陣の核とも言えるこの部分が全体に上手く作用していない! にもかかわらず、力任せに強引に召喚した結果が座標のズレだ! お粗末にもほどがある!」
「…………」
「それに直線と曲線が最大数で絡むこの部位も、僅かなズレがあるせいで安全装置が働いていない! 一歩間違えれば17分割で召喚されてもおかしくなかったのだぞ! あとこことここも――」
「…………」
「聞いておるのか!?」
「……うっす」
現在、宿近くの砂浜にて、僕は生き埋め状態から抜け出したメイルカムイに説教を受けていた。
どうやら僕の描いた魔法陣は、メイルカムイからすると相当酷いものだったらしい。
「しかし改めて見ると本当に汚い魔法陣だ。全体的に雑でミスも多い。まるで見た目を考慮せず作り出された
ボロクソ言いやがって。17分割チャレンジしたろか。
「ただ魔法陣そのものは興味深い。なるほど、これが今の簡易召喚の魔法陣か……。かつてのものとは比べ物にならんな。こういった中心からの拡散型が最近の主流なのか?」
「……え?」
唐突に飛んできたその問いかけに、真面目に聞いていなかった僕は思わず聞き返してしまう。
「この魔法陣で使われているような術式の構築が、最近の流行りなのかと聞いておるのだ」
「えー、あー……どうだろ。でも確か授業では古い型だとか言ってたような……」
「なら最近はどういったものが流行っている?」
「……………………メンフクロウの雛」
「は?」
「すんません、わかんないっす」
「まったく、勉強不足が過ぎるぞ貴様」
「…………」
悪魔に勉強不足を咎められるの、なんだか無性に納得がいかない。
「まあ魔法陣のことはこれくらいでいいだろう。それで、私を呼び出した理由はなんだ?」
散々ダメ出しを受けたあと、ようやく話が本題に入る。
ただ正確に言うと、呼び出したというより、なんか来たという方が僕の心情的には近いわけで。
まあせっかくなので、頼むだけ頼んでみよう。
「前にメイルカムイが真名教えてくれた時、僕が契約したって言ってた悪魔いたじゃん? ほらあの小さくて宙に浮いてたやつ。実はその悪魔と離れ離れになっちゃって、普通の人には見えないから、見えるメイルカムイに探してもらいたいな~って」
「…………」
僕がそう告げると、メイルカムイは『マジかこいつ』とでも言いたげな表情を浮かべる。
「……いや、違うんだよ? あれは不可抗力というか防ぎようがなかったというか……」
「わかったわかった。言い訳などせずとも探しに行ってやる」
やれやれといった様子ながらも、素直に頼みを受け入れてくれるメイルカムイ。
その姿を見て、こいつなんだかんだ優しいよなと思う。イワシ食わせても怒らないし。
『悪魔大全』ではめちゃくちゃ性格が悪いとか書かれてたけど。
「それで、
「えっと……」
よく考えたら、森がどこにあるか知らないな僕。移動もバスだったし。いやでも、森のある方向くらいなら……。
「多分あっちの方――」
「ちっ、あそこか」
そう言ってメイルカムイは、僕の指さした方とは反対方向に顔を向ける。
わかるならなんで聞いたんだよ。
「まだ完全には
「……宿に戻ってちゃダメ?」
「ダメだ、ここにいろ。いいな?」
「……へーい」
早く宿に戻らないと、目を覚ました紅原先生にシバき回されるかもしれない――そんな懸念はあったものの、頼み事をしている身であるため、素直にメイルカムイの言葉に従う。
「……時に聞くが、あの半端女にはまだ興味はあるか?」
「半端女? …………あ、もしかしてオリエイナのこと?」
「そうだ」
「前も言ったけど、人が召喚したのを横取りする気はないよ。それに召喚者も知り合いだったし」
「そうか。ならいい」
そう短く告げると、メイルカムイはその場から一瞬で姿を消す。
「うぉぉ……!」
高速移動なのか、それとも転移なのかは分からなかったが、さすがは最上級悪魔。いいなあれ。
バトル漫画のような移動の仕方に感動を覚えつつ、僕はその場でメイルカムイの帰りを待つことになった。
…………暇だな。
――――――
主へと付き従い、合宿地へと訪れていた最上級悪魔――オリエイナ。
どう行動しようとも、その容姿ゆえに目立ってしまう彼女は、主から宿での待機を言い渡されていた。
しかしオリエイナは今、その指示に背き、宿を離れて己の主――冬二の下へと走っている。
彼女の脳裏に浮かぶのは、まだ自身が人間だったころの記憶。
生まれ育った大好きな街が、
『やあやあ、僕の名前はヤースール。退廃王と言った方がわかりやすいかな? さて、無力に嘆くありふれた凡俗な民よ。そんな君に、とても使い古された希望の言葉を送ろう――――力が、欲しいかい?』
「っつ………!」
かつて交わした文字通り悪魔との取り引きを思い出し、オリエイナは唇を噛み締める。
もう二度と主を失いはしない。そのために人を捨て、魔へと堕ちたのだから――
オリエイナは走り続ける。そうして、ついに冬二たちのいる森へとたどり着き、その中に足を踏み入れようとした瞬間、全力で
「…………なに?」
それはほとんど反射だった。
森全体を覆うように、何かが張られている。自分のような悪魔にとって、致命的となる何かが。
本能で結界の存在とその効果を察知したオリエイナは、森の中へと足を踏み入れるのを躊躇する。
普段のオリエイナであれば、結界ごときで歩みを止めるようなことはしなかっただろう。
しかし今は――
「どうした、入らんのか?」
唐突に聞こえてきたその声は、己のすぐ背後から発せられたもの。
その声を聞いた瞬間、オリエイナは考えるよりも先に足を動かしていた。
「っし……!」
ノールック、予備動作なしで繰り出される回し蹴り。メイド服がひるがえるその蹴りは、命を刈り取る威力を持つ。
しかしその蹴りが、声の主に当たることはなかった。
「随分と足癖が悪いな。半端女よ」
「つっ……! メイル、カムイ…………!!」
唐突にその姿を現したメイルカムイは、オリエイナの背後から手を伸ばし、その手首と顎を掴んで身動きを封じる。
「なぜお前が、ここにいる…………!?」
「くだらん事を聞く。貴様も
その言葉と共に、拘束が緩んだのを察知したオリエイナは、隙をついてメイルカムイから距離をとる。
そのまま正面から向き合い、殺気を込めて睨みつけるが、メイルカムイが嘲笑うような態度を変えることはない。
二人の間にある純然たる実力差ゆえ、メイルカムイはオリエイナを敵として見ていなかった。
「そう睨まずとも、もはや貴様に興味はない。貴様の主にもな」
「……それは、お前の主の意向か?」
「つまらん探りをするな。それよりいいのか? アレが目覚めるぞ?」
「っ……!」
わざわざ意識を向けずとも、爆発的にふくれあがる魔力がオリエイナの肌を刺す。
忘れたくとも、忘れられない独特な魔力。
かつての主の顔と、現在の主の顔が同時に浮かぶ。恐れるのは、主を失う悲しみただそれだけ。
しかしそれでも、結界内へと足を踏み入れるのは躊躇われた。なぜなら――
「体が持たぬぞ。今の貴様ではな」
メイルカムイはまるで心を見透かすかのように、オリエイナが結界内へと入れない理由を代弁する。
「以前の魂へ与えたダメージが、まだ完治せず残っているはずだ。今の貴様には『最上級』と呼ばれるほどの力は残っていまい。まあ、そうなるように壊したのだがな」
「…………」
「その体で結界に触れれば、貴様は冥界への強制退去を余儀なくされる。アレの下へたどり着くことなく、主を残したまま、無念のうちに消えていくのが道理だ。『退廃王』がいればさぞ大喜びしただろう」
「それでも……、私は、主を守るためにあの化け物を――」
「無理だ」
オリエイナの縋るような言葉を、メイルカムイは容赦なく切り捨てる。
「たとえ結界がなくとも、アレには太刀打ちできまい。貴様も覚えているだろう。かつてアレが暴れた際、契約者不在であったにもかかわらず、私を含めた『十王』総出で応戦し、無力化するのがやっとであったことを」
「…………」
メイルカムイの告げるそのかつての戦いは、オリエイナにとっては戦いですらなかった。
それは例えるなら、災害と災害のぶつかり合い。
「……アレは、一体なに?」
かつてそれを見た。悪魔の体になってやっと認識できたそれは、生物と呼ぶことすら躊躇うほどであり、悪魔ともまた別次元の存在。
色がなく、不定形で、輪郭すらあやふやで、存在が希薄にもかかわらず、莫大なエネルギーで周囲を蹂躙する。
答えが返ってくるとは思わない。それでも、神話の時代から生きるその悪魔に、尋ねずにはいられなかった。
「……まだ人間が地球の支配者ではなく、多少知恵が回る程度の存在でしかなかった時代のことだ。それこそ、現人神が初めてこの世に姿を現すよりも前の――」
しかしオリエイナの予想とは裏腹に、メイルカムイはどこか楽しそうに語り出す。
まるで過去の輝かしい記憶を思い出すように。
「見えず、感じられず、前触れもなく現れ、破壊の限りを尽くして消えていく。それは、かつては当たり前のようにあった災害だ。備えることは出来ても、災害そのものを消すことは不可能。世界を回すためには許容するしかない、巨大なシステムの一部……それがアレの正体だ」
「……一体、何を…………」
「しかし現人神がその災害に、生物としての概念と体を与え、見事制御下においてみせた。それにより長い時の中、その災害は人の記憶から忘れ去られていく。それでも伝承などは様々な形で残っていよう。そうだな……、この言語に合わせて発音するなら――――」
メイルカムイは少し考えるような素振りをみせ、その名を告げる。悪魔の皮を被った災害の名を。
「――ジャルビイ」
「…………?」
他国の生まれであるオリエイナには、メイルカムイの告げた名にピンとくることはない。
しかしその名は、この国で生まれ、異能社会出身であれば、誰もが一度は聞いたことがあるほどありふれたもの。
「災害であったころと同じ名を授けるのは正直センスを疑うがな。しかしもう成体になっているのか。予想よりもかなり早い。まあ間違いなくこの結界が原因だろうが……。退魔結界……とは少し違うな。対象を悪魔のみに絞っているのか? となると……」
そこでメイルカムイは口を閉ざし、一人で何かを考え込む。
何を悠長に――そう怒鳴りたくなるのを抑え、オリエイナは努めて平静を装う。
もっと有益な情報を、楽しそうに笑う目の前の悪魔から引き出すために。
「……アレを止めるには、どうすればいい?」
「放っておけ」
「なっ……!?」
所詮は悪魔、素直に情報を求めた自分がバカだった――そう判断し、オリエイナはメイルカムイに背を向け、その場から離れようとする。
しかし言葉の続きがメイルカムイの口から告げられると、その足がピタリと止まった。
「止める必要がないという意味だ。アレはこの周囲一帯を更地にして余りある力を持っている」
「ならばなおさら……!」
「だからこそだ」
「…………」
まるで理解できない。オリエイナには、メイルカムイの告げる言葉のロジックが、微塵たりとも理解できない。
ただそれは、メイルカムイとオリエイナでは持つ情報の量が違うため。メイルカムイに詳しく語るつもりがない以上、オリエイナの困惑は仕方のないことだった。
“とある少年”の存在を知るかどうかで、下すべき判断は大きく変わる。
その少年に危険が迫るのを、黒がむざむざ見逃すはずないのだから。
「……まあ、それまでにどれほどの被害が出るかは知らぬがな」
そう言って、見世物を楽しむように笑うメイルカムイのその姿は、紛うことなき悪魔のものだった。