魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
立花side
学園教師――『修羅巫女』立花美咲。
黄楼炎――『八狼会』死桜。
二人の戦いは激しく移動を繰り返し、森から少し離れた採掘場のような場所に舞台を移していた。
ただこれは偶然ではなく、立花が己の戦いに生徒を巻き込まないようにしたこと。死桜が冬二から立花をできるだけ遠ざけたかったこと。そんな二人の思惑が一致し、生じた結果だった。
それにより、周囲への配慮が必要なくなった二人の戦いは、さらに激しさを増していく。
立花はその拳を、死桜は手に持つ刀を振るい、拳と刀が何度もぶつかり合うことで、
拳に、腕に、足に、立花は何度も刀をぶつけられるが、切断されるのは衣服のみ。
その皮膚には、一滴の血も流れていない。
「すごい……、『宗蓮』の言ってた通り。ぜんぜん切れない……」
困惑――というにはあまりにも無表情のまま、死桜は死合相手への驚きを口にする。
しかしそれでも、死桜に動揺はない。己の攻撃が相手に一切のダメージを与えていない――そんな現状にも、死桜は焦ることなく、冷静に刀を振るい続ける。
なぜなら死桜にとって、勝利条件は立花を倒すことではなく、仲間が行う冬二との交渉を、立花に妨害されないようにすること。
つまり立花をこの場に足止めすることができれば、たとえ戦いで負けたしても、目的は果たしたも同然と言える。
一方で立花は今すぐ死桜を倒し、冬二たちの下へと戻らなければならない。
だからこそ、立花は決着を急ぐ。相手の目的が自分を冬二から離すことだと理解しながら、それでも敵の思惑に乗って移動したのは、
「ふぅ…………」
戦いの最中、二人の間に少し距離ができると、立花は小さく息を吐きながら眼鏡を外し――目を見開いた。
『鋼血修羅』
立花の全身に、血管のような赤い線が浮かび上がる。さらに目は赤く充血し、歯を食いしばりながら怒りを滲ませるその表情はまさに修羅。
次の瞬間、立花は拳を自らの足元に叩きつけた。
「あ゛あ゛あ゛!!!」
「……!?」
それにより、二人の立つ岩場全体にヒビが入り、一瞬で不安定な足場へと様変わりする。
「っと……」
突然のことに対応できず、バランスを崩した死桜を立花は見逃さない。
力強く足場を蹴りつけ、一歩で死桜へと肉薄すると、全力の拳を叩きつける。
「速いし、重い……!」
死桜はなんとかその拳を刀で受け止めるも、勢いを殺しきることはできず、かなりの距離を弾き飛ばされていく。
もちろん立花はそれを追い、また肉薄して拳を振るう。
そこからの死桜は防戦一方だった。
拳や蹴りを刀でなんとか受け止めるのだが、受け止めるたびに体が大きく流される。そうして体勢を整えるよりも速く、また拳が飛んでくる。戦いはその繰り返し。
攻勢に転じる隙すら与えられず、じわりじわりと、死桜は確実に追い込まれていく。
この時、立花には見えていた。比喩ではなく映像として、死桜を打ち倒す未来が。
しかしその未来は、二人にとって予期せぬ形で覆される。
『零式』――
それは二人に向けられた異能ではなく、森の中――遠く離れた場所で使用された異能の
そんなただの余波によって、立花の身体強化異能である『鋼血修羅』が完全に解除されてしまう。
「っ……!? 冬二……? いや――」
立花の脳裏に浮かぶのは、数奇な運命を背負わされた教え子の顔。そしてその教え子の顔と共に、今は亡き師の顔も――
ただしそれは、敵に猶予を与える明確な隙。
立花が再び『鋼血修羅』を発動するよりも速く、死桜は刀を滑らせた。
「捧げます――」
ズブリと、刃が白い肌に埋まり、流れる鮮血が刀身を赤く染めていく。
戸惑う立花をよそに、死桜が浮かべるのは恍惚とした笑み。
頬は赤く染まり、呼吸は荒く、体は熱を帯びる。
「ああ……、私は今、生きている」
死桜はそう小さく告げると、刀を首から離し、立花へと刃先を向けた。
「あなたは……、私を受け止めてくれる人?」
そんな問いかけと共に、死桜は立花へと肉薄する。
しかしその速度は、先程とはまるで別物。首から血を流す手負いの状態ながら、『鋼血修羅』状態の立花をも上回る。
「ちっ……!」
急激なその変化に戸惑う立花。とはいえ、現在再び『鋼血修羅』を発動した立花にとって、まるで反応できない速度ではない。
今までのように、死桜が振り下ろすその刀を腕で受けようとして――――立花は未来を見た。
自身の腕が、切断される未来を。
「くっ……!」
咄嗟に腕で受けることをやめ、立花は全力で後方へと跳ぶ。
「妖刀の類か……!」
わずかな情報から、死桜の急激な変化のタネを正確に見抜いた立花。
そんな立花の腕からは、少なくない量の血が流れていた。
「ん……、正解。私が血と命を捧げる代わりに、私はこの子から力をもらうの。これから生きるはずの未来、それを捧げれば捧げるほど、より強い力を……」
命と引き換えに力を得る――そんなとんでもない取り引き内容を、なんでもないように死桜は告げる。
互いに身体能力を尋常ならざるレベルにまで強化した二人。
二人の持つその力は、人の身で至る極地と呼べるもの。形は違えども、たどり着いた場所は同じ。
敵、そして味方からも化け物扱いが常な二人は、片や相手を睨みつけ、片や相手に笑みを送る。
そんな人外に片足を踏み込んだ二人の戦いが、さらに激化しようとしていたその時――
「ふむ、やはりいい刀だ」
――
「――!」
死桜は考えるよりも先に刀を振るった。
ただしそれは目の前の立花にではなく、己の背後に突如湧き上がった、邪悪な圧を持つ何かに。
「しっ――!」
手加減など一切ない、振り向きざまの一文字斬り。地面と水平に走るのは、鉄をも両断する必殺の刃。
しかし死桜の背後に現れたその存在は、振るわれた刃を親指と人差し指だけで掴み、勢いを完全に殺してみせる。
「いい刀だ、が……持ち主が悪い」
「…………」
死桜の目に映るのは、額に一対の角が生えた王の名を冠する悪魔――メイルカムイ。
メイルカムイの姿をその視界に捉え、死桜は本能で悟る。今の力では勝てないと。
「……もっと」
そう、
「もっと、もっと、もっと。足りないのなら、捧げます――」
メイルカムイに掴まれた刀身を力ずくで引き剥がし、死桜はもう一度、刀を首の傷口に当てる。
「……はぁ、はぁ……ん」
捧げるはその命。これから先、一体何年分の寿命を捧げることになるのか。具体的な数字は本人にもわからない。
しかし先の未来など、死桜には興味がない。今を生き残らなければ、進む先はないのだから。
それが地獄のような環境で生きてきた、死桜の考える人生の答え。
「ただでさえ短い命を躊躇いなく捨てるか。おもしろい、少し興味が湧いた。遊んでやる」
死桜がその血と命を、刀に惜しみなく与えると同時に、その身に纏う魔力も上昇していく。
そして、死桜の姿が消えた。
「ほお……」
正確には、消えたと錯覚するほどの速度で、死桜がメイルカムイの周囲を動き回る。
その速さは、近くにいた立花が目で追うのもやっとなほど。
「速さで勝負する気か。乗ってやってもいいが……せっかくだ。ここは受けてやろう」
メイルカムイは両手を広げ、その場に立ち尽くす。それはどこからでも攻めてこいという、あからさまな挑発。
それを見て、死桜はむしろ冷静になる。ただでさえ格上である相手のペースに乗るなど愚の骨頂。より速く、より鋭く、しかし心は殺す。
勝負が決まるのは一瞬。渾身の一振が決まれば死桜の勝ち。受けきればメイルカムイの勝ち。
それがメイルカムイと死桜の、なんの根拠もない共通認識。
周囲に血を撒き散らしながら、死桜は高速で動き続ける。
どこで、どのタイミングで仕掛けるのか。
「来い」
警戒すべきは、もちろん目の届かない死角。右か、左か、それとも背後か。
メイルカムイは笑みを消し、反応を研ぎ澄ませる。
だからこそ、死桜は意識の隙を狙った。
一番警戒の薄い
シンプルに、最速で、その刃をメイルカムイの心臓へと突き刺す。
「ぐっ……」
「…………」
胸部から侵入した刃は見事に深々と刺さり、その切先はメイルカムイの体を貫通する。
心臓を刀で貫かれれば、待つのは死あるのみ。人はもちろん、悪魔であっても例外はない、
心臓の破壊は、悪魔をこの世から退去させる唯一無二の確実な方法。
にもかかわらず――
「くくっ…………くははははははっ!」
「なん……で……」
刺されたメイルカムイが笑い、刺した死桜が顔を歪める。
「刺すその瞬間、あえて殺気を消したか。意識的にというよりは、本能レベルで体に染みついているな。心臓を狙う判断も、その狙いも正確だ。誇るがいい。勝負は貴様の勝ちだ」
くつくつと愉快そうに笑うメイルカムイの姿は、到底敗者のものとは思えない。
「貴様に誤算があったとすれば、私の心臓は
そう告げながら、メイルカムイは自身の体を貫く刀を掴む。
その瞬間、ゾワリと死桜の背筋に走るのは、明確な死の気配。
死桜は刀から手を離し、全速力でその場から離脱する。
少しでも身軽になるために、腰に抱えた鞘を捨てながら。
「逃げ足の速い奴め」
刀を置いて逃げる死桜に感心しつつ、メイルカムイの興味は既に刀へと移っていた。
「やはりいい刀だ。素晴らしい品には、それに相応しい所有者があてがわれるべき、というのが私の持論でな。お前をこれ以上とない主の下へ連れて行ってやる。だがその前に……」
『私に従え』
メイルカムイは膨大な魔力を刀へと注ぎ込む。
逃げ出した所有者と、未だ繋がる魔力の経路を断ち切るために。
それを近くで見ていた立花は、驚愕に目を見開く。
「まさか……、妖刀契約を力ずくで上書きしているのか…………?」
立花の言葉通り、メイルカムイが行うのは力任せの契約解除、そして新たな契約の締結。
「さあ、一時的な契約ではあるが、お前の力を見せてみろ。無限に等しいこの命、いくらでも喰らうがいい」
メイルカムイが刀に与えるのは、終わりのないその命。減ることのない無限のエネルギーが、刀に注ぎ込まれていく。
それにより生まれる圧は、死桜のものとは比べ物にならない。
「か、はっ…………!」
メイルカムイはまだ大きなアクションを起こしていない。
それでも、その場にかかる圧だけで、立花は呼吸すら正常に行うことができなくなる。
そしてついに、メイルカムイは刀を自身の体から引き抜いた。
「あの女が逃げたのは……この方向か。これなら何の問題もあるまい」
視線を送るその先に、自身の契約者である少年がいないことを確認し、メイルカムイは刀を振り上げる。
その瞬間、地面がめくれ上がった。
その現象はメイルカムイの目の前から、とてつもない速度で広がっていく。
岩場から、その先の森を越え、遠くに見える山脈にまで。
立花の目の前に広がるのは、まるで天地がひっくり返るような光景。
たったひと振り。されどそれは、地形すらも変えるひと振り。
衝撃が収まると、メイルカムイが刀を振るったその直線上は、目に見える範囲全てが破壊し尽くされていた。
それは寸分の狂いなく、立花が未来視で見た光景と同じもの。
「おっと、それなりに加減したつもりだったが……、これではあの女が死んだかどうかもわからんな」
そう言いながら、メイルカムイは落ちていた鞘に剣をしまう。
ひと仕事を終え、主人に渡す手土産を手に、その場から去ろうとするメイルカムイ。
そんなメイルカムイの前に、立花が立ち塞がる。
「……やめておけ。貴様との格付けは以前済んだ。『巫女』を殺すつもりはないが……立ち塞がるというなら、その未来を見通す目の一つや二つ、失っても文句はあるまいな」
「っ……!」
メイルカムイの圧を受け、立花は動くことができない。
思わず引きかけた足を、なんとか踏みとどまらせるのが限界だった。
踏みとどまれた、と言ってもいい。この時この瞬間、未来は確かに変化した。
「……魔導王に伝えておけ。いずれ世界がお前の欺瞞に気づくぞ、とな」
それだけ告げると、メイルカムイはその場から姿を消す。
危険な存在であるそれを、黙って見逃すことしかできない。
自身の無力さに打ちひしがれ、立花は地面に拳を叩きつける。
それでもすぐに立ち上がり、自身のすべき行動を取り始めたのは、教師としての立場故。
立花はまず最重要警護対象を監視する後輩に電話をかける。しかし――
『――――』
「……なぜ出ない。紅原……」
携帯からは延々とコール音が鳴り響くのみ。
ならばと、今度は最重要警護対象に直接電話をかける。その安否を確認するために。
すると、流れてきたのは『プープープー』という機械音。
「……通話中? 一体誰とだ?」
その人物が通話を行うほど親密な相手など、一人しかいないはず――
「くそっ……。あっちで一体何が起こっている……」
何かが起きている。しかしそれ以外が何もわからない。
ここが最悪なのか、それともまだ先があるのか。
見たい未来がある。そんなときに限って、未来が見える気配はない。
本人の意思とは無関係に発動する使い勝手の悪い能力に、生まれた時から備わる気まぐれな能力に、立花はいら立ちを募らせる。
事態は思いのほかシンプルであることを、立花はまだ知らない。
――――――
おまけ
そのころの雪春。
「なんか今揺れたな……」
『――』
「あ、いえ、こっちの話です。それより何度電話されても無理なもんは無理なんですって。合宿中なんですから」
『――』
「いや、抜け出せるわけないじゃないですか。学校行事ですよ」
『――』
「え? 篠田さんは彼氏との旅行を抜け出して来てくれた? いやいや店長……それで後日、彼氏さんが火炎放射器持って来店してきたの忘れたんですか? 『火の7時間』の再来はごめんですよ」
『――』
「だ~か~ら~、無理なもんは無理――」
バイト先の店長から無茶な呼び出しを受ける雪春。
さあみなさんご一緒に。『でもイワシなんだよなぁ……』