魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
チーム合宿が終わり、休日を挟んで初の登校日。その日は生憎の雨だった。
現在季節は六月と、紫陽花が見頃になる梅雨真っ盛り。しばらくはこんな日が多くなるのだろう――そんな憂鬱な気分になりながら、朝の身支度を行っていたその時、僕はあることを思いつく。
もしかして、これは
その瞬間、下がり気味だった僕のテンションは急上昇していく。
思い立ったが吉日。僕はウッキウキで身支度を終え、原付のカギを
そうして向かったのは、普段あまり使用することのない寮からの最寄り駅。
学園へと向かう列車のホームは、僕と同じ制服を着た学園の生徒たちでごった返している。
しかし僕が降り立ったのは、生徒で溢れかえるそのホームとは反対側。
当然、僕と同じ制服を着た学生は誰もおらず、そのホームに学園行きの列車が止まることはない。
ただでさえ時間ギリギリの今、停車した列車に乗車すれば、考えるまでもなく遅刻確定。
でもそれでいい。それがいい。それこそが、僕の目的なのだから。
『雨の日に、学園行きとは反対の電車に乗り、学校をサボる』――それは僕が中学生の時から、いつかやってみたいと考えていたささやかな夢。
残念ながら中学は自転車通学(片道5キロ)であったため、その夢が叶うことはなかったが、高校生になった今は違う。
列車到着のアナウンスが流れ、僕をあてのない旅へと連れていく電車が到着する。
僕は悲願を叶えるため、ゆっくりと開く扉の中に足を踏み入れた。
街の中心から離れていく電車のためか、ポツポツと空席が目立ち、車内の空気はどこかゆったりと流れている。
学生だらけの満員電車とは違う、ただそれだけのことが、僕にささやかな非日常を感じさせてくれた。
さて、どこまで行こうか? 空いている席に腰を下ろし、僕はこれからのことを考える。
目的地なんてものは存在しない。だからどこまでだって行けるし、今すぐ帰ることだってできる。そう、全てが自由。
ならば本能のままに、身を委ねよう。そう決意した僕は携帯の電源を切る。これで僕を縛るものは何も無い。
携帯で時間を潰すという行為を自ら禁じたため、僕の視線は必然的に外の景色へと向けられる。
窓には斜めに走る水滴が次々と流れていき、その奥には普段見ることのない見知らぬ街並みが広がっていた。
電車に乗り、一体どれほどの時間がたったのだろうか? 普段から腕時計をしない僕に、時間を確認する
やがて窓に映る建物は少しずつ減っていき、景色は田園風景へと移り変わる。
よし、次の駅で降りよう――そう決意した背景に、もちろん合理的な理由はない。なんとなく、ただそれだけ。
次の駅で降りて、一体何があるのか? 当然それもわからない。もしかしたら何も無いのかもしれない。でも、僕はそれでもいいと思っている。
だって、これから目にすることの全てが、いつもと違う非日常であることに変わりはないのだから。
ああ、今日は一体どんな一日になるのだろう。もしかしたら、庭園のベンチで教職の年上女性と出会う――なんてこともあるのかもしれない。
僕は一点の曇りもない非日常への期待を胸に、停車した駅で電車を降りる。するとそこには――――
「おはよう、渡谷雪春」
鬼のような形相の立花先生が、まるで待ち構えていたかのように、僕の目の前に立っていた。
「………………おはようございまぁす」
「どうした? 乗る電車を間違えたか?」
「…………っすね」
「確か雪春は普段原付登校だったな。電車に乗ったのは雨だったからか?」
「…………っすね」
「久しぶりの電車登校なら間違えるのも仕方ないか。今からまた電車で引き返すのも面倒だろう。私が車で送ってやる」
「…………あざっす」
こうして、教職の年上女性が運転する車の助手席に乗せられ、僕のささやかな非日常は終わりを告げる。
学園へと連行される最中の車内は、終始無言だった。
雪の春の庭 完
――――――
ある日のこと。全ての授業が終了し、さあ帰ろうとしたその時、珍しい人物が僕に声をかけてきた。
『声をかけられること自体珍しいのでは?』とか思ったやつ、スクワット100回な。
「雪春、ちょっといいか?」
声をかけてきた人物――それは冬二の親ポジである矢川宗助。
僕と宗助は知り合いと呼べるくらいの関係性ではあるものの、あくまでそれは冬二を間に挟んでのこと。
そのため、冬二を介すことなく直接話しかけてくるのは、やはり珍しいと言える。
「いいけど、どうかしたの?」
「その、驚かずに聞いてほしいんだが……」
そう言って宗助は、深刻そうな表情で一度口を閉じると、少しして意を決したように告げる。
「今日、冬二が学校休んでただろ?」
「そうだね」
「実は…………、その原因が風邪とかじゃなくて、記憶喪失になっちまったせいなんだ……!」
「へえ、そうなんだ」
「悪い雪春、さすがにもうちょっと驚いてくれ」
驚くなっつったじゃん。
「いや、そうなんだけど……。こっちも多少驚くことを想定して話してたから…………というか記憶喪失だぞ! 逆になんで驚かないんだよ!」
悪い宗助。
学園に入学したばかりのころなんて、道端で『人語を話す
わかるか? 集まった野次馬のガキ共に、指をさされて笑われる気持ちが。
異能社会のガキが嫌いになりかけたよ。
「ま、まあそれならそれで話が早いか……。今から冬二の所に案内するから付いてきてくれ」
そう言われて僕は、冬二が入院しているという学園近くの病院に案内される。
ちなみにその病院、なんと学園の理事長が経営しているらしい。
そのため、以前理事長に『学園でケガ人が出ても、いくらでも隠蔽できますね。アハハ』――と冗談で言ってみたところ、ただただ無言で微笑み返されたため、多分やってる。
「ここだ」
病院内をしばらく歩くと、宗助は『綿谷冬二』と書かれた札がかかる病室の前で立ち止まり、その扉を開いた。
「よお冬二。元気にしてたか?」
病室内はベッドが一つ。そのベッドで、上半身を起こした状態の冬二が横になっている。
冬二は僕たちが入室したことに気づくと、わかりやすく作り笑いを浮かべた。
「あ……、宗助さん。こんばんは」
……さん?
「おいおい冬二、呼び捨てでいいってずっと言ってるだろ」
「そ、そうでしたね……。すみません。それで……そちらの方は?」
「ああ、俺たちと同じクラスメイトの渡谷雪春だよ」
「そうだったんですね。
「…………」
性格がひっくり返るタイプの記憶喪失だったか。
普段どちらかというと熱血系主人公タイプの冬二が、ナヨナヨ系主人公にジョブチェンジしてやがる。
「どうだ冬二、雪春を見て何か思い出したりしないか?」
「すみません……、特に何も……」
「そうか……」
どうやら僕の顔を見ても、冬二の記憶に引っかかるようなものは何もないらしく、そのことに冬二と宗助は気落ちしてしまう。空気が重いわね。
「そう言えば冬二の記憶喪失って、何が原因なの?」
異能? 物理?
「ああ、実は『人の記憶を奪う』異能者がいて、そいつにやられちまったんだ。今、茜たちがその異能者を追ってる」
なるほど。茜たちヒロインズがこの場にいないのはそういうことか。
「それで宗助が冬二の看病を任された、と」
「そういうこった。最初は誰が残って冬二の看病をやるかで、揉めに揉めて大変だったんだぜ?」
ヒロインレースが白熱しておる。まあ病室で二人っきりとか、シチュエーションとしてはあまりにも美味しいわけで。
抜け駆けダメ、ゼッタイとなるのも仕方ない。
「雪春に看病を任せて、俺も異能者を追うって案も途中で出たんだが、『あいつが一番危険だ!』って猛反対にあってな」
なんで僕が一番の警戒対象なんだよ。おかしいだろ。
「あ、あの……!」
「ん?」
僕が宗助からこれまでの経緯を聞いていたその時、冬二が会話に割り込むようにして声を出す。
そんな冬二の視線は、僕の方に向けられていた。
「その……、雪春さんは、僕がどんな人間だったのか……詳しかったりしますか?」
「……まあ、それなりには詳しいと思うけど……」
「じゃあ……もしよければ、記憶を無くす前の僕のこと……教えていただけたりしませんか?」
自分のことを知りたい――そう語る冬二の表情はひどく不安そうで、どこか怯えているようにも見える。
「それはぜんぜんいいんだけど……。僕以外から聞いたりはしてないの?」
そう尋ねながら、僕はベッドの傍に置いてある大量の
どうやら僕が来る前に、何人もの人間が冬二のお見舞いに訪れていたらしく、果物から雑誌にゲームと、様々な見舞い品が並んでいた。
誰だ? ゼ〇シィ持ってきたワンチャン狙いのやつ。
「……聞きました。たくさんの人が、記憶をなくす前の僕に、好意的な感情を向けてくれていたと思います」
ならなにを――
「でも、お見舞いに来てくれる人がほぼ全員女性の方だったり……」
それはほら、ハーレム主人公の宿命だから……。
「それに、僕の恋人を名乗る人が五人もいて……」
いるなあ。つけ込もうとしてる汚いやつが。
とりあえず、記憶が戻ったらその五人とは縁切った方がいいと思うよ。
「少し……、怖くなったんです。記憶をなくす前の自分が、一体どんな人間だったのか……」
「…………」
さて、どうしたものか。さすがに『関わってきた女性のほぼ全てを自分に惚れさせ、その好意に微塵も気づかない突発性難聴持ちのクソ鈍感野郎』と正直に言う訳にもいかないし……。
結局まあ、無難なことを言うしかないか。
女性を口説く時の冬二(無意識)みたいに、とっさに気の利いた言葉は思いつかないわけで。
「その、心配することないと思うよ。同じようなこと何度も言われたと思うけど、冬二が良いやつなのは確かだから」
僕がそう答えると、なぜか冬二の表情が固まる。
そして不思議そうに自身の胸の辺りに触れると、ゆっくりと口を開いた。
「あの……、僕と雪春さんって、どんな関係だったんですか?」
…………どんな?
「その、雪春さんに『良いやつ』って言われた時、自然と僕の心が暖かくなったんです。記憶なんて、何も残ってないはずなのに……。だからもしかして、僕と雪春さんって、すごく特別な関係だったんじゃないかって……!」
そう言って冬二は、僕に期待を込めた視線を向ける。
その表情には、今までにない熱がこもっていた。
「…………」
「…………」
こいつ……、記憶なくしてても重いのかよ…………。
「……あー、雪春。俺、外出てようか?」
いや出なくていいよ。むしろいてくれよ。なに変な気を使おうとしてんだよ。
僕は病室から出ていこうとする宗助を引き止めながら、冬二の問いかけに答える。
「もし期待ハズレなら申し訳ないけど、僕と冬二は友人だよ。多分、世間一般で言う普通の友人関係」
「そう……なんですね」
嬉しいのは嬉しい。ただやはり少し残念――冬二のその声と表情から、そんな感情がありありと感じられる。
さすがに少し罪悪感が湧いたので、僕はもう少し言葉を付け足す。
「あれだよ。友人と言っても、学園で僕の友人は冬二だけだから、まあその……特別な関係とは言えなくもないというかなんというか…………」
ダメだ。言ってる途中で恥ずかしくなってきた。
「そう……なんですね」
冬二の返答は先ほど同じもの。しかしその表情は、間違いなく先ほどよりも嬉しそうで。
「ありがとうございます。記憶が戻るのが少し不安だったんですけど……、雪春さんとの記憶を思い出せると思うと、不安が消えてなくなりました。今は早く記憶を戻したくて仕方ありません」
感謝の言葉を告げながら、冬二はにこりと優しげな笑みを浮かべる。
最初に浮かべた作り笑いではない、心からの笑顔を。
だからその言葉と表情は、ヒロインズに向けてやれよと思わんでもないが、今回は冬二の不安を払拭できたという確かな
「なあ雪春、一応聞くけど……、お前と冬二って普通の友人関係なんだよな?」
普通の友人関係ですけど???
後日、冬二の記憶が無事戻ったと、冬二本人から連絡が来た。
ちなみに、記憶を失っていた間の記憶はないとのこと。
しかし記憶喪失の件以降、冬二から『ラーメン食いに行こうぜ!』と誘われる頻度が爆増している。記憶ないんですよね?
自分も犯人捜し手伝おうかと宗助に提案したものの、めちゃくちゃ言葉を選びつつ、やんわりと遠回しに『邪魔だから引っ込んでろ』と言われた雪春