魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話 作:考える人
その日、店内はこれまでにない異常な緊張感を漂わせていた。
それは新人アルバイターである桜にも感じとれるほど濃密なもの。
「空気が……
客は食事を楽しみ、スタッフは笑顔で接客し、誰一人として争うことのないそれは、まさに理想郷。ファミリーレストランのあるべき本来の姿だと言えるだろう。
しかし、『火事と喧嘩は店の
「おい! この料理、いつもより提供温度が2℃低いぞ!」
「申し訳ありません。すぐに新しいものをお持ちします」
「お、おう………………今日はやけに素直だな」
そしてその異常事態を、客側も少しずつ気づき始めていく。
「まずい、かも……」
嵐の前の静けさ――それを感じとった桜は、今朝のことを思い出していた。この状況を作り出した、店長のとある一言を――――
少し時はさかのぼり、朝のシフトが始まろうとしていた時のこと、店長がスタッフたちを集め、衝撃的な言葉を告げる。
「みんな……、落ち着いて聞いてほしい。今日………………抜き打ちで立ち入り調査が入る」
調査――その言葉に、スタッフたちのざわつきが増す。
「なっ……!? どうしてそんな急に!?」
「詳しい理由は分からないけど、どうやらウチの店が、国から反社会的組織の可能性ありと判断されたらしい」
「そんな……!? ふざけやがって! 事実無根だ!」
「そうだそうだ! 俺らはマジメに働いてるだけっだってのによ!」
「私もそう思うよ。でも国は――」
「すみませーん! 黒川急便でーす! 拳銃百丁お届けに参りましたー!」
「はーい! そこに置いといてくださーい! ………………でも国はそうは思わなかったみたいだ」
「そんな……! ひどい…………!」
国からの圧政、その理不尽な仕打ちに、スタッフたちは怒りを露わにする。
「あれ? でも抜き打ちなら、店長はどうやってその情報を知ったんですか?」
「ああ、役所にはおか……ゴホン! お友達がいるからね。その人が知らせてくれたんだ。それより、もしこの調査で反社会的組織だと判断されれば、無期限での営業停止措置もありえる」
営業停止――それはスタッフたちにとって死活問題だった。
ここでしか働けないもの、ここにしか居場所がないもの、そういった人物もこの店には多い。この店に拾われた桜も、その一人と言っていいだろう。
「だからみんな、今日は……より気をつけて仕事をしてほしい」
「わかりました!」
「この店のためなら……俺たちやってやりますよ!」
次々と湧き上がる賛同の声。それを受け、店長の水谷は心からの感動を覚えた。
これだけ多くのスタッフたちが、これほどまでに店のことを想ってくれているのだと。
「じゃあみんな、働く上でこれだけは気をつけてほしい」
そうして店長は告げる。スタッフたちに課す、守るべき条件を。
「みんな、今日一日…………暴力禁止で」
「ふざけんな!」
「暴力なしでどうやって接客しろってんだ!」
「この店で働く唯一のメリットじゃねえか!!!」
手の平を返すように、スタッフたちからは怒声が飛び交う。
桜も怒りこそしないものの、心から困惑していた。一体どのようにして、モンスタークレーマーたちを相手に、暴力抜きで立ち向かえばいいのかと。
「落ち着いてみんな。私が得た情報は、今日調査が入るという事実のみ。調査員の数や人相は不明で、最初は普通の客として、店内の様子を確認することも考えられる」
「けど……」
「みんなの気持ちは分かる。でも、
といったことがあり、スタッフたちは渋々ながらも店長の指示に従い、接客を行っている。非常にストレスはたまるものの、今日だけならばと。
桜も、時折暴れそうになる右腕を必死に抑えながら、なんとか接客を行っていた。
今朝早々に、先輩スタッフの権田が暴力をふるい、客の一人を気絶させてしまったが、それを除けば大きな問題もなく、意外にも順調に時間が過ぎていく。
しかし、時刻がちょうどお昼を過ぎたころ、事件は起こる。
「まずい! クレーマー四天王の一人、『“昭和の遺物”
桜がちょうど厨房に戻ってきたその時、スタッフの一人が大慌てで厨房へと入り、要注意人物の来店を告げる。
「くそっ……! この昼時に…………!」
「『セクハラパワハラは日常会話。コンプラ? まだ食べたことない』の老害ジジイめ……!」
「まあでも、四天王一人だけならなんとか……」
「大変だ! 『時間歪曲の玉峰』が来やがった!」
それは、二人目の四天王来訪を告げる叫び。
四天王が二人そろうのは、暴力が解禁されている普段でも異常事態。
しかしそれだけにとどまらず、その場にいた桜は言いようのない不安を覚える。まだ、これ以上の最悪を予感させる漠然とした不安。
そして、その不安は的中した。
「ぼ、『暴の
「………………」
もはや声すら出すことができない。三人目の四天王来襲に、スタッフたちは現実を受け入れられず、持っていた食器をその場に落とす。
「……ど、どうなってんだ!? こんな一気に……!」
「それだけじゃありません! 四天王傘下のクレーマーたちも、続々と集結しています!」
「嘘だろ……!?」
「暴力がダメってことは、『毒殺の白川』や『炎使いの竹田』、『恋人はAIの中島』に『暴の化身・伊藤』も無力同然。クソッ! なんだってこんなことに……!?」
まるで図ったかのようなクレーマーたちの集団来店に、厨房のスタッフたちはこれ以上とない焦燥に駆られる。
傘下のクレーマーってなに?――そう尋ねたかった桜だが、空気を読んで口を
「偶然じゃ……ないのかもね」
そんな焦るスタッフたちのもとに、深刻な表情を浮かべた店長が姿を現す。
「店長、それってどういうことですか?」
「おそらく、情報が出回ったんじゃないかな。今日の私たちが、暴言暴力を使用してこないぞという情報が」
「そうか、それで……!」
店長の言葉により、桜たちはこの異様な事態が引き起こされた原因を理解する。
しかし原因が判明したからといって、それが解決策に繋がるかは別の話。
「仲村がやられた! 誰かヘルプに入ってくれ!」
「伊藤が今にも暴発しそうだ! 鎮静剤の準備を!」
「だからカーテンにつけるやつってなんだよ!!」
「おいRPG持ってこい。あのセクハラジジイ、木っ端微塵にしてやる」
「落ち着いて篠田さん! それは今日ダメなんだって!」
ただでさえ忙しい昼の時間帯。そこに輪をかけるようなクレーマーたちの来店。料理の提供も滞り、もはや現場は一種のパニック状態。
経験豊富なスタッフでも余裕のないこの状況において、新人の桜にはどう動くべきかの判断もつかない。
桜は自身の無力さを思い知る。そのような思いを抱いたのは、かの冥界王との戦い以来。
四天王が猛威をふるい、傘下のクレーマーたちが
この時、誰もが必死に手を動かしながらも、心の中ではどこか諦めていた。もはや営業停止の運命は避けられないのだと――
しかし、この店の最高責任者――店長の水谷だけは、まだ諦めていなかった。
それは往生際の悪さ故ではなく、明確な根拠があってのもの。
店長である彼だけが知っていたからだ。あと少しで、
「――お疲れ様です。状況はどうなってますか?」
突如、更衣室の扉が開かれ、聞こえてきたのは少年の声。その声を聞き、水谷は歓喜する。
そして厨房に集まっていたスタッフたちも、仕事着の紐を結びながら歩く少年――この店のエースである渡谷雪春の登場に、驚きを隠せない。
「渡谷……!? お前今日はシフト入ってないはずじゃ……!」
「みなさんのピンチを聞き付け、急いで駆けつけました。それより状況はどうなってます?」
「あ、ああ……! 今四天王のうち三人が揃っていて、傘下のクレーマーも幅を利かせてる。
「それなら大丈夫です。さっき店の外で、四天王の一人が僕と目を合わせた瞬間、逃げるように去っていきましたから」
「なっ!?」
あろうことか、エースは既に四天王の一人を撃退し、この場に到着していた。その事実に、桜は戦慄する。
雪春の登場、ただそれだけで場の空気が変わり、一気に事態を好転させてみせた。それまでの流れなど関係ない。自ら流れを生み出し、ホールを支配してみせる。その姿はまさにファミレス界のファンタジスタ。
喜びに沸く厨房内。しかし、そんななかで桜だけが絶望していく。
エース、そして『深淵』と呼ばれるスタッフの実力を、肌で感じた桜は気づいてしまったのだ。先輩である篠田から以前言われた言葉を思い出し、そして実感する。自分は、渡谷先輩のようにはなれないのだと。
「それで終わるつもりかい?」
「えっ?」
雪春との間にある大きな壁に気づき、ショックを受けていた桜。そんな桜に、いつの間にか隣にいた水谷が
「確かに、渡谷くんはスタッフの中でも抜きん出ている。君がその差を痛感するのも道理だろう。でもね、絶望までする必要はどこにもない」
「わた、しは…………」
「君にだってあるはずだよ。渡谷くんにはない、君だけが持つ強みってやつが。少なくとも、私はそう思っている」
そんなもの、本当にあるのだろうか。まだ経験の浅い桜には、皆目見当もつかない。
しかしこの店のトップが、力強い目を向け、あると告げるのだ。その言葉を信じてみよう――桜はそう決意する。
「店長…………。私、やります……!」
「よし、その意気だ。渡谷くん、私も現場に出よう。みんなが頑張ってるなか、一人ふんぞり返っているわけにはいかないからね」
「あ、店長はホールに出ないでください。店長が接客しても厄介事しか生まないので」
「……やっぱり
「四天王は僕が担当するんで、ベテランスタッフが傘下のクレーマーをお願いします。権田さんはロッカーに閉じ込めておいてください。ではいきましょう」
「「「おお!!!」」」
エースの躍動、高まったスタッフたちの士気。直面するこの危機を乗り越えるため、店員たちの間にはかつてないほどの絆が生まれていた。
そして数時間後――
「ふう、ようやく落ち着いてきたね。もう大丈夫だろう」
昼時のピークを乗り越え、四天王やその傘下たちが撤退したホールでは、ようやくいつもの落ち着きを取り戻し始める。
「それもこれも、うちのエース……渡谷くんのおかげだよ。本当にありがとう。さすがは私の右腕だ」
「誰が誰の右腕?」
「桜さんも、よく頑張ったね」
「…………はい」
頑張った――そんな褒め言葉の常套句を、桜は不思議に思う。
桜が以前所属していた組織では、
そして桜自身も、その考えに共感していたし、正しいと考えている。
だからこそ、桜は理解できない。“頑張った”などという過程を示すお褒めの言葉を。そして――
「…………変な、感じ」
その言葉をもらい、ほんのりと心が温かくなっている自分を。
「さて、後は権田くんが気絶させてしまったお客様の対応だけだね」
店長がそう告げると、その場にいたスタッフたちが一斉に、休憩室に置かれているソファへと目を向ける。
桜もつられて目を向けると、そこには四十代ほどの男性が、意識のない状態で横になって寝かされていた。
「とりあえず、目を覚ましたら事情を説明して許してもらわないと。なんとか穏便に済むといいんだけど……」
「あの、まだ経験の浅い僕がこんなこと言うのもなんですけど、権田先輩を雇い続けるメリットあります? 備品は壊すし、新人はいびるし……。この前も接客中に女性客を口説こうとして、あまりのしつこさに通報されてましたよ」
「……まあその、彼はほら……………………泥酔して暴れる客とかにぶつけるとちょうどいいから…………」
「デメリットの方がぜってえでけえって。この前なんて私のこと口説いてきたからな」
「ちょっ! 篠田さんそれは……!」
「ヤバい! 竹田が火炎放射器取り出したぞ!」
「全員で抑えつけろ!!!」
和気あいあいと、そんな仲睦まじい先輩たちの様子を眺めていた桜だったが、ふとソファの下に
近づき、拾い上げ、なかを確認してみると、それは名刺入れだった。入っていた名刺には、知らない人物の名前が記載されている。そのため、この名刺入れはソファで気絶している客のものだろうと、桜は推測する。
そして当然ながら、その名刺には男性の所属する組織と、その組織での役職も記載されていた――
――『国家テロ対策組織・特殊調査官』と。
「……店長さん」
「ん? どうしたの桜さん」
桜は落ちていた名刺入れと、なかに入っていた名刺を水谷へと手渡す。
「ああ、このお客さんの落としも…………」
水谷は渡された名刺内容を確認したことで、思わず言葉を失い、その表情からは血の気が引いていく。そしてそれは、後ろから覗き込んでいた先輩スタッフたちも同様。
「…………」
先ほどまでの喧騒が嘘のように思えるほど、室内に流れる空気は重々しい。
そんな空気の中、水谷はゆっくりと口を開いた。
「……みんな、このお客様はお酒を注文し、飲みすぎてそのまま爆睡してしまった。うちのスタッフが殴ったなんて事実はないし、この名刺も誰も見ていない。そうだね?」
水谷が発したその言葉に対し、誰からも返事はない。しかし桜を除いたスタッフたちは、すぐさま行動を開始する。
「空き瓶や空き缶の準備してきます」
「注文履歴も作っとかないとな」
「渡谷くん、防犯カメラの映像なんだけど――」
「いい感じにいじっときます」
「ここにいないスタッフにも、口裏を合わせるように――」
そこに具体的な言葉はなく、飛び交うのは必要最低限の指示のみ。
それは桜がこの店で働き始めて以来、初めて見るスタッフ間での完璧な連携だった。
作業に一切の
しかし桜は確信する。これこそが、このお店の持つポテンシャル、真の姿なのだと。
そして確信すると同時に、桜は決意する。いつか自分も、その
それはこれまで、ひたすら受動的に生きてきた桜が、生まれて初めて抱いた目標だった。
彼女はまだ気づかない。この店で働くことで、自身のあり方が大きく変化していることを。
「ヤバっ! 調査官の人が目を覚ましかけてる!」
「白川さん呼んでこい! 睡眠薬でもう一度眠らせるぞ!」
それが良い影響であるかどうかは、また別の話。