魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話   作:考える人

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無双回


夏休み初日 後編 新人アルバイターの成長記録

 

 その日、店内はこれまでにない異常な緊張感を漂わせていた。

 それは新人アルバイターである桜にも感じとれるほど濃密なもの。

 

「空気が……(よど)んでいる」

 

 客は食事を楽しみ、スタッフは笑顔で接客し、誰一人として争うことのないそれは、まさに理想郷。ファミリーレストランのあるべき本来の姿だと言えるだろう。

 しかし、『火事と喧嘩は店の(つね)』と名高いこの店で、暴力ゼロは言うまでもなく異常事態。

 

「おい! この料理、いつもより提供温度が2℃低いぞ!」

 

「申し訳ありません。すぐに新しいものをお持ちします」

 

「お、おう………………今日はやけに素直だな」

 

 そしてその異常事態を、客側も少しずつ気づき始めていく。

 

「まずい、かも……」

 

 嵐の前の静けさ――それを感じとった桜は、今朝のことを思い出していた。この状況を作り出した、店長のとある一言を――――

 

 

 

 

 少し時はさかのぼり、朝のシフトが始まろうとしていた時のこと、店長がスタッフたちを集め、衝撃的な言葉を告げる。

 

「みんな……、落ち着いて聞いてほしい。今日………………抜き打ちで立ち入り調査が入る」

 

 調査――その言葉に、スタッフたちのざわつきが増す。

 

「なっ……!? どうしてそんな急に!?」

 

「詳しい理由は分からないけど、どうやらウチの店が、国から反社会的組織の可能性ありと判断されたらしい」

 

「そんな……!? ふざけやがって! 事実無根だ!」

 

「そうだそうだ! 俺らはマジメに働いてるだけっだってのによ!」

 

「私もそう思うよ。でも国は――」

 

「すみませーん! 黒川急便でーす! 拳銃百丁お届けに参りましたー!」

 

「はーい! そこに置いといてくださーい! ………………でも国はそうは思わなかったみたいだ」

 

「そんな……! ひどい…………!」

 

 国からの圧政、その理不尽な仕打ちに、スタッフたちは怒りを露わにする。

 

「あれ? でも抜き打ちなら、店長はどうやってその情報を知ったんですか?」

 

「ああ、役所にはおか……ゴホン! お友達がいるからね。その人が知らせてくれたんだ。それより、もしこの調査で反社会的組織だと判断されれば、無期限での営業停止措置もありえる」

 

 営業停止――それはスタッフたちにとって死活問題だった。

 ここでしか働けないもの、ここにしか居場所がないもの、そういった人物もこの店には多い。この店に拾われた桜も、その一人と言っていいだろう。

 

「だからみんな、今日は……より気をつけて仕事をしてほしい」

 

「わかりました!」

 

「この店のためなら……俺たちやってやりますよ!」

 

 次々と湧き上がる賛同の声。それを受け、店長の水谷は心からの感動を覚えた。

 これだけ多くのスタッフたちが、これほどまでに店のことを想ってくれているのだと。

 

「じゃあみんな、働く上でこれだけは気をつけてほしい」

 

 そうして店長は告げる。スタッフたちに課す、守るべき条件を。

 

「みんな、今日一日…………暴力禁止で」

 

「ふざけんな!」

 

「暴力なしでどうやって接客しろってんだ!」

 

「この店で働く唯一のメリットじゃねえか!!!」

 

 手の平を返すように、スタッフたちからは怒声が飛び交う。

 桜も怒りこそしないものの、心から困惑していた。一体どのようにして、モンスタークレーマーたちを相手に、暴力抜きで立ち向かえばいいのかと。

 

「落ち着いてみんな。私が得た情報は、今日調査が入るという事実のみ。調査員の数や人相は不明で、最初は普通の客として、店内の様子を確認することも考えられる」

 

「けど……」

 

「みんなの気持ちは分かる。でも、拳聖祭(けんせいさい)も近いこの書き入れ時に、常日頃から暴力を振るう店だと思われて、営業停止にされるわけにはいかないんだ。みんなどうか協力してほしい――――

 

 

 

 

 

 

 といったことがあり、スタッフたちは渋々ながらも店長の指示に従い、接客を行っている。非常にストレスはたまるものの、今日だけならばと。

 桜も、時折暴れそうになる右腕を必死に抑えながら、なんとか接客を行っていた。

 今朝早々に、先輩スタッフの権田が暴力をふるい、客の一人を気絶させてしまったが、それを除けば大きな問題もなく、意外にも順調に時間が過ぎていく。

 

 しかし、時刻がちょうどお昼を過ぎたころ、事件は起こる。

 

「まずい! クレーマー四天王の一人、『“昭和の遺物”茂森(しげもり)』が来店してきたぞ!」

 

 桜がちょうど厨房に戻ってきたその時、スタッフの一人が大慌てで厨房へと入り、要注意人物の来店を告げる。

 

「くそっ……! この昼時に…………!」

 

「『セクハラパワハラは日常会話。コンプラ? まだ食べたことない』の老害ジジイめ……!」

 

「まあでも、四天王一人だけならなんとか……」

 

「大変だ! 『時間歪曲の玉峰』が来やがった!」

 

 それは、二人目の四天王来訪を告げる叫び。

 四天王が二人そろうのは、暴力が解禁されている普段でも異常事態。

 しかしそれだけにとどまらず、その場にいた桜は言いようのない不安を覚える。まだ、これ以上の最悪を予感させる漠然とした不安。

 

 そして、その不安は的中した。

 

「ぼ、『暴の権化(ごんげ)・伊藤ジュニア』だ!」

 

「………………」

 

 もはや声すら出すことができない。三人目の四天王来襲に、スタッフたちは現実を受け入れられず、持っていた食器をその場に落とす。

 

「……ど、どうなってんだ!? こんな一気に……!」

 

「それだけじゃありません! 四天王傘下のクレーマーたちも、続々と集結しています!」

 

「嘘だろ……!?」

 

「暴力がダメってことは、『毒殺の白川』や『炎使いの竹田』、『恋人はAIの中島』に『暴の化身・伊藤』も無力同然。クソッ! なんだってこんなことに……!?」

 

 まるで図ったかのようなクレーマーたちの集団来店に、厨房のスタッフたちはこれ以上とない焦燥に駆られる。

 傘下のクレーマーってなに?――そう尋ねたかった桜だが、空気を読んで口を(つぐ)んだ。

 

「偶然じゃ……ないのかもね」

 

 そんな焦るスタッフたちのもとに、深刻な表情を浮かべた店長が姿を現す。

 

「店長、それってどういうことですか?」

 

「おそらく、情報が出回ったんじゃないかな。今日の私たちが、暴言暴力を使用してこないぞという情報が」

 

「そうか、それで……!」

 

 店長の言葉により、桜たちはこの異様な事態が引き起こされた原因を理解する。

 しかし原因が判明したからといって、それが解決策に繋がるかは別の話。

 

「仲村がやられた! 誰かヘルプに入ってくれ!」

 

「伊藤が今にも暴発しそうだ! 鎮静剤の準備を!」

 

「だからカーテンにつけるやつってなんだよ!!」

 

「おいRPG持ってこい。あのセクハラジジイ、木っ端微塵にしてやる」

 

「落ち着いて篠田さん! それは今日ダメなんだって!」

 

 ただでさえ忙しい昼の時間帯。そこに輪をかけるようなクレーマーたちの来店。料理の提供も滞り、もはや現場は一種のパニック状態。

 経験豊富なスタッフでも余裕のないこの状況において、新人の桜にはどう動くべきかの判断もつかない。

 桜は自身の無力さを思い知る。そのような思いを抱いたのは、かの冥界王との戦い以来。

 四天王が猛威をふるい、傘下のクレーマーたちが跋扈(ばっこ)するホールでは、誰がどこで手を出してもおかしくない。

 この時、誰もが必死に手を動かしながらも、心の中ではどこか諦めていた。もはや営業停止の運命は避けられないのだと――

 

 しかし、この店の最高責任者――店長の水谷だけは、まだ諦めていなかった。

 それは往生際の悪さ故ではなく、明確な根拠があってのもの。

 店長である彼だけが知っていたからだ。あと少しで、エース(・・・)が到着することを。

 

 

 

「――お疲れ様です。状況はどうなってますか?」

 

 

 

 突如、更衣室の扉が開かれ、聞こえてきたのは少年の声。その声を聞き、水谷は歓喜する。

 そして厨房に集まっていたスタッフたちも、仕事着の紐を結びながら歩く少年――この店のエースである渡谷雪春の登場に、驚きを隠せない。

 

「渡谷……!? お前今日はシフト入ってないはずじゃ……!」

 

「みなさんのピンチを聞き付け、急いで駆けつけました。それより状況はどうなってます?」

 

「あ、ああ……! 今四天王のうち三人が揃っていて、傘下のクレーマーも幅を利かせてる。苦情者の宴(クレーマーパーティー)の開演はもう避けられな――」

 

「それなら大丈夫です。さっき店の外で、四天王の一人が僕と目を合わせた瞬間、逃げるように去っていきましたから」

 

「なっ!?」

 

 あろうことか、エースは既に四天王の一人を撃退し、この場に到着していた。その事実に、桜は戦慄する。

 雪春の登場、ただそれだけで場の空気が変わり、一気に事態を好転させてみせた。それまでの流れなど関係ない。自ら流れを生み出し、ホールを支配してみせる。その姿はまさにファミレス界のファンタジスタ。

 

 喜びに沸く厨房内。しかし、そんななかで桜だけが絶望していく。

 エース、そして『深淵』と呼ばれるスタッフの実力を、肌で感じた桜は気づいてしまったのだ。先輩である篠田から以前言われた言葉を思い出し、そして実感する。自分は、渡谷先輩のようにはなれないのだと。

 

「それで終わるつもりかい?」

 

「えっ?」

 

 雪春との間にある大きな壁に気づき、ショックを受けていた桜。そんな桜に、いつの間にか隣にいた水谷が(ささや)く。

 

「確かに、渡谷くんはスタッフの中でも抜きん出ている。君がその差を痛感するのも道理だろう。でもね、絶望までする必要はどこにもない」

 

「わた、しは…………」

 

「君にだってあるはずだよ。渡谷くんにはない、君だけが持つ強みってやつが。少なくとも、私はそう思っている」

 

 そんなもの、本当にあるのだろうか。まだ経験の浅い桜には、皆目見当もつかない。

 しかしこの店のトップが、力強い目を向け、あると告げるのだ。その言葉を信じてみよう――桜はそう決意する。

 

「店長…………。私、やります……!」

 

「よし、その意気だ。渡谷くん、私も現場に出よう。みんなが頑張ってるなか、一人ふんぞり返っているわけにはいかないからね」

 

「あ、店長はホールに出ないでください。店長が接客しても厄介事しか生まないので」

 

「……やっぱり(ちょう)たるもの、どっしり後ろで構えとかないとね」

 

「四天王は僕が担当するんで、ベテランスタッフが傘下のクレーマーをお願いします。権田さんはロッカーに閉じ込めておいてください。ではいきましょう」

 

「「「おお!!!」」」

 

 エースの躍動、高まったスタッフたちの士気。直面するこの危機を乗り越えるため、店員たちの間にはかつてないほどの絆が生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 そして数時間後――

 

「ふう、ようやく落ち着いてきたね。もう大丈夫だろう」

 

 昼時のピークを乗り越え、四天王やその傘下たちが撤退したホールでは、ようやくいつもの落ち着きを取り戻し始める。

 

「それもこれも、うちのエース……渡谷くんのおかげだよ。本当にありがとう。さすがは私の右腕だ」

 

「誰が誰の右腕?」

 

「桜さんも、よく頑張ったね」

 

「…………はい」

 

 頑張った――そんな褒め言葉の常套句を、桜は不思議に思う。

 桜が以前所属していた組織では、結果(・・)こそが全て。そのための努力や過程など、結果を伴わなければ何の意味もないと教えられてきた。

 そして桜自身も、その考えに共感していたし、正しいと考えている。

 

 だからこそ、桜は理解できない。“頑張った”などという過程を示すお褒めの言葉を。そして――

 

「…………変な、感じ」

 

 その言葉をもらい、ほんのりと心が温かくなっている自分を。

 

「さて、後は権田くんが気絶させてしまったお客様の対応だけだね」

 

 店長がそう告げると、その場にいたスタッフたちが一斉に、休憩室に置かれているソファへと目を向ける。

 桜もつられて目を向けると、そこには四十代ほどの男性が、意識のない状態で横になって寝かされていた。

 

「とりあえず、目を覚ましたら事情を説明して許してもらわないと。なんとか穏便に済むといいんだけど……」

 

「あの、まだ経験の浅い僕がこんなこと言うのもなんですけど、権田先輩を雇い続けるメリットあります? 備品は壊すし、新人はいびるし……。この前も接客中に女性客を口説こうとして、あまりのしつこさに通報されてましたよ」

 

「……まあその、彼はほら……………………泥酔して暴れる客とかにぶつけるとちょうどいいから…………」

 

「デメリットの方がぜってえでけえって。この前なんて私のこと口説いてきたからな」

 

「ちょっ! 篠田さんそれは……!」

 

「ヤバい! 竹田が火炎放射器取り出したぞ!」

 

「全員で抑えつけろ!!!」

 

 和気あいあいと、そんな仲睦まじい先輩たちの様子を眺めていた桜だったが、ふとソファの下に何か(・・)が落ちていることに気づく。

 近づき、拾い上げ、なかを確認してみると、それは名刺入れだった。入っていた名刺には、知らない人物の名前が記載されている。そのため、この名刺入れはソファで気絶している客のものだろうと、桜は推測する。

 そして当然ながら、その名刺には男性の所属する組織と、その組織での役職も記載されていた――

 

 

 ――『国家テロ対策組織・特殊調査官』と。

 

 

「……店長さん」

 

「ん? どうしたの桜さん」

 

 桜は落ちていた名刺入れと、なかに入っていた名刺を水谷へと手渡す。

 

「ああ、このお客さんの落としも…………」

 

 水谷は渡された名刺内容を確認したことで、思わず言葉を失い、その表情からは血の気が引いていく。そしてそれは、後ろから覗き込んでいた先輩スタッフたちも同様。

 

「…………」

 

 先ほどまでの喧騒が嘘のように思えるほど、室内に流れる空気は重々しい。

 そんな空気の中、水谷はゆっくりと口を開いた。

 

「……みんな、このお客様はお酒を注文し、飲みすぎてそのまま爆睡してしまった。うちのスタッフが殴ったなんて事実はないし、この名刺も誰も見ていない。そうだね?」

 

 水谷が発したその言葉に対し、誰からも返事はない。しかし桜を除いたスタッフたちは、すぐさま行動を開始する。

 

「空き瓶や空き缶の準備してきます」

 

「注文履歴も作っとかないとな」

 

「渡谷くん、防犯カメラの映像なんだけど――」

 

「いい感じにいじっときます」

 

「ここにいないスタッフにも、口裏を合わせるように――」

 

 そこに具体的な言葉はなく、飛び交うのは必要最低限の指示のみ。

 それは桜がこの店で働き始めて以来、初めて見るスタッフ間での完璧な連携だった。

 作業に一切の(よど)みがなく、ただただ静かに作業が進められていく。罵倒し合い、まったく余裕のない普段の状態とは、まるで正反対。

 しかし桜は確信する。これこそが、このお店の持つポテンシャル、真の姿なのだと。

 そして確信すると同時に、桜は決意する。いつか自分も、その()の中に加わることを。

 

 それはこれまで、ひたすら受動的に生きてきた桜が、生まれて初めて抱いた目標だった。

 彼女はまだ気づかない。この店で働くことで、自身のあり方が大きく変化していることを。

 

「ヤバっ! 調査官の人が目を覚ましかけてる!」

 

「白川さん呼んでこい! 睡眠薬でもう一度眠らせるぞ!」

 

 それが良い影響であるかどうかは、また別の話。

 

 

 

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