魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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少し長めです。


チーム合宿 表 vs蟲溟 後編

 

 相対しただけで湧き上がる恐怖を押し殺し、蟲溟(ちゅうめい)を睨みつける蛇塚。

 しかしそんな蛇塚に対し、蟲溟が示した反応は、哀れなものを眺めるような呆れ。

 

「……ほんとわかってねえなぁ。信号機くんよぉ……。お前と私じゃあ、戦いにすら(・・・・・)ならねぇんだよ」

 

「あ……? 何言ってやが――ぐっ!?」

 

 それは突然のことだった。蛇塚の首に激痛が走り、同時に動けなくなるほどの痺れが全身に広がっていく。

 

「がっ、あっ……!?」

 

 体を無理やり動かそうにも、耐え難いほどの痛みが走るのみ。

 敵を目の前にして、蛇塚は棒立ちのまま動けなくなってしまう。

 

「言ったろ? 戦いにすらならないって」

 

 そう言いながら蟲溟は人差し指を立てると、蛇塚の首元から蜂に似た小さな虫が飛び立ち、その人差し指に止まる。

 

「私が操る使い魔の本質は数や能力じゃなく、その隠密性だ。集団を感知することはできても、一匹一匹となりゃ誰も気づけねぇ。もし気づけるとすれば、それこそ尋常じゃなく感知能力に長けた悪魔(同類)くらいだ」

 

「っ…………!」

 

 絶対的な自信を持つが故に、自身の異能を惜しみなく開示する蟲溟。

 そんな蟲溟を蛇塚は睨みつけるが、蟲溟はそれを嘲笑いながら蛇塚の下へと近づいていく。

 

「とまあこれで、私はお前をいつでも殺せるわけだ。そこで聞きたいんだが…………あれ?」

 

 蛇塚との距離が手を伸ばせば触れられる距離まで近づいたその時、蟲溟は蛇塚の顔を見てあることに気づいた。

 

「お前もしかして……、一昨日私をトラックから助けようとしたガキか?」

 

「はあ? 何言ってやが――――あっ」

 

 そして蛇塚も思い出す。目の前の少女――蟲溟が、合宿初日に学園へと向かう際、トラックにひかれそうなところ突き飛ばした相手であることを。

 

「アハハハハハハ! じゃあその腕のケガ、あの時のが原因かよ! だっせぇ!」

 

 仮にも助けられた身である蟲溟に、蛇塚に対する感謝の念など微塵もない。それどころか、むしろバカにするように腹を抱えて笑う。

 

「それでお前、今こうして助けた相手に追い詰められてるって……マヌケにもほどがあるだろ。ダメだ、涙出てくる…………!」

 

「……ちっ、変に人助けしようとするとこれかよ。クソっ」

 

「まあまあ、そう言うなって。ちゃんと命は救ってるぜ? もしお前が私を突き飛ばしてなかったら、トラックの運ちゃん殺してたし」

 

 殺してた――そんな言葉を、こともなげに蟲溟は告げる。だからこそ、その言葉には真実味があった。

 

「ゲスが……」

 

「……あれ? さっき私言わなかったっけ?」

 

 どう受け取っても悪口にしかならない言葉を告げられた蟲溟は、どこか不思議そうな表情を浮かべる。

 そして、包帯で巻かれた蛇塚の腕に蹴りを入れた。

 

「グアァァァァッ!!!」

 

 骨を直接金づちで叩かれたような痛みに、蛇塚は絶叫する。もしも体の自由がきけば、恥も外聞なく床をのたうち回っていたであろう痛み。

 蹴られたことでバランスを崩し、倒れかける蛇塚だったが、その首を蟲溟が掴んで支える。

 

「もう一回言ってやるよ。いいか? 私は、いつでも、お前を殺せる」

 

「っ……!」

 

「これで自分の立場もわかったろ。そこで聞きたいんだが――」

 

 それは『質問に答えなければ殺す』というわかりやすい脅し。相手の命を強制的に天秤へと乗せる、あまりにも暴力的な尋問。

 蟲溟の経験上、これで命の側に天秤が傾かなかったものはそういない。

 ましてや相手は学生。素直に答えるはずだと、蟲溟は高をくくっていた。

 

 しかし、蛇塚は自分を曲げられない。

 

「なぁ、わたが――」

 

「ぺっ」

 

「…………」

 

 蟲溟が質問の言葉を言い切るよりも早く、蛇塚は蟲溟に対して唾を吐きかける。

 言葉よりも雄弁に拒絶の意志を示し、蛇塚は笑う。迫り来る死を前に、笑ってみせた。

 

「くたばれツインテクソ女」

 

「……ああそうかよ」

 

 蟲溟は掴んでいた蛇塚の首を離し、それにより蛇塚の体は膝をつくように崩れる。

 

「なら死ね」

 

 シンプルな殺意の言葉と共に、蛇塚に迫るのは頭部への蹴り。

 体の自由を失っている蛇塚に、それを避ける手段はない。

 

「ちくしょう……」

 

 自分は曲げられない。それでも、悔いが残らないわけではない。

 家族や幼なじみといった大切な人たちの顔が、まるで走馬灯のように脳裏に流れ出したその時――

 

 

 

『頭を垂れろ』

 

 

 

 全く動かなかったはずの蛇塚の体が、本人の意思とは無関係に動き出す。

 体がまるで強制的に動かされるようなその感覚を、蛇塚は知っていた。

 

「呪い女――!」

 

 蛇塚からかなり離れて後ろにいた烏丸が口にしたそれは、相手に動きを強制させる呪詞(のりと)

 蛇塚がお辞儀するように頭部を低い位置へと動かしたことで、蟲溟の蹴りは空を切る。

 

 助かった――そう安堵したところで、蛇塚は気づく。頭を下げる勢いが、蟲溟の蹴りを避けた後も衰えないことに。

 

「ちょっ!? 呪い女! これどうやったら解除されグボォ!」

 

 そしてそのまま、蛇塚は頭部を硬い床へと叩きつけられる。顔から。

 

「…………へ、蛇塚くん?」

 

「…………」

 

 烏丸が呼びかけるも、蛇塚はピクリとも動かない。

 詳しく確かめるまでもなく、蛇塚は完全に意識を失っていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「よ……」

 

「よ?」

 

「よくも蛇塚くんを……!」

 

「いやお前だろ」

 

 蟲溟は自爆した蛇塚たちに呆れつつ、標的を気絶した蛇塚から烏丸へと切り替える。

 

 烏丸(こいつ)もとりあえず身動きを封じておくか――――そう考え、バレないよう烏丸の背後から虫を近づける蟲溟。

 蛇塚が気絶したことで、軽くパニック状態の烏丸に虫の接近が気づけるはずもなく、蛇塚と同じように毒を打ち込まれてしまう。

 

 しかし――

 

「あ、うあ……」

 

 身動きが一切取れなくなった蛇塚とは違い、頭を抱え、苦しそうに呻きながらも、烏丸は確かに動いていた。

 

「……あ? どうなってやがる?」

 

「が、あ……いや、痛い。嫌だよ、痛い痛い痛い痛い――」

 

 目は(うつ)ろに、ボソボソと小さな声で何かを呟き続ける烏丸のその姿は、とても正気とは思えない。

 

「毒が変に作用して壊れたか? ったく、これじゃあ『渡谷くん』とやらの居場所も――」

 

 その時、膝をついて震えていた烏丸が、突如金切り声を上げて叫び出す。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

「おいおいおい、マジでイカれてんじゃね……ゲホッ」

 

 咄嗟に咳き込み、無意識に手の甲で口に蓋をする蟲溟。

 ふとその手を確認すると、そこにはベッタリと大量の血液が付着していた。

 

「な……んだこれ」

 

 突然蟲溟の体を襲った異変。しかしそれは吐血だけではない。

 手の先、そして足の先が黒く変色しており、しかもその変色はゆっくりと範囲を広げ、蟲溟の体を侵食していく。

 

「くそっ! どうなってんだ!?」

 

 次々と表れる体の異変。詳細は不明ながらも、それが無視できるものでないことは明白だった。

 

 そして異変が起きたのは蟲溟だけではない。気絶している蛇塚、蟲溟の操る虫たち、さらには床や壁にも黒い変色が広がっていく。

 その速度は、苦しんでいる烏丸との距離が近いほど速い。

 

「お前か……!」

 

 蟲溟は異変の原因を烏丸だと断定し、異変を止めるため烏丸の下へと迫る。

 しかし烏丸に近づけば近づくほど、異変の進行が早まり、蟲溟はその場で膝を突いてしまう。

 頭痛、めまい、吐き気、体の震え、肌の変色、吐血。ありとあらゆる症状が蟲溟を襲い、身動きが取れない。

 

「っ……!」

 

 意識が朦朧としていき、命の危機すら感じ始めた蟲溟だったが、その苦しみが長く続くことはなかった。

 いきなり何の前触れもなく、蟲溟を襲っていた体の異変が消えてなくなる。

 

「……?」

 

 体の変色は残りながらも、先ほどまでの激しい苦痛はまったく感じられない。

 

 立ち上がりながら視線を烏丸へと向けた蟲溟は、その理由を理解する。

 

「……キャパオーバーか」

 

 蟲溟の目の前には、鼻血を流して気絶する烏丸。

 おそらく限界を超えて異能を酷使したため、体が先に悲鳴をあげたのだろうと蟲溟は判断する。

 

「こいつは殺しておくべきだな……」

 

 烏丸の使用した力は、蟲溟にとって脅威と呼べるもの。

 万が一のことを考え、気絶している烏丸へと近づいていく。もちろんその命を消すために。

 

 しかしその時、背後から思わず寒気のする強大な気配(・・・・・)を感じとり、蟲溟は勢いよく振り返る。

 

「なんだ!?」

 

 

 するとそこには、青い蛇(・・・)がいた。

 

 

「……蛇塚(信号機)の使い魔か?」

 

 その青い蛇は全長2メートルと、大きな部類ではあるが、最初に蟲溟が蹴り飛ばした大蛇ほどではない。

 蛇はまるで気絶している蛇塚を守るかのごとく位置どっており、縦長の瞳を蟲溟へと向けている。

 

「主の危機に自動召喚(オート)で出たのか。驚かせやがって……。来い――」

 

 青い蛇を排除するため、蟲溟がその場で新しく召喚したのは全長3メートルを超える巨大なムカデ。

 そのムカデは蟲溟が操る虫のなかでも、トップクラスの力を持つ使い魔。

 そのため、青い蛇が最初の大蛇と同等かそれ以下の強さなら、相手にもならないだろうと蟲溟は予想する。

 

 だからこそ、蟲溟は言葉を失った。

 

 召喚したムカデが青い蛇によって、目にも止まらぬ速さで細切れにされ、瞬殺されたその光景に。

 

「……………………は?」

 

 さらにそれでは終わらず、青い蛇は標的を蟲溟に定めると、体の尾部をムチのようにしならせ、蟲溟へと振るう。

 狭い通路内では反応できても避けきれず、蟲溟は為す術もなく壁に叩きつけられてしまう。

 

「かはっ……!」

 

 その衝撃は壁がへこみ、広範囲に大きなヒビが入るほど。

 

「どう……なってやがんだ!?」

 

 異常な力を持つ青い蛇。その強さは神獣クラスと言っても過言ではない。

 意識が飛びそうなほどの痛みに耐えながら、蟲溟は蛇の主へと目を向ける。すると気絶している蛇塚の体には、一目見てわかるほど大きな変化があった。

 それは、蛇塚の赤青黄といった三色の髪から、青色の部分だけが白く脱色しているということ。

 

「まさか……、髪そのものに悪魔が宿ってるのか……?」

 

 そう蟲溟が推測したところで、青い蛇はひとりでに消滅していく。

 そしてそれと同時に、蛇塚の白色になっていた髪にも青色が戻る。

 

 時間制限なのか、蛇塚の魔力が尽きたのかは不明だが、蟲溟は命を救われる形となった。

 

「なんなんだこいつら……」

 

 蟲溟のそばで気絶している二人は、特に名の通っているわけでもないただの学生。

 にもかかわらず二人の持つその力は、蟲溟の命に手が届きかけた。『黄楼炎』の最高戦力――『八狼会』の一人である蟲溟のその命に。

 

「見つけた学生がこいつらだけなのはほんとに偶然か……?」

 

 蟲溟の中に生まれる疑念。一度疑い出すと止まらない。

 

「あいつ……、やっぱ裏切ってんじゃねぇのか?」

 

 そう言って蟲溟が懐から取り出したのは、『現人神』との交渉において、切り札になると教えられた人物の写真。

 そのメイド服を着た写真の人物を探すのが、蟲溟に与えられた仕事である。

 

 しかしもし、蟲溟の言う『あいつ』――学園に潜り込んでいる『黄楼炎』のスパイが裏切っているとなれば、話は変わってくる。

 ターゲットの写真を提供したのも、ターゲットがこの場所にいると情報を寄越したのも、そのスパイなのだから。

 

「つっても、この状況じゃ確認しようもねえしなぁ……」

 

「え~なになに~? 何が聞きたいの~?」

 

「……あ?」

 

 返事などあるはずのない独り言に、誰かが言葉を返す。

 蟲溟が声のした方に顔を向けると、そこには学園の教師である紅原が立っていた。

 

「ああ……、お前は資料にあったぜ。『修羅巫女』の右腕……確か『狂笑(きょうしょう)の紅原』だったか」

 

「わ~、懐かしい名前~。教師やってるとあまりその二つ名で呼ばれることないんだよね~」

 

 どこか気の抜けた声で話す紅原。

 しかしそんな紅原に対し、蟲溟が油断することはない。

 紅原のその佇まいからは、強者が持つ特有の雰囲気が醸し出されている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 黙ったまま睨み合う二人。先に動いたのは紅原だった。

 

 紅原はその場から動かず、懐から大きめの鍵のようなものを取り出す。

 そしてその鍵を、壁へと(・・・)突き刺した。

 

「……てめぇ、いったい何やって――」

 

「ごめんね~。あなたの相手は、私じゃないから~」

 

 そう言って、紅原は鍵を壁に突き刺しながら『排除』と口にし、その鍵をひねる。

 すると、誰かが蟲溟の体を掴んだ。それも1箇所ではなく、複数の箇所を同時に。

 

 その誰かは人ではない。蟲溟を掴むその腕は、無機物であるはずの壁の中から伸びていた。

 

「なっ! んだこれぇ!?」

 

「そんなに驚かなくても大丈夫よ~。それ自体に危険はないから~。まあ、その後(・・・)は知らないけどね~」

 

 壁から伸びる複数の白い腕。それは力強く蟲溟を掴み離さない。

 さらにその腕は、蟲溟を壁の中(・・・)へと引きずり込もうとする。

 

「離しやがれぇぇぇ!」

 

 そんな蟲溟の叫びも虚しく、蟲溟の体はまるで液体に触れるかのごとく壁の中に沈んでいき、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 敵の排除に成功したことで、紅原はその場に崩れ落ちる。

 なんとか起き上がり、蟲溟の前では毅然とした態度を取り続けていた紅原だが、まだその体を蝕む呪いの影響は大きい。

 

 しかし体が完全に崩れ落ちるよりも早く、男装の少女が紅原の体を支えた。

 

「先生! 大丈夫ですか!?」

 

「……ありがとう光華さん。ちょっとフラッとしただけだから大丈夫よ~」

 

「無理しない方がいいですって。ついさっきまで気絶してたんですから」

 

 なんとか気丈に振る舞おうとする紅原だが、その表情には不調の色が隠せない。

 しかしまだ、倒れられない理由が紅原にはあった。

 

「やることが……たくさんあるから~。先輩やその他の先生に連絡して~、部屋の位置を変えて~。あと……渡谷くんも探さないと~……」

 

「リーダーなら人を呼びに外へ――」

 

「それはないわ~」

 

 光華の言葉を紅原は即座に否定する。その声は絶対に間違いないという、どこか確信を得たもの。

 

「ここは『迷い部屋』。鍵を持った人間と一緒……じゃないと、いつまでもさ迷い続ける特別な空間――いや、悪魔だから」

 

「あ、悪魔……?」

 

「そうなの~。光華さん、ちょっとその鍵とってくれる~?」

 

 光華は紅原の指示に従い、壁に刺さっている鍵を引く抜く。

 すると光華はすぐに気づいた。その鍵が、一定のリズムで動いていることに。

 

「先生、これ……」

 

「それはね、悪魔の心臓なの~」

 

「これが……ですか?」

 

「そうだよ~。光華さんたちが……一度外に出れたのも、鍵を持った私が……背負われて、一緒にいたから。だから、渡谷くんは……絶対にこの空間のどこかに……」

 

「先生!?」

 

 そこでついに、限界が来た紅原は意識を失う。

 ひとまず、蟲溟をこの空間から排除した今、直面していた一番大きな危機は去ったのだと信じて。

 そしてその蟲溟の処理を、幼い少女に託して。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

「がっ……!」

 

 壁から吐き出されるようにして、蟲溟は勢いよく廊下を転がる。

 

「つっ……クソッ!」

 

 痛みに耐えながら周囲の様子を確認すると、そこは最初にいた宿の1階廊下だった。

 しかし、蛇塚たちを追いかけるため通った扉は跡形もなく消えている。

 

「ふざけやがっ…………ゲホッ、ゴホッ!」

 

 蟲溟は口から少なくない量の血を吐き出す。

 無意識ながらも、烏丸と蛇塚の二人が与えたダメージは、蟲溟の体を確実にむしばんでいた。

 

「……ああいいぜ。隠れんぼするってんなら乗ってやるよ……!」

 

 本来蛇塚たちは、蟲溟に与えられた任務内容を考えれば、必ずしも執着する必要のない相手。

 しかし自身のプライドのためにも、やられたままでは終われない。終われるはずがなかった。

 たかが学生ごときにしっぽを巻いて逃げるなど、絶対にあってはならないのだから。

 

「この土地にいる支配の届く虫。それと、二日前から少しずつこの地に送り込んでいた虫もだ。動かせる全てを総動員して、特大の生物災害(バイオハザード)を引き起こしてやる……! どこにも隠れ場所なんてねぇぞ……!」

 

 蟲溟は自身の吐き出した血で、床に魔法陣を描きだす。

 それは己が使役できる全ての虫を、この場に集わせるための起動式。

 その虫の総数は、操る蟲溟ですら正確に把握していない。

 人を襲い、作物を喰らいつくし、あらゆるシステムを数の暴力で麻痺させる――小さな町であれば一夜にして滅ぼせるその術式を、蟲溟は描きあげた魔法陣に魔力を流し、起動させた。

 

 しかし――

 

「なっ……!? 術式が中和された!?」

 

 蟲溟は驚愕する。自身が術式を発動すると同時に、別の術式(・・・・)が発動し、起動式が無効化されてしまったことに。

 

 それは冬二の使用する異能のような、万能な無効化ではない。

 蟲溟の使用するその術式だけを対象にした、一点モノのカウンター術式。

 

 一体誰が――――そんなこと、考えるまでもなかった。

 蟲溟がこの場に来ることをあらかじめ知っていて、なおかつ蟲溟の使用する術式を詳しく理解している。そんな人間、この世でただ一人しかいない。

 

 ふと蟲溟が顔を上げると、そこには札を手に構えた裏切り者がいた。

 まるで、倒れている蟲溟を見下すようにして。

 

「裏切りやがったなぁ! 宗助ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 蟲溟は立ち上がり、視界にとらえた裏切り者――矢川宗助を追う。

 

「てめぇのことは昔から気に食わなかったんだ! いつもヘラヘラした笑みばっか浮かべやがってよぉ!」

 

「そうかよ。俺もお前の、周りの人間全て見下す態度、嫌いだったよ。俺たち両思いだな」

 

 激昂する蟲溟に対し、宗助は背を向け、挑発するようにして逃げる。

 

「待ちやがれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 逃げる宗助を、虫に追わせつつ、蟲溟自身も追っていく。

 しかしちょうどロビーにたどり着いたところで、蟲溟は宗助の姿を見失ってしまう。

 

「くそっ……! そうだったな。隠形だけは私より成績よかったもんなぁ」

 

 消えた宗助に、蟲溟はさらに苛立ちを募らせる。

 

「……もういい。てめぇが裏切ったとわかった以上、作戦もクソもねぇんだ。全部……全部ぶっ壊してやる……! 裏切りものは殺す。ガキ共も殺す。狂笑も殺す。さっきは気絶で済ませてやったエージェント共も殺す。ユキハルくんとやらも殺す。皆殺しだ。全員まとめてぶっ殺してや――!」

 

 

 

「今、雪くん殺すって言った?」

 

 

 

「……あ?」

 

 それは、いつの間にか蟲溟の隣にいた。

 

「……なんだお前」

 

 小学生――それも低学年ほどの幼い少女が、蟲溟の顔を見上げている。

 

「私? 私はね――」

 

「ああいや、やっぱいいわ。私ガキは嫌いなんだよ。それにどうせ全員殺すんだ。とっとと死んどけ」

 

 そう言って蟲溟は虫の大群を操り、幼い少女を襲わせる。

 しかし、その虫の大群が少女の下にたどり着くことはなかった。

 

 

「『落 ち ろ』」

 

 

 少女は告げる。魔力の込められた、呪いの言葉を。

 それと同時に、ボトリボトリと、ロビーにいた虫たちが床へと落ちていく。

 一匹、また一匹。例外はなく、少女の短いたった一言で、部屋にいる全ての虫が無力化されてしまう。

 

「………………は?」

 

「へへー、美咲のまねー」

 

 異常な出来事に驚愕し、そして恐怖する蟲溟とは対照的に、少女は緊張感の欠片もなく笑う。

 

「えっと、私なに言おうとしたんだっけ? ……あ、そうだ。雪くんは殺しちゃダメだよ?」

 

「お前……いったい…………」

 

「雪くん、殺しちゃダメだよ」

 

 なおも笑顔のまま蟲溟に語りかける少女。

 しかし蟲溟を覗き込むその瞳は、どこまでも暗く、どこまでも深い。

 

「おじいちゃんと約束したの。雪くんについていくかわりに、雪くんを殺そうとするやつがいたら、アレ(・・)になってもいいから消しなさいって」

 

「……お前、一体なんだ?」

 

 少女は答えない。答えるよりも早く、その姿(・・・)で正体を示してみせる。

 

 生じたのは激しい魔力の奔流。制御する気など毛頭ない荒ぶる魔力が、ロビー全体を埋め尽くす。

 もちろん発生源は目の前の少女。しかしその見た目は、既に大きく変化していた。

 

 頭からは一対の鋭く伸びる角。背からは黒く巨大な翼。そしてその瞳は、深い赤色に染まっている。

 悪魔に似ている――ではなく、その姿はまさに悪魔そのもの。

 

「ふふ」

 

 悪魔と化した少女の笑みが、蟲溟の姿を捉えて離さない。

 これから行われるのは、戦いではなく蹂躙。

 

 少女がこの姿になった時点で、勝敗は決していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

 

 そのころの雪春。

 

 

 

「グアァァァァッ!!!」

 

 その痛烈な痛みに、思わずその場にうずくまる。

 痛みの発生源は肩。その肩をおさえながら、深く後悔する。

 

 ウォーミングアップもせず、落ちていた石を海に向かって全力遠投したことを。

 

 

 野球漫画で肩を壊したキャラばりに痛がる雪春。

 

 

 

 




烏丸冬歌

・異能【呪い全般】――古今東西ありとあらゆる呪いに関連する力を使用する。
・代々『呪い』を生業としてきた歴史ある名家の跡取り娘。
・一人っ子。
・歴代頭首と比較しても、トップクラスの才能を持っており、両親や使用人から蝶よ花よと甘やかされて育つ。
・特に悲しい過去とかそういうのはない。性格は生まれつき。救いようがない。
・停学王。中等部で4回、高校に入って2回停学をくらっている。
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