魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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貧乏くじ / 5月31日

 

 平日の朝9時前。学園雇用のメンターとして働く登坂(とさか) 明海(あけみ)は、今日も行列に並ぶ。

 『001』と書かれた紙を手に握りしめ、行列の先頭に並ぶ登坂の表情は、これ以上ないほどに晴れやかだ。

 今日はきっといい日になる――そんな根拠のない自信が登坂の中で満たされる。

 

「登坂ちゃんは新台狙いかい?」

 

「もちろん。神田(かんだ)さんは相変わらず海?」

 

「当然よ」

 

 同じ常連の知り合いと雑談を交えながら、登坂は目の前の扉が開くその時を待つ。

 

 

 しかし彼女は知らない。

 この数日前、自身がとんでもない貧乏クジを引いているという事実を。

 

「ん?」

 

 扉の中から従業員が現れ、さあいよいよとなったその時、登坂の持つ携帯が震える。

 

「あれ、着信だ。……はいはい、もしも~し」

 

『私だ。立花だ』

 

「美咲? どうしたの急に?」

 

 登坂に電話をかけてきた相手――それは学生時代からの知り合いであり、現在は同じ職場で働く同僚だった。

 

『明海、業務用に支給された携帯はどうした?』

 

「業務用? ……あー、多分電源切れたまま机の中かも」

 

『業務中は常に連絡が繋がるようにしていろ。わざわざ私用携帯の方に電話をかけさせるな』

 

「うへー、ごめんてば。そんな怒らないでよ」

 

『まあいい……。それより今どこにいる?』

 

「どこにって……」

 

 この時、登坂は目の前の店――『パチンコ&スロット』と書かれた看板に目を向け、そして告げた。

 

「もちろん、メンター室にいるに決まってるじゃん」

 

『そうか。なら今すぐ高等部2年の職員室に来い。お前がメンターを担当するチームの生徒が問題を起こした。メンター室からならすぐ着くはずだ。10分以内に来なければ…………〇〇〇(ピーー)

 

 そんな議論の余地のないコンプラ違反の言葉と共に、旧友からの通話は一方的に切られてしまう。

 

「…………………………え?」

 

 時刻はちょうど9時。入店が始まり、行列に並ぶ人々が店の中へとなだれ込む中、登坂はただその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪春くん! 一体どうなってるの!?」

 

 登坂さんとメンター契約を結んでから、数日ほどがたったある日の放課後。

 異能の個人指導をするという約束を守ってもらうためメンター室を訪れると、なぜか開口一番にお叱りを受ける。

 はて? 怒られるようなことは何もしてないはずだが。

 

「何の話ですか?」

 

「君のチームメイトの話だよ! 蛇塚くんと、特に烏丸ちゃん!」

 

「ついに退学になりました?」

 

「いや違うよ! ……えっ、雪春くんの中で二人ってそういう認識なの?」

 

 烏丸なら投獄されたと聞いても、驚かない自信はある。

 むしろ『校内無差別呪い乱発事件』とか起こす前に、俗世から隔離するべきだと思ってるので。

 

「とにかく! あの二人がことごとく問題を起こすせいで、私も監督不行き届きで呼び出されるんだよ! まだメンターになって日が浅いのに!」

 

「そうなんですか。大変ですね」

 

「まるで他人事みたいに…………!」

 他人事ですし。

 

「君もリーダーなら、チームメイトが悪さしないようちゃんと引き締めてくれないと!」

 

 無理ですよ。あいつらリーダーの言うことなんて聞きゃしないんですから。

 

「なんならチーム合宿が終わってから、一度も会話してないですし」

 

「え? じゃあメンターを決める時の相談とかどうしたの?」

 

「してないです」

 

「してないの!?」

 

 チームの結成理由からして、僕らは余り物が集められたのが始まり。

 仲良しグループでもなければ、クラスメイトでもないため、会話する機会もゼロなわけで。

 

「でもそっか。初めて二人にあった時、誰だお前みたいな顔されたのはそれが理由だったわけか」

 

 登坂さん(メンター)は驚きつつも、心当たりがあったらしく、納得したという表情を浮かべる。

 

「その……、基本放任主義の私が言うのもなんだけど、君たちのチーム……それでいいの?」

 

「いいんですよ。別にチームで何か目指そうとか、そういう目標もないんで」

 

 ならばチームという枠組みは、リーダーである僕の自由に使わせてもらうのが筋というもの。

 

「このチームは僕の独裁体制。僕の僕による僕のためのチームです。異論は封殺します」

 

「おっと、もしかしなくても君も問題児側だな?」

 

 失礼な。僕ほど真面目な生徒はそういまい。

 

「と・に・か・く! 特に問題なのは烏丸ちゃんだよ! 蛇塚くんは喧嘩っ早いけど、原因は相手側にあったり、ちゃんと話は通じるからまだマシ! でも烏丸ちゃんに至ってはもう無理!」

 

 お手上げしちゃった。

 

「これでも珍しく指導者らしいことしたんだよ!? 烏丸ちゃんが問題起こした後に二人きりで話し合って、『何か気に入らないことがあっても、一度冷静になって考えてみよう』とか、『人を呪おうとする前に、私に連絡して相談して』とか。そしたら烏丸ちゃん、笑顔で『わかった!』って言ってくれたんだよ……!」

 

「次の日にはまた誰か呪いました?」

 

「3時間後だよ!」

 

 呪いの装備が火を吹いておられる。

 

「もうどうなってるのあの子……。人ってあんなに躊躇いなく誰かを傷つけれるものだっけ?」

 

 しょうがないですよ。烏丸は理性のブレーキが非搭載のうえ、基本行動が常にファンブルみたいな存在ですから。

 

「ことある事に呼び出されるし、始末書書かされるし…………。仕事しないために人数少ないチーム選んだのに……」

 

 そう言って嘆きの言葉を吐きながら、メンターは机に突っ伏してしまう。

 

「そんなに忙しいんですか?」

 

「めちゃくちゃ忙しいよ。勤務時間中ずっと仕事してる」

 

 じゃあ健全じゃねえか。

 

「雪春くん! 君にわかる!? 朝一で6ツモって、今日一日ぶん回すぞ! ってなった時に学園から呼び出される私の気持ちが!?」

 

「すみません、そもそも何の話してるのかわからないです……」

 

 ダメだ。このままだと永遠にメンターの愚痴を聞かされ続けてしまう。

 早いところ話を個人指導の方へ持っていかなければ。

 

「まあ烏丸さんには、機会があれば僕からも一言伝えておきます。あまり問題起こさないようにって」

 

 聞くはずもないけど。

 

「それより異能の個人指導お願いしますよ。今日はそのために来たんですから」

 

「あっ、そうだったね。じゃあ早速やっていこっか」

 

「よろしくお願いします」

 

「はいよろしく。ならまずは能力把握からかな。アレ(・・)、持ってきてくれた?」

 

「はい」

 

 僕はメンターがアレ(・・)と口にしたものを、カバンから取り出す。

 それは束になった紙の資料で、その資料に記載されている内容は、僕の異能に関する詳細。

 

「これ最新の?」

 

「そうですね。チーム合宿後の、異能測定(・・・・)の結果が反映されたものです」

 

「どれどれ……」

 

 そのまま資料を手渡すと、メンターは真剣な表情で読み進めていく。

 頬がちょっと赤いのは、先ほど少し興奮していたからで、お酒を飲んでいるからではないと信じたい。

 

「ランクは合宿前と変わらず。魔力量……は普通くらいかな。魔力操作……もまずまず。変換効率……悪くはないね。精密度も…………」

 

 資料を読み進めていくうちに、メンターの表情はどんどん難しいものへと変わっていく。

 そうして一通り読み終えると、あからさまな作り笑いを浮かべて告げた。

 

「まあ、その…………………………………………これといった短所がなくてイイネ!」

 

 いいんですよ。これといった長所がないと、はっきり言っても。

 

「いや、ほんとに悪くないんだよ? 割とEランクって目立つ弱点がある場合が多いから。でも言葉を選ばずに言わせてもらうなら、やっぱり器用貧乏感は否めないかな」

 

「ですよねえ……」

 

 自分でもある程度自覚していた所感を他者から告げられることで、僕は改めて思い知らされる。自分の平凡さというものを。

 

「器用貧乏が悪いわけじゃないんだけど、何か得意な項目があった方がいろいろと有利だからね。戦闘にしろ、進学や就職にしろ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん、わかりやすく戦闘を例に出すけど、全ての能力水準が高いパターンって、どう足掻いても上には上がいるんだよ。極端な例だと、長命種のエルフや、寿命という枠から外れた悪魔にはまず敵わない」

 

 その言葉を聞き、僕はなるほどと納得する。

 全盛期の短い人間と違い、いつまでも能力を磨き上げられるとなれば、そりゃ勝てるわけないよな、と。

 

「でもさっきも言った通り、満遍なく能力を伸ばすことは悪いことじゃないよ。チーム内にそういう人間が一人いると、バランサーとして役に立つからね。だからまずは方針を決めようか」

 

 そう言ってメンターは、僕に向けて指を二本立てる。

 

「私が提案する指導方針は二つ。一つ目は能力を満遍なく伸ばし、弱点らしい弱点を全て消す方向。一方で二つ目は、どこでも誰にでも通用するような、何か一つ秀でた項目を作る方向。それぞれのメリットデメリットとしては――」

 

「二つ目でお願いします!」

 

 僕は詳しい話を聞くまでもなく、後者を選択する。

 

 確かに、弱点が存在しないというどこか玄人感ある力もかっこいいと思う。

 しかし僕が憧れるのはやはり、ザ・主人公感あふれる一点特化の力。その選択に迷いはなかった。

 

「オーケー。どうやら腹は決まってるみたいだし、それでいこうか」

 

 メンターも僕の選択に反対することはなく、こうして指導方針が確定する。

 

 ヤバい……! 今の僕、普通に主人公っぽいことしてない?

 指導者とマンツーマンで指導方針を決めるとか、完全に修行回の冒頭じゃん……!

 間違いない。これは修行を経て、見違えるほどの力をつけた僕が大活躍する流れだ!

 

 さあ、ついに待ちに待った異能指導が始まるぞ!――――となったその時、室内に校内放送が流れ出した。

 

『高等部2年、渡谷雪春く~ん。今すぐ職員室に来るように~。繰り返しま~す。高等部2年、渡谷雪春く~ん。今すぐ職員室に来るように~』

 

「うええええ!?」

 

 あまりのタイミングの悪さに、僕は思わず叫んでしまう。

 何も今じゃなくても……!

 

「あらら。雪春くん、何かやらかした?」

 

「何もやらかしてないはずですけど……」

 

 しばらくは補習とかもないはずだし……。

 

「行った方がいいよ。さっきの声、おそらく愛子(あいこ)ちゃんでしょ? 愛子ちゃん普段はニコニコしてるけど、怒らすとけっこう怖いよ~。別に異能指導はいつでもできるしさ」

 

 ぐっ……! まあ今回は指導方針を決定できただけ良しとしよう。

 

「それより本当に呼び出される心当たりないの? 何か後ろめたいこととか」

 

「まあないわけじゃないですけど……」

 

 メイルカムイの件とか。

 

「でも仮にバレてたら、職員室に呼び出し程度じゃすまないんで、多分違うと思います」

 

「……え? ちょっと待って、雪春くん何したの……? ねえちょっと! 何やらかしたの君!? 私にも責任問われることじゃないよね!? 雪春くん!???」

 

 僕は慌てふためくメンターを無視し、部屋を出て職員室へと向かった。

 

 

 責任、一緒にとってくださいね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

  おまけ

 

 

 

 

 

 

「まずい……、本当に貧乏クジ引いたかも…………」

 

 自身の運の無さに絶望し、登坂は一人になったメンター室でうなだれる。

 

 そしてひとしきり落ち込んだ後、顔を上げて登坂は声を出した。

 それは独り言のようにぼやくのではなく、メンター室の()にまで届くような大声で。

 

美咲(・・)ー! いい加減入ってきなよー!」

 

 その登坂の言葉に返事はない。

 しかし、しばらくするとメンター室の扉が開き、雪春の担任教師である立花美咲が姿を現す。

 立花のその表情は、一見すると不機嫌に思えるほど険しい。

 しかし長い付き合いから、それが普段通りの表情であることを知っている登坂は、笑顔で立花を部屋の中へと招き入れる。

 

「珍しいね。美咲の方が私のところに来るなんて」

 

「実家からコイツ(・・・)が送られてきてな」

 

 そう言って立花は、手に持っていた一升瓶を掲げる。

 その一升瓶には、『魔人殺し』と書かれたラベルが貼られていた。

 

「えっ!? それ美咲の地元で有名な地酒じゃん! なかなか手に入らないって噂の! もしかしてくれるの!?」

 

「ああ」

 

「美咲大好き!!! ほらこっち座って! 飲もう飲もう!」

 

 登坂は目を輝かせながらソファの方へと移動し、立花もソファへ座るよう促す。

 

「放課後とはいえまだ勤務時間だ。後にしろ」

 

「うえ~、美咲が珍しくマジメなこと言ってる~」

 

「私はいつだって真面目だ」

 

「アハハハハ!」

 

 立花の返答に、登坂は(はばか)ることなく口を大きく開けて笑う。

 しかしすぐに、その表情はどこか穏やかな笑みへと変化していった。

 

「……そうだね。昔の美咲からは考えられないほど、真面目になったよね」

 

「…………」

 

「ほら、飲まなくてもいいから座りなよ。何か話すことがあって来たんでしょ?」

 

 立花はその問いに答えない。

 ただその代わり、ソファに腰を下ろすことで肯定の意を示す。

 

 お互い腰を下ろし、机を挟んで向かい合う中、立花がゆっくりとその口を開いた。

 

「……冬二に、個人指導しているらしいな」

 

「…………」

 

「チームのメンターは断っておきながら、どういう風の吹き回しだ?」

 

「いやー、そこはほら、冬二くんがあまりにも食い下がるもんだから、その熱意に負けちゃってね。メンターを引き受けるのは無理だけど、個人指導ならってことで」

 

「嘘をつくな。お前はそういった面倒ごとを一番嫌うはずだ」

 

「熱意に負けたのは本当だよ。必死に頼み込むその表情が、綿谷メンター(・・・・・・)にそっくりだったからさ」

 

「っ……」

 

 『綿谷メンター』――その言葉を登坂が口にすると、ほんの一瞬ではあるが、立花は顔をこわばらせる。

 

「……気づいてたのか」

 

「そりゃ気づくよ。あれだけ二人の面影があるんだから。普段の表情は、どちらかというと冬奈(とうな)さん似かな」

 

「…………」

 

 立花はしばらく口を閉ざす。それは懐かしい二人の人物の名を聞き、湧き上がる感情が処理しきれない故。

 そのため、立花は一度時計に目をやり、時刻を確認してから小さくつぶやいた。

 

「……明海、グラスを出してくれ」

 

「あれ、いいの?」

 

「勤務時間外だ」

 

 目を閉じ、あいも変わらず不機嫌そうな表情で告げる立花に、登坂は思わず笑みを浮かべる。

 

「こうして美咲と二人っきりで飲むのって、もしかして初めてじゃない?」

 

「……そうだな」

 

 偶然訪れた旧友とのサシ飲みの機会に、グラスを取りに行く登坂の足取りは軽い。

 そうして棚から取り出したグラスに、登坂は立花が持参したお酒を注いでいく。

 

「じゃ、乾杯」

 

「ああ」

 

 静かな部屋の中で、グラスを当てた音が反響する。

 その音に、二人はどこか寂しさを覚えた。この場には、たった二人しかいない事実を噛みしめて。

 

「さっきの話の続きだけど、私が冬二くんに個人指導する理由――――美咲なら言わなくてもわかるでしょ?」

 

「……恩か」

 

「正解。私が……いや、私たちが綿谷メンターから受けた恩を返す(すべ)は、17年前のあの日(・・・)に失われてしまった。なら、その恩は息子に返すのが筋ってものじゃない?」

 

「…………そうなのかも、しれないな」

 

 立花は思い出す。登坂が口にした、『17年前のあの日』のことを。

 それは10年以上の時を経てなお、鮮明によみがえる悲しみの記憶。

 忘れない、忘れられるわけがない。その日、立花は人生で初めて尊敬できた師と、心から通じ合った大切な親友を失ったのだから。

 

 彼女は忘れない。17年前の5月最終日――――

 

 

 

 

 

 ――季節外れの雪が降った、凍えるようなあの寒さを。

 

 

 




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