魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
夜の砂浜で、激しく燃える炎を囲む生徒たち。
課題から解放された彼ら彼女らは、友人と、チームメイトと、あるいは恋人と、思い思いに楽しく過ごしていた(一部を除き)。
そんな生徒たちの姿を、宿の屋上から見下ろす影がひとつ。
「……はい、今のままでは少し目立ち過ぎるので、いつものように元データから課題結果を改竄しておきます」
『いつも助かるよ。それで、被害の方は?』
「不測の事態はありましたが、上々の結果かと。教員、生徒共に死者はなしです」
『それはよかった。侵入者に関する詳細は得られたかい?』
夜風が心地よく、月明かりが照らすその場所で、雪春たちの担任教師である立花は、とある人物と連絡を交わしていた。
しかしその連絡内容は、教師としての範疇を大きく超えたもの。
「侵入者は四人。全員が
『冥界王の横槍で包囲網に穴が空いたんだ。仕方ないさ。ちなみに最後の一人は?』
「生死不明です。生存確率は低いと思われますが、まだ死体は見つかっていません。引き続き捜索を行っていきます。跡形もなく消滅した可能性も否めませんが……」
『うん、よろしくね。それとジャル『ギャアアアア!』の件だけど、おそらく『助けてくれぇ!』が原因だと思うから、それほど警戒する必要は『うわぁぁあ!』』
「……?」
報告の
それは電波の乱れによるものではなく、周囲の環境音を拾ったことによるもの。
「申し訳ありません。少し音声に乱れが……、失礼ですが今どちらに?」
『今かい? 黄楼炎の本部だよ』
通話先の人物は告げる。その衝撃的な言葉を、これまでと何ら変わりない抑揚で。
『せっかく組織の最高戦力が半分も出払っているんだ。この機に潰しておこうと思ってね』
「そうでしたか」
そして立花もまた、通話先の人物の言葉を平然と受け止める。
「ではその他の詳細はまた後ほど」
『うん、じゃあまた後で』
その言葉を最後に通話が終了し、落下防止用の柵にもたれかかりながら、立花は大きく息を吐いた。
それは取り急ぎ必要な報告を終え、差し迫る用事を全て完遂したため。
襲撃を受けてから現在まで、ほとんど睡眠時間も取らず働き続けた立花にとって、ようやく訪れた休息の時間と言える。
そんな疲れ切った立花のもとに、後輩教師である紅原が缶コーヒーを両手に持って姿を現す。
「せんぱ~い、お疲れ様で~す」
紅原はコーヒーを片方手渡すと、立花と同じように柵へともたれかかった。
「本当はビールで乾杯といきたいところですけど~」
「それはまた後でな。生徒が寝たらいくらでも相手してやる」
「本当ですか~? 今日の先輩優しい~」
「私はいつも優しいだろ」
「またまた~、ご冗談を~」
「…………」
「……冗談ですよね?」
紅原の問いかけに、立花は答えない。
紅原は怖くなり、それ以上の追及を止めた。
「…………」
「…………」
立花は自分から会話を切り出すタイプではない。そのため紅原が口を閉ざしてしまえば、必然的に沈黙の場ができあがる。
しかし今回は珍しく、立花から紅原に言葉を投げかけた。
「……紅原、今回はお前にも迷惑をかけた。すまなかったな」
「先輩……………………もしかしてさっきの言葉気にしてます~?」
「していない」
これ気にしてるやつだ――紅原はそう確信し、その上で追及は避ける。
「先輩が謝罪する必要ありませんよ~。結局、私は何もできませんでしたから~。大事な時に気絶する役立たずで、敵を拘束できたのもお嬢のおかげですし~」
「それを言うなら私もだ。何もできなかった
そう言って立花が目を向けるのは、少し離れた遠くの景色。
そこに広がるのは、
「『白』を覚醒させた
アイツ――立花の口からその言葉が出ると、紅原は苦い顔を浮かべ、たまらずタバコを取りだして火をつける。
肺に煙が届くのを感じながら、紅原は思い出していた。
人知を超えた力を身につけ、まるで別人のように変わってしまった人物のことを。
「いいじゃないですか~、ただの人間で~。先輩まで変わってしまうのは見たくありませんよ~」
「…………」
立花は言葉を返さない。それが答えだった。
きっときっかけさえあれば、
『白の継承者』――かつて神に仕え、『黒』と対をなす彼女だけが、立花美咲にとっての生きる
教師として働くのも、理事長の手駒として動くのも、あくまで『白』に近づくための手段でしかない。
それを改めて認識し、紅原は泣きそうになる気持ちを誤魔化すため、大きく煙を吐いた。
そして祈る。敬愛する先輩が、かつてのように心の底から笑えることを。
――――――
「今かい? 黄楼炎の本部だよ」
『――――』
「うん、じゃあ後でね」
そうして通話を終えると、雪春たちが通う学園の理事長――レイ・エレシウスは携帯を懐にしまい、木造の建物が並ぶ街並みをゆっくりと歩き出す。
その足取りは軽く、まるで散策を楽しむような陽気さで、レイは目的地へと足を進めていく。
しかしそこは、紛うことなき敵対組織の本拠地。
彼の周囲に広がる光景は、まさにこの世の地獄と化していた。
「誰かあの化け物を止めろ!」
「無理に決まってんだろ! さっさと逃げ――ギャアアアアアアア!」
「『八狼会』の
「さっき死んだ!」
絶望の叫びと血の雨が、夕暮れに照らされた美しい景色に降り注ぐ。
レイ自身は何もしていない。彼の使役する無数の悪魔が、人を襲い、建物を破壊していく。
レイの操る悪魔は、誰もが召喚できるような有象無象の悪魔ではなく、その一体一体が災害指定される高名な悪魔。
量と質を兼ね備えた容赦のない襲撃に、末端の構成員ではただ蹂躙され尽くすのみ。
さらにその蹂躙の場に、とある悪魔が好んで自ら身を投じる。
その悪魔は、『最上級』にして『十王』に数えられる――いわばメイルカムイと同格の存在。
「『冥界王』、『ジャルビイ』、さらには『黒』まで……。
歩を進めるレイの耳に届いたのは、どこか艶かしい女の声。
その声を聞いたレイは、表情を歪めながら足を止めた。
「まるで他人事のように言うんだね。元はと言えば、君が『悪魔大全』を彼に渡したことが原因じゃないか――『
レイがその名を呼ぶと同時に、地面に触れそうなほど長い髪を持つ女が、レイの背にもたれかかるようにして現れる。
知喰王――そう呼ばれた長髪の女は、地に足をつけることなく、宙に浮かびながら笑っていた。
「うふふ、無茶言うわ。世界の末端たる私たちが、
「たかが学生のお遊びに関する情報と、世界の秘に触れる情報を一緒にしないでほしいね」
咎めるような厳しい声でレイは告げる。しかし長髪の女は、反省する素振りを微塵たりとも見せない。
「だからこうして、罪滅ぼしに来たんじゃない。あなたの契約悪魔として、ね」
「よく言うよ。『黄楼炎』の溜め込んだ知識が目的だろうに」
呆れたようにレイがぼやくと、長髪の女は笑みを浮かべたままレイのもとを離れていく。
レイの言葉通り、長髪の女――知喰王に罪滅ぼしなどという殊勝な考えは存在しない。
まだ見ぬ知識を喰らうこと。ただそれだけを目的に、彼女は悠久の時を生きる。
そんな同格の存在であり、契約相手でもある悪魔の自由さに溜息をつきながら、レイはまた歩を進めていく。
この日、古い歴史を持つ『黄楼炎』という組織が、
――――――
チーム合宿最終日――
この日は帰り支度さえ終えれば、昼食まで生徒たちはどう過ごそうと自由。
そして生徒たちが宿泊する宿の目の前には、青く輝く広大な海。ならばやることは決まっている。
目を覚まし、朝食をとった冬二たちはさっそく海へと繰り出していた。
まだ六月とはいえ、気温は高く絶好の海日和。
女子の着替えを待つ間、冬二とその友人である矢川宗助は、砂浜にビーチパラソルを立てながら会話を交わす。
「マジでそう言ってたのか? お前の兄貴が」
「ああ……。去り際、俺にだけ聴こえる声で『お前はレイ・エレシウスに騙されている』と――確かにそう言ったんだ」
「一体何を……って、それがわかれば苦労しねえわな」
「けど、兄貴の言葉に嘘はないと思う。兄貴の目的を知るためにも、俺は知らなきゃならないんだ。その言葉の真意を……」
「でもどうするんだよ。立花先生には取次ぎ拒否されたんだろ?」
「……本人に直接尋ねてみようと思う」
「なっ!?」
兄へと近づくため、親友に背中を押された冬二はもう迷わない。
しかし冬二の選んだ手段に対し、宗助は難色を示す。
「そりゃ無理だろ。学園の理事長といえば、滅多に人前に姿を現さないことで有名なんだからよお」
「…………」
その言葉に、冬二は何も言い返せない。事実冬二も、学園に入学してから理事長の姿を目撃したのは、ミラルクの事件の時の一度のみ。
それも遠くから一方的にであり、相対したことは一度としてない。
それでも、冬二にはある思惑があった。
「確かに、今の俺には手段がない」
「……今の?」
「でも……俺が序列一位になれば話は別だ」
「…………序列特典か!?」
ニヤリと笑みを浮かべて告げる冬二。そしてそんな冬二の思惑を、宗助も理解する。
学園の制定する異能ランク。その異能ランクでAランク認定を受けたものは序列入りし、学園生活において様々な優遇措置がとられる。
また序列が上がるごとにその権利も強くなり、序列が一つ上がれば身分が変わると言われるほど。
そんな様々な優遇措置の中には、序列一位になった者のみに与えられる特別な権利も存在する。冬二の狙いは、その権利を行使すること。
「『魔導王と名高い学園理事長による異能指導』――それが狙いか」
「ああ、直接異能の指導を受けるとなれば、嫌でも顔を合わせることになるだろ? それに、ちょうど来月にはお誂え向きの行事もある。利用しない手はない」
チーム合宿を終え、襲撃を乗り越えた冬二は新たな目標を定める。
『序列一位』――それは限られたごく一部の生徒の中から、さらにその頂点だけが得られる特別な地位。学園に通う生徒のほとんどは、その道のりの果てしなさに目指そうとも思わない。
しかし冬二がたった一年と少しの期間で磨き上げたその力は、
「ほんと……すげえよお前は」
どんな困難にも折れることなく、常に前を向き続ける友人に、宗助は尊敬の念を抱く。
そして宗助は、そんな友人を生涯支え続けようと決意する。
組織と袂を分かった今、もはや宗助に迷いはない。
冬二の力になり続け、隠し事も全て打ち明け、いつか本当の親友になるために――
「序列一位ってことは、
「助かるよ。いつもありがとな、宗助」
「おう! 深国さんの情報なら任せとけ! ありとあらゆる情報を持ってきてやるよ。なんならスリーサイズも――」
「その情報、本当に必要かしら?」
「げっ……」
二人の会話に挟まれる、どこかトゲのある第三者の声。
それを受けて冬二と宗助が振り返ると、そこには個性豊かな水着を身につけた、五人の少女が佇んでいた。
「ちょっと宗助! あんたまた冬二に余計なこと吹きこもうとしたでしょ!」
「してねえしてねえ!」
「冬二さん、よかったら日焼け止めを塗ってくださいませんか?」
「おいシャル! 抜けがけしてんじゃねえよ!」
「そ、その……よければ私も……」
女三人寄れば姦しい。それが五人であればなおさら。
五人の少女はあっという間に冬二を囲み揉みくちゃにしていく。
一方、少女たちからの追及を逃れた宗助は、すぐ隣で美少女たちの水着姿を拝んでいた。
「いやー、眼福眼福」
冬二のおかげでぶん殴られないことに宗助は感謝しつつ――
「
今朝、冬二から一緒に遊ばないかと誘われたものの、迷いなく断った少年の姿を思い浮かべる。
「まあでも……、あいつの気持ちもわからんでもないか」
そう言って宗助は、周りに他の生徒たちもいる状況で、これでもかというほどイチャつく冬二と少女たちの姿を見て、苦笑いを浮かべた。
――――――
同時刻 宿泊部屋――
多くの生徒が海へと繰り出し、チーム合宿最後の時間を満喫する中で、そうでない生徒も少ないながら存在している。もちろん渡谷雪春もその一人。
「雪く~ん、海行かないの~?」
「行かないよ」
「せっかくの海なのに~、雪くんゲームば~っかり」
「いいんだよ、僕はこれで」
荷造りを終えた荷物だけを残し、全員が出払ったその部屋で、雪春は相も変わらずゲームをして過ごしていた。
ルウはそんな雪春の隣で、時折ちょっかいをかけながら暇を潰していると、雪春の傍に見たことのない紙袋が置かれていることに気づく。
「雪くん、これなに~?」
「なんかお菓子だって」
紙袋の中身は、合宿が行われているこの地域で、一番高級なお菓子の詰め合わせ。
それは今朝、雪春がある人物から渡されたものだった。
「食べていい?」
「いいよ」
「わーい!」
許可を得たことで、包装をビリビリに破くルウに目をやりながら、雪春はお菓子をくれた少年のことを思い浮かべる。
「多分なにかの罪滅ぼしのつもりかな。勝手に名前使ったとか」
当たらずといえども遠からず。雪春は事情を知らずとも、スパイだった少年――矢川宗助の心情を正確に察してみせる。その上で、雪春は宗助を憎らしく思う。
どうせなら思いっきり巻き込んでくれたらいいのに、と。
チーム合宿 全行程終了――
雪春の戦利品
・ヘラクレスオオカブト
・粉々に砕け散った妖刀
・チームの絆(自己申告)
次回予告:雪の春の庭